沿革年表 1918〜2026年における重要度別の出来事(合計37件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項
帝国人絹を設立
歴史的意義yutaka sugiura
帝国人造絹糸の設立は、鈴木商店の金子直吉が資金と事業設計を担い、秦逸三・久村清太が技術開発を担うという、商社主導で研究を事業化する分業構造から生まれた。蚕に依存しない国産パルプ由来の原料調達という条件が、輸入原料に制約される他事業との差異として認識されていた。設立当初の米沢工場は試験的拠点にすぎず、量産化は広島工場の新設まで持ち越されており、設立と量産は一体ではなく段階的に設計されていた。
1918
1-12月
広島工場を新設
歴史的意義yutaka sugiura
岩国工場は単なる増産拠点ではなく、将来の設備増設を前提に一気に生産規模を引き上げる設計で建設された。分散した既存工場の延長線上ではなく、工程集約による量産効率を追求した点が特徴であった。用地・水資源・輸送条件の適合性を踏まえた立地選定は、設備投資比率が高いレーヨン事業において稼働率と生産性を左右する判断であった。後発参入の帝人が先行企業と伍するには、工場単位の規模設計そのものが競争力の源泉となる必要があった。
1926
1-12月
鈴木商店から独立
歴史的意義yutaka sugiura
鈴木商店の倒産は帝人にとって信用基盤の喪失を意味したが、同時にグループ依存型の経営から脱却する契機にもなった。レーヨン事業自体は需要増大が見込まれており、事業の継続性が市場に評価されていた点が、大株主異動後の独立経営を可能にした条件である。親会社の破綻という外的ショックが、結果として帝人の経営自由度を高め、資本構成の再編を通じて以後の独自路線を歩む出発点を形成した構図であった。
1927
1-12月
三原工場の新設
1934
1-12月
大屋晋三氏が社長就任
終戦直後の1945年に大屋晋三が帝人の社長に就任した。以後、1980年に逝去するまで社長を歴任
1945
1-12月
組織再編
帝人化成を設立
高分子化学・樹脂事業の母体となる帝人化成株式会社を設立した。1960年にはポリカーボネート樹脂の生産を開始し、後年の素材事業拡大の起点となった。
1947
1-12月
株式上場
東京・大阪・名古屋証券取引所に上場
戦後の取引所再開に合わせて東京・大阪・名古屋の各証券取引所に株式を上場した。鈴木商店からの独立後の資本市場アクセスを実現した。
1949
1-12月
FY52
1952/3
売上高
153億円
当期純利益
31.6億円
FY53
1953/3
売上高
128億円
当期純利益
12.4億円
FY54
1954/3
売上高
147億円
当期純利益
23.9億円
FY55
1955/3
売上高
152億円
当期純利益
18.2億円
アセテートに参入
歴史的意義yutaka sugiura
帝人がアセテートを選択した背景には、ナイロンでの東レとの正面衝突を避けるという合理性があった。しかし、競合が少ない素材は市場そのものが小さく、用途の拡大にもつながらなかった。レーヨンとの技術的連続性を重視した素材選択は、結果として合成繊維の本流から外れる帰結を招き、1950年代を通じた帝人の売上低迷の一因となった。競合回避と市場規模の両立が困難であった事例として位置づけられる。
FY56
1956/3
売上高
161億円
当期純利益
19.8億円
業務提携
ポリエステルに参入
歴史的意義yutaka sugiura
帝人がICIと技術提携し東レと共同でポリエステルに参入した背景には、ナイロンで後発となった経験がある。単独交渉ではなく2社共同とすることで特許技術の利用条件を安定させ、初期段階から市場形成に関与する設計であった。アセテートへの集中投資が売上に結びつかなかった反省も重なり、次の合成繊維では技術導入段階から主導権を確保する判断が、帝人の合成繊維事業の立て直しの起点となった。
FY57
1957/3
売上高
203億円
当期純利益
29.8億円
FY58
1958/3
売上高
198億円
当期純利益
11.6億円
FY59
1959/3
売上高
201億円
当期純利益
1.6億円
FY60
1960/3
売上高
332億円
当期純利益
13.4億円
FY61
1961/3
売上高
574億円
当期純利益
28.1億円
FY62
1962/3
売上高
814億円
当期純利益
35.1億円
業務提携
ナイロンに参入
歴史的意義yutaka sugiura
帝人のナイロン参入は東レの量産開始から約10年遅れであり、同時期に鐘紡・呉羽紡・旭化成も参入したことで、市場は短期間に複数企業が並立する状態となった。参入初期の売上は92億円に達したが、各社の設備増設による供給能力の増加が価格競争を常態化させ、利益率の確保は困難になった。技術導入によって量産は可能でも、参入タイミングの集中が収益性を構造的に損なう事例であった。
