三菱地所の沿革(1890〜2024年)
三菱地所の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1890 1-12月 | acquisition | 三菱財閥が丸ノ内を一括買収 | 入札ゼロの荒地を30年かけてオフィス街に転換した超長期投資 | |||
1894 1-12月 | 三菱1号館を竣工・赤レンガ街の開発 | 専門部署なき「雑務」として30年かけた都市開発の異例 | ||||
1923 1-12月 | 丸ノ内ビルヂングの竣工 | 赤レンガからアメリカ型近代ビルへの建築思想の転換点 | ||||
1937 1-12月 | founding | 三菱地所株式会社を設立 | 財閥解体による3社分割と買い占め対抗の早期再統合 | |||
FY50 1950/3 | 新丸ノ内ビルヂング竣工(初代新丸ビル) | |||||
FY52 1952/3 | 渡辺武次郎氏が社長就任 | 「中興の祖」による45年間の影響力と高層化の機会損失 | ||||
FY56 1956/3 | 大手町ビルを竣工 | |||||
FY59 1959/3 | 丸ノ内総合改造計画を策定 | 赤レンガ街の一括建て替えと三菱グループ求心力の物理的装置 | ||||
FY69 1969/3 | 住宅事業に本格参入・パークハウスの事業展開を開始 | |||||
FY71 1971/3 | 東京海上ビル建て替え論争 | 自社の土地でない高層化を止められなかった景観統制の限界 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 837億円 | 当期純利益 80億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 935億円 | 当期純利益 83億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 1,048億円 | 当期純利益 94億円 | ||||
FY79 1979/3 | 売上高 1,124億円 | 当期純利益 105億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 1,256億円 | 当期純利益 129億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 1,350億円 | 当期純利益 143億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 1,474億円 | 当期純利益 154億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 1,538億円 | 当期純利益 161億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 1,856億円 | 当期純利益 184億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 1,918億円 | 当期純利益 205億円 | ||||
FY86 1986/3 | 初代丸ビル建て替え問題 1923年に竣工した東京駅前の丸ビルは、1980年代になると60年が経過して老朽化が目立つようになった。そこで、三菱地所は丸ビルの建て替え計画を何度も立案するが、法律事務所などの個人テナントが350も入居する丸ビルの立ち退きが困難を極めた。
このため、丸ビルは、東京駅前という「日本一の一等地」でありながらも、老朽化した大正時代のビルとして使用を続ける状態に陥った。 | |||||
FY90 1990/3 | ロックフェラーグループに資本参加 1990年に三菱地所はニューヨークの一等地に位置する「ロックフェラーセンタービル」を買収する方針を決断し、海外進出を図った。当時は日本企業が世界を席巻すると欧米では恐れられたことから、現地のメディアは悲観的な報道をしている。
しかし、1990年代を通じてNYの不動産市況が低迷したためにロックフェラーセンターでの採算を取ることが困難となった。このため、1995年に三菱地所は1000億円近い固定資産除却損を計上した上で、ロックフェラーセンタービルから撤退した。 | |||||
FY94 1994/3 | 営業収益 5,588億円 | 当期純利益 225億円 | 横浜ランドマークタワーを竣工 | |||
FY95 1995/3 | 営業収益 5,634億円 | 当期純利益 150億円 | ||||
FY96 1996/3 | 営業収益 5,512億円 | 当期純利益 -989億円 | 初代丸ビルの建て替え計画を発表(2002年丸ビル竣工) | 阪神大震災が築70年の丸ビル建て替えを実現させた転機 | ||
FY97 1997/3 | 営業収益 5,591億円 | 当期純利益 383億円 | ||||
FY98 1998/3 | 営業収益 5,487億円 | 当期純利益 318億円 | ||||
FY99 1999/3 | 営業収益 5,652億円 | 当期純利益 223億円 | ||||
FY00 2000/3 | 営業収益 5,743億円 | 当期純利益 184億円 | ||||
FY01 2001/3 | 営業収益 6,309億円 | 当期純利益 198億円 | ||||
FY02 2002/3 | 営業収益 6,315億円 | 当期純利益 -710億円 | ロイヤルパークホテルの事業展開を開始 | |||
固定資産の評価替えにより最終赤字に転落 | ||||||
FY03 2003/3 | 営業収益 6,817億円 | 当期純利益 360億円 | ||||
