キヤノンの沿革(1933〜2023年)

キヤノンの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1933
1-12月
精機光学研究所を発足
産婦人科医の出資で始まったカメラ国産化と経営専念の覚悟
1947
1-12月
商号をキヤノンカメラに変更
日本企業としては珍しかった「カタカナ」による社名を採用してカメラのブランド名と一致させた。カメラの海外輸出に備えた施策であった。ただし1949年の株式上場にあたって「カタカナの社名」が問題視されるなど、それなりの苦労を伴った変更であった。
FY49
1949/12
売上高
2.05億円
当期純利益
0.056億円
東京証券取引所に株式上場
株式市場の再開に伴い、東京証券取引所に株式を上場した。上場後の1953年9月時点で、筆頭株主は東亜火災海上保険(10.0%)であり、御手洗毅氏は3.81%を保有。すなわち、上場時点でキヤノンは御手洗家の所有物でなくなっていた。1953年9月末時点の保有数順の大株主は下記の通り。
FY50
1950/12
売上高
3.78億円
当期純利益
0.032億円
FY51
1951/12
売上高
6.34億円
当期純利益
0.718億円
overseas
本社工場を新設。北米輸出を本格化
資本金の10倍を投じた下丸子工場が高級カメラの量産輸出体制を確立
FY52
1952/12
売上高
9.41億円
当期純利益
0.897億円
FY53
1953/12
売上高
13.67億円
当期純利益
1.42億円
FY54
1954/12
売上高
17.35億円
当期純利益
1.83億円
FY55
1955/12
売上高
18.84億円
当期純利益
3.07億円
FY56
1956/12
売上高
21.39億円
当期純利益
3.3億円
FY57
1957/12
売上高
24.31億円
当期純利益
3.77億円
カメラ不況により減収決算へ
1956年頃に日本経済が一時的な不況に陥ったことでカメラの売上高が低迷。キヤノンは減収決算へ
FY58
1958/12
売上高
24.26億円
当期純利益
3.35億円
FY59
1959/12
売上高
28.6億円
当期純利益
2.12億円
FY60
1960/12
売上高
42.7億円
当期純利益
4.23億円
FY61
1961/12
売上高
71.25億円
当期純利益
7.32億円
中級機カメラに進出(キヤノンフレックス発売)
低迷を打破するために、キヤノンは中級カメラに新規参入を決定した。1958年以降のキヤノンは海外輸出とともに、国内向けの中級機の需要を取り込む経営方針のもとで開発を実施。1961年に発売した中級機「キヤノンフレックス」が爆発的なヒットを遂げ、キヤノンは「海外向け高級機メーカー」から「国内向け中級機メーカー」に転身した。 一方で、日本に数十社存在していた中級機のカメラメーカーはキヤノンなどの大企業の進出によってシェアを喪失し、その大半が消滅している。この点で、高級機にいち早く進出し、量産体制を整えて、中級機でも量産効果を発揮したキヤノンに軍配があがった。
FY62
1962/12
売上高
102億円
当期純利益
9.8億円
FY63
1963/12
売上高
141億円
当期純利益
10.5億円
FY64
1964/12
売上高
158億円
当期純利益
6.1億円
FY65
1965/12
売上高
150億円
当期純利益
3.5億円
FY66
1966/12
売上高
162億円
当期純利益
3.4億円
経済不況により減益決算
中級機ブームの一巡と経済不況(昭和40年不況)の到来が重なり、キヤノンの売上成長も低迷。カメラに次ぐ新商品・新規事業の開拓が急務となった。
FY67
1967/12
売上高
181億円
当期純利益
6.6億円
「右手にカメラ、左手に事務機」の方針策定
