沿革年表 1960〜2026年における重要度別の出来事(合計36件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
会社設立
大学新聞広告社を個人創業
歴史的意義yutaka sugiura
23歳の江副浩正が大手銀行に門前払いされた後、芝信用金庫から引き出した300万円の融資が事業の出発点となった。担保は父の土地と家屋であり、自己資金ではなく他人資本で起業する構造は創業時から組み込まれていた。資本金60万円・初年度売上450万円という規模感は、後年の1.4兆円の有利子負債と対照的だが、借入で事業を回すという行動様式の起点はここにある。
1960
1-12月
FY61
1961/3
売上高
0.045億円
重要事項
就職情報誌「企業への招待」を創刊
創刊号66社の掲載は、1日12〜13社を訪問し成約率10%という泥臭い営業の積み重ねで実現された。広告代理と媒体発行を自社で兼ねる構造は、他社の代理店経由モデルとは異なり、営業と編集の距離が近い。1966年にダイヤモンド社が売上規模で上回る競合として参入した後も、訪問件数で勝負する体質が定着した。この営業主導の組織文化は、後年のホットペッパーやリクナビにも引き継がれている。
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FY62
1962/3
組織再編
株式会社日本リクルートセンターを設立
1963年8月に㈱日本リクルートセンターとして法人を設立した。よって個人創業の大学新聞広告社が法人格を獲得し、企業として就職情報事業の本格展開に入る組織基盤を整えた。
FY64
1964/3
FY67
1967/3
売上高
2.42億円
経常利益
0.12億円
FY68
1968/3
売上高
5.45億円
経常利益
0.18億円
FY69
1969/3
売上高
11.52億円
経常利益
0.48億円
FY70
1970/3
売上高
23.7億円
FY71
1971/3
売上高
34億円
分譲マンション販売を開始
歴史的意義yutaka sugiura
1974年に長谷川工務店からの持ち込みで始まった分譲マンション事業は、1987年に売上高1757億円・販売戸数4333戸(国内2位)に達し、情報誌を主力とする親会社を上回る規模に膨張した。情報を扱う企業が有形資産の保有に傾斜した結果、リクルートコスモスの株式公開問題がリクルート事件に発展し、バブル崩壊後は約3500億円の不動産を本体が引き取る事態に至った。1.4兆円の有利子負債の直接的な発生源である。
FY72
1972/3
売上高
36億円
重要事項
住宅情報を創刊(現SUUMO)
1ページ104万円の掲載料と200円の雑誌売価で構成された収益モデルは、就職情報誌と同一の構造である。創刊から11号まで赤字が続いたが、12号で黒字化し、1982年には週刊化・22万部・売上150億円に到達した。おとり物件排除のための情報審査部を設置し、媒体の信頼性を広告単価の根拠としている。住宅情報が祖業の271億円に迫る154億円規模に成長したことで、リクルートは就職情報専業から「ライフイベント情報企業」へ転換する足がかりを得た。
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FY76
1976/3
「とらばーゆ」を創刊
1980年1月に日本初の女性向け転職情報誌「とらばーゆ」を創刊した。男女雇用機会均等法施行の5年前であり、女性の社会進出を後押しした。「とらばーゆする」は流行語となった。
FY80
1980/3
売上高
502億円
FY81
1981/3
売上高
642億円
銀座本社ビルを取得
歴史的意義yutaka sugiura
1984年12月期の資産合計2756億円に対し有利子負債1998億円、負債比率72.4%。情報誌事業で年間経常利益150億円を稼ぎながら、その数倍の借入金で銀座周辺の不動産を取得した。当時の常務が「自己資本比率のビジョンはない」と公言する財務姿勢が象徴的である。含み益が担保として機能する地価上昇局面だからこそ成立した構造であり、この借入拡大型の資産膨張が後年の1.4兆円有利子負債の直接の布石となった。
FY84
1984/3
中古車情報誌「カーセンサー」を創刊
社名を株式会社リクルートに変更
1984年4月に社名を「株式会社日本リクルートセンター」から「株式会社リクルート」へ変更した。事業多角化に伴うコーポレートブランドの一本化の一環であった。
FY85
1985/3
FY86
1986/3
売上高
1,383億円
重要事項
リクルート事件が発覚
歴史的意義yutaka sugiura
