オリンパスの沿革・歴史的証言

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1919年〜2025

オリンパスの1919年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1919
1-12月
会社設立
株式会社高千穂製作所を設立
共同出資と株式分散が方向づけたオリンパスの経営構造
東京幡ヶ谷に本社工場を新設
オリンパス設立に伴い新工場の建設を決定。常盤商会グループの「帝国合金」が幡ヶ谷駅付近にあった縁で同地に新設した。1919年夏に着工し10月に完成。完成と同時に会社創立総会を開いて事業を開始した。設立時の従業員は約80名で、生産技術を担う職工が中心。顕微鏡製造は精密部品加工やレンズ研磨など高度な技術を要し、職人確保が不可欠だったためである。創業期のレンズ生産は秘匿化され、関係者以外立入禁止の部屋で研磨していたという。
1921
1-12月
顕微鏡で「オリンパス」の商標取得
1920年にオリンパスは顕微鏡「旭号」を発売したものの、ドイツ製(ツァイスなど)の輸入品との競争に直面。日本国内では欧米からの輸入品が重視される時代であり、国産品であった「旭号」は販売で苦戦した。そこで、1920年10月に「オリンパス」の商標を取得。海外風の商標を採用するが、国産品への評判が悪い状態は続き、戦前を通じて顕微鏡の販売に苦戦した。
1923
1-12月
事業売却
財務状況が悪化。体温計事業を仁丹テルモに譲渡
創業4年目の事業撤退と「工場分割」という構造的負債
1929
1-12月
森下仁丹を提訴。和解へ
株主間紛争と「顕微鏡事業の存続」を賭けた法的決着
1933
1-12月
海軍省指定工場に登録・海軍病院に納入へ
戦前の軍備増強を受けて1933年に海軍がオリンパスを指定工場に登録。同社は顕微鏡を全国の海軍病院に納入し販売数量を安定させた。1937年から軍需品生産を本格化し、砲鏡・双眼鏡・測定器を生産、各種工作機械で量産体制を敷いた。終戦間際の1943年12月に諏訪、1944年2月に伊那の両工場を長野県内に新設し疎開。1945年の空襲で本社工場(渋谷区幡ヶ谷)が被災し信州が主力となった。諏訪工場は戦後いち早くカメラ量産体制を確立し復興に寄与した。
1939
1-12月
安宅商会が経営支援。穏便に経営体制の変更へ
戦時中の生産増強に対して、オリンパスは工場新設のための資金難に直面。そこで、国内の有力商社である安宅商会(のちの安宅産業)から財務支援を受けることを決め、創業者である山下氏を含めた経営陣の入れ替えを実施した。安宅商会によるオリンパスの支援に際しては、穏便に行われ、目立った混乱は生じなかった。この結果、オリンパスの創業者である山下長氏は社長を穏便に退任し、安宅商会から派遣された後任者に経営を譲った。
1942
1-12月
高千穂光学工業に商号変更
高千穂製作所から高千穂光学工業株式会社に商号変更した。すなわち光学機器メーカーとしての位置づけを社名に明示する動きであり、戦時下の軍需対応にも対応した体制再編の一環であった。
1949
1-12月
オリンパス光学工業に商号変更
高千穂光学工業株式会社からオリンパス光学工業株式会社へ商号変更した。1921年に取得した「オリンパス」商標をついに社名に据え、ブランドと社名を一致させる転換となった。
FY50
1950/3
東京証券取引所に株式上場
胃カメラを開発。医療機器に参入
顧客主導で形成された内視鏡事業と学会ネットワーク
FY56
1956/3
輸出基本方針を策定。カメラ輸出を本格化
1954年の国内カメラ販売不振を受け、オリンパスは輸出注力を決定。1955年に「輸出基本方針」を策定し、製品の最低30%を輸出する方針を発表した。輸出先は北米(米・加)に集中させ、ニューヨークを起点に売り込んだ。輸出機種は主力の「オリンパス35」と「オリンパスワイド」に絞った。1956年に高橋社長が渡米して現地販売企業を視察。米国販売総代理店としてブロックウェイ社を選定し同年9月に契約締結。期間5ヵ年、宣伝費年400万ドル負担とした。
FY59
1959/3
売上高
15.6億円
当期純利益
1.28億円
FY60
1960/3
売上高
20.3億円
当期純利益
1.38億円
FY61
1961/3
売上高
28.6億円
当期純利益
1.8億円
FY62
1962/3
売上高
41.6億円
当期純利益
3.4億円
カメラ「オリンパス・ペンEE」を発売。爆発的ヒットへ
自動露出とレンズ設計の組合せが開いたカメラの大衆化
FY63
1963/3
売上高
57.3億円
当期純利益
3.6億円
FY64
1964/3
売上高
79.3億円
当期純利益
3.3億円
八王子事業を新設・本社工場を移転
1950年代を通じてオリンパスは「顕微鏡・測定器・胃カメラ・カメラ」といった多品種を展開し、このうち特にカメラの需要が増大した。一方で、本社工場の周辺は宅地化が進行しており工場の拡張が困難であったため、関東圏における新しい生産拠点として八王子に工場を新設することを決定。1963年8月に八王子事業所を新設し、1967年までに本社工場の移転を完了した。生産品目は本社工場で担当していた医療機器(グラスファイバー)が中心であった。
