ニコンの沿革・歴史的証言

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1917年〜2025

ニコンの1917年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言

年度売上高純利益年月区分出来事歴史的意義
1917
1-12月
日本光学工業株式会社を設立
軍需100%で急膨張した光学企業が内包した終戦リスク
会社設立
測距儀、顕微鏡などの光学機器の国産化を目指し、東京計器製作所の光学計器部門と岩城硝子製造所の反射鏡部門を統合、三菱合資会社社長岩崎小彌太の出資をもって日本光学工業株式会社を設立(直後に藤井レンズ製造所を合併)
1918
1-12月
設備投資
大井第一工場(現・本社/イノベーションセンター)を新設
1927
1-12月
光学ガラスの量産に成功
1933
1-12月
軍需生産のため増産投資を本格化
軍需依存という事業の性格上、1922年に海軍軍縮条約が決まるとニコンは経営危機に陥る。解雇に反対する労働者との壮絶な労働争議に直面したが、1930年代の軍事拡張の流れに乗り業績を回復。1933年からは設備投資を積極化し、首都圏(平塚・溝の口)を中心に大規模な軍需工場を新設。爆撃照準器などの光学機器の量産をすることで、1945年の終戦時点でニコンは2.5万人・20工場を擁す巨大な軍事企業となった。
1945
1-12月
2万名を整理解雇・軍需から民需転換へ
1945年の終戦で軍需を喪失したため、ニコン(斯波孝四郎・当時会長)は大井工場を除く19工場の閉鎖を決断。従業員約2万名を整理解雇し、1724名を残して再起を図った。生産規模の思い切った縮小であった。民需転換のため精密機械であるカメラ(ボディー)に新規参入を決定。戦時中のニコンは光学機器(レンズ)製造が中心であり、カメラへの参入は初となった。参入当初は部品製造や量産確立に苦労し、毎月のように給料は遅配であったという。
1948
1-12月
カメラ及びレンズの量産開始
1949
1-12月
東京証券取引所に株式上場
FY50
1950/3
株式上場
東京証券取引所に株式上場
FY54
1954/3
海外進出
米国にNikon Sales Inc.(現・Nikon Inc.)を設立
FY63
1963/3
国内で生産拠点を拡充
1960年代以降、ニコンは「カメラ・レンズ」の輸出が本格化するために国内の生産体制を増強。国内における工場新設に加えて、外注先企業への資本参加を推進し、量産体制を確立した。外注先の買収は、桜電子(栃木ニコン)、橘製作所(水戸ニコン)であり、これに仙台ニコンを加えて3社が「ニコンの御三家」と呼ばれ、生産拠点として活用された。なお、別会社として運営した理由は、地方における賃金体系に合わせるため(人件費の抑制)であったと推定される。
FY64
1964/3
企業買収
桜電子工業株式会社(現・株式会社栃木ニコン)に経営参加
FY65
1965/3
高級カメラを重視
FY68
1968/3
設備投資
大井製作所大船工場 (現・横浜製作所) を新設
FY69
1969/3
海外進出
オランダにNikon Europe N.V.(現・Nikon Europe B.V.)を設立
FY72
1972/3
設備投資
大井製作所相模原工場 (現・相模原製作所) を新設
FY75
1975/3
カメラ輸出の低迷・業績低迷へ
FY76
1976/3
売上高
578億円
当期純利益
13億円
FY77
1977/3
売上高
662億円
当期純利益
16.2億円
FY78
1978/3
売上高
746億円
当期純利益
17.4億円
FY79
1979/3
売上高
841億円
当期純利益
27.8億円
FY80
1980/3
売上高
974億円
当期純利益
32.7億円
半導体製造装置(ステッパー)に参入
傍流部門の技術が生んだステッパー事業と国内顧客依存の構造的脆弱性
FY81
1981/3
売上高
1,120億円
当期純利益
39億円
FY82
1982/3
売上高
1,247億円
当期純利益
39.5億円
FY83
1983/3
売上高
1,352億円
当期純利益
29.6億円
海外進出
米国にNikon Precision Inc. を設立
FY84
1984/3
売上高
1,435億円
当期純利益
25.3億円
ステッパーの量産を開始
シェア首位を支えた国内顧客基盤がASML台頭で構造的弱点に転じた逆説
FY85
1985/3
売上高
1,877億円
当期純利益
50.3億円
設備投資
熊谷製作所を新設
FY88
1988/3
ニコンカメラ販売(現・株式会社ニコンイメージングジャパン)を設立
FY89
1989/3
商号を日本光学工業株式会社から、株式会社ニコンに変更
商号を株式会社ニコンに変更
FY90
1990/3
カメラ生産をタイに移管
円高対応から始まり30年かけて完了した国内生産の海外移管
FY91
1991/3
海外進出
タイに Nikon (Thailand) Co., Ltd. を設立
水戸製作所を新設
設備投資
水戸製作所を新設
FY94
1994/3
売上高
2,461億円
当期純利益
-43億円
FY95
1995/3
売上高
2,884億円
当期純利益
15億円
FY96
1996/3
売上高
3,327億円
当期純利益
185億円
海外進出
