概観
業界構造の変遷
系譜図
毎日新聞「石油元売り業界の再編の歴史」(2019年3月27日)およびエネオス HDが公開している「石油元売会社の再編動向 (2025年8月時点)」の構造を踏襲しつつ作成。全3グループ(JXTG/ENEOS・出光・コスモ)を1つの系図に統合表示。線・矢印の色は現存3社のブランドカラー、右端の太枠ボックスが現存企業(クリックで詳細ページへ)。有価証券報告書などから統合時点における大株主の構成を明示。政府による政策転換についても図に反映。
1996 特石法廃止 輸入自由化で再編加速
1992 1993 1999 2000 2002 2002 2008 2010 2012 2017 2020 1985 2019 1986 2015 日本石油 1888〜1999
三菱石油 1931〜1999
九州石油 1964〜2008
日石三菱 1999〜2002
新日本石油 2002〜2010
日本鉱業 1905〜1992
共同石油 1965〜1992
日鉱共石 1992〜1993
ジャパンエナジー 1993〜2010
JXホールディングス 2010〜2017
大株主(2011年3月時点)
1 トラスティ信託株式会社(信託口) 7.08%
2 マスタートラスト信託株式会社(信託口) 6.25%
3 みずほコーポレート銀行 2.62%
東燃 1939〜2000
ゼネラル石油 1947〜2000
東燃ゼネラル石油 2000〜2012
エッソ石油 1961〜2002
モービル石油 1931〜2002
エクソンモービル 2002〜2012
東燃ゼネラル石油 2012〜2017
大株主(2012年12月時点)
1 ExxonMobil Bay LP 14.15%
2 トラスティ信託株式会社(信託口) 1.98%
3 マスタートラスト信託株式会社(信託口) 1.72%
JXTG HD 2017〜2020
ENEOS HD 国内シェア1位
大株主(2025年3月時点)
1 マスタートラスト信託株式会社(信託口) 18.66%
2 カストディ銀行(信託口) 6.36%
3 STATE STREET 2.2%
出光興産 1911〜2019
昭和石油 1942〜1985
シェル石油 1900〜1985
昭和シェル石油 1985〜2019
大株主(1984年12月時点)
1 アングロ・サクソン石油 %
2 メキシカン・イーグル石油 %
3 第一勧業銀行 %
大株主(2025年3月時点)
1 マスタートラスト信託株式会社(信託口) 10.77%
2 日章興産 10.39%
3 Aramco Overseas 9.41%
大協石油 1939〜1986
丸善石油 1933〜1986
旧コスモ石油 1968〜1986
コスモ石油 1986〜2015
コスモエネルギーHD 国内シェア3位
大株主(2025年3月時点)
1 岩谷産業 21.28%
2 マスタートラスト信託㈱(信託口) 12.85%
3 カストディ銀行(信託口) 4.8%
各企業の詳細
主な拠点
現存3グループの国内製油所・主要製造拠点を、各社2025年3月期有価証券報告書「主要な設備の状況」から集計。系譜列には統合前の前身企業を示し、業界再編で受け継がれた資産が今どこに配置されているかを確認できる。
| 企業名 | 子会社名 | 拠点名 | 所在地 | 資産規模 | 従業員 | 系譜 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ENEOS HD | ENEOS | 仙台製油所 | 仙台市宮城野区 | 355億円 | 399人 | 東北石油 1971年共同石油系で操業 |
| ENEOS | 根岸製油所 | 横浜市磯子区 | 1,890億円 | 621人 | 日本石油精製 1964年日石本流で新設 | |
| ENEOS | 水島製油所 | 岡山県倉敷市 | 1,334億円 | 1,177人 | 三菱石油+日本鉱業 A工場(旧日本鉱業1962)とB工場(旧三菱1964)の統合運営 | |
| ENEOS | 麻里布製油所 | 山口県玖珂郡和木町 | 205億円 | 380人 | 興亜石油 1933年創業の興亜石油→日本興亜石油(日石系) | |
