丸井の沿革(1937〜2023年)

丸井の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1937
1-12月
株式会社丸井を設立
愛媛閥の月賦業界で富山出身者が独立を果たした創業の構図
1945
1-12月
中国人が中野店を不法占拠
第二次世界大戦中に丸井の中野本店は休業していたが、終戦直後に中国人の王氏によってある日突然不法占拠され、中華料理屋兼結婚式場に様変わりした。これに対して、丸井の創業者・青井忠治は返還交渉を開始。終戦直後は中国人に対して日本人の立場は弱く、交渉は命がけであったが、青井忠治は粘り強く交渉を継続する。 交渉を経て、1947年までに青井忠治は中国人に対する立ち退き要求に成功。だが、不法占拠した中国人は現在換算1億円を要求したため、青井忠治は自らの自宅(杉並区和田本町)を売却して、中野店を取り戻した。
FY60
1960/1
売上高
35.6億円
当期純利益
2.61億円
店舗専用のクレジットカードを発行
1952年に丸井の創業者・青井忠治は渡米し、現地でコンピューターを活用したクレジットカードが普及している事実に驚愕。以後、青井忠治は丸井におけるクレジットカードの導入を模索する。 そして、1960年に店舗専用のクレジットカードを導入した。発行初年度に5万枚のカードを発行し、うち30%が丸井の店舗に来店してカードを作成した。なお、日本初のクレジットカードの発行とされることもあるが、クレジットカードの定義が曖昧なため、断言しづらい面もある。
FY61
1961/1
売上高
45.1億円
当期純利益
1.92億円
FY62
1962/1
売上高
57.7億円
当期純利益
3.09億円
divestiture
小規模店舗を閉鎖し、都心部に大型店を出店
資本金を超える新宿投資で月賦百貨店の首位を奪取した業態転換
FY63
1963/1
売上高
71.9億円
当期純利益
3.58億円
FY64
1964/1
売上高
97億円
当期純利益
4.5億円
東京証券取引所第2部に株式上場
店舗大型化のための積極投資を受けて、株式上場による資金調達を決定。1963年に東京証券取引所第2部に株式上場を果たした。
FY65
1965/1
売上高
118億円
当期純利益
3.81億円
FY66
1966/1
売上高
141億円
当期純利益
5.45億円
FY67
1967/1
売上高
173億円
当期純利益
6.88億円
FY68
1968/1
売上高
221億円
当期純利益
7.96億円
FY69
1969/1
売上高
295億円
当期純利益
9.55億円
FY70
1970/1
売上高
377億円
当期純利益
12.3億円
FY71
1971/1
売上高
493億円
当期純利益
15.9億円
FY72
1972/1
売上高
583億円
当期純利益
19億円
青井忠雄が社長就任
1972年に青井忠雄氏(当時39歳)が丸井の代表取締役社長に就任。2005年に社長を退任するまで約33年にわたって丸井の経営トップを担った。なお、青井忠雄氏の社長就任をもって、創業者の青井忠治は社長を退任し、1975年に71歳で逝去している。
FY73
1973/1
売上高
712億円
当期純利益
25.5億円
新宿三丁目・日活帝都座跡地を買収
丸井は新宿での店舗をさらに充実するために、1973年に伊勢丹新宿本店の真向かいに存在した日活帝都座跡地を47億円で買収する。土地の買収交渉にあたっては、青井忠治が戸田建設(キーマン)に対して毎日電話をかけるなど、土地取得に対して尋常ではないほどの熱意をかけていた。
FY74
1974/1
売上高
951億円
当期純利益
31.4億円
クレジットカードの店舗即時発行を開始
店舗即時発行とDCブランドの分割払いが生んだ26期連続増収の構造
FY75
1975/1
売上高
1,254億円
当期純利益
36.1億円
FY76
1976/1
売上高
1,489億円
当期純利益
40.7億円
FY77
1977/1
売上高
1,690億円
当期純利益
53億円
FY78
1978/1
売上高
1,837億円
当期純利益
64億円
FY79
1979/1
売上高
1,978億円
当期純利益
72億円
FY80
1980/1
売上高
2,160億円
当期純利益
79.6億円
取扱商品をヤング向けファッション中心に転換
DCブランド売上1066億円が示す分割払いモデルの完成と脆弱性
FY81
1981/1
売上高
2,413億円
当期純利益
82.5億円
キャッシングに新規参入
キャッシング残高2500億円とグレーゾーン金利が招いた構造的リスク
FY82
1982/1
売上高
2,607億円
当期純利益
85.6億円
FY83
1983/1
売上高
2,699億円
当期純利益
96.1億円
FY84
1984/1
売上高
2,844億円
当期純利益
100億円
FY85
1985/1
売上高
3,024億円
当期純利益
104億円
FY86
1986/1
売上高
3,573億円
当期純利益
127億円
FY87
1987/1
売上高
