日本ハムの沿革・歴史的証言

/

1942年〜2026

日本ハムの1942年〜2026年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1942
1-12月
会社設立
徳島食肉加工場を創業
大社義規が徳島市寺島本町に総勢7人でハム・ソーセージ製造販売の加工場を設立。叔父の養豚組合での経験を活かした食肉加工への参入
戦時下の食料統制が厳しい中での創業。戦後の食生活洋風化の波に乗る食肉加工事業の起点
1945
1-12月
工場が戦災消失・事業を再スタート
1945年に徳島の工場が戦災で焼失。1948年8月に同市に加工場を再建し事業を再開した
戦禍からの不屈の再建。創業者の「逆境なし」精神の体現
1951
1-12月
組織再編
徳島ハム株式会社に法人化
資本金150万円をもって組織変更。個人事業から株式会社への転換
事業拡大の基盤確立
1956
1-12月
設備投資
大阪工場を建設(業界初の鉄筋コンクリート工場)
業界初の鉄筋コンクリート造りの大阪工場(現大阪北工場)を建設。続いて1960年に広島・旭川工場も建設し全国展開を加速
業界初の近代的設備投資。以後の積極的な設備拡張路線の起点
FY62
1962/3
株式上場
大阪証券取引所第二部に株式上場
資本市場への参加。成長企業としての認知
株式上場
東京証券取引所第二部に株式上場
東西両証取での資金調達体制の確立
FY64
1964/3
合弁設立
鳥清ハムを合併し日本ハムに社名変更
業界4位の鳥清ハムを吸収合併し社名を日本ハムへ変更。旭化成工業社長の提案による合併で海外メーカーの日本進出に対抗。合弁後は業界3位から一躍トップへ。合弁後4〜5年は統合による労使紛争・業績低迷が続いた
国内食肉加工業界の再編を主導した転換点。「ニッポンハム」ブランドの全国展開の起点
FY68
1968/3
株式上場
東京・大阪両証取第一部に指定替え
一部上場による企業信頼度・知名度の向上
FY69
1969/3
組織再編
本社移転・「奥様重役」制度を発足
大阪市中央区南本町に本社移転。消費者の声を商品開発に反映する「奥様重役」制度を新設
消費者マーケティング重視の経営姿勢の確立
FY70
1970/3
設備投資
兵庫工場を新設
関西地区の生産拠点として兵庫工場を新設
製造能力の強化
組織再編
米スイフト社と技術提携を締結
世界最大の食肉企業スイフト社との技術提携契約を締結。「スイフトローフ」「ビーフ&ポーク」など新商品を開発。1962年に提案された資本提携は拒否していた
海外食肉技術の導入と新商品開発力強化。独立を維持しながら技術のみ取り込む姿勢
FY73
1973/3
組織再編
日本ハム球団を買収
拓北ホームフライヤーズを買収し日本ハム・ファイターズを発足。買収時の観客動員数は約50万人、1989年時点では245万人(パリーグ断トツ)に成長し球団経営も黒字化
全国の営業マンへの共通の誇りと話題提供が目的。「ニッポンハム」ブランドの全国浸透に多大に貢献
FY75
1975/3
売上高
1,262億円
当期純利益
18億円
FY76
1976/3
売上高
1,645億円
当期純利益
33億円
FY77
1977/3
売上高
1,800億円
当期純利益
40億円
株式上場
ルクセンブルク証取に大陸預託証券(CDR)を上場
第1回CDRを発行しルクせンブルク証取に上場(2013年1月廃止)
日本の食品企業として早期の欧州資本市場参加
企業買収
米国Day-Lee Foods(デイリーフーズ)を買収
日本の食肉企業として初の本格的海外食肉会社買収。翌年4〜5億円の赤字を出したが原料調達・販売を抜本改革して黒字転換。2025年1月にLJD Holdings等3社持分を取得し事業継続
日本食肉業界初の本格的海外M&A。牛肉輸入自由化(1991年)への長期的備えの第一歩
FY78
1978/3
売上高
1,888億円
当期純利益
46億円
オーストラリアに現地法人を設立
Nippon Meat Packers Australia Pty. Ltd.を設立し豪州食肉事業に本格参入(後にNH Foods Australiaに改称)
豪州食肉産業への直接投資の起点
FY79
1979/3
売上高
2,158億円
当期純利益
52億円
FY80
1980/3
売上高
2,273億円
当期純利益
57億円
日本ハム食品株式会社を設立(加工食品部門本格参入)
三重県桑名郡に設立し加工食品部門に本格進出。チキンナゲット・テリヤキハンバーグ等のヒット商品を生み出した
食肉加工から総合食品企業への多角化
FY81
1981/3
売上高
2,475億円
当期純利益
57億円
FY82
1982/3
売上高
2,773億円
当期純利益
57億円
水産加工部門に進出
マリンフーズの事業を承継し水産加工部門に参入(2022年3月に全株式売却)
FY83
1983/3
