1967年〜 内臓肉販売から「こてっちゃん」開発までの18年
- 1967年有限会社スタミナ食品を設立し内臓肉の販売を開始
- 1970年スタミナ食品株式会社に組織変更
- 1970年兵庫県尼崎市武庫川町に工場を新設し本社も移転
- 1972年米国から内臓肉(牛上みの)の開発輸入に成功
- 1978年スタミナフードサプライ株式会社(現味兆)を設立
- 1982年牛内臓肉製品「こてっちゃん」を発売
- 1984年兵庫県西宮市鳴尾浜に本社社屋及び工場を建設し移転
S Foodsの業績推移:単体
出所:有価証券報告書等
廃棄部位だった牛小腸を商材に据えた創業
1967年5月、森島征夫氏は兵庫県尼崎市大西老松町に有限会社スタミナ食品を設立し、牛・豚の内臓肉販売を開始した。森島氏は1939年静岡県磐田市生まれ、新大阪ホテル・ヤマトシャツ貿易部・スエヒロ食品を経て1966年に独立、1967年5月の法人設立がエスフーズの起点となる。当時の日本の食肉流通では、ロース・バラなどの正肉が主役で、ハツ・レバー・小腸といった内臓部位は地方の焼肉店や個人事業者に細々と流通する周辺商材だった。森島氏は内臓肉に商機を見出し、調達と販売の専業に踏み込んだ。創業地の尼崎は阪神工業地帯の労働者向けに焼肉文化が定着していた地域で、内臓肉の地場需要は厚かった。 [1][2][3][4]
- エスフーズ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1967年5月に森島征夫が兵庫県尼崎市大西老松町で有限会社スタミナ食品を設立し内臓肉販売を開始した
- [2]創業地は兵庫県尼崎市大西老松町である
- 日本食糧新聞(2001年6月)
- [3]森島征夫は静岡県磐田市の出身である
- [4]森島征夫は1966年(昭和41年)に独立した
1970年1月、スタミナ食品株式会社(資本金300万円)に組織変更し、同年11月には兵庫県尼崎市武庫川町に工場を新設して本社も移転した。創業から3年で個人経営の延長線上にあった事業を法人格と自社工場を持つ食肉加工業へ作り替えた。製造機能の内製化は、外注では確保できない冷蔵・カット・包装工程の品質管理を自社の判断で行えるという意味があり、内臓肉という鮮度劣化の早い商材を扱う事業者にとって決定的だった。 [5][6][7]
- エスフーズ 有価証券報告書【沿革】
- [5]1970年1月にスタミナ食品株式会社へ組織変更した
- [6]組織変更時の資本金は300万円だった
- [7]1970年11月に兵庫県尼崎市武庫川町に工場を新設し本社も移転した
1972年1月、米国から内臓肉(牛上みの=牛の第2胃)の開発輸入に成功した。米国の食肉産業では牛の内臓部位は食用習慣が乏しく、副産物として安価に流通していた。森島氏は米国産小腸・上みのなど内臓部位を日本に輸入する経路を作り上げ、国内産だけでは賄えない調達規模を確保した。1980年代以降の米国産牛肉輸入卸売事業の基盤も、この内臓肉輸入の経路から作られた。1978年3月にはスタミナフードサプライ株式会社(現・連結子会社 株式会社味兆)を設立し、調味済み内臓肉の卸売機能を分社化した。創業から10年で、内臓肉専業の食肉加工卸として地場で定着した。 [8][9]
- エスフーズ 有価証券報告書【沿革】
- [8]1972年1月に米国から内臓肉(牛上みの)の開発輸入に成功した
- [9]1978年3月にスタミナフードサプライ株式会社(現・味兆)を設立した
- エスフーズ 有価証券報告書【沿革】
- [1]1967年5月に森島征夫が兵庫県尼崎市大西老松町で有限会社スタミナ食品を設立し内臓肉販売を開始した
- [2]創業地は兵庫県尼崎市大西老松町である
- [5]1970年1月にスタミナ食品株式会社へ組織変更した
- [6]組織変更時の資本金は300万円だった
- [7]1970年11月に兵庫県尼崎市武庫川町に工場を新設し本社も移転した
- [8]1972年1月に米国から内臓肉(牛上みの)の開発輸入に成功した
- [9]1978年3月にスタミナフードサプライ株式会社(現・味兆)を設立した
- 日本食糧新聞(2001年6月)
- [3]森島征夫は静岡県磐田市の出身である
- [4]森島征夫は1966年(昭和41年)に独立した
「小腸を使った商品をつくりなさい」一声から始まった味付加工品
1982年7月、牛内臓肉加工品「こてっちゃん」を発売した。発端は森島社長が1981年1月に発した、小腸を使った商品をつくれという指示だった。当時の小腸は焼肉店向けの生肉流通が中心で、家庭向けの加工品としての商品化は進んでいなかった。スタミナ食品は米国産牛小腸の大量調達経路を持ち、味付け・包装した即食タイプの加工品をスーパーマーケット向けに供給するという商品設計に踏み込んだ。商品名「こてっちゃん」は、牛の大腸を指す韓国語「てっちゃん」に小腸であることを示す「こ」を冠した呼称で、家庭用加工食品としての参入を狙った命名である。社長一声の現場指示が、後のヒット商品に直結した事例となった。 [10][11]
- エスフーズ 有価証券報告書【沿革】
- [10]1982年7月に牛内臓肉加工品「こてっちゃん」を発売した
- 証券アナリストジャーナル 27(10)(1982年)
- [11]商品名「こてっちゃん」は牛の大腸を指す韓国語「てっちゃん」に小腸を示す「こ」を冠した呼称である
「こてっちゃん」は発売から数年で全国スーパーマーケットの定番商品となり、1984年1月には兵庫県西宮市鳴尾浜に本社社屋・工場を建設して移転した。1985年11月には本社近隣地に生肉加工工場(現・西宮第二工場)も建設し、内臓肉専業から正肉も扱う総合食肉加工業へ業容を広げた。当時の食肉加工業界では伊藤ハム・日本ハム・丸大食品など大手3社がハム・ソーセージ市場を支配しており、新規参入の余地は限定的だった。スタミナ食品は内臓肉と味付き加工品という大手3社が手薄な領域に資源を集中し、独自のポジションを確立した。 [12][13]
- エスフーズ 有価証券報告書【沿革】
- [12]1984年1月に兵庫県西宮市鳴尾浜に本社社屋・工場を建設し移転した
- [13]1985年11月に本社近隣地に生肉加工工場(現・西宮第二工場)を建設した
- エスフーズ 有価証券報告書【沿革】
- [10]1982年7月に牛内臓肉加工品「こてっちゃん」を発売した
- [12]1984年1月に兵庫県西宮市鳴尾浜に本社社屋・工場を建設し移転した
- [13]1985年11月に本社近隣地に生肉加工工場(現・西宮第二工場)を建設した
- 証券アナリストジャーナル 27(10)(1982年)
- [11]商品名「こてっちゃん」は牛の大腸を指す韓国語「てっちゃん」に小腸を示す「こ」を冠した呼称である