沿革年表 1960〜2026年における重要度別の出来事(合計51件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
辻信太郎
株式会社山梨シルクセンターを設立
歴史的意義yutaka sugiura
サンリオの創業経緯で注目すべきは、県庁の外郭団体を株式会社化するという特殊な独立の形態と、創業直後の500万円不渡りという致命的な危機である。辻信太郎氏は倒産寸前の状況で百貨店前の路上販売に活路を見出し、問屋価格と小売価格の3倍の価格差に着目して3ヶ月で債務を完済した。この原体験は「モノそのものではなく、売り方と場の設計で価値が変わる」というサンリオの事業哲学の原点といえる。祖業が絹製品の輸出であり、現在のキャラクタービジネスとは全く無関係だった点も興味深い。
FY61
1961/3
売上高
0.24億円
重要事項
辻信太郎
ギフト商品の販売を開始
歴史的意義yutaka sugiura
サンリオが問屋から企画・小売へ転じた判断の核心は、商品の機能ではなく「贈る行為」に価値を置くギフトという切り口にある。辻信太郎氏の言う「300円のコップでも心が通じ合う」という発想は、商品原価ではなく情緒的付加価値で利益率を確保するビジネスモデルの原型であった。資本金2000万円に対して手付金2億円の新宿直営店出店は無謀にも見えるが、オイルショック下で年率350%成長を記録した「サン・リオ旋風」がこの賭けを正当化した。
FY62
1962/3
売上高
0.37億円
辻信太郎
FY63
1963/3
売上高
0.64億円
辻信太郎
FY64
1964/3
売上高
0.82億円
辻信太郎
FY65
1965/3
売上高
1.47億円
辻信太郎
FY66
1966/3
売上高
1.78億円
辻信太郎
FY67
1967/3
売上高
2.43億円
辻信太郎
贈り物用の小型絵本「ギフトブック」シリーズを発刊、出版物の企画・販売を開始
FY68
1968/3
売上高
4.74億円
辻信太郎
FY69
1969/3
売上高
7.05億円
辻信太郎
グリーティングカードの企画販売を開始
FY70
1970/3
売上高
10.5億円
辻信太郎
本社を東京五反田に移転
秋葉原から「五反田TOCビル6階」に移転
FY71
1971/3
辻信太郎
FY72
1972/3
売上高
12.6億円
当期純利益
0.37億円
組織再編
辻信太郎
関連会社の事業統合のため、サンリオ電機工業株式会社と合併
FY73
1973/3
売上高
18.6億円
当期純利益
0.77億円
辻信太郎
商号を株式会社サンリオに変更
FY74
1974/3
売上高
46.8億円
当期純利益
2.41億円
組織再編
グリーティングカード事業統合のため、サンリオグリーティング株式会社と合併
重要事項
自社開発キャラクター(動物・人物等)を使ったソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品を発売
重要事項
辻信太郎
ハローキティを企画
ハローキティ誕生の最大の皮肉は、創業者の辻信太郎氏自身が「単純な線で描かれた顔」「動きに乏しい」と否定的に評価していた点にある。スヌーピーのライセンス体験から「独自IP」の必要性を認識しつつも、どのデザインが当たるかは経営者にも予測できなかった。20代の女性社員デザイナーの感性が子供の購買行動と合致し、実験的に店頭に置いた小物が予想外に売れたことで商品化が決まった。創作者の楠侑子氏が結婚退職した後もキャラクターが独り歩きした事実は、属人的な創作から組織的なIP運営への転換を不可避にした。
経営判断をよむ →
FY75
1975/3
売上高
91.5億円
当期純利益
5.57億円
ロサンゼルスに子会社Sanrio Film Corporation of America(1989年Sanrio,Inc.へ吸収合併)を設立、映画製作配給を開始
重要事項業務提携
辻信太郎
自社キャラクターのライセンス供与を開始
歴史的意義yutaka sugiura
1982年の上場時点でロイヤリティ収入は売上高のわずか2%(11.3億円)に過ぎず、3124種類もの商品を物販で展開する労働集約型の収益構造であった。しかしライセンスモデルは在庫リスクも開発コストも不要であり、利益率では物販を凌駕していた。この時点では誰も予見できなかったが、この売上構成比2%の事業が、数十年後にサンリオの収益構造の中核を担うことになる。黎明期のライセンス事業を軽視せず育てた判断が、後の経営転換の布石となった。
