概観
業界構造の変遷
系譜図
毎日新聞「石油元売り業界の再編の歴史」(2019年3月27日)の構造を踏襲。全3グループ(JXTG/ENEOS・出光・コスモ)を1つの系図に統合表示。線・矢印の色は現存3社のブランドカラー、右端の太枠ボックスが現存企業(クリックで詳細ページへ)。
199219931999200020022002200820102012201720201985201919862015
日本石油 1888〜1999
三菱石油 1931〜1999
九州石油 1964〜2008
日石三菱 1999〜2002
新日本石油 2002〜2010
日本鉱業 1905〜1992
共同石油 1965〜1992
日鉱共石 1992〜1993
ジャパンエナジー 1993〜2010
JXホールディングス 2010〜2017
東燃 1939〜2000
ゼネラル石油 1947〜2000
東燃ゼネラル石油 2000〜2012
エッソ石油 1961〜2002
モービル石油 1931〜2002
エクソンモービル 2002〜2012
東燃ゼネラル石油 2012〜2017
JXTG HD 2017〜2020
ENEOS HD 東証 5020 出光興産 1911〜2019
昭和石油 1942〜1985
シェル石油 1900〜1985
昭和シェル石油 1985〜2019
出光興産 東証 5019 大協石油 1939〜1986
丸善石油 1933〜1986
旧コスモ石油 1968〜1986
コスモ石油 1986〜2015
コスモエネルギーHD 東証 5021 各企業の詳細
5020
ENEOS HD
売上高123,224億円営業利益1,060億円
1888年5月、内藤久寛・山口権三郎らが新潟で有限責任日本石油会社を設立、1894年に日本石油株式会社へ改称した。新潟の油田を起点に国産原油の採掘と精製を担う民族系石油会社として、外資系のスタンダード・ヴァキューム系列と並び立った。1921年10月の宝田石油、1941年6月の小倉石油との合併で、戦時統制下の業界基幹会社の位置を固めた。
1905年12月の赤沢銅山買収に始まる久原財閥系の日鉱グループは、石油と非鉄を同一資本で扱う独自構造をとった。1999年4月に日本石油と三菱石油が合併し平成石油再編の先駆を作り、2010年4月の新日本石油と新日鉱HDの統合でJXホールディングスが発足。2015年3月期の純損失2,772億円など連続赤字を経て、2017年4月の東燃ゼネラル石油吸収で国内元売シェアは50%超に、2020年6月にENEOS HDへ商号を一本化した。
2023年10月の和歌山製油所精製機能停止で原油処理能力を193万BDから164万BDへ29万BD削減、跡地はSAF製造拠点へ転換。2025年3月にJX金属を東証プライムへ分離上場し、1905年以来の石油と非鉄の同一資本体制に120年越しの節目が付いた。2024年12月の齊藤猛社長解任後、2025年3月就任の宮田知秀CEO下で第4次中計が動き出した。石油と非鉄を同一資本で抱える事業構造を脱炭素時代にどう組み替えるかが、2040年CO₂半減の目標と並ぶ最大の経営課題となる。
営業利益販管費売上原価売上高営業利益率
FY2001〜FY2025
5019
出光興産
売上高91,902億円営業利益1,621億円
1911年6月、出光佐三が福岡県門司で出光商会を興し、機械油販売から事業を始めた。漁船燃料や満鉄向け納入を足掛かりに満州・朝鮮・台湾・華北へ販路を広げ、1932年時点で年間売上は1,000万円を超えた。1940年3月に出光興産株式会社を東京で設立、敗戦で海外財産を失っても従業員を1人も解雇せず各種の事業で糊口をしのぎ、1949年4月に元売業者へ復帰。
1953年5月、英・イラン国有化紛争のさなかに自社タンカー日章丸二世をイランへ派遣し原油を直接輸入、国際メジャーの圧力を押し切る独立路線を業界史に残した。1957年3月の徳山製油所第一期工事で元売から精製までの一貫体制を築き、1962年の業界自主生産調整に反対して1963年11月に石油連盟を脱退、1966年10月の調整撤廃まで単独路線を続けた。1962年に出光タンカー、1964年に出光石油化学を分離し垂直統合を広げた。
2006年10月の東証一部上場まで約40年、民族系最大手として独立を貫いた。2014年の徳山製油所原油処理機能停止、原油急落でFY14は営業赤字1,048億円・純損失1,380億円。2016年12月の昭和シェル石油株31.3%取得と2019年4月の完全子会社化で業界4社体制を実質2社体制へ塗り替え、独立にこだわった会社が業界再編の主導者へ転じた。2023〜2030年度のCN投資約8,000億円を次期中計で打ち出す。
