沿革年表 1970〜2026年における重要度別の出来事(合計42件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
三菱自動車株式会社を設立
三菱自動車の設立時に締結された「合衆国流通契約」は、北米市場における2ドア車限定・独占販売という深刻な制約を課すものであった。クライスラー側の合理的な自己防衛であると同時に、三菱自動車の海外成長を構造的に封じる仕組みでもあった。提携先との力関係に経営が左右される構造は、のちのダイムラークライスラーとの関係でも再現されており、三菱自動車の歴史を貫く課題として創業時点で既に胚胎していた。
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1970
1-12月
会社設立
三菱重工業の自動車部門を譲受け営業開始
1970年4月の設立から2か月後の6月に、三菱重工業株式会社の自動車部門を譲受けて三菱自動車工業株式会社として営業を開始した。すなわち、設立直後に旧自動車事業を一括承継する形で、製造・販売体制を立ち上げた。
クライスラーが株式取得
FY72
1972/3
岡崎工場を新設
1977年に名古屋自動車製作所岡崎工場(愛知県岡崎市)を新設。総工費は140億円で、乗用車の量産に従事
FY78
1978/3
東洋工機で四輪車生産を開始(パジェロ製造)
クライスラーが経営危機
FY79
1979/3
売上高
8,745億円
当期純利益
156億円
滋賀工場を新設
1979年に京都製作所滋賀工場を新設。敷地面積10.5万平方メートル。総工費は140億円。エンジンの量産に従事
FY80
1980/3
売上高
9,030億円
当期純利益
140億円
三菱商事と海外販売で協業
1980年代を通じて三菱自動車は海外向けの輸出を強化。クライスラー社との合衆国流通契約については1981年9月に改訂し、同年12月に三菱自動車は米国に現地法人を新設した。
FY81
1981/3
売上高
11,079億円
当期純利益
83億円
SUV「パジェロ」を発売
FY82
1982/3
売上高
10,821億円
当期純利益
131億円
FY83
1983/3
売上高
10,613億円
当期純利益
126億円
FY84
1984/3
売上高
11,736億円
当期純利益
55億円
FY85
1985/3
売上高
14,083億円
当期純利益
66億円
クライスラーと合弁基本契約を解消
1985年6月に三菱自動車はクライスラーとの合弁基本契約を解消。代わりにクライスラーは三菱自動車の株式5%を追加取得(三菱重工から取得)することで、三菱自動車への出資比率を15%から20%に高めた。
FY86
1986/3
売上高
15,788億円
当期純利益
253億円
クライスラーと合弁で米国現地生産法人を設立
FY87
1987/3
売上高
15,586億円
当期純利益
144億円
FY88
1988/3
売上高
17,526億円
当期純利益
110億円
東京証券取引所第1部に株式上場
FY89
1989/3
ダイヤモンド・スター・モーターズ全株式を取得
1991年10月にダイヤモンド・スター・モーターズ・コーポレーション(DSM)の米国クライスラー保有全株式を取得し、合弁から完全子会社化した。1985年設立の北米現地生産合弁が、6年でクライスラーから三菱自動車単独の運営へ切り替わった。すなわち、北米生産責任を自社が単独で負う体制へ移行した。
FY92
1992/3
売上高
30,871億円
当期純利益
295億円
海外進出
オランダ乗用車生産合弁ネザーランズ・カーに参画
1991年11月にオランダにおける乗用車現地生産に関する共同事業契約に基づき、ネザーランズ・カー・ビー・ブイの株式33.3%を取得した。その後、1999年に50.0%、2001年に100%へ段階的に出資比率を引き上げ、欧州生産拠点として運営した。
FY93
1993/3
売上高
31,804億円
当期純利益
258億円
米国法人でセクハラ民事訴訟
米国法人において女性社員に対するセクシャルハラスメントが発生。被害者が集団訴訟を実施して民事訴訟に至った。この結果、1998年に三菱自動車は和解金として48億円の支払いを実施。
FY94
1994/3
売上高
29,469億円
当期純利益
55億円
東洋工機を買収(岐阜工場発足・パジェロ製造)
FY95
1995/3
売上高
34,141億円
当期純利益
126億円
FY96
1996/3
売上高
35,370億円
当期純利益
127億円
FY97
1997/3
売上高
36,720億円
当期純利益
115億円
タイの現地法人を子会社化
FY98
1998/3
売上高
37,352億円
当期純利益
-1,018億円
重要事項
総会屋利益供与事件が発覚、河添克彦が社長に就任し中村院政の打破に着手
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米国事業で人員削減
FY99
1999/3
売上高
35,126億円
当期純利益
56億円
業務提携
ボルボと資本提携・協業推進の基本合意
1999年10月にボルボと資本提携および協業推進の基本合意書を締結し、12月にはトラック・バス事業における戦略的業務提携契約を締結した。しかし、2001年4月にはトラック・バス事業の戦略的提携パートナーをボルボからダイムラークライスラーに切り替えており、欧州側のパートナー入れ替えが短期間で発生した。
FY00
2000/3
売上高
33,349億円
当期純利益
-233億円
重要事項
ダイムラークライスラーと提携
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リコール隠しで副社長を書類送検
FY01
2001/3
売上高
32,767億円
当期純損失
-2,781億円
早期退職者を募集
FY02
2002/3
売上高
32,006億円
当期純損失
112億円
組織再編
AT/CVT事業を分社化しダイヤモンドマチックを設立
2002年4月にAT/CVT事業を分社化し、ダイヤモンドマチック株式会社を設立した。前月に日産自動車およびジヤトコとAT/CVT事業統合に関する契約を締結しており、3社統合のためのキャリアアウトとして実施された。
FY03
2003/3
売上高
38,848億円
当期純損失
373億円
組織再編
三菱ふそうトラック・バスを設立しトラック・バス事業を分社
2003年1月に三菱ふそうトラック・バス株式会社を設立し、トラック・バス事業を分社化した。同年3月にダイムラークライスラーへ43%、三菱グループ10社へ15%を譲渡。2004年3月に追加22%、2005年3月にさらに20%を譲渡し、全株式を放出した。すなわち、商用車事業の段階的な完全切り離しが完了した。
