沿革年表 1890〜2025年における重要度別の出来事(合計50件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
久保田鉄工所を創業
歴史的意義yutaka sugiura
鋳鉄管の国産化は、資本金百万円を投じた企業ですら設立1年で頓挫した難題であった。久保田権四郎氏は資金も技術書も人脈もない状態から、7年をかけて量産技術を独力で確立し、1912年に国内シェア60%を確保している。この先行者利得は単なる技術優位にとどまらない。クボタが開発した鋳造法が業界標準として定着したことで、後発メーカーはクボタから技術供与を受けて参入する構造が生まれ、鋳鉄管市場における少数企業の寡占体制と協調関係の起点となった。
1890
1-12月
水道用鋳鉄管の製造を開始。
1893
1-12月
工作機械に参入・鋳鉄管生産を尼崎と恩加島に移管
大正期に水道普及が一巡し、第一次世界大戦の勃発で鋳鉄管の原料である銑鉄価格が高騰、市場低迷で鋳鉄管販売は苦戦した。そこでクボタは新事業として機械分野への参入を決断し、まず工作機械の旋盤生産を開始、海軍の呉工廠などに納入した。1917年には旋盤製造を本格化するため船出町工場での機械と鋳鉄管の併用生産を停止し、新設する尼崎工場と恩加島工場を「鋳鉄管専門」、船出町工場を「機械専門」とする生産体系の転換を実施した。
1917
1-12月
重要事項企業買収
実用自動車製造を設立・自動車に参入
歴史的意義yutaka sugiura
鋳鉄管では外国技術なしに7年かけて量産技術を確立した久保田権四郎が、自動車では約12年を費やしても品質問題を解決できなかった。鋳鉄管は自社内で完結する鋳造技術が競争力の源泉であったのに対し、自動車は多数の部品メーカーとの連携が不可欠であり、部品サプライチェーンが未成熟な当時の日本では個社の技術力だけでは対応できなかった。クボタが手放した事業が日産自動車の源流となった点は、撤退判断と買い手の選択が産業史を規定した事例といえる。
1919
1-12月
発動機(農工用小型エンジン)の製造を開始。
1922
1-12月
企業買収
隅田川精鉄所を買収
歴史的意義yutaka sugiura
1926年時点で4社に分散していた鋳鉄管市場は、隅田川精鉄所の買収(1927年)と釜石鉱山の撤退(1930年)を経て、クボタ69%・栗本鐵工所31%の2社寡占に固定された。自治体向け入札という販売形態のもとで2社のみのシェアが長期固定化された構造は、のちに約40年にわたるヤミカルテルの温床となった。一方、小田原大造氏による経営再建の実績は、のちに同氏が社長に就任する道筋をつけた人事面での帰結でもあった。
1927
1-12月
株式会社久保田鉄工所を設立
1930
1-12月
組織再編
株式会社久保田鉄工所機械部を株式会社久保田鉄工所に合併。
1937
1-12月
設備投資
堺工場を新設し、農工用発動機の大量生産に着手。
武庫川工場を新設
1940
1-12月
耕うん機の製造開始・農機に参入
戦時中に発動機の生産に従事しており、これらの生産設備を活かすために農機の製造を開始。ただし、農機の本格展開(市場拡大の契機は1961年の農業基本法公布以降)は1960年代であり、終戦直後から1950年代の時点では鋳鉄管が売上の大半を占めた。
1947
1-12月
東京証券取引所に株式上場
FY50
1950/3
小田原大造氏が社長就任
久保田家ではなく、たたき上げの小田原大造氏が社長に就任。創業者の久保田権四郎氏は相談役となり、新社長に経営を一任した。
製品別事業部制を導入
FY51
1951/3
武庫川機械工場でポンプの製造を開始。
FY53
1953/3
組織再編
社名を久保田鉄工株式会社に変更。
FY54
1954/3
設備投資
ビニルパイプ工場を新設し、合成樹脂管の本格的製造に着手。
FY55
1955/3
久保田建材工業株式会社を設立し、住宅建材事業に進出。
FY58
1958/3
創業者・久保田権四郎氏が逝去
FY60
1960/3
中型トラクターの販売開始
1961年の農業基本法の交付を受けて、国内では農業の機械化が進行。クボタは農機の本格展開を決定し、1957年に刈取機、1960年に中型トラクターの生産を開始。1960年代を通じて農機の売上高を急拡大し、1970年前後に農業機械部門は全社売上高35%を占めるに至った。
国内で生産拠点を拡充
FY61
1961/3
設備投資
水道研究所を新設。翌年12月水処理事業部を新設し、環境事業に本格進出。
FY62
1962/3
設備投資
枚方機械工場・枚方鋳鋼工場を新設し、産業機械・鋳鋼製品の量産体制を確立。
FY63
1963/3
設備投資
小田原工場を新設。同年6月久保田建材工業株式会社の製造部門を吸収し、住宅建材事業に本格進出。
FY67
1967/3
売上高
911億円
経常利益
60億円
FY68
1968/3
売上高
1,182億円
経常利益
71億円
FY69
1969/3
売上高
1,491億円
経常利益
88億円
設備投資
宇都宮工場を新設し、田植機、バインダーの量産体制を確立。
FY70
1970/3
売上高
1,887億円
経常利益
102億円
FY71
1971/3
売上高
2,089億円
当期純利益
95億円
FY72
1972/3
売上高
2,055億円
当期純利益
77億円
欧米進出を本格化・トラクター量産
歴史的意義yutaka sugiura
北米農機市場はジョン・ディアを筆頭とする大型機メーカーが支配しており、ヤンマーはOEM提携で参入したのに対し、クボタは単独進出かつ自社ブランドを選んだ。競合が手薄な家庭向け小型農機という隙間市場から参入し、大手との直接競合を構造的に回避した点がこの戦略の核心にある。国内で培った小型トラクターの技術を活かせるセグメントを選択したことで、製品開発の追加投資を抑えながら海外販路を開拓する設計であった。
