スズキの沿革(1909〜2024年)

スズキの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1909
1-12月
founding
鈴木式織機製作所を創業
同じ出自から1000倍の差を生んだ多角化の判断
1939
1-12月
高塚工場を新設
FY50
1950/3
東京証券取引所に株式上場
労働争議が発生・生産停止へ
FY53
1953/3
二輪車に参入・パワーフリー号を発売
鈴木式織機と同じく浜松で事業を展開していた本田技研(ホンダ)が二輪車で業容を拡大していたことに刺激され、スズキも二輪車への参入を決定した。 1952年6月に鈴木式織機は二輪車「パワーフリー号」を発売。2サイクル36ccのオートバイであり、先発企業であるホンダに追随した。
FY55
1955/3
商号を鈴木自動車工業株式会社に変更
1954年にスズキはかねてからの念願であった四輪乗用車への参入を決めて、社名を「鈴木自動車工業」に変更した。すでに二輪車を手掛けていたが、より高度な技術が求められる四輪乗用車の大量生産を目指して、本格的な乗用車メーカーに転身することを目論んだ。 だが、すでに自動車業界にはトヨタと日産がシェアを確保しており、三輪車の分野ではマツダとダイハツ、高級車の分野ではプリンス自動車(1965年に日産と合併)が存在しており、後発のスズキにとっては軽自動車の分野が残された市場であった。 このため、スズキは本格的な四輪乗用車ではなく、軽自動車に焦点を放心で四輪車に参入した。
FY57
1957/3
創業者の鈴木道雄氏が社長退任
FY62
1962/3
繊維機械部門を子会社に分離
鈴木自動車工業は新事業である二輪車および四輪車の量産に専念するため、祖業である織機(繊維機械部門)の分離を決定。1961年に鈴木式織機株式会社を子会社として設立し、鈴木自動車工業の繊維機械部門を同社へ移管した。
国内生産拠点を増設
二輪車の増産および、四輪車の本格参入にあたって、静岡県内を中心に工場を新設。このうち、磐田工場(1967年新設)と湖西工場(1970年新設)が四輪車生産の拠点となった。
FY75
1975/3
排ガス規制により販売不振へ
FY79
1979/3
鈴木修氏が社長就任
FY80
1980/3
軽自動車「アルト」を発売
「引き算の設計」がインド戦略の原型になった事実
FY82
1982/3
GM・いすゞ・スズキの3社が業務提携
FY83
1983/3
インド国営企業マルチに出資
大手が避けた「空白地帯」に賭けた後発企業の合理性
FY92
1992/3
売上高
12,486億円
当期純利益
197億円
FY93
1993/3
売上高
12,591億円
当期純利益
190億円
FY94
1994/3
売上高
12,269億円
当期純利益
152億円
中国での現地生産を開始
FY95
1995/3
売上高
12,582億円
当期純利益
200億円
相良エンジン工場を稼働
FY96
1996/3
売上高
13,811億円
当期純利益
266億円
マルチ問題(インド政府と対立)
1996年にインドで政権交代が起こり、外資企業に対する風当たりが強くなった。すでにインドでシェアを確保していたスズキも批判と対象となった。この過程で、インドマルチ社の社長人事をめぐって、インド政府とスズキが対立するに至った。 スズキはインド政府との話し合いの末、マルチ社への出資比率を54%に高めることで連結子会社化を決定。以後、スズキはインドマルチ社をインド事業における子会社として運営し、四輪車生産のための設備投資を積極化した。
FY97
1997/3
売上高
15,024億円
当期純利益
335億円
FY98
1998/3
売上高
14,887億円
当期純利益
301億円
FY99
1999/3
売上高
14,558億円
当期純利益
243億円
FY00
2000/3
売上高
15,211億円
当期純利益
268億円
FY01
2001/3
売上高
16,002億円
当期純利益
202億円
alliance
GMがスズキへ追加出資
「51%でも構わない」が露呈させたアライアンスの非対称性
FY02
2002/3
売上高
16,682億円
当期純利益
223億円
FY03
2003/3
売上高
20,153億円
当期純利益
310億円
マルチ社を子会社化・増産投資
「合弁パートナー」から「経営の主導者」への20年
FY04
