三菱自動車の沿革・歴史的証言
1970年〜2025年
三菱自動車の1970年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1970 1-12月 | 会社設立 | 三菱自動車株式会社を設立 | 「不平等条約」が暗示した提携依存の宿命——繰り返される外資との力学 | |||
会社設立 | 三菱重工業の自動車部門を譲受け営業開始 1970年4月の設立から2か月後の6月に、三菱重工業株式会社の自動車部門を譲受けて三菱自動車工業株式会社として営業を開始した。すなわち、設立直後に旧自動車事業を一括承継する形で、製造・販売体制を立ち上げた。 | |||||
FY72 1972/3 | クライスラーが株式取得 | |||||
FY78 1978/3 | 岡崎工場を新設 1977年に名古屋自動車製作所岡崎工場(愛知県岡崎市)を新設。総工費は140億円で、乗用車の量産に従事 | |||||
東洋工機で四輪車生産を開始(パジェロ製造) | ||||||
クライスラーが経営危機 | ||||||
FY79 1979/3 | 売上高 8,745億円 | 当期純利益 156億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 9,030億円 | 当期純利益 140億円 | 滋賀工場を新設 1979年に京都製作所滋賀工場を新設。敷地面積10.5万平方メートル。総工費は140億円。エンジンの量産に従事 | |||
FY81 1981/3 | 売上高 11,079億円 | 当期純利益 83億円 | 三菱商事と海外販売で協業 1980年代を通じて三菱自動車は海外向けの輸出を強化。クライスラー社との合衆国流通契約については1981年9月に改訂し、同年12月に三菱自動車は米国に現地法人を新設した。 | |||
FY82 1982/3 | 売上高 10,821億円 | 当期純利益 131億円 | SUV「パジェロ」を発売 | |||
FY83 1983/3 | 売上高 10,613億円 | 当期純利益 126億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 11,736億円 | 当期純利益 55億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 14,083億円 | 当期純利益 66億円 | ||||
FY86 1986/3 | 売上高 15,788億円 | 当期純利益 253億円 | クライスラーと合弁基本契約を解消 1985年6月に三菱自動車はクライスラーとの合弁基本契約を解消。代わりにクライスラーは三菱自動車の株式5%を追加取得(三菱重工から取得)することで、三菱自動車への出資比率を15%から20%に高めた。 | |||
クライスラーと合弁で米国現地生産法人を設立 | ||||||
FY87 1987/3 | 売上高 15,586億円 | 当期純利益 144億円 | ||||
FY88 1988/3 | 売上高 17,526億円 | 当期純利益 110億円 | ||||
FY89 1989/3 | 東京証券取引所第1部に株式上場 | |||||
FY92 1992/3 | 売上高 30,871億円 | 当期純利益 295億円 | ダイヤモンド・スター・モーターズ全株式を取得 1991年10月にダイヤモンド・スター・モーターズ・コーポレーション(DSM)の米国クライスラー保有全株式を取得し、合弁から完全子会社化した。1985年設立の北米現地生産合弁が、6年でクライスラーから三菱自動車単独の運営へ切り替わった。すなわち、北米生産責任を自社が単独で負う体制へ移行した。 | |||
海外進出 | オランダ乗用車生産合弁ネザーランズ・カーに参画 1991年11月にオランダにおける乗用車現地生産に関する共同事業契約に基づき、ネザーランズ・カー・ビー・ブイの株式33.3%を取得した。その後、1999年に50.0%、2001年に100%へ段階的に出資比率を引き上げ、欧州生産拠点として運営した。 | |||||
FY93 1993/3 | 売上高 31,804億円 | 当期純利益 258億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 29,469億円 | 当期純利益 55億円 | 米国法人でセクハラ民事訴訟 米国法人において女性社員に対するセクシャルハラスメントが発生。被害者が集団訴訟を実施して民事訴訟に至った。この結果、1998年に三菱自動車は和解金として48億円の支払いを実施。 | |||
FY95 1995/3 | 売上高 34,141億円 | 当期純利益 126億円 | 東洋工機を買収(岐阜工場発足・パジェロ製造) | |||
FY96 1996/3 | 売上高 35,370億円 | 当期純利益 127億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 36,720億円 | 当期純利益 115億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 37,352億円 | 当期純利益 -1,018億円 | タイの現地法人を子会社化 | |||
