沿革年表 1933〜2026年における重要度別の出来事(合計71件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項
精機光学研究所を発足
歴史的意義yutaka sugiura
キヤノンの創業は技術者2人の構想に産婦人科医の御手洗毅が出資したことで始まった。出資者が本業を断念して経営に専念する判断は、終戦による医院焼失と国産カメラへの使命感が重なった結果であった。株式保有5%未満で同族経営の資本的裏付けを持たないまま、御手洗家がキヤノンの創業家として経営に関与し続ける出発点でもあった。
1933
1-12月
重要事項会社設立
東京目黒に精機光学工業株式会社として資本金100万円で創立。カメラ製造販売開始。
1937
1-12月
商号をキヤノンカメラに変更
日本企業としては珍しかった「カタカナ」による社名を採用してカメラのブランド名と一致させた。カメラの海外輸出に備えた施策であった。ただし1949年の株式上場にあたって「カタカナの社名」が問題視されるなど、それなりの苦労を伴った変更であった。
1947
1-12月
キヤノンカメラ株式会社と商号変更。
東京証券取引所に株式上場
株式市場の再開に伴い、東京証券取引所に株式を上場した。上場後の1953年9月時点で、筆頭株主は東亜火災海上保険(10.0%)であり、御手洗毅氏は3.81%を保有。すなわち、上場時点でキヤノンは御手洗家の所有物でなくなっていた。1953年9月末時点の保有数順の大株主は下記の通り。
FY49
1949/12
売上高
2.05億円
当期純利益
0.056億円
FY50
1950/12
売上高
3.78億円
当期純利益
0.032億円
重要事項海外進出
本社工場を新設。北米輸出を本格化
歴史的意義yutaka sugiura
キヤノンは英マセソン社からの借入金を全額設備投資に充て、資本金の10倍に相当する2億円で下丸子工場を新設した。債務超過リスクを負った巨額投資であったが、高級カメラへの特化と量産効果により売上高利益率10%超を維持し、3年で投資を回収した。品質への自信が持てるまで輸出を急がなかった御手洗の方針が、Made in Japanの不信用を実績で覆した。
FY51
1951/12
売上高
6.34億円
当期純利益
0.718億円
(株)目黒精機製作所(現キヤノンプレシジョン(株))を設立。
FY52
1952/12
売上高
9.41億円
当期純利益
0.897億円
FY53
1953/12
売上高
13.67億円
当期純利益
1.42億円
(株)秩父英工舎(現キヤノン電子(株))を設立。
FY54
1954/12
売上高
17.35億円
当期純利益
1.83億円
海外進出
ニューヨーク支店開設。
FY55
1955/12
売上高
18.84億円
当期純利益
3.07億円
FY56
1956/12
売上高
21.39億円
当期純利益
3.3億円
海外進出
スイスに欧州総代理店としてCanon Europe S.A.開設。
FY57
1957/12
売上高
24.31億円
当期純利益
3.77億円
カメラ不況により減収決算へ
1956年頃に日本経済が一時的な不況に陥ったことでカメラの売上高が低迷。キヤノンは減収決算へ
FY58
1958/12
売上高
24.26億円
当期純利益
3.35億円
FY59
1959/12
売上高
28.6億円
当期純利益
2.12億円
FY60
1960/12
売上高
42.7億円
当期純利益
4.23億円
中級機カメラに進出(キヤノンフレックス発売)
低迷打破のためキヤノンは中級カメラへの新規参入を決定した。1958年以降は海外輸出と国内中級機需要の取り込みを方針として開発を進め、1961年発売の「キヤノンフレックス」が大ヒット。よってキヤノンは「海外向け高級機メーカー」から「国内向け中級機メーカー」へ転身した。一方で日本に数十社存在した中級機メーカーは大半が消滅し、量産効果を発揮したキヤノンに軍配があがった。
FY61
1961/12
売上高
71.25億円
当期純利益
7.32億円
企業買収
三栄産業(株)(現キヤノン化成(株))に出資。
FY62
1962/12
売上高
102億円
当期純利益
9.8億円
FY63
1963/12
売上高
141億円
当期純利益
10.5億円
電子式卓上計算機を発売、本格的に事務機分野に進出。
FY64
1964/12
売上高
158億円
当期純利益
6.1億円
FY65
1965/12
売上高
150億円
当期純利益
3.5億円
海外進出
米国にCanon U.S.A.,Inc.を設立。
FY66
1966/12
売上高
162億円
当期純利益
3.4億円
経済不況により減益決算
中級機ブームの一巡と経済不況(昭和40年不況)の到来が重なり、キヤノンの売上成長も低迷。カメラに次ぐ新商品・新規事業の開拓が急務となった。
「右手にカメラ、左手に事務機」の方針策定
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FY67
