沿革年表 1933〜2026年における重要度別の出来事(合計45件)

年月区分社長/CEO出来事年度売上高純利益
重要事項会社設立
豊田自動織機製作所内で自動車研究を開始
豊田喜一郎が織機製作所の一部門として自動車の研究に着手
歴史的意義yutaka sugiura
後の慎重な企業風土とは対照的に、トヨタの創業は取締役会の承認を事後に回す既成事実化で進められた。原資は織機特許の英国企業への売却益であり、喜一郎は約3年にわたり工場の片隅で極秘に研究を続けた。社内の反発を抑えられたのは創業家の株式支配と社長・利三郎の全面的な資金投入による。意思決定の速度が統治構造によって規定される構図は、後のトヨタにも通底する論点を含んでいる。
1933
1-12月
トラックを発売
トヨタ初の量産車両。自動車メーカーとしての事業化の第一歩
1935
1-12月
乗用車を発売
トラック専業から乗用車市場への参入
1936
1-12月
重要事項会社設立
トヨタ自動車工業株式会社を設立
豊田自動織機製作所より分離独立
日本を代表する自動車メーカーの法人としての創業。豊田喜一郎の自動車事業構想が独立企業として実現
1937
1-12月
豊田製鋼(現愛知製鋼)を設立
素材の内製化による垂直統合戦略の始まり
1940
1-12月
豊田工機(現ジェイテクト)を設立
精密工作機械の製造事業を移管
生産設備の内製化。トヨタグループの形成過程
1941
1-12月
組織再編
中央紡績を吸収合併
1943
1-12月
トヨタ車体工業(現トヨタ車体)を設立
自動車車体の製造事業を移管
車体製造の分社化。戦後復興期のグループ再編
1945
1-12月
関東電気自動車製造(現トヨタ自動車東日本)を設立
1946
1-12月
日新通商(現豊田通商)を設立
1948
1-12月
株式上場
東京・名古屋・大阪の各証券取引所に株式を上場
戦後の資本市場整備期における上場。公開企業としての歩みの開始
FY50
1950/3
愛知工業(現アイシン)を設立
自動車部品の内製化。後にトヨタグループ中核のサプライヤーに成長
重要事項
日本電装(現デンソー)を設立
自動車用電装品の製造事業を移管
歴史的意義yutaka sugiura
注目すべきは日本電装の設立条件の厳しさにある。トヨタの商号使用は禁じられ、1.4億円の借金は返済を求められた。この突き放しが逆に自立を促し、ボッシュとの技術提携による独自の技術蓄積につながった。完成車メーカーが手に負えなかった電装事業を切り離した結果、高度専門部品メーカーが立ち上がり完成車と部品の分業体制が形成された。意図せざる分業が競争力の源泉に転じた逆説的構図である。
重要事項組織再編
トヨタ自動車販売を設立
販売業務を移管し製販分離体制へ
歴史的意義yutaka sugiura
危機の本質は、販売代金の回収停滞が製造資金を食い潰す構造にあった。工販分離はこの資金の混在を断ち切る制度設計であり、単なる人員削減とは異なる再建の骨格であった。創業者・喜一郎は人員整理の責任を負い退任し、後任の石田退三が実行を指揮した。住友銀行が融資を拒んだ経験は外部借入に依存しない財務体質への動機を残した。合理化と制度改革が先にあり、朝鮮特需が後から成果を顕在化させた時間差の構図である。
FY51
1951/3
FY54
1954/3
売上高
186億円
税込利益
17億円
FY55
1955/3
売上高
170億円
税込利益
14億円
FY56
1956/3
売上高
316億円
税込利益
30億円
FY57
1957/3
売上高
531億円
税込利益
48億円
米国トヨタ自動車販売を設立
米国市場への本格進出の起点。後のグローバル展開の礎
FY58
1958/3
売上高
512億円
税込利益
46億円
FY59
1959/3
売上高
712億円
税込利益
72億円
重要事項
日本初の乗用車専門工場・元町工場が完成
旧東海飛行機挙母工場跡地に総工費約23億円で建設。月産1万台対応の設計で、着工から11か月で竣工
トラック中心の生産から乗用車量産体制への転換の起点。需要の確証がない段階で供給能力を先に用意する姿勢が、上郷・高岡の専門工場連鎖へ広がった
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FY60
