沿革年表 1926〜2026年における重要度別の出来事(合計36件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
重要事項 | 株式会社豊田自動織機製作所を設立 歴史的意義yutaka sugiura 豊田佐吉氏は織機の発明家として卓越していたが、共同出資形態による企業化では経営権を維持できず、設立した会社から繰り返し退いた。1918年に独立資本で豊田紡織を設立し、試験工場を自前で持つことでG型織機の実用化に成功、1926年に豊田自動織機の設立に至った。技術の優位と事業の成立は別の問題であり、資本政策の設計が企業の存続を規定することを、佐吉氏の30年以上にわたる試行錯誤が示している。 | 1926 1-12月 | ||||
FY28 1928/3 | 売上高 0.221億円 | |||||
英プラット社にG型織機の特許実施権の譲渡契約 | FY29 1929/3 | 売上高 0.27億円 | ||||
FY30 1930/3 | 売上高 0.25億円 | |||||
FY31 1931/3 | 売上高 0.155億円 | |||||
FY32 1932/3 | 売上高 0.204億円 | |||||
FY33 1933/3 | 売上高 0.302億円 | |||||
重要事項会社設立 | 自動車部を新設(トヨタ自動車の創業) 歴史的意義yutaka sugiura 豊田自動織機の自動車参入は、G型織機の特許収入と織機事業の利益を原資とした社内プロジェクトとして始まった。喜一郎氏の極秘研究と利三郎氏の資金調達という役割分担のもと開発が進み、戦時体制下の自動車製造事業法を契機に会社分離に至った。既存事業の利益を新規事業の原資とする構造と、事業リスクの分離という判断が、トヨタ自動車の誕生を規定した。 | FY34 1934/3 | 売上高 0.375億円 | |||
FY35 1935/3 | 売上高 0.647億円 | |||||
FY36 1936/3 | 売上高 0.941億円 | |||||
FY37 1937/3 | 売上高 1.28億円 | |||||
重要事項組織再編 | 自動車部を分離独立しトヨタ自動車工業を設立 自動車部を分離独立し、トヨタ自動車工業株式会社(現トヨタ自動車)を設立した。豊田自動織機の自動車事業を独立法人として切り出し、後のトヨタグループ形成の起点となった。 経営判断をよむ → | FY38 1938/3 | 売上高 1.693億円 | |||
FY39 1939/3 | 売上高 1.169億円 | |||||
組織再編 | 製鋼部を分離独立し豊田製鋼を設立 製鋼部を分離独立して豊田製鋼株式会社(現愛知製鋼株式会社)を設立した。鉄鋼領域もトヨタ自動車に続いて独立法人化され、グループ分業の体制が整った。 | FY40 1940/3 | 売上高 1.02億円 | |||
軍需品の製造にシフト 戦時体制により織機生産を停止。軍需生産にシフト | FY41 1941/3 | 売上高 0.714億円 | ||||
FY42 1942/3 | 売上高 1.174億円 | |||||
FY43 1943/3 | 売上高 1.519億円 | |||||
FY44 1944/3 | 売上高 2.023億円 | |||||
東京証券取引所に株式上場 | FY50 1950/3 | 売上高 20.7億円 | ||||
FY51 1951/3 | 売上高 29.5億円 | |||||
FY52 1952/3 | 売上高 85.8億円 | |||||
重要事項 | トヨタ向け自動車エンジンの生産開始 歴史的意義yutaka sugiura 朝鮮特需の終焉で繊維機械の需要が長期低迷し、約1,600名の余剰人員が見込まれた。石田退三社長は人員削減ではなく、トヨタ自動車向けの自動車部品・車両組立のOEM生産に参入することで雇用を維持する道を選んだ。繊維機械の人員を自動車に振り分けるという判断は、トヨタグループの企業間関係を前提として成立したものであり、織機メーカーから自動車関連メーカーへの構造転換の起点となった。 | FY53 1953/3 | 売上高 50.3億円 | |||
メキシコ豊田を設立(事業失敗) 織機の海外現地生産を開始するも採算が合わず。約5年で撤退へ | FY54 1954/3 | 売上高 44億円 | ||||
FY55 1955/3 | 売上高 51.6億円 | |||||
新規事業による多角化 歴史的意義yutaka sugiura フォークリフトと農機という2つの新規事業は、いずれもS型エンジンの転用という同じ技術的基盤から出発した。しかし、フォークリフトはトヨタ自販の全国販路を活用できた一方、農機はヤンマー等が押さえる農村販路を独自に構築できなかった。技術の転用可能性だけでなく、販路へのアクセスが新規事業の成否を規定した事例であり、トヨタグループの企業間関係が豊田自動織機の多角化を可能にした構造を示している。 | FY56 1956/3 | 売上高 43.7億円 | ||||
FY57 1957/3 | 売上高 111.7億円 | |||||
FY58 1958/3 | 売上高 90.1億円 | |||||
FY59 1959/3 | 売上高 72.1億円 | |||||
