ヤマハの沿革(1897〜2025年)
ヤマハの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1897 1-12月 | founding | 日本楽器製造を設立 | 医療機器修理工の精密技術が楽器国産化を可能にした転用構造 | |||
1899 1-12月 | ピアノ製造を開始 | 「高級品と大衆品」の両端に張っても同じ需要構造という罠 | ||||
1927 1-12月 | スト終息により経営再建 | 再建者が支配者に転じるという危機対応の逆説 | ||||
1938 1-12月 | プロペラの量産を決定 軍需に対応して航空機向けプロペラの生産を決定。1938年に資本金を400万円から875万円(+475万円増資)に増資して投資資金を確保した。1939年天竜工場、1945年に佐久良工場をそれぞれ新設した。終戦時点でヤマハの従業員数は1万名に及んだ。
終戦後にプロペラの生産技術(工作機械)は、二輪車への参入に活用され、ヤマハ発動機の設立に至っている。 | |||||
1949 1-12月 | 東京証券取引所に株式上場 1949年にヤマハは株式上場を実施し、川上家による株式持分は5%未満となった。主要株主は生命保険などの金融機関が中心であった。ただし、川上家はヤマハの実質的な創業者として振る舞い、1992年に更迭されるまで川上家による「資本の裏付けなき同族経営」が続いた。 | |||||
FY50 1950/4 | 売上高 18.2億円 | 計上利益金 1.42億円 | 川上源一氏が社長就任 川上嘉市の息子である川上源一(当時38歳)が、日本楽器製造の社長に就任。以後1980年代までヤマハの経営に従事 | |||
FY51 1951/4 | 売上高 20.5億円 | 計上利益金 1.8億円 | ||||
FY52 1952/4 | 売上高 34.7億円 | 計上利益金 2.78億円 | ||||
FY53 1953/4 | 売上高 40.1億円 | 計上利益金 2.81億円 | ||||
FY54 1954/4 | 売上高 55.5億円 | 計上利益金 3.56億円 | ヤマハ音楽教室を組織化 | 需要を教育で作り、教育で顧客を囲い込んだ二重の設計 | ||
FY55 1955/4 | 売上高 56億円 | 計上利益金 3.19億円 | ヤマハ発動機株式会社を設立 当時のヤマハの社長であった川上源一は、終戦後にGHQ接収されていた工作機械と工場が返還されたのを受けて、当時需要が急増しつつあった二輪車への参入を決めた。 そして、1955年にヤマハの子会社として「ヤマハ発動機(資本金3000万円)」を設立した。その後、1961年にヤマハ発動機は株式を上場したため、ヤマハとヤマハ発動機の資本関係は希薄となった(1980年代にはヤマハが大株主として39%を保有)。このため、ヤマハ発動機とヤマハは「創業者は同一だが、資本面では関係会社」という位置付けて運営された。 | |||
FY57 1957/4 | 売上高 75億円 | 計上利益金 2.51億円 | ||||
FY58 1958/4 | 売上高 87.1億円 | 計上利益金 2.84億円 | ||||
FY59 1959/4 | 売上高 99.2億円 | 計上利益金 3.36億円 | エレクトーン・スポーツ用品に参入 | 技術の起点が同じでも顧客との距離が明暗を分けた構造 | ||
FY60 1960/4 | 売上高 145.9億円 | 計上利益金 4.85億円 | overseas | ロサンゼルスに現地法人を新設 | 商社に頼めばブランドも顧客も他人に渡るという判断 | |
FY61 1961/4 | 売上高 198億円 | 計上利益金 6.28億円 | ||||
FY62 1962/4 | 売上高 267億円 | 計上利益金 9億円 | ||||
FY63 1963/4 | 売上高 339億円 | 計上利益金 11.3億円 | ピアノ国内シェア1位 | |||
FY64 1964/4 | 売上高 279億円 | 計上利益金 16.7億円 | ||||
FY65 1965/4 | 売上高 583億円 | 計上利益金 19.8億円 | ||||
FY66 1966/4 | 売上高 567億円 | 計上利益金 22.5億円 | ||||
FY67 1967/4 | 売上高 483億円 | 計上利益金 32億円 | ||||
FY68 1968/4 | 売上高 474億円 | 計上利益金 24.6億円 | レクリエーション事業に新規参入 | 「企業のアクセサリー」は誰にも止められない投資だった | ||
FY69 1969/4 | 売上高 585億円 | 計上利益金 36.5億円 | ||||
FY70 1970/4 | 売上高 763億円 | 当期純利益 39.4億円 | ||||
FY71 1971/4 | 売上高 912億円 | 当期純利益 44.1億円 | 半導体製造に本格参入 エレクトーンで培った製造技術を応用し、半導体製造に参入。 | |||
