沿革年表 1973〜2026年における重要度別の出来事(合計33件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
宇野回天堂薬局を創業
<h3>創業者・宇野正晃氏について</h3>宇野正晃氏(1947年生まれ)は宮崎県延岡市出身の薬剤師。1972年に東京薬科大学を卒業後、地元の延岡市に戻り、1973年2月に「宇野回天堂薬局」を創業した。以後約10年間は個人薬局の経営に徹し、ドラッグストアの本格展開は1983年の法人設立、さらに1993年の多店舗展開開始を待つことになる。
1973
1-12月
重要事項会社設立
宇野正晃
有限会社コスモス薬品を設立
九州・宮崎発のディスカウントドラッグストアの原点。M&Aに頼らず自力出店のみで全国チェーンへ成長する起点。
1983
1-12月
宇野正晃
初の郊外型店舗・平原店を開店
宮崎県延岡市に初の郊外型店舗となる平原店(売場面積165平方メートル)を開店。市街地の小型薬局から、駐車場を備えた郊外ロードサイド型へ出店形態を広げる最初の一歩となった。
1987
1-12月
宇野正晃
調剤薬局運営のため有限会社なの花薬局を設立
調剤薬局の運営を目的として、代表取締役の宇野正晃が有限会社なの花薬局を設立(1993年1月に吸収合併)。
1990
1-12月
宇野正晃
有限会社コスモス薬品を株式会社に組織変更
1991
1-12月
組織再編
宇野正晃
回天堂薬局・なの花薬局を吸収合併
経営基盤強化を目的に、株式会社回天堂薬局および有限会社なの花薬局を吸収合併。創業者が個人で営んできた薬局事業を統合し、同年12月からの本格的な多店舗展開に備えた。
1993
1-12月
重要事項業態転換
小商圏型メガドラッグストアの多店舗展開を開始
歴史的意義yutaka sugiura
大型店は大商圏に出店するのが常識であり、小さな町に2,000平方メートルの店を出すという発想は業界の通念に反していた。しかし宇野は「小さな商圏だからこそ競合が少なく、一度根付けば圧倒的なシェアを取れる」と考えた。実際、コスモス薬品の出店エリアでは食品スーパーやコンビニからの顧客流入が起き、小商圏における独占的な地位を築いた。コンビニエンスストア以上の出店余地があるという宇野の見立ては、2025年時点で1,609店舗に達した店舗網が証明している。
宇野正晃
初の1,000m2型店舗を開店
宮崎県日向市に売場面積1,000平方メートルの日向店を開店。創業時の岡富店(66平方メートル)、浮之城店(600平方メートル)に続く店舗大型化の節目であり、小商圏における品揃えの充実を図った。食品・日用雑貨の取扱いを拡大し、ドラッグストアの枠を超えた日常消耗品の総合店としての性格を強めた。
1999
1-12月
医薬品販売子会社ドラッグコスモスを設立
医薬品販売子会社として、100%出資の株式会社ドラッグコスモス(現・株式会社コスモス・コーポレーション、資本金1,000万円)を設立。
宇野正晃
本社を宮崎市に移転し本部機能を統合
宮崎県宮崎市に本社を移転し、本部機能を集約した。
2000
1-12月
宇野正晃
FY01
2001/5
売上高
123億円
当期純利益
0.6億円
宇野正晃
大型物流拠点を新設
九州への集中出店に合わせて大型物流拠点を新設。自社所有ではなく外部委託方式を採用し、固定資産の保有を抑制しながら配送網を構築した。
FY02
2002/5
売上高
225億円
当期純利益
1.3億円
業態転換
宇野正晃
初の2,000m2型メガドラッグストアを開店
熊本県人吉市に売場面積2,000平方メートルの人吉店を開店。医薬品・化粧品・日用雑貨に加え食品を大幅に拡充し、「小商圏型メガドラッグストア」の標準フォーマットが確立された。以降の新規出店は原則として2,000平方メートル型を基本とし、立地に応じて1,000平方メートル型で補完する出店戦略を採用した。
FY03
2003/5
売上高
424億円
当期純利益
2.5億円
チャネル改革
ポイント還元を廃止しEDLPに転換
歴史的意義yutaka sugiura
1994年に業界に先駆けて導入したポイント還元を、2003年に業界に先駆けて廃止する。この判断には、過去の成功体験に囚われない合理性がある。多くの企業では「自分たちが始めた施策」への愛着が判断を曇らせるが、宇野は顧客にとって最適かどうかだけを基準に据えた。さらに、上場前というタイミングを選んだ点にも計算がある。短期的な痛みを非上場のうちに引き受け、上場後はEDLPの成果だけを見せる。この時間軸の設計が、コスモス薬品のEDLP戦略を不可逆なものにした。
経営計画
宇野正晃
九州の外へ ― 全国展開を開始
歴史的意義yutaka sugiura
