小田急電鉄の沿革(1923〜2024年)
小田急電鉄の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1923 1-12月 | 創業 | 小田原急行鉄道を設立 資本金1,350万円 | 利光鶴松らが発起し、新宿から小田原への直通鉄道を目指して設立。関東大震災の年に創業 | |||
1927 1-12月 | 設備 | 小田原線(新宿〜小田原間)開通 | 新宿から小田原まで全長82.5kmを一挙開業。当時の日本最長の電気鉄道路線として、箱根・湘南方面への交通を一変させた | |||
1929 1-12月 | 設備 | 江ノ島線(相模大野〜片瀬江ノ島間)開通 | 湘南海岸への観光需要と沿線開発を狙った支線 | |||
1940 1-12月 | M&A | 帝都電鉄を合併 井の頭線を運営していた帝都電鉄を合併 | 小田急の路線網が井の頭線まで拡大した時期 | |||
1941 1-12月 | M&A | 鬼怒川水力電気と合併し小田急電鉄に商号変更 | 電力事業者との合併により社名を変更 | |||
1942 1-12月 | 組織 | 東京横浜電鉄・京浜電気鉄道と合併し東京急行電鉄に商号変更 戦時統合(大東急)により小田急は東急に吸収 | 陸上交通事業調整法に基づく戦時統合で、小田急・京王・京急が東急に統合。「大東急」時代の始まり | |||
1944 1-12月 | M&A | 京王電気軌道を合併 大東急体制下での合併 | 大東急による京王の吸収 | |||
1948 1-12月 | 組織 | 東京急行電鉄から分離し小田急電鉄を再設立 資本金1億円 | 大東急の解体により小田急が独立企業として再出発。戦後の私鉄再編の象徴的出来事 | |||
1949 1-12月 | 子会社 | 神奈川中央交通・箱根登山鉄道の株式取得 | 沿線バス・箱根観光の中核企業を傘下に収め、グループ経営の基盤を形成 | |||
| 上場 | 東京証券取引所に上場 | 戦後再出発から1年で上場を果たした | ||||
1961 1-12月 | 子会社 | 小田急百貨店を設立 | 新宿ターミナルの商業開発に本格参入し、鉄道事業以外の収益源を拡大 | |||
1964 1-12月 | 子会社 | 小田急不動産を設立 | ||||
1966 1-12月 | 設備 | 向ヶ丘遊園モノレール線開通 向ヶ丘遊園〜向ヶ丘遊園正門間 | ||||
1967 1-12月 | 設備 | 新宿西口駅ビル完成 | 新宿駅周辺の再開発・商業集積の一端を担った | |||
1974 1-12月 | 設備 | 多摩線開通(新百合ヶ丘〜小田急永山間) | 多摩ニュータウンへのアクセス路線として開業し、沿線人口の急増を支えた | |||
1978 1-12月 | 設備 | 地下鉄千代田線との相互直通運転開始 本厚木〜綾瀬間 | 都心への直通ルート確保により沿線価値が飛躍的に向上。大手私鉄の地下鉄直通の先駆け的事例 | |||
1990 1-12月 | 設備 | 多摩線延伸(小田急多摩センター〜唐木田間)開通 | ||||
1997 1-12月 | 設備 | 複々線化工事第1期完成(喜多見〜和泉多摩川間) | 1964年に都市計画決定された複々線化の最初の完成区間。混雑緩和と速達性向上の起点 | |||
2004 1-12月 | 設備 | 複々線化工事第2期完成(世田谷代田〜喜多見間) | 地下化を伴う難工事区間の完成 | |||
2010 1-12月 | 人事 | 山木利満が取締役社長に就任 大須賀賴彦から交代 | 複々線化最終段階の経営を担う | |||
2011 1-12月 | 設備 | 新宿スバルビル取得 | ||||
2013 1-12月 | 設備 | 在来線地下化(東北沢〜世田谷代田間) | 複々線化工事の最終区間に向けた基盤整備 | |||
2017 1-12月 | 人事 | 星野晃司が取締役社長に就任 山木利満から交代 | 複々線全面完成を翌年に控えた社長交代 | |||
2018 1-12月 | 設備 | 複々線化工事全面完成・複々線運転開始 代々木上原〜登戸間の複々線運転開始 | 1964年の都市計画決定から約半世紀を経て全面完成。朝ラッシュ時の混雑率が大幅に改善し、ダイヤの自由度が飛躍的に向上 | |||
2019 1-12月 | M&A | ヒューマニックホールディングスの株式取得 | ||||
