沿革年表 1910〜2026年における重要度別の出来事(合計37件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
日立鉱山において日立製作所を創業
歴史的意義yutaka sugiura
創業の構造で注目すべきは、小平浪平氏が東京電燈での経験から輸入電機依存に問題意識を持ち、日立鉱山の修理工場で外国製品の分解・修理を通じて国産化の技術基盤を築いた過程にある。同時代のGEやWEとの技術提携を選んだ同業他社に対し、小平氏は「ロイヤリティと同額を自前の研究に投じるべき」と判断した。この方針はGE提携に転じる1953年まで40年以上維持され、鉱山の付帯部門が独立企業に転じる過程で技術蓄積の基盤となった。
1910
1-12月
株式会社日立製作所を設立
久原鉱業所の製作所部門が軌道に乗ったことを受け、1918年に株式会社日立製作所を資本金1000万円で設立し、久原鉱業所から資本面で独立した。創業者の久原房之助氏が機械部門への多角化に消極的だったため、小平浪平氏は独立を選択。同年10月には生産拠点拡大のため東京の佃島製作所を合併し「亀戸工場」として継承。したがって設立時は創業地の日立工場と亀戸工場の2拠点体制となった。
1918
1-12月
笠戸造船所を取得
第一次世界大戦後の不況を受けて経営難に陥っていた笠戸造船所(山口県下松市)を取得。機関車(鉄道車両)の製造を開始した
1921
1-12月
国産工業を吸収合併・国内工場を拡充
軍需対応のため全国各地の電機メーカーを買収。戦時中に18工場を運営し、日本有数の電機メーカーに発展
1937
1-12月
重要事項
労働組合と対立・約8500名を削減
歴史的意義yutaka sugiura
4万4000人中8500名を余剰と判断しながら全工場の生産停止を約60日間許容した点に、この争議の構造がある。組合の暴力行為(「熱砂の誓」「ダルマ落とし」)に対して交渉を打ち切り、相手の疲弊を待つ方針を採ったのは、自己資本比率14.1%で倒産リスクを抱える中での持久戦であった。争議を終結させたのは経営陣の交渉力ではなく時間の経過による組合内部の分裂であり、興銀の島田常務による協調融資の呼びかけが再建の資金的裏付けとなった。
FY50
1950/3
重要事項業務提携
GEと技術提携を締結・外国技術を導入
RCA(テレビ)・GE(蒸気タービン)・WE(トランジスタ)の3年連続の技術提携は、小平浪平氏が創業時に掲げた「他人の力に依存しない」方針の撤回であった。GE提携は東芝が先行し日立は後追いの立場にある。注目すべきは三分野を同時に押さえた点で、戦後の総合電機としての事業基盤を3年間で一括設計したことになる。技術格差を認識した上で自前主義から提携主義に転じた判断は、方針の「固執」と「転換」の境界を示す事例である。
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FY53
1953/3
FY55
1955/3
売上高
490億円
当期純利益
27.7億円
重要事項事業売却
日立金属・日立電線を設立(子会社分離を開始)
歴史的意義yutaka sugiura
1956年の日立金属・日立電線に始まり日立化成・日立建機・日立物流と、非電機事業を次々に子会社化して上場させた構造は、事業売却によるキャッシュ確保ではなく支配権維持と資本市場活用の両立を志向したものであった。上場子会社は各社が独自に資金調達と人材確保を行う一方、親会社が経営方針に関与する仕組みとなった。2010年代にこの構造が非効率の象徴として解体されるまでの60年間は、日本型企業グループの形成と変容を映している。
FY56
1956/3
売上高
572億円
当期純利益
27.5億円
FY57
1957/3
売上高
763億円
当期純利益
44.1億円
FY58
1958/3
売上高
1,117億円
当期純利益
73.3億円
FY59
1959/3
売上高
1,223億円
当期純利益
95.4億円
海外進出
Hitachi New York(現Hitachi America)を設立
1959年10月、米国にHitachi New York, Ltd.(現Hitachi America, Ltd.)を設立した。日立製作所として初の本格的な海外現地法人であり、戦後の対米輸出と現地販売・サービス網構築の起点となった。
FY60
1960/3
売上高
1,628億円
当期純利益
130億円
FY61
1961/3
売上高
2,248億円
当期純利益
182億円
FY62
1962/3
売上高
2,907億円
当期純利益
231億円
FY63
1963/3
売上高
3,112億円
当期純利益
246億円
FY64
1964/3
売上高
2,966億円
当期純利益
193億円
FY65
1965/3
売上高
3,055億円
当期純利益
139億円
FY66
1966/3
売上高
2,854億円
当期純利益
98.8億円
FY67
1967/3
売上高
3,215億円
当期純利益
110億円
FY68
1968/3
売上高
4,154億円
当期純利益
142億円
システム開発を本格化
FY69
1969/3
売上高
5,432億円
当期純利益
235億円
組織再編
日立建設機械製造(現日立建機)を分離独立
1969年12月、建設機械事業を会社分割し、日立建設機械製造(現日立建機)として分離独立させた。電機事業に集中するための事業ポートフォリオ整理の一環であり、その後日立建機は2022年に持分法適用会社化された。
FY70
1970/3
売上高
6,750億円
当期純利益
302億円
FY71
1971/3
売上高
7,887億円
当期純利益
281億円
FY72
1972/3
売上高
7,827億円
当期純利益
210億円
FY73
1973/3
売上高
8,610億円
当期純利益
285億円
FY74
1974/3
売上高
10,008億円
当期純利益
329億円
FY75
1975/3
売上高
10,947億円
当期純利益
204億円
FY76
1976/3
売上高
10,896億円
当期純利益
194億円
FY77
1977/3
売上高
12,949億円
当期純利益
304億円
FY78
1978/3
売上高
13,886億円
当期純利益
314億円
FY79
