沿革年表 1884〜2025年における重要度別の出来事(合計38件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
重要事項会社設立 | 藤田組が小坂鉱山を買収(同和鉱業の創業) 歴史的意義yutaka sugiura 藤田組は1884年に官営小坂鉱山の払い下げを受けて鉱山経営に参入したが、黒鉱の製錬技術を確立できず赤字が続いた。融資元の毛利家が閉山を指示する中、久原房之助氏が井上馨氏の支持を得て事業継続を実現した。1902年に黒鉱自溶製錬を成功させ、1906年には生産額で国内全鉱山中1位を達成した。製錬技術の確立が鉱山の存廃と藤田組の経営基盤を左右した事例である。 | 1884 1-12月 | ||||
新規事業 | 小坂で水力発電を開始 小坂の銚子第一発電所で水力発電の運用を開始した。鉱山操業に必要な電力を自家発電で賄う体制を整えた。 | 1897 1-12月 | ||||
新規事業 | 小坂で黒鉱乾式製錬の操業を開始 小坂で黒鉱乾式製錬の操業を開始した。後の自溶製錬技術確立に至る製錬技術の出発点となった。 | 1898 1-12月 | ||||
新規事業 | 小坂で黒鉱自溶製錬の操業を開始 小坂で黒鉱自溶製錬の操業を開始した。閉山寸前の鉱山経営を逆転させ、後の同和の中核技術を確立した転機となった。 | 1902 1-12月 | ||||
重要事項企業買収 | 国内で有力鉱山を買収 歴史的意義yutaka sugiura 花岡鉱山の買収は、取得直後に鉱床の品位低下に直面するという想定外の事態を経験しながらも、堂屋敷大鉱床の発見によって主力鉱山に転じた事例である。鉱山買収における不確実性と、探鉱投資の継続がもたらす逆転の構造を示す。一方、柵原鉱山では11の小規模鉱山を統合する手法を採り、非鉄金属ではなく肥料原料としての硫化鉱に着目した。鉱種と取得手法の双方を分散させた点に、単一資源への依存を回避する藤田組の資源戦略が表れている。 | 1915 1-12月 | ||||
新規事業 | 豊崎圧延工場を設置し金属加工事業を開始 豊崎圧延工場を設置し、金属加工事業へ参入した。後にDOWAメタルへ連なる金属加工部門の起点となった。 | 1919 1-12月 | ||||
企業買収 | 豊崎伸銅所(現DOWAメタル)を設立 豊崎圧延工場を子会社として独立させ、㈱豊崎伸銅所を設立した。 | 1928 1-12月 | ||||
商号を同和鉱業株式会社に変更 | 1945 1-12月 | |||||
東京証券取引所に株式上場 | FY50 1950/3 | |||||
新規事業 | 東京熱処理工業を子会社化し熱処理事業を開始 東京熱処理工業㈱を子会社化し、熱処理事業へ参入した。現在の熱処理事業部門の起点となった。 | FY58 1958/3 | ||||
花岡松峰鉱床を発見 | FY64 1964/3 | |||||
電子材料事業に参入 | FY66 1966/3 | |||||
秋田製錬を設立(臨海型亜鉛製錬) | FY71 1971/3 | 売上高 765億円 | 当期純利益 25億円 | |||
FY72 1972/3 | 売上高 721億円 | 当期純利益 14億円 | ||||
鉱山の規模縮小・人員削減を実施 1971年のニクソンショックによる国内鉱山の競争力低下、および石油からの硫黄回収進展で硫化鉱の採算が悪化し、同和鉱業の全国内鉱山で採算が悪化した。よって1970年代以降、同和工業は国内鉱山の大規模縮小を本格化し、1万名規模だった従業員を1990年代までに3,000名規模へ削減した(合計7,000名減)。この間の経営課題は余剰人員削減で、不動産など固定資産の売却で収益を確保した。 | FY73 1973/3 | 売上高 750億円 | 当期純利益 7億円 | |||
FY74 1974/3 | 売上高 1,126億円 | 当期純利益 33億円 | ||||
FY75 1975/3 | 売上高 1,118億円 | 当期純利益 19億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 935億円 | 当期純利益 6億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 1,191億円 | 当期純利益 7億円 | ||||
環境リサイクル事業に参入 | FY78 1978/3 | 売上高 972億円 | 当期純利益 -11億円 | |||
危機突破特別委員会を発足 | ||||||
FY79 1979/3 | 売上高 935億円 | 当期純利益 3億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 1,434億円 | 当期純利益 41億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 1,351億円 | 当期純利益 6億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 1,167億円 | 当期純利益 8億円 | ||||
