沿革年表 1960〜2025年における重要度別の出来事(合計36件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項
浦安沖の埋立とオリエンタルランドの設立
歴史的意義yutaka sugiura
オリエンタルランドの設立は、鉄道会社が沿線開発の一環として構想した不動産事業が出発点であった。川崎千春のディズニーへの着想も、私鉄経営者にとっては沿線の集客力を高める手段の延長線上にあった。興味深いのは、この「不動産開発のためにまず土地を作る」という発想が、結果として東京都心から電車15分という世界のディズニーリゾートの中でも群を抜く立地を生み出した点にある。ディズニー社が後にオリエンタルランドとの契約を決めた最大の理由も、この立地であった。鉄道沿線開発という日本固有の事業モデルが、世界に類例のないライセンス構造を持つテーマパーク事業の土台を作った。
1960
1-12月
業務提携
千葉県と土地造成・分譲協定を締結
1962年7月に千葉県と「浦安地区土地造成事業及び分譲に関する協定」を締結した。よって浦安沖の海面埋立と分譲事業の枠組みが行政側と確定し、後年の埋立造成・舞浜エリア確保の起点となった。
1962
1-12月
設備投資
浦安沖の海面埋立造成工事を開始
1964年9月に浦安沖の海面埋立造成工事を開始した。1975年11月の完工までの11年間でディズニーランド用地を含む広大な舞浜地区が形成された。
1964
1-12月
海面埋立造成工事を完了
1964年の着工から11年を経て、浦安沖の海面埋立造成工事が完了した。京成電鉄はディズニーランド誘致のためにホテル用地を含む広大な敷地を確保すべく、住宅地としての分譲を最小限に抑えた。ただし、この時点でディズニー社との正式契約は未締結であった。
1975
1-12月
重要事項
三井不動産の反対を退け、ディズニーとの独占契約を締結
歴史的意義yutaka sugiura
1977年時点のオリエンタルランドにとって、三井不動産の中止要請を受け入れることは合理的な選択肢であった。筆頭株主の京成電鉄は経営不振、ディズニー社との契約は未締結、埋立地は住宅として分譲すれば確実に回収できる。しかし高橋政知は撤退ではなく続行を選び、行政を巻き込んで反対を封じた。この判断の構造的な意味は、「撤退しなかったこと」自体がディズニー社との交渉材料になった点にある。都心至近に土地を持ち、計画を諦めない相手は、ディズニー社にとって日本進出の最も確実なパートナーであった。撤退の合理性を退けたことで、ロイヤリティ方式・出資なしという世界唯一の契約形態を引き出す交渉力が生まれた。
FY80
1980/3
東京ディズニーランドの建設に着工
日本興業銀行の約1,000億円の協調融資により資金を確保し、東京ディズニーランドの建設工事に着手した。当時の日本のテーマパーク市場規模は約1,000億円とされ、市場規模と同額を単一施設に投じる異例の投資であった。
FY81
1981/3
東京ディズニーランドを開業
約3年の建設期間を経て、1983年4月15日に東京ディズニーランドが開園した。初年度の入園者数は993万人で、年間目標の1,000万人にほぼ到達した。
FY84
1984/3
売上高
990億円
FY85
1985/3
売上高
893億円
オリエンタルランドの経営が黒字化
開業から3年で経営が黒字化した。テーマパーク事業の収入に加え、埋立地の不動産分譲・賃貸収入との「合わせ技」で収益基盤を確立した。
FY86
1986/3
売上高
1,023億円
第2次新規設備投資計画を決定
黒字化を受けて大型アトラクションへの再投資を決定。1987年にビッグサンダーマウンテン、1989年にスターツアーズ、1992年にスプラッシュマウンテンなど、大型アトラクションを次々と開業した。
FY87
1987/3
売上高
897億円
FY88
1988/3
売上高
1,009億円
FY89
1989/3
売上高
1,182億円
FY90
1990/3
売上高
1,328億円
年間入園者数1,500万人を突破
累計入園者数1億人にも到達。新規アトラクションの導入効果と、つくば万博(1985年)以降の首都圏レジャー需要の拡大が寄与した。
FY91
1991/3
売上高
1,452億円
FY92
1992/3
売上高
1,515億円
スプラッシュマウンテン開業
「クリッターカントリー」テーマランドを新設。この年度の設備投資額は285億円に達した。
FY93
1993/3
売上高
1,505億円
福島祥郎
FY94
1994/3
売上高
1,562億円
福島祥郎
FY95
1995/3
売上高
1,539億円
重要事項
福島祥郎
東京ディズニーシーの建設を決定
歴史的意義yutaka sugiura
テーマパーク事業における集客力の天井は、物理的なキャパシティによって規定される。1パーク体制で年間1,746万人という水準に達したTDLは、アトラクションの追加だけでは構造的な成長の限界を超えられなかった。オリエンタルランドが選んだのは、3,350億円を投じて第二パークを建設するという、テーマパーク産業では類を見ない規模の投資であった。この判断の本質は「1パークの改善」ではなく「リゾートへの転換」にある。宿泊、商業施設、交通を含むリゾート全体の設計により、ゲスト1人あたりの滞在時間と消費額を構造的に引き上げる仕組みを作り上げた。
