日立製作所の沿革・歴史的証言
1910年〜2025年
日立製作所の1910年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1910 1-12月 | 会社設立 | 日立鉱山において日立製作所を創業 | 技術提携が主流の時代に「自前主義」を選んだ修理工場出身の創業者 | |||
1918 1-12月 | 株式会社日立製作所を設立 久原鉱業所の製作所部門が軌道に乗ったことを受け、1918年に株式会社日立製作所を資本金1000万円で設立し、久原鉱業所から資本面で独立した。創業者の久原房之助氏が機械部門への多角化に消極的だったため、小平浪平氏は独立を選択。同年10月には生産拠点拡大のため東京の佃島製作所を合併し「亀戸工場」として継承。したがって設立時は創業地の日立工場と亀戸工場の2拠点体制となった。 | |||||
1921 1-12月 | 笠戸造船所を取得 第一次世界大戦後の不況を受けて経営難に陥っていた笠戸造船所(山口県下松市)を取得。機関車(鉄道車両)の製造を開始した | |||||
1937 1-12月 | 国産工業を吸収合併・国内工場を拡充 軍需対応のため全国各地の電機メーカーを買収。戦時中に18工場を運営し、日本有数の電機メーカーに発展 | |||||
FY50 1950/3 | 労働組合と対立・約8500名を削減 | 全工場の生産停止を60日間許容し組合の疲弊を待った持久戦 | ||||
FY53 1953/3 | 業務提携 | GEと技術提携を締結・外国技術を導入 | 創業以来40年の「自前主義」を3年連続提携で転換した判断 | |||
FY55 1955/3 | 売上高 490億円 | 当期純利益 27.7億円 | ||||
FY56 1956/3 | 売上高 572億円 | 当期純利益 27.5億円 | 事業売却 | 日立金属・日立電線を設立(子会社分離を開始) | 50%超保有のまま上場させた「親子上場」60年間の設計と解体 | |
FY57 1957/3 | 売上高 763億円 | 当期純利益 44.1億円 | ||||
FY58 1958/3 | 売上高 1,117億円 | 当期純利益 73.3億円 | ||||
FY59 1959/3 | 売上高 1,223億円 | 当期純利益 95.4億円 | ||||
FY60 1960/3 | 売上高 1,628億円 | 当期純利益 130億円 | 海外進出 | Hitachi New York(現Hitachi America)を設立 1959年10月、米国にHitachi New York, Ltd.(現Hitachi America, Ltd.)を設立した。日立製作所として初の本格的な海外現地法人であり、戦後の対米輸出と現地販売・サービス網構築の起点となった。 | ||
FY61 1961/3 | 売上高 2,248億円 | 当期純利益 182億円 | ||||
FY62 1962/3 | 売上高 2,907億円 | 当期純利益 231億円 | ||||
FY63 1963/3 | 売上高 3,112億円 | 当期純利益 246億円 | ||||
FY64 1964/3 | 売上高 2,966億円 | 当期純利益 193億円 | ||||
FY65 1965/3 | 売上高 3,055億円 | 当期純利益 139億円 | ||||
FY66 1966/3 | 売上高 2,854億円 | 当期純利益 98.8億円 | ||||
FY67 1967/3 | 売上高 3,215億円 | 当期純利益 110億円 | ||||
FY68 1968/3 | 売上高 4,154億円 | 当期純利益 142億円 | ||||
FY69 1969/3 | 売上高 5,432億円 | 当期純利益 235億円 | システム開発を本格化 | |||
FY70 1970/3 | 売上高 6,750億円 | 当期純利益 302億円 | 組織再編 | 日立建設機械製造(現日立建機)を分離独立 1969年12月、建設機械事業を会社分割し、日立建設機械製造(現日立建機)として分離独立させた。電機事業に集中するための事業ポートフォリオ整理の一環であり、その後日立建機は2022年に持分法適用会社化された。 | ||
FY71 1971/3 | 売上高 7,887億円 | 当期純利益 281億円 | ||||
FY72 1972/3 | 売上高 7,827億円 | 当期純利益 210億円 | ||||
FY73 1973/3 | 売上高 8,610億円 | 当期純利益 285億円 | ||||
FY74 1974/3 | 売上高 10,008億円 | 当期純利益 329億円 | ||||
