光通信の沿革・歴史的証言

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1988年〜2025

光通信の1988年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1988
1-12月
会社設立
株式会社光通信を設立
重田康光氏(当時23歳)は日本大学を中退し4年のアルバイト生活の後、「光通信株式会社」を設立。NTT民営化に着目し「ホームテレホン」訪問販売を開始。半年後に第二電電(現KDDI)と提携し代理店業務を始め、1990年からは複写機(主にシャープ製)・ビジネス電話などOA機器の訪問販売に従事。NTT「タウンページ」掲載の530万社情報を中小企業向けアタックリストとして活用した(投資月報1996/7)。
タウンページ530万社という「誰でも見えるが誰もやらない」市場の発見
1990
1-12月
複写機・FAXの販売開始
1991
1-12月
コンピュータ機器の販売開始
FY93
1993/3
売上高
116億円
FY94
1994/3
売上高
122億円
当期純利益
3.2億円
携帯電話サービス回線販売事業を開始
FY95
1995/3
売上高
261億円
当期純利益
7億円
HITSHOPの展開を開始
1993年後半にNTTが長距離通話値下げを実施、NTTやDDIも携帯端末をレンタルから売り切りに転換。光通信は需要拡大を見越し訪問販売を縮小、1994年5月東京新宿に「HITSHOP1号店」を開業した。収益柱は携帯各社からの「ストックコミッション」(1台月300円・契約5〜10年)と新規獲得時の「受付コミッション」約4.3万円。1998年3月以降は直営からFC方式に転換し、同年12月には1,816店まで急拡大した。
急拡大の合理性と架空契約の誘因が同一の収益構造に内在
FY96
1996/3
売上高
562億円
当期純利益
14.8億円
株式を店頭公開
携帯電話の急速な普及により、1995年8月期に光通信は売上高230億円を達成。重田康光は32歳にて株式公開を果たし、史上最年少の株式上場(公開)として注目を浴びた。
FY97
1997/3
売上高
1,220億円
当期純利益
31.9億円
FY98
1998/3
売上高
1,596億円
当期純利益
50.4億円
FY99
1999/3
売上高
2,592億円
当期純利益
98.8億円
FY00
2000/3
売上高
3,166億円
当期純利益
50.7億円
東京証券取引所第一部に株式上場
1999年12月期に光通信は売上高2592億円を計上。社員の平均年齢26歳という急成長企業として、東京証券取引所第1部に株式上場した。
事業売却
HIT SHOP問題(架空契約)
厳しいノルマで一部社員が架空契約「寝かせ」を実行していたことが露呈。重田社長は当初「我々はむしろ被害者」と主張したが信頼は失墜し、20日連続ストップ安、株価は8ヶ月で1/100に暴落、国内ネットバブル崩壊の引き金となった。光通信はFC1041店を閉鎖し直営へ切り戻し、2002年8月期に立退料515億円・投資損失引当金103億円など特損685億円を計上。一方、保有ソフトバンク株売却益800億円で相殺し、同期は純利益50.7億円を確保した。
バブルの産物であるSB株売却益が崩壊後の損失を相殺した構造的皮肉
FY01
2001/3
売上高
1,230億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-563億円
有利子負債の圧縮開始
HITSHOP問題を受けて、光通信は業績が低迷したことにより財務状況が悪化。借入および社債に依存していたため、有利子負債の圧縮が急務となった。2000年3月末時点で2308億円に及んだ有利子負債(社債・借入)について、2003年3月末までに373億円に圧縮。財務体質の改善を図った。
FY02
2002/3
売上高
710億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-161億円
FY03
2003/3
売上高
1,241億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-79億円
複写機の営業強化・営業職を大量採用