2004/3
売上高
21,989億円
当期純利益
438億円
FY05
2005/3
売上高
23,655億円
当期純利益
605億円
小型車「スイフト」を発売
スズキはグローバルな販売を見据えた小型車として「スイフト」を開発。欧州においてデザインおよび走行性能などを改善し、2004年から販売を開始した。
FY06
2006/3
売上高
27,464億円
当期純利益
659億円
FY07
2007/3
売上高
31,636億円
当期純利益
750億円
FY08
2008/3
売上高
35,024億円
当期純利益
802億円
小野専務が急逝(後継候補)
鈴木修氏の娘婿であり、後継者候補であった小野専務(当時52歳)が急逝。78歳であった鈴木修会長は社長を兼務し、スズキの経営トップを続投した
GMとの提携を解消
提携先のGMが2008年に経営破綻したことを受けて、GMは保有するスズキの株式売却を決定。1981年から続いた提携関係に終止符を打った
FY09
2009/3
売上高
30,048億円
当期純利益
274億円
FY10
2010/3
売上高
24,690億円
当期純利益
289億円
crisis
フォルクスワーゲンと包括提携を締結(失敗)
独立性に4602億円の値札がついた提携紛争の教訓
FY11
2011/3
売上高
26,082億円
当期純利益
451億円
米国四輪車市場から撤退
FY12
2012/3
売上高
25,121億円
当期純利益
538億円
FY13
2013/3
売上高
25,783億円
当期純利益
803億円
FY14
2014/3
売上高
29,383億円
当期純利益
1,074億円
FY15
2015/3
売上高
30,154億円
当期純利益
968億円
FY16
2016/3
売上高
31,806億円
当期純利益
1,166億円
フォルクスワーゲンから株式を買い戻し
FY17
2017/3
売上高
31,695億円
当期純利益
1,599億円
FY18
2018/3
売上高
37,572億円
当期純利益
2,157億円
FY19
2019/3
売上高
38,714億円
当期純利益
1,787億円
浜松工場を新設
防災と効率化を同時に解く610億円の拠点再編
FY20
2020/3
売上高
34,884億円
当期純利益
1,342億円
トヨタ自動車と資本提携
2016年にスズキはトヨタ自動車と業務提携に関する検討を開始。2019年3月までにトヨタの電動化技術と、スズキの小型車の技術に補完関係があると判断し、協業に向けた具体的な検討を開始した。 2019年8月にスズキおよびトヨタ自動車は資本提携の締結を発表。スズキは第三者割当増資を実施してトヨタがスズキの株式4.9%を960億円で取得する一方、スズキもトヨタ自動車の株式480億円相当を取得する方針を発表した。スズキとしてはトヨタと株式を相互に持ち合うことで協業における関係強化を図った。
FY21
2021/3
売上高
31,782億円
当期純利益
1,464億円
FY22
2022/3
売上高
35,683億円
当期純利益
1,603億円
FY23
2023/3
売上高
46,416億円
当期純利益
2,211億円
FY24
2024/3
売上高
53,742億円
当期純利益
2,677億円
インドで新工場を計画
2024年1月にスズキは、インドのグジャラート州政府と新工場の建設で合意。クジャラート州内に年産100万台の大規模量産工場の新設を計画(すでに稼働しているクジャラート工場とは別の新工場)。投資予定額は約6000億円。
鈴木修相談役が逝去
元社長・会長であり、スズキ創業家である鈴木修氏が2024年12月に94歳で逝去。1978年6月にスズキの社長に就任して以来、2021年に当時91歳で会長を退任するまで経営トップを歴任した。 鈴木修氏はスズキの社長として、インドでの乗用車展開を中心とするグローバル企業に育成しつつ、大手企業(GM・VW・トヨタ)とのアライアンスを志向。後発乗用車メーカーという不利な立場ではあったが、他社から買収されずに独立した自動車メーカーとして存続させた。
  1. founding
    鈴木式織機製作所を創業
    同じ出自から1000倍の差を生んだ多角化の判断
  2. 高塚工場を新設
  3. 東京証券取引所に株式上場
  4. 労働争議が発生・生産停止へ
  5. 二輪車に参入・パワーフリー号を発売