リクルートコスモスの未公開株譲渡が政財界を巻き込むスキャンダルに発展し、江副浩正は1988年に社長辞任、1989年に逮捕、2003年に有罪確定に至った。経営上の最大の影響は、事件処理に追われた結果、不動産事業からの撤退判断が遅れたことにある。バブル崩壊前に不動産を圧縮していれば負債規模は大幅に縮小できた可能性があるが、創業者退任直後の混乱期にそうした決断は困難だった。
FY88
1988/3
売上高
2,692億円
当期純利益
160億円
FY89
1989/3
売上高
2,900億円
予約情報誌「じゃらん」を創刊
FY90
1990/3
売上高
3,700億円
FY91
1991/3
売上高
3,600億円
重要事項企業買収
ダイエーがリクルートの株式を取得
江副氏が保有株35.2%をダイエーに455億円で売却し、リクルートはダイエーの関係会社となった。非上場企業における大口株式の移動であり、経営陣との合意なく進められたため社内対立を招いた。2000年前後にダイエーが経営危機に陥ると、リクルートは25.2%を約1000億円で買い戻し、残り10%も2006年までに処理した。売却額455億円に対し買戻し総額は約1550億円となり、独立回帰に要したコストの大きさが際立つ。
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FY92
1992/3
売上高
3,100億円
結婚情報誌「ゼクシィ」を創刊
FY93
1993/3
売上高
3,039億円
当期純利益
31.1億円
FY94
1994/3
売上高
2,648億円
当期純利益
20.3億円
有利子負債1.4兆円
歴史的意義yutaka sugiura
1995年3月期末の有利子負債1.4兆円に対し、当時の営業利益は約600億円。単純計算で完済に20年以上を要する水準だった。非上場のため株式市場からの調達手段はなく、返済原資は本業の営業利益と借換に限られた。実際には情報誌・人材派遣の収益力強化で2000年代半ばに営業利益1000億円規模に到達し、2007年3月期末には有利子負債375億円まで圧縮した。12年間で約1兆3600億円を返済した計算になる。
FY95
1995/3
売上高
2,700億円
就職サイト「リクナビ」を提供開始
FY96
1996/3
売上高
3,000億円
重要事項
OPT制度を導入
30歳以上の退職者に1000万円を加算するOPT制度は、社員には「独立支援」として受容されたが、経営側から見れば1.4兆円の債務返済のための固定費圧縮策である。5500人規模から約3000人に組織を再編し、離職率6〜8%で回すことで若手中心のピラミッド構造を維持した。河野社長自身が「優秀な人が流出しているのではないか」と懸念を表明しており、債務圧縮と人材流出のトレードオフを意識した上での判断だった。
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FY97
1997/3
売上高
3,300億円
重要事項
河野栄子氏が社長就任
1997年から2003年の河野体制は、営業利益率約30%を確保しつつ有利子負債を圧縮するという財務再建期の経営であった。テレアポから飛び込み営業へ転換し、提案型営業を定着させた営業改革の実績が就任の背景にある。在任中にネット関連の大型投資は限定的にとどまり、ECやIT領域で先行企業に差をつけられた面はあるが、1.4兆円の債務を抱えた状況下では新規投資に回す資金余力自体が乏しかった。
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FY98
1998/3
売上高
3,400億円
FY99
1999/3
売上高
2,889億円
経常利益
718億円
「リクルートスタッフィング」を発足
歴史的意義yutaka sugiura
1987年にシーズスタッフとして参入した派遣事業は、1999年の商号変更でリクルートブランドと統一し、地方買収を通じて全国約40拠点体制を構築した。2009年3月期には単体売上高1700億円規模に達したが、リーマンショック後の2011年3月期には1272億円へ急落した。情報誌事業と異なり、派遣は景気変動の影響を直接受ける構造であり、高成長と高ボラティリティが表裏一体の事業であった。
FY00
2000/3
売上高
2,808億円
経常利益
845億円
じゃらんnetをオンライン化
2000年1月に「ISIZEトラベル(現じゃらんnet)」をリリースし、宿泊予約のオンライン化に踏み出した。すなわち雑誌『じゃらん』をネット予約サービスへ拡張する転換点となった。
FY01
2001/3
売上高
3,265億円
経常利益
1,012億円
「ホットペッパー」を創刊。狭域ビジネスに本格参入
歴史的意義yutaka sugiura