FY76
1976/3
売上高
195億円
当期純利益
14.6億円
辻信太郎
自社開発キャラクターのライセンス供与(使用許諾提携業務)を開始
FY77
1977/3
売上高
322億円
当期純利益
27.8億円
海外進出
米国サンノゼに子会社Sanrio, Inc.(現・連結子会社)を設立、米国内でソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品の輸入販売を開始
辻信太郎
FY78
1978/3
売上高
347億円
当期純利益
25.9億円
辻信太郎
FY79
1979/3
売上高
337億円
当期純利益
13.8億円
辻信太郎
FY80
1980/3
売上高
396億円
当期純利益
9.27億円
辻信太郎
FY81
1981/3
売上高
456億円
当期純利益
13億円
辻信太郎
FY82
1982/3
売上高
507億円
当期純利益
16.4億円
辻信太郎
東京証券取引所第2部に株式上場
FY83
1983/3
売上高
582億円
当期純利益
22.9億円
海外進出
辻信太郎
西独ハンブルク市に子会社Sanrio GmbH(現・連結子会社)を設立、欧州でソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品の輸入販売を開始
FY84
1984/3
売上高
681億円
当期純利益
32.2億円
株式上場
東京証券取引所市場第一部に指定替え
株式会社ココロ(現・連結子会社)を設立
辻信太郎
FY85
1985/3
売上高
742億円
当期純利益
22.2億円
辻信太郎
FY86
1986/3
売上高
740億円
当期純利益
32億円
設備投資
辻信太郎
東京都品川区大崎のTOC大崎ビルディングへ本社移転
FY87
1987/3
売上高
777億円
当期純利益
48.6億円
海外進出
ブラジルサンパウロに子会社Sanrio Do Brasil Comersio e Representacoes Ltda.を設立、著作権管理業務を開始
辻信太郎
複合文化施設運営会社、株式会社サンリオ・コミュニケーション・ワールド(1999年8月にサンリオピューロランドへ社名変更、2010年3月清算)を設立
FY88
1988/3
売上高
846億円
当期純利益
55.8億円
辻信太郎
大型文化施設「ハーモニーランド」(大分県速見郡日出町)の運営管理会社、株式会社ハーモニーランド(2010年3月清算)の設立に出資
FY89
1989/3
売上高
950億円
当期純利益
60.5億円
組織再編
辻信太郎
第29回定時株主総会で事業年度を4月1日〜翌3月31日に変更を決議
FY90
1990/3
売上高
743億円
当期純利益
26億円
辻信太郎
株式会社サンリオファーイースト(2024年7月吸収合併)を設立
FY91
1991/3
売上高
1,241億円
当期純利益
-56.5億円
サンリオピューロランドを開園
屋内のテーマパークとして東京の多摩地区に「サンリオピューロランド」を開園した
株式投資に失敗。8期連続の最終赤字へ
サンリオはバブル崩壊直後も株価が持ち直すと考えて財テクを継続したが、結果として売りのタイミングを逃して巨額の負債を抱えてしまう。この結果、1991年3月期から1998年3月期の8期連続で最終赤字に転落し、この期間の最終赤字の累計額は1010億円に及んだ。
キャラクター企業が陥った「8年間・累計1010億円」の財テク地獄
設備投資
辻信太郎
大分県速見郡日出町に「ハーモニーランド」をオープン
FY92
1992/3
売上高
1,314億円
当期純利益
-354億円
海外進出
辻信太郎
台北市に子会社三麗鴎有限公司(2001年2月1日付で株式会社に改組、三麗鴎股份有限公司へ名称変更。現・連結子会社)を設立
FY93
1993/3
売上高
1,142億円
当期純利益
-55.8億円
辻信太郎
FY94
1994/3
売上高
1,024億円
当期純利益
-43.9億円
海外進出
辻信太郎
香港に子会社Sanrio(Hong Kong) Co., Ltd.(現・連結子会社)を設立
FY95
1995/3
売上高
923億円
当期純利益
-240億円
辻信太郎
FY96
