沿革年表 1884〜2025年における重要度別の出来事(合計35件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
会社設立
工部省から長崎造船局を借り受け創立
工部省から長崎造船局を借り受け、長崎造船所と命名して造船事業に本格参入した。三菱重工が公式に「創立日」と位置付ける起点であり、後の三菱財閥の重工業基盤の出発点となった。
1884
1-12月
組織再編
三菱合資会社を設立し造船事業を承継
三菱合資会社を設立し、長崎造船所の事業一切を引き継いだ。岩崎家による事業統合の核として、その後の重工業部門への分岐の母体となった組織再編であった。
1893
1-12月
重要事項会社設立
三菱造船株式会社を設立
歴史的意義yutaka sugiura
三菱財閥が造船に参入した動機は、海運事業における船舶修繕の不便にあった。イギリスまで回航して修繕する非効率を解消するため、国内に自前の造船所を確保する垂直統合の発想が起点であった。官営造船所の払い下げという機会を捉え、長崎・神戸・彦島の3拠点を構築して国内最大級の造船所に成長。海運から造船への垂直統合が、のちの三菱重工業という総合重工メーカーの原型を形成した。
1917
1-12月
重要事項
神戸造船所旧電気部を三菱電機として分離
歴史的意義yutaka sugiura
三菱電機の誕生は、造船所内部で電機事業を運営する非効率がきっかけであった。工作設備は造船向きで電動機製造に不適合、材料調達も造船優先、技術者の配置も電気科偏重という構造的な問題を抱えていた。分離独立によってこれらの制約が解消され、名古屋製作所の新設など大規模な設備投資が可能となった。事業の異質性を認識し分離によって双方の成長を促した判断は、コングロマリットにおける事業ポートフォリオ管理の先駆的事例といえる。
1921
1-12月
商号を三菱重工株式会社に変更
1930年代を通じて三菱重工は、海軍・陸軍向けの軍需製品の増産を強化。1934年に三菱航空機と三菱造船が合併して、三菱重工業を発足することで「艦艇・航空機・戦略」を量産する日本有数の軍需企業となった。造船では1938年に長崎造船所にて戦艦「武蔵」を竣工。航空機では1943年に零式艦上戦闘機の生産を開始。車両では1937年に丸子工場を神奈川県に新設して戦車の量産体制を構築した。
1934
1-12月
財閥解体により3社に会社分割
戦後の財閥解体による三菱重工の解体が決定。新三菱重工業・三菱日本重工業・三菱造船の3社に分割された
FY50
1950/3
重要事項業務提携
戦闘機の生産再開を決定(国内ライセンス生産)
歴史的意義yutaka sugiura
三菱重工の戦闘機生産再開は、朝鮮戦争を契機とした米国の対日政策転換によって実現した。F-86Fのノックダウン生産という形態は、技術面では米国に依存しつつも、防衛庁との受注関係と製造ノウハウを蓄積する機会となった。黎明期に参入したことで先行者利益を確保し、以後の戦闘機市場は三菱重工と川崎重工の2社寡占となった。初期のライセンス生産への参入判断が、数十年にわたる防衛産業の競争構造を決定づけた事例である。
FY53
1953/3
YS-11の共同開発を開始
FY60
1960/3
新三菱重工業:キャタピラーと合弁・建設機械に参入
FY63
1963/3
重要事項
新三菱重工業・三菱日本重工業・三菱造船の3社が合併(三菱重工業の発足)
財閥解体で分離された旧三菱重工3社(新三菱重工業・三菱日本重工業・三菱造船)は再合併の検討を開始した。1963年7月、3社の取締役会で合併共同検討の方針を決議し、同年8月に合併準備室を発足した。合併で売上高3,000億円規模の大企業が誕生するため、公正取引委員会が独占禁止法抵触の有無を判断し、1964年1月までに「付帯した要請書」で抄紙機を除き問題ない旨を回答した。よって1964年6月1日、3社が合併し三菱重工業株式会社が発足した。
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FY65
1965/3
長崎造船所で30万tドッグを新設
FY67
1967/3
売上高
4,605億円
当期純利益
89億円
FY68
1968/3
売上高
5,964億円
当期純利益
124億円
FY69
1969/3
売上高
6,272億円
当期純利益
145億円
関西電力美浜1号にPWRを導入
FY70
1970/3
売上高
7,072億円
当期純利益
168億円
戦闘機F-4EJを受注
1971年度から1981年度にかけて、1次〜6次にわたり合計140機のF-4EJを防衛庁から受注。合計受注額は約1700億円。
自動車部門を三菱自動車工業に移譲
FY71
1971/3
売上高
6,583億円
当期純利益
190億円
FY72
1972/3
売上高
7,014億円
当期純利益
163億円
FY73
1973/3
売上高
7,703億円
当期純利益
144億円
FY74
1974/3
売上高
9,089億円
当期純利益
161億円
FY75
1975/3
売上高
10,982億円
当期純利益
162億円
MU-300ビジネスジェットの開発開始
FY76
1976/3
売上高
10,729.65億円
当期純利益
148.81億円
FY77
1977/3
売上高
12,179億円
当期純利益
179.66億円
FY78
1978/3
売上高
13,792.32億円
当期純利益
150.33億円
ボーイング社とB767/777の事業契約を締結
FY79
1979/3
売上高
12,748.62億円
当期純利益
96.71億円
海外進出
米国にMitsubishi Heavy Industries America, Inc.を設立
米国市場での販売・サービス拠点としてMHI Americaを設立した。火力発電・産業機械の北米輸出を本格化させ、後年のミツビシパワー米国事業の母体に位置付けられる。
FY80
1980/3
売上高
13,492.64億円
当期純利益
116.97億円
FY81
1981/3
売上高
13,256.21億円
当期純利益
121.07億円
FY82
1982/3
売上高
16,836.36億円
当期純利益
125.96億円
FY83
1983/3
売上高
16,418.08億円
当期純利益
128.96億円
FY84
1984/3
売上高
19,081.28億円
当期純利益
269.69億円
FY85
1985/3
売上高
19,997.45億円
当期純利益
359.4億円