FY75 1975/3 | 売上高 10,947億円 | 当期純利益 204億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 10,895億円 | 当期純利益 193億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 12,948億円 | 当期純利益 303億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 13,885億円 | 当期純利益 314億円 | ||||
FY79 1979/3 | 売上高 15,094億円 | 当期純利益 375億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 16,981億円 | 当期純利益 530億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 19,470億円 | 当期純利益 618億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 21,409億円 | 当期純利益 667億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 23,332億円 | 当期純利益 745億円 | 海外進出 | Hitachi Europe Ltd.を設立 1982年6月、欧州統括拠点としてHitachi Europe Ltd.を設立した。家電・産業機器・情報通信など複数事業の欧州販売およびサービス機能を集約し、欧州市場での事業展開の体制基盤となった。 | ||
FY84 1984/3 | 売上高 26,482億円 | 当期純利益 834億円 | 256KB・DRAMの量産を開始 | |||
FY85 1985/3 | 売上高 30,257億円 | 当期純利益 1,041億円 | ||||
FY89 1989/3 | 海外進出 | Hitachi Asiaを設立(アジア統括拠点) 1989年2月、シンガポールにHitachi Asia Pte. Ltd.(現Hitachi Asia Ltd.)を設立した。アジア地域における販売・マーケティング機能を集約する統括拠点として位置づけられ、その後ASEAN・南アジアでの事業拡大を支えた。 | ||||
FY92 1992/3 | 売上高 77,655億円 | 当期純利益 1,276億円 | ||||
FY93 1993/3 | 売上高 75,361億円 | 当期純利益 772億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 74,002億円 | 当期純利益 652億円 | 家電事業を再編 | |||
FY95 1995/3 | 売上高 75,922億円 | 当期純利益 1,139億円 | 海外進出 | 日立(中国)有限公司を設立 1994年10月、中国本土事業の統括会社として日立(中国)有限公司を設立した。中国市場における家電・情報通信・産業機器事業を一元管理する体制を整え、1990年代以降の中国事業拡大の基盤となった。 | ||
FY96 1996/3 | 売上高 81,238億円 | 当期純利益 1,417億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 85,231億円 | 当期純利益 883億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 84,168億円 | 当期純利益 34億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 79,773億円 | 当期純利益 -3,387億円 | ||||
FY00 2000/3 | 売上高 80,012億円 | 当期純利益 169億円 | NECと合弁会社を設立(NEC日立メモリを合弁設立) | |||
FY01 2001/3 | 売上高 84,169億円 | 当期純利益 1,043億円 | ||||
FY02 2002/3 | 売上高 79,937億円 | 当期純利益 -4,838億円 | 最終赤字に転落。2万人の人員削減 | |||
FY03 2003/3 | 売上高 81,917億円 | 当期純利益 278億円 | ディスプレイ事業を会社分離 | |||
三菱電機と合弁会社を設立(ルネサステクノロジー) | ||||||
IBMからHDD事業を買収 IBMが手放したHDD製造事業を買収。買収時点でグローバルで11つの製造拠点・従業員数2.4万名で運営していた。2012年に48億ドルで売却して日立製作所の財務体質の改善に寄与 | ||||||
