そごうの沿革(1830〜2000年)
そごうの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1830 1-12月 | そごう(大和屋)を開業 | 百貨店ではなく古着屋から始まった制度内適応としての創業 | ||||
1877 1-12月 | 十合呉服店に名称変更 | 古着商から呉服商への転換が示す業態再設計の構造的起点 | ||||
1919 1-12月 | 百貨店に業態転換 | 個人経営からの法人化が百貨店への構造転換を可能にした制度基盤 | ||||
1933 1-12月 | 神戸店を出店 | |||||
1935 1-12月 | founding | 創業家が退陣 | 拡張投資の資金逼迫が招いた創業家退場と外部資本主導への転換 | |||
1946 1-12月 | 心斎橋本店の一時接収 | |||||
FY53 1953/2 | 売上高 43.8億円 | 当期純利益 0.92億円 | 心斎橋本店の再開業 | |||
FY54 1954/2 | 売上高 65.5億円 | 当期純利益 1.14億円 | ||||
FY55 1955/2 | 売上高 60.2億円 | 当期純利益 1.06億円 | ||||
FY56 1956/2 | 売上高 60.2億円 | 当期純利益 1.11億円 | ||||
FY57 1957/2 | 売上高 71.4億円 | 当期純利益 1.4億円 | overseas | 東京店を開業 | 賃貸方式での東京進出が固定費圧迫と経営更迭を招いた構造 | |
FY58 1958/2 | 売上高 122億円 | 当期純利益 -1.92億円 | 東京店が赤字体質へ | |||
FY59 1959/2 | 売上高 127億円 | 当期純利益 -2.19億円 | ||||
FY60 1960/2 | 売上高 134億円 | 当期純利益 -0.58億円 | ||||
FY61 1961/2 | 売上高 150億円 | 当期純利益 0.96億円 | ||||
FY62 1962/2 | 売上高 176.5億円 | 当期純利益 1.32億円 | 水島廣雄氏が社長就任 | 紛争調停役として着任した水島が30年の長期政権を築いた逆説 | ||
FY63 1963/2 | 売上高 200億円 | 当期純利益 1.46億円 | ||||
FY64 1964/2 | 売上高 214億円 | 当期純利益 1.32億円 | ||||
FY65 1965/2 | 売上高 207億円 | 当期純利益 1.01億円 | ||||
FY66 1966/2 | 売上高 207億円 | 当期純利益 1.09億円 | ||||
FY67 1967/2 | 売上高 259億円 | 当期純利益 1.14億円 | 千葉そごうを開業 | 共同出資と借入を組み合わせた自己資本温存型出店モデルの確立 | ||
いよてつそごうを開業 | ||||||
FY68 1968/2 | 売上高 300億円 | 当期純利益 1.71億円 | ||||
FY69 1969/2 | 売上高 349億円 | 当期純利益 2.86億円 | ||||
FY70 1970/2 | 売上高 446億円 | 当期純利益 3.83億円 | ||||
FY71 1971/2 | 売上高 576億円 | 当期純利益 6.11億円 | ||||
FY72 1972/2 | 売上高 681億円 | 当期純利益 8.38億円 | ||||
FY73 1973/2 | 売上高 821億円 | 当期純利益 12.98億円 | 柏そごうを開業 | |||
FY74 1974/2 | 売上高 1,040億円 | 当期純利益 20.52億円 | 広島そごうを開業 広島市の紙屋町交差点角地に開業。当初は広島随一の繁華街であった八丁堀から1km離れた立地であり苦戦が予想されたが、バスターミナル「広島バスセンター」を併設することで立地条件の不利を克服し、広島随一の百貨店に成長する。紙屋町はそごうの開業によって街が発展し、周辺は「そごうタウン」と呼ばれた。 | |||
FY75 1975/2 | 売上高 1,224億円 | 当期純利益 19.46億円 | ||||
FY76 1976/2 | 売上高 1,306億円 | 当期純利益 17.1億円 | ||||
FY77 1977/2 | 売上高 1,429億円 | 当期純利益 18.6億円 | ||||
FY78 1978/2 | 売上高 1,471億円 | 当期純利益 2.2億円 | ||||
FY79 1979/2 | 売上高 1,541億円 | 当期純利益 17.6億円 | ||||
FY80 1980/2 | 売上高 1,689億円 | 当期純利益 24.1億円 | ||||
FY81 1981/2 | 売上高 1,815億円 | 当期純利益 22.8億円 | 船橋そごうを開業 | |||
第五次5カ年計画を策定 | 売上1兆円の数値目標を掲げつつ財務管理を明示しなかった中期計画 | |||||
FY82 1982/2 | 売上高 1,955億円 | 当期純利益 25.7億円 | ||||
FY83 1983/2 | 売上高 1,947億円 | 当期純利益 19.6億円 | 八王子そごうを開業 | |||
FY84 1984/2 | 売上高 1,945億円 | 当期純利益 21.7億円 | ||||