大幸工場を閉鎖(名古屋市大曽根)
FY86
1986/3
広島海洋機器工場を閉鎖
FY89
1989/3
FY92
1992/3
売上高
27,898億円
当期純利益
1,056億円
FY93
1993/3
売上高
28,247億円
当期純利益
810億円
FY94
1994/3
売上高
27,843億円
当期純利益
798億円
組織再編
三菱原子力工業を合併
三菱原子力工業を合併し、原子力事業を本体に取り込んだ。1970年の関西電力美浜1号PWR以降に蓄積した原子力技術を、資本・組織面でも一体化させる再編であった。
FY95
1995/3
売上高
28,485億円
当期純利益
779億円
FY96
1996/3
売上高
30,161億円
当期純利益
1,037億円
FY97
1997/3
売上高
31,424億円
当期純利益
1,236億円
佃和夫
FY98
1998/3
売上高
30,961億円
当期純利益
606億円
佃和夫
FY99
1999/3
売上高
29,077億円
当期純利益
180億円
佃和夫
最終赤字に転落
海外プラント案件における遅延で赤字転落
FY00
2000/3
売上高
28,750億円
当期純利益
-1,370億円
佃和夫
FY01
2001/3
売上高
30,450億円
当期純利益
-203億円
海外進出
佃和夫
米国にMitsubishi Power Systems, Inc.を設立
米国の火力発電事業展開のための現地法人として設立した。現Mitsubishi Power Americas, Inc.に至り、ガスタービン複合発電(GTCC)事業の海外戦略拠点となった。
FY02
2002/3
売上高
28,639億円
当期純利益
264億円
中期経営計画を策定・成長分野に集中
佃和夫
長崎造船所でダイヤモンドプリンセスが火災
FY03
2003/3
売上高
25,938億円
当期純利益
343億円
佃和夫
PBR1倍割れを問題視
FY04
2004/3
売上高
23,734億円
当期純利益
217億円
佃和夫
FY05
2005/3
売上高
25,907億円
当期純利益
40億円
佃和夫
FY06
2006/3
売上高
27,921億円
当期純利益
298億円
大宮英明
ボーイングB787向けに主翼出荷を開始
FY07
2007/3
売上高
30,685億円
当期純利益
488億円
大宮英明
FY08
2008/3
売上高
32,030億円
当期純利益
613億円
大宮英明
FY09
2009/3
売上高
33,756億円
当期純利益
242億円
大宮英明
FY10
2010/3
売上高
29,408億円
当期純利益
141億円
大宮英明
FY11
2011/3
売上高
29,037億円
当期純利益
301億円
宮永俊一
キャタピラーとの合弁契約を解消
FY12
2012/3
売上高
28,209億円
親会社株主に帰属する当期純利益
245億円
宮永俊一
FY13
2013/3
売上高
28,178億円
親会社株主に帰属する当期純利益
973億円
企業買収
宮永俊一
ニチユ三菱フォークリフトとして営業開始
日本輸送機を連結子会社化し、自社のフォークリフト事業と統合してニチユ三菱フォークリフト(現・三菱ロジスネクスト)を発足した。物流機器分野での国内再編であった。
FY14
2014/3
売上高
33,495億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,604億円
三菱日立パワーシステムズを設立
組織再編
宮永俊一
三菱重工航空エンジンが営業開始
航空エンジン事業を分社化し、三菱重工航空エンジンとして営業開始した。Pratt & Whitneyとの提携を踏まえ、民間航空エンジン分野の事業基盤を独立させた。
FY15
2015/3
売上高
39,921億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,104億円
企業買収
Primetals Technologies, Limitedが営業開始
シーメンスVAIメタルズテクノロジーズと三菱日立製鉄機械を統合した英国法人Primetals Technologies, Limitedが営業開始した。製鉄機械事業の世界統合再編であった。
宮永俊一
客船の納期遅れで巨額損失
FY16
2016/3
売上高
40,468億円
親会社株主に帰属する当期純利益
638億円
宮永俊一
FY17
2017/3
売上高
39,140億円
親会社株主に帰属する当期純利益
877億円
泉澤清次
FY18
2018/3
売上高
41,108億円
親会社株主に帰属する当期純利益
704億円
泉澤清次
FY19
2019/3
売上高
40,783億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,102億円
泉澤清次
三菱航空機が債務超過状態
FY20
2020/3
売上高
40,413億円
親会社株主に帰属する当期純利益
871億円
泉澤清次
FY21
2021/3
売上高
36,999億円
親会社株主に帰属する当期純利益
406億円
泉澤清次
FY22
2022/3
売上高
38,602億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,135億円
泉澤清次
FY23
2023/3
売上高
42,027億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,304億円
企業買収
伊藤栄作
米Concentric, LLCを連結子会社化
米国Concentric, LLCを連結子会社化した。データセンター向け電力ソリューション等の事業を取り込み、北米における電力インフラ事業を強化する動きであった。
FY24
2024/3
売上高
46,571億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,220億円
過去最高益を達成
GTCC・原子力・防衛宇宙を中心に受注好調で過去最高益を達成。特に防衛関連(航空機・艦艇など)も好調で、2023年度における防衛省向けの販売高は4,897億円(全社売上対比10.5%)
伊藤栄作
FY25
2025/3
売上高
50,271億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,454億円
  1. 会社設立
    工部省から長崎造船局を借り受け創立

