沿革年表 1946〜2026年における重要度別の出来事(合計54件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
重要事項会社設立 | 東京通信工業株式会社を設立 電気通信機及び測定器の研究・製作を目的とし、東京都中央区日本橋に資本金19万円で設立 歴史的意義yutaka sugiura ソニー創業で注目すべきは、技術者2人が自ら社長に就くのではなく、元文部大臣の前田多門を形式上の初代社長に据えた点にある。零細企業にとって販路開拓と資金調達には対外的な信用が不可欠であり、前田・万代という経済界の重鎮を取締役に組み込むことでその信用を「借りた」。井深が技術、盛田が営業、名望家が対外交渉という分業構造は、戦後の混乱期に零細メーカーが生き残るための現実的な知恵であった。 | 1946 1-12月 | ||||
組織再編 | 本社及び工場を品川区に移転 | 1947 1-12月 | ||||
FY48 1948/3 | 売上高 0.1億円 | |||||
FY49 1949/3 | 売上高 0.3億円 | |||||
FY50 1950/3 | 売上高 0.9億円 | |||||
FY51 1951/3 | 売上高 1.5億円 | |||||
FY52 1952/3 | 売上高 3.4億円 | |||||
FY53 1953/3 | 売上高 5.6億円 | |||||
FY54 1954/3 | 売上高 6.3億円 | |||||
FY55 1955/3 | 売上高 7億円 | |||||
株式上場 | 東京店頭市場に株式公開 歴史的意義yutaka sugiura トランジスタラジオの技術的成功と商業的成功は別の問題であった。国内では価格が高すぎて売れず、活路を米国輸出に求めた。ここで盛田昭夫が下した判断がOEM供給の拒否である。当時の日本企業は米国企業の下請けとして輸出するのが常識だったが、盛田は自社ブランド「SONY」での販売を譲らなかった。家族でニューヨークに移住し、一流ホテルで商談するという信用構築の手法も含め、製造業者からグローバルブランドへの転換を意識した戦略であった。 | FY56 1956/3 | 売上高 12億円 | |||
FY57 1957/3 | 売上高 28億円 | |||||
重要事項 | 社名をソニー株式会社に変更 日本企業として異例の英語社名を採用。グローバルブランド確立の起点となった | FY58 1958/3 | 売上高 41億円 | |||
株式上場 | 東京証券取引所に上場 東証上場により資金調達基盤を拡充 | FY59 1959/3 | 売上高 77億円 | |||
米国にSony Corporation of Americaを設立 米国市場への本格進出拠点。日本メーカーの海外現地法人設立の先駆け | FY60 1960/3 | 売上高 118億円 | ||||
FY61 1961/3 | 売上高 159億円 | |||||
株式上場 | 米国でADR(米国預託証券)を発行 日本企業初のADR発行。海外資本市場との直接的なつながりを構築 | FY62 1962/3 | 売上高 200億円 | |||
FY63 1963/3 | 売上高 232億円 | |||||
FY64 1964/3 | 売上高 257億円 | |||||
FY65 1965/3 | 売上高 289億円 | |||||
FY66 1966/3 | 売上高 398億円 | |||||
FY67 1967/3 | 売上高 483億円 | 経常利益 32億円 | ||||
CBS Inc.との合弁でシービーエス・ソニーレコードを設立 50%出資 音楽事業への参入。後のソニー・ミュージックにつながるエンタテインメント多角化の第一歩 | FY68 1968/3 | 売上高 583億円 | 経常利益 33億円 | |||
FY69 1969/3 | 売上高 943億円 | 経常利益 48億円 | ||||
FY70 1970/3 | 売上高 1,299億円 | 当期純利益 57億円 | ||||
株式上場 | ニューヨーク証券取引所に上場 日本企業初のNYSE上場。国際的な資金調達力とブランド認知の飛躍的向上 | FY71 1971/3 | 売上高 1,597億円 | 当期純利益 86億円 | ||
FY72 1972/3 | 売上高 2,157億円 | 当期純利益 142億円 | ||||