商圏を半径約2kmに区切り、人口密度と来店動線を前提にエリア設計する手法は、就職情報誌や住宅情報とは異なる粒度の市場設計であった。2002年度に売上高147億円、2000年代後半には400億円台に到達した。1994年の「サンロクマル」で札幌のクーポン実験に成功したことが直接の起点であり、3エリアでのテスト配布を経て30エリアへ展開する段階的手法を採った。2023年に冊子配布を休止し、ホットペッパービューティーを中心としたWeb予約基盤へ移行した。
FY02
2002/3
売上高
3,221億円
経常利益
976億円
FY03
2003/3
売上高
3,081億円
経常利益
955億円
フリーマガジン「R25」を創刊
歴史的意義yutaka sugiura
20万部のプレ創刊から4ヶ月で50万部に拡大し、最盛期には60万部に達した。しかし広告主は大企業中心の高単価モデルであり、電通との合弁で営業力を補完してもコミッション負担が収益を圧迫した。スマートフォンの普及で通勤時間の情報接触が紙からデジタルへ移行し、2015年に紙を休止、2017年にサイバーエージェントへ事業売却された。紙の無料誌モデルが成立する時間軸は約10年であった。
FY04
2004/3
売上高
3,622億円
経常利益
1,114億円
FY05
2005/3
売上高
4,078億円
経常利益
1,223億円
事業売却
リクルートコスモスを売却
歴史的意義yutaka sugiura
1974年の参入から31年を経て、リクルートはリクルートコスモスの株式をユニゾン・キャピタルに譲渡した。売却後、コスモスイニシアに商号変更した同社は2009年に451億円の債務超過でADRを申請した。仮にリクルートが保有を継続していれば、再び巨額の損失を引き受ける事態に陥っていた可能性が高い。2005年時点での売却は結果的にリスク遮断として機能し、リクルートが「情報・人材」に経営資源を集中する前提条件を整えた。
FY06
2006/3
売上高
4,436億円
経常利益
1,302億円
予約サイト「Hot Pepper Beauty」を提供開始
FY07
2007/3
売上高
7,569億円
経常利益
1,614億円
重要事項企業買収
スタッフサービスHDを買収
派遣市場で5位前後にとどまっていたリクルートが、非上場の首位スタッフサービスHDを一括取得することで順位を逆転させた。派遣業は登録スタッフ数と取引社数が競争力を左右するため、自前成長では追いつけない差を買収で埋める判断だった。しかし2008年のリーマンショックで派遣需要が急減し、従業員6000名削減を余儀なくされた。買収のタイミングとしては最悪だったが、規模統合による基盤は残り、中長期的にはHR事業の中核を形成した。
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FY08
2008/3
売上高
10,066億円
経常利益
1,629億円
FY09
2009/3
売上高
10,839億円
経常利益
1,124億円
FY10
2010/3
売上高
7,933億円
経常利益
710億円
企業買収
峰岸真澄
The CSI Companiesを買収
2010年7月に米国の人材派遣会社「The CSI Companies」を買収した。よってM&Aによる人材派遣事業のグローバル展開が始動し、以降の海外派遣事業拡大の起点となった。
FY11
2011/3
売上高
7,526億円
経常利益
902億円
企業買収
峰岸真澄
Staffmark等の海外派遣会社を買収
2011年10月にStaffmark Group, LLCを、12月にAdvantage Resourcing Europe(現RGF Staffing UK)を買収した。米国・欧州に多数の事業拠点を一気に獲得し、海外派遣事業の主要地域カバレッジを構築した。
FY12
2012/3
売上高
8,066億円
経常利益
1,176億円
重要事項企業買収
Indeedを買収
Indeed買収の起点は、トップダウンの戦略ではなく、当時36歳の出木場久征氏の提案であった。従業員550名・赤字のテクノロジー企業に1000億円超を投じる判断は、安定収益の派遣会社買収案と比較され社内で議論が分かれた。DDは数週間〜1ヶ月の短期間。買収後は提案者自身がIndeedのCEOに就任し、現地に裁量を委ねるPMIを実行した。FY2022にはHRテクノロジー事業で当期利益13億ドルを計上し、リクルートの収益構造を根本から転換した。
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重要事項組織再編
峰岸真澄
持株会社化しリクルートホールディングスへ
2012年10月に㈱リクルートを持株会社として会社分割を実施し、社名を㈱リクルートホールディングスに変更した。すなわちリクルート住まいカンパニー、マーケティングパートナーズ、ライフスタイル等を新設分割し、事業会社を分離する持株会社体制へ移行した。
