安川電機の沿革・歴史的証言

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1915年〜2025

安川電機の1915年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1915
1-12月
会社設立
合資会社安川電機製作所を設立
福岡県遠賀郡黒崎町にて安川清三郎・第五郎兄弟が創業。安川財閥(安川敬次郎)の資金支援で1万坪の工場用地を買収
北九州を代表する電機メーカーの起点。安川財閥の多角化戦略として電機参入
1919
1-12月
組織再編
株式会社安川電機製作所を設立
1920
1-12月
組織再編
合資を吸収合併し現社の基礎を確立
1930
1-12月
組織再編
従業員の半数削減・事業絞込みで再建着手
昭和恐慌下で約400名中200名を整理。配電盤・変圧器から撤退し電動機と制御器に特化
17年連続赤字からの経営再建着手。「安川のモートル」ブランド確立の起点
1937
1-12月
社長交代
安川第五郎氏が社長就任
実質的な創業者として1976年逝去まで影響力を保持
戦前から戦後復興期を牽引する経営体制の確立
FY50
1950/3
株式上場
東京証券取引所に株式上場
戦後復興期に株式公開を果たし資本調達基盤を整備
株式上場
福岡証券取引所に株式上場
FY59
1959/3
売上高
59.1億円
経常利益
5.8億円
FY60
1960/3
売上高
74.5億円
経常利益
7.3億円
FY61
1961/3
売上高
108億円
経常利益
11.3億円
FY62
1962/3
売上高
145億円
経常利益
15.3億円
FY63
1963/3
売上高
131億円
経常利益
13.7億円
FY64
1964/3
売上高
132億円
経常利益
12億円
東京工場を新設しDCサーボモータ量産開始
埼玉県入間市。1958年開発のDCサーボモータを事業化。既存事業とは物理的距離を置く社内ベンチャー的運営
家電ではなく産業用エレクトロニクスへの戦略転換。後のモーションコントロール事業の原点
FY65
1965/3
売上高
141億円
経常利益
5.3億円
FY66
1966/3
売上高
131億円
経常利益
2.8億円
FY67
1967/3
売上高
157億円
当期純利益
5.4億円
FY68
1968/3
売上高
220億円
当期純利益
8億円
米国安川電機を設立(販売現地法人)
海外販売網構築の第一歩
NC(数値制御)に本格参入
モーションコントロール事業への本格展開
FY69
1969/3
売上高
281億円
当期純利益
12億円
FY70
1970/3
売上高
340億円
当期純利益
16億円
FY71
1971/3
売上高
395億円
当期純利益
16億円
FY72
1972/3
売上高
368億円
当期純利益
11億円
安川エンジニアリングを設立
電気機械設備の保全・整備および技術指導
FY73
1973/3
売上高
387億円
当期純利益
12億円
FY74
1974/3
売上高
559億円
当期純利益
18億円
ワイ・イー・データを設立
電算機周辺端末機器事業
FY75
1975/3
売上高
611億円
当期純利益
10億円
FY76
1976/3
売上高
486億円
当期純利益
-4億円
安川ロジステックを設立
総合物流事業
FY77
1977/3
売上高
563億円
当期純利益
-39億円
産業用ロボット「MOTOMAN-L10」を開発
MOTOMANブランド誕生。日本のロボット産業黎明期を牽引
希望退職者募集を検討し経営再建へ
新日鐵向け取引減少で1978年3月期まで2期連続無配。第一勧銀から喜谷礼二郎氏を副社長派遣
銀行主導での経営体制刷新。安川家同族経営からの脱却契機
FY78
1978/3
売上高
540億円
当期純利益
-18億円
FY79
1979/3
売上高
587億円
当期純利益
-3億円
研究開発
ベクトル制御インバータを開発
インバータ事業の技術的起点
FY80
1980/3
売上高
674億円
当期純利益
15億円
FY81
1981/3
売上高
758億円
当期純利益
27億円
欧州安川電機を設立
欧州市場への販売拠点確立
FY82
1982/3
売上高
928億円
当期純利益
28億円
FY83
1983/3
売上高
947億円
当期純利益
23億円
ACサーボモータの本格展開
現在の主力事業の一つであるACサーボ事業の本格化
FY84
1984/3
売上高
947億円
当期純利益
10億円
FY85
1985/3
売上高
1,123億円
当期純利益
17億円
FY92
1992/3
売上高
2,291億円
当期純利益
1億円
商号を株式会社安川電機に変更
同時にシンガポール安川電機を設立
「製作所」を外し総合電機としての新ブランド確立
シンガポール安川電機を設立
FY93
1993/3
売上高
1,942億円
当期純利益
-74億円
FY94
1994/3
売上高
1,853億円
当期純利益
-37億円
企業買収
米モートマンに追加出資し経営権取得
産業用ロボット販売
北米ロボット販売網の直接掌握
FY95
1995/3
売上高
1,857億円
当期純利益
-18億円
企業買収
欧州ロボテック社を買収
モートマンロボテック有限会社に商号変更
欧州ロボット事業の直接掌握
韓国安川電機を設立
FY96
1996/3
売上高
2,223億円
当期純利益
-22億円
FY97
1997/3
売上高
2,475億円
当期純利益
12億円
FY98
1998/3
売上高
2,686億円
当期純利益
53億円
FY99
1999/3