FY65
1965/3
売上高
82.1億円
当期純利益
3.4億円
現地法人を通じたカメラ輸出を本格化
FY66
1966/3
売上高
79.8億円
当期純利益
3.1億円
FY67
1967/3
売上高
95億円
当期純利益
3.7億円
FY68
1968/3
売上高
117.3億円
当期純利益
4.8億円
海外進出
米国販売法人Olympus Corporation of Americaを設立
Olympus Corporation of America(現・Olympus America Inc.)を設立した。米国における顕微鏡・医療機器の販売を強化する動きであり、後の北米事業統括会社設立への布石となった。
FY69
1969/3
売上高
143.6億円
当期純利益
6.4億円
第三事業部を発足・内視鏡事業を本格化
事業部新設という「経営の意思」が変えた内視鏡の位置づけ
FY70
1970/3
売上高
189.3億円
当期純利益
7.5億円
FY71
1971/3
売上高
184.7億円
当期純利益
2.4億円
FY72
1972/3
売上高
206.3億円
当期純利益
2.8億円
小型一眼レフカメラ「OM-1」を発売
FY73
1973/3
売上高
265.6億円
当期純利益
6.3億円
FY74
1974/3
売上高
380.3億円
当期純利益
12.1億円
FY75
1975/3
売上高
459億円
当期純利益
26.9億円
FY76
1976/3
売上高
535億円
当期純利益
31.8億円
FY77
1977/3
売上高
639億円
当期純利益
39.2億円
FY78
1978/3
売上高
655億円
当期純利益
33.6億円
FY79
1979/3
売上高
810億円
当期純利益
49億円
FY80
1980/3
売上高
963億円
当期純利益
63.2億円
本社を西新宿に移転
FY81
1981/3
売上高
1,031億円
当期純利益
67.8億円
辰野事業所を新設
FY82
1982/3
売上高
1,089億円
当期純利益
72.9億円
FY83
1983/3
売上高
1,058億円
当期純利益
35億円
FY84
1984/3
売上高
1,159億円
当期純利益
40.5億円
FY88
1988/3
金融資産運用を積極化
プラザ合意による円高で輸出依存のオリンパスは収益性が悪化。利益確保のため1987年5月20日の常務会で、債権・外国債権・株式先物・債権先物など金融資産運用の積極化を決定した。しかしバブル崩壊後に数百億円の含み損を抱え、回収のため1993年頃からよりリスクの高い金融商品の運用を強めたが状況は改善しなかった。1998年頃には損失額が950億円に達したという。含み損は計上を先送りしたが、1990年代後半の時価会計導入で暗礁に乗り上げた。
FY92
1992/3
売上高
2,601億円
当期純利益
50億円
FY93
1993/3
売上高
2,677億円
当期純利益
38億円
FY94
1994/3
売上高
2,395億円
当期純利益
5億円
日の出工場を新設(東京都西多摩郡)
FY95
1995/3
売上高
2,520億円
当期純利益
31億円
FY96
1996/3
売上高
2,561億円
当期純利益
20億円
FY97
1997/3
売上高
3,104億円
当期純利益
23億円
FY98
1998/3
売上高
3,649億円
当期純利益
93億円
FY99
1999/3
売上高
4,137億円
当期純利益
88億円
FY00
2000/3
売上高
4,286億円
当期純利益
18億円
FY01
2001/3
売上高
4,667億円
当期純利益
117億円
FY02
2002/3
売上高
5,284億円
当期純利益
102億円
FY03
2003/3
売上高
5,643億円
当期純利益
243億円
5カ年の「経営基本計画」を策定
「映像・医療の二軸投資」が浮き彫りにした事業選択の問い
FY04
2004/3
売上高
6,336億円
当期純利益
335億円
オリンパス株式会社に商号変更
FY05
2005/3
売上高
8,135億円
当期純利益
-118億円
組織再編
映像・医療を会社分割で別法人化
映像事業をオリンパスイメージング株式会社、医療分野をオリンパスメディカルシステムズ株式会社として会社分割した。すなわち中核事業を分社化することで意思決定を機動化させる狙いであり、2015年の再吸収まで続く体制となった。
FY06
2006/3
売上高
9,781億円
当期純利益
285億円
FY07
2007/3
売上高
10,617億円
当期純利益
477億円
FY08
2008/3
売上高
11,288億円
当期純利益
579億円
Gyrus Group PLCを買収