1996/3
売上高
968億円
当期純利益
-26.5億円
辻信太郎
FY97
1997/3
売上高
1,073億円
当期純利益
-53.3億円
辻信太郎
自己資本比率3%。債務超過寸前へ
1990年代を通じて財テクの失敗による損失と、キャラクタービジネスの不振により業績が低迷。1998年3月期にサンリオの自己資本比率は3%に低下し、債務超過寸前の危機に陥った
FY98
1998/3
売上高
1,453億円
当期純利益
-180億円
海外進出
辻信太郎
大韓民国に子会社Sanrio Korea Co., Ltd.(現・連結子会社)を設立
FY99
1999/3
売上高
1,501億円
当期純利益
51.3億円
高校生の間でハローキティがブーム。大幅増収へ
サンリオではハローキティのデザインの変更を実施。これが高校生(女性)の間で支持され、1998年から2000年にかけて「ハローキティブーム」が到来した。この結果、サンリオは売上高を急拡大し、自己資本比率の改善に成功した。ただし、ハローキティのブームが一時的だったこともあり、2000年をピークに売上が徐々に低迷。2000年代を通じてサンリオの業績は安定せず、経営の安定化に課題が残った。
自己資本比率3%からの起死回生と「ブーム依存」の構造的弱点
辻信太郎
FY00
2000/3
売上高
1,391億円
当期純利益
204億円
株式上場
辻信太郎
株式単位を1,000株から100株に引き下げ、東証の売買単位も100株に変更
FY01
2001/3
売上高
1,368億円
当期純利益
-266億円
海外進出
香港に子会社Sanrio Wave Hong Kong Co., Ltd.(現・連結子会社)を設立
辻信太郎
FY02
2002/3
売上高
1,269億円
当期純利益
24.9億円
海外進出
辻信太郎
中国の商品製造強化と販売体制確立のため、上海市に子会社三麗鴎(上海)国際貿易有限公司(現・連結子会社)を設立
FY03
2003/3
売上高
1,095億円
当期純利益
-193億円
辻信太郎
FY04
2004/3
売上高
1,039億円
当期純利益
53.5億円
辻信太郎
FY05
2005/3
売上高
1,011億円
当期純利益
-158億円
辻信太郎
アジア地域の商品供給集約のため、香港にSanrio Asia Merchandise Co., Ltd.(2016年12月清算)を設立
FY06
2006/3
売上高
988億円
当期純利益
76億円
辻信太郎
FY07
2007/3
売上高
966億円
当期純利益
41億円
辻信太郎
FY08
2008/3
売上高
939億円
当期純利益
11億円
辻信太郎
ドイツにSanrio License GmbH(2011年1月にSanrio GmbHへ吸収合併)を設立
FY09
2009/3
売上高
697億円
当期純利益
-14億円
辻信太郎
海外成長戦略を公表
ライセンス事業によるグローバル展開を志向するが、展開先でも「一過性のブーム」に悩まされる
FY10
2010/3
売上高
738億円
当期純利益
43億円
組織再編
サンリオ・サンリオピューロランド・ハーモニーランド3社のテーマパーク事業を会社分割し、株式会社サンリオエンターテイメント(現・連結子会社)を設立
組織再編
株式会社サンリオピューロランド・株式会社ハーモニーランドを清算
辻信太郎
FY11
2011/3
売上高
766億円
当期純利益
93億円
企業買収
辻信太郎
英国にSanrio Global Ltd.を設立、同社を通じMister Men Ltd.、Mister Films Ltd.、THOIPの全株式を取得
FY12
2012/3
売上高
749億円
親会社株主に帰属する当期純利益
143億円
香港にSanrio Global Asia Ltd.(現・連結子会社)を設立
設備投資
辻信太郎
東京都品川区大崎のゲートシティ大崎ビルに本社事務所を移転(本店所在地は変更なし)
FY13
2013/3
売上高
742億円
親会社株主に帰属する当期純利益
125億円
海外進出
チリにSanrio Chile SpA.(現・連結子会社)を設立
辻信太郎
FY14
2014/3
売上高
770億円
親会社株主に帰属する当期純利益
128億円
辻信太郎
FY15
2015/3
売上高
745億円
親会社株主に帰属する当期純利益
128億円