三菱ふそうを売却
益子修
リコール隠しが発覚(2回目)
FY04
2004/3
売上高
25,194億円
当期純損失
-2,154億円
財務状況が悪化・経営危機
リコール隠しにより巨額損失を計上。2004年3月末時点で三菱自動車は連結自己資本比率1.4%となり、債務超過寸前の財務状況となった
益子修
FY05
2005/3
売上高
21,226億円
当期純損失
-4,747億円
益子修
ダイムラークライスラーと提携解消
FY06
2006/3
売上高
21,200億円
当期純損失
-921億円
益子修
FY07
2007/3
売上高
22,028億円
当期純利益
87億円
益子修
オーストラリアでの現地生産を終了
FY08
2008/3
売上高
26,821億円
当期純利益
347億円
益子修
FY09
2009/3
売上高
19,735億円
当期純損失
-548億円
益子修
FY10
2010/3
売上高
14,456億円
当期純利益
47億円
海外進出
益子修
プジョー・シトロエンと合弁ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立
2010年4月にプジョー・シトロエン・オートモビルズ・エス・エイと合弁会社ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立した。新興市場ロシアへの生産進出を欧州メーカーとの協調で進めた。しかし、2023年12月には同社における車両の生産事業を終了しており、ロシア事業は10年強で撤収となった。
FY11
2011/3
売上高
18,284億円
当期純利益
156億円
益子修
FY12
2012/3
売上高
18,072億円
親会社株主に帰属する当期純利益
239億円
海外進出
相川哲郎
三菱商事と共同で広汽三菱汽車を設立
2012年9月に三菱商事との共同出資により広汽三菱汽車有限公司を設立した。中国国内での乗用車現地生産事業を本格化させる枠組みであった。中国は世界最大の自動車市場であり、グループ商社と組む形での参入となった。
FY13
2013/3
売上高
18,151億円
親会社株主に帰属する当期純利益
379億円
相川哲郎
FY14
2014/3
売上高
20,934億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,046億円
海外進出
益子修
三菱商事と共同でインドネシア生産合弁を設立
2015年3月に三菱商事との共同出資でミツビシ・モーターズ・クラマ・ユダ・インドネシアを設立した。東南アジアでは長らくタイを生産拠点としてきたが、市場規模が拡大するインドネシアにも現地生産体制を構築した。
FY15
2015/3
売上高
21,807億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,181億円
益子修
北米での現地生産を終了
FY16
2016/3
売上高
22,678億円
親会社株主に帰属する当期純利益
725億円
重要事項業務提携
益子修
燃費データ不正の発覚を受け日産と戦略的アライアンスを締結(34%出資)
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FY17
2017/3
売上高
19,066億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-1,985億円
加藤隆雄
FY18
2018/3
売上高
21,923億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,076億円
加藤隆雄
FY19
2019/3
売上高
25,145億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,328億円
組織再編
加藤隆雄
指名委員会等設置会社へ移行
2019年6月に指名委員会等設置会社へ移行した。日産との戦略提携(2016年5月)後のガバナンス改革の一環であり、社外取締役主導の指名・報酬委員会を設けるなど、不祥事を経た会社のコーポレートガバナンス再構築を進めた。
FY20
2020/3
売上高
22,702億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-257億円
重要事項構造改革
加藤隆雄
新中計「Small but Beautiful」を発表(欧州縮小・東南アジア集中)
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FY21
2021/3
売上高
14,554億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-3,123億円
最終赤字に転落
販売不振により減損損失1179億円(国内6拠点の生産設備)および事業構造改革費用702億円(主に欧州向け新製品の投入凍結など)を計上。そのほかの損失も併せて、特別損失で合計2982億円を計上し、2021年3月期に三菱自動車は3123億円の最終赤字に転落した。
加藤隆雄
パジェロ製造の乗用車工場を閉鎖
販売が低迷していたSUV「パジェロ」の生産終了を決定。子会社パジェロ製造の乗用車工場(岐阜県坂祝町)について、完全閉鎖を決定した。
FY22
2022/3
売上高
20,389億円
親会社株主に帰属する当期純利益
740億円
株式上場
加藤隆雄
東京証券取引所プライム市場へ移行
2022年4月の市場区分見直しにより、東京証券取引所市場第一部からプライム市場へ移行した。
FY23
2023/3
売上高
24,581億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,687億円
事業撤退
加藤隆雄
ロシアでの車両生産事業を終了
2023年12月にピーシーエムエー・ルスにおける車両の生産事業を終了した。2010年に欧州プジョー・シトロエンと合弁で立ち上げたロシア生産拠点が13年で停止した。すなわち、ウクライナ侵攻に伴う事業環境悪化を受けて欧州系自動車メーカーが相次ぎ撤退する中、三菱自動車もロシア生産から退出する形となった。
FY24
2024/3
売上高
27,895億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,547億円
加藤隆雄
日産・ホンダ・三菱自動車の経営統合を発表
FY25
2025/3
売上高
27,882億円
親会社株主に帰属する当期純利益
409億円
FY26
2026/3
売上高
28,965億円
親会社株主に帰属する当期純利益
100億円
  1. 会社設立
    三菱重工業の自動車部門を譲受け営業開始