FY96
1996/3
売上高
1,715億円
業務提携
福島祥郎
東京ディズニーシーのライセンス契約を締結
1996年4月にディズニー・エンタプライゼズ・インクとの間で「東京ディズニーシー」及び「ホテルミラコスタ」のライセンス・開発・建設・運営に関する業務提携契約を締結した。すなわち第二パーク戦略の法的枠組みが確定した。
FY97
1997/3
組織再編
ミリアルリゾートホテルズを設立
1996年6月に100%出資子会社「株式会社舞浜リゾートホテルズ(現ミリアルリゾートホテルズ)」を設立した。ディズニーホテル運営の事業会社で、ホテル事業の組織基盤を整えた。
東証第一部に株式上場
東京ディズニーシーの建設資金調達を主目的に、東京証券取引所第一部に上場した。設立から36年にわたり非上場を維持してきたオリエンタルランドにとって、資本構造の転換点となった。
組織再編
福島祥郎
舞浜リゾートラインを設立
1997年4月に100%出資子会社「株式会社舞浜リゾートライン」を設立した。リゾート内モノレール運営の事業会社で、2001年7月の「ディズニーリゾートライン」開業を担った。
FY98
1998/3
設備投資
福島祥郎
イクスピアリ・アンバサダーホテル開業
2000年7月に複合商業施設「イクスピアリ」とディズニーホテル第1号「ディズニーアンバサダーホテル」を開業した。テーマパーク以外の収益源を加える「リゾート化」の起点となった。
FY01
2001/3
高橋政知が死去
オリエンタルランド元社長・元会長の高橋政知が死去(享年86歳)。漁業補償交渉、三井不動産の反対を退けてのディズニー誘致、TDL建設と開業まで、オリエンタルランドの創業期から成長期のすべてに関わった人物であった。
設備投資
福島祥郎
ディズニーリゾートラインを開業
2001年7月にリゾート内モノレール「ディズニーリゾートライン」を開業した。2か月後の東京ディズニーシー開業と一体で東京ディズニーリゾート構想を完成させた。
FY02
2002/3
売上高
2,810億円
当期純利益
127億円
東京ディズニーシーを開業
第二パークとして東京ディズニーシーを開業。高橋政知の88回目の誕生日にあたる9月4日に開園した。「ホテルミラコスタ」「ディズニーリゾートライン」も同時に営業を開始し、東京ディズニーリゾートとしてのリゾート体制が本格的に始動した。
年間入園者数2,000万人を突破
福島祥郎
「ディズニーストア」事業を承継
2002年4月にウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパンより「リテイルネットワークス」株式を取得し、日本国内の「ディズニーストア」運営を承継した。リテール領域への一時的進出となった。
FY03
2003/3
売上高
3,317億円
当期純利益
189億円
福島祥郎
FY04
2004/3
売上高
3,365億円
当期純利益
185億円
福島祥郎
FY05
2005/3
売上高
3,310億円
当期純利益
172億円
福島祥郎
FY06
2006/3
売上高
3,328億円
当期純利益
157億円
福島祥郎
FY07
2007/3
売上高
3,440億円
当期純利益
163億円
上西京一郎
FY08
2008/3
売上高
3,424億円
当期純利益
147億円
上西京一郎
東京ディズニーランドホテルを開業
パーク正面に位置するディズニーホテルを開業。既存のディズニーアンバサダーホテル、ホテルミラコスタに続く3棟目のディズニーホテルとなり、宿泊収容力が拡大した。
FY09
2009/3
売上高
3,892億円
当期純利益
180億円
事業撤退
上西京一郎
「ディズニーストア」事業から撤退
2010年3月に100%子会社リテイルネットワークスの全株式をウォルト・ディズニー・ジャパンへ売却し、日本国内のディズニーストア事業から撤退した。リゾート事業へのリソース集中を進めた。
FY10
2010/3
売上高
3,714億円
当期純利益
254億円
上西京一郎
入園料の段階的な値上げを開始
歴史的意義yutaka sugiura
テーマパーク事業の成長には2つの方向がある。入園者数を増やすか、1人あたりの消費額を増やすかである。オリエンタルランドが2011年以降に選んだのは後者であり、この転換は不可逆的であった。物理的キャパシティに上限がある以上、入園者数の成長はいずれ頭打ちになる。値上げが可能であった構造的な理由は、TDRに代替施設がほぼ存在しないことにある。ディズニーブランドの独占ライセンスと東京至近の立地は参入障壁そのものであり、値上げしてもゲストが流出する先がない。この価格決定力は、1960年の埋立と1979年の独占契約が生み出した構造的帰結である。
FY11
2011/3
売上高
3,561億円
当期純利益
229億円
東日本大震災により約1ヶ月間の臨時休園
2011年3月11日の東日本大震災の影響により、東京ディズニーリゾートは約1ヶ月間の臨時休園を余儀なくされた。浦安市は液状化被害を受けたが、パーク内の被害は限定的であった。
上西京一郎
FY12
2012/3
売上高
3,600億円
親会社株主に帰属する当期純利益
321億円
上西京一郎
FY13
2013/3
売上高
3,955億円
親会社株主に帰属する当期純利益
514億円
上西京一郎
