中外製薬の沿革・歴史的証言

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1925年〜2025

中外製薬の1925年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1925
1-12月
会社設立
中外新薬商会を創業
「ザルブロ一点張り」という資本制約下の集中戦略
1927
1-12月
会社設立
医薬品製造に着手
1925年の創業以来、輸入販売を主力としていた中外新薬商会は、1927年1月に医薬品製造に着手した。よって輸入依存から自社製造へ事業基盤を拡張し、後年の解毒剤グロンサン発売など独自製剤の土台を築いた。
1943
1-12月
組織再編
株式会社化と「中外製薬」へ商号変更
1943年3月、中外新薬商会は株式会社に組織変更し、商号を中外製薬株式会社(本社・東京都)に変更した。すなわち戦時下における医薬品製造の体制整備を背景に、現在に続く社名と法人格をこの時点で確立している。
1944
1-12月
組織再編設備投資
松永製薬所を吸収合併・松永工場開設
1944年4月、株式会社松永製薬所を吸収合併し広島県に松永工場を開設した。よって関西圏における製造拠点を獲得し、戦中・戦後の医薬品増産体制の一翼を担うこととなった。
1951
1-12月
解毒剤「グロンサン」の発売
特許と製造技術で築いた「グロンサン依存」の構造
FY56
1956/12
東京証券取引所に株式上場
FY60
1960/12
総合研究所を新設
FY66
1966/12
無配転落・早期退職者を募集
中外製薬の売上成長を牽引してきた大衆向け医薬品「グロンサン」の販売不振により業績が悪化。1966年3月期に中外製薬は経営再建のために早期退職者420名の募集を実施。
FY71
1971/12
臨床検査薬に参入
FY84
1984/12
米Genetics Instituteに資本参加・EPOの製造販売権を取得
FY87
1987/12
EPOを巡り競合の米アムジェン社から提訴・特許係争へ
富士御殿場研究所を新設
FY89
1989/12
米ジェンブローブ社を買収(DNA診断薬)
FY90
1990/12
業務提携海外進出
ローヌ・プーランと合弁・中外ローヌ・プーラン設立
1990年6月、フランスのローヌ・プーラン社との合弁企業として「中外ローヌ・プーラン」をフランスに設立した。すなわち1980年代以降の欧米製薬大手との提携路線を継続し、欧州市場におけるバイオ製剤の販路構築を狙った布石となっている。
宇都宮工場を新設
FY91
1991/12
バイオ製剤「ノイトロジン」を発売
十数年の研究継続がもたらしたバイオ創薬基盤
FY92
1992/12
売上高
1,594億円
当期純利益
69億円
永山治氏が代表取締役社長に就任
FY93
1993/12
売上高
1,713億円
当期純利益
82億円
海外進出
英国に中外ファーマ・ユーケーを設立
1993年5月、英国に「中外ファーマ・ユーケー・リミテッド」を設立した。よって欧州市場における自社販売網の整備に着手し、その後ロンドン駐在事務所の現地法人化(1994年・中外ファーマ・ヨーロッパ)にもつながる欧州展開の起点となった。
FY94
1994/12
売上高
385億円
当期純利益
26億円
FY95
1995/12
売上高
1,815億円
当期純利益
98億円
米国に現地法人を新設(バイオ)
FY96
1996/12
売上高
1,856億円
当期純利益
115億円
FY97
1997/12
売上高
1,857億円
当期純利益
97億円
FY98
1998/12
売上高
1,895億円
当期純利益
80億円
FY99
1999/12
売上高
1,955億円
当期純利益
87億円
FY00
2000/12
売上高
2,030億円
当期純利益
155億円
FY01
2001/12
売上高
2,030億円
当期純利益
155億円
筑波研究所を新設
FY02
2002/12
売上高
2,117億円
当期純利益
145億円
組織再編海外進出
米国持株会社・中外USAを設立
2002年3月、米国に持株会社「中外ユー・エス・エー・インコーポレーテッド」を設立した。すなわち米国における複数の現地法人を一元管理する体制を整え、後年(2015年10月)の持株会社と開発子会社の統合に至る米国組織再編の起点となった。
事業売却
ジェン・プローブをスピンオフ
2002年9月、1989年に買収した米国DNA診断薬企業ジェン・プローブ・インコーポレーテッドをスピンオフした。あわせて中外診断科学の全株式を富士レビオに譲渡している。よってロシュとの戦略提携に先立ち、診断薬事業を整理し創薬への集中を進めた。
業務提携
ロシュと戦略提携を締結
「過半出資の受け入れ」という創薬集中への代償設計
FY03
2003/12
売上高
2,327億円
当期純利益
284億円
高田研究所・松永工場を閉鎖