    1970年4月の設立から2か月後の6月に、三菱重工業株式会社の自動車部門を譲受けて三菱自動車工業株式会社として営業を開始した。すなわち、設立直後に旧自動車事業を一括承継する形で、製造・販売体制を立ち上げた。

  2. クライスラーが株式取得
  3. 岡崎工場を新設

    1977年に名古屋自動車製作所岡崎工場(愛知県岡崎市)を新設。総工費は140億円で、乗用車の量産に従事

  4. 東洋工機で四輪車生産を開始(パジェロ製造)
  5. クライスラーが経営危機
  6. 滋賀工場を新設

    1979年に京都製作所滋賀工場を新設。敷地面積10.5万平方メートル。総工費は140億円。エンジンの量産に従事

  7. 三菱商事と海外販売で協業

    1980年代を通じて三菱自動車は海外向けの輸出を強化。クライスラー社との合衆国流通契約については1981年9月に改訂し、同年12月に三菱自動車は米国に現地法人を新設した。

  8. SUV「パジェロ」を発売
  9. クライスラーと合弁基本契約を解消

    1985年6月に三菱自動車はクライスラーとの合弁基本契約を解消。代わりにクライスラーは三菱自動車の株式5%を追加取得(三菱重工から取得)することで、三菱自動車への出資比率を15%から20%に高めた。

  10. クライスラーと合弁で米国現地生産法人を設立
  11. 東京証券取引所第1部に株式上場
  12. ダイヤモンド・スター・モーターズ全株式を取得

    1991年10月にダイヤモンド・スター・モーターズ・コーポレーション(DSM)の米国クライスラー保有全株式を取得し、合弁から完全子会社化した。1985年設立の北米現地生産合弁が、6年でクライスラーから三菱自動車単独の運営へ切り替わった。すなわち、北米生産責任を自社が単独で負う体制へ移行した。

  13. 海外進出
    オランダ乗用車生産合弁ネザーランズ・カーに参画

    1991年11月にオランダにおける乗用車現地生産に関する共同事業契約に基づき、ネザーランズ・カー・ビー・ブイの株式33.3%を取得した。その後、1999年に50.0%、2001年に100%へ段階的に出資比率を引き上げ、欧州生産拠点として運営した。

  14. 米国法人でセクハラ民事訴訟

    米国法人において女性社員に対するセクシャルハラスメントが発生。被害者が集団訴訟を実施して民事訴訟に至った。この結果、1998年に三菱自動車は和解金として48億円の支払いを実施。