1960/3
売上高
1,027億円
税込利益
96億円
組織再編
豊田中央研究所を設立
グループ横断の基礎研究拠点。長期的な技術競争力の源泉
FY61
1961/3
売上高
1,381億円
税込利益
128億円
FY62
1962/3
売上高
1,468億円
税込利益
148億円
FY63
1963/3
売上高
1,795億円
税込利益
132億円
FY64
1964/3
売上高
2,200億円
税込利益
115億円
FY65
1965/3
売上高
2,475億円
税込利益
122億円
FY66
1966/3
売上高
2,938億円
税込利益
146億円
重要事項
大衆車カローラを投入、専用拠点の高岡工場が稼働
月産10万台体制の第1陣として高岡工場を建設。1工場1車種の集中量産でカローラの原価を切り下げた
乗用車のシェア争いを販売網の競争から設備投資の規模と速度の競争へ転換させ、需要に先行して量産能力を整えたトヨタが大衆車市場で優位を築いた
経営判断をよむ →
FY67
1967/3
売上高
4,013億円
税込利益
201億円
重要事項組織再編
日野自動車工業と業務提携
高岡工場の戦略的意義は、日産との競争の質を変えた点にある。カローラ以前の乗用車シェア争いは販売力の競争であったが、月産2万台規模の専用工場建設によって争点は設備投資の規模と速度に移った。需要が外れれば過剰設備となるリスクを伴う賭けだったが、1工場1車種の集中が徹底的なコストダウンを可能にし、供給力と価格競争力を同時に確保した。
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組織再編
ダイハツ工業と業務提携
軽自動車・小型車分野の補完。後の子会社化(1998年)への布石
FY68
1968/3
売上高
5,297億円
税込利益
271億円
FY69
1969/3
売上高
7,283億円
税込利益
358億円
FY70
1970/3
売上高
8,376億円
当期純利益
388億円
FY71
1971/3
売上高
10,261億円
当期純利益
379億円
FY72
1972/3
売上高
11,261億円
当期純利益
570億円
FY73
1973/3
売上高
13,259億円
当期純利益
658億円
FY74
1974/3
売上高
14,739億円
当期純利益
219億円
FY76
1976/3
売上高
19,957億円
当期純利益
995億円
FY77
1977/3
売上高
22,880億円
当期純利益
1,167億円
FY78
1978/3
売上高
26,174億円
当期純利益
1,162億円
FY79
1979/3
売上高
28,024億円
当期純利益
1,020億円
FY80
1980/3
売上高
33,101億円
当期純利益
1,435億円
FY81
1981/3
売上高
35,064億円
当期純利益
1,327億円
FY82
1982/3
売上高
38,495億円
当期純利益
1,415億円
重要事項組織再編
トヨタ自動車販売と合併しトヨタ自動車株式会社に社名変更
製販統合により現社名に
歴史的意義yutaka sugiura
工販分離は再建期に資金の混在を断ち切る制度として機能したが、グローバル競争の本格化で統合が必要になった。分離が適切な時期と統合が適切な時期を見極め、32年という単位で組織設計を組み替えた判断は、制度の永続性ではなく環境適合性を優先する姿勢を示している。
FY83
1983/3
売上高
53,236億円
当期純利益
2,281億円
トヨタモータークレジットを設立
米国での自動車金融事業への参入。販売金融による販売力強化
重要事項組織再編
GM社との合弁会社NUMMIを設立
米国での現地生産の実験場。トヨタ生産方式の海外移植と米国自動車産業への影響は業界史的に重要
経営判断をよむ →
FY84
1984/3
売上高
59,089億円
当期純利益
2,948億円
FY85
1985/3
売上高
67,702億円
当期純利益
4,058億円
重要事項設備投資
トヨタモーターマニュファクチャリングUSA(現ケンタッキー工場)を設立
