みずほフィナンシャルグループの沿革(1880〜2025年)

みずほフィナンシャルグループの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1880
1-12月
創業
安田善次郎が合本安田銀行を設立
両替店「安田屋」(1864年創業)を改組し全国5番目の私立銀行として発足
富士銀行の源流。後に「公金の富士」の基盤となる
1902
1-12月
創業
日本興業銀行を設立
日本興業銀行法(1900年公布)に基づく特殊銀行。初代総裁は元大蔵官僚の添田寿一
近代産業勃興期の長期資金供給・外資導入の担い手として誕生
1923
1-12月
M&A
安田銀行など安田系11行が大合同し(株)安田銀行に
第三銀行・明治商業銀行等を合併し預金量日本最大の銀行が誕生
関東大震災後の金融再編の象徴。日本最大の銀行に
1948
1-12月
組織
安田銀行が富士銀行に商号変更
財閥解体に伴い行員アンケートで選定。財閥商号使用解禁後も復帰せず大衆銀行路線を堅持
財閥色からの脱皮と大衆銀行路線の明確な方針表明
1950
1-12月
組織
日本興業銀行が普通銀行に転換
日本興業銀行法廃止に伴う
特殊銀行から普通銀行への制度転換
1952
1-12月
海外
富士銀行がロンドン支店開設
戦後初の海外拠点
輸出産業の海外進出に伴い国際化に着手
組織
日本興業銀行が長期信用銀行に転換
長期信用銀行法施行に伴い再出発。戦後の重化学工業金融を担う体制を整備
戦後復興期の長期資金供給体制の中核として再定義
1960
1-12月
製品
富士銀行が日本ダイナースクラブを設立
日本初のクレジットカード業務へ進出
日本の消費者金融・クレカ業界の嚆矢
1964
1-12月
M&A
日本共同証券設立・山一証券再建で興銀が中核的役割
証券不況時の調整役として参画(山一再建策決定は65年)
産業界の調整役としての興銀の伝統的役割を象徴
1972
1-12月
海外
興銀が初の海外現地法人ドイツ興銀を設立
以後ロンドン・フランクフルト・チューリヒ・香港等に証券業務現地法人を展開
長信銀の国際化・海外証券業務拡大の起点
1984
1-12月
M&A
富士銀行が米ヘラー社を買収
大手金融会社の買収で米国ミドルマーケットへ参入
邦銀の米国リテール市場参入の先駆例
1991
1-12月
業績
東洋信用金庫事件(尾上縫事件)発覚
興銀が料亭経営者尾上縫への巨額融資を実行
与信判断への反省から既取引先深耕路線へ転換する契機
1993
1-12月
組織
興銀証券を設立し証券業務開始
1992年金融制度改革法に基づく銀行の証券子会社解禁を受けて
業態を超えた総合金融化の開始
2000
1-12月
M&A
第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行が共同持株会社みずほホールディングスを設立し経営統合
3行統合によるメガバンク誕生。総資産世界最大級
戦後金融史最大級の再編。メガバンク3行体制の起点
2002
1-12月
業績
みずほ大規模システム統合障害
ATM停止・二重引落・口座振替遅延等が多発
統合直後のガバナンス欠如を露呈。金融庁から業務改善命令
2003
1-12月
組織
みずほフィナンシャルグループ発足
銀行・信託・証券を傘下に持つ金融持株会社として再編
現体制の成立
人事
前田晃伸が初代社長に就任
統合後の体制立上げを主導
2009
1-12月
業績
純損失5,888億円を計上
リーマンショックに伴う信用コスト・株式評価損
サブプライム危機の直撃を受けた金融危機対応期
人事
塚本隆史が社長に就任
リーマンショック後の業績悪化局面での交代
2011
1-12月
業績
みずほ第2次システム障害(東日本大震災義援金処理を契機)
二重引落・ATM停止等。金融庁から業務改善命令
統合10年後も統合システム不備が未解消であったことを露呈
人事
佐藤康博が社長に就任
システム障害後の再建を担う
2013
1-12月
組織
執行役社長制(指名委員会等設置会社)へ移行
ガバナンス強化
ガバナンス改革の一環
組織
みずほ銀行とみずほコーポレート銀行が合併(One Bank化)
旧興銀系・旧勧銀富士系の銀行再統合
3行統合以来の懸案だった銀行一本化を完遂
2015
1-12月
M&A
米RBSから北米貸出債権・人員を受入
債券プライマリー・セカンダリー機能強化の契機
米州CIBビジネス拡大の転機
2018
1-12月
人事
坂井辰史が社長に就任
構造改革とシステム統合完遂を担う
2019
1-12月
業績
純利益96,566百万円に急減(前年▲83%)
構造改革費用・有価証券ポートフォリオ再編損失計上
旧来型銀行モデルの構造的限界を踏まえた一括損失処理
組織
次期勘定系システムMINORI稼働完了
4,000億円超・35万人月規模の大規模プロジェクト完遂
3行統合から19年越しのシステム統合完遂
2021
1-12月
業績
みずほ銀行で大規模システム障害が頻発(通年8回)
ATM通帳取込み不能等。金融庁・財務省から業務改善命令
MINORI稼働直後の障害多発で経営責任問題に発展
2022
1-12月
人事
木原正裕が社長に就任
システム障害を受けた経営刷新
カルチャー変革を掲げた経営体制への転換
2023
1-12月
M&A
米Greenhill買収
約370名のM&A人員を獲得
米国M&A市場でのケイパビリティ獲得
業績
経常収益5兆7,788億円(前年比+46%)
米金利上昇と円安効果
米州CIBビジネス拡大の成果
経営計画
新中期経営計画発表(パーパス「ともに挑む。ともに実る。」)
業務純利益1〜1.1兆円・親会社株主純利益7,000億円台半ばを目標
カルチャー改革と財務構造改革の一体推進
2024
1-12月
組織
新人事制度〈かなで〉導入
エンティティ間の同一職務給与水準を統一
One Mizuho人的資本改革の集大成
業績
経常収益8兆7,445億円・純利益6,790億円
米金利高止まり・マイナス金利解除見込みを背景
過去最高益圏へ回復
2025
1-12月
業績
経常収益9兆303億円・純利益8,854億円で過去最高
カルチャー改革と業績好転の好循環を実証
  1. 創業
    安田善次郎が合本安田銀行を設立