FY73 1973/3 | 売上高 2,747億円 | 当期純利益 210億円 | ||||
FY74 1974/3 | 売上高 3,277億円 | 当期純利益 172億円 | ||||
FY75 1975/3 | 売上高 2,955億円 | 当期純利益 140億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 3,479億円 | 当期純利益 210億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 3,919億円 | 当期純利益 246億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 4,139億円 | 当期純利益 196億円 | ||||
FY79 1979/3 | 売上高 4,690億円 | 当期純利益 263億円 | ||||
ソニー・プルーデンシャル生命保険を設立 米国The Prudential Insurance Co. of Americaとの合弁(50%出資) 金融事業参入の起点。後にソニー生命として成長し、収益の安定化に寄与 | FY80 1980/3 | 売上高 6,050億円 | 当期純利益 320億円 | |||
FY81 1981/3 | 売上高 7,779億円 | 当期純利益 471億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 8,329億円 | 当期純利益 416億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 7,700億円 | 当期純利益 255億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 9,119億円 | 当期純利益 350億円 | ||||
株式上場 | ソニーマグネスケールの株式を東証二部に上場 | FY85 1985/3 | 売上高 10,713億円 | 当期純利益 489億円 | ||
FY86 1986/3 | 売上高 10,361億円 | 当期純利益 309億円 | ||||
株式上場 | ソニーケミカルの株式を東証二部に上場 | FY88 1988/3 | ||||
重要事項企業買収 | 米CBS Records Inc.を買収 CBS Inc.のレコード部門を買収 日本企業による大型海外買収の嚆矢。ハードとソフトの融合戦略を具現化し、エンタテインメント帝国構築の起点となった | |||||
重要事項企業買収 | 米Columbia Pictures Entertainment, Inc.を買収 映画スタジオ買収は世界的な衝撃を与えた。コンテンツ資産の直接保有という戦略的転換であり、後年の巨額減損と経営混乱の引き金にもなった | FY90 1990/3 | ||||
株式上場 | ソニー・ミュージックエンタテインメントの株式を東証二部に上場 | FY92 1992/3 | 売上高 39,286億円 | 当期純利益 1,201億円 | ||
FY93 1993/3 | 売上高 39,929億円 | 当期純利益 362億円 | ||||
重要事項 | ソニー・コンピュータエンタテインメントを設立 PlayStationの開発・販売を担う子会社。ゲーム産業に参入し、任天堂・セガの二強体制を崩す存在となった | FY94 1994/3 | 売上高 37,337億円 | 当期純利益 152億円 | ||
組織再編 | カンパニー制を導入 事業本部制を廃止 大企業病の打破を狙った組織改革。各事業の自律経営を促進 | FY95 1995/3 | 売上高 39,834億円 | 当期純利益 -2,933億円 | ||
企業買収 | Sony/ATV Music Publishing LLCを設立 マイケル・ジャクソンとの合弁(50%出資) ビートルズ楽曲を含む世界最大級の音楽出版カタログを取得する布石 | FY96 1996/3 | 売上高 45,925億円 | 当期純利益 542億円 | ||
FY97 1997/3 | 売上高 56,582億円 | 当期純利益 1,394億円 | ||||
組織再編 | 執行役員制を導入 | FY98 1998/3 | 売上高 67,610億円 | 当期純利益 2,220億円 | ||
FY99 1999/3 | 売上高 68,041億円 | 当期純利益 1,790億円 | ||||