FY73
1973/3
売上高
2,381億円
当期純利益
115億円
海外進出
米国にクボタトラクター Corp.を設立し、北米におけるトラクタの販売体制を強化。
設備投資
久宝寺工場を新設。船出町工場より製造設備を移設し、電装機器製造工場とする。
FY74
1974/3
売上高
3,360億円
当期純利益
151億円
海外進出
フランスにヨーロッパクボタトラクタ販売有限会社(現 クボタヨーロッパ S.A.S.)を設立し、ヨーロッパにおける農業機械販売体制を強化。
設備投資
農業用トラクタの専門量産工場として筑波工場を新設。
FY76
1976/3
売上高
4,100億円
当期純利益
208億円
株式上場
ニューヨーク証券取引所に上場。(2013年7月に同取引所上場廃止。)
FY77
1977/3
売上高
4,605億円
当期純利益
216億円
FY78
1978/3
売上高
4,635億円
当期純利益
186億円
FY79
1979/3
売上高
4,829億円
当期純利益
197億円
FY80
1980/3
売上高
5,231億円
当期純利益
220億円
設備投資
外壁材専門工場として鹿島工場を新設。
FY81
1981/3
売上高
5,217億円
当期純利益
147億円
FY82
1982/3
売上高
5,362億円
当期純利益
154億円
FY83
1983/3
売上高
5,586億円
当期純利益
150億円
FY84
1984/3
売上高
5,746億円
当期純利益
130億円
設備投資
エンジン専門工場として堺製造所に堺臨海工場を新設。
FY85
1985/3
重要事項
商号を株式会社クボタに変更
経営判断をよむ →
FY91
1991/3
FY92
1992/3
売上高
9,091億円
当期純利益
42億円
FY93
1993/3
売上高
9,403億円
当期純利益
55億円
スペイン現地法人を解散
スペインの農機生産に従事する現地法人「エブロ クボタ」の解散を決定。これに関連して特別損失約220億円の計上を決定。
FY94
1994/3
売上高
9,795億円
当期純利益
82億円
FY95
1995/3
売上高
10,139億円
当期純利益
201億円
FY96
1996/3
売上高
10,716億円
当期純利益
257億円
FY97
1997/3
売上高
10,415億円
当期純利益
289億円
幡掛大輔
FY98
1998/3
売上高
10,294億円
当期純利益
217億円
重要事項
幡掛大輔
約30年来の水道管カルテルが発覚
歴史的意義yutaka sugiura
鋳鉄管市場は3社寡占であったが、カルテル維持の原動力は単なる談合の慣行ではなく、クボタの鋳造技術が業界標準となり他の2社が技術供与を受ける依存関係にあった。この技術的主従関係がシェア配分を「自ずと決まる」ものとし、約40年にわたる不正を構造的に安定させた。1890年に久保田権四郎が独力で確立した鋳鉄管の量産技術は、シェア60%の獲得のみならず、一世紀後に発覚するカルテル構造の起点にもなっていた。
FY99
1999/3
売上高
9,766億円
当期純利益
151億円
幡掛大輔
希望退職者を募集
FY00
2000/3
売上高
9,872億円
当期純利益
164億円
幡掛大輔
FY01
2001/3
売上高
9,944億円
当期純利益
97億円
幡掛大輔
FY02
2002/3
売上高
9,654億円
当期純利益
95億円
設備投資
幡掛大輔
関西地区における環境エンジニアリング事業の拠点として阪神事務所を新設。
FY03
2003/3
売上高
9,257億円
当期純利益
-80億円
幡掛大輔
非注力事業を分離縮小
FY04
2004/3
売上高
9,392億円
当期純利益
117億円
幡掛大輔
タイの関連会社を子会社化
FY05
2005/3
売上高
9,832億円
当期純利益
1,179億円
企業買収
幡掛大輔
シーアイ化成株式会社との合成樹脂管事業統合により、クボタシーアイ株式会社(現 株式会社クボタケミックス)を設立。
FY06
2006/3
売上高
10,510億円
当期純利益
810億円
アスベストが社会問題化
2005年6月、毎日新聞はクボタ神崎工場(兵庫県尼崎市)の建材工場周辺住民にアスベスト疾患が多発している問題を報道した。神崎工場では2001年にアスベスト製品(建材・水道管)の製造を停止していたが、被害を訴える住民団体から提訴された。クボタは2006年3月期に「石綿健康被害救済金等」33億円、2007年3月期に同29億円を特別損失として計上し、被害者への損害賠償を実施、アスベスト関連で累計61億円の特損を計上した。
幡掛大輔
FY07
2007/3
売上高
11,274億円
当期純利益
764億円
益本康男
立ち入り調査が相次ぐ
1999年に発覚した水道管カルテルを起点に、2000年代から2010年代にかけて、公共施設向けの事業に関して談合が相次いで発覚。クボタおよび子会社に対して、公正取引委員会の立ち入りが相次ぐ異常事態となった。
FY08
2008/3
売上高
11,545億円
当期純利益
680億円
海外進出
タイにおけるトラクタの生産拠点としてサイアムクボタトラクター Co.,Ltd.(現 サイアムクボタコーポレーション Co.,Ltd.)を設立。
益本康男
FY09
2009/3
売上高
11,074億円
当期純利益
480億円
益本康男
FY10
2010/3
売上高
9,304億円
当期純利益
423億円
益本康男
FY11
2011/3
売上高