年間入園者数3,000万人を突破
FY14
2014/3
売上高
4,735億円
親会社株主に帰属する当期純利益
705億円
上西京一郎
FY15
2015/3
売上高
4,662億円
親会社株主に帰属する当期純利益
720億円
上西京一郎
FY16
2016/3
売上高
4,653億円
親会社株主に帰属する当期純利益
739億円
上西京一郎
FY17
2017/3
売上高
4,777億円
親会社株主に帰属する当期純利益
823億円
上西京一郎
FY18
2018/3
売上高
4,792億円
親会社株主に帰属する当期純利益
811億円
業務提携
上西京一郎
ファンタジースプリングスへの3,200億円投資を決定
歴史的意義yutaka sugiura
ファンタジースプリングスへの3,200億円投資は、単独の施設開発としてはTDS開業時に次ぐ規模であるが、この投資の本質は金額そのものではなく、2076年までのライセンス契約延長とセットで行われた点にある。投資の回収を50年超の時間軸で設計するということは、通常の企業経営における投資判断とは異なる時間感覚を前提としている。これが可能なのは、ディズニーブランドの独占ライセンスという参入障壁と、東京至近という不可逆な立地優位が、50年後もなお有効であるという読みがあるからである。テーマパーク事業の投資回収期間を「契約期間」で規定し直した判断ともいえる。
FY19
2019/3
売上高
5,256億円
親会社株主に帰属する当期純利益
902億円
年間入園者数が過去最高の3,256万人を記録
吉田謙次
コロナ禍による臨時休園
新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年2月29日から東京ディズニーリゾートが臨時休園。7月1日に入園者数制限のもとで営業を再開した。同年9月には東京ディズニーランドの大規模開発エリア(「美女と野獣の城」等)が開業した。
FY20
2020/3
売上高
4,644億円
親会社株主に帰属する当期純利益
622億円
吉田謙次
最終赤字541億円に転落
コロナ禍による休園・入園制限の影響で、2021年3月期の売上高は1,706億円(前年比63%減)、最終赤字は541億円に転落した。1983年の開業以来、初めての通期赤字であった。
FY21
2021/3
売上高
1,705億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-541億円
吉田謙次
累計入園者数8億人に到達
東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの2パーク合計の累計入園者数が8億人に到達した。1983年の開業から約39年での達成。
FY22
2022/3
売上高
2,757億円
親会社株主に帰属する当期純利益
80億円
株式上場設備投資
吉田謙次
東証プライム移行・トイ・ストーリーホテル開業
2022年4月の東京証券取引所市場区分見直しによりプライム市場へ移行した。同月「東京ディズニーリゾート・トイ・ストーリーホテル」を開業し、ディズニーホテル群の宿泊収容力を拡張した。
FY23
2023/3
売上高
4,831億円
親会社株主に帰属する当期純利益
807億円
高橋渉
FY24
2024/3
売上高
6,184億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,202億円
高橋渉
ファンタジースプリングスが開業
東京ディズニーシーの8番目のテーマポート「ファンタジースプリングス」が開業した。総開発面積約14万㎡はTDS開業以来最大。『アナと雪の女王』『塔の上のラプンツェル』『ピーター・パン』の世界を再現した4つのアトラクションとファンタジースプリングスホテルで構成される。
FY25
2025/3
売上高
6,793億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,241億円
業務提携
ディズニークルーズのライセンス契約を締結
2024年7月にディズニー・エンタプライゼズ・インクとの間で日本を拠点とするディズニークルーズのライセンス・開発・運営に関する業務提携契約を締結した。すなわち海上クルーズという新事業領域への進出が決まった。
売上高・営業利益が過去最高を更新
2025年3月期の連結業績は売上高6,794億円、営業利益1,721億円でいずれも過去最高を更新した。ファンタジースプリングスの開業効果に加え、ゲスト1人あたり売上高の上昇が寄与した。
  1. 浦安沖の埋立とオリエンタルランドの設立
    オリエンタルランドの設立は、鉄道会社が沿線開発の一環として構想した不動産事業が出発点であった。川崎千春のディズニーへの着想も、私鉄経営者にとっては沿線の集客力を高める手段の延長線上にあった。興味深いのは、この「不動産開発のためにまず土地を作る」という発想が、結果として東京都心から電車15分という世界のディズニーリゾートの中でも群を抜く立地を生み出した点にある。ディズニー社が後にオリエンタルランドとの契約を決めた最大の理由も、この立地であった。鉄道沿線開発という日本固有の事業モデルが、世界に類例のないライセンス構造を持つテーマパーク事業の土台を作った。
  2. 業務提携
    千葉県と土地造成・分譲協定を締結