全国展開と聞くと、東京に旗艦店を出すことを想像しがちだが、宇野が選んだのは正反対のアプローチであった。山口→愛媛→広島→兵庫→三重→福井と、地図上で物流網を一県ずつ延伸していく。この「染み出す」戦略の本質は、物流コストの最適化にある。コスモス薬品は既存の物流圏の外縁に新エリアを接続する形で拡大するため、配送効率を落とすことなく出店数を増やせる。飛び地出店では物流拠点を独立に構築する必要があり、固定費が跳ね上がる。九州で確立した低コスト体質を全国展開でも維持できた最大の理由は、この地理的な規律にあった。
FY04
2004/5
売上高
594億円
当期純利益
9.4億円
障害者雇用特例子会社グリーンフラッシュを設立
店舗メンテナンスを担う障害者雇用特例子会社として、100%出資の株式会社グリーンフラッシュ(資本金1,000万円)を設立した。
重要事項株式上場
宇野正晃
東証マザーズに株式上場
2004年11月にコスモス薬品は東証マザーズに株式を上場し、54億円を調達した。上場後も創業家の宇野家が株式の過半数を保持する資本政策を選択した。有価証券報告書の提出により、売上構成において医薬品や化粧品ではなく食品が牽引していることが明らかにされた。ドラッグストアでありつつも、需要の大きい食品を安く販売することで集客を果たすビジネスモデルであった。
創業家が過半を保ちつつ公開市場から成長資金を調達し、九州外への全国展開を加速させた資本面の転機。
FY05
2005/5
売上高
786億円
当期純利益
12億円
本社機能・本店を福岡市博多区へ移転
2005年4月に本社機能を、同年9月に本店を福岡市博多区へ移転。創業の地・宮崎から九州経済の中心である福岡へ経営拠点を移し、北部九州・全国展開の足場を整えた。
宇野正晃
四国地区へ初出店
四国地区への初出店として竹原店(愛媛県松山市)を開店。九州を地盤としたドミナント出店を、隣接エリアへ広げる「染み出し」型拡大の一環。
FY06
2006/5
売上高
1,050億円
当期純利益
19億円
株式上場
東京証券取引所市場第一部に上場
2004年11月のマザーズ上場から約1年半で東証一部へ昇格。資金調達力と信用力を高め、自社所有の物流・店舗網への投資を加速する基盤とした。
設備投資
宇野正晃
初の自社所有物流センター・広川センターを開設
福岡県八女郡広川町に、初の自社所有物流センターとなる広川センター(延床面積20,000平方メートル)を開設し、北部九州への配送体制を強化。外部委託中心だった物流を自社資産へ切り替える転換点となった。
FY07
2007/5
売上高
1,258億円
当期純利益
22億円
宇野正晃
FY08
2008/5
売上高
1,482億円
当期純利益
21億円
宇野正晃
FY09
2009/5
売上高
1,777億円
当期純利益
28億円
宇野正晃
関西地区へ初出店
関西地区への初出店として東二見店(兵庫県明石市)を開店。九州・中国・四国に続き、本州の大消費地である関西圏へドミナント網を拡大した。
FY10
2010/5
売上高
2,053億円
当期純利益
47億円
宇野正晃
JCSI顧客満足度ドラッグストア部門で1位を初獲得
サービス産業生産性協議会が実施するJCSI(日本版顧客満足度指数)調査のドラッグストア部門で第1位を初獲得。EDLP戦略による価格の安さと、標準化された店舗の利便性が評価された。以降2025年まで15年連続で首位を維持する。
FY11
2011/5
売上高
2,371億円
当期純利益
57億円
宇野正晃
FY12
2012/5
売上高
2,790億円
親会社株主に帰属する当期純利益
77億円
宇野正晃
FY13
2013/5
売上高
3,293億円
親会社株主に帰属する当期純利益
93億円
宇野正晃
FY14
2014/5
売上高
3,718億円
親会社株主に帰属する当期純利益
106億円
宇野正晃
FY15
2015/5
売上高
4,084億円
親会社株主に帰属する当期純利益
116億円
柴田太
中部地区へ初出店
中部地区への初出店として東日野店(三重県四日市市)を開店。関西からさらに東へ商勢圏を広げ、全国チェーン化への布石とした。
FY16
2016/5
売上高
4,472億円
親会社株主に帰属する当期純利益
124億円
横山英昭
売上高5,000億円を突破
2017年5月期の連結売上高が5,027億円に達し、5,000億円の大台を突破した。2006年の東証一部上場時(売上高1,050億円)から約11年で5倍の規模に成長。期末店舗数は827店。九州・中国・四国・関西のドミナント出店が売上拡大を牽引した。
FY17
2017/5
売上高
5,027億円
親会社株主に帰属する当期純利益
182億円
社長交代
横山英昭
横山英昭氏が代表取締役社長に就任