9,336億円
当期純利益
567億円
益本康男
ノルウェーKverneland ASAを買収
2012年3月にノルウェーの「農機向けインプルメント」メーカーであるKverneland ASA(クバランド社)を買収。同社はオスロ証券取引所に上場する老舗企業(1879年創業)であり、クボタは公開買い付けを通じて、クバランド社の株式78.95%を合計181億円(取得対価)で買収した。クボタとしては農機向けインプルメントの販売強化により、欧州におけるトラクタの販売拡大を意図した
FY12
2012/3
売上高
10,080億円
当期純利益
612億円
木股昌俊
FY13
2013/3
売上高
12,215億円
親会社株主に帰属する当期純利益
777億円
海外進出
木股昌俊
フランスに畑作用大型トラクタの生産拠点としてクボタファームマシナリーヨーロッパ S.A.S.を設立。
FY14
2014/3
売上高
15,105億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,326億円
木股昌俊
FY15
2015/3
売上高
12,447億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,101億円
木股昌俊
FY16
2016/3
売上高
15,960億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,324億円
木股昌俊
米GPを買収
2016年7月に米国のGreat Plains Manufacturing, Inc.を買収。株式100%を442億円(取得対価)で買収した。GP社は農機向け「インプルメント」を展開して米国における販路を確保するメーカーであった。このため、クボタとしては、製品ラインナップと販路を拡充することにより、北米における畑作市場における農機のシェア拡大を狙った。
FY17
2017/3
売上高
17,510億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,341億円
木股昌俊
FY18
2018/3
売上高
18,503億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,385億円
北尾裕一
FY19
2019/3
売上高
19,200億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,490億円
北尾裕一
基幹システムの刷新開始
歴史的意義yutaka sugiura
コマツが2000年代から建機稼働率のモニタリングなどIT活用を本格化させた一方、クボタは6事業領域で異なるシステムを個別運用する状態が続いていた。370億円・7ヵ年という投資規模は、月平均400名前後の外部人員が常駐する大型プロジェクトに相当する。コマツとの「20年の遅れ」を認識したうえで、SAPとマイクロソフトを基盤に全社統合を一括で進める判断は、段階的な更新ではなく一挙に世代交代を図る設計であった。
FY20
2020/3
売上高
18,532億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,285億円
北尾裕一
FY21
2021/3
売上高
21,967億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,747億円
北尾裕一
FY22
2022/3
売上高
26,769億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,564億円
重要事項企業買収
北尾裕一
インドEscortsを買収
歴史的意義yutaka sugiura
クボタは2008年のインド進出から14年間、自社製品による市場浸透に苦戦し、シェア2%にとどまった。インドの農家がトラクターに求めた牽引力と低価格は、クボタが得意とする軽量コンパクトな製品設計と根本的に合致せず、タイからの輸入体制ではコスト競争力も確保できなかった。最終的にEscorts社の買収で現地の製品・サプライチェーン・顧客基盤を丸ごと取得したことは、自前主義の限界を認めたうえでの市場参入手法の転換であった。
FY23
2023/3
売上高
30,207億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,384億円
設備投資
世界各地域の研究開発拠点の連携及び研究開発体制の強化を目的としてグローバル技術研究所を開設。
北尾裕一
FY24
2024/3
売上高
30,162億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,304億円
花田晋吾
FY25
2025/3
売上高
30,188億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,866億円
  1. 会社設立
    久保田鉄工所を創業
    鋳鉄管の国産化は、資本金百万円を投じた企業ですら設立1年で頓挫した難題であった。久保田権四郎氏は資金も技術書も人脈もない状態から、7年をかけて量産技術を独力で確立し、1912年に国内シェア60%を確保している。この先行者利得は単なる技術優位にとどまらない。クボタが開発した鋳造法が業界標準として定着したことで、後発メーカーはクボタから技術供与を受けて参入する構造が生まれ、鋳鉄管市場における少数企業の寡占体制と協調関係の起点となった。
  2. 水道用鋳鉄管の製造を開始。
  3. 工作機械に参入・鋳鉄管生産を尼崎と恩加島に移管