光通信は経営再建のため法人営業へ原点回帰し、SHOP事業の余剰人員を複写機営業に振り向けた。複写機は販売後もストック収入や消耗品収入が見込め、キャッシュポイントが多い点を重視。1990年以来取引のあるシャープ製を中心に、メーカー製品を仕入れ中小企業経営者へ売る営業代行を志向。午前は電話営業、午後は1日5〜6軒を訪問営業した。2003年時点で年1500名を大量採用したが、過酷な営業で離職は年1000名超に及び、厳しい職場として注目された。
複写機市場で「接触回数」を競争優位に変換した営業モデル
FY04
2004/3
売上高
1,459億円
親会社株主に帰属する当期純利益
106億円
クレイフィッシュを買収
最終黒字に転換
光通信はOA機器の販売拡大によって収益のV字回復に成功。光通信は、コピー機を販売する度に販売手数料に加えて、コピー機の利用に応じた手数料が収入となることから、ストック型のビジネスであり、業績の回復に寄与した。
FY05
2005/3
売上高
1,710億円
親会社株主に帰属する当期純利益
194億円
FY06
2006/3
売上高
1,928億円
当期純利益
205億円
FY07
2007/3
売上高
2,118億円
当期純利益
184億円
FY08
2008/3
売上高
3,141億円
当期純利益
28億円
FY09
2009/3
売上高
3,336億円
当期純利益
-10億円
FY10
2010/3
売上高
3,490億円
当期純利益
7億円
FY11
2011/3
売上高
4,490億円
当期純利益
-7億円
FY12
2012/3
売上高
4,993億円
親会社株主に帰属する当期純利益
78億円
本社を池袋に移転
FY13
2013/3
売上高
5,003億円
親会社株主に帰属する当期純利益
168億円
FY14
2014/3
売上高
5,651億円
親会社株主に帰属する当期純利益
293億円
FY15
2015/3
売上高
5,625億円
親会社株主に帰属する当期純利益
207億円
ウェブクルー社を買収
保険代理店およびネット比較サイトを運営するウェブクルー社を買収。取得対価は139億円
ウォーターダイレクトを買収(TOB)
光通信はウォーターサーバーの販売に参入するため、ウォーターダイレクト社(東証2部上場)に対してTOBによる買収を決定。2014年3月時点のウォーターダイレクト社の概況は、売上高87億円・当期純利益2.4億円・従業員数140名・自己資本比率32.9%であった。
FY16
2016/3
売上高
5,745億円
親会社株主に帰属する当期純利益
250億円
販売品目の構成変更
2010年代後半から光通信では法人事業において、販売品目の拡大を指向した。これは従来の主力であった複写機について、デジタル化の浸透によって需要が低迷しつつあり、これに代わる商品の販売を強化することが狙いであった。複写機の代替となる商品は「水(ウォーターサーバー)・新規事業(電力・E-PARKシステム)」などであり、引き続き中小企業向けへの営業を継続した。
FY17
2017/3
売上高
5,674億円
親会社株主に帰属する当期純利益
271億円
FY18
2018/3
売上高
4,275億円
親会社株主に帰属する当期純利益
429億円
電力事業に新規参入
時価総額1兆円突破
光通信は中小企業向けのテレアポによる営業力により、OA機器・携帯電話・ウォーターサーバーを継続販売することにより、安定したコミッションを確保するビジネスモデルを確立。この結果、各事業の収益性が高まり、2018年に時価総額1兆円を突破する。
FY19
2019/3
売上高
4,843億円
親会社株主に帰属する当期純利益
495億円
FY20
2020/3
売上高
5,245億円
親会社株主に帰属する当期純利益
516億円
FY21
2021/3
売上高
5,594億円
親会社株主に帰属する当期純利益
546億円
FY22
2022/3
売上高
5,730億円
親会社株主に帰属する当期純利益
875億円
FY23
2023/3
売上高
6,439億円
親会社株主に帰属する当期純利益
913億円
損害保険免許を取得
FY24
2024/3
売上高
6,019億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,222億円
過去最高益
FY25
2025/3
売上高
6,865億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,175億円
  1. 会社設立
    株式会社光通信を設立