FY04 2004/3 | 売上高 86,324億円 | 当期純利益 158億円 | 組織再編 | 委員会等設置会社へ移行 2003年6月、委員会等設置会社(現指名委員会等設置会社)へ移行した。社外取締役を中心とする指名・監査・報酬の各委員会を設置し、ガバナンス改革を先取りする形で執行と監督の分離を進めた。 | ||
FY05 2005/3 | 売上高 90,270億円 | 当期純利益 514億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 94,648億円 | 当期純利益 373億円 | ||||
FY07 2007/3 | 売上高 102,479億円 | 当期純利益 -327億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 112,267億円 | 当期純利益 -581億円 | ||||
FY09 2009/3 | 売上高 100,003億円 | 当期純利益 -7,873億円 | ||||
FY10 2010/3 | 売上高 89,685億円 | 当期純利益 -1,069億円 | 社長交代 | 財務危機改善のため川村隆氏が社長就任 | 出戻り社長が断行した3492億円の増資と55年のテレビ撤退 | |
組織再編 | カンパニー制を導入(事業グループ再編) 2009年10月、事業グループを社内カンパニーに再編しカンパニー制を導入した。リーマンショック後の最終赤字を受けた経営再建の一環であり、各事業の収益責任を明確化し、選択と集中を加速する組織基盤となった。 | |||||
FY11 2011/3 | 売上高 93,158億円 | 当期純利益 2,388億円 | 4期ぶりの黒字転換 | |||
FY12 2012/3 | 売上高 96,658億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,471億円 | 事業売却 | Western DigitalへHDD事業を売却 2012年3月、米Western Digital社へHDD事業を売却した。あわせて日立ディスプレイズ株式の譲渡により中小型ディスプレイ事業も売却。事業売却益を財務改善に充て、社会イノベーション事業への集中を加速する転換点となった。 | ||
FY13 2013/3 | 売上高 90,410億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,753億円 | ||||
FY14 2014/3 | 売上高 96,664億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 4,138億円 | 三菱日立パワーシステムを設立 火力発電システムの事業統合を決定。三菱重工65%・日立製作所35%の出資比率で「三菱日立パワーシステム」を設立した。日立製作所としては祖業である電機を縮小する意図があったと推定されるが、完全撤退によるハレーションを考慮して三菱重工との合弁会社の設立を選択したと思われる。 | |||
FY15 2015/3 | 売上高 97,749億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,174億円 | ||||
FY16 2016/3 | 売上高 100,343億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,721億円 | ||||
FY17 2017/3 | 売上高 91,622億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,312億円 | 組織再編 | ビジネスユニット制を導入 2016年4月、マーケット別事業体制であるビジネスユニット制を導入した。顧客起点の事業運営を徹底するため、産業・電力・社会・情報通信等を市場軸で再編成し、社会イノベーション事業の強化基盤とした。 | ||
非注力事業の売却 | ||||||
FY18 2018/3 | 売上高 93,686億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,629億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 94,806億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,225億円 | システム子会社を吸収合併(3社) ソフトウェア開発を強化するために、日立情報システムズ、日立ソフトウェアエンジニアリング、日立システムアンドサービスの3社を吸収合併 | |||