| M&A | 江ノ島電鉄を株式交換により完全子会社化 | |||||
2020 1-12月 | 組織 | 小田急SCディベロップメントを設立し商業施設運営事業を会社分割 | 不動産・商業施設事業の分社化による経営効率化 | |||
2021 1-12月 | 業績 | 初の経常赤字・純損失を計上 COVID-19の影響で鉄道旅客収入が激減 | 創業以来初の大幅赤字。鉄道依存の収益構造の脆弱性が露呈 | |||
2022 1-12月 | 上場 | 東証プライム市場に移行 市場区分見直しによる移行 | ||||
2023 1-12月 | 組織 | 小田急第一生命ビル持分売却 | ||||
| 組織 | 小田急センチュリービル売却 | |||||
2024 1-12月 | 人事 | 鈴木滋が取締役社長に就任 星野晃司から交代 | 複々線完成後の新ステージを担う社長交代 |
- 小田原急行鉄道を設立
資本金1,350万円
利光鶴松らが発起し、新宿から小田原への直通鉄道を目指して設立。関東大震災の年に創業 - 小田原線(新宿〜小田原間)開通新宿から小田原まで全長82.5kmを一挙開業。当時の日本最長の電気鉄道路線として、箱根・湘南方面への交通を一変させた
- 江ノ島線(相模大野〜片瀬江ノ島間)開通湘南海岸への観光需要と沿線開発を狙った支線
- 帝都電鉄を合併
井の頭線を運営していた帝都電鉄を合併
小田急の路線網が井の頭線まで拡大した時期 - 鬼怒川水力電気と合併し小田急電鉄に商号変更電力事業者との合併により社名を変更
- 東京横浜電鉄・京浜電気鉄道と合併し東京急行電鉄に商号変更
戦時統合(大東急)により小田急は東急に吸収
陸上交通事業調整法に基づく戦時統合で、小田急・京王・京急が東急に統合。「大東急」時代の始まり - 京王電気軌道を合併
大東急体制下での合併
大東急による京王の吸収 - 東京急行電鉄から分離し小田急電鉄を再設立
資本金1億円
大東急の解体により小田急が独立企業として再出発。戦後の私鉄再編の象徴的出来事 - 神奈川中央交通・箱根登山鉄道の株式取得沿線バス・箱根観光の中核企業を傘下に収め、グループ経営の基盤を形成
- 東京証券取引所に上場戦後再出発から1年で上場を果たした
- 小田急百貨店を設立新宿ターミナルの商業開発に本格参入し、鉄道事業以外の収益源を拡大
- 小田急不動産を設立
- 向ヶ丘遊園モノレール線開通
向ヶ丘遊園〜向ヶ丘遊園正門間
- 新宿西口駅ビル完成新宿駅周辺の再開発・商業集積の一端を担った
- 多摩線開通(新百合ヶ丘〜小田急永山間)多摩ニュータウンへのアクセス路線として開業し、沿線人口の急増を支えた
- 地下鉄千代田線との相互直通運転開始
本厚木〜綾瀬間
都心への直通ルート確保により沿線価値が飛躍的に向上。大手私鉄の地下鉄直通の先駆け的事例 - 多摩線延伸(小田急多摩センター〜唐木田間)開通
- 複々線化工事第1期完成(喜多見〜和泉多摩川間)1964年に都市計画決定された複々線化の最初の完成区間。混雑緩和と速達性向上の起点
- 複々線化工事第2期完成(世田谷代田〜喜多見間)地下化を伴う難工事区間の完成
- 山木利満が取締役社長に就任
大須賀賴彦から交代
複々線化最終段階の経営を担う - 新宿スバルビル取得
- 在来線地下化(東北沢〜世田谷代田間)複々線化工事の最終区間に向けた基盤整備
- 星野晃司が取締役社長に就任
山木利満から交代
複々線全面完成を翌年に控えた社長交代 - 複々線化工事全面完成・複々線運転開始
代々木上原〜登戸間の複々線運転開始
1964年の都市計画決定から約半世紀を経て全面完成。朝ラッシュ時の混雑率が大幅に改善し、ダイヤの自由度が飛躍的に向上 - ヒューマニックホールディングスの株式取得
- 江ノ島電鉄を株式交換により完全子会社化
- 小田急SCディベロップメントを設立し商業施設運営事業を会社分割不動産・商業施設事業の分社化による経営効率化
- 初の経常赤字・純損失を計上
COVID-19の影響で鉄道旅客収入が激減
創業以来初の大幅赤字。鉄道依存の収益構造の脆弱性が露呈 - 東証プライム市場に移行
市場区分見直しによる移行
- 小田急第一生命ビル持分売却
- 小田急センチュリービル売却
- 鈴木滋が取締役社長に就任
星野晃司から交代
複々線完成後の新ステージを担う社長交代
参考文献・出所
有価証券報告書
小田急電鉄 公式サイト「複々線化事業」
小田急電鉄 中期経営計画(2024〜2026年度)