辻信太郎
米国ウィルミントンにSanrio Media & Pictures Entertainment, Inc.(2016年12月清算)を設立
FY16
2016/3
売上高
724億円
親会社株主に帰属する当期純利益
96億円
鳩山玲人氏が退社し、辻家による経営に回帰
2013年にサンリオの辻邦彦副社長(創業者・辻信太郎氏の息子)が在任中に急性。急性心不全が原因で、61歳であった。鳩山玲人氏は、後ろ盾を失うとともに、欧米事業の不振が決定打となって、2016年にサンリオを退職した。邦彦副社長の逝去を受けて、経営の実権を握る辻信太郎社長は、孫にあたる辻朋邦氏(当時27歳)を次期社長候補に据えた。
辻信太郎
FY17
2017/3
売上高
626億円
親会社株主に帰属する当期純利益
64億円
辻信太郎
米国と欧州で不振
アジアでは順調に業容を拡大するが、米国欧州での収益低迷をカバーできず業績不振が続いた
FY18
2018/3
売上高
602億円
親会社株主に帰属する当期純利益
49億円
辻朋邦
FY19
2019/3
売上高
591億円
親会社株主に帰属する当期純利益
38億円
辻朋邦
FY20
2020/3
売上高
552億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1億円
重要事項
辻朋邦
辻朋邦氏が代表取締役社長に就任
創業者の辻信太郎氏(92歳)は社長の退任を決め、後任に孫の辻朋邦氏(31歳)を指名した。2022年に辻信太郎氏はサンリオの役職を退任し、祖父から孫への世代交代を完了。2022年7月の定時株主総会で辻信太郎氏は、退任演説をするとともにラジオ体操を披露した。なお、辻信太郎氏に対しては創業者功労金3億円の支払いが決議されたが、株主による賛成比率が82.09%という低い水準となった。
経営判断をよむ →
FY21
2021/3
売上高
410億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-39億円
業務提携
Avex Asia Pte. Ltd.と合弁会社SANRIO SOUTHEAST ASIA PTE. LTD.(現・連結子会社)を設立
辻朋邦
FY22
2022/3
売上高
527億円
親会社株主に帰属する当期純利益
34億円
株式上場
辻朋邦
東京証券取引所の市場区分見直しに伴い、市場第一部からプライム市場へ移行
FY23
2023/3
売上高
726億円
親会社株主に帰属する当期純利益
81億円
物販とテーマパークの需要回復。大幅増収へ
国内店舗とテーマパーク(ピューロランド)の需要が戻ったことで、国内事業を中心に大幅増収を達成
辻朋邦
FY24
2024/3
売上高
999億円
親会社株主に帰属する当期純利益
175億円
辻朋邦
FY25
2025/3
売上高
1,449億円
親会社株主に帰属する当期純利益
417億円
FY26
2026/3
売上高
1,941億円
親会社株主に帰属する当期純利益
546億円
  1. 会社設立
    株式会社山梨シルクセンターを設立
    サンリオの創業経緯で注目すべきは、県庁の外郭団体を株式会社化するという特殊な独立の形態と、創業直後の500万円不渡りという致命的な危機である。辻信太郎氏は倒産寸前の状況で百貨店前の路上販売に活路を見出し、問屋価格と小売価格の3倍の価格差に着目して3ヶ月で債務を完済した。この原体験は「モノそのものではなく、売り方と場の設計で価値が変わる」というサンリオの事業哲学の原点といえる。祖業が絹製品の輸出であり、現在のキャラクタービジネスとは全く無関係だった点も興味深い。
  2. ギフト商品の販売を開始
    サンリオが問屋から企画・小売へ転じた判断の核心は、商品の機能ではなく「贈る行為」に価値を置くギフトという切り口にある。辻信太郎氏の言う「300円のコップでも心が通じ合う」という発想は、商品原価ではなく情緒的付加価値で利益率を確保するビジネスモデルの原型であった。資本金2000万円に対して手付金2億円の新宿直営店出店は無謀にも見えるが、オイルショック下で年率350%成長を記録した「サン・リオ旋風」がこの賭けを正当化した。
  3. 贈り物用の小型絵本「ギフトブック」シリーズを発刊、出版物の企画・販売を開始
  4. グリーティングカードの企画販売を開始
  5. 本社を東京五反田に移転