米国事業で人員削減 | ||||||
FY99 1999/3 | 売上高 35,126億円 | 当期純利益 56億円 | ||||
FY00 2000/3 | 売上高 33,349億円 | 当期純利益 -233億円 | 業務提携 | ボルボと資本提携・協業推進の基本合意 1999年10月にボルボと資本提携および協業推進の基本合意書を締結し、12月にはトラック・バス事業における戦略的業務提携契約を締結した。しかし、2001年4月にはトラック・バス事業の戦略的提携パートナーをボルボからダイムラークライスラーに切り替えており、欧州側のパートナー入れ替えが短期間で発生した。 | ||
ダイムラークライスラーと提携 | ||||||
FY01 2001/3 | 売上高 32,767億円 | 当期純損失 -2,781億円 | リコール隠しで副社長を書類送検 | |||
FY02 2002/3 | 売上高 32,006億円 | 当期純損失 112億円 | 早期退職者を募集 | |||
FY03 2003/3 | 売上高 38,848億円 | 当期純損失 373億円 | 組織再編 | AT/CVT事業を分社化しダイヤモンドマチックを設立 2002年4月にAT/CVT事業を分社化し、ダイヤモンドマチック株式会社を設立した。前月に日産自動車およびジヤトコとAT/CVT事業統合に関する契約を締結しており、3社統合のためのキャリアアウトとして実施された。 | ||
組織再編 | 三菱ふそうトラック・バスを設立しトラック・バス事業を分社 2003年1月に三菱ふそうトラック・バス株式会社を設立し、トラック・バス事業を分社化した。同年3月にダイムラークライスラーへ43%、三菱グループ10社へ15%を譲渡。2004年3月に追加22%、2005年3月にさらに20%を譲渡し、全株式を放出した。すなわち、商用車事業の段階的な完全切り離しが完了した。 | |||||
三菱ふそうを売却 | ||||||
FY04 2004/3 | 売上高 25,194億円 | 当期純損失 -2,154億円 | リコール隠しが発覚(2回目) | |||
財務状況が悪化・経営危機 リコール隠しにより巨額損失を計上。2004年3月末時点で三菱自動車は連結自己資本比率1.4%となり、債務超過寸前の財務状況となった | ||||||
FY05 2005/3 | 売上高 21,226億円 | 当期純損失 -4,747億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 21,200億円 | 当期純損失 -921億円 | ダイムラークライスラーと提携解消 | |||
FY07 2007/3 | 売上高 22,028億円 | 当期純利益 87億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 26,821億円 | 当期純利益 347億円 | オーストラリアでの現地生産を終了 | |||
FY09 2009/3 | 売上高 19,735億円 | 当期純損失 -548億円 | ||||
FY10 2010/3 | 売上高 14,456億円 | 当期純利益 47億円 | ||||
FY11 2011/3 | 売上高 18,284億円 | 当期純利益 156億円 | 海外進出 | プジョー・シトロエンと合弁ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立 2010年4月にプジョー・シトロエン・オートモビルズ・エス・エイと合弁会社ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立した。新興市場ロシアへの生産進出を欧州メーカーとの協調で進めた。しかし、2023年12月には同社における車両の生産事業を終了しており、ロシア事業は10年強で撤収となった。 | ||
FY12 2012/3 | 売上高 18,072億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 239億円 | ||||
FY13 2013/3 | 売上高 18,151億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 379億円 | 海外進出 | 三菱商事と共同で広汽三菱汽車を設立 2012年9月に三菱商事との共同出資により広汽三菱汽車有限公司を設立した。中国国内での乗用車現地生産事業を本格化させる枠組みであった。中国は世界最大の自動車市場であり、グループ商社と組む形での参入となった。 | ||
FY14 2014/3 | 売上高 20,934億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,046億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上高 21,807億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,181億円 | 海外進出 | 三菱商事と共同でインドネシア生産合弁を設立 2015年3月に三菱商事との共同出資でミツビシ・モーターズ・クラマ・ユダ・インドネシアを設立した。東南アジアでは長らくタイを生産拠点としてきたが、市場規模が拡大するインドネシアにも現地生産体制を構築した。 | ||