FY63
1963/3
売上高
1,000億円
当期純利益
47.3億円
帝人に商号変更
FY64
1964/3
売上高
1,189億円
当期純利益
43.4億円
FY65
1965/3
売上高
1,337億円
当期純利益
36.1億円
FY66
1966/3
売上高
1,421億円
当期純利益
31.8億円
FY67
1967/3
売上高
1,514億円
当期純利益
40.8億円
タイに現地法人を新設
FY68
1968/3
売上高
1,513億円
当期純利益
55.9億円
重要事項組織再編
未来事業本部を発足
大屋晋三のトップダウンで設置された未来事業本部は、社外から約100名を中途採用し、食品・農薬・資源開発・輸入車販売など50を超える新規事業を展開した。しかし撤退基準や事業間の関連性が定められないまま経営資源が分散し、全社の売上成長やROI改善には結びつかなかった。1980年の大屋逝去後に同本部は解体され、最終的に残ったのは医薬品と一部化成品のみであった。選択と集中を欠いた多角化の構造的帰結を示す事例である。
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徳山工場を新設
FY69
1969/3
売上高
1,669億円
当期純利益
68.1億円
FY70
1970/3
売上高
1,975億円
当期純利益
85.5億円
愛媛工場を新設
FY71
1971/3
売上高
2,147億円
当期純利益
92.3億円
岐阜工場を新設
FY72
1972/3
売上高
2,136億円
当期純利益
30.7億円
メタ系アラミド繊維「コーネックス」生産開始
岩国工場でメタ系アラミド繊維「コーネックス」の生産を開始した。1994年にはパラ系アラミド「テクノーラ」も松山工場で生産開始し、後の2000年アコーディス社買収によるアラミド繊維事業のグローバル化の足場となった。
レーヨン生産から撤退
FY73
1973/3
売上高
2,170億円
当期純利益
54.2億円
FY74
1974/3
売上高
2,912億円
当期純利益
163億円
FY75
1975/3
売上高
3,252億円
当期純利益
80.1億円
FY76
1976/3
売上高
3,510億円
当期純利益
31億円
FY77
1977/3
売上高
3,495億円
当期純利益
26億円
重要事項事業売却
約2600名の人員削減
半年間で約2650名、社員数の約4分の1に相当する人員削減は、帝人にとって戦後最大規模の構造調整であった。名古屋工場の閉鎖と併せて実施されたこの判断は、オイルショック後の需要低迷と円高による競争力低下が同時に進行した帰結である。経営批判の匿名文書が出回るほどの社内緊張を伴いながらも、繊維事業の縮小を不可逆的に進めた転機であった。大屋ワンマン体制下の新規事業投資が収益化できなかった状況が、削減規模の大きさに反映されている。
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FY78
1978/3
売上高
3,461億円
当期純利益
4億円
FY79
1979/3
売上高
3,371億円
当期純利益
22億円
新薬「ベニロン」を発売
歴史的意義yutaka sugiura
1980年のベニロン発売を契機に、帝人は医薬品を重点分野として位置付け、他の新規事業を整理する判断を進めた。未来事業本部で広がった多角化から、研究開発と投下資本を医薬品に集中させる方向へ転換した点は、同社にとって初めて明確に示された選択と集中の局面であった。
FY80
1980/3
売上高
4,033億円
当期純利益
72億円
FY81
1981/3
売上高
4,491億円
当期純利益
60億円
FY82
1982/3
売上高
4,609億円
当期純利益
54億円
FY83
1983/3
売上高
4,128億円
当期純利益
71億円
帝人システムテクノロジーを設立
FY84
1984/3
売上高
4,253億円
当期純利益
122億円
FY85
1985/3
売上高
4,320億円
当期純利益
140億円
宇都宮工場を新設
FY86
1986/3
岩国工場で医薬品の生産開始
FY90
1990/3
FY92
1992/3
売上高
6,319億円
当期純利益
204億円
FY93
1993/3
売上高
6,184億円
当期純利益
120億円
FY94
1994/3
売上高
5,627億円
当期純利益
38億円
FY95
1995/3
売上高
5,667億円
当期純利益
20億円
ナイロンをデュポン合弁に移管
