日本製鉄の歴史

更新:

沿革

1970年に八幡製鐵と富士製鐵が合併して発足した新日本製鐵が起源。

2012年に住友金属工業と合併し、2025年にUSスチールを完全子会社化した。国内最大手の鉄鋼メーカーで、売上の半分を海外が占める。

1901年1934年1950年1970年2012年2019年2026年官営八幡製鐵所1901年操業開始日本製鐵1934年官民合同で設立八幡製鐵1950年集中排除法で分割富士製鐵1950年集中排除法で分割新日本製鐵1970年両社が合併決断株式上場1970年上場決断新日鐵住金2012年住金と合併決断住友金属工業2012年合流日本製鉄2019年商号変更
日本製鉄
歴代社長と長期業績(敬称略)
2026年3月期
連結
売上収益
100,632億円
売上高純利益率
0.2%
小島稲山平井田坂斎藤英四郎武田斎藤裕今井敬千速三村宗岡友野進藤橋本今井正
売上高21,011億円売上高20,548億円売上高39,063億円売上高49,074億円売上収益100,632億円純利益率0.7%純利益率2.7%純利益率8.8%純利益率3%純利益率0.2%1961/31966/31971/31976/31981/31986/31991/31996/32001/32006/32011/32016/32021/32026/3
  1. 日本初の洋式高炉が火入れ[1]
売上高
  • 売上高
日本製鉄売上高—
歴史詳細を読む釜石の洋式高炉の火入れと官営製鉄所構想

筆者所見

日本の洋式製鉄は大砲の需要を契機に始まったが、原料の選択では最初から将来の規模を見据えていた。大島高任氏は砂鉄銑では量も質も洋式製鉄の発展に追いつかないと見通し、1857年3月に釜石大橋で洋式高炉の建設を始めた[2]。たたら吹きの改良ではなく原料そのものを鉄鉱石へ切り替えた判断が、釜石を国内製鉄の起点にした。明治27年、高炉銑はようやく砂鉄銑を追い越した[2]。大島高任氏の見通しが国全体の実態になるまで、37年を要したことになる。

  1. [2]『日本産業史』第1巻 鉄鋼・金属「製鉄-苦闘重ねた先駆者」(日本経済新聞社、日経文庫)
  1. 政府が官営八幡製鉄所を創設[1]
  2. 官営八幡製鉄所が福岡県二瀬村の炭山を買収し二瀬出張所を設置[5]
  3. 官営八幡製鐵所が操業を開始[1]
  4. 東洋製鉄が創立[5]
  5. 三菱製鉄が創立[5]
  6. 輪西製鉄の設立[6]
売上高
  • 売上高
日本製鉄売上高—
歴史詳細を読む官営八幡製鉄所の創設と第一次大戦期の鉄鋼国産化

筆者所見

国産化の象徴として建てられた八幡製鉄所は、原料の調達を当初から国境の外に置いていた。用地は中国大陸から鉱石を輸入しやすい八幡に決まり、当初予定した内地鉄鉱も湖北省の大冶鉱石へ切り替えた[3][4]。炭は国内、鉱石は大陸という分担が、立地と設計の前提になった。第一次大戦で英国・インド・米国が鉄鋼輸出を禁じると、鋼材の輸入は完全に途絶した[3]。製品の途絶は大戦で顕在化したが、鉱石を大陸に置く構図はその後も改まらなかった。

  1. [3]『産業フロンティア物語』鉄鋼〈八幡製鉄〉(1965年)
  2. [4]東洋経済新報社会社銀行八十年史編集室 編『会社銀行八十年史』(東洋経済新報社, 1955年)「八幡製鉄」
転換期

1934年〜日本製鐵の設立と集中排除法による解体

  1. 官営八幡製鉄所と民間5社の合同により日本製鐵を設立[7]
  2. 日本製鐵が大阪製鉄を買収[5]
  3. 住友金属の前身、新扶桑金属工業を設立[8]
売上高
  • 売上高
日本製鉄売上高—

