キッコーマンの沿革・歴史的証言

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1917年〜2025

キッコーマンの1917年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1917
1-12月
野田醤油株式会社を設立
家業の個別最適を捨てた一族八家の統合判断
1925
1-12月
組織再編
万上味醂を吸収合併
みりん大手の万上味醂株式会社(現流山キッコーマン)を吸収合併した。野田醤油設立から約7年での合併で、醤油主軸の中にみりんという調味料隣接事業を取り込み、製品ポートフォリオの広がりを得た。
1928
1-12月
野田争議・解雇で収束
近代化投資が招いた労使摩擦と強硬対応の帰結
1930
1-12月
関西工場を新設
需要地近接の生産拠点構築という供給戦略の原型
1934
1-12月
醤油国内シェア1位
業界淘汰期の集中投資が固定化した首位の構造
1949
1-12月
東京証券取引所に株式上場
FY51
1951/12
売上高
65.7億円
当期純利益
4.1億円
FY52
1952/12
売上高
81.9億円
当期純利益
4.5億円
FY53
1953/12
売上高
90.8億円
当期純利益
4.6億円
FY54
1954/12
売上高
103億円
当期純利益
4.9億円
FY55
1955/12
売上高
107億円
当期純利益
6億円
FY56
1956/12
売上高
117億円
当期純利益
7.2億円
FY57
1957/12
売上高
131億円
当期純利益
6.9億円
業務提携
KIKKOMAN INTERNATIONAL, INC. を設立(米国)
売上を超える広告投資が切り開いた北米市場の入口
FY58
1958/12
売上高
139億円
当期純利益
7.3億円
FY59
1959/12
売上高
145億円
当期純利益
7.8億円
FY60
1960/12
売上高
155億円
当期純利益
8.2億円
醤油国内シェアを拡大
醤油製造において技術革新(NK式)により原材料ロスを抑制。これにより生産効率を高め、醤油の価格引き下げを実施。同時並行で整備した全国の営業網が後押しとなり、国内における醤油の生産量シェアを拡大した。
FY61
1961/12
売上高
169億円
当期純利益
8億円
吉幸食品工業株式会社を設立(トマト加工品)
トマト加工品(トマトジュース・トマトケチャップ)に参入するために、長野県に吉幸食品工業を設立。その後、1963年にキッコーマンと米デルモンテと合弁方式に資本形態を変更し、実質的にデルモンテの日本法人として運営された。トマト加工品では国内の先発企業であるカゴメと競争する形となった
株式上場
大阪証券取引所に株式を上場
東京証券取引所に続き、大阪証券取引所にも株式を上場した。資本市場での認知度向上と関西圏での投資家層拡大を狙った上場であったと推察される。
FY62
1962/12
売上高
185億円
当期純利益
8.9億円
利根コカ・コーラボトリング株式会社を設立
他社ブランド活用によるリスク抑制型の多角化参入
マンズワイン株式会社を設立
山梨県勝沼にワイナリー(ぶどう畑)を新設して国産ワイン製造に参入。1964年から「マンズワイン」の販売を開始するも、ワインの市場が小さく苦戦へ
FY63
1963/12
売上高
209億円
当期純利益
9.9億円
FY64
1964/12
売上高
237億円
当期純利益
6.1億円
キッコーマン醤油株式会社に商号変更
FY65
1965/12
売上高
259億円
当期純利益
7.1億円
FY66
1966/12
売上高
292億円
当期純利益
8億円
FY67
1967/12
売上高
333億円
当期純利益
9.3億円
FY68
1968/12
売上高
359億円
当期純利益
10.8億円
FY69
1969/12
売上高
395億円
当期純利益
11.8億円
業務提携
JFC(米国)に経営参加
米国の日本食品卸「JAPAN FOOD CORPORATION」(後のJFC INTERNATIONAL)に経営参加した。1957年設立の販売現法に続く流通網の確保で、北米における日本食材市場の拡大に呼応した動きであった。