FY96
1996/3
売上高
6,186億円
当期純利益
85億円
長島徹
FY97
1997/3
売上高
6,392億円
当期純利益
114億円
長島徹
FY98
1998/3
売上高
6,081億円
当期純利益
98億円
長島徹
FY99
1999/3
売上高
5,742億円
当期純利益
81億円
ガバナンス改革
長島徹
アドバイザリーボードを導入
歴史的意義yutaka sugiura
帝人がアドバイザリーボードを導入した直接の契機は、PBR0.3倍という市場評価であった。社員には業績評価制度があるにもかかわらず社長の評価が制度上存在しないという非対称が、経営監督の空白として認識された。社長解任勧告権を含むボードの設置は、日本企業としては異例の踏み込みであり、大屋晋三時代のワンマン体制への反省も背景にあったと推察される。外部の視点を制度化した点で、帝人のガバナンス改革における起点と位置付けられる。
FY00
2000/3
売上高
6,042億円
当期純利益
71億円
企業買収
東邦レーヨンに資本参加
歴史的意義yutaka sugiura
帝人は東邦レーヨンへの資本参加を1999年に開始し、2007年の完全子会社化まで8年をかけて段階的に経営関与を強めた。自社開発ではなくM&Aで技術と設備を取得する手法は、東レとの差を短期間で縮める合理的な選択であった。しかし設備増強と完全子会社化に伴う投下資本は累計で600億円超に達し、2013年には294億円の減損を計上した。段階投資の設計が結果として投下資本の膨張を招いた事例であった。
企業買収
長島徹
アコーディス社のアラミド繊維事業を買収
歴史的意義yutaka sugiura
自社のテクノーラでは生産規模が限定的であった帝人が、トワロン事業の買収によってデュポンに次ぐ世界シェアを一挙に獲得した。自社増設ではなくM&Aを選択したことで、工場・技術・販売網を同時に取得し、参入に要する時間を大幅に短縮した。税務訴訟など統合リスクは顕在化したものの、帝人が高機能素材メーカーとしての事業構造を転換する上で、本件は最も直接的な成果をもたらした買収であった。
FY01
2001/3
売上高
7,614億円
当期純利益
160億円
長島徹
フィルムをデュポン合弁に移管
FY02
2002/3
売上高
9,234億円
親会社株主に帰属する当期純利益
9億円
重要事項経営体制
5人の候補から長島徹氏を次期社長に選定(11月社長交代)
経営判断をよむ →
長島徹
FY03
2003/3
売上高
8,904億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-209億円
長島徹
杏林製薬の買収を撤回
株式統合比率で折り合いがつかず、買収を撤回へ
FY04
2004/3
売上高
8,745億円
親会社株主に帰属する当期純利益
84億円
帝人製機をナブテスコに移管
長島徹
FY05
2005/3
売上高
9,083億円
親会社株主に帰属する当期純利益
91億円
長島徹
FY06
2006/3
売上高
9,380億円
当期純利益
248億円
大八木成男
FY07
2007/3
売上高
10,095億円
当期純利益
341億円
大八木成男
FY08
2008/3
売上高
10,366億円
当期純利益
126億円
大八木成男
FY09
2009/3
売上高
9,434億円
当期純利益
-429億円
大八木成男
FY10
2010/3
売上高
7,658億円
当期純利益
-356億円
大八木成男
FY11
2011/3
売上高
8,156億円
当期純利益
251億円
重要事項
大八木成男
痛風・高尿酸血症治療剤「フェブリク」を発売
帝人ファーマのフェブリク開発は、社内で優先度の低い研究テーマが、少人数体制のまま約8年をかけて承認取得に至った事例である。高尿酸血症は既存薬が長年使われ新薬開発の動機が薄い領域だったが、競合不在がかえって参入障壁を下げた。1名に近い研究体制で続けられた創薬が帝人の医薬品事業における最大製品となり、繊維に代わる収益柱へ転化した点に、資源配分と事業構造転換の関係が集約されている。
経営判断をよむ →
FY12
2012/3
売上高
8,543億円
親会社株主に帰属する当期純利益
119億円
鈴木純
FY13
2013/3
売上高
7,457億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-291億円
重要事項組織再編
鈴木純
持株会社体制へ移行
帝人本体を純粋持株会社へ移行し、新しいグループ体制を構築した。素材・ヘルスケア・繊維製品の3軸事業ポートフォリオを束ねるガバナンス枠組みとなり、2017年のCSP HD買収など以降の構造転換の前提となった。
