決断
値段の置きどころと米本社との資本関係が、そのつど会社の形を決めてきた。1984年に外食産業で国内初の売上高1000億円を超えたのち、都市部の出店余地が狭まると、1994年に藤田氏は主力ハンバーガーの価格破壊を断行する。定価は210円から2002年の59円まで約4分の1へ落ち、客数は伸びたが客単価の低下が2002・2003年の2期連続赤字を招いた。これを受けて2003年には藤田商店と米本社が提携を解消し、経営権を失った藤田家に代わって米本社が招いた原田泳幸氏が2004年以降直営店をFCオーナーへ売却して店舗資産を圧縮した。値下げも店の売却も、効くのは一度きりで、使い切れば次の一手がない点は同じだった。
2023年6月 東名阪184店の価格改定
東名阪184店の価格改定円安と原材料・人件費高が続くなか、約40店舗の例外を除いて全国で同じだった店頭価格を立地別に区分し、賃料と人件費の負担が重い都心部の184店舗に都心型価格を適用して、値上げと増収を両立させた価格戦略の転換。1994年の「価格破壊」以来の全国一律・低価格路線を約30年で反転させた。同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略全店売上高と営業利益率2022 2023 2025 全店売上高(億円) 7,176 7,778 8,886 営業利益率(%) 9.6 10.7 12.8 2014年 ビジネスリカバリープランの始動
ビジネスリカバリープランの始動上海福喜食品の期限切れ鶏肉問題を起点に2期連続の赤字へ沈んだ日本マクドナルドを、サラ・カサノバ社長がビジネスリカバリープランで立て直し、131店舗の戦略的閉店と401店舗の改装を経て2016年12月期に黒字へ戻すまでの再建同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ売上高と営業利益率2014 2015 2020 売上高(億円) 2,223 1,895 2,883 営業損益率(%) -3.0 -12.4 10.9 2007年12月 フランチャイズ転換
フランチャイズ転換直営中心の重い店舗網を、直営店のFCオーナーへの売却で軽くする資産圧縮。本社投資と人件費を削減する事業構造の改革であると同時に、売却益が営業利益を下支えし、2013年の売却一巡で業績が急落するまで本業の弱さを覆い隠した同じ経営論点に直面した企業 | 構造改革・リストラ業績の推移2006 2007 2012 売上高(億円) 3,556 3,950 2,947 純利益率(%) 0.4 2.0 4.3 2003年3月 藤田商店との提携解消
業績の推移2002 2003 2008 売上高(億円) 3,207 2,998 4,063 純利益率(%) -0.7 -2.4 3.0 1994年9月 ハンバーガー価格破壊
ハンバーガー価格破壊1店舗当りの売上高が落ち、初の減収を経験した日本マクドナルドで、藤田田社長が1994年9月の100円セールを足がかりに、1995年4月にハンバーガーを210円から130円へ値下げした判断。客数を積み増して首位の座を固めたが、高い販管費率という重しも抱えた同じ経営論点に直面した企業 | 経営計画・中期戦略業績の推移1994 1999 売上高(億円) 2,152 3,285 純利益率(%) − 4.8 1971年5月 藤田商店との折半出資設立