沿革年表 1971〜2025年における重要度別の出来事(合計24件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
日本マクドナルドを設立
藤田田が米マクドナルドと合弁で設立。東京都港区
ダイエーが出資比率51%に固執して交渉が破談し、ハンバーガーという未知の商品に関心を示す食品企業も少なかった。この業界の無関心が、外食経験のない輸入雑貨商・藤田田に対して、通常5%のロイヤリティを1%に抑え契約期間30年という破格の条件を引き出す交渉余地を与えた。参入条件の有利さは、参入者の能力ではなく既存プレーヤーの不在によって決まるという構造であり、後の30年間にわたる藤田体制の経営自由度はこの初期条件の設計に規定されていた。
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FY71
1971/12
売上高
2億円
IT投資
人材教育機関「ハンバーガー大学」を開校
店舗運営の標準化と人材育成基盤
大量出店を支えるオペレーション標準化の出発
重要事項
銀座三越にマクドナルド1号店を開業
東京都中央区銀座
藤田田が1号店に銀座三越の国道1号線沿いを選んだ判断は、「銀座なら何処でもよい」という通念への明確な否定であった。藤田自身が語るように、三越の裏手では駐車場にしかならず、築地寄りに10メートルずれていれば1日150万円の売上は達成できなかったと推定される。立地選定は「都市」「地区」ではなくメートル単位の精度で行われるべきだという原則を、ファストフード1号店の段階で実証した点に、藤田の商人としての原理が凝縮されている。
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都市圏を中心に多店舗展開を本格化
歴史的意義yutaka sugiura
宣伝部長・高木一夫の発言は、テレビCMへの広告投資が「蓄積」として効くことを前提に、広告蓄積のない地方への1店舗出店は非効率だと明言している。この論理は出店順序に不可逆性をもたらす。先に蓄積がある都市圏に出店し、その収益で次の蓄積を作るという循環構造が、結果として地方出店を後回しにする構造的な要因となった。広告と店舗の相互依存関係が、チェーン展開の地理的優先順位を経済合理的に規定した事例である。
FY72
1972/12
売上高
15億円
FY73
1973/12
売上高
38億円
FY74
1974/12
売上高
68億円
FY75
1975/12
売上高
104億円
チャネル改革
フランチャイズ1号店を沖縄県浦添市に開業(牧港店)
FC方式の本格採用。直営とFCの2系統で多店舗化を加速する出店モデルの起点
FY76
1976/12
売上高
151億円
チャネル改革
ドライブスルー方式の1号店を東京都杉並区に開業(環八高井戸店)
本格的なDT方式の導入
郊外ロードサイド対応の業態獲得。後の郊外型主力チャネルへ発展
FY77
1977/12
売上高
225億円
FY78
1978/12
売上高
317億円
チャネル改革
社員フランチャイズ制度を発足
埼玉県東松山市に第1号店を開業
従業員独立支援によるFC網拡大の制度化
FY79
1979/12
売上高
400億円
FY80
1980/12
売上高
500億円
FY81
1981/12
売上高
604億円
国内外食産業で売上高1位に到達
直営・FC合計702億円
日本最大の外食チェーンとしての地位確立
FY82
1982/12
売上高
703億円
FY83
1983/12
売上高
847億円
売上高1000億円を突破(外食産業で国内初)
FY84
1984/12
売上高
1,080億円
FY85
1985/12
売上高
1,188億円
FY86
1986/12
売上高
1,304億円
FY87
1987/12
売上高
1,436億円
FY88
1988/12
売上高
1,529億円
FY90
1990/12
売上高
1,754億円
FY91
1991/12
売上高
2,077億円
出店余地が飽和。売上成長が鈍化へ
FY92
1992/12
売上高
2,126億円
重要事項経営計画
ハンバーガーの大幅値下げ(価格革命)
売上低迷を受けて値下げ路線を敢行。100円を切るハンバーガーで集客増加を目論む
デフレ期外食における価格訴求モデルの先駆
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FY94
1994/12
売上高
1,732億円
当期純利益
51億円
FY95
1995/12
売上高
1,971億円
当期純利益
86億円
FY96
1996/12
売上高
2,479億円
当期純利益
110億円
FY97
1997/12
売上高
2,763億円
当期純利益
110億円
FY98
1998/12
売上高
3,144億円
当期純利益
146億円
FY99
1999/12
売上高
3,285億円
当期純利益
159億円
FY00
2000/12
売上高
3,579億円
親会社株主に帰属する当期純利益
168億円
株式上場
JASDAQ市場へ上場
資本金241億円に増資
株式公開による資金調達基盤の確立
FY01
2001/12
売上高
3,616億円
親会社株主に帰属する当期純利益
101億円
低価格路線が行き詰まり業績不振へ
FY02
2002/12
売上高
3,207億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-23.3億円
組織再編
持株会社化し「日本マクドナルドホールディングス」に商号変更
会社分割により100%子会社として日本マクドナルドを設立
持株会社体制への移行。多業態展開の受け皿を整える
新規事業
プレタ・マンジェ日本法人を設立し1号店をオープン
英国サンドイッチチェーンとの合弁
業態多角化の試み(後に2004年清算)
重要事項株主対応
原田永幸
大株主の移動。藤田家が経営権を失う
藤田商店と決別し、米マクドナルドが大株主へ
日本マクドナルドが米国本社の直接統治下に入る転換点
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FY03
2003/12
売上高
2,998億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-71.2億円