FY16 2016/3 | 売上高 22,678億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 725億円 | 北米での現地生産を終了 | |||
FY17 2017/3 | 売上高 19,066億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -1,985億円 | 日産と戦略提携契約を締結 | |||
FY18 2018/3 | 売上高 21,923億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,076億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 25,145億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,328億円 | ||||
FY20 2020/3 | 売上高 22,702億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -257億円 | 組織再編 | 指名委員会等設置会社へ移行 2019年6月に指名委員会等設置会社へ移行した。日産との戦略提携(2016年5月)後のガバナンス改革の一環であり、社外取締役主導の指名・報酬委員会を設けるなど、不祥事を経た会社のコーポレートガバナンス再構築を進めた。 | ||
FY21 2021/3 | 売上高 14,554億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -3,123億円 | 最終赤字に転落 販売不振により減損損失1179億円(国内6拠点の生産設備)および事業構造改革費用702億円(主に欧州向け新製品の投入凍結など)を計上。そのほかの損失も併せて、特別損失で合計2982億円を計上し、2021年3月期に三菱自動車は3123億円の最終赤字に転落した。 | |||
FY22 2022/3 | 売上高 20,389億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 740億円 | パジェロ製造の乗用車工場を閉鎖 販売が低迷していたSUV「パジェロ」の生産終了を決定。子会社パジェロ製造の乗用車工場(岐阜県坂祝町)について、完全閉鎖を決定した。 | |||
FY23 2023/3 | 売上高 24,581億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,687億円 | 株式上場 | 東京証券取引所プライム市場へ移行 2022年4月の市場区分見直しにより、東京証券取引所市場第一部からプライム市場へ移行した。 | ||
FY24 2024/3 | 売上高 27,895億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,547億円 | 事業撤退 | ロシアでの車両生産事業を終了 2023年12月にピーシーエムエー・ルスにおける車両の生産事業を終了した。2010年に欧州プジョー・シトロエンと合弁で立ち上げたロシア生産拠点が13年で停止した。すなわち、ウクライナ侵攻に伴う事業環境悪化を受けて欧州系自動車メーカーが相次ぎ撤退する中、三菱自動車もロシア生産から退出する形となった。 | ||
FY25 2025/3 | 売上高 27,882億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 409億円 | 日産・ホンダ・三菱自動車の経営統合を発表 |
- 三菱自動車株式会社を設立「不平等条約」が暗示した提携依存の宿命——繰り返される外資との力学
- 三菱重工業の自動車部門を譲受け営業開始
1970年4月の設立から2か月後の6月に、三菱重工業株式会社の自動車部門を譲受けて三菱自動車工業株式会社として営業を開始した。すなわち、設立直後に旧自動車事業を一括承継する形で、製造・販売体制を立ち上げた。
- クライスラーが株式取得
- 岡崎工場を新設
1977年に名古屋自動車製作所岡崎工場(愛知県岡崎市)を新設。総工費は140億円で、乗用車の量産に従事
- 東洋工機で四輪車生産を開始(パジェロ製造)
- クライスラーが経営危機
- 滋賀工場を新設
1979年に京都製作所滋賀工場を新設。敷地面積10.5万平方メートル。総工費は140億円。エンジンの量産に従事
- 三菱商事と海外販売で協業
1980年代を通じて三菱自動車は海外向けの輸出を強化。クライスラー社との合衆国流通契約については1981年9月に改訂し、同年12月に三菱自動車は米国に現地法人を新設した。
- SUV「パジェロ」を発売
- クライスラーと合弁基本契約を解消
1985年6月に三菱自動車はクライスラーとの合弁基本契約を解消。代わりにクライスラーは三菱自動車の株式5%を追加取得(三菱重工から取得)することで、三菱自動車への出資比率を15%から20%に高めた。
- クライスラーと合弁で米国現地生産法人を設立
- 東京証券取引所第1部に株式上場