営業利益販管費売上原価営業利益率
FY2006〜FY2025
5021
コスモエネルギーHD
売上高27,999億円営業利益1,282億円
1939年9月、新潟県下の精油業者8社が合同して大協石油株式会社が東京で設立された。資本金125万円、戦時下の石油統制のもと業者を集約して精製能力を確保する国策的再編の一環であり、コスモエネルギーHDの最も古い源流に位置する。1943年7月に四日市製油所を完成させ中核拠点とし、1949年5月に東京・大阪の各証券取引所に上場、同年8月に一般石油製品元売業の登録・認可を受けて精製から元売までの垂直統合を制度的に承認された。
1986年4月、大協石油・丸善石油・旧コスモ石油の3社が合併し商号をコスモ石油株式会社に変更した。戦後石油業界における最大級の再編で、首都圏の大協、関西の丸善、中間統合で生まれた旧コスモが一つの企業として再編された。1967年12月の3社共同アブダビ利権協定(翌1968年1月アブダビ石油設立)で取得した中東上流権益と、3社統合で得た規模を併せ持つ独立系石油元売としての立ち位置を整えた。2015年10月にはコスモ石油が単独株式移転によりコスモエネルギーホールディングスを設立し、純粋持株会社制へ移行することで、石油精製の構造改善と新領域投資を並行で動かす経営の自由度を高めた。
2022年6月就任の山田茂社長は第7次連結中期経営計画(2023〜2025年度)でHRX・DX・GXの3基盤テーマを掲げ、製油所稼働最大化と「Oil & New」二軸への移行を進めている。2024年12月にアブダビのヘイル油田を本格増産開始、堺製油所のSAF(廃食用油由来)製造装置を完工・運転開始、2024年4月の岩谷産業との資本業務提携で水素分野へ踏み込んだ。一方で旧村上ファンド系(シティインデックスイレブンス等)からの株式保有圧力への対応が続き、エネルギートランジション期に積み上げてきた事業基盤をどう次代に引き継ぐかが、今後の最大の経営課題となる。
営業利益販管費売上原価営業利益率
FY2016〜FY2025
歴史的証言
業界再編の動機を、当事者の言葉で。
大澤 秀次郎 日本石油 社長(1999年合併当時)
日石は今年3月までの3年間で700億円の削減を実現しました。次の中期計画も単独で考えていたのですが、コストダウンもだんだんと種切れしてくる。一般社員からもアイデアを募集しましたが、さらに700億円はとてもできそうにない。
100億円とか200億円にとどまるかもしれない。三菱石油も同じような課題を抱えていました。泉谷社長とは、もう一段コストを減らすには合併する方がいい、と意見が一致しました。
日石には合併を繰り返してきた歴史があります。1921年に当時業界2位だった宝田石油と、41年にも小倉石油と合併しています。ですから合併に拒否反応はあまりありません。三菱とも84年に業務提携して以来、14年間の協力関係がありましたし。
単独で生き残れる数少ない民族系と目されていた日石ですら、コスト圧縮の伸びしろが切れた瞬間に合併へと舵を切った。1996年の特石法廃止後の元売再編が、需要減退と過剰精製設備という構造要因にコスト削減の限界という個別事情が重なって起きたことを、当事者の言葉が示している。
業界年表
3グループ全16イベント(1985-2020)を年順に並べたもの。系図と同じ色分けで系統を識別できる。
| 年 | 系統 | イベント | 詳細 |
|---|---|---|---|
| 1985 | 出光興産 | 昭和石油+シェル石油 → 昭和シェル石油 | 昭和石油とシェル石油が合併 |
| 1986 | コスモ HD | 大協石油+丸善石油+旧コスモ石油 → コスモ石油 | 大協・丸善・旧コスモの3社合併でコスモ石油誕生 |
| 1992 | JXTG / ENEOS HD | 日本鉱業+共同石油 → 日鉱共石 | 日本鉱業と共同石油が経営統合 |
| 1993 | JXTG / ENEOS HD | 日鉱共石 → ジャパンエナジー | 日鉱共石がジャパンエナジーへ商号変更 |
| 1999 | JXTG / ENEOS HD | 日本石油+三菱石油 → 日石三菱 | 日本石油と三菱石油が合併し日石三菱発足 |
