井川構造改革と「自前主義」からの転換

拡大志向の80年をどう畳み直すか——井川伸久社長が挑んだ「自前主義」からの脱却

更新:

時期 2023年8月
意思決定者 井川伸久 社長
論点 資本効率と事業ポートフォリオの再構築
概要
2023年、井川伸久社長が主導した構造改革。低収益と資本効率の低下を背景に、不採算のウルグアイ食肉事業を売却し、加工製造ラインの2割削減と設備投資の圧縮を掲げて「自前主義からの脱却」を資本配分に落とし込んだ。拡大を基調としてきた従来路線からの転換であった。
背景
2017年3月期の過去最高益を食肉事業が9割方支える一方、海外事業本部はFY16以降赤字が続き、北海道ボールパーク投資も重なって資本効率への批判が強まっていた。飼料高・円安が重なったFY22には連結営業利益が222億円へ急落し、3度の下方修正が改革の引き金となった。
内容
井川社長は「各事業本部の危機感の欠如」を構造改革遅延の根因と自己診断した。2023年8月にウルグアイBPUを想定売却損55億円で切り離し、加工製造ラインの20%削減、設備投資の前中計2,480億円から1,500億円への圧縮、マーケティング統括の体制整備を進め、中期経営計画2026でFY27事業利益610億円・ROE7〜8%とKPI化した。
含意
牛肉偽装事件後に強めた統制が事業本部の主体性を削いだという反省に立つ改革で、海外を調達基地から加工で稼ぐ事業へ転換する動きと対をなす。本稿の時点で事業利益は計画を前倒しで上回り、2026年4月に前田文男社長へ引き継がれた。
筆者の見解

拡大の量から、資本の効率へ

この構造改革が問うたのは、80年をかけて拡大を続けてきた会社が、抱え込む発想そのものを手放せるかであった。食肉という単一のエンジンに依存し、海外に調達基地を広げ、球団や新事業へも投資を重ねる——一代の創業者が築いた拡大志向は国内首位を作り上げた反面、それぞれの事業が独立して稼げているかという問いを後回しにしてきた。井川伸久社長が「各事業本部の危機感の欠如」と自らを診断し、不採算事業の売却やラインの削減、設備投資の圧縮へ踏み込んだのは、成長の量から資本の効率へ、経営の物差しを取り替える試みであったとみることができる。

もっとも、この改革は牛肉偽装事件のあとに強めた統制と地続きにある。失った信頼を取り戻すために積み上げた仕組みが、いつしか各事業本部の攻める意識を鈍らせていたという反省は、守りを固める要請と攻めを取り戻す要請が同じ会社の中で相反しうることを示している。本稿の時点で事業利益は計画を前倒しで上回り、海外は調達基地から加工で稼ぐ事業へと姿を変え始めた。ただ、風土改革や新規事業の収益化はなお途上にあり、拡大に代わる新たな成長の型が定着したと言い切れる段階には至っていない。前田文男社長へ引き継がれた改革が、量を追った過去とどれだけ異なる会社を作るのかは、これからの数年に委ねられているとみられる。

Yutaka Sugiura, 2026年7月

背景

食肉という単一エンジンへの依存

日本ハムは2017年3月期に連結営業利益538億円という当時の過去最高益を計上したが、その内実は食肉事業本部の利益439億円が全体を牽引する偏った構図であった。同社は業界他社に比べて食肉の生産・卸売りの比重が高く、営業利益の9割以上を食肉事業が占めていた。相場に左右されやすい食肉という単一のエンジンに収益を委ねる体質は、好調なときには最高益を演出する一方で、市況が振れれば全体を揺らす危うさを抱えていた[1][2]

その一方で、海外に築いた事業は独立した収益柱として自立できずにいた。海外事業本部が独立セグメントとして開示され始めたFY16以降、同本部はFY16に△13億円、FY17に△47億円、FY18に△38億円と赤字が続き、2017年に参入したウルグアイのBPUも低収益に終始した。1977年以来の海外投資は、日本向けの食肉を安定調達する基地としては機能していたものの、海外市場で稼ぐ事業へは育っていなかった。調達能力を築くことと収益事業として成立することの区別を曖昧にしたまま投資を重ねた点が、のちの改革で最も厳しい自己批判の的となった[3]

市場の疑心と収益の急落

こうした構造は、2018年に株式市場の不信となって表面化した。前2018年3月期に営業利益予想の下方修正が相次ぎ、豪州牛肉事業の悪化で海外の赤字が拡大したことなどから、日本ハムの株価は前年の高値から4割超下落した。同年5月に打ち出した3年で2,100億円規模の新中期経営計画も、フリーキャッシュフローが3年累計でマイナスになるとの見方を招き、市場の疑念を払拭できずにいた。市況に左右される体質と加工事業の低収益という弱みを、成長投資で覆えるのかが問われ始めていた[4]