シンガポールにNikon Singapore Pte. Ltd.を設立
FY97
1997/3
売上高
3,790億円
当期純利益
199億円
FY98
1998/3
売上高
3,721億円
当期純利益
83億円
FY99
1999/3
売上高
3,057億円
当期純利益
-182億円
ステッパーの顧客転換に失敗・最終赤字に転落
国内顧客依存が招いたシェア喪失と研究開発費縮小の悪循環構造
FY00
2000/3
売上高
3,718億円
当期純利益
77億円
FY01
2001/3
売上高
4,839億円
当期純利益
209億円
FY02
2002/3
売上高
4,829億円
当期純利益
-60億円
事業売却
中国でカメラの現地生産を開始
コンパクトデジカメの消滅が15年で中国進出を無に帰した市場構造変化
FY03
2003/3
売上高
4,689億円
当期純利益
-81億円
FY04
2004/3
売上高
5,063億円
当期純利益
24億円
FY05
2005/3
売上高
6,384億円
当期純利益
241億円
設備投資
横浜製作所横須賀分室(現・横須賀製作所)を新設
FY06
2006/3
売上高
7,309億円
当期純利益
289億円
海外進出
中国に Nikon Imaging (China) Sales Co., Ltd. を設立
FY07
2007/3
売上高
8,228億円
当期純利益
548億円
FY08
2008/3
売上高
9,557億円
当期純利益
754億円
FY09
2009/3
売上高
8,797億円
当期純利益
280億円
FY10
2010/3
売上高
7,854億円
当期純利益
-126億円
株式上場
単元株式数を100株に変更
企業買収
ベルギーのMetris NV(現・Nikon Metrology NV)を完全子会社化
最終赤字に転落
FY11
2011/3
売上高
8,875億円
当期純利益
273億円
FY12
2012/3
売上高
9,186億円
親会社株主に帰属する当期純利益
593億円
FY13
2013/3
売上高
10,104億円
親会社株主に帰属する当期純利益
424億円
業務提携
インテルと半導体製造装置で提携
ASML寡占下でインテルの牽制策に乗じた事業存続の模索
FY14
2014/3
売上高
9,805億円
親会社株主に帰属する当期純利益
468億円
FY15
2015/3
売上高
8,577億円
親会社株主に帰属する当期純利益
183億円
オプトスを買収(眼底カメラ)
メディカルにおける新規事業の展開を決定し、海外の眼底カメラメーカーのオプトスを買収。
FY16
2016/3
売上高
8,193億円
親会社株主に帰属する当期純利益
182億円
企業買収
英国の Optos Plc を完全子会社化
FY17
2017/3
売上高
7,488億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-71億円
組織再編
監査等委員会設置会社へ移行
企業買収
英国のMark Roberts Motion Control Limitedを完全子会社化
事業売却
構造改革を公表・1000名を削減計画
外部CFOが主導した縮小均衡型の構造改革と残された成長課題
FY18
2018/3
売上高
7,170億円
親会社株主に帰属する当期純利益
347億円
FY19
2019/3
売上高
7,086億円
親会社株主に帰属する当期純利益
665億円
FY20
2020/3
売上高
5,910億円
親会社株主に帰属する当期純利益
76億円
FY21
2021/3
売上高
4,512億円
親会社株主に帰属する当期純利益
-344億円
最終赤字に転落
コロナによるカメラ需要のさらなる低迷により、映像事業で赤字が拡大。FY2020に最終赤字に転落へ
FY22
2022/3
売上高
5,396億円
親会社株主に帰属する当期純利益
426億円
企業買収
米国のMorf3D Inc.(現・Nikon AM Synergy Inc.)に出資、子会社化
FY23
2023/3
売上高
6,281億円
親会社株主に帰属する当期純利益
449億円
SLM Solutionsを買収(3Dプリンター)
FY24
2024/3
売上高
7,172億円
親会社株主に帰属する当期純利益
325億円
米国にNikon Advanced Manufacturing Inc.を設立
企業買収
ドイツのSLM Solutions Group AG(現・Nikon SLM Solutions AG)を完全子会社化
FY25
2025/3
売上高
7,152億円
親会社株主に帰属する当期純利益
61億円
企業買収
米国のRED.com, LLC(現・RED Digital Cinema, Inc.)を完全子会社化
設備投資
本社を東京都品川区に移転
  1. 日本光学工業株式会社を設立
    軍需100%で急膨張した光学企業が内包した終戦リスク
  2. 会社設立
    測距儀、顕微鏡などの光学機器の国産化を目指し、東京計器製作所の光学計器部門と岩城硝子製造所の反射鏡部門を統合、三菱合資会社社長岩崎小彌太の出資をもって日本光学工業株式会社を設立(直後に藤井レンズ製造所を合併)
  3. 設備投資
    大井第一工場(現・本社/イノベーションセンター)を新設
  4. 光学ガラスの量産に成功
  5. 軍需生産のため増産投資を本格化