1979/3
売上高
15,094億円
当期純利益
375億円
FY80
1980/3
売上高
16,981億円
当期純利益
531億円
FY81
1981/3
売上高
19,470億円
当期純利益
618億円
FY82
1982/3
売上高
21,409億円
当期純利益
668億円
海外進出
Hitachi Europe Ltd.を設立
1982年6月、欧州統括拠点としてHitachi Europe Ltd.を設立した。家電・産業機器・情報通信など複数事業の欧州販売およびサービス機能を集約し、欧州市場での事業展開の体制基盤となった。
FY83
1983/3
売上高
23,333億円
当期純利益
745億円
256KB・DRAMの量産を開始
FY84
1984/3
売上高
26,482億円
当期純利益
834億円
FY85
1985/3
売上高
30,258億円
当期純利益
1,054億円
海外進出
Hitachi Asiaを設立(アジア統括拠点)
1989年2月、シンガポールにHitachi Asia Pte. Ltd.(現Hitachi Asia Ltd.)を設立した。アジア地域における販売・マーケティング機能を集約する統括拠点として位置づけられ、その後ASEAN・南アジアでの事業拡大を支えた。
FY89
1989/3
FY92
1992/3
売上高
77,655億円
当期純利益
1,276億円
FY93
1993/3
売上高
75,361億円
当期純利益
772億円
家電事業を再編
FY94
1994/3
売上高
74,002億円
当期純利益
652億円
海外進出
日立(中国)有限公司を設立
1994年10月、中国本土事業の統括会社として日立(中国)有限公司を設立した。中国市場における家電・情報通信・産業機器事業を一元管理する体制を整え、1990年代以降の中国事業拡大の基盤となった。
FY95
1995/3
売上高
75,922億円
当期純利益
1,139億円
FY96
1996/3
売上高
81,238億円
当期純利益
1,417億円
FY97
1997/3
売上高
85,231億円
当期純利益
883億円
FY98
1998/3
売上高
84,168億円
当期純利益
34億円
FY99
1999/3
売上高
79,773億円
当期純利益
-3,387億円
NECと合弁会社を設立(NEC日立メモリを合弁設立)
FY00
2000/3
売上高
80,012億円
当期純利益
169億円
FY01
2001/3
売上高
84,169億円
当期純利益
1,043億円
最終赤字に転落。2万人の人員削減
FY02
2002/3
売上高
79,937億円
当期純利益
-4,838億円
ディスプレイ事業を会社分離
FY03
2003/3
売上高
81,917億円
当期純利益
278億円
三菱電機と合弁会社を設立(ルネサステクノロジー)
IBMからHDD事業を買収
IBMが手放したHDD製造事業を買収。買収時点でグローバルで11つの製造拠点・従業員数2.4万名で運営していた。2012年に48億ドルで売却して日立製作所の財務体質の改善に寄与
組織再編
委員会等設置会社へ移行
2003年6月、委員会等設置会社(現指名委員会等設置会社)へ移行した。社外取締役を中心とする指名・監査・報酬の各委員会を設置し、ガバナンス改革を先取りする形で執行と監督の分離を進めた。
FY04
2004/3
売上高
86,324億円
当期純利益
158億円
古川一夫
FY05
2005/3
売上高
90,270億円
当期純利益
514億円
古川一夫
FY06
2006/3
売上高
94,648億円
当期純利益
373億円
古川一夫
FY07
2007/3
売上高
102,479億円
当期純利益
-327億円
川村隆
FY08
2008/3
売上高
112,267億円
当期純利益
-581億円
中西宏明
FY09
2009/3
売上高
100,003億円
当期純利益
-7,873億円
重要事項社長交代
中西宏明
財務危機改善のため川村隆氏が社長就任
川村隆氏の就任経緯は、1999年に取締役就任後に子会社の日立マクセル会長に転じた人物が7880億円の赤字で本社社長に呼び戻されたという異例のものである。着手した施策は3492億円の増資(既存株主に13%の希薄化)とHDD事業の48億ドル売却であり、自己資本比率を11.2%から18.8%に回復させた。55年間のテレビ生産撤退は総合電機の看板を手放す判断であり、先輩経営者の反発を押し切った点に意思決定の転換が表れている。
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FY10
2010/3
売上高
89,685億円
当期純利益
-1,069億円
組織再編
カンパニー制を導入(事業グループ再編)
2009年10月、事業グループを社内カンパニーに再編しカンパニー制を導入した。リーマンショック後の最終赤字を受けた経営再建の一環であり、各事業の収益責任を明確化し、選択と集中を加速する組織基盤となった。
中西宏明
4期ぶりの黒字転換
FY11
2011/3
売上高
93,158億円
当期純利益
2,388億円
重要事項事業売却
中西宏明
Western DigitalへHDD事業を売却
2012年3月、米Western Digital社へHDD事業を売却した。あわせて日立ディスプレイズ株式の譲渡により中小型ディスプレイ事業も売却。事業売却益を財務改善に充て、社会イノベーション事業への集中を加速する転換点となった。
FY12
2012/3
売上高
96,658億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,471億円
東原敏昭
FY13
2013/3
売上高
90,410億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,753億円
東原敏昭
三菱日立パワーシステムを設立
火力発電システムの事業統合を決定。三菱重工65%・日立製作所35%の出資比率で「三菱日立パワーシステム」を設立した。日立製作所としては祖業である電機を縮小する意図があったと推定されるが、完全撤退によるハレーションを考慮して三菱重工との合弁会社の設立を選択したと思われる。
FY14
2014/3