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FY68
1968/12
売上高
214億円
当期純利益
9.7億円
FY69
1969/12
売上高
333億円
当期純利益
17.8億円
FY70
1970/12
売上高
447億円
当期純利益
23.6億円
FY71
1971/12
売上高
471億円
当期純利益
12.1億円
FY72
1972/12
売上高
502億円
当期純利益
11.8億円
FY73
1973/12
売上高
590億円
当期純利益
17.8億円
FY74
1974/12
売上高
714億円
当期純利益
13億円
FY75
1975/12
売上高
749億円
当期純利益
8.2億円
無配転落。電卓事業の撤退
FY76
1976/12
売上高
1,019億円
当期純利益
36億円
FY77
1977/12
売上高
1,239億円
当期純利益
59億円
leadership
賀来龍三郎氏が代表取締役社長に就任
専務・副社長を飛ばした抜擢人事が事務機シフトを断行した10年
FY78
1978/12
売上高
1,369億円
当期純利益
74億円
FY79
1979/12
売上高
1,874億円
当期純利益
113億円
FY80
1980/12
売上高
2,407億円
当期純利益
147億円
FY81
1981/12
売上高
2,820億円
当期純利益
157億円
FY82
1982/12
売上高
3,065億円
当期純利益
167億円
FY83
1983/12
売上高
3,741億円
当期純利益
175億円
FY84
1984/12
売上高
4,850億円
当期純利益
210億円
FY85
1985/12
売上高
9,557億円
当期純利益
370億円
HP社と業務協力提携を締結。LBPのOEM供与へ
FY86
1986/12
売上高
8,892億円
当期純利益
107億円
FY87
1987/12
売上高
9,767億円
当期純利益
132億円
FY88
1988/12
売上高
11,060億円
当期純利益
371億円
FY90
1990/12
BJP「BJ-10v」の発売(BtoC向け)
複写機→LBP→BJPの順に展開して事務機の需要を取り込み。PCの普及を見据えてBtoC向けのプリンタとしてグローバル展開
FY91
1991/12
売上高
18,689億円
当期純利益
521億円
FY92
1992/12
売上高
19,144億円
当期純利益
356億円
FY93
1993/12
売上高
18,361億円
当期純利益
211億円
FY94
1994/12
売上高
19,333億円
当期純利益
410億円
FY95
1995/12
売上高
21,656億円
当期純利益
550億円
御手洗冨士夫氏が代表取締役社長に就任
実質的な創業家である御手洗冨士夫氏がキヤノンの代表取締役社長に就任。以後、2023年現在に至るまで、社長もしくは会長を歴任し、キヤノンの実質的な経営トップとして振る舞った。この間、御手洗氏の会長在任期間には、キヤノンの社長は何度か交代しており、実質的な社長人事を握っていたと思われる。ただし、御手洗冨士夫氏のキヤノンの株式保有比率は約0.01%(2022年末時点)であり、議決権における影響は軽微である。
FY96
1996/12
売上高
25,582億円
当期純利益
941億円
FY97
1997/12
売上高
26,695億円
当期純利益
1,188億円
FY98
1998/12
売上高
27,360億円
当期純利益
1,095億円
セル生産方式を導入
FY99
1999/12
売上高
25,308億円
当期純利益
702億円
FY00
2000/12
売上高
26,964億円
当期純利益
1,340億円
FY01
2001/12
売上高
29,075億円
当期純利益
1,675億円