売上高
2,841億円
当期純利益
53億円
FY84
1984/3
売上高
3,115億円
当期純利益
53億円
FY85
1985/3
設備投資
静岡日本ハム株式会社を設立
静岡県榛原郡吉田町に設立。ウインナー連続製造装置・ロボット搬送など国内初の全自動ライン
FY86
1986/3
「シャウエッセン」を発売
ドイツ本場製法のウインナーとして発売。決算期の7月から3月への変更(1985年10月)と同時期の発売。超薄切りハム「シンスライス」(1981年)と並ぶ主力商品となる
プレミアム・本格志向のウインナー市場を開拓した長期ロングセラーの誕生
FY87
1987/3
英国ロンドンに現地法人を設立
Nippon Meat Packers U.K. Ltd.を設立(後にNH Foods U.K. Ltd.に改称)
企業買収
豪州のOokey Abattoir社を買収
豪州の食肉処理場を買収。1988年にワイアラ牧場、1990年にTBS社を相次いで買収し豪州食肉事業を本格化
牛肉輸入自由化(1991年)を見据えた豪州食肉垂直統合の構築
FY88
1988/3
株式上場
パリ証券取引所に上場
(2006年4月廃止)
FY91
1991/3
設備投資
中央研究所をつくば市に新築移転
FY92
1992/3
売上高
7,559億円
当期純利益
132億円
FY93
1993/3
売上高
7,561億円
当期純利益
121億円
乳酸菌飲料事業に参入
関西ルナ(後の日本ルナ)の事業を承継(現・京都府八幡市)
FY94
1994/3
売上高
7,359億円
当期純利益
139億円
FY95
1995/3
売上高
7,560億円
当期純利益
105億円
FY96
1996/3
売上高
8,086億円
当期純利益
123億円
FY97
1997/3
売上高
8,325億円
当期純利益
29億円
社長交代
大社啓二が第2代社長に就任
創業者・大社義規が退任し養子の大社啓二が第2代社長に就任。創業者は「実子がなく、社員の中で一番立派な人に継いでもらう」と語っていたが養子への事業継承となった
33年間率いた創業者の引退。事業承継の節目
FY98
1998/3
売上高
8,604億円
当期純利益
82億円
FY99
1999/3
売上高
8,629億円
当期純利益
100億円
FY00
2000/3
売上高
8,790億円
当期純利益
151億円
FY01
2001/3
売上高
9,106億円
親会社株主に帰属する当期純利益
256億円
FY02
2002/3
売上高
9,450億円
親会社株主に帰属する当期純利益
177億円
FY03
2003/3
売上高
9,099億円
親会社株主に帰属する当期純利益
44億円
社長交代
藤井良清が第3代社長に就任
牛肉偽装事件の引責辞任で大社啓二が退任、藤井良清が第3代社長として信頼回復と経営再建を担う
不祥事後の経営刷新
子会社による食肉偽装事件が発覚
子会社・日本フードがBSE対策の牛肉買い取り制度を悪用し輸入牛肉に国産ラベルを貼って申請した偽装が発覚。消費者の不買運動に発展し食肉事業の売上が大幅落ち込み。大社啓二社長・大社義規会長が引責辞任
食品業界全体の信頼失墜を招いた不祥事。創業者引退の契機となりグループ体質改革を迫られた転換点
FY04
2004/3
売上高
9,260億円
親会社株主に帰属する当期純利益
106億円
企業買収
株式会社宝幸を買収
東京都港区の食品会社を買収し水産加工・食品事業を強化
FY05
2005/3
売上高
9,346億円
親会社株主に帰属する当期純利益
118億円
FY06
2006/3
売上高
9,636億円
当期純利益
9億円
FY07
2007/3
売上高
9,754億円
当社株主に帰属する当期純利益
113億円
FY08
2008/3
売上高
10,296億円
当社株主に帰属する当期純利益
15億円
社長交代
小林浩が第4代社長に就任
藤井良清退任後、小林浩が就任。「売上高1兆円企業目指す、海外戦略を積極拡大」を掲げた
信頼回復後の成長路線への回帰
FY09
2009/3
売上高
10,284億円
当社株主に帰属する当期純利益
16億円
FY10
2010/3
売上高
9,536億円
当社株主に帰属する当期純利益
157億円
FY11
2011/3
売上高
9,893億円
親会社株主に帰属する当期純利益
167億円
FY12
2012/3
売上高
10,177億円
親会社株主に帰属する当期純利益
116億円
FY13
2013/3
売上高
10,116億円
親会社株主に帰属する当期純利益
164億円
社長交代
竹添昇が第5代社長に就任
小林浩退任後、竹添昇が就任。食肉偽装後の改革を旗振り役として推進した人物
改革継続の人事
組織再編
本社を大阪市北区梅田に移転
FY14
2014/3
売上高
11,107億円
親会社株主に帰属する当期純利益
245億円
FY15