FY04
2004/12
売上高
2,946億円
当期純利益
341億円
一般用医薬品事業をライオンに譲渡
FY05
2005/12
売上高
3,271億円
当期純利益
536億円
国産初の抗体医薬品「アクテムラ」を発売
筑波研究所を閉鎖
事業売却
鏡石工場と東北中外製薬をニプロに譲渡
2005年6月、鏡石工場および東北中外製薬株式会社をニプロ株式会社に譲渡した。よって筑波研究所の閉鎖(同年3月)に続く生産・研究の選別が進み、ロシュ提携後の創薬集中という戦略方針が拠点再編の形で具体化していった。
FY06
2006/12
売上高
3,261億円
当期純利益
384億円
医薬品製造事業を子会社に移管
FY07
2007/12
売上高
3,448億円
当期純利益
400億円
FY08
2008/12
売上高
3,269億円
当期純利益
392億円
FY09
2009/12
売上高
4,289億円
当期純利益
566億円
FY10
2010/12
売上高
3,795億円
当期純利益
414億円
事業撤退
中外製薬工業 鎌倉工場を閉鎖
2010年12月、中外製薬工業株式会社の鎌倉工場を閉鎖した。すなわち2006年の医薬品製造事業の子会社移管以降、生産拠点の集約が継続的に進められたことを示す動きとなっている。
FY11
2011/12
売上高
3,735億円
当期純利益
352億円
FY12
2012/12
売上高
3,912億円
親会社株主に帰属する当期純利益
482億円
海外進出
シンガポールに研究子会社を設立
2012年1月、抗体医薬の探索研究を担う「中外ファーマボディ・リサーチ・ピーティーイー・リミテッド」をシンガポールに設立した。よって国産初の抗体医薬アクテムラ発売後の研究機能を海外に拡張し、アジア圏における創薬研究拠点の整備を進めた。
FY13
2013/12
売上高
4,260億円
親会社株主に帰属する当期純利益
506億円
FY14
2014/12
売上高
4,611億円
親会社株主に帰属する当期純利益
509億円
海外進出
中国に日健中外製薬を設立
2014年3月、中国に「日健中外製薬有限公司」を設立した。すなわち中国市場における事業展開の足場を整え、2016年6月の泰州日健中外製薬工業の設立、2022年4月の中国における開発・販売機能統合へと連なる中国体制構築の起点となった。
FY15
2015/12
売上高
4,988億円
親会社株主に帰属する当期純利益
611億円
海外子会社を再編
抗体医薬品・血友病A治療薬「ヘムライブラ」を発売(エミシズマブ)
FY16
2016/12
売上高
4,917億円
親会社株主に帰属する当期純利益
535億円
FY17
2017/12
売上高
5,341億円
親会社株主に帰属する当期純利益
727億円
FY18
2018/12
売上高
5,797億円
親会社株主に帰属する当期純利益
924億円
FY19
2019/12
売上高
6,861億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,575億円
FY20
2020/12
売上高
7,869億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,147億円
FY21
2021/12
売上高
9,997億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,029億円
FY22
2022/12
売上高
12,597億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,744億円
組織再編
中国における開発・販売機能を統合
2022年4月、中国における開発機能と販売機能等を統合した。よって2014年の日健中外製薬設立以降に拡張してきた中国拠点を一体運営し、現地での開発から販売までの意思決定を迅速化する体制へと再編した。
FY23
2023/12
売上高
11,113億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,254億円
事業撤退
富士御殿場研究所と鎌倉研究所を閉鎖
2023年3月、富士御殿場研究所および鎌倉研究所を閉鎖した。すなわち中外ライフサイエンスパーク横浜(同年4月稼働)への研究機能の集約に伴い、地方研究所を整理する形で研究体制の再編を進めた。
中外ライフサイエンスパーク横浜を稼働
FY24
2024/12
売上高
11,706億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,873億円
FY25
2025/12
売上高
12,579億円
親会社株主に帰属する当期純利益
4,340億円
  1. 会社設立
    中外新薬商会を創業
    「ザルブロ一点張り」という資本制約下の集中戦略
  2. 会社設立
    医薬品製造に着手