  15. 東洋工機を買収(岐阜工場発足・パジェロ製造)
  16. タイの現地法人を子会社化
  17. 米国事業で人員削減
  18. 業務提携
    ボルボと資本提携・協業推進の基本合意

    1999年10月にボルボと資本提携および協業推進の基本合意書を締結し、12月にはトラック・バス事業における戦略的業務提携契約を締結した。しかし、2001年4月にはトラック・バス事業の戦略的提携パートナーをボルボからダイムラークライスラーに切り替えており、欧州側のパートナー入れ替えが短期間で発生した。

  19. リコール隠しで副社長を書類送検
  20. 早期退職者を募集
  21. 組織再編
    AT/CVT事業を分社化しダイヤモンドマチックを設立

    2002年4月にAT/CVT事業を分社化し、ダイヤモンドマチック株式会社を設立した。前月に日産自動車およびジヤトコとAT/CVT事業統合に関する契約を締結しており、3社統合のためのキャリアアウトとして実施された。

  22. 組織再編
    三菱ふそうトラック・バスを設立しトラック・バス事業を分社

    2003年1月に三菱ふそうトラック・バス株式会社を設立し、トラック・バス事業を分社化した。同年3月にダイムラークライスラーへ43%、三菱グループ10社へ15%を譲渡。2004年3月に追加22%、2005年3月にさらに20%を譲渡し、全株式を放出した。すなわち、商用車事業の段階的な完全切り離しが完了した。

  23. 三菱ふそうを売却
  24. リコール隠しが発覚(2回目)
  25. 財務状況が悪化・経営危機

    リコール隠しにより巨額損失を計上。2004年3月末時点で三菱自動車は連結自己資本比率1.4%となり、債務超過寸前の財務状況となった

  26. ダイムラークライスラーと提携解消
  27. オーストラリアでの現地生産を終了
  28. 海外進出
    プジョー・シトロエンと合弁ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立

    2010年4月にプジョー・シトロエン・オートモビルズ・エス・エイと合弁会社ピーシーエムエー・ルスをロシアに設立した。新興市場ロシアへの生産進出を欧州メーカーとの協調で進めた。しかし、2023年12月には同社における車両の生産事業を終了しており、ロシア事業は10年強で撤収となった。

  29. 海外進出
    三菱商事と共同で広汽三菱汽車を設立

    2012年9月に三菱商事との共同出資により広汽三菱汽車有限公司を設立した。中国国内での乗用車現地生産事業を本格化させる枠組みであった。中国は世界最大の自動車市場であり、グループ商社と組む形での参入となった。

  30. 海外進出
    三菱商事と共同でインドネシア生産合弁を設立

    2015年3月に三菱商事との共同出資でミツビシ・モーターズ・クラマ・ユダ・インドネシアを設立した。東南アジアでは長らくタイを生産拠点としてきたが、市場規模が拡大するインドネシアにも現地生産体制を構築した。

  31. 北米での現地生産を終了
  32. 組織再編
    指名委員会等設置会社へ移行

    2019年6月に指名委員会等設置会社へ移行した。日産との戦略提携(2016年5月)後のガバナンス改革の一環であり、社外取締役主導の指名・報酬委員会を設けるなど、不祥事を経た会社のコーポレートガバナンス再構築を進めた。

  33. 最終赤字に転落

    販売不振により減損損失1179億円(国内6拠点の生産設備)および事業構造改革費用702億円(主に欧州向け新製品の投入凍結など)を計上。そのほかの損失も併せて、特別損失で合計2982億円を計上し、2021年3月期に三菱自動車は3123億円の最終赤字に転落した。

  34. パジェロ製造の乗用車工場を閉鎖

    販売が低迷していたSUV「パジェロ」の生産終了を決定。子会社パジェロ製造の乗用車工場(岐阜県坂祝町)について、完全閉鎖を決定した。

  35. 株式上場
    東京証券取引所プライム市場へ移行

    2022年4月の市場区分見直しにより、東京証券取引所市場第一部からプライム市場へ移行した。

  36. 事業撤退
    ロシアでの車両生産事業を終了

    2023年12月にピーシーエムエー・ルスにおける車両の生産事業を終了した。2010年に欧州プジョー・シトロエンと合弁で立ち上げたロシア生産拠点が13年で停止した。すなわち、ウクライナ侵攻に伴う事業環境悪化を受けて欧州系自動車メーカーが相次ぎ撤退する中、三菱自動車もロシア生産から退出する形となった。

  37. 日産・ホンダ・三菱自動車の経営統合を発表