FY70
1970/12
売上高
458億円
当期純利益
13.4億円
FY71
1971/12
売上高
520億円
当期純利益
16.5億円
FY72
1972/12
売上高
567億円
当期純利益
16.7億円
海外進出
醤油の北米現地生産
創業家が主導した純利益数年分の集中投資判断
FY73
1973/12
売上高
749億円
当期純利益
16.9億円
FY74
1974/12
売上高
943億円
当期純利益
17.8億円
FY75
1975/12
売上高
942億円
当期純利益
13.3億円
FY76
1976/12
売上高
1,037億円
当期純利益
14.2億円
FY77
1977/12
売上高
1,133億円
当期純利益
15.2億円
FY78
1978/12
売上高
1,170億円
当期純利益
31.2億円
FY79
1979/12
売上高
1,228億円
当期純利益
30億円
FY80
1980/12
売上高
1,238億円
当期純利益
21.2億円
キッコーマン株式会社に商号変更
FY81
1981/12
売上高
1,288億円
当期純利益
16億円
FY82
1982/12
売上高
1,311億円
当期純利益
29.2億円
FY83
1983/12
売上高
1,349億円
当期純利益
35.3億円
海外進出
シンガポールにKIKKOMAN(S)を設立
シンガポールに販売会社「KIKKOMAN (S) PTE. LTD.」を設立した。北米偏重だった海外戦略をアジアに広げる起点となり、東南アジア華人圏への醤油普及活動を本格化させた。
FY84
1984/12
売上高
1,365億円
当期純利益
37億円
FY85
1985/12
マンズワインで異物混入事件が発生
FY86
1986/12
千歳工場を新設
FY90
1990/12
デルモンテ商標の使用権を取得
特別損失ゼロで推移した210億円投資の実質的な帰結
海外進出
台湾に統萬股份有限公司を設立
現地資本との合弁形態で台湾に「統萬股份有限公司」を設立した。台湾は中華圏で最初の現地法人で、同社のアジア醤油普及戦略における要となる拠点となった。
FY92
1992/12
売上高
2,117億円
当期純利益
49億円
FY93
1993/12
売上高
2,035億円
当期純利益
47億円
FY94
1994/12
売上高
2,010億円
当期純利益
66億円
FY95
1995/12
売上高
2,033億円
当期純利益
44億円
FY96
1996/12
売上高
2,060億円
当期純利益
72.8億円
設備投資
オランダにKIKKOMAN FOODS EUROPEを設立
オランダに製造会社「KIKKOMAN FOODS EUROPE B.V.」を設立した。1972年の北米現地生産に続く欧州初の自社工場で、米国型のローカル製造・ローカル販売モデルを欧州市場にも展開する構造変化となった。
FY97
1997/12
売上高
2,143億円
当期純利益
57.1億円
FY98
1998/12
売上高
2,294億円
当期純利益
52.1億円
カリフォルニア工場を新設
FY99
1999/12
売上高
2,217億円
当期純利益
52.8億円
FY00
2000/12
売上高
3,267億円
当期純利益
61.5億円
海外進出
中国・昆山に統万微生物科技を設立
台湾統萬グループとの合弁で、中国・江蘇省昆山に「昆山統万微生物科技有限公司」を設立した。台湾資本を介した中国大陸進出の形で、現地生産による中国市場の開拓を開始した。
FY01
2001/12
売上高
299億円
当期純利益
-4億円
決算期変更により赤字転落
FY02
2002/12
売上高
3,368億円
当期純利益
53億円
FY03
2003/12
売上高
3,425億円
当期純利益
83億円
FY04
2004/12
売上高
3,346億円
当期純利益
92億円
ヒゲタ醤油株式会社に資本参加
国内醤油市場の低迷を受けて、キッコーマンはヒゲタ醤油(千葉県銚子市)への資本参加を決定。キッコーマンは19.5%の株式を保有。1966年からキッコーマンはヒゲタ醤油と販売委託契約を締結していたが、資本関係を深める方向にシフト。出資を受けたヒゲタは収益性改善のために不採算事業(海外・パッキング)から撤退するなど、事業整理を実施した。