業務提携 | 南アフリカPJで三菱重工と和解・火力発電から撤退 | 受注5700億円が和解損失3759億円に帰結した合弁の構造問題 | ||||
日立Astemoを発足・ホンダ系部品メーカー3社を統合 | 1960億円の子会社を4年で連結外に移した事業入替の速度 | |||||
FY20 2020/3 | 売上高 87,672億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 875億円 | ||||
FY21 2021/3 | 売上高 87,291億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 5,016億円 | ABB社からパワーグリッド事業を買収 スイスABB社からパワーグリッド事業を約7200億円で買収。 | |||
GlobalLogic社を買収 デジタルエンジニアリングサービス(システム開発)を強化するため、米GlobalLogic社を約1兆円で買収した。GL社の売上高は年間1000億円()であり、1長円の買収をめぐって取締役会の議論は紛糾したという。 | ||||||
FY22 2022/3 | 売上高 102,646億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 5,834億円 | Thales社を買収(鉄道信号システム) 鉄道におけるシステム事業を強化するために、フランスのThales社を2,150億円で買収。欧州を中心に車両および信号システムを納入することで、グローバルな鉄道事業の展開を意図した。 | |||
FY23 2023/3 | 売上高 108,811億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 6,491億円 | ヘルスケア事業に注力(旧日立ハイテク) 2020年に日立製作所は子会社の日立ハイテクの株式を取得。2024年に日立ハイテクを吸収合併し、日立製作所としてヘルスケア事業に注力する方針を表明した。ヘルスケア事業における医療機器の製造を強化するため、2023年11月にひたちなか市足崎(茨城県)において9万平方メートルの土地を取得。 | |||
事業売却 | 日立金属(現プロテリアル)株式を譲渡 2023年1月、日立金属(現プロテリアル)株式の譲渡により同社事業を売却した。1956年の分離以来60年超続いた親子関係を解消し、ベインキャピタルらのコンソーシアムへ譲渡。日立Astemoの持分法化と並ぶ大型事業ポートフォリオ整理であった。 | |||||
FY24 2024/3 | 売上高 97,287億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 5,898億円 | ||||
FY25 2025/3 | 売上高 97,833億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 6,157億円 |
- 日立鉱山において日立製作所を創業技術提携が主流の時代に「自前主義」を選んだ修理工場出身の創業者
- 株式会社日立製作所を設立
久原鉱業所の製作所部門が軌道に乗ったことを受け、1918年に株式会社日立製作所を資本金1000万円で設立し、久原鉱業所から資本面で独立した。創業者の久原房之助氏が機械部門への多角化に消極的だったため、小平浪平氏は独立を選択。同年10月には生産拠点拡大のため東京の佃島製作所を合併し「亀戸工場」として継承。したがって設立時は創業地の日立工場と亀戸工場の2拠点体制となった。
- 笠戸造船所を取得
第一次世界大戦後の不況を受けて経営難に陥っていた笠戸造船所(山口県下松市)を取得。機関車(鉄道車両)の製造を開始した
- 国産工業を吸収合併・国内工場を拡充
軍需対応のため全国各地の電機メーカーを買収。戦時中に18工場を運営し、日本有数の電機メーカーに発展
- 労働組合と対立・約8500名を削減全工場の生産停止を60日間許容し組合の疲弊を待った持久戦
- GEと技術提携を締結・外国技術を導入創業以来40年の「自前主義」を3年連続提携で転換した判断
- 日立金属・日立電線を設立(子会社分離を開始)50%超保有のまま上場させた「親子上場」60年間の設計と解体
- Hitachi New York(現Hitachi America)を設立
1959年10月、米国にHitachi New York, Ltd.(現Hitachi America, Ltd.)を設立した。日立製作所として初の本格的な海外現地法人であり、戦後の対米輸出と現地販売・サービス網構築の起点となった。
- システム開発を本格化
- 日立建設機械製造(現日立建機)を分離独立
