クボタの沿革(1890〜2023年)

クボタの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1890
1-12月
founding
久保田鉄工所を創業
資本金百万円の企業が倒産した市場に鋳物職人が参入して独占した逆説
1917
1-12月
工作機械に参入・鋳鉄管生産を尼崎と恩加島に移管
大正時代を通じて水道の普及が一巡したことや、第一次世界大戦の勃発により鋳鉄管の原料である銑鉄の価格が冒頭。市場低迷により鋳鉄管の販売に苦戦したため、クボタは新事業として機械への参入を決断した。まずは工作機械である「旋盤」の生産を開始し、海軍の呉工廠などに納入した。 1917年には旋盤製造を本格化するために、船出町工場における機械と鋳鉄管の併用生産を停止。新設する尼崎工場および恩加島工場を「鋳鉄間専門」とし、船出町工場を「機械専門」にする生産体系の転換を実施した。
1919
1-12月
acquisition
実用自動車製造を設立・自動車に参入
鋳鉄管を独力で国産化した鋳物屋が自動車の部品連携で敗れた構造
1927
1-12月
acquisition
隅田川精鉄所を買収
シェア2位企業の買収と4位企業の撤退が生んだ2社寡占の固定化構造
1930
1-12月
株式会社久保田鉄工所を設立
1940
1-12月
武庫川工場を新設
1947
1-12月
耕うん機の製造開始・農機に参入
戦時中に発動機の生産に従事しており、これらの生産設備を活かすために農機の製造を開始。ただし、農機の本格展開(市場拡大の契機は1961年の農業基本法公布以降)は1960年代であり、終戦直後から1950年代の時点では鋳鉄管が売上の大半を占めた。
FY50
1950/3
東京証券取引所に株式上場
小田原大造氏が社長就任
久保田家ではなく、たたき上げの小田原大造氏が社長に就任。創業者の久保田権四郎氏は相談役となり、新社長に経営を一任した。
FY51
1951/3
製品別事業部制を導入
FY60
1960/3
創業者・久保田権四郎氏が逝去
中型トラクターの販売開始
1961年の農業基本法の交付を受けて、国内では農業の機械化が進行。クボタは農機の本格展開を決定し、1957年に刈取機、1960年に中型トラクターの生産を開始。1960年代を通じて農機の売上高を急拡大し、1970年前後に農業機械部門は全社売上高35%を占めるに至った。
FY61
1961/3
国内で生産拠点を拡充
FY73
1973/3
欧米進出を本格化・トラクター量産
大型機のジョンディアを避けた小型農機による北米参入の設計
FY76
1976/3
売上高
4,100億円
当期純利益
208億円
FY77
1977/3
売上高
4,605億円
当期純利益
216億円
FY78
1978/3
売上高
4,635億円
当期純利益
186億円
FY79
1979/3
売上高
4,829億円
当期純利益
197億円
FY80
1980/3
売上高
5,231億円
当期純利益
220億円
FY81
1981/3
売上高
5,217億円
当期純利益
147億円
FY82
1982/3
売上高
5,362億円
当期純利益
154億円
FY83
1983/3
売上高
5,586億円
当期純利益
150億円
FY84
1984/3
売上高
5,746億円
当期純利益
130億円
FY91
1991/3
商号を株式会社クボタに変更
FY92
1992/3
売上高
9,091億円
当期純利益
42億円
FY93
1993/3
売上高
9,403億円
当期純利益
55億円
FY94
1994/3
売上高
9,795億円
当期純利益
82億円
スペイン現地法人を解散
スペインの農機生産に従事する現地法人「エブロ クボタ」の解散を決定。これに関連して特別損失約220億円の計上を決定。
FY95
1995/3
売上高
10,139億円
当期純利益
201億円
FY96
1996/3
売上高
10,716億円
当期純利益
257億円
FY97
1997/3
売上高
10,415億円
当期純利益
289億円
FY98
1998/3
売上高
10,294億円
当期純利益
217億円
FY99
1999/3
売上高
9,766億円
当期純利益
151億円
約30年来の水道管カルテルが発覚
技術供与が生んだ力関係を基盤に40年維持されたシェア配分カルテル
FY00