    大正期に水道普及が一巡し、第一次世界大戦の勃発で鋳鉄管の原料である銑鉄価格が高騰、市場低迷で鋳鉄管販売は苦戦した。そこでクボタは新事業として機械分野への参入を決断し、まず工作機械の旋盤生産を開始、海軍の呉工廠などに納入した。1917年には旋盤製造を本格化するため船出町工場での機械と鋳鉄管の併用生産を停止し、新設する尼崎工場と恩加島工場を「鋳鉄管専門」、船出町工場を「機械専門」とする生産体系の転換を実施した。

  4. 企業買収
    実用自動車製造を設立・自動車に参入
    鋳鉄管では外国技術なしに7年かけて量産技術を確立した久保田権四郎が、自動車では約12年を費やしても品質問題を解決できなかった。鋳鉄管は自社内で完結する鋳造技術が競争力の源泉であったのに対し、自動車は多数の部品メーカーとの連携が不可欠であり、部品サプライチェーンが未成熟な当時の日本では個社の技術力だけでは対応できなかった。クボタが手放した事業が日産自動車の源流となった点は、撤退判断と買い手の選択が産業史を規定した事例といえる。
  5. 発動機(農工用小型エンジン)の製造を開始。
  6. 企業買収
    隅田川精鉄所を買収
    1926年時点で4社に分散していた鋳鉄管市場は、隅田川精鉄所の買収(1927年)と釜石鉱山の撤退(1930年)を経て、クボタ69%・栗本鐵工所31%の2社寡占に固定された。自治体向け入札という販売形態のもとで2社のみのシェアが長期固定化された構造は、のちに約40年にわたるヤミカルテルの温床となった。一方、小田原大造氏による経営再建の実績は、のちに同氏が社長に就任する道筋をつけた人事面での帰結でもあった。
  7. 株式会社久保田鉄工所を設立
  8. 組織再編
    株式会社久保田鉄工所機械部を株式会社久保田鉄工所に合併。
  9. 設備投資
    堺工場を新設し、農工用発動機の大量生産に着手。
  10. 武庫川工場を新設
  11. 耕うん機の製造開始・農機に参入