    両替店「安田屋」(1864年創業)を改組し全国5番目の私立銀行として発足

    富士銀行の源流。後に「公金の富士」の基盤となる
  2. 創業
    日本興業銀行を設立

    日本興業銀行法(1900年公布)に基づく特殊銀行。初代総裁は元大蔵官僚の添田寿一

    近代産業勃興期の長期資金供給・外資導入の担い手として誕生
  3. M&A
    安田銀行など安田系11行が大合同し(株)安田銀行に

    第三銀行・明治商業銀行等を合併し預金量日本最大の銀行が誕生

    関東大震災後の金融再編の象徴。日本最大の銀行に
  4. 組織
    安田銀行が富士銀行に商号変更

    財閥解体に伴い行員アンケートで選定。財閥商号使用解禁後も復帰せず大衆銀行路線を堅持

    財閥色からの脱皮と大衆銀行路線の明確な方針表明
  5. 組織
    日本興業銀行が普通銀行に転換

    日本興業銀行法廃止に伴う

    特殊銀行から普通銀行への制度転換
  6. 海外
    富士銀行がロンドン支店開設

    戦後初の海外拠点

    輸出産業の海外進出に伴い国際化に着手
  7. 組織
    日本興業銀行が長期信用銀行に転換

    長期信用銀行法施行に伴い再出発。戦後の重化学工業金融を担う体制を整備

    戦後復興期の長期資金供給体制の中核として再定義
  8. 製品
    富士銀行が日本ダイナースクラブを設立

    日本初のクレジットカード業務へ進出

    日本の消費者金融・クレカ業界の嚆矢
  9. M&A
    日本共同証券設立・山一証券再建で興銀が中核的役割

    証券不況時の調整役として参画(山一再建策決定は65年)