FY05
2005/12
売上高
3,446億円
当期純利益
94億円
FY06
2006/12
売上高
3,599億円
当期純利益
101億円
事業売却
焼酎事業をサッポロビールに譲渡
産地性の壁に阻まれた大手資本の焼酎参入と撤退
FY07
2007/12
売上高
3,926億円
当期純利益
107億円
FY08
2008/12
売上高
4,139億円
当期純利益
114億円
理研ビタミンと業務資本提携を締結
紀文フードケミファを買収
キッコーマンは健康飲料(豆乳など)の強化を決定。子会社であった紀文フードケミファ(上場企業)の株式の完全取得を決定。取得原価は154億円で、のれんとして79億円を計上した。買収の狙いは、飲料(投入など)の拡大で、従来の中心だったボトリング(コカ・コーラの下請け)ではなく製品開発に注力する方向性を打ち出す
FY09
2009/12
売上高
4,126億円
当期純利益
27億円
利根コカ・コーラボトリングの株式を一部譲渡
コカコーラ向けボトリング事業の子会社「利根コカコーラボトリング」について、131億円で株式譲渡。保有比率は50%以下(売上高の連結対象外)となり、全社売上高は大幅減収となった
持株会社制に移行
FY10
2010/12
売上高
2,856億円
当期純利益
86億円
FY11
2011/12
売上高
2,834億円
当期純利益
77億円
FY12
2012/12
売上高
2,832億円
親会社株主に帰属する当期純利益
89億円
FY13
2013/12
売上高
3,002億円
親会社株主に帰属する当期純利益
110億円
FY14
2014/12
売上高
3,431億円
親会社株主に帰属する当期純利益
125億円
FY15
2015/12
売上高
3,713億円
親会社株主に帰属する当期純利益
153億円
FY16
2016/12
売上高
4,083億円
親会社株主に帰属する当期純利益
199億円
FY17
2017/12
売上高
4,021億円
親会社株主に帰属する当期純利益
238億円
創立100周年
1917年12月の野田醤油株式会社設立から100周年を迎えた。一族8家の合同を起点に、国内シェア1位確立、米国現地生産、グローバル醤油普及を経て世紀をまたいだ節目となった。
FY18
2018/12
売上高
4,306億円
親会社株主に帰属する当期純利益
238億円
グローバルビジョン2030を策定
長年の普及活動がコロナ禍で可視化された需要基盤
FY19
2019/12
売上高
4,535億円
親会社株主に帰属する当期純利益
259億円
FY20
2020/12
売上高
4,686億円
親会社株主に帰属する当期純利益
265億円
FY21
2021/12
売上高
4,681億円
親会社株主に帰属する当期純利益
288億円
FY22
2022/12
売上高
5,164億円
親会社株主に帰属する当期純利益
389億円
組織再編
プライム市場へ移行・国内食品/飲料事業を統合
東京証券取引所の市場区分の見直しによりプライム市場へ移行した。同時にキッコーマン食品がキッコーマン飲料を吸収合併し、国内食品事業を一本化した。
FY23
2023/12
売上高
6,188億円
親会社株主に帰属する当期純利益
437億円
海外子会社2社を売却
CL社とARG社を売却。日本・アジアの食品を取り扱う卸売の拡大で増収増益へ
FY24
2024/12
売上高
6,608億円
親会社株主に帰属する当期純利益
564億円
業務提携
理研ビタミンとの資本・業務提携を解消
2008年6月から続けてきた理研ビタミンとの資本・業務提携を解消した。家庭用ドレッシング等の協業領域で当初想定していた相乗効果が得にくい状況となり、関係を整理する判断であったと推察される。
FY25
2025/12
売上高
7,089億円
親会社株主に帰属する当期純利益
616億円
  1. 野田醤油株式会社を設立
    家業の個別最適を捨てた一族八家の統合判断
  2. 組織再編
    万上味醂を吸収合併