2015/3
売上高
11,999億円
親会社株主に帰属する当期純利益
310億円
英文社名をNH Foods Ltd.に変更
旧社名「NIPPON MEAT PACKERS, INC.」から変更。同年にコーポレートブランドロゴも変更
グローバル展開を反映したブランド刷新
FY16
2016/3
売上高
12,293億円
親会社株主に帰属する当期純利益
217億円
社長交代
末澤壽一が第6代社長に就任
竹添昇退任後、末澤壽一が就任。「世界の製販体制を整備」を掲げた
社長交代
FY17
2017/3
売上高
12,022億円
当社株主に帰属する当期純利益
350億円
FY18
2018/3
売上高
12,692億円
親会社株主に帰属する当期純利益
375億円
事業売却
ウルグアイBPUの株式を取得
ウルグアイのBreeders & Packers Uruguay S.A.の株式を取得し南米食肉事業に参入(2023年8月に全株式売却)
南米食肉市場への参入。後に低収益事業として整理
FY19
2019/3
売上高
12,341億円
親会社株主に帰属する当期純利益
195億円
社長交代
畑佳秀が第7代社長に就任
末澤壽一退任後、畑佳秀が就任。「持続的な変革」「飽くなき挑戦」をモットーとし製造と販売の連携強化を推進
社長交代
FY20
2020/3
売上高
12,298億円
親会社株主に帰属する当期純利益
192億円
FY21
2021/3
売上高
11,063億円
親会社株主に帰属する当期純利益
326億円
FY22
2022/3
売上高
11,518億円
親会社株主に帰属する当期純利益
480億円
FY23
2023/3
売上高
12,597億円
親会社株主に帰属する当期純利益
166億円
株式上場
東証プライム市場へ移行
東京証券取引所の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行
社長交代
井川伸久が第8代社長に就任
畑佳秀退任後、井川伸久が就任。「挑戦する企業風土への改革」を掲げ構造改革・成長戦略・風土改革の三位一体戦略を推進
大規模構造改革着手の転機
FY24
2024/3
売上高
13,034億円
親会社株主に帰属する当期純利益
280億円
経営計画
中期経営計画2023の見直し・マーケティング統括部新設
FY22下期の大幅業績悪化(3度の下方修正)を受け、FY23の事業利益目標を400億円に設定し直し次期中計に向けた構造改革の具体策検討を宣言。製造と営業の全体最適を図るマーケティング統括部を新設
低収益体質からの脱却に向けた経営方針の転換点
事業売却
BPU(ウルグアイ)の全株式を売却
Breeders & Packers Uruguay S.A.の全株式を売却。想定売却損55億円・税金費用相殺後の実損約10億円。海外低収益事業整理の第一弾
不採算海外事業の整理によるポートフォリオ最適化の実行
FY25
2025/3
売上高
13,705億円
親会社株主に帰属する当期純利益
265億円
経営計画
中期経営計画2026を発表
FY25〜FY27の3か年中計を発表。最終年度(FY27/3)の事業利益610億円・ROE7〜8%を目標とし、加工製造ライン20%削減・シャウエッセン900億円・北米加工品拡大を柱とする
構造改革と成長戦略を両輪とする本格的な収益体質改善計画の策定
企業買収
北米加工品製造販売会社3社を買収
LJD Holdings, Inc.を含む北米3社の持分を取得し北米加工品事業を本格化。1977年に買収したDay-Lee Foods(現LJD Holdings)グループの再強化
北米加工品事業の生産基盤確立。海外加工事業拡大戦略の具体化
社長交代
前田文男が第9代社長に就任
井川伸久退任後、前田文男が就任。2026年2月に新社長就任メッセージで「ROE10%台も意識」と高い目標を掲げ、医療・化粧品分野への新規事業拡大を示した
中計2026を達成した後の次フェーズへの移行。収益構造の多角化を志向する新体制の発足
FY25(2026/3期)通期事業利益590億円に上方修正
豪州牛肉事業の生産拡大・国産豚肉の販売施策・高水準鶏肉市況が寄与。加工のITコスト一時増加を吸収し期初計画540億円から50億円の上方修正。ROE今期6.6%見通し
中計2026最終年度(FY27)610億円への達成蓋然性が高まった
2026
1-12月
FY25(2026/3期)通期事業利益640億円見通し(3Q時点)
豪州牛肉の中国向け駆け込み輸出拡大・食肉事業の内部改善が想定以上に貢献。3Q時点で期初計画540億円から640億円への大幅上振れ。次期中計に向け「640億円をベースに一定の利益増を見込む」と表明
中計2026の目標を大幅に超過達成。新社長体制のもとで次期中計2029への布石となる収益水準に到達
  1. 会社設立
    徳島食肉加工場を創業