2017年8月に宇野正晃氏が代表取締役会長に退き、柴田太氏が代表取締役社長に就任した。しかし柴田社長の在任中に通期業績の下方修正を発表。就任わずか10ヶ月で柴田氏は経営企画部長に異動し、2018年6月に横山英昭氏(当時37歳)が代表取締役社長に就任した。店舗運営部エリア長、上級エリア長、店舗運営部長、取締役営業本部長と現場を歩んできた横山氏のもとで、業績は回復・拡大を続けている。
FY18
2018/5
売上高
5,579億円
親会社株主に帰属する当期純利益
176億円
重要事項
横山英昭
首都圏に進出
歴史的意義yutaka sugiura
コスモス薬品の全国展開は、飛び地の出店を一切行わない「地続き」の原則に貫かれている。九州→中国→四国→関西→中部→関東と、物流圏を段階的に拡張しながら進出した。急いで東京に出ることもできたが、宇野は「足元の地盤が固まらないまま遠征すれば倒れる」と判断し、約15年をかけて西日本の基盤を築いてから関東に入った。この慎重さが、進出後に年間100店超という爆発的な出店ペースを可能にした。
FY19
2019/5
売上高
6,111億円
親会社株主に帰属する当期純利益
191億円
横山英昭
コロナ禍で巣ごもり需要を取り込み過去最高益
新型コロナウイルスの感染拡大に伴う巣ごもり需要を取り込み、2020年5月期は売上高6,844億円(前期比+12.0%)、営業利益290億円(同+17.4%)と大幅増収増益を達成。日用品・食品を低価格で扱うEDLP業態が消費者のまとめ買い需要に合致した。営業キャッシュフローは654億円と突出した水準を記録した。
FY20
2020/5
売上高
6,844億円
親会社株主に帰属する当期純利益
214億円
新規事業
横山英昭
併設型調剤薬局の展開に着手
ドラッグストア店舗に調剤薬局を併設する取り組みを開始。2025年5月期末時点で1,609店中53店が調剤併設店となっている。特に関東の店舗では調剤併設率が高く、本格展開に向けてノウハウを蓄積中。
FY21
2021/5
売上高
7,264億円
親会社株主に帰属する当期純利益
271億円
横山英昭
東証プライム市場へ移行
東京証券取引所の市場再編に伴い、プライム市場へ移行。2004年のマザーズ上場、2006年の一部上場に続く3度目の市場変更となった。
FY22
2022/5
売上高
7,554億円
親会社株主に帰属する当期純利益
231億円
横山英昭
FY23
2023/5
売上高
8,276億円
親会社株主に帰属する当期純利益
237億円
横山英昭
宇野家で事業承継
創業者の宇野正晃氏が「取締役会長」から「会長(取締役なし)」となり、取締役を退任した。代わりに長男の宇野之崇氏(執行役員商品開発部長)が取締役候補者として選任され、株主総会で97%の賛成で可決された。2025年7月には次男の宇野史泰氏(商品部長)も取締役に就任しており、創業家による経営の次世代移行が進んでいる。
FY24
2024/5
売上高
9,649億円
親会社株主に帰属する当期純利益
244億円
年間139店を新規出店
2024年5月期に過去最多となる年間139店を新規出店し、期末1,490店舗体制に。連結売上高は9,649億円に達し、売上高1兆円目前に迫った。関東・中部・関西の新商勢圏の売上高は合計3,000億円を超え、成長ドライバーとなっている。設備投資額は573億円に達し、土地取得への方針転換に伴い有利子負債も拡大した。
重要事項
M&Aなし自力出店で売上高1兆円を達成
ドラッグストア業界で売上1兆円に到達した企業は複数あるが、そのほとんどはM&Aによる規模拡大を経ている。コスモス薬品が異質なのは、52年間にわたり一度もM&Aを行わず、全1,609店舗を自力で出店して1兆円に到達した点にある。この成長モデルは、フォーマットの均質性と出店速度の両立を前提としており、M&Aでは代替できない競争優位を形成している。
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FY25
2025/5
売上高
10,113億円
親会社株主に帰属する当期純利益
309億円
新規事業
ホテル事業への参入を発表
2026年1月にホテル事業への参入を発表し、2月1日付で「ホテル部」を新設した。ドラッグストアには向かない小型の土地を活用して郊外型ビジネスホテルを建設する構想で、第1弾は宮崎市内を予定(2,000坪の土地を取得済み)。ホテル部長には創業者の長男・宇野之崇が就任。横山社長は「最後発でスタートしたドラッグストア事業と同様、先行事例を分析してお客さまから選ばれるホテルを作っていく」と語った。開業まで少なくとも2年以上の見込み。
2026
1-12月
  1. 宇野回天堂薬局を創業