FY13
2013/3
売上高
10,492億円
親会社株主に帰属する当期純利益
718億円
スタディサプリのSaaS化
歴史的意義yutaka sugiura
買い切り5000円から月額980円への価格転換は、単価を5分の1以下にする代わりに会員数で損益分岐を超える賭けであった。2016年3月末に有料会員16.7万人で黒字化し、コロナ禍の2021年には157万人に到達した。山口文洋氏が「ネットサービスとして許容できる金額は980円」と判断した点が転換の核心であり、予備校型の高単価モデルとは正反対の設計思想で教育市場に参入した。
スマホアプリ「Airレジ」を提供開始
峰岸真澄
FY14
2014/3
売上高
11,915億円
親会社株主に帰属する当期純利益
654億円
峰岸真澄
東京証券取引所第1部に株式上場
長らく非上場であったが、海外展開のための資金調達のために株式上場を決定。上場時の時価総額は1.7兆円で、上場に伴って2138億円を資金調達
FY15
2015/3
売上高
12,999億円
親会社株主に帰属する当期純利益
697億円
企業買収
峰岸真澄
豪州の人材派遣2社を買収
2015年1月にPeoplebank Australiaを、4月にChandler Macleod Groupを買収した。よって豪州市場でトップクラスのシェアを獲得し、アジア太平洋圏での派遣事業基盤を強化した。
FY16
2016/3
売上高
15,886億円
親会社株主に帰属する当期純利益
645億円
峰岸真澄
USG Peopleを買収
オランダ(欧州)の人材派遣会社USG Peopleの株式100%を1811億円で買収することを決定。リクルートHDではFY2020の経営目標として「人材領域におけるグローバルNo.1企業となること」を掲げており、買収に踏み切った。
FY17
2017/3
売上高
18,399億円
親会社株主に帰属する当期純利益
854億円
峰岸真澄
FY18
2018/3
売上高
21,733億円
親会社株主に帰属する当期純利益
995億円
組織再編
峰岸真澄
SBU統括会社体制へ再編
2018年4月に会社分割・組織再編を実施し、HRテクノロジー・マッチング&ソリューション・人材派遣の3SBUを統括する持株会社配下構造を整備した。すなわちIndeed等のHRテクノロジー事業を独立した統括単位として位置付けた。
FY19
2019/3
売上高
23,107億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,743億円
GlassDoorを買収
求人企業のレビューサービスを展開する米国企業Glass Doorの買収を決定。リクルートが運営するIndeedの求人検索と相乗効果が高いと判断し、買収に踏み切った。
出木場久征
FY20
2020/3
売上高
23,994億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,799億円
出木場久征
FY21
2021/3
売上高
22,693億円
親会社株主に帰属する当期純利益
1,314億円
出木場久征
過去最高益を達成
FY2021にリクルートHDは当期利益2977億円(前年同1316億円)を計上し、過去最高益を達成した。Indeedを中心とするHRテクノロジー事業が収益貢献した一方、派遣事業は相対的に低収益へ。
FY22
2022/3
売上高
28,717億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,968億円
出木場久征
FY23
2023/3
売上高
34,295億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,698億円
出木場久征
FY24
2024/3
売上高
34,164億円
親会社株主に帰属する当期純利益
3,537億円
出木場久征
FY25
2025/3
売上高
35,574億円
親会社株主に帰属する当期純利益
4,085億円
FY26
2026/3
売上高
36,974億円
親会社株主に帰属する当期純利益
4,969億円
  1. 会社設立
    大学新聞広告社を個人創業
    23歳の江副浩正が大手銀行に門前払いされた後、芝信用金庫から引き出した300万円の融資が事業の出発点となった。担保は父の土地と家屋であり、自己資金ではなく他人資本で起業する構造は創業時から組み込まれていた。資本金60万円・初年度売上450万円という規模感は、後年の1.4兆円の有利子負債と対照的だが、借入で事業を回すという行動様式の起点はここにある。
  2. 組織再編
    株式会社日本リクルートセンターを設立