    大社義規が徳島市寺島本町に総勢7人でハム・ソーセージ製造販売の加工場を設立。叔父の養豚組合での経験を活かした食肉加工への参入

    戦時下の食料統制が厳しい中での創業。戦後の食生活洋風化の波に乗る食肉加工事業の起点
  2. 工場が戦災消失・事業を再スタート

    1945年に徳島の工場が戦災で焼失。1948年8月に同市に加工場を再建し事業を再開した

    戦禍からの不屈の再建。創業者の「逆境なし」精神の体現
  3. 組織再編
    徳島ハム株式会社に法人化

    資本金150万円をもって組織変更。個人事業から株式会社への転換

    事業拡大の基盤確立
  4. 設備投資
    大阪工場を建設(業界初の鉄筋コンクリート工場)

    業界初の鉄筋コンクリート造りの大阪工場(現大阪北工場)を建設。続いて1960年に広島・旭川工場も建設し全国展開を加速

    業界初の近代的設備投資。以後の積極的な設備拡張路線の起点
  5. 株式上場
    大阪証券取引所第二部に株式上場
    資本市場への参加。成長企業としての認知
  6. 株式上場
    東京証券取引所第二部に株式上場
    東西両証取での資金調達体制の確立
  7. 合弁設立
    鳥清ハムを合併し日本ハムに社名変更

    業界4位の鳥清ハムを吸収合併し社名を日本ハムへ変更。旭化成工業社長の提案による合併で海外メーカーの日本進出に対抗。合弁後は業界3位から一躍トップへ。合弁後4〜5年は統合による労使紛争・業績低迷が続いた

    国内食肉加工業界の再編を主導した転換点。「ニッポンハム」ブランドの全国展開の起点
  8. 株式上場
    東京・大阪両証取第一部に指定替え
    一部上場による企業信頼度・知名度の向上
  9. 組織再編
    本社移転・「奥様重役」制度を発足

