USスチールを完全子会社化(2023年・日本製鉄の決断)

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論点 政治の反対を押して米国大手を買収するか
日本製鉄:業績の推移
売上高(億円)営業利益率(%)
政治の壁を越えて完遂した約2兆円のクロスボーダー買収

何をなぜ決めたか:政治の壁を越えて完遂した約2兆円のクロスボーダー買収

概要

2023年12月18日、日本製鉄は米国の高炉・電炉一貫メーカーUSスチールを1株55米ドルで買収する合併契約を締結した。米大統領による禁止命令と訴訟をはさみ、2025年6月13日に米国政府と国家安全保障協定を締結して黄金株1株の発行を受け入れ、同月18日に逆三角合併が成立して完全子会社化を完了した。取得対価は2兆625億円、のれんは1,403億円。橋本英二会長兼CEOのもと、USSプロジェクトリーダーを務める代表取締役副会長の森高弘氏が交渉を担った。

背景

「総合力世界No.1の鉄鋼メーカー」を掲げ、需要の伸びが確実に期待できる地域で上工程から一貫して付加価値を生む鉄源一貫生産体制を広げ、グループとして「グローバル粗鋼1億トン体制」を目指してきた。拡大の基本戦略は買収・資本参加による一貫製鉄所の取得と既存拠点の能力拡張で、2019年12月にインドのEssar Steel India Limited、2022年にタイのG SteelとGJ Steelを買収している。

米国の鋼材市場は輸出に依存しない国内需要中心の供給構造で、安価なエネルギーと世界経済の構造変化を背景に鋼材需要分野の国内回帰が進んでいた。先進国最大の市場として高水準の高級鋼需要が見込め、培ってきた技術力・商品力を活かせる地域だった。

内容

買収は、米国子会社NIPPON STEEL NORTH AMERICA, INC.が設けた子会社とUSスチールを合併させる逆三角合併で実行した。USスチールの発行済株式は1株55米ドルを受領する権利に転換されて消滅し、同時に米国子会社が持つ子会社株式がUSスチールの株式に転換されて、完全子会社となる仕組みである。取得した株式は226,576,075株、取得価額は普通株式で約142億米ドルだった。

取得対価2兆625億円に対し、公正価値で受け入れた資産は3兆4,044億円、引き受けた負債は1兆5,039億円。差額として計上したのれん1,403億円は、相乗効果の創出により期待される将来の超過収益力による。

含意

2025年1月にバイデン前大統領が合併を阻止する禁止命令を下すと、不適切な政治的理由によるものだとして、禁止命令の無効化とCFIUSの再審査を求めて提訴した。6月13日、トランプ大統領が国家安全保障協定の締結を条件に承認する大統領令を発し、同日結んだ協定で2028年までの約110億米ドルの投資、本社のピッツバーグ維持、取締役の過半数とCEOを含む経営陣中枢の米国籍化を約束した。

米国政府は黄金株1株を通じて、独立取締役1名の選任権と、社名や本店所在地の変更、生産・雇用の米国外移転などへの同意権を持つ。完全子会社化と国家の関与が、1株の拒否権付き株式で両立する形になった。

いつ何が起きたか 6件
当時の取締役 15名

当時の取締役(2023年6月株主総会決議)

  • 進藤孝生:会長
  • 橋本英二:社長
  • 今井正:副社長
  • 冨田哲郎:取締役
  • 木寺昌人:取締役(監査等委員)
  • 古本省三:取締役(監査等委員・常勤)
  • 佐藤直樹:副社長
  • 森高弘:副社長
  • 廣瀨孝:副社長
  • 浦野邦子:取締役
  • 村瀨賢芳:取締役(監査等委員・常勤)
  • 福田和久:副社長
  • 船越弘文:副社長
  • 東誠一郎:取締役(監査等委員)
  • 吉川洋:取締役(監査等委員)
考察:効率と主権が交わる1株
考察