売上高
96,664億円
親会社株主に帰属する当期純利益
4,138億円
東原敏昭
FY15
2015/3
売上高
97,749億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,174億円
東原敏昭
FY16
2016/3
売上高
100,343億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,721億円
組織再編
東原敏昭
ビジネスユニット制を導入
2016年4月、マーケット別事業体制であるビジネスユニット制を導入した。顧客起点の事業運営を徹底するため、産業・電力・社会・情報通信等を市場軸で再編成し、社会イノベーション事業の強化基盤とした。
FY17
2017/3
売上高
91,622億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,312億円
非注力事業の売却
東原敏昭
FY18
2018/3
売上高
93,686億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,629億円
東原敏昭
システム子会社を吸収合併(3社)
ソフトウェア開発を強化するために、日立情報システムズ、日立ソフトウェアエンジニアリング、日立システムアンドサービスの3社を吸収合併
FY19
2019/3
売上高
94,806億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,225億円
重要事項業務提携
南アフリカPJで三菱重工と和解・火力発電から撤退
日立が単独で5700億円を受注した南アフリカの火力発電PJは、三菱重工との合弁移管後に工期遅延で損失が発生し、三菱重工から7700億円の支払を請求される事態に至った。和解損失3759億円を計上して合弁株式を譲渡した結果、出資比率35%で設立した合弁は5年で解消された。合弁設立前に日立が単独受注した案件の損失負担がパートナーとの紛争に発展した経緯は、合弁における受注責任の帰属の曖昧さを示す構造的な事例である。
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重要事項
日立Astemoを発足・ホンダ系部品メーカー3社を統合
1960億円を投じてホンダ系3社を統合し出資比率66.6%で子会社化した日立Astemoは、FY2022に純利益369億円を計上したが翌FY2023に▲810億円へ転落した。日立製作所は出資比率を約40%引き下げて持分法適用外に移行し、1580億円を回収した。上場子会社を60年保有した企業が新設子会社を4年で連結外へ移した事実は、川村改革以降の事業管理が「保有」から「入替」に転じたことを示している。
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重要事項事業売却
英原発「ホライズン」計画を凍結、約3000億円の損失計上
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小島啓二
FY20
2020/3
売上高
87,672億円
親会社株主に帰属する当期純利益
875億円
重要事項
小島啓二
ABB社からパワーグリッド事業を買収
スイスABB社からパワーグリッド事業を約7200億円で買収。
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FY21
2021/3
売上高
87,291億円
親会社株主に帰属する当期純利益
5,016億円
重要事項
GlobalLogic社を買収
デジタルエンジニアリングサービス(システム開発)を強化するため、米GlobalLogic社を約1兆円で買収した。GL社の売上高は年間1000億円()であり、1長円の買収をめぐって取締役会の議論は紛糾したという。
経営判断をよむ →
小島啓二
Thales社を買収(鉄道信号システム)
鉄道におけるシステム事業を強化するために、フランスのThales社を2,150億円で買収。欧州を中心に車両および信号システムを納入することで、グローバルな鉄道事業の展開を意図した。
FY22
2022/3
売上高
102,646億円
親会社株主に帰属する当期純利益
5,834億円
小島啓二
ヘルスケア事業に注力(旧日立ハイテク)
2020年に日立製作所は子会社の日立ハイテクの株式を取得。2024年に日立ハイテクを吸収合併し、日立製作所としてヘルスケア事業に注力する方針を表明した。ヘルスケア事業における医療機器の製造を強化するため、2023年11月にひたちなか市足崎(茨城県)において9万平方メートルの土地を取得。
FY23
2023/3
売上高
108,811億円
親会社株主に帰属する当期純利益
6,491億円
重要事項事業売却
日立金属(現プロテリアル)株式を譲渡
2023年1月、日立金属(現プロテリアル)株式の譲渡により同社事業を売却した。1956年の分離以来60年超続いた親子関係を解消し、ベインキャピタルらのコンソーシアムへ譲渡。日立Astemoの持分法化と並ぶ大型事業ポートフォリオ整理であった。
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德永俊昭
FY24
2024/3
売上高
97,287億円
親会社株主に帰属する当期純利益
5,898億円
德永俊昭
FY25
2025/3
売上高
97,833億円
親会社株主に帰属する当期純利益
6,157億円
FY26
2026/3
売上高
105,868億円
親会社株主に帰属する当期純利益
8,024億円
  1. 会社設立
    日立鉱山において日立製作所を創業
    創業の構造で注目すべきは、小平浪平氏が東京電燈での経験から輸入電機依存に問題意識を持ち、日立鉱山の修理工場で外国製品の分解・修理を通じて国産化の技術基盤を築いた過程にある。同時代のGEやWEとの技術提携を選んだ同業他社に対し、小平氏は「ロイヤリティと同額を自前の研究に投じるべき」と判断した。この方針はGE提携に転じる1953年まで40年以上維持され、鉱山の付帯部門が独立企業に転じる過程で技術蓄積の基盤となった。
  2. 株式会社日立製作所を設立