1969年12月、建設機械事業を会社分割し、日立建設機械製造(現日立建機)として分離独立させた。電機事業に集中するための事業ポートフォリオ整理の一環であり、その後日立建機は2022年に持分法適用会社化された。
- Hitachi Europe Ltd.を設立
1982年6月、欧州統括拠点としてHitachi Europe Ltd.を設立した。家電・産業機器・情報通信など複数事業の欧州販売およびサービス機能を集約し、欧州市場での事業展開の体制基盤となった。
- 256KB・DRAMの量産を開始
- Hitachi Asiaを設立(アジア統括拠点)
1989年2月、シンガポールにHitachi Asia Pte. Ltd.(現Hitachi Asia Ltd.)を設立した。アジア地域における販売・マーケティング機能を集約する統括拠点として位置づけられ、その後ASEAN・南アジアでの事業拡大を支えた。
- 家電事業を再編
- 日立(中国)有限公司を設立
1994年10月、中国本土事業の統括会社として日立(中国)有限公司を設立した。中国市場における家電・情報通信・産業機器事業を一元管理する体制を整え、1990年代以降の中国事業拡大の基盤となった。
- NECと合弁会社を設立(NEC日立メモリを合弁設立)
- 最終赤字に転落。2万人の人員削減
- ディスプレイ事業を会社分離
- 三菱電機と合弁会社を設立(ルネサステクノロジー)
- IBMからHDD事業を買収
IBMが手放したHDD製造事業を買収。買収時点でグローバルで11つの製造拠点・従業員数2.4万名で運営していた。2012年に48億ドルで売却して日立製作所の財務体質の改善に寄与
- 委員会等設置会社へ移行
2003年6月、委員会等設置会社(現指名委員会等設置会社)へ移行した。社外取締役を中心とする指名・監査・報酬の各委員会を設置し、ガバナンス改革を先取りする形で執行と監督の分離を進めた。
- 財務危機改善のため川村隆氏が社長就任出戻り社長が断行した3492億円の増資と55年のテレビ撤退
- カンパニー制を導入(事業グループ再編)
2009年10月、事業グループを社内カンパニーに再編しカンパニー制を導入した。リーマンショック後の最終赤字を受けた経営再建の一環であり、各事業の収益責任を明確化し、選択と集中を加速する組織基盤となった。
- 4期ぶりの黒字転換
- Western DigitalへHDD事業を売却
2012年3月、米Western Digital社へHDD事業を売却した。あわせて日立ディスプレイズ株式の譲渡により中小型ディスプレイ事業も売却。事業売却益を財務改善に充て、社会イノベーション事業への集中を加速する転換点となった。
- 三菱日立パワーシステムを設立
火力発電システムの事業統合を決定。三菱重工65%・日立製作所35%の出資比率で「三菱日立パワーシステム」を設立した。日立製作所としては祖業である電機を縮小する意図があったと推定されるが、完全撤退によるハレーションを考慮して三菱重工との合弁会社の設立を選択したと思われる。
- ビジネスユニット制を導入
2016年4月、マーケット別事業体制であるビジネスユニット制を導入した。顧客起点の事業運営を徹底するため、産業・電力・社会・情報通信等を市場軸で再編成し、社会イノベーション事業の強化基盤とした。
- 非注力事業の売却
- システム子会社を吸収合併(3社)
ソフトウェア開発を強化するために、日立情報システムズ、日立ソフトウェアエンジニアリング、日立システムアンドサービスの3社を吸収合併
- 南アフリカPJで三菱重工と和解・火力発電から撤退受注5700億円が和解損失3759億円に帰結した合弁の構造問題
- 日立Astemoを発足・ホンダ系部品メーカー3社を統合1960億円の子会社を4年で連結外に移した事業入替の速度
- ABB社からパワーグリッド事業を買収
スイスABB社からパワーグリッド事業を約7200億円で買収。
- GlobalLogic社を買収
デジタルエンジニアリングサービス(システム開発)を強化するため、米GlobalLogic社を約1兆円で買収した。GL社の売上高は年間1000億円()であり、1長円の買収をめぐって取締役会の議論は紛糾したという。
- Thales社を買収(鉄道信号システム)
鉄道におけるシステム事業を強化するために、フランスのThales社を2,150億円で買収。欧州を中心に車両および信号システムを納入することで、グローバルな鉄道事業の展開を意図した。
- ヘルスケア事業に注力(旧日立ハイテク)
2020年に日立製作所は子会社の日立ハイテクの株式を取得。2024年に日立ハイテクを吸収合併し、日立製作所としてヘルスケア事業に注力する方針を表明した。ヘルスケア事業における医療機器の製造を強化するため、2023年11月にひたちなか市足崎(茨城県)において9万平方メートルの土地を取得。
