沿革年表 1907〜2025年における重要度別の出来事(合計37件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
麒麟麦酒株式会社を共同設立
歴史的意義yutaka sugiura
1907年の麒麟麦酒設立が示唆するのは、ビール産業の競争優位が「味」ではなく「資本と販路」に宿るという構造が、明治期の段階ですでに形成されていた点である。大日本麦酒の合同提案を拒否したJBCは、味の差別化ではなく、三菱の信用力と明治屋の流通網という非製品要素で対抗した。製品差が小さい市場では、誰が作るかより、誰が届けるかが勝敗を分ける。この構造的特性は、その後120年にわたるビール業界の競争を規定し続けている。
1907
1-12月
清涼飲料に新規参入・キリンレモンの製造開始
1928
1-12月
東京証券取引所に株式上場
1949
1-12月
ビール市場で国内シェアトップを確保
FY54
1954/12
ビール工場の新増設
1950年代の日本ビール市場は家計所得回復と都市部人口増加で拡大し、需要は首都圏・中京圏中心に伸びた。生産能力差が販売数量に直結する構造から需要地近郊への工場配置が競争条件となり、輸送・鮮度管理の制約から大消費地立地が重視された。麒麟麦酒は1957年東京工場を皮切りに、1961年横浜第二工場、1962年名古屋工場と拠点配置を進めた。資金は内部留保と三菱銀行等の借入を併用。この投資が1970年代のシェア過半確保の供給基盤を形成した。
工場の立地そのものが競争だった時代
FY57
1957/12
子会社キリンビバレッジを設立
FY63
1963/12
子会社キリンビバレッジを設立
FY71
1971/12
売上高
3,236億円
当期純利益
74億円
子会社キリンシーグラムを設立
FY72
1972/12
売上高
3,748億円
当期純利益
97億円
ビール市場で国内シェア60%を突破
歴史的意義yutaka sugiura
シェア60%超という数字は、キリンの競争力を証明すると同時に、成長の天井を可視化した。競合の戦略失敗(アサヒの業務用依存、サッポロのブランド廃止)がキリンの独走を助けた側面も大きく、キリンが「勝った」のと同じくらい、競合が「負けた」ことがシェア集中の要因であった。皮肉なのは、この圧倒的優位が制度的制約と組織の慣性を生み、15年後のスーパードライに対する反応の遅さにつながった点である。支配的地位は守るべきものが多すぎて、変化への対応力を構造的に弱めるという逆説を、キリンの歴史は体現している。
FY73
1973/12
売上高
4,297億円
当期純利益
111億円
FY74
1974/12
売上高
4,818億円
当期純利益
95億円
昭和50年度構造計画を策定
歴史的意義yutaka sugiura
1975年の構造計画は、ビール事業が強すぎるがゆえに生じた多角化の必要性を文書化した点で先見的であった。しかし、強い事業を持つ企業ほど、周辺領域への展開は「リスク分散」にとどまり、収益構造を変えるほどの投資には至りにくい。キリンの多角化がビールに代わる柱を生むまでに約30年を要した事実は、主力事業のキャッシュフローが潤沢なほど、経営の緊迫感が薄れ、変革の速度が落ちるという組織的な慣性の力を示している。
FY75
1975/12
売上高
5,286億円
当期純利益
97億円
FY76
1976/12
売上高
5,993億円
当期純利益
136億円
FY77
1977/12
売上高
6,694億円
当期純利益
165億円
FY78
1978/12
売上高
7,863億円
当期純利益
186億円
FY79
1979/12
売上高
8,305億円
当期純利益
166億円
FY80
1980/12
売上高
8,559億円
当期純利益
190億円
FY81
1981/12
売上高
9,848億円
当期純利益
201億円
重要事項
抗体医薬に新規参入
歴史的意義yutaka sugiura