| ENEOS | 大分製油所 | 大分県大分市 | 563億円 | 407人 | 九州石油 1971年創業・2008年新日本石油が吸収合併 | |
| ENEOS | 川崎製油所 | 川崎市川崎区 | 3,096億円 | 1,343人 | 東亜燃料工業 1939年創業の東亜燃料→東燃→東燃ゼネラル | |
| ENEOS | 堺製油所 | 堺市西区 | 494億円 | 431人 | 大阪国際石油精製 1965年操業の新日本石油100%子会社 | |
| ENEOS | 和歌山製造所 | 和歌山県有田市 | 291億円 | 274人 | 東亜燃料工業 1941年和歌山工場として操業・精製機能は2023年停止 | |
| ENEOS | 横浜製造所 | 横浜市神奈川区 | 38.0億円 | 78人 | ゼネラル石油 1947年創業ゼネラル石油の横浜工場系 | |
| 鹿島石油 | 鹿島製油所 | 茨城県神栖市 | 746億円 | 501人 | 鹿島石油 1969年共同石油系で設立・ENEOS HD連結子会社 | |
| 出光興産 | — | 北海道製油所 | 北海道苫小牧市 | 423億円 | 242人 | 出光興産 1973年9月運転開始の自社新設拠点 |
| — | 千葉事業所 | 千葉県市原市 | 2,958億円 | 793人 | 出光興産 1963年新設の千葉製油所と千葉工場を2017年に統合 | |
| — | 愛知事業所 | 愛知県知多市 | 1,082億円 | 414人 | 出光興産 1975年10月運転開始の自社新設拠点 | |
| — | 徳山事業所 | 山口県周南市 | 648億円 | 491人 | 出光興産 1957年第一期完成の出光最古拠点・精製機能は2014年停止し石化拠点へ転換 | |
| 昭和四日市石油 | 四日市製油所 | 三重県四日市市 | 726億円 | 640人 | 昭和シェル系 昭和四日市石油(旧昭和シェル系)が運営 | |
| 東亜石油 | 京浜製油所 | 神奈川県川崎市 | 370億円 | 461人 | 昭和シェル系 東亜石油(旧昭和シェル系)が運営・2022年に出光が完全子会社化 | |
| コスモ HD | コスモ石油 | 千葉製油所 | 千葉県市原市 | 1,065億円 | 428人 | 丸善石油 1968年運転開始の旧丸善石油拠点 |
| コスモ石油 | 四日市製油所 | 三重県四日市市 | 912億円 | 376人 | 大協石油 1943年完成のコスモ最古拠点(旧大協石油の中核) | |
| コスモ石油 | 堺製油所 | 大阪府堺市西区 | 829億円 | 354人 | 丸善石油 1969年運転開始の旧丸善石油拠点・SAF製造装置を併設 |
出所:各社2025年3月期 有価証券報告書「第3 設備の状況/2 主要な設備の状況」。資産規模は帳簿価額合計(百万円→億円換算)。
歴史的証言
業界再編の動機を、当事者と監督官庁の言葉で。
通商産業省 昭和石油・シェル石油 合併認可文書(石油業法第8条、1984年10月)
昭和石油(株)及びシェル石油(株)の石油業法第8条第2項に基づく石油精製業の合併案件については、同条第3項において準用する同法第6条に規定する基準に適合するものと認められるので、認可するものとする。(略)
昭和石油(株)及びシェル石油(株)は、これまでも原油の共同購入等協業化による経営の合理化を実施してきたが、我が国石油産業を巡る環境は、石油製品需要が中・長期的にみても微増程度しか期待できない状況にあること等一層厳しさを増しているため、両社が安定的・効率的な供給体制を構築していくためには、個別企業の枠を超えた合理化・効率化が必要であることにかんがみ、合併するものである。
出光 裕治 出光興産 社長(1996年時点)
業界の抱える問題は昔から分かり切っていました。当社はもともと、62年に施行された石油業法に反対でした。外国企業の参入を制限し、国内でも精製・販売を認可制とした。一方で、官主導で石油会社がたくさんつくられ、官僚が天下りした。和製メジャーをつくるという大構想もありましたが、石油危機で頓挫した。こうした行政の介入した業界づくりが、そもそも日本の石油市場を不自然な形にした張本人だと見ています。