    秋葉原から「五反田TOCビル6階」に移転

  6. 組織再編
    関連会社の事業統合のため、サンリオ電機工業株式会社と合併
  7. 商号を株式会社サンリオに変更
  8. 組織再編
    グリーティングカード事業統合のため、サンリオグリーティング株式会社と合併
  9. 自社開発キャラクター(動物・人物等)を使ったソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品を発売
  10. ロサンゼルスに子会社Sanrio Film Corporation of America(1989年Sanrio,Inc.へ吸収合併)を設立、映画製作配給を開始
  11. 業務提携
    自社キャラクターのライセンス供与を開始
    1982年の上場時点でロイヤリティ収入は売上高のわずか2%(11.3億円)に過ぎず、3124種類もの商品を物販で展開する労働集約型の収益構造であった。しかしライセンスモデルは在庫リスクも開発コストも不要であり、利益率では物販を凌駕していた。この時点では誰も予見できなかったが、この売上構成比2%の事業が、数十年後にサンリオの収益構造の中核を担うことになる。黎明期のライセンス事業を軽視せず育てた判断が、後の経営転換の布石となった。
  12. 自社開発キャラクターのライセンス供与(使用許諾提携業務)を開始
  13. 海外進出
    米国サンノゼに子会社Sanrio, Inc.(現・連結子会社)を設立、米国内でソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品の輸入販売を開始
  14. 東京証券取引所第2部に株式上場
  15. 海外進出
    西独ハンブルク市に子会社Sanrio GmbH(現・連結子会社)を設立、欧州でソーシャル・コミュニケーション・ギフト商品の輸入販売を開始
  16. 株式上場
    東京証券取引所市場第一部に指定替え
  17. 株式会社ココロ(現・連結子会社)を設立
  18. 設備投資
    東京都品川区大崎のTOC大崎ビルディングへ本社移転
  19. 海外進出
    ブラジルサンパウロに子会社Sanrio Do Brasil Comersio e Representacoes Ltda.を設立、著作権管理業務を開始
  20. 複合文化施設運営会社、株式会社サンリオ・コミュニケーション・ワールド(1999年8月にサンリオピューロランドへ社名変更、2010年3月清算)を設立
  21. 大型文化施設「ハーモニーランド」(大分県速見郡日出町)の運営管理会社、株式会社ハーモニーランド(2010年3月清算)の設立に出資
  22. 組織再編
    第29回定時株主総会で事業年度を4月1日〜翌3月31日に変更を決議
  23. 株式会社サンリオファーイースト(2024年7月吸収合併)を設立
  24. サンリオピューロランドを開園

    屋内のテーマパークとして東京の多摩地区に「サンリオピューロランド」を開園した

  25. 株式投資に失敗。8期連続の最終赤字へ

    サンリオはバブル崩壊直後も株価が持ち直すと考えて財テクを継続したが、結果として売りのタイミングを逃して巨額の負債を抱えてしまう。この結果、1991年3月期から1998年3月期の8期連続で最終赤字に転落し、この期間の最終赤字の累計額は1010億円に及んだ。