キリンがバイオ医薬という傍流に参入できた最大の理由は、逆説的だが、ビール事業が圧倒的に強かったことにある。安定したキャッシュフローがあるからこそ、回収に10年以上かかる研究投資を正当化できた。主流の化学合成医薬に参入しなかったのは、既存プレーヤーとの正面衝突を避ける知恵であると同時に、「急がなくてよい」という財務的余裕の表れでもあった。傍流への参入は、本業の強さが生む時間的余裕なしには成立しない戦略である。
FY82
1982/12
売上高
10,417億円
当期純利益
188億円
FY83
1983/12
売上高
10,698億円
当期純利益
196億円
FY84
1984/12
売上高
11,518億円
当期純利益
251億円
組織再編
事業部制を導入
歴史的意義yutaka sugiura
1987年の事業部制導入は、「正しい改革を、正しいタイミングで行った」にもかかわらず機能しなかった稀有な事例である。商品別の採算管理も、現場への権限委譲も、問題の本質を捉えていなかった。市場が求めていたのは組織の俊敏さではなく、主力商品の味を変えるかどうかという一点の戦略判断であった。組織改革は経営者に「やっている感」を与えるが、製品そのものを変える覚悟の代替にはならない。この教訓は、あらゆる業界の大企業に通底する。
FY87
1987/12
ビールの国内シェア下落
歴史的意義yutaka sugiura
ドライショックにおけるキリンの対応は、しばしば「判断の遅れ」として語られるが、本質はむしろ「変えないという積極的な判断」を行った点にある。60%のシェアを持つ企業が味を変えることは、9.6%のアサヒが味を変えることとはまったく異なるリスク計算を伴う。キリンは合理的に現状維持を選んだのであり、それ自体は経営判断として成立していた。問題は、合理的な判断が結果として誤りとなるケースが存在するということである。市場の非連続な変化に対しては、合理性よりも覚悟が問われる。
FY89
1989/12
業務提携
EPO製剤を発売(アムジェンから製品導入)
歴史的意義yutaka sugiura
EPO製剤の事業化において、キリンが選んだのは「自ら開発する」ではなく「開発に成功した相手と組む」という判断であった。同時期に独自路線を選んだ中外製薬がアムジェンとの特許紛争に巻き込まれたことを考えると、提携という選択は法的リスクの回避という意味で決定的であった。バイオ医薬の主戦場では、技術力よりも知財の扱い方が競争力を左右する。キリンの「作らない参入」は、異業種からの医薬品参入における一つの解答を示している。
FY90
1990/12
組織再編
キリンビバレッジに商号変更
清涼飲料事業部門を営業譲渡し、自動販売サービス株式会社をキリンビバレッジ株式会社に商号変更した。1963年設立の自販機事業会社が、1991年に飲料事業の主軸会社として再編された。
FY91
1991/12
売上高
15,300億円
当期純利益
431億円
FY92
1992/12
売上高
16,019億円
当期純利益
477億円
FY93
1993/12
売上高
15,748億円
当期純利益
429億円
FY94
1994/12
売上高
16,985億円
当期純利益
522億円
FY95
1995/12
売上高
16,332億円
当期純利益
400億円
海外進出
加藤壹康
Kirin Brewery of Americaを設立
米国市場への本格参入を狙い、Kirin Brewery of America, LLCを設立した。北米におけるキリンブランドのビール販売拠点を整備し、その後の海外展開の足掛かりとした。
FY96
1996/12
売上高
15,963億円
当期純利益
343億円
加藤壹康
FY97
1997/12
売上高
15,050億円
当期純利益
253億円
業務提携
加藤壹康
豪Lion Nathanへ資本参加
オセアニア最大級のビール会社Lion Nathan Ltd.に資本参加し、アジア・オセアニア戦略の起点とした。後の豪州ビール事業統合の出発点となった。
FY98
1998/12
売上高
14,772億円
当期純利益
270億円
加藤壹康
長期経営ビジョン「KG21」を策定
FY99
1999/12
売上高
14,512億円
当期純利益
332億円
加藤壹康
FY00
2000/12
売上高
15,808億円
当期純利益
329億円
加藤壹康
