川崎重工業の沿革(1878〜2024年)
川崎重工業の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1878 1-12月 | founding | 川崎築地造船所を創業 | 築地から神戸へ——立地選択が造船業の命運を分けた | |||
1896 1-12月 | 株式会社川崎造船所を設立 | 海軍依存の事業構造が生んだ好況と危機の振り子 | ||||
1919 1-12月 | 川崎汽船株式会社を設立 川崎造船は第一次世界大戦時の好況を受けて、1918年1月に船舶部を発足して海運事業に参入。11隻の汽船を保有して海運業に従事したが、1919年に第一次世界大戦が終結したことで好況が終わりを告げた。
このため、1919年4月に海運事業の分離を決定し、保有汽船11隻の現物出資も合わせて川崎汽船を設立。設立当時は株式数40万株のうち、39.9万株を川崎造船所が保有しており、川崎重工の子会社として運営された。
その後、終戦による財閥解体により、1949年に川崎汽船は株式を上場。川崎重工との資本関係を解消し、単独の海運会社として独立した。 | |||||
1928 1-12月 | 鉄道車両事業を分離・川崎車輛を設立(担保設定) | |||||
1931 1-12月 | crisis | 軍縮を受けて和議申請 | 国策としての存続——政府が造船所を潰せなかった構造 | |||
1937 1-12月 | 航空機事業を分離・川崎航空機工業を設立 | |||||
1939 1-12月 | 商号を川崎重工業に変更 | |||||
FY50 1950/3 | 再建整備計画が認可(造船・造機・電機の3部門のみ) 戦後の財閥解体により、川崎重工業もグループの解体が決定。川崎重工業は「造船・造機・電機」の3事業で再発足した。
一方、子会社などで運営していた4事業「海運・航空機・鉄道車両・製鉄業」について完全な分離を決定。海運業は川崎汽船、航空機製造は川崎航空機、鉄道車両は川崎車輛、製鉄業は川崎製鉄(現JFE)として分離し、各社の株式上場を通じて川崎重工との資本関係を解消した。 | |||||
FY62 1962/3 | 事業部制を採用 | |||||
FY66 1966/3 | 国内生産拠点を拡充 | |||||
二輪車の北米展開を開始 | ||||||
FY69 1969/3 | 産業ロボットに参入 | |||||
FY70 1970/3 | 川崎重工・川崎航空機・川崎車輛のが3社合併 | |||||
FY71 1971/3 | 汽車製造株式会社を合併 | |||||
FY76 1976/3 | 売上高 4,901億円 | 当期純利益 106億円 | 産業用ガスタービンの民需営業を開始 | |||
FY77 1977/3 | 売上高 5,399億円 | 当期純利益 130億円 | 経営合理化に着手 | |||
FY78 1978/3 | 売上高 5,660億円 | 当期純利益 96億円 | ||||
FY79 1979/3 | 売上高 5,014億円 | 当期純利益 -58億円 | P-3C対潜哨戒機のライセンス生産を開始 | |||
FY80 1980/3 | 売上高 5,015億円 | 当期純利益 27億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 6,475億円 | 当期純利益 28億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 7,643億円 | 当期純利益 42億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 6,868億円 | 当期純利益 -58億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 7,026億円 | 当期純利益 -68億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 7,150億円 | 当期純利益 58億円 | ||||
FY90 1990/3 | ボーイング向け航空機部品生産を本格化 | |||||
FY93 1993/3 | 売上高 10,905億円 | 当期純利益 143億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 10,702億円 | 当期純利益 171億円 | ||||
FY95 1995/3 | 売上高 10,704億円 | 当期純利益 102億円 | ||||
FY96 1996/3 | 売上高 10,862億円 | 当期純利益 165億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 12,242億円 | 当期純利益 225億円 | NY市交通局向け地下鉄車両の製造開始 | |||
FY98 1998/3 | 売上高 12,972億円 | 当期純利益 185億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 12,021億円 | 当期純利益 -61億円 | ||||
FY00 2000/3 | 売上高 11,496億円 | 当期純利益 -186億円 | ||||
FY01 2001/3 | 売上高 10,604億円 | 当期純利益 -103億円 | ||||
FY02 2002/3 | 売上高 11,445億円 | 当期純利益 62億円 | IHIとの造船事業の統合を白紙撤回 | |||
FY03 2003/3 | 売上高 12,395億円 | 当期純利益 130億円 | ||||