1967/12
売上高
181億円
当期純利益
6.6億円
キヤノン事務機販売(株)を設立。
FY68
1968/12
売上高
214億円
当期純利益
9.7億円
重要事項
NPシステムを開発、普通紙複写機(PPC)分野に進出。
キヤノン株式会社と商号変更。
FY69
1969/12
売上高
333億円
当期純利益
17.8億円
半導体製造装置を発表。
FY70
1970/12
売上高
447億円
当期純利益
23.6億円
海外進出
台湾佳能股份有限公司を設立。
組織再編
キヤノンカメラ販売(株)、キヤノン事務機サービス(株)をキヤノン事務機販売(株)へ合併、キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))と商号変更。
FY71
1971/12
売上高
471億円
当期純利益
12.1億円
企業買収
Physotec GmbH(現Canon Giessen GmbH)に出資。
FY72
1972/12
売上高
502億円
当期純利益
11.8億円
企業買収
第一精機工業(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。
FY73
1973/12
売上高
590億円
当期純利益
17.8億円
FY74
1974/12
売上高
714億円
当期純利益
13億円
重要事項
レーザープリンターの開発に成功。
FY75
1975/12
売上高
749億円
当期純利益
8.2億円
無配転落。電卓事業の撤退
FY76
1976/12
売上高
1,019億円
当期純利益
36億円
社長交代
賀来龍三郎氏が代表取締役社長に就任
歴史的意義yutaka sugiura
前田社長の急逝に伴い、常務から副社長・専務を飛ばして社長に抜擢された賀来龍三郎は、前任経営陣を「経営に甘さが出ていた」と公言して組織改革に着手した。事業部制の導入で各事業の損益を可視化し、多角化の整理と事務機への研究開発投資の集中を推進した。1985年のHP社との提携でLBPのOEM供給を開始した判断は、自社販路の構築ではなく外部パートナーの販路を活用する設計であり、無配転落から10年で売上高1兆円に至る成長の起点であった。
FY77
1977/12
売上高
1,239億円
当期純利益
59億円
海外進出
オーストラリアにCanon Australia Pty.Ltd.を設立。
FY78
1978/12
売上高
1,369億円
当期純利益
74億円
海外進出
シンガポールにCanon Singapore Pte.Ltd.を設立。
FY79
1979/12
売上高
1,874億円
当期純利益
113億円
企業買収
コピア(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。
キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))とコピア(株)の共同出資によりコピア販売(株)(現キヤノンシステムアンドサポート(株))を設立。
FY80
1980/12
売上高
2,407億円
当期純利益
147億円
バブルジェット記録方式の開発に成功。
FY81
1981/12
売上高
2,820億円
当期純利益
157億円
海外進出
オランダにCanon Europa N.V.を設立。
FY82
1982/12
売上高
3,065億円
当期純利益
167億円
大分キヤノン(株)を設立。
海外進出
フランスにCanon Bretagne S.A.(現Canon Bretagne S.A.S.)を設立。
FY83
1983/12
売上高
3,741億円
当期純利益
175億円
キヤノン・コンポーネンツ(株)を設立。
FY84
1984/12
売上高
4,850億円
当期純利益
210億円
HP社と業務協力提携を締結。LBPのOEM供与へ
FY85
1985/12
売上高
9,557億円
当期純利益
370億円
企業買収
キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))が日本タイプライター(株)(現キヤノンセミコンダクターエクィップメント(株))に出資。
海外進出
米国にCanon Virginia,Inc.を設立。
FY86
1986/12
売上高
8,892億円
当期純利益
107億円
FY87
1987/12
売上高
9,767億円
当期純利益
132億円
長浜キヤノン(株)を設立。
FY88
1988/12
売上高
11,060億円
当期純利益
371億円
海外進出
マレーシアにCanon Opto(Malaysia)Sdn.Bhd.を設立。
海外進出
中華人民共和国に佳能大連事務機有限公司を設立。
FY89
1989/12
BJP「BJ-10v」の発売(BtoC向け)
複写機→LBP→BJPの順に展開して事務機の需要を取り込み。PCの普及を見据えてBtoC向けのプリンタとしてグローバル展開