    みりん大手の万上味醂株式会社(現流山キッコーマン)を吸収合併した。野田醤油設立から約7年での合併で、醤油主軸の中にみりんという調味料隣接事業を取り込み、製品ポートフォリオの広がりを得た。

  3. 野田争議・解雇で収束
    近代化投資が招いた労使摩擦と強硬対応の帰結
  4. 関西工場を新設
    需要地近接の生産拠点構築という供給戦略の原型
  5. 醤油国内シェア1位
    業界淘汰期の集中投資が固定化した首位の構造
  6. 東京証券取引所に株式上場
  7. 業務提携
    KIKKOMAN INTERNATIONAL, INC. を設立(米国)
    売上を超える広告投資が切り開いた北米市場の入口
  8. 醤油国内シェアを拡大

    醤油製造において技術革新(NK式)により原材料ロスを抑制。これにより生産効率を高め、醤油の価格引き下げを実施。同時並行で整備した全国の営業網が後押しとなり、国内における醤油の生産量シェアを拡大した。

  9. 吉幸食品工業株式会社を設立(トマト加工品)

    トマト加工品(トマトジュース・トマトケチャップ)に参入するために、長野県に吉幸食品工業を設立。その後、1963年にキッコーマンと米デルモンテと合弁方式に資本形態を変更し、実質的にデルモンテの日本法人として運営された。トマト加工品では国内の先発企業であるカゴメと競争する形となった

  10. 株式上場
    大阪証券取引所に株式を上場

    東京証券取引所に続き、大阪証券取引所にも株式を上場した。資本市場での認知度向上と関西圏での投資家層拡大を狙った上場であったと推察される。

  11. 利根コカ・コーラボトリング株式会社を設立
    他社ブランド活用によるリスク抑制型の多角化参入
  12. マンズワイン株式会社を設立

    山梨県勝沼にワイナリー(ぶどう畑)を新設して国産ワイン製造に参入。1964年から「マンズワイン」の販売を開始するも、ワインの市場が小さく苦戦へ

  13. キッコーマン醤油株式会社に商号変更
  14. 業務提携
    JFC(米国)に経営参加

    米国の日本食品卸「JAPAN FOOD CORPORATION」(後のJFC INTERNATIONAL)に経営参加した。1957年設立の販売現法に続く流通網の確保で、北米における日本食材市場の拡大に呼応した動きであった。

  15. 海外進出
    醤油の北米現地生産
    創業家が主導した純利益数年分の集中投資判断
  16. キッコーマン株式会社に商号変更
  17. 海外進出
    シンガポールにKIKKOMAN(S)を設立

    シンガポールに販売会社「KIKKOMAN (S) PTE. LTD.」を設立した。北米偏重だった海外戦略をアジアに広げる起点となり、東南アジア華人圏への醤油普及活動を本格化させた。

  18. マンズワインで異物混入事件が発生
  19. 千歳工場を新設
  20. デルモンテ商標の使用権を取得
    特別損失ゼロで推移した210億円投資の実質的な帰結
  21. 海外進出
    台湾に統萬股份有限公司を設立

    現地資本との合弁形態で台湾に「統萬股份有限公司」を設立した。台湾は中華圏で最初の現地法人で、同社のアジア醤油普及戦略における要となる拠点となった。

  22. 設備投資
    オランダにKIKKOMAN FOODS EUROPEを設立

    オランダに製造会社「KIKKOMAN FOODS EUROPE B.V.」を設立した。1972年の北米現地生産に続く欧州初の自社工場で、米国型のローカル製造・ローカル販売モデルを欧州市場にも展開する構造変化となった。

  23. カリフォルニア工場を新設
  24. 海外進出
    中国・昆山に統万微生物科技を設立

    台湾統萬グループとの合弁で、中国・江蘇省昆山に「昆山統万微生物科技有限公司」を設立した。台湾資本を介した中国大陸進出の形で、現地生産による中国市場の開拓を開始した。

  25. 決算期変更により赤字転落
  26. ヒゲタ醤油株式会社に資本参加

    国内醤油市場の低迷を受けて、キッコーマンはヒゲタ醤油(千葉県銚子市)への資本参加を決定。キッコーマンは19.5%の株式を保有。1966年からキッコーマンはヒゲタ醤油と販売委託契約を締結していたが、資本関係を深める方向にシフト。出資を受けたヒゲタは収益性改善のために不採算事業(海外・パッキング)から撤退するなど、事業整理を実施した。

  27. 事業売却
    焼酎事業をサッポロビールに譲渡
    産地性の壁に阻まれた大手資本の焼酎参入と撤退
  28. 理研ビタミンと業務資本提携を締結
  29. 紀文フードケミファを買収

    キッコーマンは健康飲料(豆乳など)の強化を決定。子会社であった紀文フードケミファ(上場企業)の株式の完全取得を決定。取得原価は154億円で、のれんとして79億円を計上した。買収の狙いは、飲料(投入など)の拡大で、従来の中心だったボトリング(コカ・コーラの下請け)ではなく製品開発に注力する方向性を打ち出す

  30. 利根コカ・コーラボトリングの株式を一部譲渡

    コカコーラ向けボトリング事業の子会社「利根コカコーラボトリング」について、131億円で株式譲渡。保有比率は50%以下(売上高の連結対象外)となり、全社売上高は大幅減収となった

  31. 持株会社制に移行
  32. 創立100周年

    1917年12月の野田醤油株式会社設立から100周年を迎えた。一族8家の合同を起点に、国内シェア1位確立、米国現地生産、グローバル醤油普及を経て世紀をまたいだ節目となった。