FY04 2004/3 | 売上高 11,602億円 | 当期純利益 63億円 | ||||
FY05 2005/3 | 売上高 12,415億円 | 当期純利益 114億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 13,224億円 | 当期純利益 164億円 | ||||
FY07 2007/3 | 売上高 14,386億円 | 当期純利益 297億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 15,010億円 | 当期純利益 351億円 | ||||
FY09 2009/3 | 売上高 13,385億円 | 当期純利益 117億円 | ||||
FY10 2010/3 | 売上高 11,734億円 | 当期純利益 -108億円 | ||||
FY11 2011/3 | 売上高 12,269億円 | 当期純利益 259億円 | ||||
FY12 2012/3 | 売上高 13,037億円 | 当期純利益 153億円 | ||||
FY13 2013/3 | 売上高 12,888億円 | 当期純利益 308億円 | ||||
FY14 2014/3 | 売上高 13,854億円 | 当期純利益 386億円 | 長谷川氏が社長解任 造船事業における三井造船との統合計画を受けて、川崎重工業における社内不満が噴出。経営不振に陥っている三井造船との統合計画を疑問視する声が大きくなった。この結果、2013年6月の臨時取締役会において長谷川社長の解任動議が出され、賛成10に対して反対3によって可決。村山氏が新社長に就任した。 | |||
FY15 2015/3 | 売上高 14,861億円 | 当期純利益 516億円 | ||||
FY16 2016/3 | 売上高 15,410億円 | 当期純利益 460億円 | 建設機械事業から撤退 | |||
FY17 2017/3 | 売上高 15,188億円 | 当期純利益 262億円 | 船舶海洋事業の構造改革 | |||
FY18 2018/3 | 売上高 15,742億円 | 当期純利益 289億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 15,947億円 | 当期純利益 274億円 | ||||
FY20 2020/3 | 売上高 16,413億円 | 当期純利益 186億円 | ||||
FY21 2021/3 | 売上高 14,884億円 | 当期純利益 -193億円 | グループビジョン2030を策定 事業ポートフォリオの変革を目的として、2020年11月に10年間の経営方針として「グループビジョン2030」を策定 | |||
FY22 2022/3 | 売上収益 15,008億円 | 当期利益 126億円 | ||||
FY23 2023/3 | 売上収益 17,256億円 | 当期利益 530億円 | ||||
FY24 2024/3 | 売上収益 18,492億円 | 当期利益 253億円 | 防衛省向け販売が好調 |
- 川崎築地造船所を創業築地から神戸へ——立地選択が造船業の命運を分けた
- 株式会社川崎造船所を設立海軍依存の事業構造が生んだ好況と危機の振り子
- 川崎汽船株式会社を設立
川崎造船は第一次世界大戦時の好況を受けて、1918年1月に船舶部を発足して海運事業に参入。11隻の汽船を保有して海運業に従事したが、1919年に第一次世界大戦が終結したことで好況が終わりを告げた。 このため、1919年4月に海運事業の分離を決定し、保有汽船11隻の現物出資も合わせて川崎汽船を設立。設立当時は株式数40万株のうち、39.9万株を川崎造船所が保有しており、川崎重工の子会社として運営された。 その後、終戦による財閥解体により、1949年に川崎汽船は株式を上場。川崎重工との資本関係を解消し、単独の海運会社として独立した。
- 鉄道車両事業を分離・川崎車輛を設立(担保設定)
- 軍縮を受けて和議申請国策としての存続——政府が造船所を潰せなかった構造
- 航空機事業を分離・川崎航空機工業を設立
- 商号を川崎重工業に変更
- 再建整備計画が認可(造船・造機・電機の3部門のみ)
戦後の財閥解体により、川崎重工業もグループの解体が決定。川崎重工業は「造船・造機・電機」の3事業で再発足した。 一方、子会社などで運営していた4事業「海運・航空機・鉄道車両・製鉄業」について完全な分離を決定。海運業は川崎汽船、航空機製造は川崎航空機、鉄道車両は川崎車輛、製鉄業は川崎製鉄(現JFE)として分離し、各社の株式上場を通じて川崎重工との資本関係を解消した。
- 事業部制を採用
- 国内生産拠点を拡充
- 二輪車の北米展開を開始
- 産業ロボットに参入
- 川崎重工・川崎航空機・川崎車輛のが3社合併
- 汽車製造株式会社を合併
- 産業用ガスタービンの民需営業を開始
- 経営合理化に着手
- P-3C対潜哨戒機のライセンス生産を開始
- ボーイング向け航空機部品生産を本格化
- NY市交通局向け地下鉄車両の製造開始
- IHIとの造船事業の統合を白紙撤回
- 長谷川氏が社長解任
造船事業における三井造船との統合計画を受けて、川崎重工業における社内不満が噴出。経営不振に陥っている三井造船との統合計画を疑問視する声が大きくなった。この結果、2013年6月の臨時取締役会において長谷川社長の解任動議が出され、賛成10に対して反対3によって可決。村山氏が新社長に就任した。
- 建設機械事業から撤退
- 船舶海洋事業の構造改革
- グループビジョン2030を策定
事業ポートフォリオの変革を目的として、2020年11月に10年間の経営方針として「グループビジョン2030」を策定
- 防衛省向け販売が好調