筆者の見解
危機を改革の梃子にできるか
この経営判断の核心は、設備と雇用の縮小という合理化にとどまらず、日本的経営の核であった年功と平等の賃金慣行にまで踏み込んだ点にある。格差を意識させない微温的な環境が社員の安心を支えてきた会社で、営業赤字という財務危機を大義名分として、優秀な層に報い滞留した層に痛みを求める制度を一気に入れた。過去には受け入れられなかった改革が、鉄冷えという危機のもとで社内の同意を得たことに、この決断の性格がうかがえる。
もっとも、危機を梃子とした改革が組織の活力へどこまで結びついたかは、その時点では見通せなかった。多角化で掲げた売上4兆円構想のうち、エレクトロニクスや新素材の一部は後に苦戦する。能力主義の導入も、鉄鋼で培った人材を性格の異なる新規事業へ移すという難題と背中合わせであった。危機を制度改革の好機に転じる手法は、痛みを伴う変革を平時には進めにくい日本企業の共通の課題を映してもいる。合理化の大義名分がなければ動かせなかった改革を、次はどう平時に続けるか——1987年の新日鉄はその問いを残したといえる。
Yutaka Sugiura, 2026年7月