FY02
2002/12
売上高
29,401億円
当期純利益
1,907億円
FY03
2003/12
売上高
31,980億円
当期純利益
2,757億円
FY04
2004/12
売上高
34,678億円
当期純利益
3,433億円
FY05
2005/12
売上高
37,542億円
当期純利益
3,840億円
原価改善により過去最高収益へ
FY06
2006/12
売上高
41,567億円
当期純利益
4,553億円
FY07
2007/12
売上高
44,813億円
当期純利益
4,883億円
FY08
2008/12
売上高
40,941億円
当期純利益
3,091億円
FY09
2009/12
売上高
32,092億円
当期純利益
1,316億円
リーマンショックで減収減益。本業が頭打ちに
リーマンショックで業績が悪化するとともに、2010年代を通じてキヤノンの売上高は低迷。カメラはスマートフォンの普及、事務機はソフトウェアの発展により需要が低迷し、キヤノンは事業ポートフォリオの転換を経営課題に据えた。ただし、社内では新規事業が育っておらず、御手洗冨士夫会長は巨額買収による事業転換を目論んだ。
FY10
2010/12
売上高
37,069億円
当期純利益
2,466億円
オセ社を買収発表
オランダの産業印刷機械メーカーであるオセ社(従業員数2.2万名)の買収を決定。売上高の40%が米国向けのグローバル企業。2008年に競合のリコーが米アイコンオフィスソリューションズ社(買収前はキヤノン製品を販売)を買収したため、キヤノンは米国における事務機の売上減少に対応するため、米国での販路を持つオセ社の買収を決定した。
FY11
2011/12
売上高
35,574億円
当期純利益
2,486億円
FY12
2012/12
売上高
34,797億円
当期純利益
2,245億円
FY13
2013/12
売上高
37,313億円
当期純利益
2,304億円
FY14
2014/12
売上高
37,272億円
当期純利益
2,547億円
FY15
2015/12
売上高
38,002億円
当期純利益
2,202億円
Axis Communicationsを買収発表
監視カメラで世界シェアトップのAxis社(スウェーデン本社・従業員数1900名)を買収し、産業向けカメラに本格参入。スマートフォンの普及によりキヤノンの祖業であるカメラ事業の売上が低迷しており、産業領域のカメラに注力するために買収を決定した。
FY16
2016/12
売上高
34,014億円
当期純利益
1,506億円
東芝メディカルを買収
経営危機の東芝から医療機器子会社を買収。富士フイルムとの入札競争で価格が吊り上がる
FY17
2017/12
売上高
40,800億円
当期純利益
2,420億円
FY18
2018/12
売上高
39,519億円
当期純利益
2,524億円
FY19
2019/12
売上高
35,932億円
当期純利益
1,249億円
FY20
2020/12
売上高
31,602億円
当期純利益
833億円
FY21
2021/12
売上高
35,133億円
当期純利益
2,147億円
FY22
2022/12
売上高
40,314億円
当期純利益
2,439億円
2023
1-12月
海外機関投資家が御手洗社長の解任を支持
キヤノンは、取締役5名の全員が男性という選任案を出したことに対して、女性の取締役登用を怠ったとみなされて海外の機関投資家(投資助言会社を含む)が「取締役の多様性の欠如」として問題視。2023年3月の株主総会において、御手洗冨士夫社長の取締役専任に対する賛成比は50.59%となり、解任ギリギリの低水準となった。
  1. 精機光学研究所を発足
    産婦人科医の出資で始まったカメラ国産化と経営専念の覚悟
  2. 商号をキヤノンカメラに変更