FY72 1972/4 | 売上高 1,026億円 | 当期純利益 46.7億円 | オーディオ機器に新規参入 音楽を軸とした多角化として、オーディオ機器(ステレオなど)に新規参入。 | |||
FY73 1973/4 | 売上高 1,229億円 | 当期純利益 50.9億円 | ||||
FY74 1974/4 | 売上高 1,654億円 | 当期純利益 57.1億円 | ||||
FY76 1976/4 | 売上高 2,091億円 | 当期純利益 48.4億円 | ||||
FY77 1977/4 | 売上高 2,537億円 | 当期純利益 52.6億円 | ||||
FY78 1978/4 | 売上高 2,759億円 | 当期純利益 46.4億円 | ||||
FY79 1979/4 | 売上高 2,819億円 | 当期純利益 60.4億円 | ||||
FY80 1980/4 | 売上高 3,038億円 | 当期純利益 67.2億円 | ||||
FY81 1981/4 | 売上高 3,295億円 | 当期純利益 69.3億円 | ||||
FY82 1982/4 | 売上高 3,462億円 | 当期純利益 55.7億円 | ||||
FY83 1983/4 | 売上高 3,348億円 | 当期純利益 31.6億円 | 河島博氏が社長退任(実質解任) | |||
| restructuring | 事業部制を導入 | 分権化が全社最適を犠牲にし楽器の収益で他を養う構造 | ||||
FY84 1984/4 | 売上高 3,389億円 | 当期純利益 35.2億円 | ||||
FY88 1988/4 | 売上高 3,918億円 | 当期純利益 54.1億円 | ||||
FY89 1989/4 | 売上高 3,975億円 | 当期純利益 36.7億円 | ||||
FY90 1990/4 | 売上高 3,846億円 | 当期純利益 42.5億円 | 2期連続減益 | 音楽教室という「濠」が電子楽器市場では無効化した転換点 | ||
FY91 1991/4 | 売上高 3,834億円 | 当期純利益 40.7億円 | 薄膜磁気ヘッドの生産開始 | |||
FY92 1992/4 | 売上高 5,128億円 | 当期純利益 57.4億円 | leadership | 川上家が退任意向 | 持合い株主が沈黙した時代に労組だけが声を上げた構造 | |
希望退職者を募集 | ||||||
FY93 1993/4 | 売上高 4,834億円 | 当期純利益 18.2億円 | ||||
FY94 1994/4 | 売上高 4,456億円 | 当期純利益 -39.8億円 | ||||
FY95 1995/4 | 売上高 4,825億円 | 当期純利益 53.3億円 | ||||
FY96 1996/4 | 売上高 5,312億円 | 当期純利益 94.3億円 | 天竜半導体工場を新設 半導体への投資を進めるも特損計上。半導体事業を統括していた石村社長は引責辞任へ | |||
FY97 1997/4 | 売上高 6,047億円 | 当期純利益 140億円 | ||||
FY98 1998/4 | 売上高 6,089億円 | 当期純利益 134億円 | ||||
FY99 1999/4 | 売上高 5,637億円 | 当期純利益 -158億円 | ||||
FY00 2000/4 | 売上高 5,278億円 | 当期純利益 -407億円 | ヤマハ発動機の株式売却を開始 - | |||
最終赤字407億円に転落 半導体事業における天竜工場の新設により損失計上へ | ||||||
FY01 2001/4 | 売上高 5,191億円 | 当期純利益 133億円 | ||||
FY02 2002/4 | 売上高 5,044億円 | 当期純利益 -102億円 | ||||
FY03 2003/4 | 売上高 5,248億円 | 当期純利益 179億円 | ||||
FY04 2004/4 | 売上高 5,395億円 | 当期純利益 435億円 | ||||
FY05 2005/4 | 売上高 5,341億円 | 当期純利益 196億円 | divestiture | 多角事業の整理 | 統治構造の転換と事業構造の転換に13年のズレが生じた理由 | |
FY06 2006/4 | 売上高 5,341億円 | 当期純利益 281億円 | ||||
FY07 2007/4 | 売上高 5,504億円 | 当期純利益 278億円 | ||||
FY08 2008/4 | 売上高 5,488億円 | 当期純利益 395億円 | ||||
FY09 2009/4 | 売上高 4,593億円 | 当期純利益 -206億円 | ||||
FY10 2010/4 | 売上高 4,148億円 | 当期純利益 -49.2億円 | ||||
FY11 2011/4 | 売上高 3,739億円 | 当期純利益 50.7億円 | ||||
FY12 2012/4 | 売上高 3,566億円 | 当期純利益 -293億円 | ||||