  33. グローバルビジョン2030を策定
    長年の普及活動がコロナ禍で可視化された需要基盤
  34. 組織再編
    プライム市場へ移行・国内食品/飲料事業を統合

    東京証券取引所の市場区分の見直しによりプライム市場へ移行した。同時にキッコーマン食品がキッコーマン飲料を吸収合併し、国内食品事業を一本化した。

  35. 海外子会社2社を売却

    CL社とARG社を売却。日本・アジアの食品を取り扱う卸売の拡大で増収増益へ

  36. 業務提携
    理研ビタミンとの資本・業務提携を解消

    2008年6月から続けてきた理研ビタミンとの資本・業務提携を解消した。家庭用ドレッシング等の協業領域で当初想定していた相乗効果が得にくい状況となり、関係を整理する判断であったと推察される。

歴史的証言

読売新聞記事(野田争議前夜の情勢描写)
野田は一時無警察状態
読売新聞記事(醤油業界の淘汰描写)
1923年における醤油製造業者の総数は全国的に約1.5万軒の多きに達していたが、今年度の数字は総計8500軒を示しているにすぎない
読売新聞記事(野田・銚子販売戦の構図)
銚子側はその能力の比較的新製品の多い関係から現在のところ、野田側6分、銚子側4分の形勢である
読売新聞 株式評欄
食品株では味の素といろいろの点で比較される。内容のよいことでは放って記し、売上高もだいたい同じ
公正取引委員会 審決
野田醤油の行為が自由競争を阻害している
公正取引委員会 審決
しょう油の卸売価格または、小売価格については販売業者にいかなる干渉をしてはならない
読売新聞記事(国内醤油業界の描写)
4大メーカーから、下は家内工業的な零細メーカーまで実に5000の醤油会社が、この狭い国内でしのぎを削っている
実業の世界 記事
野田醤油の”キッコーマン”醤油がアメリカにおいて爆発的な人気を呼び、"味の素"と共に今や国際商品として大きく注目されるに至った
実業の世界 記事
西部アメリカのほとんどの主要都市におけるスーパーマーケットの権利を野田醤油の販売機関である"キッコーマン・インターナショナル"が獲得している
茂木友三郎
工場建設によってかなりの製品運賃を節減でき、さらに間接的ではあるが原料の運賃も節減できる
茂木友三郎
次のような結論が得られ、会社として「アメリカへ工場を作ろう」との意思決定が行われた
茂木友三郎
美しい農村地帯の一角である。200エーカーの土地を購入したが、当初は大きすぎるけれども、将来の発展を期待して大きなものを買った
地元住民(業界誌が伝えた声)
絶対に工場を作らせない
日経ビジネス 記事
伝統的な日本独特の醸造食品でありながら、1社で35%ものシェアを握り、米国進出も軌道に乗せたキッコーマン醤油
茂木啓三郎
食べ物は本物であって、うまいことが非常に大事なんです
茂木啓三郎
オール・パーパス・シーズニング(万能調味料)といって、ステーキだけでなく、サラダにかけたり、スープに2、3滴たらしたり、どんどん新しい用途が広がっている
日経金融新聞 記事
国内のしょうゆ市場のシェアを見ると、1位のキッコマンでも3割弱に過ぎず、大手5社を合わせても5割にも満たない。残りは中小が乱立状態でどのメーカーも決定的な価格支配力を持っていない
日経金融新聞 記事
広告宣伝をベースにした地道な営業の限界も見えてきた

参考文献・出所

有価証券報告書
野田醤油社史
日本醤油産業史
読売新聞 1926/4/5
読売新聞 1929/8/29
読売新聞 1954/11/20
読売新聞 1955/12/28
キッコーマン社史
茂木啓三郎回顧録
読売新聞 1957/11/13
実業の世界 1961/2
日本醸造協会雑誌 1972/12
日本醸造協会雑誌 1976
日経ビジネス 1978/4/24
日経新聞 2006/7/17
決算説明会 FY19
決算説明会 FY21
日経金融新聞 1999/4/15
日経MJ 2013/10/14
日経ビジネス 2024/1
JBpress 2024/4
財界オンライン
決算説明会 FY22 2023/4/27
決算説明会 FY23 2024/4/26
キッコーマン 統合報告書 2024