沿革・歴史的証言 — 1967〜2025年の年表 経営判断・組織変化と当事者の証言
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1967 1-12月 | 会社設立 | 有限会社スタミナ食品を設立し内臓肉の販売を開始 森島征夫が兵庫県尼崎市で創業。当時食肉流通の隙間だった内臓肉に着目 | 内臓肉専門業者としての出発点。後の「こてっちゃん」ヒットへの礎 | |||
1970 1-12月 | 組織再編 | スタミナ食品株式会社に組織変更 有限会社から株式会社化し資本基盤を強化 | 000千円 | |||
設備投資 | 兵庫県尼崎市武庫川町に工場を新設し本社も移転 | |||||
1972 1-12月 | 新規事業 | 米国から内臓肉(牛上みの)の開発輸入に成功 国内では未利用だった部位を米国から調達する輸入加工モデルを確立 | 輸入内臓肉ビジネスの起点。後のFREMONT BEEF買収につながる垂直統合の原点 | |||
1978 1-12月 | 組織再編 | スタミナフードサプライ株式会社(現味兆)を設立 グループ内分業体制の構築 | ||||
1982 1-12月 | 新規事業 | 牛内臓肉製品「こてっちゃん」を発売 内臓肉の家庭用加工食品化に成功した看板商品 | 内臓肉のB2C化を実現。エスフーズを象徴するブランド商品の誕生 | |||
1984 1-12月 | 設備投資 | 兵庫県西宮市鳴尾浜に本社社屋及び工場を建設し移転 生産能力と本社機能を集約 | 西宮を本拠地化、現在まで続く基盤拠点 | |||
1985 1-12月 | 設備投資 | 西宮に生肉加工工場(西宮第二工場)を建設 | ||||
1987 1-12月 | 設備投資 | 千葉県船橋市に東京本社・船橋工場を新設 2009年に譲渡 | ||||
FY89 1989/2 | 売上高 345億円 | 経常利益 26億円 | ||||
FY90 1990/2 | 売上高 413億円 | 経常利益 18億円 | 合弁設立海外進出 | 米ネブラスカ州に丸紅等との合弁でFREMONT BEEF COMPANYを設立 米国内陸部での牛肉加工拠点を確保。輸入肉のサプライチェーン整備の起点 | 北米調達網の中核。後の完全子会社化で米国食肉加工メーカーへ転身 | |
株式上場 | 日本証券業協会の店頭登録銘柄として株式を公開 資本市場へのアクセスを確保 | 株式市場経由の調達手段を獲得。M&A戦略加速の前提に | ||||
FY91 1991/2 | 売上高 419億円 | 経常利益 16億円 | ||||
FY92 1992/2 | 売上高 472億円 | 経常利益 26億円 | ||||
FY93 1993/2 | 売上高 515億円 | 経常利益 33億円 | 新規事業 | 牛内臓肉製品「牛・もつ鍋」を発売 | ||
FY94 1994/2 | 売上高 493億円 | 経常利益 18億円 | 設備投資 | 千葉県船橋市浜町に船橋第二工場を新設 | ||
FY95 1995/2 | 売上高 478億円 | 経常利益 19億円 | 株式上場 | 大阪証券取引所市場第二部に上場 店頭登録から取引所上場へ | 公募市場での流動性確保 | |
FY96 1996/2 | 売上高 531億円 | 経常利益 26億円 | ||||
FY97 1997/2 | 売上高 425億円 | 経常利益 3.9億円 | ||||
FY98 1998/2 | 売上高 443億円 | 経常利益 16億円 | ||||
FY99 1999/2 | 売上高 459億円 | 経常利益 17億円 | ||||
FY00 2000/2 | 売上高 540億円 | 経常利益 28億円 | 株式上場 | 東京証券取引所市場第二部に上場 大阪・東京の両証取に上場 | 首都圏資本市場へのアクセス強化 | |
FY01 2001/2 | 売上高 546億円 | 経常利益 22億円 | 株式上場 | 東京・大阪両証取の市場第一部に指定 上場後わずか1年で第一部入り | 大手食肉加工メーカーとしての資本市場での地位確立 | |
社名をエスフーズ株式会社に変更 「スタミナ食品」から脱却し総合食肉企業への転換を象徴 | ||||||
FY02 2002/2 | 売上高 432億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -22億円 | ||||
FY03 2003/2 | 売上高 418億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 7億円 | ||||
FY04 2004/2 | 売上高 502億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3億円 | ||||
FY05 2005/2 | 売上高 563億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 10億円 | 企業買収 | 株式交換により株式会社ムラチクを完全子会社化 M&Mフード・オーエムツーネットワーク等の関連会社も傘下に取り込む大型再編 | 複数子会社を一括取得した最大級のM&A。流通網拡大の決定打 | |