FY90
1990/12
海外進出
タイにCanon Hi-Tech(Thailand)Ltd.を設立。
FY91
1991/12
売上高
18,689億円
当期純利益
521億円
FY92
1992/12
売上高
19,144億円
当期純利益
356億円
FY93
1993/12
売上高
18,361億円
当期純利益
211億円
FY94
1994/12
売上高
19,333億円
当期純利益
410億円
御手洗冨士夫
御手洗冨士夫氏が代表取締役社長に就任
実質的な創業家である御手洗冨士夫氏がキヤノンの代表取締役社長に就任。以後、2023年現在に至るまで、社長もしくは会長を歴任し、キヤノンの実質的な経営トップとして振る舞った。この間、御手洗氏の会長在任期間には、キヤノンの社長は何度か交代しており、実質的な社長人事を握っていたと思われる。ただし、御手洗冨士夫氏のキヤノンの株式保有比率は約0.01%(2022年末時点)であり、議決権における影響は軽微である。
FY95
1995/12
売上高
21,656億円
当期純利益
550億円
御手洗冨士夫
FY96
1996/12
売上高
25,582億円
当期純利益
941億円
海外進出
御手洗冨士夫
中華人民共和国にCanon(China)Co.,Ltd.を設立。
FY97
1997/12
売上高
26,695億円
当期純利益
1,188億円
御手洗冨士夫
セル生産方式を導入
FY98
1998/12
売上高
27,360億円
当期純利益
1,095億円
大分キヤノンマテリアル(株)を設立。
御手洗冨士夫
FY99
1999/12
売上高
25,308億円
当期純利益
702億円
株式上場
御手洗冨士夫
ニューヨーク証券取引所に上場(2023年3月 上場廃止)。
FY00
2000/12
売上高
26,964億円
当期純利益
1,340億円
企業買収
キヤノン化成(株)を完全子会社化。
海外進出
御手洗冨士夫
イギリスにCanon Europe Ltd.を設立。
FY01
2001/12
売上高
29,075億円
当期純利益
1,675億円
海外進出
ベトナムにCanon Vietnam Co.,Ltd.を設立。
海外進出
中華人民共和国に佳能(蘇州)有限公司を設立。
御手洗冨士夫
上野キヤノンマテリアル(株)をキヤノン(株)より分社化。
FY02
2002/12
売上高
29,401億円
当期純利益
1,907億円
御手洗冨士夫
福島キヤノン(株)をキヤノン(株)より分社化。
FY03
2003/12
売上高
31,980億円
当期純利益
2,757億円
御手洗冨士夫
FY04
2004/12
売上高
34,678億円
当期純利益
3,433億円
企業買収
御手洗冨士夫
アネルバ(株)(現キヤノンアネルバ(株))の株式を取得。
FY05
2005/12
売上高
37,541億円
当期純利益
3,840億円
企業買収
NECマシナリー(株)(現キヤノンマシナリー(株))の株式を取得。
原価改善により過去最高収益へ
株式上場
御手洗冨士夫
普通株式1株につき1.5株の割合で株式分割を実施。
FY06
2006/12
売上高
41,567億円
当期純利益
4,553億円
企業買収
御手洗冨士夫
キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)アルゴ21(現キヤノンITソリューションズ(株))の株式を取得。
FY07
2007/12
売上高
44,813億円
当期純利益
4,883億円
御手洗冨士夫
FY08
2008/12
売上高
40,941億円
当期純利益
3,091億円
御手洗冨士夫
リーマンショックで減収減益。本業が頭打ちに
リーマンショックで業績が悪化するとともに、2010年代を通じてキヤノンの売上高は低迷。カメラはスマートフォンの普及、事務機はソフトウェアの発展により需要が低迷し、キヤノンは事業ポートフォリオの転換を経営課題に据えた。ただし、社内では新規事業が育っておらず、御手洗冨士夫会長は巨額買収による事業転換を目論んだ。
FY09
2009/12
売上高
32,092億円
当期純利益
1,316億円
御手洗冨士夫
オセ社を買収発表
オランダの産業印刷機械メーカーであるオセ社(従業員数2.2万名)の買収を決定。売上高の40%が米国向けのグローバル企業。2008年に競合のリコーが米アイコンオフィスソリューションズ社(買収前はキヤノン製品を販売)を買収したため、キヤノンは米国における事務機の売上減少に対応するため、米国での販路を持つオセ社の買収を決定した。
FY10
2010/12
売上高
37,069億円
当期純利益
2,466億円
御手洗冨士夫
FY11
2011/12
売上高
35,574億円
当期純利益
2,486億円
御手洗冨士夫
FY12
2012/12
売上高
34,797億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,245億円
御手洗冨士夫
FY13
2013/12