売上高
2,274億円
当期純利益
-38億円
FY00
2000/3
売上高
2,298億円
当期純利益
-17億円
安川電機(上海)有限公司を設立
中国本土への直接進出
組織再編
シーメンスとの合弁でドライブ事業を開始
システムエンジニアリング株式の50%をシーメンスに譲渡
産業用ドライブ分野でのグローバル提携
FY01
2001/3
売上高
2,660億円
親会社株主に帰属する当期純利益
33億円
組織再編
中・大型回転機部門を分社縮小
安川モートル株式会社を設立(2019年11月解散)
不採算重電部門の切離し
FY02
2002/3
売上高
2,227億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-126億円
最終赤字転落
IT不況による業績悪化
FY03
2003/3
売上高
2,261億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-25億円
FY04
2004/3
売上高
2,630億円
親会社株主に帰属する当期純利益
58億円
FY05
2005/3
売上高
3,096億円
親会社株主に帰属する当期純利益
18億円
FY06
2006/3
売上高
3,229億円
当期純利益
101億円
FY07
2007/3
売上高
3,689億円
当期純利益
189億円
FY08
2008/3
売上高
3,823億円
当期純利益
202億円
FY09
2009/3
売上高
3,502億円
親会社株主に帰属する当期純利益
68億円
FY10
2010/3
売上高
2,247億円
当期純利益
-56億円
営業赤字・最終赤字転落
リーマンショックによる需要急減
100年に一度の金融危機下でサーボ・ロボット需要が急減
FY11
2011/3
売上高
2,968億円
親会社株主に帰属する当期純利益
65億円
組織再編
米国安川電機とモートマンを統合
米国安川株式会社に商号変更
北米統合運営体制の確立
FY12
2012/3
売上高
3,071億円
当期純利益
84億円
中国統括会社として安川電機(中国)有限公司を設立
上海有限公司を投資性公司に改組
中国事業の現地統括体制の整備
FY13
2013/3
売上高
3,103億円
親会社株主に帰属する当期純利益
68億円
FY14
2014/3
売上高
3,635億円
親会社株主に帰属する当期純利益
169億円
FY15
2015/3
売上高
4,001億円
親会社株主に帰属する当期純利益
248億円
設備投資
本社事務所を再編・ロボット村を新設
ロボット事業の顧客体験・ブランド拠点を構築
FY16
2016/3
売上高
4,112億円
親会社株主に帰属する当期純利益
223億円
経営計画
長期経営計画「2025年ビジョン」策定
小笠原浩社長の下、10カ年計画。産業用ロボット・モーションコントロールを世界シェア1位目標
投下資本利益ベースの目標設定へ経営指標を転換
FY17
2017/3
売上高
3,948億円
親会社株主に帰属する当期純利益
203億円
FY18
2018/3
売上高
4,485億円
親会社株主に帰属する当期純利益
397億円
設備投資
安川ソリューションファクトリを新設
FY19
2019/3
売上高
4,746億円
親会社株主に帰属する当期純利益
411億円
合弁設立
シーメンスからドライブ合弁の株式を取得し完全子会社化
安川オートメーション・ドライブに商号変更
シーメンスとの合弁解消。ドライブ事業の完全自社運営化
組織再編
グループ内事業再編を実施
鉄鋼エンジ事業の移管・安川モートル機能吸収分割等の大規模再編
事業ポートフォリオ整理と本体集中
FY20
2020/3
売上高
4,109億円
親会社株主に帰属する当期純利益
144億円
FY21
2021/3
売上高
3,897億円
親会社株主に帰属する当期純利益
189億円
FY22
2022/3
売上高
4,790億円
親会社株主に帰属する当期純利益
383億円
社長交代
小川昌寛氏が代表取締役社長に就任
津田純嗣氏・小笠原浩氏に続く経営体制
2025年ビジョン総仕上げと次期中計策定を担う経営交代
FY23
2023/3
売上高
5,559億円
親会社株主に帰属する当期純利益
517億円
過去最高益を達成
コロナ後の設備投資需要と価格転嫁進展による最高益
FY24
2024/3
売上高
5,756億円
親会社株主に帰属する当期純利益
506億円
過去最高売上収益を更新
FY25
2025/3
売上高
5,376億円
親会社株主に帰属する当期純利益
569億円
経営計画
NVIDIAとのパートナー連携でMOTOMAN NEXT展開を表明
AIで状態理解し自律動作する次世代ロボット
フィジカルAI領域への戦略的参入表明
中国・半導体の想定外減速で業績低調
4Qに棚卸評価損約40億円発生。市場環境の読みが楽観的だったと総括
2025年ビジョンの営業利益1,000億円目標達成断念の引き金
経営計画
2025年ビジョンの中計目標を実質下方修正
当初目標「営業利益1,000億円・利益率15%」の達成断念を発表
長期ビジョン策定以来初の目標未達確定。量依存から質依存への戦略シフト
企業買収
東京ロボティクスの株式取得を公表
ヒューマノイド向けアクチュエータ開発を加速。数年以内の実用化目標
ヒューマノイド領域への戦略的参入。従来の慎重姿勢からの転換
組織再編
富士通・NVIDIAとの三社協業を公表
AIロボティクスの社会実装に向けた技術連携
日本企業のフィジカルAI連携の象徴的事例
  1. 会社設立
    合資会社安川電機製作所を設立