北米単独進出で注目すべきは、GM合弁NUMMIを事前検証の場として活用した段階的なリスクテイクにある。NUMMIで製造事業が成立する手応えを得た上で単独進出を決断した。ケンタッキー州では全従業員を自動車未経験者から新規採用し、品質を日本製と同等にすることを絶対条件とした。雇用創出と部品の現地調達は日米摩擦の緩和にも寄与し、北米社会に根を下ろす不可逆的な転換点となった。
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FY86
1986/3
売上高
66,462億円
当期純利益
3,455億円
FY87
1987/3
売上高
66,754億円
当期純利益
2,607億円
FY88
1988/3
売上高
72,157億円
当期純利益
3,109億円
FY89
1989/3
売上高
80,210億円
当期純利益
3,462億円
設備投資
トヨタモーターマニュファクチャリング(UK)を設立
欧州での現地生産拠点の確立
FY90
1990/3
売上高
91,928億円
当期純利益
4,413億円
設備投資
トヨタ自動車九州を設立
国内生産拠点の分散化
FY91
1991/3
売上高
98,551億円
当期純利益
4,134億円
FY92
1992/3
売上高
101,633億円
当期純利益
2,378億円
FY93
1993/3
売上高
102,107億円
当期純利益
1,764億円
FY94
1994/3
売上高
93,627億円
当期純利益
1,258億円
FY95
1995/3
売上高
81,209億円
当期純利益
1,319億円
重要事項社長交代
奥田碩が社長に就任
グローバル経営の加速期を率いた経営者
経営判断をよむ →
FY96
1996/3
売上高
107,187億円
当期純利益
2,569億円
FY97
1997/3
売上高
122,438億円
当期純利益
3,859億円
渡辺捷昭
FY98
1998/3
売上高
116,783億円
当期純利益
4,543億円
企業買収
渡辺捷昭
ダイハツ工業を子会社化
30年の提携関係を経て資本関係を強化。軽自動車市場での競争力確保
FY99
1999/3
売上高
127,490億円
当期純利益
3,561億円
社長交代
渡辺捷昭
張富士夫が社長に就任
中国事業の拡大やトヨタウェイの体系化を推進
FY00
2000/3
売上高
128,795億円
当期純利益
4,067億円
渡辺捷昭
金融統括会社トヨタファイナンシャルサービスを設立
販売金融のグローバル統括体制を整備
FY01
2001/3
売上高
134,244億円
当期純利益
4,712億円
企業買収
渡辺捷昭
日野自動車を子会社化
商用車事業の強化。35年の提携関係を経て資本関係を強化
FY02
2002/3
売上高
151,062億円
当期純利益
6,158億円
渡辺捷昭
FY03
2003/3
売上高
160,542億円
当期純利益
9,446億円
渡辺捷昭
FY04
2004/3
売上高
172,947億円
当期純利益
11,620億円
渡辺捷昭
FY05
2005/3
売上高
185,515億円
当期純利益
11,712億円
社長交代
渡辺捷昭
渡辺捷昭が社長に就任
原価低減の推進者。リーマン・ショック直前の拡大期を率いた
FY06
2006/3
売上高
210,369億円
当期純利益
13,721億円
組織再編
富士重工業(現SUBARU)と業務提携
水平対向エンジン・AWD技術を持つSUBARUとの協業開始
渡辺捷昭
FY07
2007/3
売上高
239,480億円
当期純利益
16,440億円
豊田章男
FY08
2008/3
売上高
262,892億円
当期純利益
17,178億円
重要事項
豊田章男
初の営業赤字・純損失を計上
リーマン・ショックの影響で創業以来初の営業赤字に転落
歴史的意義yutaka sugiura
赤字4369億円への対応で注目すべきは費用項目ごとの軽重判断にある。原価改善3400億円・設備投資36%削減は短期の出血を止める施策であったのに対し、環境・安全分野の研究開発費は継続投資とされた。全項目を一律に削るのではなく、将来の競争力に関わる領域を選別的に温存した点が構造的な特徴である。需要変動時にどの費用をどこまで調整できるかを実地で検証し、危機を費用構造の再設計の契機に転じさせた対応であった。