    工部省から長崎造船局を借り受け、長崎造船所と命名して造船事業に本格参入した。三菱重工が公式に「創立日」と位置付ける起点であり、後の三菱財閥の重工業基盤の出発点となった。

  2. 組織再編
    三菱合資会社を設立し造船事業を承継

    三菱合資会社を設立し、長崎造船所の事業一切を引き継いだ。岩崎家による事業統合の核として、その後の重工業部門への分岐の母体となった組織再編であった。

  3. 会社設立
    三菱造船株式会社を設立
    三菱財閥が造船に参入した動機は、海運事業における船舶修繕の不便にあった。イギリスまで回航して修繕する非効率を解消するため、国内に自前の造船所を確保する垂直統合の発想が起点であった。官営造船所の払い下げという機会を捉え、長崎・神戸・彦島の3拠点を構築して国内最大級の造船所に成長。海運から造船への垂直統合が、のちの三菱重工業という総合重工メーカーの原型を形成した。
  4. 神戸造船所旧電気部を三菱電機として分離
    三菱電機の誕生は、造船所内部で電機事業を運営する非効率がきっかけであった。工作設備は造船向きで電動機製造に不適合、材料調達も造船優先、技術者の配置も電気科偏重という構造的な問題を抱えていた。分離独立によってこれらの制約が解消され、名古屋製作所の新設など大規模な設備投資が可能となった。事業の異質性を認識し分離によって双方の成長を促した判断は、コングロマリットにおける事業ポートフォリオ管理の先駆的事例といえる。
  5. 商号を三菱重工株式会社に変更