半導体材料研究所を設置 | FY83 1983/3 | 売上高 1,198億円 | 当期純利益 18億円 | |||
FY84 1984/3 | 売上高 1,333億円 | 当期純利益 8億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 1,287億円 | 当期純利益 19億円 | ||||
小坂製錬所を分離・小坂製錬を設立 | FY89 1989/3 | |||||
FY92 1992/3 | 売上高 2,478億円 | 当期純利益 0億円 | ||||
塩尻工場を新設・セラミック基板の製造 | FY93 1993/3 | 売上高 2,364億円 | 当期純利益 -34億円 | |||
FY94 1994/3 | 売上高 2,208億円 | 当期純利益 -37億円 | ||||
メキシコで亜鉛鉱山の操業開始(ティサパ鉱山) | FY95 1995/3 | 売上高 2,564億円 | 当期純利益 -17億円 | |||
FY96 1996/3 | 売上高 2,670億円 | 当期純利益 22億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 2,886億円 | 当期純利益 96億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 2,948億円 | 当期純利益 50億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 2,504億円 | 当期純利益 35億円 | ||||
重要事項 | 構造改革を発表・希望退職者を募集 歴史的意義yutaka sugiura 同和鉱業の構造改革で注目すべきは、社内の大半が反対する中で改革推進派の吉川氏を後任社長に据えた金谷社長の人事判断である。10名の少数チームで改革を始動させ、開始後2年間の業績悪化を許容しながら方針を堅持した過程は、鉱山会社の歴史と伝統に根差した変革抵抗を突破するために必要だった時間軸を示す。資産の売り食いで延命できた1990年代の猶予期間が、逆説的に改革の着手を遅らせた構造にも留意すべきである。 | FY00 2000/3 | 売上高 2,328億円 | 当期純利益 20億円 | ||
| 吉川廣和 | 日本パールを買収・廃棄物処理事業に進出 | FY01 2001/3 | 売上高 2,397億円 | 当期純利益 49億円 | ||
| 吉川廣和 | FY02 2002/3 | 売上高 2,221億円 | 当期純利益 2億円 | |||
重要事項事業売却 | 吉川廣和 | 吉川廣和氏が社長就任・環境リサイクル事業に集中投資 歴史的意義yutaka sugiura 吉川社長は社内の9割が反対する中で18事業からの撤退を断行し、整理対象の70%が黒字であったにもかかわらず撤退に踏み切った。環境リサイクル分野では小坂製錬に最終処分場と約100億円の新型炉を新設し、不要資産の一括売却と有利子負債の圧縮も並行して実施した。2007年3月期には当期純利益263億円の過去最高益を達成し、トップシェア15事業を擁する収益構造への転換に至った。 | FY03 2003/3 | 売上高 2,210億円 | 当期純利益 -26億円 | |
海外進出 | 中国で金属加工事業を開始 同和金属材料(上海)有限公司を設立し、中国で金属加工事業を開始した。アジア展開の初手となった。 | |||||
海外進出 | 吉川廣和 | 中国で環境・リサイクル事業を開始 蘇州同和資源綜合利用有限公司を設立し、中国で環境・リサイクル事業を開始した。環境事業の海外展開が本格化した。 | FY04 2004/3 | 売上高 2,346億円 | 当期純利益 86億円 | |
| 吉川廣和 | 小坂製錬(株)で管理型最終処分場を新設 | FY05 2005/3 | 売上高 2,541億円 | 当期純利益 106億円 | ||
| 河野正樹 | FY06 2006/3 | 売上高 3,163億円 | 当期純利益 145億円 | |||
| 河野正樹 | 小坂製錬(株)でリサイクル新型炉を新設 | FY07 2007/3 | 売上高 4,587億円 | 当期純利益 263億円 | ||
商号をDOWAホールディングス株式会社に変更 | ||||||
海外進出 | タイで金属加工事業を開始 DOWA METALTECH (THAILAND) CO. LTD.を設立し、タイで金属加工事業を開始した。商号変更と同月のグローバル展開強化の一環であった。 | |||||
| 山田政雄 | ヤマハメタニクスを買収 | FY08 2008/3 | 売上高 4,758億円 | 当期純利益 245億円 | ||