    1963年8月に㈱日本リクルートセンターとして法人を設立した。よって個人創業の大学新聞広告社が法人格を獲得し、企業として就職情報事業の本格展開に入る組織基盤を整えた。

  3. 分譲マンション販売を開始
    1974年に長谷川工務店からの持ち込みで始まった分譲マンション事業は、1987年に売上高1757億円・販売戸数4333戸(国内2位)に達し、情報誌を主力とする親会社を上回る規模に膨張した。情報を扱う企業が有形資産の保有に傾斜した結果、リクルートコスモスの株式公開問題がリクルート事件に発展し、バブル崩壊後は約3500億円の不動産を本体が引き取る事態に至った。1.4兆円の有利子負債の直接的な発生源である。
  4. 「とらばーゆ」を創刊

    1980年1月に日本初の女性向け転職情報誌「とらばーゆ」を創刊した。男女雇用機会均等法施行の5年前であり、女性の社会進出を後押しした。「とらばーゆする」は流行語となった。

  5. 銀座本社ビルを取得
    1984年12月期の資産合計2756億円に対し有利子負債1998億円、負債比率72.4%。情報誌事業で年間経常利益150億円を稼ぎながら、その数倍の借入金で銀座周辺の不動産を取得した。当時の常務が「自己資本比率のビジョンはない」と公言する財務姿勢が象徴的である。含み益が担保として機能する地価上昇局面だからこそ成立した構造であり、この借入拡大型の資産膨張が後年の1.4兆円有利子負債の直接の布石となった。
  6. 中古車情報誌「カーセンサー」を創刊
  7. 社名を株式会社リクルートに変更

    1984年4月に社名を「株式会社日本リクルートセンター」から「株式会社リクルート」へ変更した。事業多角化に伴うコーポレートブランドの一本化の一環であった。

  8. リクルート事件が発覚
    リクルートコスモスの未公開株譲渡が政財界を巻き込むスキャンダルに発展し、江副浩正は1988年に社長辞任、1989年に逮捕、2003年に有罪確定に至った。経営上の最大の影響は、事件処理に追われた結果、不動産事業からの撤退判断が遅れたことにある。バブル崩壊前に不動産を圧縮していれば負債規模は大幅に縮小できた可能性があるが、創業者退任直後の混乱期にそうした決断は困難だった。
  9. 予約情報誌「じゃらん」を創刊
  10. 結婚情報誌「ゼクシィ」を創刊
  11. 有利子負債1.4兆円
    1995年3月期末の有利子負債1.4兆円に対し、当時の営業利益は約600億円。単純計算で完済に20年以上を要する水準だった。非上場のため株式市場からの調達手段はなく、返済原資は本業の営業利益と借換に限られた。実際には情報誌・人材派遣の収益力強化で2000年代半ばに営業利益1000億円規模に到達し、2007年3月期末には有利子負債375億円まで圧縮した。12年間で約1兆3600億円を返済した計算になる。
  12. 就職サイト「リクナビ」を提供開始
  13. 「リクルートスタッフィング」を発足
    1987年にシーズスタッフとして参入した派遣事業は、1999年の商号変更でリクルートブランドと統一し、地方買収を通じて全国約40拠点体制を構築した。2009年3月期には単体売上高1700億円規模に達したが、リーマンショック後の2011年3月期には1272億円へ急落した。情報誌事業と異なり、派遣は景気変動の影響を直接受ける構造であり、高成長と高ボラティリティが表裏一体の事業であった。
  14. じゃらんnetをオンライン化

    2000年1月に「ISIZEトラベル(現じゃらんnet)」をリリースし、宿泊予約のオンライン化に踏み出した。すなわち雑誌『じゃらん』をネット予約サービスへ拡張する転換点となった。