| 2000 | JXTG / ENEOS HD | 東燃+ゼネラル石油 → 東燃ゼネラル石油 | 東燃とゼネラル石油が合併 |
| 2002 | JXTG / ENEOS HD | エッソ石油+モービル石油 → エクソンモービル | エッソ石油とモービル石油が統合 |
| 2002 | JXTG / ENEOS HD | 日石三菱 → 新日本石油 | 日石三菱が新日本石油へ商号変更 |
| 2008 | JXTG / ENEOS HD | 九州石油 → 新日本石油 | 新日本石油が九州石油を吸収合併 |
| 2010 | JXTG / ENEOS HD | 新日本石油+ジャパンエナジー → JXホールディングス | JXホールディングス発足 |
| 2012 | JXTG / ENEOS HD | 東燃ゼネラル石油+エクソンモービル → 東燃ゼネラル石油 | 東燃ゼネラル石油が再編 |
| 2015 | コスモ HD | コスモ石油 → コスモエネルギーHD | コスモ石油がHD体制へ移行 |
| 2017 | JXTG / ENEOS HD | JXホールディングス+東燃ゼネラル石油 → JXTG HD | JX HDと東燃ゼネラルが経営統合しJXTG HD誕生 |
| 2019 | 出光興産 | 出光興産+昭和シェル石油 → 出光興産 | 出光が昭和シェルを統合(旧出光が法的に存続) |
| 2020 | JXTG / ENEOS HD | JXTG HD → ENEOS HD | JXTG HDがENEOS HDへ商号変更 |
出所
- 毎日新聞「石油元売り業界の再編の歴史」(2019年3月27日掲載)
- 日経ビジネス 1998年11月23日号「日本石油・大澤秀次郎社長インタビュー」
- 日本企業リポート'64 : 企業の集中・合併はすすむ, 1964年
- 石油業界 (教育社新書. 産業界シリーズ 7), 1975年
- 石油業界上位10社の経営比較 : 200項目経営比較資料 (資料産業界シリーズ. 会社全資料 ; 7), 1980年
- 各社有価証券報告書・統合発表プレスリリース
- 経済産業省 資源エネルギー庁「エネルギー白書」
業界の物語
日本の石油元売(精製・販売)の再編は、規模の経済に根差したコモディティーであるがゆえに、需要構造や政策の変化に追われた集約の歴史である。
起点は、明治期の民族系石油会社(日本石油 1888年、後に三菱石油や日本鉱業等)と、戦後に進出した外資系(エッソ、モービル、ゼネラル等)の二系統である。1962年の石油業法は、精製設備の新増設許可制と標準価格制度で需給と価格を通産省が調整する仕組みで、エネルギー安定供給を国策に掲げて外資系も含めた元売各社を行政の枠内で並立させた。価格競争も能力競争も封じられた結果、体力差のある十数社が脱落せずに護送船団的に共存できた。
転機は 1996年の特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)廃止である。揮発油の輸入自由化で価格競争が激化し、1999年頃をピークに国内需要は構造的減少局面に入った。差別化余地の乏しいコモディティーで、過剰な精製設備と多すぎる元売を抱えたまま本格縮小を迎える構図となり、1999年の日石三菱合併を皮切りに統合が連鎖した。単独で生き残れる数少ない民族系と目されていた日石ですら、コスト圧縮の伸びしろが切れた瞬間に合併へと舵を切った(→ 後述「歴史的証言」参照)。
2010年代後半、政府主導のエネルギー供給構造高度化法も背中を押すかたちで集約は最終局面に入り、2017年のJXTG HD誕生、2019年の出光・昭和シェル統合により、元売は事実上ENEOS / 出光 / コスモの3グループ体制へ収斂した。
筆者所感
石油元売の系譜は、出光興産のような独立系民族資本から、外資系(エッソ・モービル・シェル)、財閥系(三菱石油・日本鉱業)、共同出資の販売会社(共同石油)まで、出自も組織文化も大きく異なる集まりだった。
にもかかわらず、いずれも再編圧力からは逃れられず、3グループへ収斂している。
組織能力やブランド以前に、業界の構造変化——需要のピークアウト、特石法廃止、政府主導の集約——が企業の命運を大きく規定した。
1985年に昭和シェル石油が誕生した時点で、それが30年後に出光興産と統合する未来など、当事者の誰も予想していなかっただろうし、今でも信じられない関係者は多いのかもしれない。