筆者所見

日本製鐵の規模は、市場で勝ち取ったものではなく、法律で統合したものだった。1934年1月に官営八幡製鉄所と民間5社の合同で日本製鐵が発足し、1936年5月には大阪製鉄を買収した[7][5]。官営工場を出資して民間を取り込む設計は、需要を軍需が決める局面でこそ成り立った。住友金属工業の前身の新扶桑金属工業は、1949年に日本製鐵の外の系譜から設立された[8]。法律による統合は1950年の集中排除で解かれ、その系譜が再び一社となるのは2012年である。

  1. [7]有価証券報告書
  2. [5]八幡製鉄八幡製鉄所『八幡製鉄所五十年誌』年表(1950年11月)
  3. [8]日本製鉄 公式サイト「沿革」(2026年10月)
成長期

1950年〜八幡製鐵の発足と光・堺・君津製鉄所の新設

  1. 過度経済力集中排除法により日本製鐵が解散[10]
  2. 日本製鐵の現物出資により八幡製鐵が発足[9]
  3. 光製鉄所が稼働[10]
  4. 八幡で19日間のストライキが発生[11]
  5. 富士製鐵と中部財界が共同出資で東海製鐵を創立[8]
  6. 八幡製鐵が戸畑製造所を設置[8]
  7. 公開販売制度が発足[11]
  8. 日亜製鋼と日本鐵板が合併して日新製鋼が発足[8]
  9. 公開販売制度が生産指示を廃した好況公販に移行[11]
  10. 名古屋製鉄所が稼働[10]
  11. 堺製鉄所が稼働[10]
  12. 呉製鉄所でNo.1高炉に火入れ[8]
  13. 君津製鉄所が稼働[10]
  14. 富士製鐵が東海製鐵を合併[8]
  15. 八幡製鐵が八幡鋼管を合併[8]
  16. 鹿島製鉄所を開設[8]
  17. 稲山嘉寛氏が旧日鉄関係者の新年会で合併を示唆[12]
  18. 富士製鐵との合併を正式発表[12]

筆者所見

集中排除で分割された八幡製鐵の20年は、失った規模を自力で取り戻す過程だった。1950年4月に日本製鐵の現物出資で発足した後、光・堺・君津と製鉄所を相次いで稼働させた[9][10]。製鉄所を増やすほど同業との価格競争は激しくなり、供給の調整が経営の課題に浮上した。1958年6月には公開販売制度が発足した[11]。設備の増強と供給の調整を一社の内側で両立させる道として、富士製鐵との合併が選ばれた。

  1. [9]有価証券報告書(2025年6月24日)
  2. [10]私の鉄鋼昭和史(稲山嘉寛、1986年)5章「戦後復興と日鉄の解体」
  3. [11]私の鉄鋼昭和史(稲山嘉寛、1986年)7章「公販制度と住金事件」
転換期

1970年〜新日本製鐵の誕生と粗鋼世界首位からの転落

  1. 八幡と富士が合併[9]
  2. 全国8証券取引所に上場[9]
  3. 月末の資金繰りが80億円不足[13]
  4. 合併後6カ月で58億円の合理化効果を計上[14]
  5. 粗鋼1割の減産を打ち出す[14]
  6. 富士三機鋼管を合併[9]
  7. 大分製鉄所を新設[7]
  8. エンジニアリング事業本部を設置[9]
  9. 第1次合理化案を発表[15]
  10. 新日鐵化学が発足[9]
  11. 新素材事業開発本部を設置[9]
  12. エレクトロニクス事業部を設置[9]
  13. 第4次合理化で能力賃金導入[15]
  14. 営業損失200億円を計上[16]
  15. 新日鐵化学が東京証券取引所に株式を上場[9]
  16. 管理職に能力主義の新給与制度を導入[15]
  17. 新素材、エレクトロニクス・情報通信の事業本部とライフサービス事業部を設置[9]
  18. 釜石製鉄所の高炉を停止[15]
  19. 日鐵コンピュータシステムが新日鉄情報通信システムに商号変更[9]
  20. ライフサービス事業部をエンジニアリング事業本部に編入[9]
  21. 中央研究本部と設備技術本部を統合した技術開発本部を設置[9]
  22. 総合技術センターを設置[9]
  23. LSI事業部を設置[9]
  24. シリコンウェーハ事業部を設置[9]
  25. 都市開発事業部をエンジニアリング事業本部から分離[9]

