沿革年表 1933〜2026年における重要度別の出来事(合計71件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
重要事項 | 精機光学研究所を発足 歴史的意義yutaka sugiura キヤノンの創業は技術者2人の構想に産婦人科医の御手洗毅が出資したことで始まった。出資者が本業を断念して経営に専念する判断は、終戦による医院焼失と国産カメラへの使命感が重なった結果であった。株式保有5%未満で同族経営の資本的裏付けを持たないまま、御手洗家がキヤノンの創業家として経営に関与し続ける出発点でもあった。 | 1933 1-12月 | ||||
重要事項会社設立 | 東京目黒に精機光学工業株式会社として資本金100万円で創立。カメラ製造販売開始。 | 1937 1-12月 | ||||
商号をキヤノンカメラに変更 日本企業としては珍しかった「カタカナ」による社名を採用してカメラのブランド名と一致させた。カメラの海外輸出に備えた施策であった。ただし1949年の株式上場にあたって「カタカナの社名」が問題視されるなど、それなりの苦労を伴った変更であった。 | 1947 1-12月 | |||||
キヤノンカメラ株式会社と商号変更。 | ||||||
東京証券取引所に株式上場 株式市場の再開に伴い、東京証券取引所に株式を上場した。上場後の1953年9月時点で、筆頭株主は東亜火災海上保険(10.0%)であり、御手洗毅氏は3.81%を保有。すなわち、上場時点でキヤノンは御手洗家の所有物でなくなっていた。1953年9月末時点の保有数順の大株主は下記の通り。 | FY49 1949/12 | 売上高 2.05億円 | 当期純利益 0.056億円 | |||
FY50 1950/12 | 売上高 3.78億円 | 当期純利益 0.032億円 | ||||
重要事項海外進出 | 本社工場を新設。北米輸出を本格化 歴史的意義yutaka sugiura キヤノンは英マセソン社からの借入金を全額設備投資に充て、資本金の10倍に相当する2億円で下丸子工場を新設した。債務超過リスクを負った巨額投資であったが、高級カメラへの特化と量産効果により売上高利益率10%超を維持し、3年で投資を回収した。品質への自信が持てるまで輸出を急がなかった御手洗の方針が、Made in Japanの不信用を実績で覆した。 | FY51 1951/12 | 売上高 6.34億円 | 当期純利益 0.718億円 | ||
(株)目黒精機製作所(現キヤノンプレシジョン(株))を設立。 | FY52 1952/12 | 売上高 9.41億円 | 当期純利益 0.897億円 | |||
FY53 1953/12 | 売上高 13.67億円 | 当期純利益 1.42億円 | ||||
(株)秩父英工舎(現キヤノン電子(株))を設立。 | FY54 1954/12 | 売上高 17.35億円 | 当期純利益 1.83億円 | |||
海外進出 | ニューヨーク支店開設。 | FY55 1955/12 | 売上高 18.84億円 | 当期純利益 3.07億円 | ||
FY56 1956/12 | 売上高 21.39億円 | 当期純利益 3.3億円 | ||||
海外進出 | スイスに欧州総代理店としてCanon Europe S.A.開設。 | FY57 1957/12 | 売上高 24.31億円 | 当期純利益 3.77億円 | ||
カメラ不況により減収決算へ 1956年頃に日本経済が一時的な不況に陥ったことでカメラの売上高が低迷。キヤノンは減収決算へ | ||||||
FY58 1958/12 | 売上高 24.26億円 | 当期純利益 3.35億円 | ||||
FY59 1959/12 | 売上高 28.6億円 | 当期純利益 2.12億円 | ||||
FY60 1960/12 | 売上高 42.7億円 | 当期純利益 4.23億円 | ||||
中級機カメラに進出(キヤノンフレックス発売) 低迷打破のためキヤノンは中級カメラへの新規参入を決定した。1958年以降は海外輸出と国内中級機需要の取り込みを方針として開発を進め、1961年発売の「キヤノンフレックス」が大ヒット。よってキヤノンは「海外向け高級機メーカー」から「国内向け中級機メーカー」へ転身した。一方で日本に数十社存在した中級機メーカーは大半が消滅し、量産効果を発揮したキヤノンに軍配があがった。 | FY61 1961/12 | 売上高 71.25億円 | 当期純利益 7.32億円 | |||
企業買収 | 三栄産業(株)(現キヤノン化成(株))に出資。 | |||||
FY62 1962/12 | 売上高 102億円 | 当期純利益 9.8億円 | ||||