組織再編 | ネットワークカンパニー制を導入 カンパニーを統合・再編 インターネット時代に対応した組織再編。ネットワーク事業への転換を意図 | FY00 2000/3 | 売上高 66,866億円 | 当期純利益 1,218億円 | ||
組織再編 | 上場子会社3社を完全子会社化 株式交換を活用 グループ内の経営資源を集約し、意思決定の迅速化を図った | |||||
FY01 2001/3 | 売上高 73,148億円 | 当期純利益 167億円 | ||||
ソニーイーエムシーエス、ソニーセミコンダクタ九州を設立 組立系設計・生産プラットフォーム会社と半導体設計・生産プラットフォーム会社 | FY02 2002/3 | 売上高及び営業収入 75,782億円 | 当期純利益 153億円 | |||
企業買収 | Ericssonと携帯電話合弁Sony Ericsson Mobile Communicationsを設立 50%出資 携帯電話市場への本格参入。後にスマートフォン競争で苦戦し、2012年に完全子会社化 | |||||
企業買収 | 上場子会社アイワを完全子会社化 株式交換により | FY03 2003/3 | 売上高及び営業収入 74,736億円 | 当期純利益 1,155億円 | ||
組織再編 | 委員会等設置会社へ移行 日本の大手企業では先駆的なガバナンス改革 | FY04 2004/3 | 売上高及び営業収入 74,963億円 | 当期純利益 885億円 | ||
組織再編 | 中鉢良治 | ソニーフィナンシャルホールディングスを設立 金融事業をグループ内で統括する持株会社体制を整備 | FY05 2005/3 | 売上高及び営業収入 71,596億円 | 当期純利益 1,638億円 | |
Samsung Electronicsと合弁S-LCD Corporationを設立 液晶ディスプレイパネル製造 テレビ用パネルの安定調達を図ったが、液晶テレビ事業の長期赤字は解消されず | ||||||
Bertelsmann AGと合弁SONY BMG MUSIC ENTERTAINMENTを設立 海外音楽制作事業(50%出資) 世界の音楽メジャーレーベルの再編の一環 | ||||||
企業買収 | 中鉢良治 | Metro-Goldwyn-Mayer Inc.買収コンソーシアムに参加 映画コンテンツライブラリーの拡充 | FY06 2006/3 | 売上高及び営業収入 74,754億円 | 当期純利益 1,236億円 | |
社長交代 | ハワード・ストリンガーがCEOに就任 外国人初のソニーCEO。中鉢良治が社長兼エレクトロニクスCEOとして併存 日本の大手製造業で外国人トップは異例。グローバル経営への転換とエレクトロニクス事業立て直しを託された | |||||
組織再編 | ネットワークカンパニー制を廃止 事業本部・事業グループ等からなる新組織を導入 カンパニー制の弊害であるサイロ化を是正する組織改革 | |||||
株式上場 | ソニーコミュニケーションネットワークを東証マザーズに上場 | |||||
組織再編 | 中鉢良治 | 本社を東京都港区に移転 | FY07 2007/3 | 売上高及び営業収入 82,956億円 | 当期純利益 1,263億円 | |
| 大根田伸行 | FY08 2008/3 | 売上高及び営業収入 88,714億円 | 当期純利益 3,694億円 | |||
| 中鉢良治 | 初の営業赤字・純損失を計上 リーマン・ショックによる世界的需要減退と円高の直撃 歴史的意義yutaka sugiura ソニーの人員削減と工場閉鎖は、単なるリストラではなく事業構造の転換そのものであった。ブラウン管テレビから液晶への移行、携帯電話事業の縮小といった個別の事業判断の集積が、国内製造拠点の段階的な縮小をもたらした。美濃加茂工場の閉鎖では非正規雇用者約1600名が契約終了となり、地域経済への影響も大きかった。量産型エレクトロニクスメーカーから、エンタテインメントと半導体を軸とする企業への変貌を物理的に示す過程であった。 | FY09 2009/3 | 売上高及び営業収入 77,299億円 | 当期純利益 -989億円 | ||
| 中鉢良治 | FY10 2010/3 | 売上高及び営業収入 72,139億円 | 当期純利益 -408億円 | |||
| 平井一夫 | FY11 2011/3 | 売上高及び営業収入 71,812億円 | 当期純利益 -2,595億円 | |||