批判は成長投資そのものにも向かった。海外の赤字が続くさなかに北海道ボールパークFビレッジの建設が進み、球団と食肉本業、海外調達という三つの柱がそれぞれ資本効率の課題を抱えたまま同時に走っていた。そこへFY22に飼料高・円安・エネルギーコスト高が重なり、連結営業利益は前期の518億円から222億円へと半分以下に急落する。2017年3月期の過去最高益538億円と比べれば4割強の水準にとどまり、3度に及んだ下方修正はアナリストの信頼を損ね、ROEや資本効率という言葉が決算説明会の中心的な論点へと押し上げられた[5]

決断

「各事業本部の危機感の欠如」という自己診断

転機は経営トップの交代とともに訪れた。2023年4月に第8代社長へ就いた井川伸久氏は、就任に先立つ2023年1月の第3四半期決算説明会に次期社長として登壇し、事業の稼ぐ力が低迷している理由を問われて「各事業本部の危機感の欠如が大きい」と答えた。過去にできなかったことを改革する好機ととらえ、危機感とスピードを持って稼ぐ力を回復させると語った井川社長は、構造改革やアセットライト化が進まなかった根因を、明確なマイルストーンを示してこなかった経営の側に求めた。低迷を外部環境ではなく自らの経営に引きつけて診断したところから、この改革は始まった[6]

井川社長の診断は、日本ハムが歩んできた道そのものへの問い直しでもあった。のちに井川社長は、ここ20年ほどはコーポレート・ガバナンスの強化を優先するあまり攻めの意識が薄くなっていた、現場との対話を通じて組織風土の改革を進めなければと感じた、と振り返っている。2002年の牛肉偽装事件を経て積み上げた統制と品質保証の体制は、失った信頼を取り戻す土台になった半面、各事業本部が自ら攻めに出る動きを鈍らせる方向にも働いていた。守りを固めた20年がもたらした副作用を、経営者自身が率直に言葉にした点で、この構造改革は過去との対話から出発していた[7]

自前主義からの脱却を資本配分に落とす

自己診断は、具体的な資本配分の組み替えとして実行に移された。2023年8月、日本ハムは売上高300億円規模のウルグアイBPUの全株式を売却する。想定売却損55億円を計上しながら不採算の海外事業を切り離す判断で、過去の減損に伴う税効果とネットした実質の損失は約10億円と見込まれた。あわせて加工事業では低収益商品の見直しから製造ラインの20%削減に踏み込み、マーケティング統括の体制を整えて製造と営業の全体最適を図った。抱え込んできた事業や設備を手放す方向へ、経営が明確に転じた[8][9]

こうした個々の施策を貫く思想を、井川社長は「自前主義から脱却し、共創と挑戦で全社利益を達成させる」という言葉で示した。2024年5月に発表した中期経営計画2026では、FY27の事業利益610億円、ROE7〜8%を掲げ、担当役員にKPIを紐づけて責任を明確にした。3か年の設備投資は北海道ボールパークを含む前中計の2,480億円から1,500億円へと圧縮され、拡大路線からの離脱が数字で示された。外部のマーケッターの知見も採り入れながら、自社だけで抱え込む発想を改め、社外との共創で稼ぐ形へ舵を切る方針が計画に織り込まれた[10][11]

結果

収益の回復と海外の稼ぐ事業化

改革の効果は、想定より早く数字に表れた。加工事業の構造改革やブランド戦略が収益に寄与し始め、2025年3月期の事業利益は425億円まで戻した。続く2026年3月期は期初計画の540億円が590億円へ、さらに640億円へと二度にわたり上方修正され、640億円は中期経営計画2026が最終年度に掲げた610億円を上回る水準となった。目標をおよそ1年前倒しで超える見通しであり、急落から数年での回復は、抱え込みを解いて資本効率を重んじる経営へ切り替えた改革の手応えを示していた[12][13][14]

回復の中身には、海外事業の性格転換があった。長く赤字だった海外事業本部はFY23以降黒字に転じ、2025年には北米で加工品の製造販売会社を買収して、日本で磨いた加工技術を現地の販路に乗せる体制を整えた。1977年のDay-Lee Foods買収以来、日本向けの調達基地にとどまっていた海外事業を、現地で加工して稼ぐ事業へと育て直す試みで、井川社長が「自前主義からの脱却」で描いた守りと攻めの両面が、海外でひとつながりになった。井川社長は2026年3月に社長を退き、同年4月に前田文男氏が第9代社長を継いだ。医療や化粧品といった新規事業の収益化は、次代へ引き継がれた課題として残されている[15][16]

出典・参考