カーエアコン用コンプレッサーの製造を開始 自動車の付帯部品としてカーエアコン用コンプレッサーの製造を開始した。後にデンソー等との合弁で海外生産に拡張する主力事業群の一つとなった。 | FY60 1960/3 | 売上高 112.7億円 | ||||
FY61 1961/3 | 売上高 190.3億円 | |||||
FY62 1962/3 | 売上高 210億円 | |||||
FY63 1963/3 | 売上高 188.9億円 | |||||
FY64 1964/3 | 売上高 194億円 | |||||
FY65 1965/3 | 売上高 206.3億円 | |||||
FY66 1966/3 | 売上高 190.1億円 | |||||
FY67 1967/3 | 売上高 238億円 | 当期純利益 9億円 | ||||
長草工場を新設 歴史的意義yutaka sugiura モータリゼーションの進展に伴うトヨタ自動車の増産需要に応える形で長草工場を新設し、スターレットの委託生産を開始した。売上高の50%近くをトヨタ向け受託生産が占める構造が定着し、豊田自動織機の事業構造はトヨタ自動車の生産計画に連動する形に固定化された。 | FY68 1968/3 | 売上高 360億円 | 当期純利益 9億円 | |||
FY69 1969/3 | 売上高 463億円 | 当期純利益 10億円 | ||||
FY70 1970/3 | 売上高 584億円 | 当期純利益 8億円 | ||||
高浜工場を新設 1970年に豊田自動織機は産業用車両(フォークリフトなど)の量産のために、高浜工場(愛知県高浜市)を新設した。エンジン以外の組み立て工程を中心に、高浜工場に生産を集約することで、生産効率の向上を目論んだ。この結果、豊田自動織機はフォークリフトにおいて、国内シェア1位(1977年時点で・38%)を持続した。 | FY71 1971/3 | 売上高 714.76億円 | 当期純利益 8.42億円 | |||
FY72 1972/3 | 売上高 722.65億円 | 当期純利益 9.16億円 | ||||
FY73 1973/3 | 売上高 800.04億円 | 当期純利益 19.6億円 | ||||
FY74 1974/3 | 売上高 1,104.35億円 | 当期純利益 27.57億円 | ||||
FY75 1975/3 | 売上高 1,256.45億円 | 当期純利益 20.85億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 1,143億円 | 当期純利益 33.7億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 1,405億円 | 当期純利益 56.6億円 | ||||
カーエアコン部品の量産を開始 デンソー向けカーエアコン部品の増産 | FY78 1978/3 | 売上高 1,586億円 | 当期純利益 66.1億円 | |||
FY79 1979/3 | 売上高 1,735億円 | 当期純利益 73.2億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 2,084億円 | 当期純利益 98.3億円 | ||||
エアジェット織機の製造開始 | FY81 1981/3 | 売上高 2,423億円 | 当期純利益 98.5億円 | |||
碧南工場を新設 エンジン工場専門を新設 | FY82 1982/3 | 売上高 2,264億円 | 当期純利益 90.2億円 | |||
FY83 1983/3 | 売上高 2,314億円 | 当期純利益 90.8億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 2,528億円 | 当期純利益 92.4億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 2,836億円 | 当期純利益 101億円 | ||||
受託生産車種の拡大 1987年に豊田自動織機はトヨタ自動車に対して経営支援を要請し、トヨタが販売する乗用車「スプリンター」の受託生産を決定した。長草工場に50億円を投資することで休眠中の1ラインを改修し、スプリンターの委託生産を開始した。また、1988年からは「カムリ」の生産も開始し、トヨタ向けの委託生産の拡充を図った。 | FY88 1988/3 | |||||
米国に現地法人を設立 産業用車両の現地生産を開始 | FY89 1989/3 | |||||
業務提携 | 米国でデンソー合弁のコンプレッサー生産を開始 日本電装(現デンソー)との合弁により、米国にミシガンオートモーティブコンプレッサー株式会社を設立した。カーエアコン用コンプレッサーの北米現地生産を開始し、グローバルサプライ体制を強化した。 | |||||
フランスに現地法人を設立 産業用車両の現地生産を開始 | FY95 1995/3 | 売上高 4,790億円 | 当期純利益 106億円 | |||