| 平井一夫 | 過去最大の純損失を計上 テレビ事業の減損、リストラ費用が重なった 歴史的意義yutaka sugiura 6年間で5期の最終赤字という事態は、個別事業の不振ではなくソニーのエレクトロニクス事業モデルそのものの行き詰まりを示していた。テレビ・携帯電話・PC・電池と主力事業が軒並み不振に陥る中、映画・音楽・金融が収益を支えるという構造は、もはやソニーがエレクトロニクス企業ではなくコングロマリットであることを意味していた。ストリンガーから平井への交代は、この現実を踏まえた事業ポートフォリオの再編の起点となった。 | FY12 2012/3 | 売上高 64,930億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -4,550億円 | ||
社長交代 | 平井一夫 | 平井一夫が社長兼CEOに就任 ストリンガーの後任。PlayStation事業出身 エンタテインメント事業出身の社長が就任。不採算事業の整理と成長領域への集中投資を推進 | FY13 2013/3 | 売上高 67,955億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 415億円 | |
企業買収 | EMI Music Publishing買収コンソーシアムに参加 音楽出版カタログの大幅拡充。世界最大の音楽出版社への布石 | |||||
| 平井一夫 | オリンパスと医療事業合弁会社を設立 ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ(51%出資) イメージセンサー技術の医療分野への応用 | FY14 2014/3 | 売上高 77,672億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -1,283億円 | ||
組織再編 | 平井一夫 | VAIO事業を譲渡、テレビ事業を分社化 VAIOブランドPC事業を日本産業パートナーズに譲渡 歴史的意義yutaka sugiura ソニーのPC・電池事業からの撤退で注目すべきは、工場を閉鎖するのではなく事業ごと売却するという手法を選択した点にある。VAIOは投資ファンドへ、電池事業は村田製作所へ、いずれも製造拠点と雇用をセットで引き継がせた。地方自治体との摩擦を最小化しつつ不採算事業から撤退するこのスキームは、日本の大企業が事業縮小を行う際のモデルケースとなった。撤退完了後の2019年に過去最高益を記録した事実が、判断の妥当性を裏づけている。 | FY15 2015/3 | 売上高 82,158億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -1,259億円 | |
組織再編 | 平井一夫 | ビデオ及びサウンド事業を分社化 | FY16 2016/3 | 売上高 81,057億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,477億円 | |
組織再編 | 吉田憲一郎 | イメージング&センシング・ソリューション事業を分社化 ソニーセミコンダクタソリューションズとして営業開始 CMOSイメージセンサー事業の独立運営体制を確立。世界シェア首位の半導体事業が成長エンジンに | FY17 2017/3 | 売上高 76,032億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 732億円 | |
組織再編 | 吉田憲一郎 | イメージング・プロダクツ&ソリューション事業を分社化 | FY18 2018/3 | 売上高 85,439億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 4,907億円 | |
組織再編 | 電池事業を村田製作所グループへ譲渡 リチウムイオン電池の発明元でありながら事業撤退。選択と集中の一環 | |||||
営業利益が過去最高を更新 ゲーム・半導体・音楽の3事業が牽引 吉田体制初年度に過去最高益を達成。事業構造転換の成果が数字に表れた | ||||||
社長交代 | 吉田憲一郎 | 吉田憲一郎が社長兼CEOに就任 平井一夫の後任。CFO出身 財務畑出身のCEOがパーパス経営を掲げ、エンタテインメント・テクノロジー企業への構造転換を加速 | FY19 2019/3 | 売上高 86,656億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 9,162億円 | |