FY13 2013/4 | 売上高 3,669億円 | 当期純利益 41.2億円 | 希望退職者の募集 | |||
| restructuring | 事業部制を廃止 | 1983年の「改革」を元に戻すことが2013年の改革だった逆説 | ||||
FY14 2014/4 | 売上高 4,103億円 | 当期純利益 228億円 | ||||
FY15 2015/4 | 売上高 4,322億円 | 当期純利益 249億円 | ||||
FY16 2016/4 | 売上高 4,355億円 | 当期純利益 326億円 | ||||
FY17 2017/4 | 売上高 4,082億円 | 当期純利益 467億円 | ||||
FY18 2018/4 | 売上高 4,329億円 | 当期純利益 543億円 | ||||
FY19 2019/4 | 売上収益 4,344億円 | (親)当期利益 403億円 | 時価総額1兆円を突破 | |||
FY20 2020/4 | 売上収益 4,142億円 | (親)当期利益 346億円 | ||||
FY21 2021/4 | 売上収益 3,726億円 | (親)当期利益 266億円 | ||||
FY22 2022/4 | 売上収益 4,082億円 | (親)当期利益 372億円 | ||||
FY23 2023/4 | 売上収益 4,514億円 | (親)当期利益 381億円 | ||||
FY24 2024/4 | 売上収益 4,629億円 | (親)当期利益 296億円 | ||||
FY25 2025/4 | 売上収益 4,621億円 | (親)当期利益 133億円 |
- 日本楽器製造を設立医療機器修理工の精密技術が楽器国産化を可能にした転用構造
- ピアノ製造を開始「高級品と大衆品」の両端に張っても同じ需要構造という罠
- スト終息により経営再建再建者が支配者に転じるという危機対応の逆説
- プロペラの量産を決定
軍需に対応して航空機向けプロペラの生産を決定。1938年に資本金を400万円から875万円(+475万円増資)に増資して投資資金を確保した。1939年天竜工場、1945年に佐久良工場をそれぞれ新設した。終戦時点でヤマハの従業員数は1万名に及んだ。 終戦後にプロペラの生産技術(工作機械)は、二輪車への参入に活用され、ヤマハ発動機の設立に至っている。
- 東京証券取引所に株式上場
1949年にヤマハは株式上場を実施し、川上家による株式持分は5%未満となった。主要株主は生命保険などの金融機関が中心であった。ただし、川上家はヤマハの実質的な創業者として振る舞い、1992年に更迭されるまで川上家による「資本の裏付けなき同族経営」が続いた。
- 川上源一氏が社長就任
川上嘉市の息子である川上源一(当時38歳)が、日本楽器製造の社長に就任。以後1980年代までヤマハの経営に従事
- ヤマハ音楽教室を組織化需要を教育で作り、教育で顧客を囲い込んだ二重の設計
- ヤマハ発動機株式会社を設立
当時のヤマハの社長であった川上源一は、終戦後にGHQ接収されていた工作機械と工場が返還されたのを受けて、当時需要が急増しつつあった二輪車への参入を決めた。 そして、1955年にヤマハの子会社として「ヤマハ発動機(資本金3000万円)」を設立した。その後、1961年にヤマハ発動機は株式を上場したため、ヤマハとヤマハ発動機の資本関係は希薄となった(1980年代にはヤマハが大株主として39%を保有)。このため、ヤマハ発動機とヤマハは「創業者は同一だが、資本面では関係会社」という位置付けて運営された。
- エレクトーン・スポーツ用品に参入技術の起点が同じでも顧客との距離が明暗を分けた構造
- ロサンゼルスに現地法人を新設商社に頼めばブランドも顧客も他人に渡るという判断
- ピアノ国内シェア1位
- レクリエーション事業に新規参入「企業のアクセサリー」は誰にも止められない投資だった
- 半導体製造に本格参入
エレクトーンで培った製造技術を応用し、半導体製造に参入。
- オーディオ機器に新規参入
音楽を軸とした多角化として、オーディオ機器(ステレオなど)に新規参入。
- 河島博氏が社長退任(実質解任)
- 事業部制を導入分権化が全社最適を犠牲にし楽器の収益で他を養う構造
- 2期連続減益音楽教室という「濠」が電子楽器市場では無効化した転換点
- 薄膜磁気ヘッドの生産開始
- 川上家が退任意向持合い株主が沈黙した時代に労組だけが声を上げた構造
- 希望退職者を募集
- 天竜半導体工場を新設
半導体への投資を進めるも特損計上。半導体事業を統括していた石村社長は引責辞任へ
- ヤマハ発動機の株式売却を開始
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- 最終赤字407億円に転落
半導体事業における天竜工場の新設により損失計上へ
- 多角事業の整理統治構造の転換と事業構造の転換に13年のズレが生じた理由
- 希望退職者の募集
- 事業部制を廃止1983年の「改革」を元に戻すことが2013年の改革だった逆説
- 時価総額1兆円を突破