    産業界の調整役としての興銀の伝統的役割を象徴
  10. 海外
    興銀が初の海外現地法人ドイツ興銀を設立

    以後ロンドン・フランクフルト・チューリヒ・香港等に証券業務現地法人を展開

    長信銀の国際化・海外証券業務拡大の起点
  11. M&A
    富士銀行が米ヘラー社を買収

    大手金融会社の買収で米国ミドルマーケットへ参入

    邦銀の米国リテール市場参入の先駆例
  12. 業績
    東洋信用金庫事件(尾上縫事件)発覚

    興銀が料亭経営者尾上縫への巨額融資を実行

    与信判断への反省から既取引先深耕路線へ転換する契機
  13. 組織
    興銀証券を設立し証券業務開始

    1992年金融制度改革法に基づく銀行の証券子会社解禁を受けて

    業態を超えた総合金融化の開始
  14. M&A
    第一勧業銀行・富士銀行・日本興業銀行が共同持株会社みずほホールディングスを設立し経営統合

    3行統合によるメガバンク誕生。総資産世界最大級

    戦後金融史最大級の再編。メガバンク3行体制の起点
  15. 業績
    みずほ大規模システム統合障害

    ATM停止・二重引落・口座振替遅延等が多発

    統合直後のガバナンス欠如を露呈。金融庁から業務改善命令
  16. 組織
    みずほフィナンシャルグループ発足

    銀行・信託・証券を傘下に持つ金融持株会社として再編

    現体制の成立
  17. 人事
    前田晃伸が初代社長に就任
    統合後の体制立上げを主導
  18. 業績
    純損失5,888億円を計上

    リーマンショックに伴う信用コスト・株式評価損

    サブプライム危機の直撃を受けた金融危機対応期
  19. 人事
    塚本隆史が社長に就任
    リーマンショック後の業績悪化局面での交代
  20. 業績
    みずほ第2次システム障害(東日本大震災義援金処理を契機)

    二重引落・ATM停止等。金融庁から業務改善命令

    統合10年後も統合システム不備が未解消であったことを露呈
  21. 人事
    佐藤康博が社長に就任
    システム障害後の再建を担う
  22. 組織
    執行役社長制(指名委員会等設置会社)へ移行

    ガバナンス強化

    ガバナンス改革の一環
  23. 組織
    みずほ銀行とみずほコーポレート銀行が合併(One Bank化)

    旧興銀系・旧勧銀富士系の銀行再統合

    3行統合以来の懸案だった銀行一本化を完遂
  24. M&A
    米RBSから北米貸出債権・人員を受入

    債券プライマリー・セカンダリー機能強化の契機

    米州CIBビジネス拡大の転機
  25. 人事
    坂井辰史が社長に就任
    構造改革とシステム統合完遂を担う
  26. 業績
    純利益96,566百万円に急減(前年▲83%)

    構造改革費用・有価証券ポートフォリオ再編損失計上

    旧来型銀行モデルの構造的限界を踏まえた一括損失処理
  27. 組織
    次期勘定系システムMINORI稼働完了

    4,000億円超・35万人月規模の大規模プロジェクト完遂

    3行統合から19年越しのシステム統合完遂
  28. 業績
    みずほ銀行で大規模システム障害が頻発(通年8回)

    ATM通帳取込み不能等。金融庁・財務省から業務改善命令

    MINORI稼働直後の障害多発で経営責任問題に発展
  29. 人事
    木原正裕が社長に就任

    システム障害を受けた経営刷新

    カルチャー変革を掲げた経営体制への転換
  30. M&A
    米Greenhill買収

    約370名のM&A人員を獲得

    米国M&A市場でのケイパビリティ獲得
  31. 業績
    経常収益5兆7,788億円(前年比+46%)

    米金利上昇と円安効果

    米州CIBビジネス拡大の成果
  32. 経営計画
    新中期経営計画発表(パーパス「ともに挑む。ともに実る。」)

    業務純利益1〜1.1兆円・親会社株主純利益7,000億円台半ばを目標

    カルチャー改革と財務構造改革の一体推進
  33. 組織
    新人事制度〈かなで〉導入

    エンティティ間の同一職務給与水準を統一

    One Mizuho人的資本改革の集大成
  34. 業績
    経常収益8兆7,445億円・純利益6,790億円

    米金利高止まり・マイナス金利解除見込みを背景

    過去最高益圏へ回復
  35. 業績
    経常収益9兆303億円・純利益8,854億円で過去最高
    カルチャー改革と業績好転の好循環を実証

参考文献・出所

有価証券報告書
日本会社史総覧 1995/11/1
日経ビジネス
決算説明会 FY22-2Q
東洋経済オンライン 2019/6/14
決算説明会 FY22
決算説明会 FY23
IR Day FY23
ダイヤモンド・オンライン 2026/1/27