FY14
2014/3
売上高
7,844億円
親会社株主に帰属する当期純利益
83億円
鈴木純
最終赤字に転落
電子材料・化成品(シンガポールおよび岐阜)を中心とした減損損失と、不採算事業撤退による構造改革費用により、巨額特損を計上
FY15
2015/3
売上高
7,861億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-80億円
鈴木純
FY16
2016/3
売上高
7,907億円
親会社株主に帰属する当期純利益
310億円
重要事項企業買収
鈴木純
米CSP HDを買収
歴史的意義yutaka sugiura
帝人はCSP社を約850億円で買収し、素材供給から完成部品までを一体展開する構想を掲げた。しかし買収後に顕在化したのは、米国工場の設備老朽化や労働力確保の難航といった現場運営の課題であった。PEファンド下で投資を抑制されていた拠点の再建には想定以上の追加投資が必要となり、2023年3月期に153億円の減損を計上した。素材の技術力と部品事業の運営能力は別の経営資源であることを示す事例となった。
FY17
2017/3
売上高
7,412億円
親会社株主に帰属する当期純利益
501億円
鈴木純
ポリエステルフィルムを事業譲渡
FY18
2018/3
売上高
8,349億円
親会社株主に帰属する当期純利益
455億円
鈴木純
FY19
2019/3
売上高
8,885億円
親会社株主に帰属する当期純利益
450億円
鈴木純
FY20
2020/3
売上高
8,537億円
親会社株主に帰属する当期純利益
252億円
内川哲茂
FY21
2021/3
売上高
8,365億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-66億円
企業買収
内川哲茂
武田薬品から4製品の販売権を買収
歴史的意義yutaka sugiura
フェブリクの特許切れによる年間約380億円の減収を前に、帝人は武田薬品から成熟期の糖尿病治療薬4製品を1330億円で取得した。創薬ではなく他社製品の販売権取得によって売上規模を維持する判断であり、投資の性格は営業基盤の延命に近い。買収額に対して取得製品群の将来成長性は限定的であり、資本効率の観点からは回収リスクを伴う。守りの投資にこれだけの資本を投下せざるを得なかった点に、パイプライン不足の構造的課題が表れている。
FY22
2022/3
売上高
9,260億円
親会社株主に帰属する当期純利益
231億円
内川哲茂
FY23
2023/3
売上高
10,187億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-176億円
内川哲茂
FY24
2024/3
売上高
10,327億円
親会社株主に帰属する当期純利益
105億円
内川哲茂
FY25
2025/3
売上高
10,496億円
親会社株主に帰属する当期純利益
78億円
FY26
2026/3
売上高
8,732億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-880億円
  1. 帝国人絹を設立
    帝国人造絹糸の設立は、鈴木商店の金子直吉が資金と事業設計を担い、秦逸三・久村清太が技術開発を担うという、商社主導で研究を事業化する分業構造から生まれた。蚕に依存しない国産パルプ由来の原料調達という条件が、輸入原料に制約される他事業との差異として認識されていた。設立当初の米沢工場は試験的拠点にすぎず、量産化は広島工場の新設まで持ち越されており、設立と量産は一体ではなく段階的に設計されていた。
  2. 広島工場を新設
    岩国工場は単なる増産拠点ではなく、将来の設備増設を前提に一気に生産規模を引き上げる設計で建設された。分散した既存工場の延長線上ではなく、工程集約による量産効率を追求した点が特徴であった。用地・水資源・輸送条件の適合性を踏まえた立地選定は、設備投資比率が高いレーヨン事業において稼働率と生産性を左右する判断であった。後発参入の帝人が先行企業と伍するには、工場単位の規模設計そのものが競争力の源泉となる必要があった。
  3. 鈴木商店から独立
    鈴木商店の倒産は帝人にとって信用基盤の喪失を意味したが、同時にグループ依存型の経営から脱却する契機にもなった。レーヨン事業自体は需要増大が見込まれており、事業の継続性が市場に評価されていた点が、大株主異動後の独立経営を可能にした条件である。親会社の破綻という外的ショックが、結果として帝人の経営自由度を高め、資本構成の再編を通じて以後の独自路線を歩む出発点を形成した構図であった。
  4. 三原工場の新設
  5. 大屋晋三氏が社長就任