FY06 2006/2 | 売上高 927億円 | 当期純利益 10億円 | 組織再編 | 株式会社ムラチクを吸収合併 2004年の株式交換で取得した子会社を吸収 | 垂直統合体制の確立 | |
企業買収 | FREMONT BEEF COMPANYの株式を丸紅等から譲受け完全子会社化 合弁から100%子会社へ。米国食肉加工事業の完全掌握 | 米国子会社化により北米調達網を内製化。価格コントロール力を獲得 | ||||
企業買収 | 株式会社オーエムツーネットワークの株式を追加取得し連結子会社化 | |||||
FY07 2007/2 | 売上高 1,142億円 | 当期純利益 16億円 | ||||
FY08 2008/2 | 売上高 1,137億円 | 当期純利益 19億円 | 企業買収 | 株式会社オーエムツーネットワークが株式会社焼肉の牛太の全株式を取得 外食事業への参入 | ||
企業買収 | 藤栄商事株式会社(現エス企画)の全株式を取得 | |||||
FY09 2009/2 | 売上高 1,175億円 | 当期純利益 22億円 | 企業買収 | 株式会社ヒョウチクの全株式を取得 | ||
FY10 2010/2 | 売上高 1,191億円 | 当期純利益 28億円 | 企業買収 | 九州相模ハム株式会社(現大阿蘇ハム)の全株式を取得 | ||
FY11 2011/2 | 売上高 1,302億円 | 当期純利益 24億円 | 企業買収 | 株式会社北海道中央牧場の全株式を取得 北海道での畜産生産拠点を確保 | 川上統合の進展 | |
FY12 2012/2 | 売上高 1,342億円 | 経常利益 52億円 | 企業買収 | 株式会社日高食肉センターを子会社化 北海道中央牧場と共同出資 | ||
海外進出 | 神戸ビーフの輸出を開始 日本食肉ブランドの海外輸出に参入 | 輸入主体だった海外ビジネスに輸出側のチャネルを追加 | ||||
FY13 2013/2 | 売上高 1,481億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 25億円 | ||||
FY14 2014/2 | 売上高 1,693億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 33億円 | 企業買収 | グリコハム株式会社(現フードリエ)の全株式を取得 加工食品事業を強化 | ハム・加工食品分野への本格参入 | |
FY15 2015/2 | 売上高 2,141億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 43億円 | ||||
FY16 2016/2 | 売上高 2,426億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 51億円 | 企業買収 | SFA INC.がAURORA PACKING COMPANYの全株式を取得 米国食肉パッカー(一次加工業者)を獲得 | 北米における川上統合の深化。米国食肉加工メーカーとしての地位確立 | |
FY17 2017/2 | 売上高 2,812億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 65億円 | ||||
FY18 2018/2 | 売上高 3,164億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 78億円 | ||||
FY19 2019/2 | 売上高 3,388億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 72億円 | ||||
FY20 2020/2 | 売上高 3,520億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 65億円 | 設備投資 | 千葉県船橋市高瀬町に東京支店を建設し移設 | ||
FY21 2021/2 | 売上高 3,275億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 100億円 | ||||
FY22 2022/2 | 売上高 3,588億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 119億円 | ||||
FY23 2023/2 | 売上高 3,992億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 106億円 | 東京証券取引所プライム市場に移行 市場区分の見直しに伴う移行 | |||
FY24 2024/2 | 売上高 4,250億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 91億円 | ||||
FY25 2025/2 | 売上高 4,445億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 27億円 |
- 有限会社スタミナ食品を設立し内臓肉の販売を開始
森島征夫が兵庫県尼崎市で創業。当時食肉流通の隙間だった内臓肉に着目