筆者所見

新日本製鐵の30年近くは、世界最大の規模を得た直後から、それを縮める作業に費やされた。1970年5月に月末の資金繰りが80億円不足し、同年11月には粗鋼1割の減産を打ち出した[13][14]。1978年の第1次合理化案から第4次合理化まで合理化は4次に及び、1987年3月には営業損失200億円を計上した[15][16]。新素材やエレクトロニクスの事業部は、余剰の人員と資金を鉄の外で活かす場として設けられた。合併で得た規模は、需要の停滞期には固定費の重さに転じた。

  1. [13]日経ビジネス 1970年9月号「『一兆円企業』が味わう試練 誕生5ヵ月、新日鉄の奏でる巨大な不協和音」(日経マグロウヒル社)
  2. [14]日経ビジネス 1971年3月22日号「『大型合併』が不況をこう変えた 新日鉄は精神的にも大影響」(日経マグロウヒル社)
  3. [15]日経ビジネス「新日鉄の選択 エリート達の“構造調整”が始まった」(日経マグロウヒル社)(1987年3月2日)
  4. [16]日経ビジネス 1987年3月2日号「新日鉄の選択 エリート達の“構造調整”が始まった」(日経マグロウヒル社)
転換期

1999年〜住友金属工業の吸収合併とUSスチール買収

  1. LSI事業部を廃止[9]
  2. 品種事業部制を導入[8]
  3. 新日鉄ソリューションズを設立[9]
  4. 新日鉄都市開発が都市開発事業部を統合[9]
  5. 新日鉄ソリューションズが東京証券取引所に上場[9]
  6. 新日鐵化学を完全子会社化[9]
  7. シリコンウェーハ事業部を廃止[9]
  8. ミタルがアルセロールを買収[17]
  9. エンジニアリング・新素材事業を会社分割で承継[9]
  10. ミタルと提携し資本防衛
  11. 住友金属工業との経営統合を発表[17]
  12. 公正取引委員会が排除措置命令を行わない旨を通知[19]
  13. 住友金属工業と統合[9]
  14. 日新製鋼の子会社化を発表[20]
  15. 日新製鋼を子会社化[9]
  16. OVACO ABを買収[7]
  17. 新日鉄住金化学と新日鉄住金マテリアルズが合併[9]
  18. 日新製鋼を完全子会社化[9]
  19. 山陽特殊製鋼を子会社化[9]
  20. 日本製鉄に商号変更[9]
  21. 親会社株主に帰属する当期純損失4315億円を計上[21]
  22. 日鉄日新製鋼を合併[9]
  23. 国内の製鉄所を6製鉄所体制へ再編[8]
  24. 日鉄物産を子会社化[9]
  25. 呉製鉄所を閉鎖[7]
  26. USスチールの買収を発表[18]
  27. ACCRほかの株主提案を定時株主総会で否決[22]
  28. NS Kote全株式のArcelorMittalへの譲渡を決定[22]
  29. 日鉄ステンレスを吸収合併[8]
  30. 山陽特殊製鋼を完全子会社化[9]
  31. 東日本製鉄所鹿島地区の設備を休止[22]
  32. USスチールを完全子会社化[9]
  33. 3Dインベストメントの再任反対に対峙
  34. ストラテジックキャピタルの株主提案を定時株主総会で否決[22]
  35. 2029年満期ユーロ円建転換社債型新株予約権付社債を発行[22]
  36. 山陽特殊製鋼を吸収合併へ[22]
  37. 山陽特殊製鋼の吸収合併
  38. ストラテジックキャピタルの株主提案を定時株主総会で否決[22]
売上高当期純利益率
  • 売上高
  • 売上原価
  • 販管費
  • その他費用
  • 営業利益
  • 当期純利益率
日本製鉄2026年3月期売上高100,632億円売上高当期純利益率0.2%