社長交代
原田永幸
原田泳幸氏がCEOに就任
歴史的意義yutaka sugiura
藤田田の逝去により藤田商店の株式が米マクドナルドに移った時点で、日本法人の経営権は米本社に帰属した。米本社が生え抜き幹部ではなく異業種の外部人材を選んだのは、経営能力の評価以上に、藤田体制30年の慣行と決別する象徴的な人事が必要だったためと推定される。「CEOは職種である」という原田氏の自己認識は、逆に言えば業界知識を持たない経営者がどこまで外食産業の構造的課題に踏み込めるかという問いを最初から内包していた。
FY04
2004/12
売上高
3,080億円
親会社株主に帰属する当期純利益
36.8億円
原田永幸
単価改善のために高単価商品を投入
歴史的意義yutaka sugiura
100円マックで集客しつつ580〜719円のセットで客単価を引き上げるという二重価格戦略は、本質的に矛盾を孕んでいた。低価格帯で来店する顧客と高単価商品を選ぶ顧客は動機が異なり、ヒット商品が途絶えた瞬間に低価格帯への回帰が起きる。クーポン依存の常態化は、この構造的な不安定性の帰結であった。同一ブランド内で7倍の価格差をつけるメニュー戦略は、客単価の改善と客層の分裂を同時にもたらす設計だったと考えられる。
FY05
2005/12
売上高
3,256億円
当期純利益
0億円
原田永幸
FY06
2006/12
売上高
3,556億円
当期純利益
15億円
重要事項構造改革
原田永幸
店舗運営改革を開始
直営店のFC転換を進め資産圧縮
直営店のFC転換売却は、経営効率化であると同時に、大量出店時代に蓄積した不動産資産の現金化でもあった。売却益171億円を売上高に計上する処理により、直営店売上が約半減していく構造変化が財務諸表上は見えにくくなった。2013年度に売却対象が一巡して業績が急落した事実は、資産売却を「改革」と位置づけたことで本業の収益構造の劣化に対する認識が遅れた可能性を示唆している。経営改革と資産処分の境界は、会計上の表現によって曖昧になりうる。
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FY07
2007/12
売上高
3,950億円
当期純利益
78億円
原田永幸
FY08
2008/12
売上高
4,063億円
当期純利益
123億円
原田永幸
FY09
2009/12
売上高
3,623億円
当期純利益
128億円
原田永幸
FY10
2010/12
売上高
3,237億円
当期純利益
78億円
原田永幸
FY11
2011/12
売上高
3,023億円
当期純利益
132億円
原田永幸
FY12
2012/12
売上高
2,947億円
親会社株主に帰属する当期純利益
128億円
サラ・L・カサノバ
FY13
2013/12
売上高
2,604億円
親会社株主に帰属する当期純利益
51億円
重要事項ガバナンス改革
サラ・L・カサノバ
期限切れの中国産鶏肉問題が発生
中国上海福喜の鶏肉問題で売上・客数が急減
上海福喜食品における使用期限切れ鶏肉の出荷は、日本マクドナルドが直接管理できないサプライチェーンの上流で発生した。米OSIグループの中国子会社という二重の海外取引構造のもとでは、日本法人による品質監査には構造的な限界がある。注目すべきは、この品質問題が単独で2期連続349億円の赤字を招いたのではなく、売却益の一巡・高単価戦略の不発・経営求心力の低下が先行していた点である。品質危機は、既に脆弱化していた事業構造の決壊点として機能した。
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FY14
2014/12
売上高
2,223億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-218億円
株主対応
サラ・L・カサノバ
米マクドナルドが日本法人の株式売却を検討
鶏肉問題による業績が悪化。親会社の米マクドナルドは日本法人の株式をファンドに売却する意向を表明(のちに撤回)
本社による日本法人の処遇を巡る転機。最終的にホールド継続
FY15
2015/12
売上高
1,894億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-349億円
サラ・L・カサノバ
FY16
2016/12
売上高
2,266億円
親会社株主に帰属する当期純利益
53億円
サラ・L・カサノバ
FY17
2017/12
売上高
2,536億円
親会社株主に帰属する当期純利益
240億円
サラ・L・カサノバ
FY18
2018/12
売上高
2,722億円
親会社株主に帰属する当期純利益
219億円
サラ・L・カサノバ
FY19
2019/12
売上高
2,817億円
親会社株主に帰属する当期純利益
168億円
構造改革
日色保
店舗投資とマーケティングの改善により業績回復へ
コロナ下でドライブスルー・デリバリーが追い風となり構造改革の成果が顕在化
FY20
2020/12
売上高
2,883億円
親会社株主に帰属する当期純利益
201億円
日色保
FY21
2021/12
売上高
3,176億円
親会社株主に帰属する当期純利益
239億円
日色保
東証スタンダード市場へ移行
東証区分見直しに伴いJASDAQから移行
FY22
2022/12
売上高
3,523億円
親会社株主に帰属する当期純利益
199億円
重要事項経営計画
日色保
都心型価格を導入し全国一律価格を見直す
立地別価格(通常/準都心/都心/特殊立地の4区分)。相次ぐ値上げのもとで一物一価を転換
1994年の価格破壊から30年、値上げでも客数を保ち過去最高益。デフレ前提の外食からの転換
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FY23
2023/12
売上高
3,819億円
親会社株主に帰属する当期純利益
251億円
トーマス・コウ
FY24
2024/12
売上高
4,054億円
親会社株主に帰属する当期純利益
319億円
トーマス・コウ
FY25
2025/12
売上高
4,166億円
親会社株主に帰属する当期純利益
339億円
  1. IT投資
    人材教育機関「ハンバーガー大学」を開校