    軍需依存という事業の性格上、1922年に海軍軍縮条約が決まるとニコンは経営危機に陥る。解雇に反対する労働者との壮絶な労働争議に直面したが、1930年代の軍事拡張の流れに乗り業績を回復。1933年からは設備投資を積極化し、首都圏(平塚・溝の口)を中心に大規模な軍需工場を新設。爆撃照準器などの光学機器の量産をすることで、1945年の終戦時点でニコンは2.5万人・20工場を擁す巨大な軍事企業となった。

  6. 2万名を整理解雇・軍需から民需転換へ

    1945年の終戦で軍需を喪失したため、ニコン(斯波孝四郎・当時会長)は大井工場を除く19工場の閉鎖を決断。従業員約2万名を整理解雇し、1724名を残して再起を図った。生産規模の思い切った縮小であった。民需転換のため精密機械であるカメラ(ボディー)に新規参入を決定。戦時中のニコンは光学機器(レンズ)製造が中心であり、カメラへの参入は初となった。参入当初は部品製造や量産確立に苦労し、毎月のように給料は遅配であったという。

  7. カメラ及びレンズの量産開始
  8. 東京証券取引所に株式上場
  9. 株式上場
    東京証券取引所に株式上場
  10. 海外進出
    米国にNikon Sales Inc.(現・Nikon Inc.)を設立
  11. 国内で生産拠点を拡充

    1960年代以降、ニコンは「カメラ・レンズ」の輸出が本格化するために国内の生産体制を増強。国内における工場新設に加えて、外注先企業への資本参加を推進し、量産体制を確立した。外注先の買収は、桜電子(栃木ニコン)、橘製作所(水戸ニコン)であり、これに仙台ニコンを加えて3社が「ニコンの御三家」と呼ばれ、生産拠点として活用された。なお、別会社として運営した理由は、地方における賃金体系に合わせるため(人件費の抑制)であったと推定される。