    戦時中に発動機の生産に従事しており、これらの生産設備を活かすために農機の製造を開始。ただし、農機の本格展開(市場拡大の契機は1961年の農業基本法公布以降)は1960年代であり、終戦直後から1950年代の時点では鋳鉄管が売上の大半を占めた。

  12. 東京証券取引所に株式上場
  13. 小田原大造氏が社長就任

    久保田家ではなく、たたき上げの小田原大造氏が社長に就任。創業者の久保田権四郎氏は相談役となり、新社長に経営を一任した。

  14. 製品別事業部制を導入
  15. 武庫川機械工場でポンプの製造を開始。
  16. 組織再編
    社名を久保田鉄工株式会社に変更。
  17. 設備投資
    ビニルパイプ工場を新設し、合成樹脂管の本格的製造に着手。
  18. 久保田建材工業株式会社を設立し、住宅建材事業に進出。
  19. 創業者・久保田権四郎氏が逝去
  20. 中型トラクターの販売開始

    1961年の農業基本法の交付を受けて、国内では農業の機械化が進行。クボタは農機の本格展開を決定し、1957年に刈取機、1960年に中型トラクターの生産を開始。1960年代を通じて農機の売上高を急拡大し、1970年前後に農業機械部門は全社売上高35%を占めるに至った。

  21. 国内で生産拠点を拡充
  22. 設備投資
    水道研究所を新設。翌年12月水処理事業部を新設し、環境事業に本格進出。
  23. 設備投資
    枚方機械工場・枚方鋳鋼工場を新設し、産業機械・鋳鋼製品の量産体制を確立。
  24. 設備投資
    小田原工場を新設。同年6月久保田建材工業株式会社の製造部門を吸収し、住宅建材事業に本格進出。
  25. 設備投資
    宇都宮工場を新設し、田植機、バインダーの量産体制を確立。
  26. 欧米進出を本格化・トラクター量産
    北米農機市場はジョン・ディアを筆頭とする大型機メーカーが支配しており、ヤンマーはOEM提携で参入したのに対し、クボタは単独進出かつ自社ブランドを選んだ。競合が手薄な家庭向け小型農機という隙間市場から参入し、大手との直接競合を構造的に回避した点がこの戦略の核心にある。国内で培った小型トラクターの技術を活かせるセグメントを選択したことで、製品開発の追加投資を抑えながら海外販路を開拓する設計であった。
  27. 海外進出
    米国にクボタトラクター Corp.を設立し、北米におけるトラクタの販売体制を強化。
  28. 設備投資
    久宝寺工場を新設。船出町工場より製造設備を移設し、電装機器製造工場とする。
  29. 海外進出
    フランスにヨーロッパクボタトラクタ販売有限会社(現 クボタヨーロッパ S.A.S.)を設立し、ヨーロッパにおける農業機械販売体制を強化。
  30. 設備投資
    農業用トラクタの専門量産工場として筑波工場を新設。
  31. 株式上場
    ニューヨーク証券取引所に上場。(2013年7月に同取引所上場廃止。)
  32. 設備投資
    外壁材専門工場として鹿島工場を新設。
  33. 設備投資
    エンジン専門工場として堺製造所に堺臨海工場を新設。
  34. スペイン現地法人を解散