売上高
37,313億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,304億円
御手洗冨士夫
FY14
2014/12
売上高
37,272億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,547億円
御手洗冨士夫
Axis Communicationsを買収発表
監視カメラで世界シェアトップのAxis社(スウェーデン本社・従業員数1900名)を買収し、産業向けカメラに本格参入。スマートフォンの普及によりキヤノンの祖業であるカメラ事業の売上が低迷しており、産業領域のカメラに注力するために買収を決定した。
FY15
2015/12
売上高
38,002億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,202億円
御手洗冨士夫
東芝メディカルを買収
経営危機の東芝から医療機器子会社を買収。富士フイルムとの入札競争で価格が吊り上がる
FY16
2016/12
売上高
34,014億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,503億円
御手洗冨士夫
FY17
2017/12
売上高
40,800億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,420億円
御手洗冨士夫
FY18
2018/12
売上高
39,519億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,524億円
御手洗冨士夫
FY19
2019/12
売上高
35,932億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,249億円
御手洗冨士夫
FY20
2020/12
売上高
31,602億円
親会社株主に帰属する当期純利益
833億円
企業買収
御手洗冨士夫
Redlen Technologies Inc.の株式を取得。
FY21
2021/12
売上高
35,133億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,147億円
御手洗冨士夫
FY22
2022/12
売上高
40,314億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,439億円
御手洗冨士夫
海外機関投資家が御手洗社長の解任を支持
キヤノンは、取締役5名の全員が男性という選任案を出したことに対して、女性の取締役登用を怠ったとみなされて海外の機関投資家(投資助言会社を含む)が「取締役の多様性の欠如」として問題視。2023年3月の株主総会において、御手洗冨士夫社長の取締役専任に対する賛成比は50.59%となり、解任ギリギリの低水準となった。
FY23
2023/12
売上高
41,809億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,645億円
企業買収
キヤノンメディカルシステムズ(株)がミナリスメディカル(株)(現キヤノンメディカルダイアグノスティックス(株))の株式を取得。
企業買収
御手洗冨士夫
キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)プリマジェストの株式を取得。
FY24
2024/12
売上高
45,098億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,600億円
重要事項
御手洗冨士夫
医療機器事業でのれん減損1651億円を計上
2016年に約6655億円で買収した旧東芝メディカルの伸び悩みを受け、2024年12月期にのれん減損を計上。本社一体運営への構造改革に踏み切った
経営判断をよむ →
FY25
2025/12
売上高
46,247億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,320億円
重要事項経営体制
小川一登副社長の社長COO昇格を発表(3度目の社長交代)
御手洗冨士夫会長兼社長CEOがCEO職を保持したまま並走。過去2度の社長交代はいずれも御手洗氏が前線復帰していた
経営判断をよむ →
2026
1-12月
  1. 精機光学研究所を発足
    キヤノンの創業は技術者2人の構想に産婦人科医の御手洗毅が出資したことで始まった。出資者が本業を断念して経営に専念する判断は、終戦による医院焼失と国産カメラへの使命感が重なった結果であった。株式保有5%未満で同族経営の資本的裏付けを持たないまま、御手洗家がキヤノンの創業家として経営に関与し続ける出発点でもあった。
  2. 会社設立
    東京目黒に精機光学工業株式会社として資本金100万円で創立。カメラ製造販売開始。
  3. 商号をキヤノンカメラに変更