FY63 1963/12 | 売上高 141億円 | 当期純利益 10.5億円 | ||||
電子式卓上計算機を発売、本格的に事務機分野に進出。 | FY64 1964/12 | 売上高 158億円 | 当期純利益 6.1億円 | |||
FY65 1965/12 | 売上高 150億円 | 当期純利益 3.5億円 | ||||
海外進出 | 米国にCanon U.S.A.,Inc.を設立。 | FY66 1966/12 | 売上高 162億円 | 当期純利益 3.4億円 | ||
経済不況により減益決算 中級機ブームの一巡と経済不況(昭和40年不況)の到来が重なり、キヤノンの売上成長も低迷。カメラに次ぐ新商品・新規事業の開拓が急務となった。 | ||||||
「右手にカメラ、左手に事務機」の方針策定 undefinedundefinedundefinedundefined | FY67 1967/12 | 売上高 181億円 | 当期純利益 6.6億円 | |||
キヤノン事務機販売(株)を設立。 | FY68 1968/12 | 売上高 214億円 | 当期純利益 9.7億円 | |||
重要事項 | NPシステムを開発、普通紙複写機(PPC)分野に進出。 | |||||
キヤノン株式会社と商号変更。 | FY69 1969/12 | 売上高 333億円 | 当期純利益 17.8億円 | |||
半導体製造装置を発表。 | FY70 1970/12 | 売上高 447億円 | 当期純利益 23.6億円 | |||
海外進出 | 台湾佳能股份有限公司を設立。 | |||||
組織再編 | キヤノンカメラ販売(株)、キヤノン事務機サービス(株)をキヤノン事務機販売(株)へ合併、キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))と商号変更。 | FY71 1971/12 | 売上高 471億円 | 当期純利益 12.1億円 | ||
企業買収 | Physotec GmbH(現Canon Giessen GmbH)に出資。 | FY72 1972/12 | 売上高 502億円 | 当期純利益 11.8億円 | ||
企業買収 | 第一精機工業(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。 | |||||
FY73 1973/12 | 売上高 590億円 | 当期純利益 17.8億円 | ||||
FY74 1974/12 | 売上高 714億円 | 当期純利益 13億円 | ||||
重要事項 | レーザープリンターの開発に成功。 | FY75 1975/12 | 売上高 749億円 | 当期純利益 8.2億円 | ||
無配転落。電卓事業の撤退 | ||||||
FY76 1976/12 | 売上高 1,019億円 | 当期純利益 36億円 | ||||
社長交代 | 賀来龍三郎氏が代表取締役社長に就任 歴史的意義yutaka sugiura 前田社長の急逝に伴い、常務から副社長・専務を飛ばして社長に抜擢された賀来龍三郎は、前任経営陣を「経営に甘さが出ていた」と公言して組織改革に着手した。事業部制の導入で各事業の損益を可視化し、多角化の整理と事務機への研究開発投資の集中を推進した。1985年のHP社との提携でLBPのOEM供給を開始した判断は、自社販路の構築ではなく外部パートナーの販路を活用する設計であり、無配転落から10年で売上高1兆円に至る成長の起点であった。 | FY77 1977/12 | 売上高 1,239億円 | 当期純利益 59億円 | ||
海外進出 | オーストラリアにCanon Australia Pty.Ltd.を設立。 | FY78 1978/12 | 売上高 1,369億円 | 当期純利益 74億円 | ||
海外進出 | シンガポールにCanon Singapore Pte.Ltd.を設立。 | FY79 1979/12 | 売上高 1,874億円 | 当期純利益 113億円 | ||
企業買収 | コピア(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。 | |||||
キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))とコピア(株)の共同出資によりコピア販売(株)(現キヤノンシステムアンドサポート(株))を設立。 | FY80 1980/12 | 売上高 2,407億円 | 当期純利益 147億円 | |||