    1925年の創業以来、輸入販売を主力としていた中外新薬商会は、1927年1月に医薬品製造に着手した。よって輸入依存から自社製造へ事業基盤を拡張し、後年の解毒剤グロンサン発売など独自製剤の土台を築いた。

  3. 組織再編
    株式会社化と「中外製薬」へ商号変更

    1943年3月、中外新薬商会は株式会社に組織変更し、商号を中外製薬株式会社(本社・東京都)に変更した。すなわち戦時下における医薬品製造の体制整備を背景に、現在に続く社名と法人格をこの時点で確立している。

  4. 組織再編設備投資
    松永製薬所を吸収合併・松永工場開設

    1944年4月、株式会社松永製薬所を吸収合併し広島県に松永工場を開設した。よって関西圏における製造拠点を獲得し、戦中・戦後の医薬品増産体制の一翼を担うこととなった。

  5. 解毒剤「グロンサン」の発売
    特許と製造技術で築いた「グロンサン依存」の構造
  6. 東京証券取引所に株式上場
  7. 総合研究所を新設
  8. 無配転落・早期退職者を募集

    中外製薬の売上成長を牽引してきた大衆向け医薬品「グロンサン」の販売不振により業績が悪化。1966年3月期に中外製薬は経営再建のために早期退職者420名の募集を実施。

  9. 臨床検査薬に参入
  10. 米Genetics Instituteに資本参加・EPOの製造販売権を取得
  11. EPOを巡り競合の米アムジェン社から提訴・特許係争へ
  12. 富士御殿場研究所を新設
  13. 米ジェンブローブ社を買収(DNA診断薬)
  14. 業務提携海外進出
    ローヌ・プーランと合弁・中外ローヌ・プーラン設立

    1990年6月、フランスのローヌ・プーラン社との合弁企業として「中外ローヌ・プーラン」をフランスに設立した。すなわち1980年代以降の欧米製薬大手との提携路線を継続し、欧州市場におけるバイオ製剤の販路構築を狙った布石となっている。

  15. 宇都宮工場を新設
  16. バイオ製剤「ノイトロジン」を発売
    十数年の研究継続がもたらしたバイオ創薬基盤
  17. 永山治氏が代表取締役社長に就任
  18. 海外進出
    英国に中外ファーマ・ユーケーを設立

    1993年5月、英国に「中外ファーマ・ユーケー・リミテッド」を設立した。よって欧州市場における自社販売網の整備に着手し、その後ロンドン駐在事務所の現地法人化(1994年・中外ファーマ・ヨーロッパ)にもつながる欧州展開の起点となった。

  19. 米国に現地法人を新設(バイオ)
  20. 筑波研究所を新設
  21. 組織再編海外進出
    米国持株会社・中外USAを設立

    2002年3月、米国に持株会社「中外ユー・エス・エー・インコーポレーテッド」を設立した。すなわち米国における複数の現地法人を一元管理する体制を整え、後年(2015年10月)の持株会社と開発子会社の統合に至る米国組織再編の起点となった。