    <h3>創業者・宇野正晃氏について</h3>宇野正晃氏(1947年生まれ)は宮崎県延岡市出身の薬剤師。1972年に東京薬科大学を卒業後、地元の延岡市に戻り、1973年2月に「宇野回天堂薬局」を創業した。以後約10年間は個人薬局の経営に徹し、ドラッグストアの本格展開は1983年の法人設立、さらに1993年の多店舗展開開始を待つことになる。

  2. 会社設立
    有限会社コスモス薬品を設立
    九州・宮崎発のディスカウントドラッグストアの原点。M&Aに頼らず自力出店のみで全国チェーンへ成長する起点。
  3. 初の郊外型店舗・平原店を開店

    宮崎県延岡市に初の郊外型店舗となる平原店(売場面積165平方メートル)を開店。市街地の小型薬局から、駐車場を備えた郊外ロードサイド型へ出店形態を広げる最初の一歩となった。

  4. 調剤薬局運営のため有限会社なの花薬局を設立

    調剤薬局の運営を目的として、代表取締役の宇野正晃が有限会社なの花薬局を設立(1993年1月に吸収合併)。

  5. 有限会社コスモス薬品を株式会社に組織変更
  6. 組織再編
    回天堂薬局・なの花薬局を吸収合併

    経営基盤強化を目的に、株式会社回天堂薬局および有限会社なの花薬局を吸収合併。創業者が個人で営んできた薬局事業を統合し、同年12月からの本格的な多店舗展開に備えた。

  7. 業態転換
    小商圏型メガドラッグストアの多店舗展開を開始
    大型店は大商圏に出店するのが常識であり、小さな町に2,000平方メートルの店を出すという発想は業界の通念に反していた。しかし宇野は「小さな商圏だからこそ競合が少なく、一度根付けば圧倒的なシェアを取れる」と考えた。実際、コスモス薬品の出店エリアでは食品スーパーやコンビニからの顧客流入が起き、小商圏における独占的な地位を築いた。コンビニエンスストア以上の出店余地があるという宇野の見立ては、2025年時点で1,609店舗に達した店舗網が証明している。
  8. 初の1,000m2型店舗を開店

    宮崎県日向市に売場面積1,000平方メートルの日向店を開店。創業時の岡富店(66平方メートル)、浮之城店(600平方メートル)に続く店舗大型化の節目であり、小商圏における品揃えの充実を図った。食品・日用雑貨の取扱いを拡大し、ドラッグストアの枠を超えた日常消耗品の総合店としての性格を強めた。