    店舗運営の標準化と人材育成基盤

    大量出店を支えるオペレーション標準化の出発
  2. 都市圏を中心に多店舗展開を本格化
    宣伝部長・高木一夫の発言は、テレビCMへの広告投資が「蓄積」として効くことを前提に、広告蓄積のない地方への1店舗出店は非効率だと明言している。この論理は出店順序に不可逆性をもたらす。先に蓄積がある都市圏に出店し、その収益で次の蓄積を作るという循環構造が、結果として地方出店を後回しにする構造的な要因となった。広告と店舗の相互依存関係が、チェーン展開の地理的優先順位を経済合理的に規定した事例である。
  3. チャネル改革
    フランチャイズ1号店を沖縄県浦添市に開業(牧港店)
    FC方式の本格採用。直営とFCの2系統で多店舗化を加速する出店モデルの起点
  4. チャネル改革
    ドライブスルー方式の1号店を東京都杉並区に開業(環八高井戸店)

    本格的なDT方式の導入

    郊外ロードサイド対応の業態獲得。後の郊外型主力チャネルへ発展
  5. チャネル改革
    社員フランチャイズ制度を発足

    埼玉県東松山市に第1号店を開業

    従業員独立支援によるFC網拡大の制度化
  6. 国内外食産業で売上高1位に到達

    直営・FC合計702億円

    日本最大の外食チェーンとしての地位確立
  7. 売上高1000億円を突破(外食産業で国内初)
  8. 出店余地が飽和。売上成長が鈍化へ
  9. 株式上場
    JASDAQ市場へ上場

    資本金241億円に増資

    株式公開による資金調達基盤の確立
  10. 低価格路線が行き詰まり業績不振へ
  11. 組織再編
    持株会社化し「日本マクドナルドホールディングス」に商号変更

    会社分割により100%子会社として日本マクドナルドを設立

    持株会社体制への移行。多業態展開の受け皿を整える
  12. 新規事業
    プレタ・マンジェ日本法人を設立し1号店をオープン

    英国サンドイッチチェーンとの合弁

    業態多角化の試み(後に2004年清算)
  13. 社長交代
    原田泳幸氏がCEOに就任
    藤田田の逝去により藤田商店の株式が米マクドナルドに移った時点で、日本法人の経営権は米本社に帰属した。米本社が生え抜き幹部ではなく異業種の外部人材を選んだのは、経営能力の評価以上に、藤田体制30年の慣行と決別する象徴的な人事が必要だったためと推定される。「CEOは職種である」という原田氏の自己認識は、逆に言えば業界知識を持たない経営者がどこまで外食産業の構造的課題に踏み込めるかという問いを最初から内包していた。
  14. 単価改善のために高単価商品を投入
    100円マックで集客しつつ580〜719円のセットで客単価を引き上げるという二重価格戦略は、本質的に矛盾を孕んでいた。低価格帯で来店する顧客と高単価商品を選ぶ顧客は動機が異なり、ヒット商品が途絶えた瞬間に低価格帯への回帰が起きる。クーポン依存の常態化は、この構造的な不安定性の帰結であった。同一ブランド内で7倍の価格差をつけるメニュー戦略は、客単価の改善と客層の分裂を同時にもたらす設計だったと考えられる。
  15. 株主対応
    米マクドナルドが日本法人の株式売却を検討

    鶏肉問題による業績が悪化。親会社の米マクドナルドは日本法人の株式をファンドに売却する意向を表明(のちに撤回)

    本社による日本法人の処遇を巡る転機。最終的にホールド継続
  16. 構造改革
    店舗投資とマーケティングの改善により業績回復へ
    コロナ下でドライブスルー・デリバリーが追い風となり構造改革の成果が顕在化
  17. 東証スタンダード市場へ移行

    東証区分見直しに伴いJASDAQから移行