    日本企業としては珍しかった「カタカナ」による社名を採用してカメラのブランド名と一致させた。カメラの海外輸出に備えた施策であった。ただし1949年の株式上場にあたって「カタカナの社名」が問題視されるなど、それなりの苦労を伴った変更であった。

  3. 東京証券取引所に株式上場

    株式市場の再開に伴い、東京証券取引所に株式を上場した。上場後の1953年9月時点で、筆頭株主は東亜火災海上保険(10.0%)であり、御手洗毅氏は3.81%を保有。すなわち、上場時点でキヤノンは御手洗家の所有物でなくなっていた。1953年9月末時点の保有数順の大株主は下記の通り。

  4. overseas
    本社工場を新設。北米輸出を本格化
    資本金の10倍を投じた下丸子工場が高級カメラの量産輸出体制を確立
  5. カメラ不況により減収決算へ

    1956年頃に日本経済が一時的な不況に陥ったことでカメラの売上高が低迷。キヤノンは減収決算へ

  6. 中級機カメラに進出(キヤノンフレックス発売)

    低迷を打破するために、キヤノンは中級カメラに新規参入を決定した。1958年以降のキヤノンは海外輸出とともに、国内向けの中級機の需要を取り込む経営方針のもとで開発を実施。1961年に発売した中級機「キヤノンフレックス」が爆発的なヒットを遂げ、キヤノンは「海外向け高級機メーカー」から「国内向け中級機メーカー」に転身した。 一方で、日本に数十社存在していた中級機のカメラメーカーはキヤノンなどの大企業の進出によってシェアを喪失し、その大半が消滅している。この点で、高級機にいち早く進出し、量産体制を整えて、中級機でも量産効果を発揮したキヤノンに軍配があがった。

  7. 経済不況により減益決算

    中級機ブームの一巡と経済不況(昭和40年不況)の到来が重なり、キヤノンの売上成長も低迷。カメラに次ぐ新商品・新規事業の開拓が急務となった。

  8. 「右手にカメラ、左手に事務機」の方針策定

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  9. 無配転落。電卓事業の撤退
  10. leadership
    賀来龍三郎氏が代表取締役社長に就任
    専務・副社長を飛ばした抜擢人事が事務機シフトを断行した10年
  11. HP社と業務協力提携を締結。LBPのOEM供与へ
  12. BJP「BJ-10v」の発売(BtoC向け)

    複写機→LBP→BJPの順に展開して事務機の需要を取り込み。PCの普及を見据えてBtoC向けのプリンタとしてグローバル展開

  13. 御手洗冨士夫氏が代表取締役社長に就任

    実質的な創業家である御手洗冨士夫氏がキヤノンの代表取締役社長に就任。以後、2023年現在に至るまで、社長もしくは会長を歴任し、キヤノンの実質的な経営トップとして振る舞った。この間、御手洗氏の会長在任期間には、キヤノンの社長は何度か交代しており、実質的な社長人事を握っていたと思われる。ただし、御手洗冨士夫氏のキヤノンの株式保有比率は約0.01%(2022年末時点)であり、議決権における影響は軽微である。

  14. セル生産方式を導入
  15. 原価改善により過去最高収益へ
  16. リーマンショックで減収減益。本業が頭打ちに

    リーマンショックで業績が悪化するとともに、2010年代を通じてキヤノンの売上高は低迷。カメラはスマートフォンの普及、事務機はソフトウェアの発展により需要が低迷し、キヤノンは事業ポートフォリオの転換を経営課題に据えた。ただし、社内では新規事業が育っておらず、御手洗冨士夫会長は巨額買収による事業転換を目論んだ。

  17. オセ社を買収発表

    オランダの産業印刷機械メーカーであるオセ社(従業員数2.2万名)の買収を決定。売上高の40%が米国向けのグローバル企業。2008年に競合のリコーが米アイコンオフィスソリューションズ社(買収前はキヤノン製品を販売)を買収したため、キヤノンは米国における事務機の売上減少に対応するため、米国での販路を持つオセ社の買収を決定した。

  18. Axis Communicationsを買収発表

    監視カメラで世界シェアトップのAxis社(スウェーデン本社・従業員数1900名)を買収し、産業向けカメラに本格参入。スマートフォンの普及によりキヤノンの祖業であるカメラ事業の売上が低迷しており、産業領域のカメラに注力するために買収を決定した。

  19. 東芝メディカルを買収

    経営危機の東芝から医療機器子会社を買収。富士フイルムとの入札競争で価格が吊り上がる

  20. 海外機関投資家が御手洗社長の解任を支持

    キヤノンは、取締役5名の全員が男性という選任案を出したことに対して、女性の取締役登用を怠ったとみなされて海外の機関投資家(投資助言会社を含む)が「取締役の多様性の欠如」として問題視。2023年3月の株主総会において、御手洗冨士夫社長の取締役専任に対する賛成比は50.59%となり、解任ギリギリの低水準となった。

参考文献・出所

有価証券報告書 沿革
キヤノン社史
御手洗毅伝
賀来龍三郎インタビュー
有価証券報告書
キヤノンIR
Bloomberg
決算説明資料
IR 決算説明会QA FY252025/1/302026/1/29
IR 経営方針説明会QA 2025/3/7