内臓肉専門業者としての出発点。後の「こてっちゃん」ヒットへの礎 - スタミナ食品株式会社に組織変更
有限会社から株式会社化し資本基盤を強化
000千円 - 兵庫県尼崎市武庫川町に工場を新設し本社も移転
- 米国から内臓肉(牛上みの)の開発輸入に成功
国内では未利用だった部位を米国から調達する輸入加工モデルを確立
輸入内臓肉ビジネスの起点。後のFREMONT BEEF買収につながる垂直統合の原点 - スタミナフードサプライ株式会社(現味兆)を設立
グループ内分業体制の構築
- 牛内臓肉製品「こてっちゃん」を発売
内臓肉の家庭用加工食品化に成功した看板商品
内臓肉のB2C化を実現。エスフーズを象徴するブランド商品の誕生 - 兵庫県西宮市鳴尾浜に本社社屋及び工場を建設し移転
生産能力と本社機能を集約
西宮を本拠地化、現在まで続く基盤拠点 - 西宮に生肉加工工場(西宮第二工場)を建設
- 千葉県船橋市に東京本社・船橋工場を新設
2009年に譲渡
- 米ネブラスカ州に丸紅等との合弁でFREMONT BEEF COMPANYを設立
米国内陸部での牛肉加工拠点を確保。輸入肉のサプライチェーン整備の起点
北米調達網の中核。後の完全子会社化で米国食肉加工メーカーへ転身 - 日本証券業協会の店頭登録銘柄として株式を公開
資本市場へのアクセスを確保
株式市場経由の調達手段を獲得。M&A戦略加速の前提に - 牛内臓肉製品「牛・もつ鍋」を発売
- 千葉県船橋市浜町に船橋第二工場を新設
- 大阪証券取引所市場第二部に上場
店頭登録から取引所上場へ
公募市場での流動性確保 - 東京証券取引所市場第二部に上場
大阪・東京の両証取に上場
首都圏資本市場へのアクセス強化 - 東京・大阪両証取の市場第一部に指定
上場後わずか1年で第一部入り
大手食肉加工メーカーとしての資本市場での地位確立 - 社名をエスフーズ株式会社に変更
「スタミナ食品」から脱却し総合食肉企業への転換を象徴
- 株式交換により株式会社ムラチクを完全子会社化
M&Mフード・オーエムツーネットワーク等の関連会社も傘下に取り込む大型再編
複数子会社を一括取得した最大級のM&A。流通網拡大の決定打 - 株式会社ムラチクを吸収合併
2004年の株式交換で取得した子会社を吸収
垂直統合体制の確立 - FREMONT BEEF COMPANYの株式を丸紅等から譲受け完全子会社化
合弁から100%子会社へ。米国食肉加工事業の完全掌握
米国子会社化により北米調達網を内製化。価格コントロール力を獲得 - 株式会社オーエムツーネットワークの株式を追加取得し連結子会社化
- 株式会社オーエムツーネットワークが株式会社焼肉の牛太の全株式を取得
外食事業への参入
- 藤栄商事株式会社(現エス企画)の全株式を取得
- 株式会社ヒョウチクの全株式を取得
- 九州相模ハム株式会社(現大阿蘇ハム)の全株式を取得
- 株式会社北海道中央牧場の全株式を取得
北海道での畜産生産拠点を確保
川上統合の進展 - 株式会社日高食肉センターを子会社化
北海道中央牧場と共同出資
- 神戸ビーフの輸出を開始
日本食肉ブランドの海外輸出に参入
輸入主体だった海外ビジネスに輸出側のチャネルを追加 - グリコハム株式会社(現フードリエ)の全株式を取得
加工食品事業を強化
ハム・加工食品分野への本格参入 - SFA INC.がAURORA PACKING COMPANYの全株式を取得
米国食肉パッカー(一次加工業者)を獲得
北米における川上統合の深化。米国食肉加工メーカーとしての地位確立 - 千葉県船橋市高瀬町に東京支店を建設し移設
- 東京証券取引所プライム市場に移行
市場区分の見直しに伴う移行
歴史的証言
森島征夫(スタミナ食品・創業者)
「(昭和)57年、内臓肉をさらに幅広く安心して食べられる衛生的で信頼された商品を開発するため、研究していたところ、「こてっちゃん」の名前で発売した商品が爆発的な人気を博して、当社商品の中心的な存在となった。これが当社にメーカーとして事業経営をしていく自信を与えることになり、一大変革をもたらしていくのである。 関西地方で愛用されている牛の大腸を韓国語で「てっちゃん」というが、当社の商品は小腸であるので「こ」を頭につけて「こてっちゃん」とした。内臓・モツ・ホルモン等のイメージから脱皮したいという願望を込めて命名したのである。 現在では「甲子園の味」というブランドで販売しており、当社製品はモツ、ホルモンといいうイメージでは、販売していない。」
森島征夫(スタミナ食品・創業者)
「私は、昭和33年に出身地の静岡県磐田市から大阪に出てホテルに就職をしましたが、英語を覚えたり、仕事を覚えることに必死の時代でした。このころの給料は食べるだけで精いっぱいで世の中もハングリーな時代でした。当時の大阪駅前はまだ再開発されておらず、闇市のような場所でしたが、ホルモン屋さんが一軒有りました。そこで食べたツラミが強烈な印象でした。柔らかくておいしいツラミをたっぷり食べて飲んで給料の一日分くらいでした。これがおいしくて月に一回は行きました。 昭和41年に独立して、自分の商売として沖縄に豚の足・耳・尾を輸出し始めたころ、那覇市桜坂で煮豚料理を商売の研究を兼ねて食べました。豚足は沖縄では足テビチと呼ばれている料理ですが、その店では鮮度がいい足を柔らかくおいしく煮込んで出してくれました。」