2008年2月にオリンパスは英医療機器メーカーGyrus Groupを2597億円で買収した。現預金控除後の取得支出は2322億円に及び、同社として大規模買収となった。Gyrusは低侵襲治療における高周波技術をコアとし、泌尿器・婦人科向け機器を製造販売していた。オリンパスは内視鏡に次ぐ新領域として展開を狙った。なお買収のFA報酬を6.8億円に設定し、粉飾決算の帳尻合わせも施された。よって本買収は2011年の粉飾露呈時に問題視された。
FY09
2009/3
売上高
9,808億円
当期純利益
-1,148億円
FY10
2010/3
売上高
8,830億円
当期純利益
477億円
FY11
2011/3
売上高
8,471億円
当期純利益
38億円
FY12
2012/3
売上高
8,485億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-489億円
Olympus Corporation of Asiaを設立
長年の不正会計が露呈(オリンパス事件)
FY13
2013/3
売上高
7,438億円
親会社株主に帰属する当期純利益
80億円
情報通信事業を売却
携帯電話端末の販売を手がける子会社ITX社(FY2011・売上高2294億円・営業利益53億円)の売却を決定。売却額は530億円で、売却先は日本産業パートナーを選定
FY14
2014/3
売上高
7,132億円
親会社株主に帰属する当期純利益
136億円
FY15
2015/3
売上高
7,646億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-87億円
FY16
2016/3
売上高
8,045億円
親会社株主に帰属する当期純利益
625億円
組織再編
医療・映像を本体に再吸収
オリンパスメディカルシステムズ株式会社の吸収分割およびオリンパスイメージング株式会社との合併により、医療分野および映像事業を当社に吸収した。2004年の分社化を経て、グループ運営を本体集約型へ戻す再編であった。
FY17
2017/3
売上高
7,438億円
親会社株主に帰属する当期純利益
714億円
本社を八王子に移転
FY18
2018/3
売上高
7,889億円
親会社株主に帰属する当期純利益
461億円
FY19
2019/3
売上高
7,938億円
親会社株主に帰属する当期純利益
81億円
バリューアクトが大量保有報告書を提出
FY20
2020/3
売上高
7,552億円
親会社株主に帰属する当期純利益
516億円
医療分野のグローバル展開に集中投資を決定
FY21
2021/3
売上高
7,305億円
親会社株主に帰属する当期純利益
129億円
映像事業(カメラ製造)から撤退
医療機器で買収積極化
企業買収
蘭Quest Photonic Devicesを買収
Quest Photonic Devices B.V.を買収した。すなわち外科領域における蛍光イメージング技術を獲得する動きであり、内視鏡を超えた手術関連事業の拡張につながった。
FY22
2022/3
売上高
7,501億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,157億円
企業買収
イスラエルMedi-Tateを買収
Medi-Tate Ltd.を買収した。泌尿器科領域を強化する狙いであり、医療機器ポートフォリオの中で前立腺関連治療デバイスの取り扱いを広げる動きであった。
FY23
2023/3
売上高
8,819億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,434億円
FY24
2024/3
売上高
9,257億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,425億円
完全子会社エビデントを売却・顕微鏡領域から撤退
医療機器に集中するために、祖業である顕微鏡に加えて、非破壊検査、X線分析計からの撤退を決定。これらの事業を担当していた完全子会社「株式会社エビデント」の株式を全て売却することを決定した。売却先はベインキャピタル系の投資ファンド「株式会社BCJ-66」であり、売却の譲渡価格は4276億円となった。これに伴い、FY2023にオリンパスは子会社株式譲渡による売却益として2472億円を計上した。
FY25
2025/3
売上高
9,973億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,178億円
事業撤退
整形外科事業をポラリス・キャピタルに譲渡
整形外科事業をポラリス・キャピタル・グループに譲渡した。すなわち医療分野の中でも内視鏡・治療機器に経営資源を集中する流れの中で、非中核とみなした領域を切り離す動きであった。
  1. 会社設立
    株式会社高千穂製作所を設立
    共同出資と株式分散が方向づけたオリンパスの経営構造
  2. 東京幡ヶ谷に本社工場を新設