    大阪市中央区南本町に本社移転。消費者の声を商品開発に反映する「奥様重役」制度を新設

    消費者マーケティング重視の経営姿勢の確立
  10. 設備投資
    兵庫工場を新設

    関西地区の生産拠点として兵庫工場を新設

    製造能力の強化
  11. 組織再編
    米スイフト社と技術提携を締結

    世界最大の食肉企業スイフト社との技術提携契約を締結。「スイフトローフ」「ビーフ&ポーク」など新商品を開発。1962年に提案された資本提携は拒否していた

    海外食肉技術の導入と新商品開発力強化。独立を維持しながら技術のみ取り込む姿勢
  12. 組織再編
    日本ハム球団を買収

    拓北ホームフライヤーズを買収し日本ハム・ファイターズを発足。買収時の観客動員数は約50万人、1989年時点では245万人(パリーグ断トツ)に成長し球団経営も黒字化

    全国の営業マンへの共通の誇りと話題提供が目的。「ニッポンハム」ブランドの全国浸透に多大に貢献
  13. 株式上場
    ルクセンブルク証取に大陸預託証券(CDR)を上場

    第1回CDRを発行しルクせンブルク証取に上場(2013年1月廃止)

    日本の食品企業として早期の欧州資本市場参加
  14. 企業買収
    米国Day-Lee Foods(デイリーフーズ)を買収

    日本の食肉企業として初の本格的海外食肉会社買収。翌年4〜5億円の赤字を出したが原料調達・販売を抜本改革して黒字転換。2025年1月にLJD Holdings等3社持分を取得し事業継続

    日本食肉業界初の本格的海外M&A。牛肉輸入自由化(1991年)への長期的備えの第一歩
  15. オーストラリアに現地法人を設立

    Nippon Meat Packers Australia Pty. Ltd.を設立し豪州食肉事業に本格参入(後にNH Foods Australiaに改称)

    豪州食肉産業への直接投資の起点
  16. 日本ハム食品株式会社を設立(加工食品部門本格参入)

    三重県桑名郡に設立し加工食品部門に本格進出。チキンナゲット・テリヤキハンバーグ等のヒット商品を生み出した

    食肉加工から総合食品企業への多角化
  17. 水産加工部門に進出

    マリンフーズの事業を承継し水産加工部門に参入(2022年3月に全株式売却)

  18. 設備投資
    静岡日本ハム株式会社を設立

    静岡県榛原郡吉田町に設立。ウインナー連続製造装置・ロボット搬送など国内初の全自動ライン

  19. 「シャウエッセン」を発売

    ドイツ本場製法のウインナーとして発売。決算期の7月から3月への変更(1985年10月)と同時期の発売。超薄切りハム「シンスライス」(1981年)と並ぶ主力商品となる

    プレミアム・本格志向のウインナー市場を開拓した長期ロングセラーの誕生
  20. 英国ロンドンに現地法人を設立

    Nippon Meat Packers U.K. Ltd.を設立(後にNH Foods U.K. Ltd.に改称)

  21. 企業買収
    豪州のOokey Abattoir社を買収

    豪州の食肉処理場を買収。1988年にワイアラ牧場、1990年にTBS社を相次いで買収し豪州食肉事業を本格化

    牛肉輸入自由化(1991年)を見据えた豪州食肉垂直統合の構築
  22. 株式上場
    パリ証券取引所に上場

    (2006年4月廃止)

  23. 設備投資
    中央研究所をつくば市に新築移転
  24. 乳酸菌飲料事業に参入

    関西ルナ(後の日本ルナ)の事業を承継(現・京都府八幡市)

  25. 社長交代
    大社啓二が第2代社長に就任

    創業者・大社義規が退任し養子の大社啓二が第2代社長に就任。創業者は「実子がなく、社員の中で一番立派な人に継いでもらう」と語っていたが養子への事業継承となった

    33年間率いた創業者の引退。事業承継の節目
  26. 社長交代
    藤井良清が第3代社長に就任

    牛肉偽装事件の引責辞任で大社啓二が退任、藤井良清が第3代社長として信頼回復と経営再建を担う

    不祥事後の経営刷新
  27. 子会社による食肉偽装事件が発覚

    子会社・日本フードがBSE対策の牛肉買い取り制度を悪用し輸入牛肉に国産ラベルを貼って申請した偽装が発覚。消費者の不買運動に発展し食肉事業の売上が大幅落ち込み。大社啓二社長・大社義規会長が引責辞任