    1962年7月に千葉県と「浦安地区土地造成事業及び分譲に関する協定」を締結した。よって浦安沖の海面埋立と分譲事業の枠組みが行政側と確定し、後年の埋立造成・舞浜エリア確保の起点となった。

  3. 設備投資
    浦安沖の海面埋立造成工事を開始

    1964年9月に浦安沖の海面埋立造成工事を開始した。1975年11月の完工までの11年間でディズニーランド用地を含む広大な舞浜地区が形成された。

  4. 海面埋立造成工事を完了

    1964年の着工から11年を経て、浦安沖の海面埋立造成工事が完了した。京成電鉄はディズニーランド誘致のためにホテル用地を含む広大な敷地を確保すべく、住宅地としての分譲を最小限に抑えた。ただし、この時点でディズニー社との正式契約は未締結であった。

  5. 三井不動産の反対を退け、ディズニーとの独占契約を締結
    1977年時点のオリエンタルランドにとって、三井不動産の中止要請を受け入れることは合理的な選択肢であった。筆頭株主の京成電鉄は経営不振、ディズニー社との契約は未締結、埋立地は住宅として分譲すれば確実に回収できる。しかし高橋政知は撤退ではなく続行を選び、行政を巻き込んで反対を封じた。この判断の構造的な意味は、「撤退しなかったこと」自体がディズニー社との交渉材料になった点にある。都心至近に土地を持ち、計画を諦めない相手は、ディズニー社にとって日本進出の最も確実なパートナーであった。撤退の合理性を退けたことで、ロイヤリティ方式・出資なしという世界唯一の契約形態を引き出す交渉力が生まれた。
  6. 東京ディズニーランドの建設に着工

    日本興業銀行の約1,000億円の協調融資により資金を確保し、東京ディズニーランドの建設工事に着手した。当時の日本のテーマパーク市場規模は約1,000億円とされ、市場規模と同額を単一施設に投じる異例の投資であった。