FY09
2009/3
売上高
205,295億円
当期純損失
-4,369億円
社長交代
豊田章男
豊田章男が社長に就任
創業家出身。渡辺捷昭の後任
リーマン・ショック後の経営危機のさなかに創業家が社長に復帰。14年間にわたり社長を務め、世界販売台数首位を達成
FY10
2010/3
売上高
189,509億円
当期純利益
2,094億円
組織再編
豊田章男
トヨタホームに住宅事業を承継
FY11
2011/3
売上高
189,936億円
当期純利益
4,081億円
豊田章男
FY12
2012/3
売上高
185,836億円
親会社株主に帰属する当期純利益
2,835億円
組織再編
豊田章男
関東自動車工業がセントラル自動車等と合併しトヨタ自動車東日本に社名変更
FY13
2013/3
売上高
220,641億円
親会社株主に帰属する当期純利益
9,621億円
豊田章男
FY14
2014/3
売上高
256,919億円
親会社株主に帰属する当期純利益
18,231億円
豊田章男
FY15
2015/3
売上高
272,345億円
親会社株主に帰属する当期純利益
21,733億円
豊田章男
FY16
2016/3
売上高
284,031億円
親会社株主に帰属する当期純利益
23,126億円
組織再編
豊田章男
スズキと業務提携に向けた覚書を締結
軽自動車・新興国市場での協業。トヨタのアライアンス戦略の一環
FY17
2017/3
売上高
275,971億円
親会社株主に帰属する当期純利益
18,311億円
業務提携
豊田章男
マツダと業務資本提携
EV共同開発や米国工場の共同建設。技術補完型の資本提携
FY18
2018/3
売上高
293,795億円
親会社株主に帰属する当期純利益
24,939億円
豊田章男
FY19
2019/3
売上高
302,256億円
親会社株主に帰属する当期純利益
18,828億円
組織再編
豊田章男
SUBARUと業務資本提携を拡大
既存提携の深化。EV共同開発プラットフォームへの発展
FY20
2020/3
売上高
299,299億円
親会社株主に帰属する当期純利益
20,361億円
パナソニックとの合弁でプライムライフテクノロジーズを設立
住宅事業統合
住宅事業の再編・強化
豊田章男
パナソニックとの合弁でプライムプラネットエナジー&ソリューションズを設立
車載用電池の開発・製造
EV時代を見据えた電池内製化の取り組み。電動化戦略の中核
FY21
2021/3
売上高
272,145億円
親会社株主に帰属する当期純利益
22,452億円
組織再編
いすゞ自動車と資本提携
商用車分野でのCASE対応に向けた連携
佐藤恒治
FY22
2022/3
売上高
313,795億円
親会社株主に帰属する当期純利益
28,501億円
佐藤恒治
FY23
2023/3
売上高
371,542億円
親会社株主に帰属する当期純利益
24,513億円
重要事項社長交代
佐藤恒治
佐藤恒治が社長に就任
豊田章男は会長に。エンジニア出身の佐藤が14年ぶりの非創業家社長に
認証不正の連鎖は、子会社の自律性を尊重するグループ運営が品質監督の面では機能不全を招いた構図である。デンソーの成功を生んだ「分離と自立」の原理が、監督の空白という裏面を露呈した。佐藤体制のもとで進む認証工程の分離・第三者監査は、90年にわたるグループ形成の方法論を再検討する試みであり、電動化投資と並ぶ経営の最重要課題である。
経営判断をよむ →
FY24
2024/3
売上高
450,953億円
親会社株主に帰属する当期純利益
49,449億円
宮崎洋一
FY25
2025/3
売上高
480,367億円
親会社株主に帰属する当期純利益
47,650億円
重要事項社長交代
近健太CFOの社長就任を発表(3年でトップ交代)
佐藤恒治社長がわずか3年で退き、財務畑の近健太が2026年4月に社長就任。米関税で目減りする収益体質の立て直しとグループ再編を託す
経営判断をよむ →
FY26
2026/3
売上高
506,850億円
親会社株主に帰属する当期純利益
38,481億円
  1. 会社設立
    豊田自動織機製作所内で自動車研究を開始