    日本企業としては珍しかった「カタカナ」による社名を採用してカメラのブランド名と一致させた。カメラの海外輸出に備えた施策であった。ただし1949年の株式上場にあたって「カタカナの社名」が問題視されるなど、それなりの苦労を伴った変更であった。

  4. キヤノンカメラ株式会社と商号変更。
  5. 東京証券取引所に株式上場

    株式市場の再開に伴い、東京証券取引所に株式を上場した。上場後の1953年9月時点で、筆頭株主は東亜火災海上保険(10.0%)であり、御手洗毅氏は3.81%を保有。すなわち、上場時点でキヤノンは御手洗家の所有物でなくなっていた。1953年9月末時点の保有数順の大株主は下記の通り。

  6. 海外進出
    本社工場を新設。北米輸出を本格化
    キヤノンは英マセソン社からの借入金を全額設備投資に充て、資本金の10倍に相当する2億円で下丸子工場を新設した。債務超過リスクを負った巨額投資であったが、高級カメラへの特化と量産効果により売上高利益率10%超を維持し、3年で投資を回収した。品質への自信が持てるまで輸出を急がなかった御手洗の方針が、Made in Japanの不信用を実績で覆した。
  7. (株)目黒精機製作所(現キヤノンプレシジョン(株))を設立。
  8. (株)秩父英工舎(現キヤノン電子(株))を設立。
  9. 海外進出
    ニューヨーク支店開設。
  10. 海外進出
    スイスに欧州総代理店としてCanon Europe S.A.開設。
  11. カメラ不況により減収決算へ

    1956年頃に日本経済が一時的な不況に陥ったことでカメラの売上高が低迷。キヤノンは減収決算へ

  12. 中級機カメラに進出(キヤノンフレックス発売)

    低迷打破のためキヤノンは中級カメラへの新規参入を決定した。1958年以降は海外輸出と国内中級機需要の取り込みを方針として開発を進め、1961年発売の「キヤノンフレックス」が大ヒット。よってキヤノンは「海外向け高級機メーカー」から「国内向け中級機メーカー」へ転身した。一方で日本に数十社存在した中級機メーカーは大半が消滅し、量産効果を発揮したキヤノンに軍配があがった。

  13. 企業買収
    三栄産業(株)(現キヤノン化成(株))に出資。
  14. 電子式卓上計算機を発売、本格的に事務機分野に進出。
  15. 海外進出
    米国にCanon U.S.A.,Inc.を設立。
  16. 経済不況により減益決算

    中級機ブームの一巡と経済不況(昭和40年不況)の到来が重なり、キヤノンの売上成長も低迷。カメラに次ぐ新商品・新規事業の開拓が急務となった。

  17. 「右手にカメラ、左手に事務機」の方針策定

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  18. キヤノン事務機販売(株)を設立。
  19. NPシステムを開発、普通紙複写機(PPC)分野に進出。
  20. キヤノン株式会社と商号変更。
  21. 半導体製造装置を発表。
  22. 海外進出
    台湾佳能股份有限公司を設立。
  23. 組織再編
    キヤノンカメラ販売(株)、キヤノン事務機サービス(株)をキヤノン事務機販売(株)へ合併、キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))と商号変更。
  24. 企業買収
    Physotec GmbH(現Canon Giessen GmbH)に出資。
  25. 企業買収
    第一精機工業(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。
  26. レーザープリンターの開発に成功。
  27. 無配転落。電卓事業の撤退
  28. 社長交代
    賀来龍三郎氏が代表取締役社長に就任
    前田社長の急逝に伴い、常務から副社長・専務を飛ばして社長に抜擢された賀来龍三郎は、前任経営陣を「経営に甘さが出ていた」と公言して組織改革に着手した。事業部制の導入で各事業の損益を可視化し、多角化の整理と事務機への研究開発投資の集中を推進した。1985年のHP社との提携でLBPのOEM供給を開始した判断は、自社販路の構築ではなく外部パートナーの販路を活用する設計であり、無配転落から10年で売上高1兆円に至る成長の起点であった。
  29. 海外進出
    オーストラリアにCanon Australia Pty.Ltd.を設立。
  30. 海外進出
    シンガポールにCanon Singapore Pte.Ltd.を設立。
  31. 企業買収
    コピア(株)(現キヤノンファインテックニスカ(株))に出資。
  32. キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))とコピア(株)の共同出資によりコピア販売(株)(現キヤノンシステムアンドサポート(株))を設立。
  33. バブルジェット記録方式の開発に成功。
  34. 海外進出
    オランダにCanon Europa N.V.を設立。
  35. 大分キヤノン(株)を設立。
  36. 海外進出
    フランスにCanon Bretagne S.A.(現Canon Bretagne S.A.S.)を設立。
  37. キヤノン・コンポーネンツ(株)を設立。
  38. HP社と業務協力提携を締結。LBPのOEM供与へ
  39. 企業買収
    キヤノン販売(株)(現キヤノンマーケティングジャパン(株))が日本タイプライター(株)(現キヤノンセミコンダクターエクィップメント(株))に出資。
  40. 海外進出
    米国にCanon Virginia,Inc.を設立。
  41. 長浜キヤノン(株)を設立。
  42. 海外進出
    マレーシアにCanon Opto(Malaysia)Sdn.Bhd.を設立。
  43. 海外進出
    中華人民共和国に佳能大連事務機有限公司を設立。
  44. BJP「BJ-10v」の発売(BtoC向け)