それが、34年ぶりに本来の姿へ戻ろうとしているわけです。でもその間にうっ積した問題がたまりすぎて、業界をリストラクチャリングするのは前途多難だというのが実感です。業法も誤りなら、その改革も遅すぎたのです。(略)
国際競争にさらされれば、ガソリン価格の引き下げは当然の流れです。もちろん、灯油、軽油も引き下げられれば消費者には好ましいでしょうが、灯油や軽油は、ガソリンからの利益を補塡する形で政策的に低価格で販売してきました。ガソリンがもうからなくなれば、当然、こちらを引き上げないと石油会社は経営できません。
新見 春之 昭和シェル石油 会長(1996年時点)
石油業界はいま、輸入自由化の波を受けて抜本的な体質改善を求められています。私が大学を卒業し、シェル石油に入社して以来36年間で最大の危機とも言える事態です。日本的な商慣習から国際的な取引への脱皮が迫られています。これは問答無用の必要に迫られた改革です。私も社内で、「改革の手綱を緩めるな」と、ことあるごとに言うようにしています。
しかし、私が急げ急げと言っているのには別の意味もあるのです。改革は後手に回ったとたん、自らのコントロールが利かなくなってしまうからです。
うかうかしていると、不採算部門は全部切り捨て、将来の芽まで摘む危険性があります。
私たちの企業には、今から100年以上も前にランプ用の燃料を売っていた時代から付き合いのある特約店があります。そうしたお店の中には、現在の経営状態は厳しくても、日本的なきめ細かいサービスで地域にしっかり根を張ったところも多い。日本の石油業界の体質改善が進んだ後、こうしたお店が実は大切になってきます。
大澤 秀次郎 日本石油 社長(1999年合併当時)
日石は今年3月までの3年間で700億円の削減を実現しました。次の中期計画も単独で考えていたのですが、コストダウンもだんだんと種切れしてくる。一般社員からもアイデアを募集しましたが、さらに700億円はとてもできそうにない。
100億円とか200億円にとどまるかもしれない。三菱石油も同じような課題を抱えていました。泉谷社長とは、もう一段コストを減らすには合併する方がいい、と意見が一致しました。
日石には合併を繰り返してきた歴史があります。1921年に当時業界2位だった宝田石油と、41年にも小倉石油と合併しています。ですから合併に拒否反応はあまりありません。三菱とも84年に業務提携して以来、14年間の協力関係がありましたし。
単独で生き残れる数少ない民族系と目されていた日石ですら、コスト圧縮の伸びしろが切れた瞬間に合併へと舵を切った。1996年の特石法廃止後の元売再編が、需要減退と過剰精製設備という構造要因にコスト削減の限界という個別事情が重なって起きたことを、当事者の言葉が示している。
業界年表
3グループ全16イベント(1985-2020)を年順に並べたもの。
| 年 | イベント | 詳細 |
|---|---|---|
| 1985 | 昭和石油+シェル石油 → 昭和シェル石油 | 昭和石油とシェル石油が合併 |
| 1986 | 大協石油+丸善石油+旧コスモ石油 → コスモ石油 | 大協・丸善・旧コスモの3社合併でコスモ石油誕生 |
| 1992 | 日本鉱業+共同石油 → 日鉱共石 | 日本鉱業と共同石油が経営統合 |
| 1993 | 日鉱共石 → ジャパンエナジー | 日鉱共石がジャパンエナジーへ商号変更 |
| 1999 | 日本石油+三菱石油 → 日石三菱 | 日本石油と三菱石油が合併し日石三菱発足 |
| 2000 | 東燃+ゼネラル石油 → 東燃ゼネラル石油 | 東燃とゼネラル石油が合併 |
| 2002 | エッソ石油+モービル石油 → エクソンモービル | エッソ石油とモービル石油が統合 |
| 2002 | 日石三菱 → 新日本石油 | 日石三菱が新日本石油へ商号変更 |
| 2008 | 九州石油 → 新日本石油 | 新日本石油が九州石油を吸収合併 |
| 2010 | 新日本石油+ジャパンエナジー → JXホールディングス | JXホールディングス発足 |
