信越化学工業の沿革(1926〜2024年)
信越化学工業の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1926 1-12月 | 余剰電力を化学工業に転換、信越窒素肥料を設立 | 電力余剰という「課題」を化学工業に転換した創業設計 | ||||
1927 1-12月 | 直江津工場で石灰窒素の製造を開始 電気炉六基、窒化炉二十四基。製品はカーバイド、石灰窒素、黒鉛電極。新潟県直江津の日本石油精油工場跡地に建設。 | |||||
1940 1-12月 | 社名を信越化学工業に変更 資本金一千万円に増資。磯部金属試験所で金属マグネシウム、直江津工場でメタリックシリコン、フェロシリコンなど、化学肥料以外の製品が増加したことを反映。 | |||||
1949 1-12月 | 東京証券取引所に株式上場 戦後の証券民主化の流れの中で上場。大同化学工業を吸収合併(1946年)し、武生工場を取得済み。 | |||||
1953 1-12月 | alliance | 「肥料屋」からの脱却、日本初のシリコーン事業化 | 従業員の投書と副社長の談話が同時に掲載された1953年の社報 | |||
1957 1-12月 | 直江津工場で塩化ビニルの製造を開始 国内13番目・最後発での参入。食塩電解設備と塩ビ製造設備を新設。「第二の信越化学の誕生」と位置づけられた。 | |||||
1960 1-12月 | 磯部工場で高純度シリコン「スーパー・シリコン」の製造を開始 シリコーン工場の副産物トリクロロシランを精製し、多結晶→単結晶の製造。西独ジーメンス社の技術を導入。トランジスタ、ダイオード、太陽電池等の半導体素材。 | |||||
信越ポリマーを設立 プラスチックの加工成型を行い、最終需要市場への直結を目指す子会社。 | ||||||
1962 1-12月 | 直江津工場でセルロース誘導体(メトローズ)の製造を開始 米ダウ・ケミカル社からメチルセルロース製造技術を導入。後に医薬品添加物やタイル用接着剤など多様な用途に展開。2003年のドイツ・SE Tylose買収へつながる。 | |||||
1967 1-12月 | 信越半導体を設立 ダウコーニング社との合弁で設立。半導体シリコンウエハーの製造に特化。1979年にダウコーニングからの合弁解消申し入れを受け、信越化学の100%子会社に。白河工場(1984年)での大規模一貫生産へ発展。 | |||||
1970 1-12月 | 茨城県鹿島に塩ビ工場を建設 エチレン法による塩化ビニル製造を開始。鹿島コンビナートに進出し、国内塩ビ生産能力を大幅に拡大。ノンスケール技術を世界に先駆けて完成。 | |||||
1973 1-12月 | alliance | 米国テキサスに塩ビ製造子会社シンテックを設立 | 「13位からの出発」が50年後に世界首位となった非線形の成長曲線 | |||
1974 1-12月 | 小田切新太郎が社長就任 長野県須坂市出身の生え抜き社員。「中興の祖」と評される。合弁会社の契約書に優先交渉権条項を埋め込み、シンテック・信越半導体の100%子会社化を決断。金川千尋を見出しシンテック社長に据えた。 | |||||
1976 1-12月 | acquisition | 取締役会の反対を押し切り、シンテックを完全子会社化 | 「取締役会の反対を押し切る」という経営判断の構造 | |||
1978 1-12月 | 金川千尋がシンテック社長に就任 三井物産出身。1962年に信越化学に転職し、海外事業を担当。シンテック設立を企画立案。以後32年間にわたりシンテックと信越化学のトップとして経営を主導。「フル生産、全量販売」を確立。 | |||||
1983 1-12月 | 磯部工場で光ファイバー用プリフォームの製造を開始 シリコーン・半導体シリコンの技術を活かした高純度ガラス加工技術の応用。 | |||||
FY90 1990/3 | 売上高 4,250億円 | 当期純利益 277億円 | シンテック、年産90万トンで米国内塩ビメーカー首位に 米国内シェア約20%。2位のオキシデンタル、3位のBFグッドリッチを上回る。 | |||
FY91 1991/3 | 売上高 4,669億円 | 当期純利益 265億円 | 金川千尋が社長就任、「フル生産、全量販売」を全社方針に | 「失われた30年」で最も輝いた経営者が示した、汎用品市場での勝ち方 | ||
FY92 1992/3 | 売上高 4,783億円 | 当期純利益 245億円 | ||||
FY93 1993/3 | 売上高 4,609億円 | 当期純利益 159億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 4,644億円 | 当期純利益 175億円 | ||||
FY95 1995/3 | 売上高 5,229億円 | 当期純利益 268億円 | ||||
FY96 1996/3 | 売上高 5,751億円 | 当期純利益 378億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 6,244億円 | 当期純利益 406億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 6,932億円 | 当期純利益 420億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 6,427億円 | 当期純利益 433億円 | ||||