    鈴木式織機と同じく浜松で事業を展開していた本田技研(ホンダ)が二輪車で業容を拡大していたことに刺激され、スズキも二輪車への参入を決定した。 1952年6月に鈴木式織機は二輪車「パワーフリー号」を発売。2サイクル36ccのオートバイであり、先発企業であるホンダに追随した。

  6. 商号を鈴木自動車工業株式会社に変更

    1954年にスズキはかねてからの念願であった四輪乗用車への参入を決めて、社名を「鈴木自動車工業」に変更した。すでに二輪車を手掛けていたが、より高度な技術が求められる四輪乗用車の大量生産を目指して、本格的な乗用車メーカーに転身することを目論んだ。 だが、すでに自動車業界にはトヨタと日産がシェアを確保しており、三輪車の分野ではマツダとダイハツ、高級車の分野ではプリンス自動車(1965年に日産と合併)が存在しており、後発のスズキにとっては軽自動車の分野が残された市場であった。 このため、スズキは本格的な四輪乗用車ではなく、軽自動車に焦点を放心で四輪車に参入した。

  7. 創業者の鈴木道雄氏が社長退任
  8. 繊維機械部門を子会社に分離

    鈴木自動車工業は新事業である二輪車および四輪車の量産に専念するため、祖業である織機(繊維機械部門)の分離を決定。1961年に鈴木式織機株式会社を子会社として設立し、鈴木自動車工業の繊維機械部門を同社へ移管した。

  9. 国内生産拠点を増設

    二輪車の増産および、四輪車の本格参入にあたって、静岡県内を中心に工場を新設。このうち、磐田工場(1967年新設)と湖西工場(1970年新設)が四輪車生産の拠点となった。

  10. 排ガス規制により販売不振へ
  11. 鈴木修氏が社長就任
  12. 軽自動車「アルト」を発売
    「引き算の設計」がインド戦略の原型になった事実
  13. GM・いすゞ・スズキの3社が業務提携
  14. インド国営企業マルチに出資
    大手が避けた「空白地帯」に賭けた後発企業の合理性
  15. 中国での現地生産を開始
  16. 相良エンジン工場を稼働
  17. マルチ問題(インド政府と対立)

    1996年にインドで政権交代が起こり、外資企業に対する風当たりが強くなった。すでにインドでシェアを確保していたスズキも批判と対象となった。この過程で、インドマルチ社の社長人事をめぐって、インド政府とスズキが対立するに至った。 スズキはインド政府との話し合いの末、マルチ社への出資比率を54%に高めることで連結子会社化を決定。以後、スズキはインドマルチ社をインド事業における子会社として運営し、四輪車生産のための設備投資を積極化した。

  18. alliance
    GMがスズキへ追加出資
    「51%でも構わない」が露呈させたアライアンスの非対称性
  19. マルチ社を子会社化・増産投資
    「合弁パートナー」から「経営の主導者」への20年
  20. 小型車「スイフト」を発売

    スズキはグローバルな販売を見据えた小型車として「スイフト」を開発。欧州においてデザインおよび走行性能などを改善し、2004年から販売を開始した。

  21. 小野専務が急逝(後継候補)

    鈴木修氏の娘婿であり、後継者候補であった小野専務(当時52歳)が急逝。78歳であった鈴木修会長は社長を兼務し、スズキの経営トップを続投した

  22. GMとの提携を解消

    提携先のGMが2008年に経営破綻したことを受けて、GMは保有するスズキの株式売却を決定。1981年から続いた提携関係に終止符を打った

  23. crisis
    フォルクスワーゲンと包括提携を締結(失敗)
    独立性に4602億円の値札がついた提携紛争の教訓
  24. 米国四輪車市場から撤退
  25. フォルクスワーゲンから株式を買い戻し
  26. 浜松工場を新設
    防災と効率化を同時に解く610億円の拠点再編
  27. トヨタ自動車と資本提携

    2016年にスズキはトヨタ自動車と業務提携に関する検討を開始。2019年3月までにトヨタの電動化技術と、スズキの小型車の技術に補完関係があると判断し、協業に向けた具体的な検討を開始した。 2019年8月にスズキおよびトヨタ自動車は資本提携の締結を発表。スズキは第三者割当増資を実施してトヨタがスズキの株式4.9%を960億円で取得する一方、スズキもトヨタ自動車の株式480億円相当を取得する方針を発表した。スズキとしてはトヨタと株式を相互に持ち合うことで協業における関係強化を図った。

  28. インドで新工場を計画

    2024年1月にスズキは、インドのグジャラート州政府と新工場の建設で合意。クジャラート州内に年産100万台の大規模量産工場の新設を計画(すでに稼働しているクジャラート工場とは別の新工場)。投資予定額は約6000億円。

  29. 鈴木修相談役が逝去

    元社長・会長であり、スズキ創業家である鈴木修氏が2024年12月に94歳で逝去。1978年6月にスズキの社長に就任して以来、2021年に当時91歳で会長を退任するまで経営トップを歴任した。 鈴木修氏はスズキの社長として、インドでの乗用車展開を中心とするグローバル企業に育成しつつ、大手企業(GM・VW・トヨタ)とのアライアンスを志向。後発乗用車メーカーという不利な立場ではあったが、他社から買収されずに独立した自動車メーカーとして存続させた。

参考文献・出所

有価証券報告書 沿革
スズキ社史
浜松自動車産業史
有価証券報告書
日経新聞朝刊
スズキIR資料
スズキIR
決算説明会資料
Bloomberg
日経新聞
IR 決算説明QA FY25-3Q 2026/2/5
IR 決算説明QA FY25-2Q 2025/11
スズキ中期経営計画