4,007億円
当期純利益
154億円
FY88
1988/1
売上高
4,440億円
当期純利益
183億円
FY92
1992/1
売上高
6,013億円
当期純利益
305億円
FY93
1993/1
売上高
5,759億円
当期純利益
207億円
減収決算により連続増収増益がストップ。業績低迷へ
1993年1月期に丸井は前年の売上高6014億円に対して、売上高5760億円の減収決算を計上。バブル崩壊によって若者による高級品に対する消費が低迷し、小売業界では無印良品やユニクロといった「安くて品質の良いもの」を扱う業態が支持される時代が到来し、丸井の順調な急成長は幕を閉じた。 当時の丸井の経営陣は事態を深刻に捉え、1991年から「営業会議」による議論を開始。毎週15:00〜22:00にわたって対策を議論したものの、有効な施策を打ち出すことはできず、業績低迷が続いた。
FY94
1994/1
売上高
5,451億円
当期純利益
185億円
FY95
1995/1
売上高
5,307億円
当期純利益
166億円
FY96
1996/1
売上高
5,247億円
当期純利益
184億円
FY97
1997/1
売上高
5,406億円
当期純利益
189億円
FY98
1998/1
売上高
5,481億円
当期純利益
192億円
FY99
1999/1
売上高
5,503億円
当期純利益
160億円
FY00
2000/1
売上高
5,218億円
当期純利益
173億円
FY01
2001/1
売上高
5,304億円
当期純利益
83.3億円
FY02
2002/1
売上高
5,515億円
当期純利益
149億円
FY03
2003/1
売上高
3,534億円
当期純利益
61億円
FY04
2004/1
売上高
2,909億円
当期純利益
103億円
組織制度改革を実施(失敗)
希望退職700名と成果主義が招いた組織崩壊と対話型経営への転換
eコマースに本格参入
大型店舗への投資を継続
大型店舗への投資を継続。2003年には神戸(三宮)に進出して関西進出を実施。翌2004年には大型店舗として北千住マルイを新設した。北千住マルイは、丸井のなかで最大規模の店舗であり、2020年3月期の北千住店の売上高は389億円(丸井の店舗No.1)であった。
FY05
2005/1
売上高
4,341億円
当期純利益
191億円
青井浩氏が代表取締役社長に就任
FY06
2006/1
売上高
4,368億円
当期純利益
239億円
FY07
2007/1
売上高
5,521億円
当期純利益
42.4億円
VISAと提携。エポスカードの発行を開始
貸金業法改正と同時期のエポスカード発行が丸井を救った金融モデルの再設計
改正貸金業法により財務体質が悪化
純資産の4割超に相当する累計1247億円の利息返還が15年続いた異常事態
FY08
2008/1
売上高
4,935億円
当期純利益
76億円
FY09
2009/1
売上高
4,474億円
当期純利益
-87.5億円
FY10
2010/1
売上高
4,192億円
当期純利益
51億円
FY11
2011/1
売上高
4,064億円
当期純利益
-236億円
FY12
2012/1
売上高
4,124億円
当期純利益
52.5億円
不採算店舗の整理・最終赤字に転落
2011年3月期に丸井は最終赤字に転落。小売においては不採算店舗の閉鎖による減損計上に加え、2005年度以降の利息返還訴訟に対応するための引当金計上によりPLが悪化した。
FY13
2013/1
売上高
4,073億円
当期純利益
132億円
大規模異動を実施・カード事業を強化
縮小する小売事業の効率向上のため、人員を「小売事業」から「カード事業・他」に移動
FY14
2014/1
売上高
4,154億円
当期純利益
154億円
FY15
2015/1
売上収益
2,498億円
(親)当期純利益
160億円
FY16
2016/1
売上収益
2,458億円
(親)当期純利益
177億円
FY17
2017/1
売上収益
2,370億円
(親)当期純利益
187億円
FY18
2018/1
売上収益
2,404億円
(親)当期純利益
209億円
FY19
2019/1
売上収益
2,514億円
(親)当期純利益
253億円
ベンチャー企業への出資・協業を本格化
FY20
2020/1
売上収益
2,475億円
(親)当期純利益
253億円
11年連続増益を達成
2010年代を通じて丸井は青井浩社長のトップダウンによって経営再建に着手。小売業では仕入れ販売から賃貸型への転換、金融業では家賃保証などの手広いサービスを展開することによって収益を確保
FY21
2021/1
売上収益
2,061億円
(親)当期純利益
22億円
FY22
2022/1
売上収益
2,093億円
(親)当期純利益
177億円
FY23
2023/1
売上収益
2,178億円
(親)当期純利益
223億円
  1. 株式会社丸井を設立
    愛媛閥の月賦業界で富山出身者が独立を果たした創業の構図
  2. 中国人が中野店を不法占拠