    キャラクター企業が陥った「8年間・累計1010億円」の財テク地獄
  26. 設備投資
    大分県速見郡日出町に「ハーモニーランド」をオープン
  27. 海外進出
    台北市に子会社三麗鴎有限公司(2001年2月1日付で株式会社に改組、三麗鴎股份有限公司へ名称変更。現・連結子会社)を設立
  28. 海外進出
    香港に子会社Sanrio(Hong Kong) Co., Ltd.(現・連結子会社)を設立
  29. 自己資本比率3%。債務超過寸前へ

    1990年代を通じて財テクの失敗による損失と、キャラクタービジネスの不振により業績が低迷。1998年3月期にサンリオの自己資本比率は3%に低下し、債務超過寸前の危機に陥った

  30. 海外進出
    大韓民国に子会社Sanrio Korea Co., Ltd.(現・連結子会社)を設立
  31. 高校生の間でハローキティがブーム。大幅増収へ

    サンリオではハローキティのデザインの変更を実施。これが高校生(女性)の間で支持され、1998年から2000年にかけて「ハローキティブーム」が到来した。この結果、サンリオは売上高を急拡大し、自己資本比率の改善に成功した。ただし、ハローキティのブームが一時的だったこともあり、2000年をピークに売上が徐々に低迷。2000年代を通じてサンリオの業績は安定せず、経営の安定化に課題が残った。

    自己資本比率3%からの起死回生と「ブーム依存」の構造的弱点
  32. 株式上場
    株式単位を1,000株から100株に引き下げ、東証の売買単位も100株に変更
  33. 海外進出
    香港に子会社Sanrio Wave Hong Kong Co., Ltd.(現・連結子会社)を設立
  34. 海外進出
    中国の商品製造強化と販売体制確立のため、上海市に子会社三麗鴎(上海)国際貿易有限公司(現・連結子会社)を設立
  35. アジア地域の商品供給集約のため、香港にSanrio Asia Merchandise Co., Ltd.(2016年12月清算)を設立
  36. ドイツにSanrio License GmbH(2011年1月にSanrio GmbHへ吸収合併)を設立
  37. 海外成長戦略を公表

    ライセンス事業によるグローバル展開を志向するが、展開先でも「一過性のブーム」に悩まされる

  38. 組織再編
    サンリオ・サンリオピューロランド・ハーモニーランド3社のテーマパーク事業を会社分割し、株式会社サンリオエンターテイメント(現・連結子会社)を設立
  39. 組織再編
    株式会社サンリオピューロランド・株式会社ハーモニーランドを清算
  40. 企業買収
    英国にSanrio Global Ltd.を設立、同社を通じMister Men Ltd.、Mister Films Ltd.、THOIPの全株式を取得
  41. 香港にSanrio Global Asia Ltd.(現・連結子会社)を設立
  42. 設備投資
    東京都品川区大崎のゲートシティ大崎ビルに本社事務所を移転(本店所在地は変更なし)
  43. 海外進出
    チリにSanrio Chile SpA.(現・連結子会社)を設立
  44. 米国ウィルミントンにSanrio Media & Pictures Entertainment, Inc.(2016年12月清算)を設立
  45. 鳩山玲人氏が退社し、辻家による経営に回帰

    2013年にサンリオの辻邦彦副社長(創業者・辻信太郎氏の息子)が在任中に急性。急性心不全が原因で、61歳であった。鳩山玲人氏は、後ろ盾を失うとともに、欧米事業の不振が決定打となって、2016年にサンリオを退職した。邦彦副社長の逝去を受けて、経営の実権を握る辻信太郎社長は、孫にあたる辻朋邦氏(当時27歳)を次期社長候補に据えた。

  46. 米国と欧州で不振

    アジアでは順調に業容を拡大するが、米国欧州での収益低迷をカバーできず業績不振が続いた

  47. 業務提携
    Avex Asia Pte. Ltd.と合弁会社SANRIO SOUTHEAST ASIA PTE. LTD.(現・連結子会社)を設立
  48. 株式上場
    東京証券取引所の市場区分見直しに伴い、市場第一部からプライム市場へ移行
  49. 物販とテーマパークの需要回復。大幅増収へ

    国内店舗とテーマパーク(ピューロランド)の需要が戻ったことで、国内事業を中心に大幅増収を達成