    福岡県遠賀郡黒崎町にて安川清三郎・第五郎兄弟が創業。安川財閥(安川敬次郎)の資金支援で1万坪の工場用地を買収

    北九州を代表する電機メーカーの起点。安川財閥の多角化戦略として電機参入
  2. 組織再編
    株式会社安川電機製作所を設立
  3. 組織再編
    合資を吸収合併し現社の基礎を確立
  4. 組織再編
    従業員の半数削減・事業絞込みで再建着手

    昭和恐慌下で約400名中200名を整理。配電盤・変圧器から撤退し電動機と制御器に特化

    17年連続赤字からの経営再建着手。「安川のモートル」ブランド確立の起点
  5. 社長交代
    安川第五郎氏が社長就任

    実質的な創業者として1976年逝去まで影響力を保持

    戦前から戦後復興期を牽引する経営体制の確立
  6. 株式上場
    東京証券取引所に株式上場
    戦後復興期に株式公開を果たし資本調達基盤を整備
  7. 株式上場
    福岡証券取引所に株式上場
  8. 東京工場を新設しDCサーボモータ量産開始

    埼玉県入間市。1958年開発のDCサーボモータを事業化。既存事業とは物理的距離を置く社内ベンチャー的運営

    家電ではなく産業用エレクトロニクスへの戦略転換。後のモーションコントロール事業の原点
  9. 米国安川電機を設立(販売現地法人)
    海外販売網構築の第一歩
  10. NC(数値制御)に本格参入
    モーションコントロール事業への本格展開
  11. 安川エンジニアリングを設立

    電気機械設備の保全・整備および技術指導

  12. ワイ・イー・データを設立

    電算機周辺端末機器事業

  13. 安川ロジステックを設立

    総合物流事業

  14. 産業用ロボット「MOTOMAN-L10」を開発
    MOTOMANブランド誕生。日本のロボット産業黎明期を牽引
  15. 希望退職者募集を検討し経営再建へ

    新日鐵向け取引減少で1978年3月期まで2期連続無配。第一勧銀から喜谷礼二郎氏を副社長派遣

    銀行主導での経営体制刷新。安川家同族経営からの脱却契機
  16. 研究開発
    ベクトル制御インバータを開発
    インバータ事業の技術的起点
  17. 欧州安川電機を設立
    欧州市場への販売拠点確立
  18. ACサーボモータの本格展開
    現在の主力事業の一つであるACサーボ事業の本格化
  19. 商号を株式会社安川電機に変更

