ホンダの沿革(1946〜2024年)

ホンダの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1946
1-12月
founding
本田技術研究所を個人創業
トヨタ系列からの離脱が生んだ独立系メーカーの原型
1948
1-12月
本田技研工業株式会社を設立
自転車向けエンジンおよび二輪車への本格参入のため、株式会社として「本田技研工業」を設立。本田宗一郎氏が社長に就任
1949
1-12月
藤沢武夫氏が参画
技術者と経営者の分業が創業期の成長制約を解除した構造
二輪車の製造を開始
ドリーム号の生産を開始。自転車据付型のエンジンメーカーから、オートバイの完成品メーカーに転身
FY52
1952/2
売上高
2.059億円
当期純利益
0.059億円
二輪車の増産投資
中小企業が資本金の7.5倍を投じた生産基盤構築の論理
FY53
1953/2
売上高
24.3億円
当期純利益
1億円
FY54
1954/2
売上高
60.6億円
当期純利益
5.13億円
FY55
1955/2
売上高
59.7億円
当期純利益
0.69億円
FY56
1956/2
売上高
55.2億円
当期純利益
1.91億円
FY57
1957/2
売上高
78.7億円
当期純利益
3.94億円
FY58
1958/2
売上高
97.7億円
当期純利益
5.06億円
東京証券取引所に株式上場
1955年の経済不況期を乗り切ると、ホンダは再び増収増益基調に回帰した。主に農村における好景気が需要の牽引役となり、ホンダの二輪車の販売を押し上げた。 この結果、1957年にホンダは東京証券取引所に株式上場を実施。資金調達によって懸案だった自己資本比率を改善した。
FY59
1959/2
売上高
141億円
当期純利益
11.56億円
FY60
1960/2
二輪車の北米輸出を積極化
1959年6月にホンダは北米に販売現地法人を設立し、二輪車の北米輸出を本格化した。量産によるコストダウンを志向するために、1960年に鈴鹿製作所を新設した。 鈴鹿製作所の稼働によって二輪車の量産体制を確立。ホンダは二輪車において国内シェアトップを確保した。
FY61
1961/2
売上高
490億円
当期純利益
53.2億円
FY62
1962/2
売上高
579億円
当期純利益
59.9億円
FY63
1963/2
売上高
644億円
当期純利益
70.1億円
FY64
1964/2
売上高
831億円
当期純利益
73.5億円
四輪車に本格参入
FY65
1965/2
売上高
978億円
当期純利益
37.6億円
東南アジアで二輪車の現地生産を開始
FY66
1966/2
売上高
1,236億円
当期純利益
65.1億円
FY67
1967/2
売上高
1,067億円
当期純利益
30億円
FY68
1968/2
売上高
1,411億円
当期純利益
26.1億円
FY69
1969/2
売上高
1,938億円
当期純利益
66.2億円
FY70
1970/2
売上高
2,447億円
当期純利益
123億円
FY71
1971/2
売上高
3,163億円
当期純利益
121億円
FY72
1972/2
売上高
3,328億円
当期純利益
123億円
FY73
1973/2
売上高
3,276億円
当期純利益
125億円
四輪車シビックを発売
低公害エンジン「CVCC」の開発を発表
燃費性能の良いCVCCを搭載したシビックが、国内および北米市場でヒット。四輪車では最後発だったが、1977年までに国内3位メーカーに浮上(1位トヨタ・2位日産・3位ホンダ)
FY74
1974/2
売上高
3,667億円
当期純利益
113億円
FY75
1975/2
売上高
5,198億円
当期純利益
106億円
FY76
1976/2
売上高
5,638億円
当期純利益
119億円
四輪車アコードを発売
熊本製作所を新設
二輪車の海外輸出拠点として熊本製作所を新設
FY77
1977/2
売上高
6,686億円
当期純利益
155億円
FY78
1978/2
売上高
8,496億円
当期純利益
175億円
FY79
1979/2
売上高
9,222億円
当期純利益
160億円
overseas
HAMを設立・米国での現地生産を開始
二輪車工場から段階的に拡張した北米現地生産の進出設計
HY戦争(二輪車の国内価格競争)
ホンダの北米進出を見たヤマハ発動機が、競合の手薄になると判断して価格競争を開始。だが、ホンダは競合のヤマハと国内で熾烈な価格競争を展開して対抗。BCGからコンサルティグを受けつつ、ヤマハ発動機を殲滅(同社を赤字転落)した
FY80
1980/2
売上高
10,694億円
当期純利益
236億円
FY81
1981/2
売上高
13,448億円
当期純利益
301億円
FY82
1982/2
売上高
15,441億円
当期純利益
242億円
FY83
1983/2
売上高
17,469億円
当期純利益
313億円
本田宗一郎氏・藤沢武夫氏が退任
創業者の本田宗一郎氏(当時78歳)と、財務を支えてきた藤沢武夫氏(当時75歳)が、ともに同じタイミングでホンダの取締役を退任。経営は後任に任せて、ホンダの経営から退いた