組織再編 | 吉田憲一郎 | ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツとして統合・営業開始 | FY20 2020/3 | 売上高 82,598億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 5,821億円 | |
組織再編 | 吉田憲一郎 | ソニーエレクトロニクスを設立 エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション事業の中間持株会社 エレクトロニクス事業をグループ会社として分離し、純粋持株会社化への準備を進めた | FY21 2021/3 | 売上高 89,993億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 10,296億円 | |
企業買収 | ソニーフィナンシャルホールディングスを完全子会社化 上場していた金融子会社を完全子会社化。グループ経営の一体性を強化 | |||||
純利益1兆円を突破 ゲーム・エレクトロニクス・金融が好調。巣ごもり需要も追い風 日本企業でも数少ない純利益1兆円超えを達成。エンタテインメント・テクノロジー企業への転換が結実 | ||||||
| 吉田憲一郎 | 社名をソニーグループ株式会社に変更 エレクトロニクス事業はソニー株式会社として営業開始 純粋持株会社体制への移行を完了。エレクトロニクスからエンタテインメント・テクノロジーコングロマリットへの変革を象徴 | FY22 2022/3 | 売上高 83,967億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 8,821億円 | ||
株式上場 | 吉田憲一郎 | 東京証券取引所プライム市場に移行 | FY23 2023/3 | 売上高 100,958億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 10,052億円 | |
企業買収 | Bungie, Inc.を買収 ゲーム開発スタジオの獲得によりファーストパーティコンテンツを強化。ライブサービスゲーム戦略の加速を企図 | |||||
本田技研工業とソニー・ホンダモビリティを設立 モビリティ分野における合弁会社(50%出資) 自動車産業への参入。センサー・エンタテインメント技術とホンダの製造力を組み合わせたEV開発 | ||||||
社長交代 | 十時裕樹 | 十時裕樹が社長に就任 吉田憲一郎は会長兼CEOに就任 歴代三社長による改革路線の継承・総仕上げを担う | FY24 2024/3 | 売上高 112,600億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 9,705億円 | |
| 十時裕樹 | FY25 2025/3 | 売上高 120,349億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 11,416億円 | |||
FY26 2026/3 | 売上高 124,796億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -3,269億円 |
- 東京通信工業株式会社を設立
電気通信機及び測定器の研究・製作を目的とし、東京都中央区日本橋に資本金19万円で設立
ソニー創業で注目すべきは、技術者2人が自ら社長に就くのではなく、元文部大臣の前田多門を形式上の初代社長に据えた点にある。零細企業にとって販路開拓と資金調達には対外的な信用が不可欠であり、前田・万代という経済界の重鎮を取締役に組み込むことでその信用を「借りた」。井深が技術、盛田が営業、名望家が対外交渉という分業構造は、戦後の混乱期に零細メーカーが生き残るための現実的な知恵であった。 - 本社及び工場を品川区に移転
- 東京店頭市場に株式公開トランジスタラジオの技術的成功と商業的成功は別の問題であった。国内では価格が高すぎて売れず、活路を米国輸出に求めた。ここで盛田昭夫が下した判断がOEM供給の拒否である。当時の日本企業は米国企業の下請けとして輸出するのが常識だったが、盛田は自社ブランド「SONY」での販売を譲らなかった。家族でニューヨークに移住し、一流ホテルで商談するという信用構築の手法も含め、製造業者からグローバルブランドへの転換を意識した戦略であった。