FY96 1996/3 | 売上高 4,993億円 | 当期純利益 135億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 5,577億円 | 当期純利益 179億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 5,726億円 | 当期純利益 204億円 | ||||
トヨタ向け「ヴィッツ」の生産開始 委託生産 | FY99 1999/3 | 売上高 5,588億円 | 当期純利益 103億円 | |||
FY00 2000/3 | 売上高 6,257億円 | 当期純利益 136億円 | ||||
重要事項企業買収 | スウェーデンBTインダストリーズを買収 スウェーデンのウェアハウス用機器メーカー、BTインダストリーズ株式会社(現トヨタ マテリアルハンドリングヨーロッパ)を買収した。フォークリフト・物流機器領域での欧州事業を取り込み、世界シェア確立に向けた基盤となった。 経営判断をよむ → | FY01 2001/3 | 売上高 7,673億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 226億円 | ||
東知多工場を新設 | ||||||
トヨタ向け「RVA4」の生産開始 委託生産 | ||||||
組織再編 | トヨタからL&F販売部門を譲受 トヨタ自動車からL&F(ロジスティクス&フォークリフト)販売部門を譲り受けた。フォークリフト事業の販売チャネルが豊田自動織機側に集約され、産業車両事業の自立性が高まった。 | FY02 2002/3 | 売上高 9,801億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 273億円 | ||
組織再編 | 株式会社豊田自動織機に社名変更 「株式会社豊田自動織機製作所」から「株式会社豊田自動織機(英訳名TOYOTA INDUSTRIES CORPORATION)」へ社名変更した。事業領域の多様化を踏まえ、発祥の織機色を相対化する社名となった。 | |||||
東浦工場を新設 | FY03 2003/3 | 売上高 10,692億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 219億円 | |||
企業買収 | 豊田鐵郎 | アイチコーポレーションを子会社化 高所作業車等の製造・販売を行う株式会社アイチコーポレーションを子会社化した。建設・物流関連の作業機械領域を取り込み、産業車両事業の周辺領域を拡張した。 | FY04 2004/3 | 売上高 11,643億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 336億円 | |
| 豊田鐵郎 | FY05 2005/3 | 売上高 12,415億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 413億円 | |||
| 豊田鐵郎 | FY06 2006/3 | 売上高 15,059億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 470億円 | |||
| 豊田鐵郎 | FY07 2007/3 | 売上高 18,783億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 594億円 | |||
| 豊田鐵郎 | 安城工場を新設 | FY08 2008/3 | 売上高 20,005億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 804億円 | ||
| 豊田鐵郎 | 最終赤字に転落(2期連続) リーマンショックによる需要減が影響 | FY09 2009/3 | 売上高 15,842億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -327億円 | ||
| 豊田鐵郎 | FY10 2010/3 | 売上高 13,777億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -262億円 | |||
| 豊田鐵郎 | FY11 2011/3 | 売上高 14,798億円 | 当期純利益 472億円 | |||
| 大西朗 | FY12 2012/3 | 売上高 15,433億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 585億円 | |||
| 大西朗 | 米カスケード社を買収 フォークリフト用アタッチメントを製造 | FY13 2013/3 | 売上高 16,152億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 531億円 | ||
| 大西朗 | FY14 2014/3 | 売上高 20,078億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 917億円 | |||
| 大西朗 | FY15 2015/3 | 売上高 21,666億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,152億円 | |||