    終戦直後の1945年に大屋晋三が帝人の社長に就任した。以後、1980年に逝去するまで社長を歴任

  6. 組織再編
    帝人化成を設立

    高分子化学・樹脂事業の母体となる帝人化成株式会社を設立した。1960年にはポリカーボネート樹脂の生産を開始し、後年の素材事業拡大の起点となった。

  7. 株式上場
    東京・大阪・名古屋証券取引所に上場

    戦後の取引所再開に合わせて東京・大阪・名古屋の各証券取引所に株式を上場した。鈴木商店からの独立後の資本市場アクセスを実現した。

  8. アセテートに参入
    帝人がアセテートを選択した背景には、ナイロンでの東レとの正面衝突を避けるという合理性があった。しかし、競合が少ない素材は市場そのものが小さく、用途の拡大にもつながらなかった。レーヨンとの技術的連続性を重視した素材選択は、結果として合成繊維の本流から外れる帰結を招き、1950年代を通じた帝人の売上低迷の一因となった。競合回避と市場規模の両立が困難であった事例として位置づけられる。
  9. 業務提携
    ポリエステルに参入
    帝人がICIと技術提携し東レと共同でポリエステルに参入した背景には、ナイロンで後発となった経験がある。単独交渉ではなく2社共同とすることで特許技術の利用条件を安定させ、初期段階から市場形成に関与する設計であった。アセテートへの集中投資が売上に結びつかなかった反省も重なり、次の合成繊維では技術導入段階から主導権を確保する判断が、帝人の合成繊維事業の立て直しの起点となった。
  10. 業務提携
    ナイロンに参入
    帝人のナイロン参入は東レの量産開始から約10年遅れであり、同時期に鐘紡・呉羽紡・旭化成も参入したことで、市場は短期間に複数企業が並立する状態となった。参入初期の売上は92億円に達したが、各社の設備増設による供給能力の増加が価格競争を常態化させ、利益率の確保は困難になった。技術導入によって量産は可能でも、参入タイミングの集中が収益性を構造的に損なう事例であった。
  11. 帝人に商号変更
  12. タイに現地法人を新設
  13. 徳山工場を新設
  14. 愛媛工場を新設
  15. 岐阜工場を新設
  16. メタ系アラミド繊維「コーネックス」生産開始

    岩国工場でメタ系アラミド繊維「コーネックス」の生産を開始した。1994年にはパラ系アラミド「テクノーラ」も松山工場で生産開始し、後の2000年アコーディス社買収によるアラミド繊維事業のグローバル化の足場となった。