- 社名をソニー株式会社に変更日本企業として異例の英語社名を採用。グローバルブランド確立の起点となった
- 東京証券取引所に上場東証上場により資金調達基盤を拡充
- 米国にSony Corporation of Americaを設立米国市場への本格進出拠点。日本メーカーの海外現地法人設立の先駆け
- 米国でADR(米国預託証券)を発行日本企業初のADR発行。海外資本市場との直接的なつながりを構築
- CBS Inc.との合弁でシービーエス・ソニーレコードを設立
50%出資
音楽事業への参入。後のソニー・ミュージックにつながるエンタテインメント多角化の第一歩 - ニューヨーク証券取引所に上場日本企業初のNYSE上場。国際的な資金調達力とブランド認知の飛躍的向上
- ソニー・プルーデンシャル生命保険を設立
米国The Prudential Insurance Co. of Americaとの合弁(50%出資)
金融事業参入の起点。後にソニー生命として成長し、収益の安定化に寄与 - ソニーマグネスケールの株式を東証二部に上場
- ソニーケミカルの株式を東証二部に上場
- 米CBS Records Inc.を買収
CBS Inc.のレコード部門を買収
日本企業による大型海外買収の嚆矢。ハードとソフトの融合戦略を具現化し、エンタテインメント帝国構築の起点となった - 米Columbia Pictures Entertainment, Inc.を買収映画スタジオ買収は世界的な衝撃を与えた。コンテンツ資産の直接保有という戦略的転換であり、後年の巨額減損と経営混乱の引き金にもなった
- ソニー・ミュージックエンタテインメントの株式を東証二部に上場
- ソニー・コンピュータエンタテインメントを設立PlayStationの開発・販売を担う子会社。ゲーム産業に参入し、任天堂・セガの二強体制を崩す存在となった
- カンパニー制を導入
事業本部制を廃止
大企業病の打破を狙った組織改革。各事業の自律経営を促進 - Sony/ATV Music Publishing LLCを設立
マイケル・ジャクソンとの合弁(50%出資)
ビートルズ楽曲を含む世界最大級の音楽出版カタログを取得する布石 - 執行役員制を導入
- ネットワークカンパニー制を導入
カンパニーを統合・再編
インターネット時代に対応した組織再編。ネットワーク事業への転換を意図 - 上場子会社3社を完全子会社化
株式交換を活用
グループ内の経営資源を集約し、意思決定の迅速化を図った - ソニーイーエムシーエス、ソニーセミコンダクタ九州を設立
組立系設計・生産プラットフォーム会社と半導体設計・生産プラットフォーム会社
- Ericssonと携帯電話合弁Sony Ericsson Mobile Communicationsを設立
50%出資
携帯電話市場への本格参入。後にスマートフォン競争で苦戦し、2012年に完全子会社化 - 上場子会社アイワを完全子会社化
株式交換により
- 委員会等設置会社へ移行日本の大手企業では先駆的なガバナンス改革
- ソニーフィナンシャルホールディングスを設立金融事業をグループ内で統括する持株会社体制を整備
- Samsung Electronicsと合弁S-LCD Corporationを設立
液晶ディスプレイパネル製造
テレビ用パネルの安定調達を図ったが、液晶テレビ事業の長期赤字は解消されず - Bertelsmann AGと合弁SONY BMG MUSIC ENTERTAINMENTを設立
海外音楽制作事業(50%出資)
世界の音楽メジャーレーベルの再編の一環 - Metro-Goldwyn-Mayer Inc.買収コンソーシアムに参加映画コンテンツライブラリーの拡充
- ハワード・ストリンガーがCEOに就任
外国人初のソニーCEO。中鉢良治が社長兼エレクトロニクスCEOとして併存
日本の大手製造業で外国人トップは異例。グローバル経営への転換とエレクトロニクス事業立て直しを託された - ネットワークカンパニー制を廃止
事業本部・事業グループ等からなる新組織を導入
カンパニー制の弊害であるサイロ化を是正する組織改革 - ソニーコミュニケーションネットワークを東証マザーズに上場
- 本社を東京都港区に移転