FY04 2004/3 | 営業収益 6,799億円 | 当期純利益 349億円 | ||||
FY05 2005/3 | 営業収益 7,753億円 | 当期純利益 362億円 | ||||
FY06 2006/3 | 営業収益 8,442億円 | 当期純利益 558億円 | ||||
FY07 2007/3 | 営業収益 9,476億円 | 当期純利益 976億円 | ||||
FY08 2008/3 | 営業収益 7,876億円 | 当期純利益 869億円 | 2代目新丸ビルの竣工・丸の内地区の再開発を加速 | |||
FY09 2009/3 | 営業収益 9,426億円 | 当期純利益 454億円 | ||||
FY10 2010/3 | 営業収益 10,134億円 | 当期純利益 119億円 | ||||
FY11 2011/3 | 営業収益 9,884億円 | 当期純利益 642億円 | 三菱地所レジデンスを発足。ザ・パークハウスの展開開始 | リーマンショックが加速させた藤和不動産の段階的子会社化 | ||
FY12 2012/3 | 営業収益 10,130億円 | 当期純利益 565億円 | ||||
FY13 2013/3 | 営業収益 9,271億円 | 当期純利益 455億円 | 大手町フィナンシャルシティ竣工・大手町地区の再開発を本格化 | |||
FY14 2014/3 | 営業収益 10,752億円 | 当期純利益 642億円 | グランフロント大阪を開業 | |||
FY15 2015/3 | 営業収益 11,102億円 | 当期純利益 733億円 | ||||
FY16 2016/3 | 営業収益 10,094億円 | 当期純利益 834億円 | 大名古屋ビルヂングを竣工 | |||
FY17 2017/3 | 営業収益 11,254億円 | 当期純利益 1,026億円 | ||||
FY18 2018/3 | 営業収益 11,940億円 | 当期純利益 1,204億円 | ||||
FY19 2019/3 | 営業収益 12,632億円 | 当期純利益 1,346億円 | ||||
FY20 2020/3 | 営業収益 13,021億円 | 当期純利益 1,484億円 | 長期経営計画2030を策定 | |||
FY21 2021/3 | 営業収益 12,075億円 | 当期純利益 1,356億円 | ||||
FY22 2022/3 | 営業収益 13,494億円 | 当期純利益 1,551億円 | 常盤橋タワーを竣工 | |||
FY23 2023/3 | 営業収益 13,778億円 | 当期純利益 1,653億円 | ||||
FY24 2024/3 | 営業収益 15,046億円 | 当期純利益 1,684億円 |
- 三菱財閥が丸ノ内を一括買収入札ゼロの荒地を30年かけてオフィス街に転換した超長期投資
- 三菱1号館を竣工・赤レンガ街の開発専門部署なき「雑務」として30年かけた都市開発の異例
- 丸ノ内ビルヂングの竣工赤レンガからアメリカ型近代ビルへの建築思想の転換点
- 三菱地所株式会社を設立財閥解体による3社分割と買い占め対抗の早期再統合
- 新丸ノ内ビルヂング竣工(初代新丸ビル)
- 渡辺武次郎氏が社長就任「中興の祖」による45年間の影響力と高層化の機会損失
- 大手町ビルを竣工
- 丸ノ内総合改造計画を策定赤レンガ街の一括建て替えと三菱グループ求心力の物理的装置
- 住宅事業に本格参入・パークハウスの事業展開を開始
- 東京海上ビル建て替え論争自社の土地でない高層化を止められなかった景観統制の限界
- 初代丸ビル建て替え問題
1923年に竣工した東京駅前の丸ビルは、1980年代になると60年が経過して老朽化が目立つようになった。そこで、三菱地所は丸ビルの建て替え計画を何度も立案するが、法律事務所などの個人テナントが350も入居する丸ビルの立ち退きが困難を極めた。 このため、丸ビルは、東京駅前という「日本一の一等地」でありながらも、老朽化した大正時代のビルとして使用を続ける状態に陥った。
- ロックフェラーグループに資本参加
1990年に三菱地所はニューヨークの一等地に位置する「ロックフェラーセンタービル」を買収する方針を決断し、海外進出を図った。当時は日本企業が世界を席巻すると欧米では恐れられたことから、現地のメディアは悲観的な報道をしている。 しかし、1990年代を通じてNYの不動産市況が低迷したためにロックフェラーセンターでの採算を取ることが困難となった。このため、1995年に三菱地所は1000億円近い固定資産除却損を計上した上で、ロックフェラーセンタービルから撤退した。
- 横浜ランドマークタワーを竣工
- 初代丸ビルの建て替え計画を発表(2002年丸ビル竣工)阪神大震災が築70年の丸ビル建て替えを実現させた転機
- ロイヤルパークホテルの事業展開を開始
- 固定資産の評価替えにより最終赤字に転落
- 2代目新丸ビルの竣工・丸の内地区の再開発を加速
- 三菱地所レジデンスを発足。ザ・パークハウスの展開開始リーマンショックが加速させた藤和不動産の段階的子会社化
- 大手町フィナンシャルシティ竣工・大手町地区の再開発を本格化
- グランフロント大阪を開業
- 大名古屋ビルヂングを竣工
- 長期経営計画2030を策定
- 常盤橋タワーを竣工
参考文献・出所
有価証券報告書 沿革
三菱地所社史
丸の内百年のあゆみ
日経ビジネス
有価証券報告書
三菱地所IR
長期経営計画2030
日経新聞
IR 決算説明QA FY24-Q2 2024/11/11
IR 決算説明QA FY25-Q2 2025/11/7
三菱地所 長期経営計画2030
三菱地所 決算説明会資料