亜鉛リサイクル事業に参入 | ||||||
企業買収 | 山田政雄 | Modern Asia Environmental Holdingsを子会社化 Modern Asia Environmental Holdings Inc.を子会社化し、東南アジアで環境・リサイクル事業を開始した。 | FY09 2009/3 | 売上高 3,468億円 | 当期純利益 -281億円 | |
リーマンショックにより赤字転落 | ||||||
| 山田政雄 | FY10 2010/3 | 売上高 3,074億円 | 当期純利益 43億円 | |||
| 山田政雄 | FY11 2011/3 | 売上高 3,798億円 | 当期純利益 85億円 | |||
海外進出 | 山田政雄 | 熱処理事業がインドへ本格進出 HIGHTEMP FURNACES LTD.を子会社化し、熱処理事業がインドへ本格進出した。 | FY12 2012/3 | 売上高 3,924億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 106億円 | |
| 山田政雄 | FY13 2013/3 | 売上高 4,193億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 152億円 | |||
| 山田政雄 | FY14 2014/3 | 売上高 4,439億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 233億円 | |||
海外進出 | 山田政雄 | メキシコで熱処理事業を開始 DOWA THERMOTECH MEXICO S.A. DE C.V.を設立し、メキシコで熱処理事業を開始した。 | FY15 2015/3 | 売上高 4,642億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 265億円 | |
| 山田政雄 | FY16 2016/3 | 売上高 4,065億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 218億円 | |||
| 関口明 | FY17 2017/3 | 売上高 4,105億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 261億円 | |||
| 関口明 | FY18 2018/3 | 売上高 4,547億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 246億円 | |||
| 関口明 | FY19 2019/3 | 売上高 4,529億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 149億円 | |||
| 関口明 | メキシコで亜鉛鉱山の操業開始(ロス・ガトス鉱山) | FY20 2020/3 | 売上高 4,851億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 173億円 | ||
| 関口明 | FY21 2021/3 | 売上高 5,880億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 218億円 | |||
| 関口明 | 金属市況の高騰により過去最高益 | FY22 2022/3 | 売上高 8,317億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 510億円 | ||
| 関口明 | インドネシアで環境・リサイクル事業を開始 | FY23 2023/3 | 売上高 7,800億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 250億円 | ||
| 関口明 | FY24 2024/3 | 売上高 7,171億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 278億円 | |||
| 関口明 | FY25 2025/3 | 売上高 6,786億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 271億円 |
- 藤田組が小坂鉱山を買収(同和鉱業の創業)藤田組は1884年に官営小坂鉱山の払い下げを受けて鉱山経営に参入したが、黒鉱の製錬技術を確立できず赤字が続いた。融資元の毛利家が閉山を指示する中、久原房之助氏が井上馨氏の支持を得て事業継続を実現した。1902年に黒鉱自溶製錬を成功させ、1906年には生産額で国内全鉱山中1位を達成した。製錬技術の確立が鉱山の存廃と藤田組の経営基盤を左右した事例である。