    豊田喜一郎が織機製作所の一部門として自動車の研究に着手

    後の慎重な企業風土とは対照的に、トヨタの創業は取締役会の承認を事後に回す既成事実化で進められた。原資は織機特許の英国企業への売却益であり、喜一郎は約3年にわたり工場の片隅で極秘に研究を続けた。社内の反発を抑えられたのは創業家の株式支配と社長・利三郎の全面的な資金投入による。意思決定の速度が統治構造によって規定される構図は、後のトヨタにも通底する論点を含んでいる。
  2. トラックを発売
    トヨタ初の量産車両。自動車メーカーとしての事業化の第一歩
  3. 乗用車を発売
    トラック専業から乗用車市場への参入
  4. 会社設立
    トヨタ自動車工業株式会社を設立

    豊田自動織機製作所より分離独立

    日本を代表する自動車メーカーの法人としての創業。豊田喜一郎の自動車事業構想が独立企業として実現
  5. 豊田製鋼(現愛知製鋼)を設立
    素材の内製化による垂直統合戦略の始まり
  6. 豊田工機(現ジェイテクト)を設立

    精密工作機械の製造事業を移管

    生産設備の内製化。トヨタグループの形成過程
  7. 組織再編
    中央紡績を吸収合併
  8. トヨタ車体工業(現トヨタ車体)を設立

    自動車車体の製造事業を移管

    車体製造の分社化。戦後復興期のグループ再編
  9. 関東電気自動車製造(現トヨタ自動車東日本)を設立
  10. 日新通商(現豊田通商)を設立
  11. 株式上場
    東京・名古屋・大阪の各証券取引所に株式を上場
    戦後の資本市場整備期における上場。公開企業としての歩みの開始
  12. 愛知工業(現アイシン)を設立
    自動車部品の内製化。後にトヨタグループ中核のサプライヤーに成長
  13. 日本電装(現デンソー)を設立

    自動車用電装品の製造事業を移管

    注目すべきは日本電装の設立条件の厳しさにある。トヨタの商号使用は禁じられ、1.4億円の借金は返済を求められた。この突き放しが逆に自立を促し、ボッシュとの技術提携による独自の技術蓄積につながった。完成車メーカーが手に負えなかった電装事業を切り離した結果、高度専門部品メーカーが立ち上がり完成車と部品の分業体制が形成された。意図せざる分業が競争力の源泉に転じた逆説的構図である。
  14. 組織再編
    トヨタ自動車販売を設立