    食品業界全体の信頼失墜を招いた不祥事。創業者引退の契機となりグループ体質改革を迫られた転換点
  28. 企業買収
    株式会社宝幸を買収

    東京都港区の食品会社を買収し水産加工・食品事業を強化

  29. 社長交代
    小林浩が第4代社長に就任

    藤井良清退任後、小林浩が就任。「売上高1兆円企業目指す、海外戦略を積極拡大」を掲げた

    信頼回復後の成長路線への回帰
  30. 社長交代
    竹添昇が第5代社長に就任

    小林浩退任後、竹添昇が就任。食肉偽装後の改革を旗振り役として推進した人物

    改革継続の人事
  31. 組織再編
    本社を大阪市北区梅田に移転
  32. 英文社名をNH Foods Ltd.に変更

    旧社名「NIPPON MEAT PACKERS, INC.」から変更。同年にコーポレートブランドロゴも変更

    グローバル展開を反映したブランド刷新
  33. 社長交代
    末澤壽一が第6代社長に就任

    竹添昇退任後、末澤壽一が就任。「世界の製販体制を整備」を掲げた

    社長交代
  34. 事業売却
    ウルグアイBPUの株式を取得

    ウルグアイのBreeders & Packers Uruguay S.A.の株式を取得し南米食肉事業に参入(2023年8月に全株式売却)

    南米食肉市場への参入。後に低収益事業として整理
  35. 社長交代
    畑佳秀が第7代社長に就任

    末澤壽一退任後、畑佳秀が就任。「持続的な変革」「飽くなき挑戦」をモットーとし製造と販売の連携強化を推進

    社長交代
  36. 株式上場
    東証プライム市場へ移行

    東京証券取引所の市場区分見直しにより市場第一部からプライム市場へ移行

  37. 社長交代
    井川伸久が第8代社長に就任

    畑佳秀退任後、井川伸久が就任。「挑戦する企業風土への改革」を掲げ構造改革・成長戦略・風土改革の三位一体戦略を推進

    大規模構造改革着手の転機
  38. 経営計画
    中期経営計画2023の見直し・マーケティング統括部新設

    FY22下期の大幅業績悪化(3度の下方修正)を受け、FY23の事業利益目標を400億円に設定し直し次期中計に向けた構造改革の具体策検討を宣言。製造と営業の全体最適を図るマーケティング統括部を新設

    低収益体質からの脱却に向けた経営方針の転換点
  39. 事業売却
    BPU(ウルグアイ)の全株式を売却

    Breeders & Packers Uruguay S.A.の全株式を売却。想定売却損55億円・税金費用相殺後の実損約10億円。海外低収益事業整理の第一弾

    不採算海外事業の整理によるポートフォリオ最適化の実行
  40. 経営計画
    中期経営計画2026を発表

    FY25〜FY27の3か年中計を発表。最終年度(FY27/3)の事業利益610億円・ROE7〜8%を目標とし、加工製造ライン20%削減・シャウエッセン900億円・北米加工品拡大を柱とする

    構造改革と成長戦略を両輪とする本格的な収益体質改善計画の策定
  41. 企業買収
    北米加工品製造販売会社3社を買収

    LJD Holdings, Inc.を含む北米3社の持分を取得し北米加工品事業を本格化。1977年に買収したDay-Lee Foods(現LJD Holdings)グループの再強化

    北米加工品事業の生産基盤確立。海外加工事業拡大戦略の具体化
  42. 社長交代
    前田文男が第9代社長に就任

    井川伸久退任後、前田文男が就任。2026年2月に新社長就任メッセージで「ROE10%台も意識」と高い目標を掲げ、医療・化粧品分野への新規事業拡大を示した

    中計2026を達成した後の次フェーズへの移行。収益構造の多角化を志向する新体制の発足
  43. FY25(2026/3期)通期事業利益590億円に上方修正

    豪州牛肉事業の生産拡大・国産豚肉の販売施策・高水準鶏肉市況が寄与。加工のITコスト一時増加を吸収し期初計画540億円から50億円の上方修正。ROE今期6.6%見通し