  12. 企業買収
    桜電子工業株式会社(現・株式会社栃木ニコン)に経営参加
  13. 高級カメラを重視
  14. 設備投資
    大井製作所大船工場 (現・横浜製作所) を新設
  15. 海外進出
    オランダにNikon Europe N.V.(現・Nikon Europe B.V.)を設立
  16. 設備投資
    大井製作所相模原工場 (現・相模原製作所) を新設
  17. カメラ輸出の低迷・業績低迷へ
  18. 半導体製造装置(ステッパー)に参入
    傍流部門の技術が生んだステッパー事業と国内顧客依存の構造的脆弱性
  19. 海外進出
    米国にNikon Precision Inc. を設立
  20. ステッパーの量産を開始
    シェア首位を支えた国内顧客基盤がASML台頭で構造的弱点に転じた逆説
  21. 設備投資
    熊谷製作所を新設
  22. ニコンカメラ販売(現・株式会社ニコンイメージングジャパン)を設立
  23. 商号を日本光学工業株式会社から、株式会社ニコンに変更
  24. 商号を株式会社ニコンに変更
  25. カメラ生産をタイに移管
    円高対応から始まり30年かけて完了した国内生産の海外移管
  26. 海外進出
    タイに Nikon (Thailand) Co., Ltd. を設立
  27. 水戸製作所を新設
  28. 設備投資
    水戸製作所を新設
  29. 海外進出
    シンガポールにNikon Singapore Pte. Ltd.を設立
  30. ステッパーの顧客転換に失敗・最終赤字に転落
    国内顧客依存が招いたシェア喪失と研究開発費縮小の悪循環構造
  31. 事業売却
    中国でカメラの現地生産を開始
    コンパクトデジカメの消滅が15年で中国進出を無に帰した市場構造変化
  32. 設備投資
    横浜製作所横須賀分室(現・横須賀製作所)を新設
  33. 海外進出
    中国に Nikon Imaging (China) Sales Co., Ltd. を設立
  34. 株式上場
    単元株式数を100株に変更
  35. 企業買収
    ベルギーのMetris NV(現・Nikon Metrology NV)を完全子会社化
  36. 最終赤字に転落
  37. 業務提携
    インテルと半導体製造装置で提携
    ASML寡占下でインテルの牽制策に乗じた事業存続の模索
  38. オプトスを買収(眼底カメラ)

    メディカルにおける新規事業の展開を決定し、海外の眼底カメラメーカーのオプトスを買収。

  39. 企業買収
    英国の Optos Plc を完全子会社化
  40. 組織再編
    監査等委員会設置会社へ移行
  41. 企業買収
    英国のMark Roberts Motion Control Limitedを完全子会社化
  42. 事業売却
    構造改革を公表・1000名を削減計画
    外部CFOが主導した縮小均衡型の構造改革と残された成長課題
  43. 最終赤字に転落

    コロナによるカメラ需要のさらなる低迷により、映像事業で赤字が拡大。FY2020に最終赤字に転落へ

  44. 企業買収
    米国のMorf3D Inc.(現・Nikon AM Synergy Inc.)に出資、子会社化
  45. SLM Solutionsを買収(3Dプリンター)
  46. 米国にNikon Advanced Manufacturing Inc.を設立
  47. 企業買収
    ドイツのSLM Solutions Group AG(現・Nikon SLM Solutions AG)を完全子会社化
  48. 企業買収
    米国のRED.com, LLC(現・RED Digital Cinema, Inc.)を完全子会社化
  49. 設備投資
    本社を東京都品川区に移転

歴史的証言

ライフ誌写真技師(朝鮮戦争取材)
外観はコンタックスそのままなるもコンタックス、ライカ両方の長所を併せ、これに改良を加えたものである。付属レンズはニッコールと称し、各種焦点距離のものを含み、ドイツ製小型カメラレンズよりはるかに高度の正確さを有する
ダイヤモンド臨時増刊記事
国産カメラの良さを、むしろ外人によって教えられた格好だ。日本光学が、最高製品の生産を第一目標としたのに対し、キヤノンは売れる物、もうかるものを追ってきた
日経ビジネス記事
高級カメラのニコンから、半導体製造装置のニコンとでも呼ばれそうな勢い

参考文献・出所

有価証券報告書
決算説明会 FY25-3Q
New York Times 1950/12/10
ダイヤモンド臨時増刊 1961/09/10
ニコン50年史 1967
ダイヤモンド 1964/09/28
日経ビジネス 1984/03/05
日経ビジネス 1984/12/24
日経産業新聞 2006/05/16
日経 2007/06/20
プレジデント 2014/12
ニュースイッチ 2017/07/07
日本経済新聞 2019/02/07
Bloomberg 2022/04/13
日経ビジネス電子版 2024/06/13
マンスリーみつびし 2024/10/17