| 2012 | 東燃ゼネラル石油+エクソンモービル → 東燃ゼネラル石油 | 東燃ゼネラル石油が再編 |
| 2015 | コスモ石油 → コスモエネルギーHD | コスモ石油がHD体制へ移行 |
| 2017 | JXホールディングス+東燃ゼネラル石油 → JXTG HD | JX HDと東燃ゼネラルが経営統合しJXTG HD誕生 |
| 2019 | 出光興産+昭和シェル石油 → 出光興産 | 出光が昭和シェルを統合(旧出光が法的に存続) |
| 2020 | JXTG HD → ENEOS HD | JXTG HDがENEOS HDへ商号変更 |
出所
- 毎日新聞「石油元売り業界の再編の歴史」(2019年3月27日掲載)
- 石油資料月報 29(10), 1984年10月(昭和石油・シェル石油合併認可文書)
- 日経ビジネス 1996年4月15日号(出光興産・出光裕治社長)
- 日経ビジネス 1996年6月10日号(昭和シェル石油・新見春之会長)
- 日経ビジネス 1998年11月23日号「日本石油・大澤秀次郎社長インタビュー」
- 日経ビジネス 2004年9月27日号(石油元売り各社のガソリン販売シェア 2003年度)
- 一般財団法人 日本エネルギー研究所「『出光昭和シェル』誕生で日本の石油元売は3極体制に」(2019年4月4日)
- 財界観測 18(11), 1958年12月(昭和30年=1955年の各社全製品販売ウェイト。原典:日本石油『石油業界の推移』)
- 日本企業リポート'64 : 企業の集中・合併はすすむ, 1964年
- 石油業界 (教育社新書. 産業界シリーズ 7), 1975年
- 石油業界上位10社の経営比較 : 200項目経営比較資料 (資料産業界シリーズ. 会社全資料 ; 7), 1980年
- マーケットシェア事典(石油元売り各社のガソリン販売シェア 1980年=昭和55年)
- 各社有価証券報告書・統合発表プレスリリース
- 経済産業省 資源エネルギー庁「エネルギー白書」
業界の物語
日本の石油元売(精製・販売)の再編は、規模の経済に根差したコモディティーであるがゆえに、需要構造や政策の変化に追われた集約の歴史である。
起点は、明治期の民族系石油会社(日本石油 1888年、後に三菱石油や日本鉱業等)と、戦後に進出した外資系(エッソ、モービル、ゼネラル等)の二系統である。1962年の石油業法は、精製設備の新増設許可制と標準価格制度で需給と価格を通産省が調整する仕組みで、エネルギー安定供給を国策に掲げて外資系も含めた元売各社を行政の枠内で並立させた。価格競争も能力競争も封じられた結果、体力差のある十数社が脱落せずに護送船団的に共存できた。
転機は 1996年の特定石油製品輸入暫定措置法(特石法)廃止である。揮発油の輸入自由化で価格競争が激化し、1999年頃をピークに国内需要は構造的減少局面に入った。差別化余地の乏しいコモディティーで、過剰な精製設備と多すぎる元売を抱えたまま本格縮小を迎える構図となり、1999年の日石三菱合併を皮切りに統合が連鎖した。単独で生き残れる数少ない民族系と目されていた日石ですら、コスト圧縮の伸びしろが切れた瞬間に合併へと舵を切った(→ 後述「歴史的証言」参照)。
2010年代後半、政府主導のエネルギー供給構造高度化法も背中を押すかたちで集約は最終局面に入り、2017年のJXTG HD誕生、2019年の出光・昭和シェル統合により、元売は事実上ENEOS / 出光 / コスモの3グループ体制へ収斂した。
筆者所感
石油元売の系譜は、出光興産のような独立系民族資本から、外資系(エッソ・モービル・シェル)、財閥系(三菱石油・日本鉱業)、共同出資の販売会社(共同石油)まで、出自も組織文化も大きく異なる集まりだった。
にもかかわらず、いずれも再編圧力からは逃れられず、3グループへ収斂している。
組織能力やブランド以前に、業界の構造変化——需要のピークアウト、特石法廃止、政府主導の集約——が企業の命運を大きく規定した。
1985年に昭和シェル石油が誕生した時点で、それが30年後に出光興産と統合する未来など、当事者の誰も予想していなかっただろうし、今でも信じられない関係者は多いのかもしれない。