バブルジェット記録方式の開発に成功。 | FY81 1981/12 | 売上高 2,820億円 | 当期純利益 157億円 | |||
海外進出 | オランダにCanon Europa N.V.を設立。 | FY82 1982/12 | 売上高 3,065億円 | 当期純利益 167億円 | ||
大分キヤノン(株)を設立。 | ||||||
海外進出 | フランスにCanon Bretagne S.A.(現Canon Bretagne S.A.S.)を設立。 | FY83 1983/12 | 売上高 3,741億円 | 当期純利益 175億円 | ||
キヤノン・コンポーネンツ(株)を設立。 | FY84 1984/12 | 売上高 4,850億円 | 当期純利益 210億円 | |||
HP社と業務協力提携を締結。LBPのOEM供与へ | FY85 1985/12 | 売上高 9,557億円 | 当期純利益 370億円 | |||
企業買収 | キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))が日本タイプライター(株)(現キヤノンセミコンダクターエクィップメント(株))に出資。 | |||||
海外進出 | 米国にCanon Virginia,Inc.を設立。 | |||||
FY86 1986/12 | 売上高 8,892億円 | 当期純利益 107億円 | ||||
FY87 1987/12 | 売上高 9,767億円 | 当期純利益 132億円 | ||||
長浜キヤノン(株)を設立。 | FY88 1988/12 | 売上高 11,060億円 | 当期純利益 371億円 | |||
海外進出 | マレーシアにCanon Opto(Malaysia)Sdn.Bhd.を設立。 | |||||
海外進出 | 中華人民共和国に佳能大連事務機有限公司を設立。 | FY89 1989/12 | ||||
BJP「BJ-10v」の発売(BtoC向け) 複写機→LBP→BJPの順に展開して事務機の需要を取り込み。PCの普及を見据えてBtoC向けのプリンタとしてグローバル展開 | FY90 1990/12 | |||||
海外進出 | タイにCanon Hi-Tech(Thailand)Ltd.を設立。 | |||||
FY91 1991/12 | 売上高 18,689億円 | 当期純利益 521億円 | ||||
FY92 1992/12 | 売上高 19,144億円 | 当期純利益 356億円 | ||||
FY93 1993/12 | 売上高 18,361億円 | 当期純利益 211億円 | ||||
FY94 1994/12 | 売上高 19,333億円 | 当期純利益 410億円 | ||||
| 御手洗冨士夫 | 御手洗冨士夫氏が代表取締役社長に就任 実質的な創業家である御手洗冨士夫氏がキヤノンの代表取締役社長に就任。以後、2023年現在に至るまで、社長もしくは会長を歴任し、キヤノンの実質的な経営トップとして振る舞った。この間、御手洗氏の会長在任期間には、キヤノンの社長は何度か交代しており、実質的な社長人事を握っていたと思われる。ただし、御手洗冨士夫氏のキヤノンの株式保有比率は約0.01%(2022年末時点)であり、議決権における影響は軽微である。 | FY95 1995/12 | 売上高 21,656億円 | 当期純利益 550億円 | ||
| 御手洗冨士夫 | FY96 1996/12 | 売上高 25,582億円 | 当期純利益 941億円 | |||
海外進出 | 御手洗冨士夫 | 中華人民共和国にCanon(China)Co.,Ltd.を設立。 | FY97 1997/12 | 売上高 26,695億円 | 当期純利益 1,188億円 | |
| 御手洗冨士夫 | セル生産方式を導入 | FY98 1998/12 | 売上高 27,360億円 | 当期純利益 1,095億円 | ||
大分キヤノンマテリアル(株)を設立。 | ||||||
| 御手洗冨士夫 | FY99 1999/12 | 売上高 25,308億円 | 当期純利益 702億円 | |||
株式上場 | 御手洗冨士夫 | ニューヨーク証券取引所に上場(2023年3月 上場廃止)。 | FY00 2000/12 | 売上高 26,964億円 | 当期純利益 1,340億円 | |
企業買収 | キヤノン化成(株)を完全子会社化。 | |||||
海外進出 | 御手洗冨士夫 | イギリスにCanon Europe Ltd.を設立。 | FY01 2001/12 | 売上高 29,075億円 | 当期純利益 1,675億円 | |
海外進出 | ベトナムにCanon Vietnam Co.,Ltd.を設立。 | |||||