    同時にシンガポール安川電機を設立

    「製作所」を外し総合電機としての新ブランド確立
  20. シンガポール安川電機を設立
  21. 企業買収
    米モートマンに追加出資し経営権取得

    産業用ロボット販売

    北米ロボット販売網の直接掌握
  22. 企業買収
    欧州ロボテック社を買収

    モートマンロボテック有限会社に商号変更

    欧州ロボット事業の直接掌握
  23. 韓国安川電機を設立
  24. 安川電機(上海)有限公司を設立
    中国本土への直接進出
  25. 組織再編
    シーメンスとの合弁でドライブ事業を開始

    システムエンジニアリング株式の50%をシーメンスに譲渡

    産業用ドライブ分野でのグローバル提携
  26. 組織再編
    中・大型回転機部門を分社縮小

    安川モートル株式会社を設立(2019年11月解散)

    不採算重電部門の切離し
  27. 最終赤字転落
    IT不況による業績悪化
  28. 営業赤字・最終赤字転落

    リーマンショックによる需要急減

    100年に一度の金融危機下でサーボ・ロボット需要が急減
  29. 組織再編
    米国安川電機とモートマンを統合

    米国安川株式会社に商号変更

    北米統合運営体制の確立
  30. 中国統括会社として安川電機(中国)有限公司を設立

    上海有限公司を投資性公司に改組

    中国事業の現地統括体制の整備
  31. 設備投資
    本社事務所を再編・ロボット村を新設
    ロボット事業の顧客体験・ブランド拠点を構築
  32. 経営計画
    長期経営計画「2025年ビジョン」策定

    小笠原浩社長の下、10カ年計画。産業用ロボット・モーションコントロールを世界シェア1位目標

    投下資本利益ベースの目標設定へ経営指標を転換
  33. 設備投資
    安川ソリューションファクトリを新設
  34. 合弁設立
    シーメンスからドライブ合弁の株式を取得し完全子会社化

    安川オートメーション・ドライブに商号変更

    シーメンスとの合弁解消。ドライブ事業の完全自社運営化
  35. 組織再編
    グループ内事業再編を実施

    鉄鋼エンジ事業の移管・安川モートル機能吸収分割等の大規模再編

    事業ポートフォリオ整理と本体集中
  36. 社長交代
    小川昌寛氏が代表取締役社長に就任

    津田純嗣氏・小笠原浩氏に続く経営体制

    2025年ビジョン総仕上げと次期中計策定を担う経営交代
  37. 過去最高益を達成
    コロナ後の設備投資需要と価格転嫁進展による最高益
  38. 過去最高売上収益を更新
  39. 経営計画
    NVIDIAとのパートナー連携でMOTOMAN NEXT展開を表明