    複写機→LBP→BJPの順に展開して事務機の需要を取り込み。PCの普及を見据えてBtoC向けのプリンタとしてグローバル展開

  45. 海外進出
    タイにCanon Hi-Tech(Thailand)Ltd.を設立。
  46. 御手洗冨士夫氏が代表取締役社長に就任

    実質的な創業家である御手洗冨士夫氏がキヤノンの代表取締役社長に就任。以後、2023年現在に至るまで、社長もしくは会長を歴任し、キヤノンの実質的な経営トップとして振る舞った。この間、御手洗氏の会長在任期間には、キヤノンの社長は何度か交代しており、実質的な社長人事を握っていたと思われる。ただし、御手洗冨士夫氏のキヤノンの株式保有比率は約0.01%(2022年末時点)であり、議決権における影響は軽微である。

  47. 海外進出
    中華人民共和国にCanon(China)Co.,Ltd.を設立。
  48. セル生産方式を導入
  49. 大分キヤノンマテリアル(株)を設立。
  50. 株式上場
    ニューヨーク証券取引所に上場(2023年3月 上場廃止)。
  51. 企業買収
    キヤノン化成(株)を完全子会社化。
  52. 海外進出
    イギリスにCanon Europe Ltd.を設立。
  53. 海外進出
    ベトナムにCanon Vietnam Co.,Ltd.を設立。
  54. 海外進出
    中華人民共和国に佳能(蘇州)有限公司を設立。
  55. 上野キヤノンマテリアル(株)をキヤノン(株)より分社化。
  56. 福島キヤノン(株)をキヤノン(株)より分社化。
  57. 企業買収
    アネルバ(株)(現キヤノンアネルバ(株))の株式を取得。
  58. 企業買収
    NECマシナリー(株)(現キヤノンマシナリー(株))の株式を取得。
  59. 原価改善により過去最高収益へ
  60. 株式上場
    普通株式1株につき1.5株の割合で株式分割を実施。
  61. 企業買収
    キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)アルゴ21(現キヤノンITソリューションズ(株))の株式を取得。
  62. リーマンショックで減収減益。本業が頭打ちに

    リーマンショックで業績が悪化するとともに、2010年代を通じてキヤノンの売上高は低迷。カメラはスマートフォンの普及、事務機はソフトウェアの発展により需要が低迷し、キヤノンは事業ポートフォリオの転換を経営課題に据えた。ただし、社内では新規事業が育っておらず、御手洗冨士夫会長は巨額買収による事業転換を目論んだ。

  63. オセ社を買収発表

    オランダの産業印刷機械メーカーであるオセ社(従業員数2.2万名)の買収を決定。売上高の40%が米国向けのグローバル企業。2008年に競合のリコーが米アイコンオフィスソリューションズ社(買収前はキヤノン製品を販売)を買収したため、キヤノンは米国における事務機の売上減少に対応するため、米国での販路を持つオセ社の買収を決定した。

  64. Axis Communicationsを買収発表

    監視カメラで世界シェアトップのAxis社(スウェーデン本社・従業員数1900名)を買収し、産業向けカメラに本格参入。スマートフォンの普及によりキヤノンの祖業であるカメラ事業の売上が低迷しており、産業領域のカメラに注力するために買収を決定した。

  65. 東芝メディカルを買収

    経営危機の東芝から医療機器子会社を買収。富士フイルムとの入札競争で価格が吊り上がる

  66. 企業買収
    Redlen Technologies Inc.の株式を取得。
  67. 海外機関投資家が御手洗社長の解任を支持

    キヤノンは、取締役5名の全員が男性という選任案を出したことに対して、女性の取締役登用を怠ったとみなされて海外の機関投資家(投資助言会社を含む)が「取締役の多様性の欠如」として問題視。2023年3月の株主総会において、御手洗冨士夫社長の取締役専任に対する賛成比は50.59%となり、解任ギリギリの低水準となった。

  68. 企業買収
    キヤノンメディカルシステムズ(株)がミナリスメディカル(株)(現キヤノンメディカルダイアグノスティックス(株))の株式を取得。
  69. 企業買収
    キヤノンマーケティングジャパン(株)が(株)プリマジェストの株式を取得。