麦酒・発泡酒の国内市場でシェアトップ陥落
FY01
2001/12
業務提携
加藤壹康
比San Miguel Corporationへ資本参加
フィリピンの飲料・食品大手San Miguel Corporationに資本参加した。東南アジアにおけるビール事業の足場を築き、2009年のSan Miguel Brewery株式取得につながる布石となった。
FY02
2002/12
加藤壹康
FY03
2003/12
売上高
15,618億円
当期純利益
231億円
加藤壹康
FY04
2004/12
売上高
16,548億円
当期純利益
490億円
加藤壹康
FY05
2005/12
売上高
16,322億円
当期純利益
512億円
加藤壹康
長期経営構想「KV2015」を策定
FY06
2006/12
売上高
16,659億円
当期純利益
535億円
加藤壹康
持株会社制に移行・キリンホールディングスに商号変更
FY07
2007/12
売上高
18,011億円
当期純利益
667億円
San Miguel Foods Australia HDを買収(豪州)
組織再編
協和発酵工業へ資本参加
医薬・バイオ事業強化のため協和発酵工業に資本参加。翌年のキリンファーマとの合併、協和発酵キリン発足につながる戦略的な医薬事業の足場となった。
加藤壹康
協和発酵工業を買収・協和キリンの発足
FY08
2008/12
売上高
23,035億円
当期純利益
801億円
企業買収
三宅占二
San Miguel Brewery株式を取得
フィリピンのSan Miguel Brewery Inc.株式を取得し、東南アジア最大級のビール市場へ参入した。2002年のSMC資本参加から段階的にビール事業へ深く関与する流れとなった。
FY09
2009/12
売上高
22,784億円
当期純利益
491億円
三宅占二
メルシャンを買収
FY10
2010/12
売上高
21,778億円
当期純利益
113億円
企業買収
三宅占二
ベトナムInterfoodを連結子会社化
ベトナムの飲料会社Interfood Shareholding Companyを連結子会社化した。東南アジアにおける清涼飲料事業の現地生産・販売基盤を獲得した。
FY11
2011/12
売上高
20,717億円
当期純利益
74億円
重要事項企業買収
Schincariol社を買収
歴史的意義yutaka sugiura
ブラジル買収の失敗は、市場の魅力度が高いほど、買い手の目が曇るという構造的な罠を示している。年率10%の成長率やビール消費量の大きさは、創業家間の株主紛争リスクや現地でのガバナンス構築の難しさを覆い隠した。約3,000億円の投下資本に対し1,400億円の減損という結果は、「成長市場に参入すれば企業価値が上がる」という前提そのものの脆弱さを証明した。買収判断において最も検証すべきは市場の成長性ではなく、自社がその市場で意思決定の主導権を握れるかどうかである。
三宅占二
FY12
2012/12
売上高
21,861億円
親会社株主に帰属する当期純利益
561億円
組織再編
三宅占二
キリン株式会社設立、CSV本部新設
国内酒類・飲料・薬品事業を統括する中間持株会社「キリン株式会社」を設立し、共通価値の創造を掲げるCSV本部を新設した。グループ経営とCSV経営の体制を構築した。
FY13
2013/12
売上高
22,545億円
親会社株主に帰属する当期純利益
856億円
磯崎功典
FY14
2014/12
売上高
21,957億円
親会社株主に帰属する当期純利益
323億円
磯崎功典
FY15
2015/12
売上高
21,969億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-473億円
磯崎功典
FY16
2016/12
売上高
20,750億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,181億円
磯崎功典
FY17
2017/12
売上高
19,708億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,286億円