| 大西朗 | FY16 2016/3 | 売上高 22,432億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,830億円 | |||
| 大西朗 | FY17 2017/3 | 売上高 22,504億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,255億円 | |||
企業買収 | 大西朗 | 米バスティアンソリューションズを子会社化 大手物流システムインテグレーターである米国のバスティアンソリューションズ有限責任会社を子会社化した。同年5月のVanderlande買収と合わせ、物流ソリューション事業をグローバルに展開する戦略を進めた。 | FY18 2018/3 | 売上高 20,039億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,681億円 | |
重要事項企業買収 | Vanderlande Industries HDを買収 歴史的意義yutaka sugiura 独キオンがデマティック社を買収しフォークリフトと物流システムの統合提案が可能になったことが、豊田自動織機の危機感を喚起した。バスティアン社とVanderlande社の連続買収で物流ソリューション世界4位に浮上し、フォークリフト単品からシステム提案への業界構造変化に対応した。eコマース拡大という市場の追い風と、競合の動きに対する防衛的な動機が重なったM&Aであった。 | |||||
| 大西朗 | FY19 2019/3 | 売上高 22,149億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,527億円 | |||
| 大西朗 | FY20 2020/3 | 売上高 21,713億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,458億円 | |||
| 大西朗 | FY21 2021/3 | 売上高 21,183億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,367億円 | |||
| 伊藤浩一 | FY22 2022/3 | 売上高 27,051億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,803億円 | |||
| 伊藤浩一 | 石浜工場を新設 車載電池の量産 | FY23 2023/3 | 売上高 33,798億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,928億円 | ||
| 伊藤浩一 | FY24 2024/3 | 売上高 38,332億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,287億円 | |||
トヨタ自動車が豊田自動織機のTOBを発表 | FY25 2025/3 | 売上高 40,849億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,623億円 | |||
株主対応 | エリオットの株主提案を否定 歴史的意義yutaka sugiura エリオットの提案が問うているのは、豊田自動織機の経営判断だけではない。トヨタグループという企業集団が、グループ全体の最適化を追求する過程で、個別企業の少数株主の利益をどこまで犠牲にしてよいのか、という構造的な問いである。自動車事業のROIC平均2.3%という数字は、豊田自動織機がトヨタの生産体制を支えるために資本コストを下回る投資を続けてきたことを示唆する。持合い株式の存在は、この構造を外部から見えにくくする装置として機能してきた。改定後TOBの18,800円とNAV40,000円超という乖離が示すのは、「グループの論理」と「資本市場の論理」の間に横たわる溝の深さである。 | 2026 1-12月 |
- 株式会社豊田自動織機製作所を設立豊田佐吉氏は織機の発明家として卓越していたが、共同出資形態による企業化では経営権を維持できず、設立した会社から繰り返し退いた。1918年に独立資本で豊田紡織を設立し、試験工場を自前で持つことでG型織機の実用化に成功、1926年に豊田自動織機の設立に至った。技術の優位と事業の成立は別の問題であり、資本政策の設計が企業の存続を規定することを、佐吉氏の30年以上にわたる試行錯誤が示している。
- 英プラット社にG型織機の特許実施権の譲渡契約
- 自動車部を新設(トヨタ自動車の創業)豊田自動織機の自動車参入は、G型織機の特許収入と織機事業の利益を原資とした社内プロジェクトとして始まった。喜一郎氏の極秘研究と利三郎氏の資金調達という役割分担のもと開発が進み、戦時体制下の自動車製造事業法を契機に会社分離に至った。既存事業の利益を新規事業の原資とする構造と、事業リスクの分離という判断が、トヨタ自動車の誕生を規定した。
- 製鋼部を分離独立し豊田製鋼を設立
製鋼部を分離独立して豊田製鋼株式会社(現愛知製鋼株式会社)を設立した。鉄鋼領域もトヨタ自動車に続いて独立法人化され、グループ分業の体制が整った。