    オリンパス設立に伴い新工場の建設を決定。常盤商会グループの「帝国合金」が幡ヶ谷駅付近にあった縁で同地に新設した。1919年夏に着工し10月に完成。完成と同時に会社創立総会を開いて事業を開始した。設立時の従業員は約80名で、生産技術を担う職工が中心。顕微鏡製造は精密部品加工やレンズ研磨など高度な技術を要し、職人確保が不可欠だったためである。創業期のレンズ生産は秘匿化され、関係者以外立入禁止の部屋で研磨していたという。

  3. 顕微鏡で「オリンパス」の商標取得

    1920年にオリンパスは顕微鏡「旭号」を発売したものの、ドイツ製(ツァイスなど)の輸入品との競争に直面。日本国内では欧米からの輸入品が重視される時代であり、国産品であった「旭号」は販売で苦戦した。そこで、1920年10月に「オリンパス」の商標を取得。海外風の商標を採用するが、国産品への評判が悪い状態は続き、戦前を通じて顕微鏡の販売に苦戦した。

  4. 事業売却
    財務状況が悪化。体温計事業を仁丹テルモに譲渡
    創業4年目の事業撤退と「工場分割」という構造的負債
  5. 森下仁丹を提訴。和解へ
    株主間紛争と「顕微鏡事業の存続」を賭けた法的決着
  6. 海軍省指定工場に登録・海軍病院に納入へ