- 初の営業赤字・純損失を計上
リーマン・ショックによる世界的需要減退と円高の直撃
ソニーの人員削減と工場閉鎖は、単なるリストラではなく事業構造の転換そのものであった。ブラウン管テレビから液晶への移行、携帯電話事業の縮小といった個別の事業判断の集積が、国内製造拠点の段階的な縮小をもたらした。美濃加茂工場の閉鎖では非正規雇用者約1600名が契約終了となり、地域経済への影響も大きかった。量産型エレクトロニクスメーカーから、エンタテインメントと半導体を軸とする企業への変貌を物理的に示す過程であった。 - 過去最大の純損失を計上
テレビ事業の減損、リストラ費用が重なった
6年間で5期の最終赤字という事態は、個別事業の不振ではなくソニーのエレクトロニクス事業モデルそのものの行き詰まりを示していた。テレビ・携帯電話・PC・電池と主力事業が軒並み不振に陥る中、映画・音楽・金融が収益を支えるという構造は、もはやソニーがエレクトロニクス企業ではなくコングロマリットであることを意味していた。ストリンガーから平井への交代は、この現実を踏まえた事業ポートフォリオの再編の起点となった。 - 平井一夫が社長兼CEOに就任
ストリンガーの後任。PlayStation事業出身
エンタテインメント事業出身の社長が就任。不採算事業の整理と成長領域への集中投資を推進 - EMI Music Publishing買収コンソーシアムに参加音楽出版カタログの大幅拡充。世界最大の音楽出版社への布石
- オリンパスと医療事業合弁会社を設立
ソニー・オリンパスメディカルソリューションズ(51%出資)
イメージセンサー技術の医療分野への応用 - VAIO事業を譲渡、テレビ事業を分社化
VAIOブランドPC事業を日本産業パートナーズに譲渡
ソニーのPC・電池事業からの撤退で注目すべきは、工場を閉鎖するのではなく事業ごと売却するという手法を選択した点にある。VAIOは投資ファンドへ、電池事業は村田製作所へ、いずれも製造拠点と雇用をセットで引き継がせた。地方自治体との摩擦を最小化しつつ不採算事業から撤退するこのスキームは、日本の大企業が事業縮小を行う際のモデルケースとなった。撤退完了後の2019年に過去最高益を記録した事実が、判断の妥当性を裏づけている。 - ビデオ及びサウンド事業を分社化
- イメージング&センシング・ソリューション事業を分社化
ソニーセミコンダクタソリューションズとして営業開始
CMOSイメージセンサー事業の独立運営体制を確立。世界シェア首位の半導体事業が成長エンジンに - イメージング・プロダクツ&ソリューション事業を分社化
- 電池事業を村田製作所グループへ譲渡リチウムイオン電池の発明元でありながら事業撤退。選択と集中の一環
- 営業利益が過去最高を更新
ゲーム・半導体・音楽の3事業が牽引
吉田体制初年度に過去最高益を達成。事業構造転換の成果が数字に表れた - 吉田憲一郎が社長兼CEOに就任
平井一夫の後任。CFO出身
財務畑出身のCEOがパーパス経営を掲げ、エンタテインメント・テクノロジー企業への構造転換を加速 - ソニーホームエンタテインメント&サウンドプロダクツとして統合・営業開始
- ソニーエレクトロニクスを設立
エレクトロニクス・プロダクツ&ソリューション事業の中間持株会社
エレクトロニクス事業をグループ会社として分離し、純粋持株会社化への準備を進めた - ソニーフィナンシャルホールディングスを完全子会社化上場していた金融子会社を完全子会社化。グループ経営の一体性を強化
- 純利益1兆円を突破
ゲーム・エレクトロニクス・金融が好調。巣ごもり需要も追い風
日本企業でも数少ない純利益1兆円超えを達成。エンタテインメント・テクノロジー企業への転換が結実 - 社名をソニーグループ株式会社に変更
エレクトロニクス事業はソニー株式会社として営業開始
純粋持株会社体制への移行を完了。エレクトロニクスからエンタテインメント・テクノロジーコングロマリットへの変革を象徴 - 東京証券取引所プライム市場に移行
- Bungie, Inc.を買収ゲーム開発スタジオの獲得によりファーストパーティコンテンツを強化。ライブサービスゲーム戦略の加速を企図
- 本田技研工業とソニー・ホンダモビリティを設立
モビリティ分野における合弁会社(50%出資)
自動車産業への参入。センサー・エンタテインメント技術とホンダの製造力を組み合わせたEV開発 - 十時裕樹が社長に就任
吉田憲一郎は会長兼CEOに就任
歴代三社長による改革路線の継承・総仕上げを担う