  7. 東京ディズニーランドを開業

    約3年の建設期間を経て、1983年4月15日に東京ディズニーランドが開園した。初年度の入園者数は993万人で、年間目標の1,000万人にほぼ到達した。

  8. オリエンタルランドの経営が黒字化

    開業から3年で経営が黒字化した。テーマパーク事業の収入に加え、埋立地の不動産分譲・賃貸収入との「合わせ技」で収益基盤を確立した。

  9. 第2次新規設備投資計画を決定

    黒字化を受けて大型アトラクションへの再投資を決定。1987年にビッグサンダーマウンテン、1989年にスターツアーズ、1992年にスプラッシュマウンテンなど、大型アトラクションを次々と開業した。

  10. 年間入園者数1,500万人を突破

    累計入園者数1億人にも到達。新規アトラクションの導入効果と、つくば万博(1985年)以降の首都圏レジャー需要の拡大が寄与した。

  11. スプラッシュマウンテン開業

    「クリッターカントリー」テーマランドを新設。この年度の設備投資額は285億円に達した。

  12. 東京ディズニーシーの建設を決定
    テーマパーク事業における集客力の天井は、物理的なキャパシティによって規定される。1パーク体制で年間1,746万人という水準に達したTDLは、アトラクションの追加だけでは構造的な成長の限界を超えられなかった。オリエンタルランドが選んだのは、3,350億円を投じて第二パークを建設するという、テーマパーク産業では類を見ない規模の投資であった。この判断の本質は「1パークの改善」ではなく「リゾートへの転換」にある。宿泊、商業施設、交通を含むリゾート全体の設計により、ゲスト1人あたりの滞在時間と消費額を構造的に引き上げる仕組みを作り上げた。
  13. 業務提携
    東京ディズニーシーのライセンス契約を締結

    1996年4月にディズニー・エンタプライゼズ・インクとの間で「東京ディズニーシー」及び「ホテルミラコスタ」のライセンス・開発・建設・運営に関する業務提携契約を締結した。すなわち第二パーク戦略の法的枠組みが確定した。

  14. 組織再編
    ミリアルリゾートホテルズを設立

    1996年6月に100%出資子会社「株式会社舞浜リゾートホテルズ(現ミリアルリゾートホテルズ)」を設立した。ディズニーホテル運営の事業会社で、ホテル事業の組織基盤を整えた。

  15. 東証第一部に株式上場

    東京ディズニーシーの建設資金調達を主目的に、東京証券取引所第一部に上場した。設立から36年にわたり非上場を維持してきたオリエンタルランドにとって、資本構造の転換点となった。

  16. 組織再編
    舞浜リゾートラインを設立

    1997年4月に100%出資子会社「株式会社舞浜リゾートライン」を設立した。リゾート内モノレール運営の事業会社で、2001年7月の「ディズニーリゾートライン」開業を担った。

  17. 設備投資
    イクスピアリ・アンバサダーホテル開業

    2000年7月に複合商業施設「イクスピアリ」とディズニーホテル第1号「ディズニーアンバサダーホテル」を開業した。テーマパーク以外の収益源を加える「リゾート化」の起点となった。

  18. 高橋政知が死去

    オリエンタルランド元社長・元会長の高橋政知が死去(享年86歳)。漁業補償交渉、三井不動産の反対を退けてのディズニー誘致、TDL建設と開業まで、オリエンタルランドの創業期から成長期のすべてに関わった人物であった。

  19. 設備投資
    ディズニーリゾートラインを開業

    2001年7月にリゾート内モノレール「ディズニーリゾートライン」を開業した。2か月後の東京ディズニーシー開業と一体で東京ディズニーリゾート構想を完成させた。

  20. 東京ディズニーシーを開業

    第二パークとして東京ディズニーシーを開業。高橋政知の88回目の誕生日にあたる9月4日に開園した。「ホテルミラコスタ」「ディズニーリゾートライン」も同時に営業を開始し、東京ディズニーリゾートとしてのリゾート体制が本格的に始動した。

  21. 年間入園者数2,000万人を突破
  22. 「ディズニーストア」事業を承継

    2002年4月にウォルト・ディズニー・インターナショナル・ジャパンより「リテイルネットワークス」株式を取得し、日本国内の「ディズニーストア」運営を承継した。リテール領域への一時的進出となった。