    戦前の軍備増強を受けて1933年に海軍がオリンパスを指定工場に登録。同社は顕微鏡を全国の海軍病院に納入し販売数量を安定させた。1937年から軍需品生産を本格化し、砲鏡・双眼鏡・測定器を生産、各種工作機械で量産体制を敷いた。終戦間際の1943年12月に諏訪、1944年2月に伊那の両工場を長野県内に新設し疎開。1945年の空襲で本社工場(渋谷区幡ヶ谷)が被災し信州が主力となった。諏訪工場は戦後いち早くカメラ量産体制を確立し復興に寄与した。

  7. 安宅商会が経営支援。穏便に経営体制の変更へ

    戦時中の生産増強に対して、オリンパスは工場新設のための資金難に直面。そこで、国内の有力商社である安宅商会(のちの安宅産業)から財務支援を受けることを決め、創業者である山下氏を含めた経営陣の入れ替えを実施した。安宅商会によるオリンパスの支援に際しては、穏便に行われ、目立った混乱は生じなかった。この結果、オリンパスの創業者である山下長氏は社長を穏便に退任し、安宅商会から派遣された後任者に経営を譲った。

  8. 高千穂光学工業に商号変更

    高千穂製作所から高千穂光学工業株式会社に商号変更した。すなわち光学機器メーカーとしての位置づけを社名に明示する動きであり、戦時下の軍需対応にも対応した体制再編の一環であった。

  9. オリンパス光学工業に商号変更

    高千穂光学工業株式会社からオリンパス光学工業株式会社へ商号変更した。1921年に取得した「オリンパス」商標をついに社名に据え、ブランドと社名を一致させる転換となった。

  10. 東京証券取引所に株式上場
  11. 胃カメラを開発。医療機器に参入
    顧客主導で形成された内視鏡事業と学会ネットワーク
  12. 輸出基本方針を策定。カメラ輸出を本格化

    1954年の国内カメラ販売不振を受け、オリンパスは輸出注力を決定。1955年に「輸出基本方針」を策定し、製品の最低30%を輸出する方針を発表した。輸出先は北米(米・加)に集中させ、ニューヨークを起点に売り込んだ。輸出機種は主力の「オリンパス35」と「オリンパスワイド」に絞った。1956年に高橋社長が渡米して現地販売企業を視察。米国販売総代理店としてブロックウェイ社を選定し同年9月に契約締結。期間5ヵ年、宣伝費年400万ドル負担とした。

  13. カメラ「オリンパス・ペンEE」を発売。爆発的ヒットへ
    自動露出とレンズ設計の組合せが開いたカメラの大衆化
  14. 八王子事業を新設・本社工場を移転

    1950年代を通じてオリンパスは「顕微鏡・測定器・胃カメラ・カメラ」といった多品種を展開し、このうち特にカメラの需要が増大した。一方で、本社工場の周辺は宅地化が進行しており工場の拡張が困難であったため、関東圏における新しい生産拠点として八王子に工場を新設することを決定。1963年8月に八王子事業所を新設し、1967年までに本社工場の移転を完了した。生産品目は本社工場で担当していた医療機器(グラスファイバー)が中心であった。

  15. 現地法人を通じたカメラ輸出を本格化
  16. 海外進出
    米国販売法人Olympus Corporation of Americaを設立

    Olympus Corporation of America(現・Olympus America Inc.)を設立した。米国における顕微鏡・医療機器の販売を強化する動きであり、後の北米事業統括会社設立への布石となった。

  17. 第三事業部を発足・内視鏡事業を本格化
    事業部新設という「経営の意思」が変えた内視鏡の位置づけ
  18. 小型一眼レフカメラ「OM-1」を発売
  19. 本社を西新宿に移転
  20. 辰野事業所を新設
  21. 金融資産運用を積極化

    プラザ合意による円高で輸出依存のオリンパスは収益性が悪化。利益確保のため1987年5月20日の常務会で、債権・外国債権・株式先物・債権先物など金融資産運用の積極化を決定した。しかしバブル崩壊後に数百億円の含み損を抱え、回収のため1993年頃からよりリスクの高い金融商品の運用を強めたが状況は改善しなかった。1998年頃には損失額が950億円に達したという。含み損は計上を先送りしたが、1990年代後半の時価会計導入で暗礁に乗り上げた。