- 軍需品の製造にシフト
戦時体制により織機生産を停止。軍需生産にシフト
- 東京証券取引所に株式上場
- メキシコ豊田を設立(事業失敗)
織機の海外現地生産を開始するも採算が合わず。約5年で撤退へ
- 新規事業による多角化フォークリフトと農機という2つの新規事業は、いずれもS型エンジンの転用という同じ技術的基盤から出発した。しかし、フォークリフトはトヨタ自販の全国販路を活用できた一方、農機はヤンマー等が押さえる農村販路を独自に構築できなかった。技術の転用可能性だけでなく、販路へのアクセスが新規事業の成否を規定した事例であり、トヨタグループの企業間関係が豊田自動織機の多角化を可能にした構造を示している。
- カーエアコン用コンプレッサーの製造を開始
自動車の付帯部品としてカーエアコン用コンプレッサーの製造を開始した。後にデンソー等との合弁で海外生産に拡張する主力事業群の一つとなった。
- 長草工場を新設モータリゼーションの進展に伴うトヨタ自動車の増産需要に応える形で長草工場を新設し、スターレットの委託生産を開始した。売上高の50%近くをトヨタ向け受託生産が占める構造が定着し、豊田自動織機の事業構造はトヨタ自動車の生産計画に連動する形に固定化された。
- 高浜工場を新設
1970年に豊田自動織機は産業用車両(フォークリフトなど)の量産のために、高浜工場(愛知県高浜市)を新設した。エンジン以外の組み立て工程を中心に、高浜工場に生産を集約することで、生産効率の向上を目論んだ。この結果、豊田自動織機はフォークリフトにおいて、国内シェア1位(1977年時点で・38%)を持続した。
- カーエアコン部品の量産を開始
デンソー向けカーエアコン部品の増産
- エアジェット織機の製造開始
- 碧南工場を新設
エンジン工場専門を新設
- 受託生産車種の拡大
1987年に豊田自動織機はトヨタ自動車に対して経営支援を要請し、トヨタが販売する乗用車「スプリンター」の受託生産を決定した。長草工場に50億円を投資することで休眠中の1ラインを改修し、スプリンターの委託生産を開始した。また、1988年からは「カムリ」の生産も開始し、トヨタ向けの委託生産の拡充を図った。
- 米国に現地法人を設立
産業用車両の現地生産を開始
- 米国でデンソー合弁のコンプレッサー生産を開始
日本電装(現デンソー)との合弁により、米国にミシガンオートモーティブコンプレッサー株式会社を設立した。カーエアコン用コンプレッサーの北米現地生産を開始し、グローバルサプライ体制を強化した。
- フランスに現地法人を設立
産業用車両の現地生産を開始
- トヨタ向け「ヴィッツ」の生産開始
委託生産
- 東知多工場を新設
- トヨタ向け「RVA4」の生産開始
委託生産
- トヨタからL&F販売部門を譲受
トヨタ自動車からL&F(ロジスティクス&フォークリフト)販売部門を譲り受けた。フォークリフト事業の販売チャネルが豊田自動織機側に集約され、産業車両事業の自立性が高まった。
- 株式会社豊田自動織機に社名変更
「株式会社豊田自動織機製作所」から「株式会社豊田自動織機(英訳名TOYOTA INDUSTRIES CORPORATION)」へ社名変更した。事業領域の多様化を踏まえ、発祥の織機色を相対化する社名となった。
- 東浦工場を新設
- アイチコーポレーションを子会社化
高所作業車等の製造・販売を行う株式会社アイチコーポレーションを子会社化した。建設・物流関連の作業機械領域を取り込み、産業車両事業の周辺領域を拡張した。
- 安城工場を新設
- 最終赤字に転落(2期連続)
リーマンショックによる需要減が影響
- 米カスケード社を買収
フォークリフト用アタッチメントを製造
- 米バスティアンソリューションズを子会社化
大手物流システムインテグレーターである米国のバスティアンソリューションズ有限責任会社を子会社化した。同年5月のVanderlande買収と合わせ、物流ソリューション事業をグローバルに展開する戦略を進めた。
- Vanderlande Industries HDを買収独キオンがデマティック社を買収しフォークリフトと物流システムの統合提案が可能になったことが、豊田自動織機の危機感を喚起した。バスティアン社とVanderlande社の連続買収で物流ソリューション世界4位に浮上し、フォークリフト単品からシステム提案への業界構造変化に対応した。eコマース拡大という市場の追い風と、競合の動きに対する防衛的な動機が重なったM&Aであった。
- 石浜工場を新設
車載電池の量産
- トヨタ自動車が豊田自動織機のTOBを発表
- エリオットの株主提案を否定エリオットの提案が問うているのは、豊田自動織機の経営判断だけではない。トヨタグループという企業集団が、グループ全体の最適化を追求する過程で、個別企業の少数株主の利益をどこまで犠牲にしてよいのか、という構造的な問いである。自動車事業のROIC平均2.3%という数字は、豊田自動織機がトヨタの生産体制を支えるために資本コストを下回る投資を続けてきたことを示唆する。持合い株式の存在は、この構造を外部から見えにくくする装置として機能してきた。改定後TOBの18,800円とNAV40,000円超という乖離が示すのは、「グループの論理」と「資本市場の論理」の間に横たわる溝の深さである。