- 日立金属(現プロテリアル)株式を譲渡
2023年1月、日立金属(現プロテリアル)株式の譲渡により同社事業を売却した。1956年の分離以来60年超続いた親子関係を解消し、ベインキャピタルらのコンソーシアムへ譲渡。日立Astemoの持分法化と並ぶ大型事業ポートフォリオ整理であった。
歴史的証言
1950年こそは正にこの苦難克服後の光明の年として期待されるところ極めて大なりと確信するのである。このことは具体的には、国際的にも対日講和条約の締結間近しと伝えられ、国内的にも見返り資金の運用はいよいよ本格化するであろうし、電機工業界にとっても電源開発、造船計画、国鉄電化、輸出の振興等々極めて明るい見通しがたてられている。
電力不足がわが国産業界全般に及ぼす悪影響は誠に大なるものがある。電力の生産増長、すなわち電源の積極的開発は、わが国経済復興のためには何よりもまず優先的に行われねばならぬことは、今更いうまでもないことである。(中略)ただ問題は、対日援助見返り資金がいかにこの方面に対して運用されるかという話だけであって、この話に関して強力な政治力が要望される。
わが国の明治以来の貿易を見れば、明らかなごとく、実際に国際収支の均衡を得ていたという年はほとんどなく、大半が赤字の連続であるのであって、それを日清戦争の賠償金で埋め、あるいは外国借款で埋め、民間社債を募集して臨時的な外資導入で賄っていたのであって、わが国の実情はやはり今後外資導入について真剣な方策を持たねばならぬ運命にあると思われるのである。
業界最大の課題は輸出振興の根幹たるべきコストの低減による製品の国際競争力を培うことに他ならないのである。何度となく言い繰り返されたことであるが、企業の合理化は経費の節減のみならず、あらゆる面に行わなければならぬのであって、わが国産業で最も必要なのは設備の合理化、すなわち近代化ということである。わがこくの機械設備は旧式で損耗が甚だしく、外国の新鋭優秀設備に比して、非常に劣っておることは事実であり、またこの機械設備の合理化、近代化におよんで、これを駆使する技術の工場についてもまた、同様、万全の措置を為さねばならぬことも事実である
産業合理化はもちろん企業自身の素力こそが根本条件ではあるが、この努力も限界があり設備の近代化、技術の高度化には必然的に莫大な資本の裏付けがなければならぬのである。(中略)この重大な資本蓄積に関連してもう一つ、外資導入の問題が起こるのであるが、この問題は企業より別な観点ではあろうが、国際収支に大きなマイナスが生ずる可能性があったり、わが国の電気工業界の発展に影響ありとせば、あらゆる角度から考えて行く必要はあるのであろう。
雑誌や新聞ではよく企業は利益を上げるために存在するといいますでしょう。私はそういうことではないと思う。製品にしても世の中の役にたつからこそ売れるんであって、企業の方がこの成否を売れば儲かると考えても売れない。
創業社長(小平波平氏)も言っていることなんですがね、なぜ日立製作所を作ったかというと、自分が大儲けして金持ちになろうとしたわけではない。大学を出て電力会社へ就職した。発電所の建設現場へ行くとすべての機会が外国製。しかも外国人技術者が現場で采配をフル言っている。こんなことで日本の将来があるだろうかと考えた、これが日立の出発点ですよ。日本人が自分たちの頭と手で未来を切り開いていくというのがね。
組織は自分ではなかなか縮まらないんです。ある製品を作っている工場とか事業部は必ず自分たちがさらに生き延びるように最大の努力をする。そうなるとマーケットは伸びないのに組織は生きようとする跛行的競争状況になってしまう。(中略)やがて自己増殖した組織ばかりが林立し酸欠状態になってしまう。いってみれば大企業病ですよね。
私どもも苦心しているんです。考えてみると石油ショック(1973年より)前は比較的楽でしたね。重電も家電もコンピューターも多少の差はあれ全部が伸びていましたから。今はそうはいきません。ばらつきが出てきた。その時まさに組織の対応力が問われているわけですよ。組織の中にいる人は例えて言えば機関室でボイラーをたいているようなものですから外の状況、つまり市場全体の動向をつかみにくい。こちらはその船を方向付けてやらなければいけないし、そのためのコンセンサス作りもしなければならない。
茨城県には私どもの工場がたくさんあるんですけれど、今後30年、40年を考えた場合、はたして今のままでいれるかどうか。といいますのはね、今伸びているような製品を作っている工場は割に京浜地区に多いんです。そうしますと茨城県の方が将来、製品が沈没するのに従って、仕事のない人が大勢出てきかねない。それじゃ困る。
日立の火力は戦前はドイツAEGから技術導入していたものの経験も少なく、東芝や三菱重工の後塵を拝していた
早急に外国の一流メーカーと技術提携して、対等に勝負したい