    第二次世界大戦中に丸井の中野本店は休業していたが、終戦直後に中国人の王氏によってある日突然不法占拠され、中華料理屋兼結婚式場に様変わりした。これに対して、丸井の創業者・青井忠治は返還交渉を開始。終戦直後は中国人に対して日本人の立場は弱く、交渉は命がけであったが、青井忠治は粘り強く交渉を継続する。 交渉を経て、1947年までに青井忠治は中国人に対する立ち退き要求に成功。だが、不法占拠した中国人は現在換算1億円を要求したため、青井忠治は自らの自宅(杉並区和田本町)を売却して、中野店を取り戻した。

  3. 店舗専用のクレジットカードを発行

    1952年に丸井の創業者・青井忠治は渡米し、現地でコンピューターを活用したクレジットカードが普及している事実に驚愕。以後、青井忠治は丸井におけるクレジットカードの導入を模索する。 そして、1960年に店舗専用のクレジットカードを導入した。発行初年度に5万枚のカードを発行し、うち30%が丸井の店舗に来店してカードを作成した。なお、日本初のクレジットカードの発行とされることもあるが、クレジットカードの定義が曖昧なため、断言しづらい面もある。

  4. divestiture
    小規模店舗を閉鎖し、都心部に大型店を出店
    資本金を超える新宿投資で月賦百貨店の首位を奪取した業態転換
  5. 東京証券取引所第2部に株式上場

    店舗大型化のための積極投資を受けて、株式上場による資金調達を決定。1963年に東京証券取引所第2部に株式上場を果たした。

  6. 青井忠雄が社長就任

    1972年に青井忠雄氏(当時39歳)が丸井の代表取締役社長に就任。2005年に社長を退任するまで約33年にわたって丸井の経営トップを担った。なお、青井忠雄氏の社長就任をもって、創業者の青井忠治は社長を退任し、1975年に71歳で逝去している。

  7. 新宿三丁目・日活帝都座跡地を買収

    丸井は新宿での店舗をさらに充実するために、1973年に伊勢丹新宿本店の真向かいに存在した日活帝都座跡地を47億円で買収する。土地の買収交渉にあたっては、青井忠治が戸田建設(キーマン)に対して毎日電話をかけるなど、土地取得に対して尋常ではないほどの熱意をかけていた。

  8. クレジットカードの店舗即時発行を開始
    店舗即時発行とDCブランドの分割払いが生んだ26期連続増収の構造
  9. 取扱商品をヤング向けファッション中心に転換
    DCブランド売上1066億円が示す分割払いモデルの完成と脆弱性
  10. キャッシングに新規参入
    キャッシング残高2500億円とグレーゾーン金利が招いた構造的リスク
  11. 減収決算により連続増収増益がストップ。業績低迷へ

    1993年1月期に丸井は前年の売上高6014億円に対して、売上高5760億円の減収決算を計上。バブル崩壊によって若者による高級品に対する消費が低迷し、小売業界では無印良品やユニクロといった「安くて品質の良いもの」を扱う業態が支持される時代が到来し、丸井の順調な急成長は幕を閉じた。 当時の丸井の経営陣は事態を深刻に捉え、1991年から「営業会議」による議論を開始。毎週15:00〜22:00にわたって対策を議論したものの、有効な施策を打ち出すことはできず、業績低迷が続いた。

  12. 組織制度改革を実施(失敗)
    希望退職700名と成果主義が招いた組織崩壊と対話型経営への転換
  13. eコマースに本格参入
  14. 大型店舗への投資を継続

    大型店舗への投資を継続。2003年には神戸(三宮)に進出して関西進出を実施。翌2004年には大型店舗として北千住マルイを新設した。北千住マルイは、丸井のなかで最大規模の店舗であり、2020年3月期の北千住店の売上高は389億円(丸井の店舗No.1)であった。

  15. 青井浩氏が代表取締役社長に就任
  16. VISAと提携。エポスカードの発行を開始
    貸金業法改正と同時期のエポスカード発行が丸井を救った金融モデルの再設計
  17. 改正貸金業法により財務体質が悪化
    純資産の4割超に相当する累計1247億円の利息返還が15年続いた異常事態
  18. 不採算店舗の整理・最終赤字に転落

    2011年3月期に丸井は最終赤字に転落。小売においては不採算店舗の閉鎖による減損計上に加え、2005年度以降の利息返還訴訟に対応するための引当金計上によりPLが悪化した。

  19. 大規模異動を実施・カード事業を強化

    縮小する小売事業の効率向上のため、人員を「小売事業」から「カード事業・他」に移動

  20. ベンチャー企業への出資・協業を本格化
  21. 11年連続増益を達成

    2010年代を通じて丸井は青井浩社長のトップダウンによって経営再建に着手。小売業では仕入れ販売から賃貸型への転換、金融業では家賃保証などの手広いサービスを展開することによって収益を確保

参考文献・出所

有価証券報告書 沿革
nikkei style 2019年2月21日
丸井グループ社史
日経ビジネス
有価証券報告書
丸井グループIR
IR 決算説明QA FY24通期 2025/5/13
IR 決算説明QA FY25-Q2 2025/11/11
IR 決算説明QA FY25-Q3 2026/2/14