    重田康光氏(当時23歳)は日本大学を中退し4年のアルバイト生活の後、「光通信株式会社」を設立。NTT民営化に着目し「ホームテレホン」訪問販売を開始。半年後に第二電電(現KDDI)と提携し代理店業務を始め、1990年からは複写機(主にシャープ製)・ビジネス電話などOA機器の訪問販売に従事。NTT「タウンページ」掲載の530万社情報を中小企業向けアタックリストとして活用した(投資月報1996/7)。

    タウンページ530万社という「誰でも見えるが誰もやらない」市場の発見
  2. 複写機・FAXの販売開始
  3. コンピュータ機器の販売開始
  4. 携帯電話サービス回線販売事業を開始
  5. HITSHOPの展開を開始

    1993年後半にNTTが長距離通話値下げを実施、NTTやDDIも携帯端末をレンタルから売り切りに転換。光通信は需要拡大を見越し訪問販売を縮小、1994年5月東京新宿に「HITSHOP1号店」を開業した。収益柱は携帯各社からの「ストックコミッション」(1台月300円・契約5〜10年)と新規獲得時の「受付コミッション」約4.3万円。1998年3月以降は直営からFC方式に転換し、同年12月には1,816店まで急拡大した。

    急拡大の合理性と架空契約の誘因が同一の収益構造に内在
  6. 株式を店頭公開

    携帯電話の急速な普及により、1995年8月期に光通信は売上高230億円を達成。重田康光は32歳にて株式公開を果たし、史上最年少の株式上場(公開)として注目を浴びた。

  7. 東京証券取引所第一部に株式上場

    1999年12月期に光通信は売上高2592億円を計上。社員の平均年齢26歳という急成長企業として、東京証券取引所第1部に株式上場した。

  8. 事業売却
    HIT SHOP問題(架空契約)

    厳しいノルマで一部社員が架空契約「寝かせ」を実行していたことが露呈。重田社長は当初「我々はむしろ被害者」と主張したが信頼は失墜し、20日連続ストップ安、株価は8ヶ月で1/100に暴落、国内ネットバブル崩壊の引き金となった。光通信はFC1041店を閉鎖し直営へ切り戻し、2002年8月期に立退料515億円・投資損失引当金103億円など特損685億円を計上。一方、保有ソフトバンク株売却益800億円で相殺し、同期は純利益50.7億円を確保した。

    バブルの産物であるSB株売却益が崩壊後の損失を相殺した構造的皮肉
  9. 有利子負債の圧縮開始

    HITSHOP問題を受けて、光通信は業績が低迷したことにより財務状況が悪化。借入および社債に依存していたため、有利子負債の圧縮が急務となった。2000年3月末時点で2308億円に及んだ有利子負債(社債・借入)について、2003年3月末までに373億円に圧縮。財務体質の改善を図った。

  10. 複写機の営業強化・営業職を大量採用

    光通信は経営再建のため法人営業へ原点回帰し、SHOP事業の余剰人員を複写機営業に振り向けた。複写機は販売後もストック収入や消耗品収入が見込め、キャッシュポイントが多い点を重視。1990年以来取引のあるシャープ製を中心に、メーカー製品を仕入れ中小企業経営者へ売る営業代行を志向。午前は電話営業、午後は1日5〜6軒を訪問営業した。2003年時点で年1500名を大量採用したが、過酷な営業で離職は年1000名超に及び、厳しい職場として注目された。

    複写機市場で「接触回数」を競争優位に変換した営業モデル
  11. クレイフィッシュを買収
  12. 最終黒字に転換

    光通信はOA機器の販売拡大によって収益のV字回復に成功。光通信は、コピー機を販売する度に販売手数料に加えて、コピー機の利用に応じた手数料が収入となることから、ストック型のビジネスであり、業績の回復に寄与した。

  13. 本社を池袋に移転
  14. ウェブクルー社を買収

    保険代理店およびネット比較サイトを運営するウェブクルー社を買収。取得対価は139億円

  15. ウォーターダイレクトを買収(TOB)

    光通信はウォーターサーバーの販売に参入するため、ウォーターダイレクト社(東証2部上場)に対してTOBによる買収を決定。2014年3月時点のウォーターダイレクト社の概況は、売上高87億円・当期純利益2.4億円・従業員数140名・自己資本比率32.9%であった。

  16. 販売品目の構成変更

    2010年代後半から光通信では法人事業において、販売品目の拡大を指向した。これは従来の主力であった複写機について、デジタル化の浸透によって需要が低迷しつつあり、これに代わる商品の販売を強化することが狙いであった。複写機の代替となる商品は「水(ウォーターサーバー)・新規事業(電力・E-PARKシステム)」などであり、引き続き中小企業向けへの営業を継続した。

  17. 電力事業に新規参入
  18. 時価総額1兆円突破

    光通信は中小企業向けのテレアポによる営業力により、OA機器・携帯電話・ウォーターサーバーを継続販売することにより、安定したコミッションを確保するビジネスモデルを確立。この結果、各事業の収益性が高まり、2018年に時価総額1兆円を突破する。

  19. 損害保険免許を取得
  20. 過去最高益

参考文献・出所

有価証券報告書
光通信コーポレートサイト
日経新聞朝刊
光通信 IR資料
Bloomberg
決算説明会 FY26-1Q
決算説明会 FY26-2Q
決算説明会 FY26-3Q
オープンハウスグループ Webコラム