海外進出 | 中華人民共和国に佳能(蘇州)有限公司を設立。 | |||||
| 御手洗冨士夫 | 上野キヤノンマテリアル(株)をキヤノン(株)より分社化。 | FY02 2002/12 | 売上高 29,401億円 | 当期純利益 1,907億円 | ||
| 御手洗冨士夫 | 福島キヤノン(株)をキヤノン(株)より分社化。 | FY03 2003/12 | 売上高 31,980億円 | 当期純利益 2,757億円 | ||
| 御手洗冨士夫 | FY04 2004/12 | 売上高 34,678億円 | 当期純利益 3,433億円 | |||
企業買収 | 御手洗冨士夫 | アネルバ(株)(現キヤノンアネルバ(株))の株式を取得。 | FY05 2005/12 | 売上高 37,541億円 | 当期純利益 3,840億円 | |
企業買収 | NECマシナリー(株)(現キヤノンマシナリー(株))の株式を取得。 | |||||
原価改善により過去最高収益へ | ||||||
株式上場 | 御手洗冨士夫 | 普通株式1株につき1.5株の割合で株式分割を実施。 | FY06 2006/12 | 売上高 41,567億円 | 当期純利益 4,553億円 | |
企業買収 | 御手洗冨士夫 | キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)アルゴ21(現キヤノンITソリューションズ(株))の株式を取得。 | FY07 2007/12 | 売上高 44,813億円 | 当期純利益 4,883億円 | |
| 御手洗冨士夫 | FY08 2008/12 | 売上高 40,941億円 | 当期純利益 3,091億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | リーマンショックで減収減益。本業が頭打ちに リーマンショックで業績が悪化するとともに、2010年代を通じてキヤノンの売上高は低迷。カメラはスマートフォンの普及、事務機はソフトウェアの発展により需要が低迷し、キヤノンは事業ポートフォリオの転換を経営課題に据えた。ただし、社内では新規事業が育っておらず、御手洗冨士夫会長は巨額買収による事業転換を目論んだ。 | FY09 2009/12 | 売上高 32,092億円 | 当期純利益 1,316億円 | ||
| 御手洗冨士夫 | オセ社を買収発表 オランダの産業印刷機械メーカーであるオセ社(従業員数2.2万名)の買収を決定。売上高の40%が米国向けのグローバル企業。2008年に競合のリコーが米アイコンオフィスソリューションズ社(買収前はキヤノン製品を販売)を買収したため、キヤノンは米国における事務機の売上減少に対応するため、米国での販路を持つオセ社の買収を決定した。 | FY10 2010/12 | 売上高 37,069億円 | 当期純利益 2,466億円 | ||
| 御手洗冨士夫 | FY11 2011/12 | 売上高 35,574億円 | 当期純利益 2,486億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | FY12 2012/12 | 売上高 34,797億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,245億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | FY13 2013/12 | 売上高 37,313億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,304億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | FY14 2014/12 | 売上高 37,272億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,547億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | Axis Communicationsを買収発表 監視カメラで世界シェアトップのAxis社(スウェーデン本社・従業員数1900名)を買収し、産業向けカメラに本格参入。スマートフォンの普及によりキヤノンの祖業であるカメラ事業の売上が低迷しており、産業領域のカメラに注力するために買収を決定した。 | FY15 2015/12 | 売上高 38,002億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,202億円 | ||