    1930年代を通じて三菱重工は、海軍・陸軍向けの軍需製品の増産を強化。1934年に三菱航空機と三菱造船が合併して、三菱重工業を発足することで「艦艇・航空機・戦略」を量産する日本有数の軍需企業となった。造船では1938年に長崎造船所にて戦艦「武蔵」を竣工。航空機では1943年に零式艦上戦闘機の生産を開始。車両では1937年に丸子工場を神奈川県に新設して戦車の量産体制を構築した。

  6. 財閥解体により3社に会社分割

    戦後の財閥解体による三菱重工の解体が決定。新三菱重工業・三菱日本重工業・三菱造船の3社に分割された

  7. 業務提携
    戦闘機の生産再開を決定(国内ライセンス生産)
    三菱重工の戦闘機生産再開は、朝鮮戦争を契機とした米国の対日政策転換によって実現した。F-86Fのノックダウン生産という形態は、技術面では米国に依存しつつも、防衛庁との受注関係と製造ノウハウを蓄積する機会となった。黎明期に参入したことで先行者利益を確保し、以後の戦闘機市場は三菱重工と川崎重工の2社寡占となった。初期のライセンス生産への参入判断が、数十年にわたる防衛産業の競争構造を決定づけた事例である。
  8. YS-11の共同開発を開始
  9. 新三菱重工業:キャタピラーと合弁・建設機械に参入
  10. 長崎造船所で30万tドッグを新設
  11. 関西電力美浜1号にPWRを導入
  12. 戦闘機F-4EJを受注

    1971年度から1981年度にかけて、1次〜6次にわたり合計140機のF-4EJを防衛庁から受注。合計受注額は約1700億円。

  13. 自動車部門を三菱自動車工業に移譲
  14. MU-300ビジネスジェットの開発開始
  15. ボーイング社とB767/777の事業契約を締結
  16. 海外進出
    米国にMitsubishi Heavy Industries America, Inc.を設立

    米国市場での販売・サービス拠点としてMHI Americaを設立した。火力発電・産業機械の北米輸出を本格化させ、後年のミツビシパワー米国事業の母体に位置付けられる。

  17. 大幸工場を閉鎖(名古屋市大曽根)
  18. 広島海洋機器工場を閉鎖
  19. 組織再編
    三菱原子力工業を合併

    三菱原子力工業を合併し、原子力事業を本体に取り込んだ。1970年の関西電力美浜1号PWR以降に蓄積した原子力技術を、資本・組織面でも一体化させる再編であった。

  20. 最終赤字に転落

    海外プラント案件における遅延で赤字転落

  21. 海外進出
    米国にMitsubishi Power Systems, Inc.を設立

    米国の火力発電事業展開のための現地法人として設立した。現Mitsubishi Power Americas, Inc.に至り、ガスタービン複合発電(GTCC)事業の海外戦略拠点となった。

  22. 中期経営計画を策定・成長分野に集中
  23. 長崎造船所でダイヤモンドプリンセスが火災
  24. PBR1倍割れを問題視
  25. ボーイングB787向けに主翼出荷を開始
  26. キャタピラーとの合弁契約を解消
  27. 企業買収
    ニチユ三菱フォークリフトとして営業開始

    日本輸送機を連結子会社化し、自社のフォークリフト事業と統合してニチユ三菱フォークリフト(現・三菱ロジスネクスト)を発足した。物流機器分野での国内再編であった。

  28. 三菱日立パワーシステムズを設立
  29. 組織再編
    三菱重工航空エンジンが営業開始

    航空エンジン事業を分社化し、三菱重工航空エンジンとして営業開始した。Pratt & Whitneyとの提携を踏まえ、民間航空エンジン分野の事業基盤を独立させた。

  30. 企業買収
    Primetals Technologies, Limitedが営業開始

    シーメンスVAIメタルズテクノロジーズと三菱日立製鉄機械を統合した英国法人Primetals Technologies, Limitedが営業開始した。製鉄機械事業の世界統合再編であった。

  31. 客船の納期遅れで巨額損失
  32. 三菱航空機が債務超過状態
  33. 企業買収
    米Concentric, LLCを連結子会社化

    米国Concentric, LLCを連結子会社化した。データセンター向け電力ソリューション等の事業を取り込み、北米における電力インフラ事業を強化する動きであった。

  34. 過去最高益を達成

    GTCC・原子力・防衛宇宙を中心に受注好調で過去最高益を達成。特に防衛関連(航空機・艦艇など)も好調で、2023年度における防衛省向けの販売高は4,897億円(全社売上対比10.5%)