  15. 「ホットペッパー」を創刊。狭域ビジネスに本格参入
    商圏を半径約2kmに区切り、人口密度と来店動線を前提にエリア設計する手法は、就職情報誌や住宅情報とは異なる粒度の市場設計であった。2002年度に売上高147億円、2000年代後半には400億円台に到達した。1994年の「サンロクマル」で札幌のクーポン実験に成功したことが直接の起点であり、3エリアでのテスト配布を経て30エリアへ展開する段階的手法を採った。2023年に冊子配布を休止し、ホットペッパービューティーを中心としたWeb予約基盤へ移行した。
  16. フリーマガジン「R25」を創刊
    20万部のプレ創刊から4ヶ月で50万部に拡大し、最盛期には60万部に達した。しかし広告主は大企業中心の高単価モデルであり、電通との合弁で営業力を補完してもコミッション負担が収益を圧迫した。スマートフォンの普及で通勤時間の情報接触が紙からデジタルへ移行し、2015年に紙を休止、2017年にサイバーエージェントへ事業売却された。紙の無料誌モデルが成立する時間軸は約10年であった。
  17. 事業売却
    リクルートコスモスを売却
    1974年の参入から31年を経て、リクルートはリクルートコスモスの株式をユニゾン・キャピタルに譲渡した。売却後、コスモスイニシアに商号変更した同社は2009年に451億円の債務超過でADRを申請した。仮にリクルートが保有を継続していれば、再び巨額の損失を引き受ける事態に陥っていた可能性が高い。2005年時点での売却は結果的にリスク遮断として機能し、リクルートが「情報・人材」に経営資源を集中する前提条件を整えた。
  18. 予約サイト「Hot Pepper Beauty」を提供開始
  19. 企業買収
    The CSI Companiesを買収

    2010年7月に米国の人材派遣会社「The CSI Companies」を買収した。よってM&Aによる人材派遣事業のグローバル展開が始動し、以降の海外派遣事業拡大の起点となった。

  20. 企業買収
    Staffmark等の海外派遣会社を買収

    2011年10月にStaffmark Group, LLCを、12月にAdvantage Resourcing Europe(現RGF Staffing UK)を買収した。米国・欧州に多数の事業拠点を一気に獲得し、海外派遣事業の主要地域カバレッジを構築した。

  21. 組織再編
    持株会社化しリクルートホールディングスへ

    2012年10月に㈱リクルートを持株会社として会社分割を実施し、社名を㈱リクルートホールディングスに変更した。すなわちリクルート住まいカンパニー、マーケティングパートナーズ、ライフスタイル等を新設分割し、事業会社を分離する持株会社体制へ移行した。

  22. スタディサプリのSaaS化
    買い切り5000円から月額980円への価格転換は、単価を5分の1以下にする代わりに会員数で損益分岐を超える賭けであった。2016年3月末に有料会員16.7万人で黒字化し、コロナ禍の2021年には157万人に到達した。山口文洋氏が「ネットサービスとして許容できる金額は980円」と判断した点が転換の核心であり、予備校型の高単価モデルとは正反対の設計思想で教育市場に参入した。
  23. スマホアプリ「Airレジ」を提供開始
  24. 東京証券取引所第1部に株式上場

    長らく非上場であったが、海外展開のための資金調達のために株式上場を決定。上場時の時価総額は1.7兆円で、上場に伴って2138億円を資金調達

  25. 企業買収
    豪州の人材派遣2社を買収

    2015年1月にPeoplebank Australiaを、4月にChandler Macleod Groupを買収した。よって豪州市場でトップクラスのシェアを獲得し、アジア太平洋圏での派遣事業基盤を強化した。

  26. USG Peopleを買収

    オランダ(欧州)の人材派遣会社USG Peopleの株式100%を1811億円で買収することを決定。リクルートHDではFY2020の経営目標として「人材領域におけるグローバルNo.1企業となること」を掲げており、買収に踏み切った。

  27. 組織再編
    SBU統括会社体制へ再編

    2018年4月に会社分割・組織再編を実施し、HRテクノロジー・マッチング&ソリューション・人材派遣の3SBUを統括する持株会社配下構造を整備した。すなわちIndeed等のHRテクノロジー事業を独立した統括単位として位置付けた。

  28. GlassDoorを買収

    求人企業のレビューサービスを展開する米国企業Glass Doorの買収を決定。リクルートが運営するIndeedの求人検索と相乗効果が高いと判断し、買収に踏み切った。

  29. 過去最高益を達成

    FY2021にリクルートHDは当期利益2977億円(前年同1316億円)を計上し、過去最高益を達成した。Indeedを中心とするHRテクノロジー事業が収益貢献した一方、派遣事業は相対的に低収益へ。