    販売業務を移管し製販分離体制へ

    危機の本質は、販売代金の回収停滞が製造資金を食い潰す構造にあった。工販分離はこの資金の混在を断ち切る制度設計であり、単なる人員削減とは異なる再建の骨格であった。創業者・喜一郎は人員整理の責任を負い退任し、後任の石田退三が実行を指揮した。住友銀行が融資を拒んだ経験は外部借入に依存しない財務体質への動機を残した。合理化と制度改革が先にあり、朝鮮特需が後から成果を顕在化させた時間差の構図である。
  15. 米国トヨタ自動車販売を設立
    米国市場への本格進出の起点。後のグローバル展開の礎
  16. 組織再編
    豊田中央研究所を設立
    グループ横断の基礎研究拠点。長期的な技術競争力の源泉
  17. 組織再編
    ダイハツ工業と業務提携
    軽自動車・小型車分野の補完。後の子会社化(1998年)への布石
  18. 組織再編
    トヨタ自動車販売と合併しトヨタ自動車株式会社に社名変更

    製販統合により現社名に

    工販分離は再建期に資金の混在を断ち切る制度として機能したが、グローバル競争の本格化で統合が必要になった。分離が適切な時期と統合が適切な時期を見極め、32年という単位で組織設計を組み替えた判断は、制度の永続性ではなく環境適合性を優先する姿勢を示している。
  19. トヨタモータークレジットを設立
    米国での自動車金融事業への参入。販売金融による販売力強化
  20. 設備投資
    トヨタモーターマニュファクチャリング(UK)を設立
    欧州での現地生産拠点の確立
  21. 設備投資
    トヨタ自動車九州を設立
    国内生産拠点の分散化
  22. 企業買収
    ダイハツ工業を子会社化
    30年の提携関係を経て資本関係を強化。軽自動車市場での競争力確保
  23. 社長交代
    張富士夫が社長に就任
    中国事業の拡大やトヨタウェイの体系化を推進
  24. 金融統括会社トヨタファイナンシャルサービスを設立
    販売金融のグローバル統括体制を整備
  25. 企業買収
    日野自動車を子会社化
    商用車事業の強化。35年の提携関係を経て資本関係を強化
  26. 社長交代
    渡辺捷昭が社長に就任
    原価低減の推進者。リーマン・ショック直前の拡大期を率いた
  27. 組織再編
    富士重工業(現SUBARU)と業務提携
    水平対向エンジン・AWD技術を持つSUBARUとの協業開始
  28. 初の営業赤字・純損失を計上

    リーマン・ショックの影響で創業以来初の営業赤字に転落

    赤字4369億円への対応で注目すべきは費用項目ごとの軽重判断にある。原価改善3400億円・設備投資36%削減は短期の出血を止める施策であったのに対し、環境・安全分野の研究開発費は継続投資とされた。全項目を一律に削るのではなく、将来の競争力に関わる領域を選別的に温存した点が構造的な特徴である。需要変動時にどの費用をどこまで調整できるかを実地で検証し、危機を費用構造の再設計の契機に転じさせた対応であった。
  29. 社長交代
    豊田章男が社長に就任

    創業家出身。渡辺捷昭の後任

    リーマン・ショック後の経営危機のさなかに創業家が社長に復帰。14年間にわたり社長を務め、世界販売台数首位を達成
  30. 組織再編
    トヨタホームに住宅事業を承継
  31. 組織再編
    関東自動車工業がセントラル自動車等と合併しトヨタ自動車東日本に社名変更
  32. 組織再編
    スズキと業務提携に向けた覚書を締結
    軽自動車・新興国市場での協業。トヨタのアライアンス戦略の一環
  33. 業務提携
    マツダと業務資本提携
    EV共同開発や米国工場の共同建設。技術補完型の資本提携
  34. 組織再編
    SUBARUと業務資本提携を拡大
    既存提携の深化。EV共同開発プラットフォームへの発展
  35. パナソニックとの合弁でプライムライフテクノロジーズを設立

    住宅事業統合

    住宅事業の再編・強化
  36. パナソニックとの合弁でプライムプラネットエナジー&ソリューションズを設立

    車載用電池の開発・製造

    EV時代を見据えた電池内製化の取り組み。電動化戦略の中核
  37. 組織再編
    いすゞ自動車と資本提携
    商用車分野でのCASE対応に向けた連携