FY00 2000/3 | 売上高 6,788億円 | 当期純利益 482億円 | オランダで塩ビ合弁事業を買収 Shell Nederland ChemieとAkzoNobelから買収し、欧州に塩ビ生産拠点を獲得。日米欧の三極体制を確立。 | |||
FY01 2001/3 | 売上高 8,074億円 | 当期純利益 645億円 | シンテック、年産200万トン突破で世界最大の塩ビメーカーに EVCやオキシデンタルなど100万トン規模のメーカーを大きく上回る。1974年の操業開始から27年で年産20倍に。 | |||
FY02 2002/3 | 売上高 7,750億円 | 当期純利益 685億円 | ||||
FY03 2003/3 | 売上高 7,975億円 | 当期純利益 730億円 | ||||
FY04 2004/3 | 売上高 8,328億円 | 当期純利益 748億円 | ドイツClariant AGからセルロース事業(SE Tylose)を買収 メチルセルロースの世界的大手を傘下に収め、機能性化学品事業を大幅に強化。1962年の自社製造開始から41年を経て、グローバルトップクラスの地位を確立。 | |||
FY05 2005/3 | 売上高 9,674億円 | 当期純利益 931億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 11,279億円 | 当期純利益 1,150億円 | 直江津工場でマスクブランクス製造を開始 半導体フォトリソグラフィ工程に不可欠な部材。合成石英技術を基盤とし、先端品で世界シェア1位に。 | |||
FY07 2007/3 | 売上高 13,046億円 | 当期純利益 1,540億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 13,763億円 | 当期純利益 1,835億円 | ||||
FY09 2009/3 | 売上高 12,008億円 | 当期純利益 1,547億円 | ||||
FY10 2010/3 | 売上高 9,168億円 | 当期純利益 838億円 | ||||
FY11 2011/3 | 売上高 10,582億円 | 当期純利益 1,001億円 | 金川千尋が会長就任、森俊三が社長就任 金川は代表権を保持し、引き続き経営の最終意思決定者として関与。20年間にわたる社長在任中に13期連続最高益を記録。 | |||
FY12 2012/3 | 売上高 10,477億円 | 当期純利益 1,006億円 | ||||
FY13 2013/3 | 売上高 10,254億円 | 当期純利益 1,057億円 | ||||
FY14 2014/3 | 売上高 11,658億円 | 当期純利益 1,136億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上高 12,555億円 | 当期純利益 1,286億円 | ||||
FY16 2016/3 | 売上高 12,798億円 | 当期純利益 1,488億円 | ||||
FY17 2017/3 | 売上高 12,374億円 | 当期純利益 1,759億円 | 斉藤恭彦が社長就任 20代でシンテックに駐在し、30年以上米国での事業拡大に従事。金川千尋の右腕として信頼された人物。「資本コストを上回るROEを強く意識」する経営を標榜。 | |||
FY18 2018/3 | 売上高 14,414億円 | 当期純利益 2,662億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 15,940億円 | 当期純利益 3,091億円 | ||||
FY20 2020/3 | 売上高 15,435億円 | 当期純利益 3,140億円 | 岩塩から塩ビまでの完全一貫生産体制を構築 | 50年かけて完成した垂直統合の「最後のピース」 | ||
FY21 2021/3 | 売上高 14,969億円 | 当期純利益 2,937億円 | ||||
FY22 2022/3 | 売上高 20,744億円 | 当期純利益 5,001億円 | ||||
2023 1-12月 | 金川千尋会長が逝去 1月1日、96歳で肺炎により逝去。1978年のシンテック社長就任から45年間、2023年3月期に過去最高の営業利益9,982億円を記録した信越化学の経営を主導した。 | |||||
2024 1-12月 | シンテック、プラケマイン新工場稼働で年産能力364万トンに ルイジアナ州プラケマインの新工場が稼働。1974年の操業開始時(10万トン)から50年で36倍に拡大。岩塩→エチレン→VCM→塩ビの完全一貫生産体制で世界最大手の地位を盤石に。 | |||||
三益半導体工業を完全子会社化 TOB総額約680億円。半導体シリコンウエハーの加工を手がける三益半導体を上場廃止させ完全子会社化。シリコンウエハーの垂直統合をさらに強化。 |