  22. 事業売却
    ジェン・プローブをスピンオフ

    2002年9月、1989年に買収した米国DNA診断薬企業ジェン・プローブ・インコーポレーテッドをスピンオフした。あわせて中外診断科学の全株式を富士レビオに譲渡している。よってロシュとの戦略提携に先立ち、診断薬事業を整理し創薬への集中を進めた。

  23. 業務提携
    ロシュと戦略提携を締結
    「過半出資の受け入れ」という創薬集中への代償設計
  24. 高田研究所・松永工場を閉鎖
  25. 一般用医薬品事業をライオンに譲渡
  26. 国産初の抗体医薬品「アクテムラ」を発売
  27. 筑波研究所を閉鎖
  28. 事業売却
    鏡石工場と東北中外製薬をニプロに譲渡

    2005年6月、鏡石工場および東北中外製薬株式会社をニプロ株式会社に譲渡した。よって筑波研究所の閉鎖(同年3月)に続く生産・研究の選別が進み、ロシュ提携後の創薬集中という戦略方針が拠点再編の形で具体化していった。

  29. 医薬品製造事業を子会社に移管
  30. 事業撤退
    中外製薬工業 鎌倉工場を閉鎖

    2010年12月、中外製薬工業株式会社の鎌倉工場を閉鎖した。すなわち2006年の医薬品製造事業の子会社移管以降、生産拠点の集約が継続的に進められたことを示す動きとなっている。

  31. 海外進出
    シンガポールに研究子会社を設立

    2012年1月、抗体医薬の探索研究を担う「中外ファーマボディ・リサーチ・ピーティーイー・リミテッド」をシンガポールに設立した。よって国産初の抗体医薬アクテムラ発売後の研究機能を海外に拡張し、アジア圏における創薬研究拠点の整備を進めた。

  32. 海外進出
    中国に日健中外製薬を設立

    2014年3月、中国に「日健中外製薬有限公司」を設立した。すなわち中国市場における事業展開の足場を整え、2016年6月の泰州日健中外製薬工業の設立、2022年4月の中国における開発・販売機能統合へと連なる中国体制構築の起点となった。

  33. 海外子会社を再編
  34. 抗体医薬品・血友病A治療薬「ヘムライブラ」を発売(エミシズマブ)
  35. 組織再編
    中国における開発・販売機能を統合

    2022年4月、中国における開発機能と販売機能等を統合した。よって2014年の日健中外製薬設立以降に拡張してきた中国拠点を一体運営し、現地での開発から販売までの意思決定を迅速化する体制へと再編した。

  36. 事業撤退
    富士御殿場研究所と鎌倉研究所を閉鎖

    2023年3月、富士御殿場研究所および鎌倉研究所を閉鎖した。すなわち中外ライフサイエンスパーク横浜(同年4月稼働)への研究機能の集約に伴い、地方研究所を整理する形で研究体制の再編を進めた。

  37. 中外ライフサイエンスパーク横浜を稼働

歴史的証言

上野十蔵
ザルブロ一点張り
上野十蔵
書くことのできない薬は、心臓と肝臓の治療薬です
上野十蔵
日本の復興にはまず薬屋が必要
上野十蔵
私は確信をもっている。しかし万が一、失敗したら、私はそのおわびに私の家、屋敷を借金のカタに提供する
月刊経済 1965/6 記者評
どこに「オルカ」と皮肉を言いたくなる
日経新聞 2000/1/21 記事
売上高100億ドル、研究開発費20億ドル
日経新聞 2001/12/17 記事
単独では中長期の成長戦略を描けない苦しい台所事情が浮かび上がる
永山治
平幕と横綱

参考文献・出所

有価証券報告書
ダイヤモンド 1963/3/25
月刊経済 1965/6
HARVARD BUSINESS REVIEW 2022/12/7
日経新聞 2000/1/21
日経新聞 2001/12/17
日経ビジネス 2002/9/9
日経産業新聞 2012/5/21
経済界 2024/12