  23. 東京ディズニーランドホテルを開業

    パーク正面に位置するディズニーホテルを開業。既存のディズニーアンバサダーホテル、ホテルミラコスタに続く3棟目のディズニーホテルとなり、宿泊収容力が拡大した。

  24. 事業撤退
    「ディズニーストア」事業から撤退

    2010年3月に100%子会社リテイルネットワークスの全株式をウォルト・ディズニー・ジャパンへ売却し、日本国内のディズニーストア事業から撤退した。リゾート事業へのリソース集中を進めた。

  25. 入園料の段階的な値上げを開始
    テーマパーク事業の成長には2つの方向がある。入園者数を増やすか、1人あたりの消費額を増やすかである。オリエンタルランドが2011年以降に選んだのは後者であり、この転換は不可逆的であった。物理的キャパシティに上限がある以上、入園者数の成長はいずれ頭打ちになる。値上げが可能であった構造的な理由は、TDRに代替施設がほぼ存在しないことにある。ディズニーブランドの独占ライセンスと東京至近の立地は参入障壁そのものであり、値上げしてもゲストが流出する先がない。この価格決定力は、1960年の埋立と1979年の独占契約が生み出した構造的帰結である。
  26. 東日本大震災により約1ヶ月間の臨時休園

    2011年3月11日の東日本大震災の影響により、東京ディズニーリゾートは約1ヶ月間の臨時休園を余儀なくされた。浦安市は液状化被害を受けたが、パーク内の被害は限定的であった。

  27. 年間入園者数3,000万人を突破
  28. 業務提携
    ファンタジースプリングスへの3,200億円投資を決定
    ファンタジースプリングスへの3,200億円投資は、単独の施設開発としてはTDS開業時に次ぐ規模であるが、この投資の本質は金額そのものではなく、2076年までのライセンス契約延長とセットで行われた点にある。投資の回収を50年超の時間軸で設計するということは、通常の企業経営における投資判断とは異なる時間感覚を前提としている。これが可能なのは、ディズニーブランドの独占ライセンスという参入障壁と、東京至近という不可逆な立地優位が、50年後もなお有効であるという読みがあるからである。テーマパーク事業の投資回収期間を「契約期間」で規定し直した判断ともいえる。
  29. 年間入園者数が過去最高の3,256万人を記録
  30. コロナ禍による臨時休園

    新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年2月29日から東京ディズニーリゾートが臨時休園。7月1日に入園者数制限のもとで営業を再開した。同年9月には東京ディズニーランドの大規模開発エリア(「美女と野獣の城」等)が開業した。

  31. 最終赤字541億円に転落

    コロナ禍による休園・入園制限の影響で、2021年3月期の売上高は1,706億円(前年比63%減)、最終赤字は541億円に転落した。1983年の開業以来、初めての通期赤字であった。

  32. 累計入園者数8億人に到達

    東京ディズニーランドと東京ディズニーシーの2パーク合計の累計入園者数が8億人に到達した。1983年の開業から約39年での達成。

  33. 株式上場設備投資
    東証プライム移行・トイ・ストーリーホテル開業

    2022年4月の東京証券取引所市場区分見直しによりプライム市場へ移行した。同月「東京ディズニーリゾート・トイ・ストーリーホテル」を開業し、ディズニーホテル群の宿泊収容力を拡張した。

  34. ファンタジースプリングスが開業

    東京ディズニーシーの8番目のテーマポート「ファンタジースプリングス」が開業した。総開発面積約14万㎡はTDS開業以来最大。『アナと雪の女王』『塔の上のラプンツェル』『ピーター・パン』の世界を再現した4つのアトラクションとファンタジースプリングスホテルで構成される。

  35. 業務提携
    ディズニークルーズのライセンス契約を締結

    2024年7月にディズニー・エンタプライゼズ・インクとの間で日本を拠点とするディズニークルーズのライセンス・開発・運営に関する業務提携契約を締結した。すなわち海上クルーズという新事業領域への進出が決まった。

  36. 売上高・営業利益が過去最高を更新

    2025年3月期の連結業績は売上高6,794億円、営業利益1,721億円でいずれも過去最高を更新した。ファンタジースプリングスの開業効果に加え、ゲスト1人あたり売上高の上昇が寄与した。