磯崎功典
FY18
2018/12
売上高
19,305億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,642億円
企業買収
磯崎功典
ファンケルへ資本参加
ヘルスサイエンス領域強化のため、化粧品・健康食品大手のファンケルに資本参加した。出資による段階的な関係構築を経て、2024年の完全子会社化につながる入り口となった。
FY19
2019/12
売上高
19,413億円
親会社株主に帰属する当期純利益
596億円
企業買収
磯崎功典
New Belgium Brewingを完全子会社化
クラフトビールの米New Belgium Brewing Company, Inc.を完全子会社化した。クラフトカテゴリーで北米市場を取りに行く戦略の一環で、後続のBell's Brewery等と合わせ北米クラフト基盤を構築した。
FY20
2020/12
売上高
18,495億円
親会社株主に帰属する当期純利益
719億円
重要事項株主対応
英運用会社IFPの株主提案を株主総会で否決、多角化を堅持
経営判断をよむ →
磯崎功典
FY21
2021/12
売上高
18,215億円
親会社株主に帰属する当期純利益
597億円
磯崎功典
ミャンマー市場からの撤退を決定
ミャンマーにおけるクーデターの発生を受けて撤退を決定。ミャンマーの現地法人(MBLなど)の売却を決定し、2022年12月期にミャンマー関連で減損損失680億円を計上した。
FY22
2022/12
売上高
19,894億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,110億円
企業買収
南方健志
豪Blackmoresを完全子会社化
オーストラリアの健康食品大手Blackmores Limitedを完全子会社化した。ヘルスサイエンス事業をビール事業に並ぶ柱に育てる戦略の中核買収であり、グローバルヘルスサイエンス展開を加速した。
FY23
2023/12
売上高
21,343億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,126億円
企業買収
南方健志
Orchard Therapeuticsを完全子会社化
遺伝子治療を手掛ける英Orchard Therapeutics plcを完全子会社化した。協和キリンと並ぶ医薬・バイオ領域での技術獲得型M&Aとして位置付けられる。
FY24
2024/12
売上高
23,383億円
親会社株主に帰属する当期純利益
582億円
重要事項企業買収
ファンケルをTOBにより完全子会社化
ファンケルの完全子会社化は、少数出資という「様子見」の資本関係が、ヘルスサイエンスのような長期的な事業育成には不向きであることを認めた判断である。上場子会社のまま研究投資や商品戦略を一体化しようとしても、少数株主への配慮が意思決定の速度と深度を制約する。2019年の出資から5年で完全子会社化に至った経緯は、「提携でできること」と「統合でしかできないこと」の境界を実地で学んだ過程と読み取れる。戦略の本気度は、資本構造に表れる。
経営判断をよむ →
南方健志
FY25
2025/12
売上高
24,333億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,475億円
  1. 会社設立
    麒麟麦酒株式会社を共同設立
    1907年の麒麟麦酒設立が示唆するのは、ビール産業の競争優位が「味」ではなく「資本と販路」に宿るという構造が、明治期の段階ですでに形成されていた点である。大日本麦酒の合同提案を拒否したJBCは、味の差別化ではなく、三菱の信用力と明治屋の流通網という非製品要素で対抗した。製品差が小さい市場では、誰が作るかより、誰が届けるかが勝敗を分ける。この構造的特性は、その後120年にわたるビール業界の競争を規定し続けている。
  2. 清涼飲料に新規参入・キリンレモンの製造開始
  3. 東京証券取引所に株式上場
  4. ビール市場で国内シェアトップを確保
  5. ビール工場の新増設