    中計2026最終年度(FY27)610億円への達成蓋然性が高まった
  44. FY25(2026/3期)通期事業利益640億円見通し(3Q時点)

    豪州牛肉の中国向け駆け込み輸出拡大・食肉事業の内部改善が想定以上に貢献。3Q時点で期初計画540億円から640億円への大幅上振れ。次期中計に向け「640億円をベースに一定の利益増を見込む」と表明

    中計2026の目標を大幅に超過達成。新社長体制のもとで次期中計2029への布石となる収益水準に到達

歴史的証言

大社義規
戦前はハムといえば「鎌倉ハム」というくらい、斎藤、富岡、岡部のいわゆる鎌倉3社が市場を独占していたのですよ。これは豚のモモ肉を骨のついているまま塩漬けし、くん製にして全国に送りつけていたもので、豚のモモ肉が関東でないと集まらないので、鎌倉でないとできないものでした。一方、関西では戦前はあまり豚肉を食べなかったし、全国的にも水産物の方の需要が多かったのですね。
大社義規
関西ではほとんど農耕用には牛を使っていましたから、いい牛ができたのですよ。松坂牛とか神戸牛、近江牛とか、四国でも牛は非常に使われていましたね。ところが関東以北になると、農耕は全部馬でしたから、いい牛は生産できなかった。半面、東京近辺では神奈川、千葉、茨城、埼玉がイモ作地帯ということで、自然、資料も豊富で養豚業が盛んだったわけです。
大社義規
それに、戦前はモモの肉しかハムにできないので、後の肉の処分に困るといった関係で、関西ではハム工場をやろうとしてもできなかったのです。こういう状態が1935年ごろまで続いたのち、現在市販されているよせハム、プレスハムといった日本独特の製品が出始めたけれども、すぐ1939年ごろから戦争が激しくなり、一般に出回らなくなった。やがて戦後になり、1947〜1948年ごろから豚肉の生産が増えだすと、そのよせハムの生産も非常に伸びてきて、従来のモモだけでつくるハムはほとんど姿を消してしまったわけです。
大社義規
よせハムは、どこの肉でも集めて作るわけで、しかも、豚だけでつくると非常に脂っこくなるので、日本人の嗜好にピタリということ、また価格面で大衆の懐にマッチしている点などから、非常に大衆受けし、食生活の改善とも相まって大量生産するようになったのです。
大社義規
つまり、よせハムの製造が始まったのは関西ということでえしょうね。私どもが最初大阪で始めた時は、すでに30社くらい乱立していたのですが、競争している間に合併、統合されて4社になり、それがまたお互いに激しく、競争しあって今日まで伸びてきたということですね。それに比べ関東では、いわゆる鎌倉ハムの独占で、よせハムの研究で出遅れたということでしょう。
大社義規
食肉加工業は小さな狭い部分しかやっていないので、これでは将来必ず生産と販売面で行き詰まっていくと思うんです。ですから生産の方も手を伸ばし、消費の方も直結まで手を伸ばして強力なやつをつくりたいということで、市場占拠を広くし、消費者と直結するためのセールスマンなんかの必要性のため、徳島ハムと鳥清ハムが合併したわけで、今後はスーパーとか小売店を利用している人たちが欲している食品は、ハムに限らず未開発部分が多い新しい産業ですから、そういう部分への進出していこう、こういう風な考えです。
大社義規
(注:工場の合理化は)やります。茨城工場(下館市)は主力工場になるわけですが、旧鳥清さんはほかに3箇所くらいの候補地をもっとられ、すでに買収したところもありますが、そこで2社が競争するより茨城工場1本に絞ってやるということになれば非常にコストが安くなるし、競争力もつきますから、それももちろんねらったわけです。
年伊藤傳三(伊藤ハム・創業者)
「(注:伊藤ハム栄養食品という社名には)私の心持ちとしては、日本人にただおいしいだけでなく、栄養のあるものを食べていただく悲願めいたものを盛り込んだつもりです。」「いろんなもの、カン詰から新規保存食品、ペーストおよび栄養価の高いスープ、ソース類などなんでもやりたい夢を持っています」