    スペインの農機生産に従事する現地法人「エブロ クボタ」の解散を決定。これに関連して特別損失約220億円の計上を決定。

  35. 約30年来の水道管カルテルが発覚
    鋳鉄管市場は3社寡占であったが、カルテル維持の原動力は単なる談合の慣行ではなく、クボタの鋳造技術が業界標準となり他の2社が技術供与を受ける依存関係にあった。この技術的主従関係がシェア配分を「自ずと決まる」ものとし、約40年にわたる不正を構造的に安定させた。1890年に久保田権四郎が独力で確立した鋳鉄管の量産技術は、シェア60%の獲得のみならず、一世紀後に発覚するカルテル構造の起点にもなっていた。
  36. 希望退職者を募集
  37. 設備投資
    関西地区における環境エンジニアリング事業の拠点として阪神事務所を新設。
  38. 非注力事業を分離縮小
  39. タイの関連会社を子会社化
  40. 企業買収
    シーアイ化成株式会社との合成樹脂管事業統合により、クボタシーアイ株式会社(現 株式会社クボタケミックス)を設立。
  41. アスベストが社会問題化

    2005年6月、毎日新聞はクボタ神崎工場(兵庫県尼崎市)の建材工場周辺住民にアスベスト疾患が多発している問題を報道した。神崎工場では2001年にアスベスト製品(建材・水道管)の製造を停止していたが、被害を訴える住民団体から提訴された。クボタは2006年3月期に「石綿健康被害救済金等」33億円、2007年3月期に同29億円を特別損失として計上し、被害者への損害賠償を実施、アスベスト関連で累計61億円の特損を計上した。

  42. 立ち入り調査が相次ぐ

    1999年に発覚した水道管カルテルを起点に、2000年代から2010年代にかけて、公共施設向けの事業に関して談合が相次いで発覚。クボタおよび子会社に対して、公正取引委員会の立ち入りが相次ぐ異常事態となった。

  43. 海外進出
    タイにおけるトラクタの生産拠点としてサイアムクボタトラクター Co.,Ltd.(現 サイアムクボタコーポレーション Co.,Ltd.)を設立。
  44. ノルウェーKverneland ASAを買収

    2012年3月にノルウェーの「農機向けインプルメント」メーカーであるKverneland ASA(クバランド社)を買収。同社はオスロ証券取引所に上場する老舗企業(1879年創業)であり、クボタは公開買い付けを通じて、クバランド社の株式78.95%を合計181億円(取得対価)で買収した。クボタとしては農機向けインプルメントの販売強化により、欧州におけるトラクタの販売拡大を意図した

  45. 海外進出
    フランスに畑作用大型トラクタの生産拠点としてクボタファームマシナリーヨーロッパ S.A.S.を設立。
  46. 米GPを買収

    2016年7月に米国のGreat Plains Manufacturing, Inc.を買収。株式100%を442億円(取得対価)で買収した。GP社は農機向け「インプルメント」を展開して米国における販路を確保するメーカーであった。このため、クボタとしては、製品ラインナップと販路を拡充することにより、北米における畑作市場における農機のシェア拡大を狙った。

  47. 基幹システムの刷新開始
    コマツが2000年代から建機稼働率のモニタリングなどIT活用を本格化させた一方、クボタは6事業領域で異なるシステムを個別運用する状態が続いていた。370億円・7ヵ年という投資規模は、月平均400名前後の外部人員が常駐する大型プロジェクトに相当する。コマツとの「20年の遅れ」を認識したうえで、SAPとマイクロソフトを基盤に全社統合を一括で進める判断は、段階的な更新ではなく一挙に世代交代を図る設計であった。
  48. 企業買収
    インドEscortsを買収
    クボタは2008年のインド進出から14年間、自社製品による市場浸透に苦戦し、シェア2%にとどまった。インドの農家がトラクターに求めた牽引力と低価格は、クボタが得意とする軽量コンパクトな製品設計と根本的に合致せず、タイからの輸入体制ではコスト競争力も確保できなかった。最終的にEscorts社の買収で現地の製品・サプライチェーン・顧客基盤を丸ごと取得したことは、自前主義の限界を認めたうえでの市場参入手法の転換であった。
  49. 設備投資
    世界各地域の研究開発拠点の連携及び研究開発体制の強化を目的としてグローバル技術研究所を開設。