| 御手洗冨士夫 | 東芝メディカルを買収 経営危機の東芝から医療機器子会社を買収。富士フイルムとの入札競争で価格が吊り上がる | FY16 2016/12 | 売上高 34,014億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,503億円 | ||
| 御手洗冨士夫 | FY17 2017/12 | 売上高 40,800億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,420億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | FY18 2018/12 | 売上高 39,519億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,524億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | FY19 2019/12 | 売上高 35,932億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,249億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | FY20 2020/12 | 売上高 31,602億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 833億円 | |||
企業買収 | 御手洗冨士夫 | Redlen Technologies Inc.の株式を取得。 | FY21 2021/12 | 売上高 35,133億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,147億円 | |
| 御手洗冨士夫 | FY22 2022/12 | 売上高 40,314億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,439億円 | |||
| 御手洗冨士夫 | 海外機関投資家が御手洗社長の解任を支持 キヤノンは、取締役5名の全員が男性という選任案を出したことに対して、女性の取締役登用を怠ったとみなされて海外の機関投資家(投資助言会社を含む)が「取締役の多様性の欠如」として問題視。2023年3月の株主総会において、御手洗冨士夫社長の取締役専任に対する賛成比は50.59%となり、解任ギリギリの低水準となった。 | FY23 2023/12 | 売上高 41,809億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,645億円 | ||
企業買収 | キヤノンメディカルシステムズ(株)がミナリスメディカル(株)(現キヤノンメディカルダイアグノスティックス(株))の株式を取得。 | |||||
企業買収 | 御手洗冨士夫 | キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)プリマジェストの株式を取得。 | FY24 2024/12 | 売上高 45,098億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,600億円 | |
重要事項 | 御手洗冨士夫 | 医療機器事業でのれん減損1651億円を計上 2016年に約6655億円で買収した旧東芝メディカルの伸び悩みを受け、2024年12月期にのれん減損を計上。本社一体運営への構造改革に踏み切った 経営判断をよむ → | FY25 2025/12 | 売上高 46,247億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,320億円 | |
重要事項経営体制 | 小川一登副社長の社長COO昇格を発表(3度目の社長交代) 御手洗冨士夫会長兼社長CEOがCEO職を保持したまま並走。過去2度の社長交代はいずれも御手洗氏が前線復帰していた 経営判断をよむ → | 2026 1-12月 |
- 精機光学研究所を発足キヤノンの創業は技術者2人の構想に産婦人科医の御手洗毅が出資したことで始まった。出資者が本業を断念して経営に専念する判断は、終戦による医院焼失と国産カメラへの使命感が重なった結果であった。株式保有5%未満で同族経営の資本的裏付けを持たないまま、御手洗家がキヤノンの創業家として経営に関与し続ける出発点でもあった。
- 東京目黒に精機光学工業株式会社として資本金100万円で創立。カメラ製造販売開始。