  17. レーヨン生産から撤退
  18. 新薬「ベニロン」を発売
    1980年のベニロン発売を契機に、帝人は医薬品を重点分野として位置付け、他の新規事業を整理する判断を進めた。未来事業本部で広がった多角化から、研究開発と投下資本を医薬品に集中させる方向へ転換した点は、同社にとって初めて明確に示された選択と集中の局面であった。
  19. 帝人システムテクノロジーを設立
  20. 宇都宮工場を新設
  21. 岩国工場で医薬品の生産開始
  22. ナイロンをデュポン合弁に移管
  23. ガバナンス改革
    アドバイザリーボードを導入
    帝人がアドバイザリーボードを導入した直接の契機は、PBR0.3倍という市場評価であった。社員には業績評価制度があるにもかかわらず社長の評価が制度上存在しないという非対称が、経営監督の空白として認識された。社長解任勧告権を含むボードの設置は、日本企業としては異例の踏み込みであり、大屋晋三時代のワンマン体制への反省も背景にあったと推察される。外部の視点を制度化した点で、帝人のガバナンス改革における起点と位置付けられる。
  24. 企業買収
    東邦レーヨンに資本参加
    帝人は東邦レーヨンへの資本参加を1999年に開始し、2007年の完全子会社化まで8年をかけて段階的に経営関与を強めた。自社開発ではなくM&Aで技術と設備を取得する手法は、東レとの差を短期間で縮める合理的な選択であった。しかし設備増強と完全子会社化に伴う投下資本は累計で600億円超に達し、2013年には294億円の減損を計上した。段階投資の設計が結果として投下資本の膨張を招いた事例であった。
  25. 企業買収
    アコーディス社のアラミド繊維事業を買収
    自社のテクノーラでは生産規模が限定的であった帝人が、トワロン事業の買収によってデュポンに次ぐ世界シェアを一挙に獲得した。自社増設ではなくM&Aを選択したことで、工場・技術・販売網を同時に取得し、参入に要する時間を大幅に短縮した。税務訴訟など統合リスクは顕在化したものの、帝人が高機能素材メーカーとしての事業構造を転換する上で、本件は最も直接的な成果をもたらした買収であった。
  26. フィルムをデュポン合弁に移管
  27. 杏林製薬の買収を撤回

    株式統合比率で折り合いがつかず、買収を撤回へ

  28. 帝人製機をナブテスコに移管
  29. 組織再編
    持株会社体制へ移行

    帝人本体を純粋持株会社へ移行し、新しいグループ体制を構築した。素材・ヘルスケア・繊維製品の3軸事業ポートフォリオを束ねるガバナンス枠組みとなり、2017年のCSP HD買収など以降の構造転換の前提となった。

  30. 最終赤字に転落

    電子材料・化成品(シンガポールおよび岐阜)を中心とした減損損失と、不採算事業撤退による構造改革費用により、巨額特損を計上

  31. 企業買収
    米CSP HDを買収
    帝人はCSP社を約850億円で買収し、素材供給から完成部品までを一体展開する構想を掲げた。しかし買収後に顕在化したのは、米国工場の設備老朽化や労働力確保の難航といった現場運営の課題であった。PEファンド下で投資を抑制されていた拠点の再建には想定以上の追加投資が必要となり、2023年3月期に153億円の減損を計上した。素材の技術力と部品事業の運営能力は別の経営資源であることを示す事例となった。
  32. ポリエステルフィルムを事業譲渡
  33. 企業買収
    武田薬品から4製品の販売権を買収
    フェブリクの特許切れによる年間約380億円の減収を前に、帝人は武田薬品から成熟期の糖尿病治療薬4製品を1330億円で取得した。創薬ではなく他社製品の販売権取得によって売上規模を維持する判断であり、投資の性格は営業基盤の延命に近い。買収額に対して取得製品群の将来成長性は限定的であり、資本効率の観点からは回収リスクを伴う。守りの投資にこれだけの資本を投下せざるを得なかった点に、パイプライン不足の構造的課題が表れている。