FY84
1984/2
売上高
18,460億円
当期純利益
245億円
FY85
1985/2
売上高
19,295億円
当期純利益
326億円
HUMを設立・英国での現地生産を開始
ホンダは貿易摩擦の深刻化を考慮して、欧州での乗用車の現地生産を決定。1985年に英国にHonda of the U.K. Manufacturing(HUM)を設立し、現地生産の準備を開始した。工場用地について、熟練工が多い地域として知られたスウィンドンに決定して敷地を確保した。 1989年にスウィンドン工場を竣工し、英国における現地生産を開始した。まずはエンジンの生産を開始し、1992年から完成車として「アコード」の生産を開始した。
FY92
1992/2
売上高
43,918億円
当期純利益
648億円
FY93
1993/2
売上高
41,324億円
当期純利益
371億円
東南アジアで二輪車および四輪車の現地生産を本格化
アジアでの現地生産を本格化。日本・北米・欧州・アジアのグローバル生産体制へ
FY94
1994/2
売上高
38,627億円
当期純利益
236億円
FY95
1995/2
売上高
39,661億円
当期純利益
615億円
FY96
1996/2
売上高
42,522億円
当期純利益
708億円
FY97
1997/2
売上高
52,933億円
当期純利益
2,211億円
FY98
1998/2
売上高
59,997億円
当期純利益
2,606億円
FY99
1999/2
売上高
62,310億円
当期純利益
3,050億円
中国での現地生産を本格化
FY00
2000/2
売上高
60,988億円
当期純利益
2,624億円
FY01
2001/2
売上高
64,383億円
当期純利益
2,322億円
FY02
2002/2
売上高
73,624億円
当期純利益
3,627億円
FY03
2003/2
売上高
79,714億円
当期純利益
4,266億円
埼玉製作所・和光工場を閉鎖
旧大和工場(1953年新設)の閉鎖を決定。周辺地域の宅地化が進行して拡張が困難であった。工場跡地は「Honda和光ビル」として活用
FY04
2004/2
売上高
81,626億円
当期純利益
4,643億円
FY05
2005/2
売上高
86,501億円
当期純利益
4,861億円
FY06
2006/2
売上高
99,079億円
当期純利益
5,970億円
FY07
2007/2
売上高
110,871億円
当期純利益
5,923億円
FY08
2008/2
売上高
120,028億円
当期純利益
6,000億円
FY09
2009/2
売上高
100,112億円
当期純利益
1,370億円
FY10
2010/2
売上高
85,791億円
当期純利益
2,684億円
国内工場の再編
FY11
2011/2
売上高
89,368億円
当期純利益
5,340億円
FY12
2012/2
売上高
79,480億円
当期純利益
2,114億円
FY13
2013/2
売上高
98,779億円
当期純利益
3,671億円
FY14
2014/2
売上収益
118,424億円
当期利益
6,247億円
FY15
2015/2
売上収益
133,280億円
当期利益
5,094億円
FY16
2016/2
売上収益
146,011億円
当期利益
3,445億円
FY17
2017/2
売上収益
139,992億円
当期利益
6,165億円
タカタ製エアバッグでリコール問題
FY18
2018/2
売上収益
153,611億円
当期利益
10,593億円
divestiture
狭山工場の閉鎖発表
創業期の量産拠点を閉鎖した国内生産体制の縮小再編
FY19
2019/2
売上収益
158,886億円
当期利益
6,103億円
FY20
2020/2
売上収益
149,310億円
当期利益
4,557億円
FY21
2021/2
売上収益
131,705億円
当期利益
6,574億円
FY22
2022/2
売上収益
145,526億円
当期利益
7,070億円
真岡工場の閉鎖発表(2025年閉鎖予定)
divestiture
欧州での現地生産から撤退(英国工場を閉鎖)
シェア1%未満の市場に36年間工場を維持し続けた欧州戦略の帰結
早期退職優遇制度を実施
募集の2倍が応じた早期退職制度が示す組織の転換圧力
FY23
2023/2
売上収益
169,077億円
当期利益
6,514億円
FY24
2024/2
売上収益
204,288億円
当期利益
11,071億円
四輪車事業で営業赤字
北米におけるリコール損失(リアビューモニター用ケーブルに関する品質問題)の計上で、FY2022における四輪車事業について166億円の営業損失を計上した
acquisition
ホンダ・日産自動車・三菱自動車の3社が経営統合を協議
EV開発コストの分担を軸に浮上した3社統合構想の論理
  1. founding
    本田技術研究所を個人創業
    トヨタ系列からの離脱が生んだ独立系メーカーの原型
  2. 本田技研工業株式会社を設立