    久原鉱業所の製作所部門が軌道に乗ったことを受け、1918年に株式会社日立製作所を資本金1000万円で設立し、久原鉱業所から資本面で独立した。創業者の久原房之助氏が機械部門への多角化に消極的だったため、小平浪平氏は独立を選択。同年10月には生産拠点拡大のため東京の佃島製作所を合併し「亀戸工場」として継承。したがって設立時は創業地の日立工場と亀戸工場の2拠点体制となった。

  3. 笠戸造船所を取得

    第一次世界大戦後の不況を受けて経営難に陥っていた笠戸造船所(山口県下松市)を取得。機関車(鉄道車両)の製造を開始した

  4. 国産工業を吸収合併・国内工場を拡充

    軍需対応のため全国各地の電機メーカーを買収。戦時中に18工場を運営し、日本有数の電機メーカーに発展

  5. 労働組合と対立・約8500名を削減
    4万4000人中8500名を余剰と判断しながら全工場の生産停止を約60日間許容した点に、この争議の構造がある。組合の暴力行為(「熱砂の誓」「ダルマ落とし」)に対して交渉を打ち切り、相手の疲弊を待つ方針を採ったのは、自己資本比率14.1%で倒産リスクを抱える中での持久戦であった。争議を終結させたのは経営陣の交渉力ではなく時間の経過による組合内部の分裂であり、興銀の島田常務による協調融資の呼びかけが再建の資金的裏付けとなった。
  6. 事業売却
    日立金属・日立電線を設立(子会社分離を開始)
    1956年の日立金属・日立電線に始まり日立化成・日立建機・日立物流と、非電機事業を次々に子会社化して上場させた構造は、事業売却によるキャッシュ確保ではなく支配権維持と資本市場活用の両立を志向したものであった。上場子会社は各社が独自に資金調達と人材確保を行う一方、親会社が経営方針に関与する仕組みとなった。2010年代にこの構造が非効率の象徴として解体されるまでの60年間は、日本型企業グループの形成と変容を映している。
  7. 海外進出
    Hitachi New York(現Hitachi America)を設立