米通商特別代表部(次席大使)
「牛肉やオレンジなどわが国の農産物の輸入制限をできるだけ早い時期に全面的に撤廃するよう」
大社義規
「こうなったら、おれが頑張って金を儲け、家を再興してやる」
大社義規(社長)
「命運を賭けたというと、少々大げさかもしれないが、この大阪進出の成功は大きな自信になった」
大社義規
「志望とか選択とかとは関係のない全くの偶然によるもの」
大社義規
「熱心にやったら何でもできる」
中條(百十四銀行 取締役営業部長)
「伸びる産業だから、大いにやりなさいよ」
大社義規
「田舎から高校生が出てくるやろ、それが夏は暑い車に乗って営業をやるんや。よその営業マンにない楽しみを与えたい」
大社義規
「良い牧場があれば考える。ただ牛の質はオーストラリアの方がよさそうだ。特にNISE(新興工業経済群)で牛肉消費が増えだしており、地理的にもオーストラリアは牛肉生産地として将来性がある」
大社義規
「当社でも1990年3月期までの3年間に、牛肉の生産拠点を確保するため豪州を中心に1000億円を投資してきた。生肉の営業拠点については100億円を投じて、1991年度から3カ年計画で現在の85から100に増やす」
大社義規
「調理済み食品の需要はさらに膨らむはずで、輸入牛肉の入り込む余地は大きい」
大社義規(会長)
「子会社の不正は把握していなかった」
大社義規
「まず米国での橋頭堡を築いたが、食品加工を主業務にすれば、その他の国でもいろんなことが可能である。本格的な展開をしていくには、人材の養成が不可欠で、海外研修制度などを設けて、養成に力を入れている最中だ」
大社義規
牛肉の場合で言いますと、加工肉の原料は60%が海外から輸入しています。しかし、生肉は鮮度が大切なので、これは国産が多いですね。
大社義規
農林省はできるだけ国内の自給度を高めようと、われわれメーカーにもハッパをかけていますが、なかなかうまく行きません。なにしろ、土地と草が日本にはありませんからね。子牛の飼育は高くつきます。それでも自給度を高くしようとすれば、今度は消費者価格にハネ返ってきます。(中略)ところが、政府の姿勢は消費者保護より農村保護が先行している。代議士先生が消費者出身より農村出身がはるかに多いですから、かないませんよ(笑い)。われわれメーカーとしては、もっと、加工肉原料用に海外から入れたいのですが
大社義規
日本人の食肉摂取量はまだまだ増えるんじゃないでしょうか。それから加工品にしても、従来はハム、ソーセージやコーンビーフなどのかん詰めが主体だったんですね。しかし、最近は冷蔵庫が普及してきましたから、ハム、ソーセージとして保存しなくても、他の形態で、つまり冷凍食品などして保存できるようになってます。このように肉の加工の仕方が多様化すれば、それに従って、消費もまだまだ伸びると思います
大社義規
「後退したことがない」
大社義規
「会社が大きくなるのが楽しい」
大社義規
「もし野球をやらんだら、このテンポでは成長していかなかった」

参考文献・出所

有価証券報告書
日経ビジネス 1989/4/10
決算説明会 FY25 3Q
日本会社史総覧 1995/11/1
日経新聞連載 私の履歴書・大社義規 1977/07
日経ビジネス 1987/6/15
読売新聞 1952/06/06
野田経済 1963/11
日経新聞 1976/08/01
日経新聞 1977/07/06
日経新聞 1977/12/02
日経産業新聞 1988/08/11
日経産業新聞 1991/04/04
日経産業新聞 1995/04/02
政財界 2004/6
日本食糧新聞 2008/5
決算説明会 FY22 3Q
決算説明会 FY23
日経ビジネスSpecial 2024/3
決算説明会 FY23(中計2026)
決算説明会 FY24
決算説明会 FY25