- ダイヤモンド・スター・モーターズ全株式を取得
1991年10月にダイヤモンド・スター・モーターズ・コーポレーション(DSM)の米国クライスラー保有全株式を取得し、合弁から完全子会社化した。1985年設立の北米現地生産合弁が、6年でクライスラーから三菱自動車単独の運営へ切り替わった。すなわち、北米生産責任を自社が単独で負う体制へ移行した。
- オランダ乗用車生産合弁ネザーランズ・カーに参画
1991年11月にオランダにおける乗用車現地生産に関する共同事業契約に基づき、ネザーランズ・カー・ビー・ブイの株式33.3%を取得した。その後、1999年に50.0%、2001年に100%へ段階的に出資比率を引き上げ、欧州生産拠点として運営した。
- 米国法人でセクハラ民事訴訟
米国法人において女性社員に対するセクシャルハラスメントが発生。被害者が集団訴訟を実施して民事訴訟に至った。この結果、1998年に三菱自動車は和解金として48億円の支払いを実施。
- 東洋工機を買収(岐阜工場発足・パジェロ製造)
- タイの現地法人を子会社化
- 米国事業で人員削減
- ボルボと資本提携・協業推進の基本合意
1999年10月にボルボと資本提携および協業推進の基本合意書を締結し、12月にはトラック・バス事業における戦略的業務提携契約を締結した。しかし、2001年4月にはトラック・バス事業の戦略的提携パートナーをボルボからダイムラークライスラーに切り替えており、欧州側のパートナー入れ替えが短期間で発生した。
- ダイムラークライスラーと提携
- リコール隠しで副社長を書類送検
- 早期退職者を募集
- AT/CVT事業を分社化しダイヤモンドマチックを設立
2002年4月にAT/CVT事業を分社化し、ダイヤモンドマチック株式会社を設立した。前月に日産自動車およびジヤトコとAT/CVT事業統合に関する契約を締結しており、3社統合のためのキャリアアウトとして実施された。
- 三菱ふそうトラック・バスを設立しトラック・バス事業を分社
2003年1月に三菱ふそうトラック・バス株式会社を設立し、トラック・バス事業を分社化した。同年3月にダイムラークライスラーへ43%、三菱グループ10社へ15%を譲渡。2004年3月に追加22%、2005年3月にさらに20%を譲渡し、全株式を放出した。すなわち、商用車事業の段階的な完全切り離しが完了した。
- 三菱ふそうを売却
- リコール隠しが発覚(2回目)
- 財務状況が悪化・経営危機
リコール隠しにより巨額損失を計上。2004年3月末時点で三菱自動車は連結自己資本比率1.4%となり、債務超過寸前の財務状況となった
- ダイムラークライスラーと提携解消
- オーストラリアでの現地生産を終了
- プジョー・シトロエンと合弁ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立
2010年4月にプジョー・シトロエン・オートモビルズ・エス・エイと合弁会社ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立した。新興市場ロシアへの生産進出を欧州メーカーとの協調で進めた。しかし、2023年12月には同社における車両の生産事業を終了しており、ロシア事業は10年強で撤収となった。
- 三菱商事と共同で広汽三菱汽車を設立
2012年9月に三菱商事との共同出資により広汽三菱汽車有限公司を設立した。中国国内での乗用車現地生産事業を本格化させる枠組みであった。中国は世界最大の自動車市場であり、グループ商社と組む形での参入となった。
- 三菱商事と共同でインドネシア生産合弁を設立
2015年3月に三菱商事との共同出資でミツビシ・モーターズ・クラマ・ユダ・インドネシアを設立した。東南アジアでは長らくタイを生産拠点としてきたが、市場規模が拡大するインドネシアにも現地生産体制を構築した。
- 北米での現地生産を終了
- 日産と戦略提携契約を締結
- 指名委員会等設置会社へ移行
2019年6月に指名委員会等設置会社へ移行した。日産との戦略提携(2016年5月)後のガバナンス改革の一環であり、社外取締役主導の指名・報酬委員会を設けるなど、不祥事を経た会社のコーポレートガバナンス再構築を進めた。
- 最終赤字に転落
販売不振により減損損失1179億円(国内6拠点の生産設備)および事業構造改革費用702億円(主に欧州向け新製品の投入凍結など)を計上。そのほかの損失も併せて、特別損失で合計2982億円を計上し、2021年3月期に三菱自動車は3123億円の最終赤字に転落した。
- パジェロ製造の乗用車工場を閉鎖
販売が低迷していたSUV「パジェロ」の生産終了を決定。子会社パジェロ製造の乗用車工場(岐阜県坂祝町)について、完全閉鎖を決定した。
- 東京証券取引所プライム市場へ移行
2022年4月の市場区分見直しにより、東京証券取引所市場第一部からプライム市場へ移行した。
- ロシアでの車両生産事業を終了
2023年12月にピーシーエムエー・ルスにおける車両の生産事業を終了した。2010年に欧州プジョー・シトロエンと合弁で立ち上げたロシア生産拠点が13年で停止した。すなわち、ウクライナ侵攻に伴う事業環境悪化を受けて欧州系自動車メーカーが相次ぎ撤退する中、三菱自動車もロシア生産から退出する形となった。
- 日産・ホンダ・三菱自動車の経営統合を発表