- 商号をキヤノンカメラに変更
日本企業としては珍しかった「カタカナ」による社名を採用してカメラのブランド名と一致させた。カメラの海外輸出に備えた施策であった。ただし1949年の株式上場にあたって「カタカナの社名」が問題視されるなど、それなりの苦労を伴った変更であった。
- キヤノンカメラ株式会社と商号変更。
- 東京証券取引所に株式上場
株式市場の再開に伴い、東京証券取引所に株式を上場した。上場後の1953年9月時点で、筆頭株主は東亜火災海上保険(10.0%)であり、御手洗毅氏は3.81%を保有。すなわち、上場時点でキヤノンは御手洗家の所有物でなくなっていた。1953年9月末時点の保有数順の大株主は下記の通り。
- 本社工場を新設。北米輸出を本格化キヤノンは英マセソン社からの借入金を全額設備投資に充て、資本金の10倍に相当する2億円で下丸子工場を新設した。債務超過リスクを負った巨額投資であったが、高級カメラへの特化と量産効果により売上高利益率10%超を維持し、3年で投資を回収した。品質への自信が持てるまで輸出を急がなかった御手洗の方針が、Made in Japanの不信用を実績で覆した。
- (株)目黒精機製作所(現キヤノンプレシジョン(株))を設立。
- (株)秩父英工舎(現キヤノン電子(株))を設立。
- ニューヨーク支店開設。
- スイスに欧州総代理店としてCanon Europe S.A.開設。
- カメラ不況により減収決算へ
1956年頃に日本経済が一時的な不況に陥ったことでカメラの売上高が低迷。キヤノンは減収決算へ
- 中級機カメラに進出(キヤノンフレックス発売)
低迷打破のためキヤノンは中級カメラへの新規参入を決定した。1958年以降は海外輸出と国内中級機需要の取り込みを方針として開発を進め、1961年発売の「キヤノンフレックス」が大ヒット。よってキヤノンは「海外向け高級機メーカー」から「国内向け中級機メーカー」へ転身した。一方で日本に数十社存在した中級機メーカーは大半が消滅し、量産効果を発揮したキヤノンに軍配があがった。
- 三栄産業(株)(現キヤノン化成(株))に出資。
- 電子式卓上計算機を発売、本格的に事務機分野に進出。
- 米国にCanon U.S.A.,Inc.を設立。
- 経済不況により減益決算
中級機ブームの一巡と経済不況(昭和40年不況)の到来が重なり、キヤノンの売上成長も低迷。カメラに次ぐ新商品・新規事業の開拓が急務となった。
- 「右手にカメラ、左手に事務機」の方針策定
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- キヤノン事務機販売(株)を設立。
- NPシステムを開発、普通紙複写機(PPC)分野に進出。
- キヤノン株式会社と商号変更。
- 半導体製造装置を発表。
- 台湾佳能股份有限公司を設立。
- キヤノンカメラ販売(株)、キヤノン事務機サービス(株)をキヤノン事務機販売(株)へ合併、キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))と商号変更。
- Physotec GmbH(現Canon Giessen GmbH)に出資。
- 第一精機工業(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。
- レーザープリンターの開発に成功。
- 無配転落。電卓事業の撤退
- 賀来龍三郎氏が代表取締役社長に就任前田社長の急逝に伴い、常務から副社長・専務を飛ばして社長に抜擢された賀来龍三郎は、前任経営陣を「経営に甘さが出ていた」と公言して組織改革に着手した。事業部制の導入で各事業の損益を可視化し、多角化の整理と事務機への研究開発投資の集中を推進した。1985年のHP社との提携でLBPのOEM供給を開始した判断は、自社販路の構築ではなく外部パートナーの販路を活用する設計であり、無配転落から10年で売上高1兆円に至る成長の起点であった。
- オーストラリアにCanon Australia Pty.Ltd.を設立。
- シンガポールにCanon Singapore Pte.Ltd.を設立。
- コピア(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。
- キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))とコピア(株)の共同出資によりコピア販売(株)(現キヤノンシステムアンドサポート(株))を設立。
- バブルジェット記録方式の開発に成功。
- オランダにCanon Europa N.V.を設立。
- 大分キヤノン(株)を設立。