考察:効率と主権が交わる1株

この決断の核心には、国内で縮んでいく事業を抱え続けることの重さがあった。生産設備の構造対策と価格の是正で損益分岐点を4割引き下げるところまで踏み込んだうえで、なお成長を描こうとすれば、人口が増え国内需要中心の供給構造に守られた米国市場へ、生産拠点ごと入り込むほかなかったと思われる。ただ、対象が米国産業史を象徴する名門であったために、この買収は単なる海外進出を超えて、国家が自国の基幹産業をどこまで外資に委ねるかという問いに触れた。効率と経済安全保障がぶつかる場所に、日本製鉄はあえて社運を賭けたといえる。

もっとも、黄金株での決着は一つの答えであると同時に、新たな問いを残した。完全子会社化と国家の関与を1株で両立させた解は巧妙だが、経営の重要事項に同意権を持つ株式を政府に渡した事実は消えない。代償も軽くはない。有利子負債は5兆1,742億円へ倍増し、取得した期の製鉄セグメント利益は4,400億円まで減少した。のれん1,403億円が見込んだ超過収益力に見合うかどうかは、これからの操業と投資の結果が語ることになるのだろう。

Yutaka Sugiura, 2026年7月
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図と表

日本製鉄:のれん・有利子負債・総資産の推移

のれん(百万円)
日本製鉄:のれん・有利子負債・総資産の推移
(百万円) のれん有利子負債総資産 備考
2019年3月期 52,8032,369,2318,049,528
2020年3月期 45,4862,488,7417,444,965
2021年3月期 46,3412,559,2317,573,946
2022年3月期 61,7412,653,3958,752,346
2023年3月期 65,0622,699,3509,567,099
2024年3月期 70,2072,711,64310,714,627 2023年12月18日に合併契約を締結した期
2025年3月期 71,6392,507,49210,942,458 1月の禁止命令で取得は翌期へずれ、6月13日の大統領令で承認された
2026年3月期 259,7465,174,25314,660,583 6月18日に取得。のれんは188,107、有利子負債は2,666,761増えた
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第94〜101期(連結財政状態計算書)
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第94〜101期(連結財政状態計算書)

日本製鉄:日本と海外の売上収益

海外(百万円)日本(百万円)
日本製鉄:日本と海外の売上収益
(百万円) 日本海外海外の有形固定資産 備考
2019年3月期 4,053,1882,124,758435,078
2020年3月期 3,855,4382,066,087391,553
2021年3月期 3,195,9801,633,292399,105
2022年3月期 4,101,8222,707,068468,828
2023年3月期 4,735,7103,239,876517,376
2024年3月期 5,286,8463,581,251584,376
2025年3月期 5,109,7713,585,755712,035
2026年3月期 4,860,1475,203,0693,233,555 海外が日本を初めて上回った。海外の有形固定資産は4.5倍になった
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第94〜101期(連結財務諸表注記・地域別情報)
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第94〜101期(連結財務諸表注記・地域別情報)

日本製鉄:製鉄セグメントの推移

売上収益(百万円)セグメント利益率(%)
日本製鉄:製鉄セグメントの推移
(百万円) 売上収益セグメント利益セグメント資産 備考
2019年3月期 5,408,633274,6727,404,841
2020年3月期 5,207,033△325,3416,785,775
2021年3月期 4,190,34863,5226,873,924
2022年3月期 6,105,157871,0518,048,947
2023年3月期 7,176,756861,4438,802,716
2024年3月期 8,010,655821,0659,824,730
2025年3月期 7,819,748621,00510,115,166
2026年3月期 9,173,227439,96113,770,053 USスチールの取込みで資産は3.6兆円増えたが、セグメント利益は減った
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第94〜101期(連結財務諸表注記・セグメント情報)
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第94〜101期(連結財務諸表注記・セグメント情報)