  9. 医薬品販売子会社ドラッグコスモスを設立

    医薬品販売子会社として、100%出資の株式会社ドラッグコスモス(現・株式会社コスモス・コーポレーション、資本金1,000万円)を設立。

  10. 本社を宮崎市に移転し本部機能を統合

    宮崎県宮崎市に本社を移転し、本部機能を集約した。

  11. 大型物流拠点を新設

    九州への集中出店に合わせて大型物流拠点を新設。自社所有ではなく外部委託方式を採用し、固定資産の保有を抑制しながら配送網を構築した。

  12. 業態転換
    初の2,000m2型メガドラッグストアを開店

    熊本県人吉市に売場面積2,000平方メートルの人吉店を開店。医薬品・化粧品・日用雑貨に加え食品を大幅に拡充し、「小商圏型メガドラッグストア」の標準フォーマットが確立された。以降の新規出店は原則として2,000平方メートル型を基本とし、立地に応じて1,000平方メートル型で補完する出店戦略を採用した。

  13. チャネル改革
    ポイント還元を廃止しEDLPに転換
    1994年に業界に先駆けて導入したポイント還元を、2003年に業界に先駆けて廃止する。この判断には、過去の成功体験に囚われない合理性がある。多くの企業では「自分たちが始めた施策」への愛着が判断を曇らせるが、宇野は顧客にとって最適かどうかだけを基準に据えた。さらに、上場前というタイミングを選んだ点にも計算がある。短期的な痛みを非上場のうちに引き受け、上場後はEDLPの成果だけを見せる。この時間軸の設計が、コスモス薬品のEDLP戦略を不可逆なものにした。
  14. 経営計画
    九州の外へ ― 全国展開を開始
    全国展開と聞くと、東京に旗艦店を出すことを想像しがちだが、宇野が選んだのは正反対のアプローチであった。山口→愛媛→広島→兵庫→三重→福井と、地図上で物流網を一県ずつ延伸していく。この「染み出す」戦略の本質は、物流コストの最適化にある。コスモス薬品は既存の物流圏の外縁に新エリアを接続する形で拡大するため、配送効率を落とすことなく出店数を増やせる。飛び地出店では物流拠点を独立に構築する必要があり、固定費が跳ね上がる。九州で確立した低コスト体質を全国展開でも維持できた最大の理由は、この地理的な規律にあった。
  15. 障害者雇用特例子会社グリーンフラッシュを設立

    店舗メンテナンスを担う障害者雇用特例子会社として、100%出資の株式会社グリーンフラッシュ(資本金1,000万円)を設立した。

  16. 株式上場
    東証マザーズに株式上場

    2004年11月にコスモス薬品は東証マザーズに株式を上場し、54億円を調達した。上場後も創業家の宇野家が株式の過半数を保持する資本政策を選択した。有価証券報告書の提出により、売上構成において医薬品や化粧品ではなく食品が牽引していることが明らかにされた。ドラッグストアでありつつも、需要の大きい食品を安く販売することで集客を果たすビジネスモデルであった。

    創業家が過半を保ちつつ公開市場から成長資金を調達し、九州外への全国展開を加速させた資本面の転機。
  17. 本社機能・本店を福岡市博多区へ移転

    2005年4月に本社機能を、同年9月に本店を福岡市博多区へ移転。創業の地・宮崎から九州経済の中心である福岡へ経営拠点を移し、北部九州・全国展開の足場を整えた。

  18. 四国地区へ初出店

    四国地区への初出店として竹原店(愛媛県松山市)を開店。九州を地盤としたドミナント出店を、隣接エリアへ広げる「染み出し」型拡大の一環。

  19. 株式上場
    東京証券取引所市場第一部に上場

    2004年11月のマザーズ上場から約1年半で東証一部へ昇格。資金調達力と信用力を高め、自社所有の物流・店舗網への投資を加速する基盤とした。

  20. 設備投資
    初の自社所有物流センター・広川センターを開設

    福岡県八女郡広川町に、初の自社所有物流センターとなる広川センター(延床面積20,000平方メートル)を開設し、北部九州への配送体制を強化。外部委託中心だった物流を自社資産へ切り替える転換点となった。