2000/3
売上高
9,872億円
当期純利益
164億円
希望退職者を募集
FY01
2001/3
売上高
9,944億円
当期純利益
97億円
FY02
2002/3
売上高
9,654億円
当期純利益
95億円
FY03
2003/3
売上高
9,257億円
当期純利益
-80億円
FY04
2004/3
売上高
9,392億円
当期純利益
117億円
非注力事業を分離縮小
FY05
2005/3
売上高
9,944億円
当期純利益
1,179億円
タイの関連会社を子会社化
FY06
2006/3
売上高
10,657億円
当期純利益
810億円
アスベストが社会問題化
2005年6月に毎日新聞は、クボタ神崎工場(兵庫県尼崎市)における建材工場で、周辺住民の間アスベスト疾患が多発している問題を報道した。すでに神崎工場では2001年にアスベスト製品のアスベスト製品(建材・水道管)の製造を停止していたが、被害を訴える住民団体から提訴された。 2006年3月期にクボタは特別損失として「石綿健康被害救済金等」を33億円、翌年度の2007年3月期には同29億円を計上。クボタは被害者への損害賠償を実施し、アスベスト関連で累計61億円の特損を計上した。
FY07
2007/3
売上高
11,274億円
当期純利益
764億円
FY08
2008/3
売上高
11,545億円
当期純利益
680億円
立ち入り調査が相次ぐ
1999年に発覚した水道管カルテルを起点に、2000年代から2010年代にかけて、公共施設向けの事業に関して談合が相次いで発覚。クボタおよび子会社に対して、公正取引委員会の立ち入りが相次ぐ異常事態となった。
FY09
2009/3
売上高
11,074億円
当期純利益
480億円
FY10
2010/3
売上高
9,408億円
当期純利益
423億円
FY11
2011/3
売上高
9,468億円
当期純利益
548億円
FY12
2012/3
売上高
10,215億円
当期純利益
615億円
ノルウェーKverneland ASAを買収
2012年3月にノルウェーの「農機向けインプルメント」メーカーであるKverneland ASA(クバランド社)を買収。同社はオスロ証券取引所に上場する老舗企業(1879年創業)であり、クボタは公開買い付けを通じて、クバランド社の株式78.95%を合計181億円(取得対価)で買収した。 クボタとしては農機向けインプルメントの販売強化により、欧州におけるトラクタの販売拡大を意図した
FY13
2013/3
売上高
12,105億円
当期純利益
736億円
FY14
2014/3
売上高
15,105億円
当期純利益
1,326億円
FY15
2015/3
売上高
12,447億円
当期純利益
1,101億円
FY16
2016/3
売上高
15,960億円
当期純利益
1,324億円
FY17
2017/3
売上高
17,515億円
当期利益
1,341億円
米GPを買収
2016年7月に米国のGreat Plains Manufacturing, Inc.を買収。株式100%を442億円(取得対価)で買収した。GP社は農機向け「インプルメント」を展開して米国における販路を確保するメーカーであった。 このため、クボタとしては、製品ラインナップと販路を拡充することにより、北米における畑作市場における農機のシェア拡大を狙った。
FY18
2018/3
売上高
18,503億円
当期利益
1,385億円
FY19
2019/3
売上高
19,200億円
当期利益
1,490億円
FY20
2020/3
売上高
18,532億円
当期利益
1,285億円
基幹システムの刷新開始
コマツに20年遅れたIT基盤を370億円で刷新する投資判断
FY21
2021/3
売上高
21,967億円
当期利益
1,747億円
FY22
2022/3
売上高
26,769億円
当期利益
1,564億円
FY23
2023/3
売上高
30,207億円
当期利益
2,384億円
acquisition
インドEscortsを買収
先進国向け製品の持ち込みが14年間通用しなかったインド市場の教訓
  1. founding
    久保田鉄工所を創業
    資本金百万円の企業が倒産した市場に鋳物職人が参入して独占した逆説
  2. 工作機械に参入・鋳鉄管生産を尼崎と恩加島に移管