- 余剰電力を化学工業に転換、信越窒素肥料を設立電力余剰という「課題」を化学工業に転換した創業設計
- 直江津工場で石灰窒素の製造を開始
電気炉六基、窒化炉二十四基。製品はカーバイド、石灰窒素、黒鉛電極。新潟県直江津の日本石油精油工場跡地に建設。
- 社名を信越化学工業に変更
資本金一千万円に増資。磯部金属試験所で金属マグネシウム、直江津工場でメタリックシリコン、フェロシリコンなど、化学肥料以外の製品が増加したことを反映。
- 東京証券取引所に株式上場
戦後の証券民主化の流れの中で上場。大同化学工業を吸収合併(1946年)し、武生工場を取得済み。
- 「肥料屋」からの脱却、日本初のシリコーン事業化従業員の投書と副社長の談話が同時に掲載された1953年の社報
- 直江津工場で塩化ビニルの製造を開始
国内13番目・最後発での参入。食塩電解設備と塩ビ製造設備を新設。「第二の信越化学の誕生」と位置づけられた。
- 磯部工場で高純度シリコン「スーパー・シリコン」の製造を開始
シリコーン工場の副産物トリクロロシランを精製し、多結晶→単結晶の製造。西独ジーメンス社の技術を導入。トランジスタ、ダイオード、太陽電池等の半導体素材。
- 信越ポリマーを設立
プラスチックの加工成型を行い、最終需要市場への直結を目指す子会社。
- 直江津工場でセルロース誘導体(メトローズ)の製造を開始
米ダウ・ケミカル社からメチルセルロース製造技術を導入。後に医薬品添加物やタイル用接着剤など多様な用途に展開。2003年のドイツ・SE Tylose買収へつながる。
- 信越半導体を設立
ダウコーニング社との合弁で設立。半導体シリコンウエハーの製造に特化。1979年にダウコーニングからの合弁解消申し入れを受け、信越化学の100%子会社に。白河工場(1984年)での大規模一貫生産へ発展。
- 茨城県鹿島に塩ビ工場を建設
エチレン法による塩化ビニル製造を開始。鹿島コンビナートに進出し、国内塩ビ生産能力を大幅に拡大。ノンスケール技術を世界に先駆けて完成。
- 米国テキサスに塩ビ製造子会社シンテックを設立「13位からの出発」が50年後に世界首位となった非線形の成長曲線
- 小田切新太郎が社長就任
長野県須坂市出身の生え抜き社員。「中興の祖」と評される。合弁会社の契約書に優先交渉権条項を埋め込み、シンテック・信越半導体の100%子会社化を決断。金川千尋を見出しシンテック社長に据えた。
- 取締役会の反対を押し切り、シンテックを完全子会社化「取締役会の反対を押し切る」という経営判断の構造
- 金川千尋がシンテック社長に就任
三井物産出身。1962年に信越化学に転職し、海外事業を担当。シンテック設立を企画立案。以後32年間にわたりシンテックと信越化学のトップとして経営を主導。「フル生産、全量販売」を確立。
- 磯部工場で光ファイバー用プリフォームの製造を開始
シリコーン・半導体シリコンの技術を活かした高純度ガラス加工技術の応用。
- シンテック、年産90万トンで米国内塩ビメーカー首位に
米国内シェア約20%。2位のオキシデンタル、3位のBFグッドリッチを上回る。
- 金川千尋が社長就任、「フル生産、全量販売」を全社方針に「失われた30年」で最も輝いた経営者が示した、汎用品市場での勝ち方
- オランダで塩ビ合弁事業を買収
Shell Nederland ChemieとAkzoNobelから買収し、欧州に塩ビ生産拠点を獲得。日米欧の三極体制を確立。
- シンテック、年産200万トン突破で世界最大の塩ビメーカーに
EVCやオキシデンタルなど100万トン規模のメーカーを大きく上回る。1974年の操業開始から27年で年産20倍に。
- ドイツClariant AGからセルロース事業(SE Tylose)を買収
メチルセルロースの世界的大手を傘下に収め、機能性化学品事業を大幅に強化。1962年の自社製造開始から41年を経て、グローバルトップクラスの地位を確立。
- 直江津工場でマスクブランクス製造を開始
半導体フォトリソグラフィ工程に不可欠な部材。合成石英技術を基盤とし、先端品で世界シェア1位に。
- 金川千尋が会長就任、森俊三が社長就任
金川は代表権を保持し、引き続き経営の最終意思決定者として関与。20年間にわたる社長在任中に13期連続最高益を記録。
- 斉藤恭彦が社長就任
20代でシンテックに駐在し、30年以上米国での事業拡大に従事。金川千尋の右腕として信頼された人物。「資本コストを上回るROEを強く意識」する経営を標榜。
- 岩塩から塩ビまでの完全一貫生産体制を構築50年かけて完成した垂直統合の「最後のピース」
- 金川千尋会長が逝去
1月1日、96歳で肺炎により逝去。1978年のシンテック社長就任から45年間、2023年3月期に過去最高の営業利益9,982億円を記録した信越化学の経営を主導した。
- シンテック、プラケマイン新工場稼働で年産能力364万トンに
ルイジアナ州プラケマインの新工場が稼働。1974年の操業開始時(10万トン)から50年で36倍に拡大。岩塩→エチレン→VCM→塩ビの完全一貫生産体制で世界最大手の地位を盤石に。
- 三益半導体工業を完全子会社化
TOB総額約680億円。半導体シリコンウエハーの加工を手がける三益半導体を上場廃止させ完全子会社化。シリコンウエハーの垂直統合をさらに強化。