  21. 関西地区へ初出店

    関西地区への初出店として東二見店(兵庫県明石市)を開店。九州・中国・四国に続き、本州の大消費地である関西圏へドミナント網を拡大した。

  22. JCSI顧客満足度ドラッグストア部門で1位を初獲得

    サービス産業生産性協議会が実施するJCSI(日本版顧客満足度指数)調査のドラッグストア部門で第1位を初獲得。EDLP戦略による価格の安さと、標準化された店舗の利便性が評価された。以降2025年まで15年連続で首位を維持する。

  23. 中部地区へ初出店

    中部地区への初出店として東日野店(三重県四日市市)を開店。関西からさらに東へ商勢圏を広げ、全国チェーン化への布石とした。

  24. 売上高5,000億円を突破

    2017年5月期の連結売上高が5,027億円に達し、5,000億円の大台を突破した。2006年の東証一部上場時(売上高1,050億円)から約11年で5倍の規模に成長。期末店舗数は827店。九州・中国・四国・関西のドミナント出店が売上拡大を牽引した。

  25. 社長交代
    横山英昭氏が代表取締役社長に就任

    2017年8月に宇野正晃氏が代表取締役会長に退き、柴田太氏が代表取締役社長に就任した。しかし柴田社長の在任中に通期業績の下方修正を発表。就任わずか10ヶ月で柴田氏は経営企画部長に異動し、2018年6月に横山英昭氏(当時37歳)が代表取締役社長に就任した。店舗運営部エリア長、上級エリア長、店舗運営部長、取締役営業本部長と現場を歩んできた横山氏のもとで、業績は回復・拡大を続けている。

  26. 首都圏に進出
    コスモス薬品の全国展開は、飛び地の出店を一切行わない「地続き」の原則に貫かれている。九州→中国→四国→関西→中部→関東と、物流圏を段階的に拡張しながら進出した。急いで東京に出ることもできたが、宇野は「足元の地盤が固まらないまま遠征すれば倒れる」と判断し、約15年をかけて西日本の基盤を築いてから関東に入った。この慎重さが、進出後に年間100店超という爆発的な出店ペースを可能にした。
  27. コロナ禍で巣ごもり需要を取り込み過去最高益

    新型コロナウイルスの感染拡大に伴う巣ごもり需要を取り込み、2020年5月期は売上高6,844億円(前期比+12.0%)、営業利益290億円(同+17.4%)と大幅増収増益を達成。日用品・食品を低価格で扱うEDLP業態が消費者のまとめ買い需要に合致した。営業キャッシュフローは654億円と突出した水準を記録した。

  28. 新規事業
    併設型調剤薬局の展開に着手

    ドラッグストア店舗に調剤薬局を併設する取り組みを開始。2025年5月期末時点で1,609店中53店が調剤併設店となっている。特に関東の店舗では調剤併設率が高く、本格展開に向けてノウハウを蓄積中。

  29. 東証プライム市場へ移行

    東京証券取引所の市場再編に伴い、プライム市場へ移行。2004年のマザーズ上場、2006年の一部上場に続く3度目の市場変更となった。

  30. 宇野家で事業承継

    創業者の宇野正晃氏が「取締役会長」から「会長(取締役なし)」となり、取締役を退任した。代わりに長男の宇野之崇氏(執行役員商品開発部長)が取締役候補者として選任され、株主総会で97%の賛成で可決された。2025年7月には次男の宇野史泰氏(商品部長)も取締役に就任しており、創業家による経営の次世代移行が進んでいる。

  31. 年間139店を新規出店

    2024年5月期に過去最多となる年間139店を新規出店し、期末1,490店舗体制に。連結売上高は9,649億円に達し、売上高1兆円目前に迫った。関東・中部・関西の新商勢圏の売上高は合計3,000億円を超え、成長ドライバーとなっている。設備投資額は573億円に達し、土地取得への方針転換に伴い有利子負債も拡大した。

  32. 新規事業
    ホテル事業への参入を発表

    2026年1月にホテル事業への参入を発表し、2月1日付で「ホテル部」を新設した。ドラッグストアには向かない小型の土地を活用して郊外型ビジネスホテルを建設する構想で、第1弾は宮崎市内を予定(2,000坪の土地を取得済み)。ホテル部長には創業者の長男・宇野之崇が就任。横山社長は「最後発でスタートしたドラッグストア事業と同様、先行事例を分析してお客さまから選ばれるホテルを作っていく」と語った。開業まで少なくとも2年以上の見込み。