    1950年代の日本ビール市場は家計所得回復と都市部人口増加で拡大し、需要は首都圏・中京圏中心に伸びた。生産能力差が販売数量に直結する構造から需要地近郊への工場配置が競争条件となり、輸送・鮮度管理の制約から大消費地立地が重視された。麒麟麦酒は1957年東京工場を皮切りに、1961年横浜第二工場、1962年名古屋工場と拠点配置を進めた。資金は内部留保と三菱銀行等の借入を併用。この投資が1970年代のシェア過半確保の供給基盤を形成した。

    工場の立地そのものが競争だった時代
  6. 子会社キリンビバレッジを設立
  7. 子会社キリンビバレッジを設立
  8. 子会社キリンシーグラムを設立
  9. ビール市場で国内シェア60%を突破
    シェア60%超という数字は、キリンの競争力を証明すると同時に、成長の天井を可視化した。競合の戦略失敗(アサヒの業務用依存、サッポロのブランド廃止)がキリンの独走を助けた側面も大きく、キリンが「勝った」のと同じくらい、競合が「負けた」ことがシェア集中の要因であった。皮肉なのは、この圧倒的優位が制度的制約と組織の慣性を生み、15年後のスーパードライに対する反応の遅さにつながった点である。支配的地位は守るべきものが多すぎて、変化への対応力を構造的に弱めるという逆説を、キリンの歴史は体現している。
  10. 昭和50年度構造計画を策定
    1975年の構造計画は、ビール事業が強すぎるがゆえに生じた多角化の必要性を文書化した点で先見的であった。しかし、強い事業を持つ企業ほど、周辺領域への展開は「リスク分散」にとどまり、収益構造を変えるほどの投資には至りにくい。キリンの多角化がビールに代わる柱を生むまでに約30年を要した事実は、主力事業のキャッシュフローが潤沢なほど、経営の緊迫感が薄れ、変革の速度が落ちるという組織的な慣性の力を示している。
  11. 抗体医薬に新規参入
    キリンがバイオ医薬という傍流に参入できた最大の理由は、逆説的だが、ビール事業が圧倒的に強かったことにある。安定したキャッシュフローがあるからこそ、回収に10年以上かかる研究投資を正当化できた。主流の化学合成医薬に参入しなかったのは、既存プレーヤーとの正面衝突を避ける知恵であると同時に、「急がなくてよい」という財務的余裕の表れでもあった。傍流への参入は、本業の強さが生む時間的余裕なしには成立しない戦略である。
  12. 組織再編
    事業部制を導入
    1987年の事業部制導入は、「正しい改革を、正しいタイミングで行った」にもかかわらず機能しなかった稀有な事例である。商品別の採算管理も、現場への権限委譲も、問題の本質を捉えていなかった。市場が求めていたのは組織の俊敏さではなく、主力商品の味を変えるかどうかという一点の戦略判断であった。組織改革は経営者に「やっている感」を与えるが、製品そのものを変える覚悟の代替にはならない。この教訓は、あらゆる業界の大企業に通底する。
  13. ビールの国内シェア下落
    ドライショックにおけるキリンの対応は、しばしば「判断の遅れ」として語られるが、本質はむしろ「変えないという積極的な判断」を行った点にある。60%のシェアを持つ企業が味を変えることは、9.6%のアサヒが味を変えることとはまったく異なるリスク計算を伴う。キリンは合理的に現状維持を選んだのであり、それ自体は経営判断として成立していた。問題は、合理的な判断が結果として誤りとなるケースが存在するということである。市場の非連続な変化に対しては、合理性よりも覚悟が問われる。
  14. 業務提携
    EPO製剤を発売(アムジェンから製品導入)
    EPO製剤の事業化において、キリンが選んだのは「自ら開発する」ではなく「開発に成功した相手と組む」という判断であった。同時期に独自路線を選んだ中外製薬がアムジェンとの特許紛争に巻き込まれたことを考えると、提携という選択は法的リスクの回避という意味で決定的であった。バイオ医薬の主戦場では、技術力よりも知財の扱い方が競争力を左右する。キリンの「作らない参入」は、異業種からの医薬品参入における一つの解答を示している。
  15. 組織再編
    キリンビバレッジに商号変更