FY85 1985/2 | 売上高 2,032億円 | 当期純利益 18.6億円 | ||||
FY86 1986/2 | 売上高 2,220億円 | 当期純利益 25.7億円 | ||||
FY87 1987/2 | 売上高 2,328億円 | 当期純利益 28.6億円 | 大宮そごうを開業 | |||
横浜そごうを開業 | 日本最大級の売場面積で横浜に進出した規模競争の到達点と限界 | |||||
FY88 1988/2 | 売上高 2,453億円 | 当期純利益 31.1億円 | 豊田そごうを開業 | |||
FY89 1989/2 | 売上高 2,620億円 | 当期純利益 34.1億円 | 多摩そごうを開業 | |||
FY90 1990/2 | 売上高 2,926億円 | 当期純利益 45.8億円 | 西神そごうを開業 | |||
FY91 1991/2 | 売上高 3,134億円 | 当期純利益 46.7億円 | ||||
FY92 1992/2 | 売上高 3,105億円 | 当期純利益 55.6億円 | 福山そごうを開業 | |||
百貨店業界で売上高No.1へ バブル期の「横浜そごう」の開業をはじめとする大量出店によって、1992年時点でそごうは国内外で35店舗を展開する日本最大の百貨店へと変貌した。そごうのグループ売上高は1.4兆円(1991年度・連結ベース)を記録し、百貨店業界では日本一となった。 | ||||||
FY93 1993/2 | 売上高 2,800億円 | 当期純利益 15.1億円 | ||||
FY94 1994/2 | 売上高 2,543億円 | 当期純利益 10.2億円 | ||||
FY95 1995/2 | 売上高 2,326億円 | 当期純利益 -369億円 | leadership | 水島社長が引責退任 | 30年の長期政権を終えた水島退任が成長から再建への転換を象徴 | |
FY96 1996/2 | 売上高 1,423億円 | 当期純利益 50.2億円 | ||||
FY97 1997/2 | 売上高 1,779億円 | 当期純利益 0.4億円 | ||||
FY98 1998/2 | 売上高 1,829億円 | 当期純利益 6.3億円 | ||||
FY99 1999/2 | 売上高 1,679億円 | 当期純利益 -256億円 | ||||
FY00 2000/2 | 売上高 1,571億円 | 当期純利益 -1,376億円 | 東京店を閉鎖 業績の悪化に伴い、東京進出のシンボルであった東京店(有楽町駅前)を閉鎖。そごうが入居したビル「読売会館」にはビックカメラが入居し、百貨店から専門店への時代の流れを象徴した。 | |||
債権放棄要請 | 国内流通業で前例のない6,390億円の債権放棄要請の構造 | |||||
| crisis | 民事再生法を適用申請 | 負債1.8兆円で国内小売業最大の破綻に至った拡張モデルの終焉 |
- そごう(大和屋)を開業百貨店ではなく古着屋から始まった制度内適応としての創業
- 十合呉服店に名称変更古着商から呉服商への転換が示す業態再設計の構造的起点
- 百貨店に業態転換個人経営からの法人化が百貨店への構造転換を可能にした制度基盤
- 神戸店を出店
- 創業家が退陣拡張投資の資金逼迫が招いた創業家退場と外部資本主導への転換
- 心斎橋本店の一時接収
- 心斎橋本店の再開業
- 東京店を開業賃貸方式での東京進出が固定費圧迫と経営更迭を招いた構造
- 東京店が赤字体質へ
- 水島廣雄氏が社長就任紛争調停役として着任した水島が30年の長期政権を築いた逆説
- 千葉そごうを開業共同出資と借入を組み合わせた自己資本温存型出店モデルの確立
- いよてつそごうを開業
- 柏そごうを開業
- 広島そごうを開業
広島市の紙屋町交差点角地に開業。当初は広島随一の繁華街であった八丁堀から1km離れた立地であり苦戦が予想されたが、バスターミナル「広島バスセンター」を併設することで立地条件の不利を克服し、広島随一の百貨店に成長する。紙屋町はそごうの開業によって街が発展し、周辺は「そごうタウン」と呼ばれた。
- 船橋そごうを開業
- 第五次5カ年計画を策定売上1兆円の数値目標を掲げつつ財務管理を明示しなかった中期計画
- 八王子そごうを開業
- 大宮そごうを開業
- 横浜そごうを開業日本最大級の売場面積で横浜に進出した規模競争の到達点と限界
- 豊田そごうを開業
- 多摩そごうを開業
- 西神そごうを開業
- 福山そごうを開業
- 百貨店業界で売上高No.1へ
バブル期の「横浜そごう」の開業をはじめとする大量出店によって、1992年時点でそごうは国内外で35店舗を展開する日本最大の百貨店へと変貌した。そごうのグループ売上高は1.4兆円(1991年度・連結ベース)を記録し、百貨店業界では日本一となった。
- 水島社長が引責退任30年の長期政権を終えた水島退任が成長から再建への転換を象徴
- 東京店を閉鎖
業績の悪化に伴い、東京進出のシンボルであった東京店(有楽町駅前)を閉鎖。そごうが入居したビル「読売会館」にはビックカメラが入居し、百貨店から専門店への時代の流れを象徴した。
- 債権放棄要請国内流通業で前例のない6,390億円の債権放棄要請の構造
- 民事再生法を適用申請負債1.8兆円で国内小売業最大の破綻に至った拡張モデルの終焉
参考文献・出所
有価証券報告書