  22. 日の出工場を新設(東京都西多摩郡)
  23. 5カ年の「経営基本計画」を策定
    「映像・医療の二軸投資」が浮き彫りにした事業選択の問い
  24. オリンパス株式会社に商号変更
  25. 組織再編
    映像・医療を会社分割で別法人化

    映像事業をオリンパスイメージング株式会社、医療分野をオリンパスメディカルシステムズ株式会社として会社分割した。すなわち中核事業を分社化することで意思決定を機動化させる狙いであり、2015年の再吸収まで続く体制となった。

  26. Gyrus Group PLCを買収

    2008年2月にオリンパスは英医療機器メーカーGyrus Groupを2597億円で買収した。現預金控除後の取得支出は2322億円に及び、同社として大規模買収となった。Gyrusは低侵襲治療における高周波技術をコアとし、泌尿器・婦人科向け機器を製造販売していた。オリンパスは内視鏡に次ぐ新領域として展開を狙った。なお買収のFA報酬を6.8億円に設定し、粉飾決算の帳尻合わせも施された。よって本買収は2011年の粉飾露呈時に問題視された。

  27. Olympus Corporation of Asiaを設立
  28. 長年の不正会計が露呈(オリンパス事件)
  29. 情報通信事業を売却

    携帯電話端末の販売を手がける子会社ITX社(FY2011・売上高2294億円・営業利益53億円)の売却を決定。売却額は530億円で、売却先は日本産業パートナーを選定

  30. 組織再編
    医療・映像を本体に再吸収

    オリンパスメディカルシステムズ株式会社の吸収分割およびオリンパスイメージング株式会社との合併により、医療分野および映像事業を当社に吸収した。2004年の分社化を経て、グループ運営を本体集約型へ戻す再編であった。

  31. 本社を八王子に移転
  32. バリューアクトが大量保有報告書を提出
  33. 医療分野のグローバル展開に集中投資を決定
  34. 映像事業(カメラ製造)から撤退
  35. 医療機器で買収積極化
  36. 企業買収
    蘭Quest Photonic Devicesを買収

    Quest Photonic Devices B.V.を買収した。すなわち外科領域における蛍光イメージング技術を獲得する動きであり、内視鏡を超えた手術関連事業の拡張につながった。

  37. 企業買収
    イスラエルMedi-Tateを買収

    Medi-Tate Ltd.を買収した。泌尿器科領域を強化する狙いであり、医療機器ポートフォリオの中で前立腺関連治療デバイスの取り扱いを広げる動きであった。

  38. 完全子会社エビデントを売却・顕微鏡領域から撤退

    医療機器に集中するために、祖業である顕微鏡に加えて、非破壊検査、X線分析計からの撤退を決定。これらの事業を担当していた完全子会社「株式会社エビデント」の株式を全て売却することを決定した。売却先はベインキャピタル系の投資ファンド「株式会社BCJ-66」であり、売却の譲渡価格は4276億円となった。これに伴い、FY2023にオリンパスは子会社株式譲渡による売却益として2472億円を計上した。

  39. 事業撤退
    整形外科事業をポラリス・キャピタルに譲渡

    整形外科事業をポラリス・キャピタル・グループに譲渡した。すなわち医療分野の中でも内視鏡・治療機器に経営資源を集中する流れの中で、非中核とみなした領域を切り離す動きであった。

参考文献・出所

有価証券報告書
オリンパス社史
日経ビジネス
日経産業新聞
決算説明会 FY23
Bloomberg
ウッドフォード告発記事
日経ビジネス 2020/08
決算説明会 FY25
決算説明会 FY26-3Q
オリンパス プレスリリース Elevate 2025
東洋経済オンライン 2025/07/24
東洋経済オンライン 2025/12/18