    自転車向けエンジンおよび二輪車への本格参入のため、株式会社として「本田技研工業」を設立。本田宗一郎氏が社長に就任

  3. 藤沢武夫氏が参画
    技術者と経営者の分業が創業期の成長制約を解除した構造
  4. 二輪車の製造を開始

    ドリーム号の生産を開始。自転車据付型のエンジンメーカーから、オートバイの完成品メーカーに転身

  5. 二輪車の増産投資
    中小企業が資本金の7.5倍を投じた生産基盤構築の論理
  6. 東京証券取引所に株式上場

    1955年の経済不況期を乗り切ると、ホンダは再び増収増益基調に回帰した。主に農村における好景気が需要の牽引役となり、ホンダの二輪車の販売を押し上げた。 この結果、1957年にホンダは東京証券取引所に株式上場を実施。資金調達によって懸案だった自己資本比率を改善した。

  7. 二輪車の北米輸出を積極化

    1959年6月にホンダは北米に販売現地法人を設立し、二輪車の北米輸出を本格化した。量産によるコストダウンを志向するために、1960年に鈴鹿製作所を新設した。 鈴鹿製作所の稼働によって二輪車の量産体制を確立。ホンダは二輪車において国内シェアトップを確保した。

  8. 四輪車に本格参入
  9. 東南アジアで二輪車の現地生産を開始
  10. 四輪車シビックを発売
  11. 低公害エンジン「CVCC」の開発を発表

    燃費性能の良いCVCCを搭載したシビックが、国内および北米市場でヒット。四輪車では最後発だったが、1977年までに国内3位メーカーに浮上(1位トヨタ・2位日産・3位ホンダ)

  12. 四輪車アコードを発売
  13. 熊本製作所を新設

    二輪車の海外輸出拠点として熊本製作所を新設

  14. overseas
    HAMを設立・米国での現地生産を開始
    二輪車工場から段階的に拡張した北米現地生産の進出設計
  15. HY戦争(二輪車の国内価格競争)

    ホンダの北米進出を見たヤマハ発動機が、競合の手薄になると判断して価格競争を開始。だが、ホンダは競合のヤマハと国内で熾烈な価格競争を展開して対抗。BCGからコンサルティグを受けつつ、ヤマハ発動機を殲滅(同社を赤字転落)した

  16. 本田宗一郎氏・藤沢武夫氏が退任

    創業者の本田宗一郎氏(当時78歳)と、財務を支えてきた藤沢武夫氏(当時75歳)が、ともに同じタイミングでホンダの取締役を退任。経営は後任に任せて、ホンダの経営から退いた

  17. HUMを設立・英国での現地生産を開始

    ホンダは貿易摩擦の深刻化を考慮して、欧州での乗用車の現地生産を決定。1985年に英国にHonda of the U.K. Manufacturing(HUM)を設立し、現地生産の準備を開始した。工場用地について、熟練工が多い地域として知られたスウィンドンに決定して敷地を確保した。 1989年にスウィンドン工場を竣工し、英国における現地生産を開始した。まずはエンジンの生産を開始し、1992年から完成車として「アコード」の生産を開始した。

  18. 東南アジアで二輪車および四輪車の現地生産を本格化

    アジアでの現地生産を本格化。日本・北米・欧州・アジアのグローバル生産体制へ

  19. 中国での現地生産を本格化
  20. 埼玉製作所・和光工場を閉鎖

    旧大和工場(1953年新設)の閉鎖を決定。周辺地域の宅地化が進行して拡張が困難であった。工場跡地は「Honda和光ビル」として活用

  21. 国内工場の再編
  22. タカタ製エアバッグでリコール問題
  23. divestiture
    狭山工場の閉鎖発表
    創業期の量産拠点を閉鎖した国内生産体制の縮小再編
  24. 真岡工場の閉鎖発表(2025年閉鎖予定)
  25. divestiture
    欧州での現地生産から撤退(英国工場を閉鎖)
    シェア1%未満の市場に36年間工場を維持し続けた欧州戦略の帰結
  26. 早期退職優遇制度を実施
    募集の2倍が応じた早期退職制度が示す組織の転換圧力
  27. 四輪車事業で営業赤字

    北米におけるリコール損失(リアビューモニター用ケーブルに関する品質問題)の計上で、FY2022における四輪車事業について166億円の営業損失を計上した

  28. acquisition
    ホンダ・日産自動車・三菱自動車の3社が経営統合を協議
    EV開発コストの分担を軸に浮上した3社統合構想の論理

参考文献・出所

有価証券報告書 沿革
本田技研工業社史
日経ビジネス
有価証券報告書
日経新聞朝刊
Honda IR資料
Honda IR
決算説明会資料
Bloomberg
日経新聞
IR 決算説明QA FY25-3Q 2026/2/5
IR 決算説明QA FY25-2Q 2025/11
Honda 経営方針説明会資料