    1959年10月、米国にHitachi New York, Ltd.(現Hitachi America, Ltd.)を設立した。日立製作所として初の本格的な海外現地法人であり、戦後の対米輸出と現地販売・サービス網構築の起点となった。

  8. システム開発を本格化
  9. 組織再編
    日立建設機械製造(現日立建機)を分離独立

    1969年12月、建設機械事業を会社分割し、日立建設機械製造(現日立建機)として分離独立させた。電機事業に集中するための事業ポートフォリオ整理の一環であり、その後日立建機は2022年に持分法適用会社化された。

  10. 海外進出
    Hitachi Europe Ltd.を設立

    1982年6月、欧州統括拠点としてHitachi Europe Ltd.を設立した。家電・産業機器・情報通信など複数事業の欧州販売およびサービス機能を集約し、欧州市場での事業展開の体制基盤となった。

  11. 256KB・DRAMの量産を開始
  12. 海外進出
    Hitachi Asiaを設立(アジア統括拠点)

    1989年2月、シンガポールにHitachi Asia Pte. Ltd.(現Hitachi Asia Ltd.)を設立した。アジア地域における販売・マーケティング機能を集約する統括拠点として位置づけられ、その後ASEAN・南アジアでの事業拡大を支えた。

  13. 家電事業を再編
  14. 海外進出
    日立(中国)有限公司を設立

    1994年10月、中国本土事業の統括会社として日立(中国)有限公司を設立した。中国市場における家電・情報通信・産業機器事業を一元管理する体制を整え、1990年代以降の中国事業拡大の基盤となった。

  15. NECと合弁会社を設立(NEC日立メモリを合弁設立)
  16. 最終赤字に転落。2万人の人員削減
  17. ディスプレイ事業を会社分離
  18. 三菱電機と合弁会社を設立(ルネサステクノロジー)
  19. IBMからHDD事業を買収

    IBMが手放したHDD製造事業を買収。買収時点でグローバルで11つの製造拠点・従業員数2.4万名で運営していた。2012年に48億ドルで売却して日立製作所の財務体質の改善に寄与

  20. 組織再編
    委員会等設置会社へ移行

    2003年6月、委員会等設置会社(現指名委員会等設置会社)へ移行した。社外取締役を中心とする指名・監査・報酬の各委員会を設置し、ガバナンス改革を先取りする形で執行と監督の分離を進めた。

  21. 組織再編
    カンパニー制を導入(事業グループ再編)

    2009年10月、事業グループを社内カンパニーに再編しカンパニー制を導入した。リーマンショック後の最終赤字を受けた経営再建の一環であり、各事業の収益責任を明確化し、選択と集中を加速する組織基盤となった。

  22. 4期ぶりの黒字転換
  23. 事業売却
    Western DigitalへHDD事業を売却

    2012年3月、米Western Digital社へHDD事業を売却した。あわせて日立ディスプレイズ株式の譲渡により中小型ディスプレイ事業も売却。事業売却益を財務改善に充て、社会イノベーション事業への集中を加速する転換点となった。

  24. 三菱日立パワーシステムを設立

    火力発電システムの事業統合を決定。三菱重工65%・日立製作所35%の出資比率で「三菱日立パワーシステム」を設立した。日立製作所としては祖業である電機を縮小する意図があったと推定されるが、完全撤退によるハレーションを考慮して三菱重工との合弁会社の設立を選択したと思われる。

  25. 組織再編
    ビジネスユニット制を導入

    2016年4月、マーケット別事業体制であるビジネスユニット制を導入した。顧客起点の事業運営を徹底するため、産業・電力・社会・情報通信等を市場軸で再編成し、社会イノベーション事業の強化基盤とした。

  26. 非注力事業の売却
  27. システム子会社を吸収合併(3社)

    ソフトウェア開発を強化するために、日立情報システムズ、日立ソフトウェアエンジニアリング、日立システムアンドサービスの3社を吸収合併

  28. Thales社を買収(鉄道信号システム)

    鉄道におけるシステム事業を強化するために、フランスのThales社を2,150億円で買収。欧州を中心に車両および信号システムを納入することで、グローバルな鉄道事業の展開を意図した。

  29. ヘルスケア事業に注力(旧日立ハイテク)

    2020年に日立製作所は子会社の日立ハイテクの株式を取得。2024年に日立ハイテクを吸収合併し、日立製作所としてヘルスケア事業に注力する方針を表明した。ヘルスケア事業における医療機器の製造を強化するため、2023年11月にひたちなか市足崎(茨城県)において9万平方メートルの土地を取得。