- 小坂で水力発電を開始
小坂の銚子第一発電所で水力発電の運用を開始した。鉱山操業に必要な電力を自家発電で賄う体制を整えた。
- 小坂で黒鉱乾式製錬の操業を開始
小坂で黒鉱乾式製錬の操業を開始した。後の自溶製錬技術確立に至る製錬技術の出発点となった。
- 小坂で黒鉱自溶製錬の操業を開始
小坂で黒鉱自溶製錬の操業を開始した。閉山寸前の鉱山経営を逆転させ、後の同和の中核技術を確立した転機となった。
- 国内で有力鉱山を買収花岡鉱山の買収は、取得直後に鉱床の品位低下に直面するという想定外の事態を経験しながらも、堂屋敷大鉱床の発見によって主力鉱山に転じた事例である。鉱山買収における不確実性と、探鉱投資の継続がもたらす逆転の構造を示す。一方、柵原鉱山では11の小規模鉱山を統合する手法を採り、非鉄金属ではなく肥料原料としての硫化鉱に着目した。鉱種と取得手法の双方を分散させた点に、単一資源への依存を回避する藤田組の資源戦略が表れている。
- 豊崎圧延工場を設置し金属加工事業を開始
豊崎圧延工場を設置し、金属加工事業へ参入した。後にDOWAメタルへ連なる金属加工部門の起点となった。
- 豊崎伸銅所(現DOWAメタル)を設立
豊崎圧延工場を子会社として独立させ、㈱豊崎伸銅所を設立した。
- 商号を同和鉱業株式会社に変更
- 東京証券取引所に株式上場
- 東京熱処理工業を子会社化し熱処理事業を開始
東京熱処理工業㈱を子会社化し、熱処理事業へ参入した。現在の熱処理事業部門の起点となった。
- 花岡松峰鉱床を発見
- 電子材料事業に参入
- 秋田製錬を設立(臨海型亜鉛製錬)
- 鉱山の規模縮小・人員削減を実施
1971年のニクソンショックによる国内鉱山の競争力低下、および石油からの硫黄回収進展で硫化鉱の採算が悪化し、同和鉱業の全国内鉱山で採算が悪化した。よって1970年代以降、同和工業は国内鉱山の大規模縮小を本格化し、1万名規模だった従業員を1990年代までに3,000名規模へ削減した(合計7,000名減)。この間の経営課題は余剰人員削減で、不動産など固定資産の売却で収益を確保した。
- 環境リサイクル事業に参入
- 危機突破特別委員会を発足
- 半導体材料研究所を設置
- 小坂製錬所を分離・小坂製錬を設立
- 塩尻工場を新設・セラミック基板の製造
- メキシコで亜鉛鉱山の操業開始(ティサパ鉱山)
- 構造改革を発表・希望退職者を募集同和鉱業の構造改革で注目すべきは、社内の大半が反対する中で改革推進派の吉川氏を後任社長に据えた金谷社長の人事判断である。10名の少数チームで改革を始動させ、開始後2年間の業績悪化を許容しながら方針を堅持した過程は、鉱山会社の歴史と伝統に根差した変革抵抗を突破するために必要だった時間軸を示す。資産の売り食いで延命できた1990年代の猶予期間が、逆説的に改革の着手を遅らせた構造にも留意すべきである。
- 日本パールを買収・廃棄物処理事業に進出
- 吉川廣和氏が社長就任・環境リサイクル事業に集中投資吉川社長は社内の9割が反対する中で18事業からの撤退を断行し、整理対象の70%が黒字であったにもかかわらず撤退に踏み切った。環境リサイクル分野では小坂製錬に最終処分場と約100億円の新型炉を新設し、不要資産の一括売却と有利子負債の圧縮も並行して実施した。2007年3月期には当期純利益263億円の過去最高益を達成し、トップシェア15事業を擁する収益構造への転換に至った。
- 中国で金属加工事業を開始
同和金属材料(上海)有限公司を設立し、中国で金属加工事業を開始した。アジア展開の初手となった。
- 中国で環境・リサイクル事業を開始
蘇州同和資源綜合利用有限公司を設立し、中国で環境・リサイクル事業を開始した。環境事業の海外展開が本格化した。
- 小坂製錬(株)で管理型最終処分場を新設
- 小坂製錬(株)でリサイクル新型炉を新設
- 商号をDOWAホールディングス株式会社に変更
- タイで金属加工事業を開始
DOWA METALTECH (THAILAND) CO. LTD.を設立し、タイで金属加工事業を開始した。商号変更と同月のグローバル展開強化の一環であった。
- ヤマハメタニクスを買収
- 亜鉛リサイクル事業に参入
- Modern Asia Environmental Holdingsを子会社化
Modern Asia Environmental Holdings Inc.を子会社化し、東南アジアで環境・リサイクル事業を開始した。
- リーマンショックにより赤字転落
- 熱処理事業がインドへ本格進出
HIGHTEMP FURNACES LTD.を子会社化し、熱処理事業がインドへ本格進出した。
- メキシコで熱処理事業を開始
DOWA THERMOTECH MEXICO S.A. DE C.V.を設立し、メキシコで熱処理事業を開始した。
- メキシコで亜鉛鉱山の操業開始(ロス・ガトス鉱山)
- 金属市況の高騰により過去最高益
- インドネシアで環境・リサイクル事業を開始