買収の条件

買収の条件
科目 概要 備考
被取得企業 United States Steel Corporation 自動車・家電・建材用途等の薄板、エネルギー分野用途の鋼管製品の製造・販売
合併契約の締結 2023年12月18日 米国子会社NIPPON STEEL NORTH AMERICA, INC.を通じて買収することを決定した
取得の法的形式 逆三角合併 買収のために設けた子会社とUSスチールを合併させ、完全子会社とする方法
合併対価 1株当たり55米ドル 発行済株式が対価を受領できる権利に転換されて消滅する
取得価額 USスチールの普通株式 約142億米ドル 新株予約権、Restricted Stock Unit、Convertible Notes等の取得分を含む
契約解除時の違約金 565百万米ドル 対抗提案による解除なら受け取り、許認可を得られない解除なら支払う双方向の定め
企業結合日 2025年6月18日 6月13日の大統領令と協定締結で、すべての規制当局の承認取得が完了した
取得した議決権比率 100% 取得日直前に所有していた議決権比率は0%
取得株式数 226,576,075株 異動後の所有株式数は1株(議決権所有割合100%)となる
取得対価 2,062,513百万円 現金による取得対価2,058,018百万円と未払金4,494百万円の合計
取得関連費用 合計29,798百万円 第100期までに21,984百万円、第101期に7,814百万円を販売費及び一般管理費へ計上
クロージング・ボーナス 14,288百万円 USスチール従業員へ支払い、その他費用に計上した
受け入れた資産・負債 資産3,404,492百万円・負債1,503,933百万円 公正価値。非支配持分13,498百万円はStelco社へのオプション契約による
のれん 140,351百万円 中間期は暫定。第4四半期に確定した。構成要因は相乗効果による将来の超過収益力
取得による支出 1,960,868百万円 現金の対価から被取得企業の現金62,048百万円等を差し引いた額
資金調達 2025年6月18日に約2兆円を短期借入 期間1年以内のブリッジローン。金利は基準金利+スプレッド
恒久的な資金調達 劣後ローン・転換社債・協調融資 2025年9月に5,000億円、2026年3月に6,000億円と約9,000億円。ブリッジローンを全額返済
国家安全保障協定 2025年6月13日に米国政府と締結 USスチールは米国政府へ黄金株1株を発行した
米国政府が持つ権利 独立取締役1名の選任権と同意権 社名・本店所在地の変更、法人登記や生産・雇用の米国外移転などに同意を要する
約束した設備投資 2028年までに約110億米ドル 2028年以降に完了予定のグリーンフィールド案件への初期投資を含む
約束した経営体制 本社をピッツバーグに維持 取締役の過半数と、CEOを含む経営陣の中枢メンバーは米国籍とする
完了に伴う持分譲渡 AM/NS Calvertの持分を譲渡 NS Kote社の全株式をArcelorMittalへ譲渡。事業再編損失2,300億円程度を計上
取得日以降の業績寄与 売上収益1,933,070百万円 当期利益は21,249百万円。期首に取得と仮定した結合後の売上収益は10,677,338百万円
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第99期(2024年3月期)【経営上の重要な契約等】・第100期(2025年3月期)【重要な後発事象】・第101期(2026年3月期)【企業結合】
出所:日本製鉄 有価証券報告書 第99期(2024年3月期)【経営上の重要な契約等】・第100期(2025年3月期)【重要な後発事象】・第101期(2026年3月期)【企業結合】
当時の取締役 15名

当時の取締役(2023年6月株主総会決議)

  • 進藤孝生:会長
  • 橋本英二:社長
  • 今井正:副社長
  • 冨田哲郎:取締役
  • 木寺昌人:取締役(監査等委員)
  • 古本省三:取締役(監査等委員・常勤)
  • 佐藤直樹:副社長
  • 森高弘:副社長
  • 廣瀨孝:副社長
  • 浦野邦子:取締役
  • 村瀨賢芳:取締役(監査等委員・常勤)
  • 福田和久:副社長
  • 船越弘文:副社長
  • 東誠一郎:取締役(監査等委員)
  • 吉川洋:取締役(監査等委員)
参考文献

参考文献

参考
  • 日本製鉄 有価証券報告書「第99期(2024年3月期)【経営上の重要な契約等】」
  • 日本製鉄 決算説明会質疑応答「2024年3月期第3四半期決算説明会 質疑応答」
  • 日本製鉄 有価証券報告書「第100期(2025年3月期)【重要な後発事象】」
  • 日本製鉄 有価証券報告書「第101期(2026年3月期)【企業結合】」
  • 日本製鉄 有価証券報告書「第101期(2026年3月期)【経営者による財政状態、経営成績及びキャッシュ・フローの状況の分析】」
  • 日本製鉄 決算説明会質疑応答「2026年3月期第3四半期決算説明会 質疑応答」
  • 日本製鉄 有価証券報告書「第94〜101期(連結財政状態計算書・セグメント情報・地域別情報)」

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