    AIで状態理解し自律動作する次世代ロボット

    フィジカルAI領域への戦略的参入表明
  40. 中国・半導体の想定外減速で業績低調

    4Qに棚卸評価損約40億円発生。市場環境の読みが楽観的だったと総括

    2025年ビジョンの営業利益1,000億円目標達成断念の引き金
  41. 経営計画
    2025年ビジョンの中計目標を実質下方修正

    当初目標「営業利益1,000億円・利益率15%」の達成断念を発表

    長期ビジョン策定以来初の目標未達確定。量依存から質依存への戦略シフト
  42. 企業買収
    東京ロボティクスの株式取得を公表

    ヒューマノイド向けアクチュエータ開発を加速。数年以内の実用化目標

    ヒューマノイド領域への戦略的参入。従来の慎重姿勢からの転換
  43. 組織再編
    富士通・NVIDIAとの三社協業を公表

    AIロボティクスの社会実装に向けた技術連携

    日本企業のフィジカルAI連携の象徴的事例

歴史的証言

安川第五郎
「新しいことをやるときは流行にのって、やれテレビだ、洗濯機だといたずらに間口を広げるのには賛成しない。2、3年は赤字を出しても、経験を積めば次第にプラスになるような、底堅く将来性のあるものを選んで欲しいものである」
富永和郎(安川電機・副社長)
「端的に言えば「モートルの安川」から「オートメーションの安川」というイメージを打ち出し、そのイメージアップを強力に推進する」
富永和郎(安川電機・副社長)
私どもメーカー、特に電気と名のつくメーカーとしては、とりわけ近代技術革新の激流の真っ只中を進まなければならない運命にあるといえる。コンピュータの登場、半導体の出現は、従来の電気工学に一大革命をもたらした20世紀後半における最大の出来事であったのである。
富永和郎(安川電機・副社長)
電動機および電動運転の歴史を顧みると、まず蒸気機関などの物を動かす原動機が電気で動く電動運転に変わったのが最初の第一歩である。次には、前述した集団運転(Group Drive)が各個運転(Individual Drive)に飛躍した段階に入る。これは1930年から1940年代のことで、この時期は燎原の火のごとく世界の工業界を風靡した自動運転の核心時代であり、その華やかさにはあたかも百花繚乱の趣があった。
富永和郎(安川電機・副社長)
一方、戦後になると、その様相はまたがらりと一変したのである。すなわち、戦前のそれを産業の電化時代(Electrification Age)と称するならば、ここに、Post Electrificationの時代がやってきたといえる。具体的に言えば、近代工業の痛切な要望はここの機械の駆動ではなく、それらの機械によって蘇生されている全体のシステムを、目的にそうように最も有効に、しかも自動的に、できれば無人で操作することである。すなわち、オートメーション時代の到来ということであり、電気によってのみ実現が可能という意味では電気上位時代の到来ともいえるのである。
富永和郎(安川電機・副社長)
そのオートメーションを実現するためには、まず人間でいえば五感に相当する物、つまり外界の状況を検出する装置が必要である。また、この情報の伝達をうける頭脳に当たる中枢部、そこから出された命令を植えて忠実に動く手足に同等する「アクチュエーター」が必要になる。この3つの要素が三拍子そろって初めて「オートメーション」の完璧が期せられる。そして五感の役目は技術革新の親玉といわれている「エレクトロニクス」技術がうけもち、頭脳の役割は「コンピュータ」が引き受け、手足の役目は「電動機」がこれを果たすのである。
富永和郎(安川電機・副社長)
電化の時代の次にくるものは、実にこの種のオートメーションであったのである。当社は、この客観的情勢の展開にともない、思想的にも現実的にも、電動機そのものを中心としたあり方から一転して自動制御、すなわち「オートメーション」を根幹路線に打ち出し、これを最重点として社の内外におけるイメージ・チェンジをはかっている。端的に言えば「モートルの安川」から「オートメーションの安川」というイメージを打ち出し、そのイメージアップを強力に推進することとしたものである。
安川敬二(社長)
「全従業員の1割にあたる700人の希望退職募集を柱とした合理化案」
西沢正泰(安川電機・専務/元東京工場長)
「30年代前半(注:1960年)には半導体技術が急速に進歩し、通信から重電へと電子化の波が押し寄せていた。いわゆるパワーエレクトロニクスである。サーボ(精密制御)機構といえばそれまでは油圧が常識だったが、これをモーターで実現できるようになった。これがいま産業用ロボットやNC(数値制御)工作機械の駆動装置として大活躍している。東京工場がたどってきた道はサーボモーターの歴史そのものだ。さらにここではミニコンの生産も始めた。これがのちのNC装置や情報処理機器に結びつく布石になった」
菊池功(安川電機・元社長)
「安川電機の歴史は坑内から石炭を運び出すモーターの技術から始まり、安全に能率的に物を運ぶシステムの開発へと発展してきた。モーターからメカトロニクス、ロボットへ、今後はより幅広く応用できるモーションビジネスへと広がっていくだろう」「基本となるのは、大量生産方式ではない、それぞれの人や社会に合わせたヒューマンテクノロジーだ。ロボットの外観的な理想型というものはなく、機能と応用性の高いユニットを合成した変幻自在なものがロボットビジネスの主流となるだろう。こうした技術開発によって、21世紀中にはロボットが生活に密着した存在となる日が訪れると信じている」

参考文献・出所

有価証券報告書
決算説明会 FY24
安川電機 歴代社長インタビュー集
決算説明会 FY23
決算説明会 FY24-2Q
決算説明会 FY25-2Q
ダイヤモンド 2025/01/11