    清涼飲料事業部門を営業譲渡し、自動販売サービス株式会社をキリンビバレッジ株式会社に商号変更した。1963年設立の自販機事業会社が、1991年に飲料事業の主軸会社として再編された。

  16. 海外進出
    Kirin Brewery of Americaを設立

    米国市場への本格参入を狙い、Kirin Brewery of America, LLCを設立した。北米におけるキリンブランドのビール販売拠点を整備し、その後の海外展開の足掛かりとした。

  17. 業務提携
    豪Lion Nathanへ資本参加

    オセアニア最大級のビール会社Lion Nathan Ltd.に資本参加し、アジア・オセアニア戦略の起点とした。後の豪州ビール事業統合の出発点となった。

  18. 長期経営ビジョン「KG21」を策定
  19. 麦酒・発泡酒の国内市場でシェアトップ陥落
  20. 業務提携
    比San Miguel Corporationへ資本参加

    フィリピンの飲料・食品大手San Miguel Corporationに資本参加した。東南アジアにおけるビール事業の足場を築き、2009年のSan Miguel Brewery株式取得につながる布石となった。

  21. 長期経営構想「KV2015」を策定
  22. 持株会社制に移行・キリンホールディングスに商号変更
  23. San Miguel Foods Australia HDを買収(豪州)
  24. 組織再編
    協和発酵工業へ資本参加

    医薬・バイオ事業強化のため協和発酵工業に資本参加。翌年のキリンファーマとの合併、協和発酵キリン発足につながる戦略的な医薬事業の足場となった。

  25. 協和発酵工業を買収・協和キリンの発足
  26. 企業買収
    San Miguel Brewery株式を取得

    フィリピンのSan Miguel Brewery Inc.株式を取得し、東南アジア最大級のビール市場へ参入した。2002年のSMC資本参加から段階的にビール事業へ深く関与する流れとなった。

  27. メルシャンを買収
  28. 企業買収
    ベトナムInterfoodを連結子会社化

    ベトナムの飲料会社Interfood Shareholding Companyを連結子会社化した。東南アジアにおける清涼飲料事業の現地生産・販売基盤を獲得した。

  29. 企業買収
    Schincariol社を買収
    ブラジル買収の失敗は、市場の魅力度が高いほど、買い手の目が曇るという構造的な罠を示している。年率10%の成長率やビール消費量の大きさは、創業家間の株主紛争リスクや現地でのガバナンス構築の難しさを覆い隠した。約3,000億円の投下資本に対し1,400億円の減損という結果は、「成長市場に参入すれば企業価値が上がる」という前提そのものの脆弱さを証明した。買収判断において最も検証すべきは市場の成長性ではなく、自社がその市場で意思決定の主導権を握れるかどうかである。
  30. 組織再編
    キリン株式会社設立、CSV本部新設

    国内酒類・飲料・薬品事業を統括する中間持株会社「キリン株式会社」を設立し、共通価値の創造を掲げるCSV本部を新設した。グループ経営とCSV経営の体制を構築した。

  31. 企業買収
    ファンケルへ資本参加

    ヘルスサイエンス領域強化のため、化粧品・健康食品大手のファンケルに資本参加した。出資による段階的な関係構築を経て、2024年の完全子会社化につながる入り口となった。

  32. 企業買収
    New Belgium Brewingを完全子会社化

    クラフトビールの米New Belgium Brewing Company, Inc.を完全子会社化した。クラフトカテゴリーで北米市場を取りに行く戦略の一環で、後続のBell's Brewery等と合わせ北米クラフト基盤を構築した。

  33. ミャンマー市場からの撤退を決定

    ミャンマーにおけるクーデターの発生を受けて撤退を決定。ミャンマーの現地法人(MBLなど)の売却を決定し、2022年12月期にミャンマー関連で減損損失680億円を計上した。

  34. 企業買収
    豪Blackmoresを完全子会社化

    オーストラリアの健康食品大手Blackmores Limitedを完全子会社化した。ヘルスサイエンス事業をビール事業に並ぶ柱に育てる戦略の中核買収であり、グローバルヘルスサイエンス展開を加速した。

  35. 企業買収
    Orchard Therapeuticsを完全子会社化

    遺伝子治療を手掛ける英Orchard Therapeutics plcを完全子会社化した。協和キリンと並ぶ医薬・バイオ領域での技術獲得型M&Aとして位置付けられる。