- フランスにCanon Bretagne S.A.(現Canon Bretagne S.A.S.)を設立。
- キヤノン・コンポーネンツ(株)を設立。
- HP社と業務協力提携を締結。LBPのOEM供与へ
- キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))が日本タイプライター(株)(現キヤノンセミコンダクターエクィップメント(株))に出資。
- 米国にCanon Virginia,Inc.を設立。
- 長浜キヤノン(株)を設立。
- マレーシアにCanon Opto(Malaysia)Sdn.Bhd.を設立。
- 中華人民共和国に佳能大連事務機有限公司を設立。
- BJP「BJ-10v」の発売(BtoC向け)
複写機→LBP→BJPの順に展開して事務機の需要を取り込み。PCの普及を見据えてBtoC向けのプリンタとしてグローバル展開
- タイにCanon Hi-Tech(Thailand)Ltd.を設立。
- 御手洗冨士夫氏が代表取締役社長に就任
実質的な創業家である御手洗冨士夫氏がキヤノンの代表取締役社長に就任。以後、2023年現在に至るまで、社長もしくは会長を歴任し、キヤノンの実質的な経営トップとして振る舞った。この間、御手洗氏の会長在任期間には、キヤノンの社長は何度か交代しており、実質的な社長人事を握っていたと思われる。ただし、御手洗冨士夫氏のキヤノンの株式保有比率は約0.01%(2022年末時点)であり、議決権における影響は軽微である。
- 中華人民共和国にCanon(China)Co.,Ltd.を設立。
- セル生産方式を導入
- 大分キヤノンマテリアル(株)を設立。
- ニューヨーク証券取引所に上場(2023年3月 上場廃止)。
- キヤノン化成(株)を完全子会社化。
- イギリスにCanon Europe Ltd.を設立。
- ベトナムにCanon Vietnam Co.,Ltd.を設立。
- 中華人民共和国に佳能(蘇州)有限公司を設立。
- 上野キヤノンマテリアル(株)をキヤノン(株)より分社化。
- 福島キヤノン(株)をキヤノン(株)より分社化。
- アネルバ(株)(現キヤノンアネルバ(株))の株式を取得。
- NECマシナリー(株)(現キヤノンマシナリー(株))の株式を取得。
- 原価改善により過去最高収益へ
- 普通株式1株につき1.5株の割合で株式分割を実施。
- キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)アルゴ21(現キヤノンITソリューションズ(株))の株式を取得。
- リーマンショックで減収減益。本業が頭打ちに
リーマンショックで業績が悪化するとともに、2010年代を通じてキヤノンの売上高は低迷。カメラはスマートフォンの普及、事務機はソフトウェアの発展により需要が低迷し、キヤノンは事業ポートフォリオの転換を経営課題に据えた。ただし、社内では新規事業が育っておらず、御手洗冨士夫会長は巨額買収による事業転換を目論んだ。
- オセ社を買収発表
オランダの産業印刷機械メーカーであるオセ社(従業員数2.2万名)の買収を決定。売上高の40%が米国向けのグローバル企業。2008年に競合のリコーが米アイコンオフィスソリューションズ社(買収前はキヤノン製品を販売)を買収したため、キヤノンは米国における事務機の売上減少に対応するため、米国での販路を持つオセ社の買収を決定した。
- Axis Communicationsを買収発表
監視カメラで世界シェアトップのAxis社(スウェーデン本社・従業員数1900名)を買収し、産業向けカメラに本格参入。スマートフォンの普及によりキヤノンの祖業であるカメラ事業の売上が低迷しており、産業領域のカメラに注力するために買収を決定した。
- 東芝メディカルを買収
経営危機の東芝から医療機器子会社を買収。富士フイルムとの入札競争で価格が吊り上がる
- Redlen Technologies Inc.の株式を取得。
- 海外機関投資家が御手洗社長の解任を支持
キヤノンは、取締役5名の全員が男性という選任案を出したことに対して、女性の取締役登用を怠ったとみなされて海外の機関投資家(投資助言会社を含む)が「取締役の多様性の欠如」として問題視。2023年3月の株主総会において、御手洗冨士夫社長の取締役専任に対する賛成比は50.59%となり、解任ギリギリの低水準となった。
- キヤノンメディカルシステムズ(株)がミナリスメディカル(株)(現キヤノンメディカルダイアグノスティックス(株))の株式を取得。
- キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)プリマジェストの株式を取得。