    大正時代を通じて水道の普及が一巡したことや、第一次世界大戦の勃発により鋳鉄管の原料である銑鉄の価格が冒頭。市場低迷により鋳鉄管の販売に苦戦したため、クボタは新事業として機械への参入を決断した。まずは工作機械である「旋盤」の生産を開始し、海軍の呉工廠などに納入した。 1917年には旋盤製造を本格化するために、船出町工場における機械と鋳鉄管の併用生産を停止。新設する尼崎工場および恩加島工場を「鋳鉄間専門」とし、船出町工場を「機械専門」にする生産体系の転換を実施した。

  3. acquisition
    実用自動車製造を設立・自動車に参入
    鋳鉄管を独力で国産化した鋳物屋が自動車の部品連携で敗れた構造
  4. acquisition
    隅田川精鉄所を買収
    シェア2位企業の買収と4位企業の撤退が生んだ2社寡占の固定化構造
  5. 株式会社久保田鉄工所を設立
  6. 武庫川工場を新設
  7. 耕うん機の製造開始・農機に参入

    戦時中に発動機の生産に従事しており、これらの生産設備を活かすために農機の製造を開始。ただし、農機の本格展開(市場拡大の契機は1961年の農業基本法公布以降)は1960年代であり、終戦直後から1950年代の時点では鋳鉄管が売上の大半を占めた。

  8. 東京証券取引所に株式上場
  9. 小田原大造氏が社長就任

    久保田家ではなく、たたき上げの小田原大造氏が社長に就任。創業者の久保田権四郎氏は相談役となり、新社長に経営を一任した。

  10. 製品別事業部制を導入
  11. 創業者・久保田権四郎氏が逝去
  12. 中型トラクターの販売開始

    1961年の農業基本法の交付を受けて、国内では農業の機械化が進行。クボタは農機の本格展開を決定し、1957年に刈取機、1960年に中型トラクターの生産を開始。1960年代を通じて農機の売上高を急拡大し、1970年前後に農業機械部門は全社売上高35%を占めるに至った。

  13. 国内で生産拠点を拡充
  14. 欧米進出を本格化・トラクター量産
    大型機のジョンディアを避けた小型農機による北米参入の設計
  15. 商号を株式会社クボタに変更
  16. スペイン現地法人を解散

    スペインの農機生産に従事する現地法人「エブロ クボタ」の解散を決定。これに関連して特別損失約220億円の計上を決定。

  17. 約30年来の水道管カルテルが発覚
    技術供与が生んだ力関係を基盤に40年維持されたシェア配分カルテル
  18. 希望退職者を募集
  19. 非注力事業を分離縮小
  20. タイの関連会社を子会社化
  21. アスベストが社会問題化

    2005年6月に毎日新聞は、クボタ神崎工場(兵庫県尼崎市)における建材工場で、周辺住民の間アスベスト疾患が多発している問題を報道した。すでに神崎工場では2001年にアスベスト製品のアスベスト製品(建材・水道管)の製造を停止していたが、被害を訴える住民団体から提訴された。 2006年3月期にクボタは特別損失として「石綿健康被害救済金等」を33億円、翌年度の2007年3月期には同29億円を計上。クボタは被害者への損害賠償を実施し、アスベスト関連で累計61億円の特損を計上した。

  22. 立ち入り調査が相次ぐ

    1999年に発覚した水道管カルテルを起点に、2000年代から2010年代にかけて、公共施設向けの事業に関して談合が相次いで発覚。クボタおよび子会社に対して、公正取引委員会の立ち入りが相次ぐ異常事態となった。

  23. ノルウェーKverneland ASAを買収

    2012年3月にノルウェーの「農機向けインプルメント」メーカーであるKverneland ASA(クバランド社)を買収。同社はオスロ証券取引所に上場する老舗企業(1879年創業)であり、クボタは公開買い付けを通じて、クバランド社の株式78.95%を合計181億円(取得対価)で買収した。 クボタとしては農機向けインプルメントの販売強化により、欧州におけるトラクタの販売拡大を意図した

  24. 米GPを買収

    2016年7月に米国のGreat Plains Manufacturing, Inc.を買収。株式100%を442億円(取得対価)で買収した。GP社は農機向け「インプルメント」を展開して米国における販路を確保するメーカーであった。 このため、クボタとしては、製品ラインナップと販路を拡充することにより、北米における畑作市場における農機のシェア拡大を狙った。

  25. 基幹システムの刷新開始
    コマツに20年遅れたIT基盤を370億円で刷新する投資判断
  26. acquisition
    インドEscortsを買収
    先進国向け製品の持ち込みが14年間通用しなかったインド市場の教訓

参考文献・出所

有価証券報告書 沿革
クボタ125年史
日本鋳造技術史
日経ビジネス
公正取引委員会 審決
有価証券報告書
統合報告書
クボタ IR 決算説明会資料
IR 決算説明QA FY25-2Q 2025/8/5
クボタ 中期経営計画説明会 2025/5/28
クボタ プレスリリース ジョージア工場稼働 2025/6