筆者所見

1999年以降の再編は、買収される懸念から始まり、買収する立場に転じることで一巡した。2006年にミタルがアルセロールを買収し、2011年2月に新日本製鐵は住友金属工業との経営統合を発表した[17]。世界首位を失った後の国内統合は、規模の回復であり、海外資本への防御でもあった。2023年12月にはUSスチールの買収を発表し、2025年6月に完全子会社とした[18][9]。防御の規模を海外で使う以上、次は3Dの経営批判が問うた資本効率で成果を示す番になる。

  1. [17]公正取引委員会(平成23年度:事例2)「新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社の合併」 排除措置命令を行わない旨の通知)(2011年12月14日)
  2. [18]日本製鉄 2025年3月期 第2四半期決算説明会 質疑応答(2025年3月)
  3. [9]有価証券報告書(2025年6月24日)
出典・参考22件
出典・参考
  • [1]日本製鉄公式サイト(沿革)
  • [2]『日本産業史』第1巻 鉄鋼・金属「製鉄-苦闘重ねた先駆者」(日本経済新聞社、日経文庫)
  • [3]『産業フロンティア物語』鉄鋼〈八幡製鉄〉(1965年)
  • [4]東洋経済新報社会社銀行八十年史編集室 編『会社銀行八十年史』(東洋経済新報社, 1955年)「八幡製鉄」
  • [5]八幡製鉄八幡製鉄所『八幡製鉄所五十年誌』年表(1950年11月)
  • [6]企業史書籍「新日鉄神話の崩壊_複合経営戦略で新日鉄は生き残れるか」(1987年)
  • [7]有価証券報告書
  • [8]日本製鉄 公式サイト「沿革」(2026年10月)
  • [9]有価証券報告書(2025年6月24日)
  • [10]私の鉄鋼昭和史(稲山嘉寛、1986年)5章「戦後復興と日鉄の解体」
  • [11]私の鉄鋼昭和史(稲山嘉寛、1986年)7章「公販制度と住金事件」
  • [12]私の鉄鋼昭和史(稲山嘉寛、1986年)8章「難産だった新日鐵の誕生」
  • [13]日経ビジネス 1970年9月号「『一兆円企業』が味わう試練 誕生5ヵ月、新日鉄の奏でる巨大な不協和音」(日経マグロウヒル社)
  • [14]日経ビジネス 1971年3月22日号「『大型合併』が不況をこう変えた 新日鉄は精神的にも大影響」(日経マグロウヒル社)
  • [15]日経ビジネス「新日鉄の選択 エリート達の“構造調整”が始まった」(日経マグロウヒル社)(1987年3月2日)
  • [16]日経ビジネス 1987年3月2日号「新日鉄の選択 エリート達の“構造調整”が始まった」(日経マグロウヒル社)
  • [17]公正取引委員会(平成23年度:事例2)「新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社の合併」 排除措置命令を行わない旨の通知)(2011年12月14日)
  • [18]日本製鉄 2025年3月期 第2四半期決算説明会 質疑応答(2025年3月)
  • [19]公正取引委員会(平成23年度:事例2)「新日本製鐵株式会社と住友金属工業株式会社の合併」(2011年12月14日)
  • [20]新日鐵住金 有価証券報告書 第91期(2016年3月期)・第92期(2017年3月期)(2017年3月)
  • [21]有価証券報告書(2020年3月期・連結)
  • [22]臨時報告書

同業他社の状況(鉄鋼・非鉄・窯業)

API for AI Agents— 認証不要、URLをGETするだけで機械可読なJSONをトークン消費を抑えつつ取得できます。

免責事項およびポリシー