ニデックの沿革(1973〜2024年)
ニデックの創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
FY74 1974/3 | 売上高 1億円 | overseas | 日本電産株式会社を設立 | 「信用がない」を米国経由で突破した創業期の逆輸入モデル | ||
FY76 1976/3 | 直流ブラシレスモータの生産開始 | |||||
FY77 1977/3 | 米国日本電産を設立 | |||||
FY78 1978/3 | 売上高 4億円 | |||||
FY80 1980/3 | 売上高 16億円 | HDD向けスピンドルモータの製造開始 コンピューターの記憶装置であるハードディスク向けのモーター(8インチ型HDD向けスピンドルモータ)の開発を開始した。だが、極めて高い精度が要求されたため、数年間の開発期間を経て、小型精密モーターの開発に成功する。以後、ハードディスク向けの小型モーターは、日本電産の主力製品の一つに育った。 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 31億円 | |||||
FY84 1984/3 | 売上高 62億円 | 米トリン社の軸流ファン部門を買収 | ||||
FY85 1985/3 | 滋賀県に第3工場を新設 1985年に経済不況に陥り「日本電産は危ない」という噂が流れた。だが、永守重信は顧客である大企業からのモーターの引き合いが強いことを根拠として増産を決定。日本電産はハードディスク向けモーターを大量生産するために、45億円を投資して滋賀県に第3工場を新設した。 | |||||
FY86 1986/3 | 売上高 120億円 | |||||
FY88 1988/3 | 売上高 260億円 | 大阪証券取引所に株式上場 1988年3月期に日本電産は売上高258億円、経常利益26億円の高業績を達成し、大阪証券取引所に株式を上場を果たす。創業者の永守重信は日本電産の株式上場によって、時価250億円の資産家になるとともに株式売却益40億円を確保。 | ||||
FY89 1989/3 | acquisition | 信濃特機を買収(HDD向けモータ) | シェア72%の企業が2位を買収し90%独占を実現した寡占完成の構造 | |||
東南アジアで現地生産を本格化 | ||||||
FY90 1990/3 | 売上高 454億円 | |||||
FY91 1991/3 | 売上高 584億円 | 中国での現地生産を本格化 | ||||
FY92 1992/3 | 売上高 572億円 | 当期純利益 -28億円 | ||||
FY93 1993/3 | 売上高 699億円 | 当期純利益 2億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 601億円 | 当期純利益 0億円 | acquisition | 買収積極化を表明。HDD依存から脱却 | 「無駄が多い黒字企業」を狙い撃ちにした逆張りの買収選定基準 | |
FY95 1995/3 | 売上高 731億円 | 当期純利益 -25億円 | 最終赤字に転落。HDD向け需要が一時的に減少 1995年3月期に日本電産は25億円の最終赤字に転落。主力だったHDD向けモータについて、パソコンの需要の急成長が一時的にストップしたことで日本電産も影響を被った。ただし、1995年にマイクロソフトがWindows95を発売すると、再びパソコン向けの需要が盛り返し、HDD向けモータ需要も回復したため、日本電産は翌1996年3月期に黒字転換した。 | |||
FY96 1996/3 | 売上高 753億円 | 当期純利益 36億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 906億円 | 当期純利益 49億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 1,156億円 | 当期純利益 63億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 1,325億円 | 当期純利益 56億円 | ||||
FY01 2001/3 | 売上高 2,810億円 | 当期純利益 64億円 | 米シーゲートよりタイ工場を取得(HDD向け小型モーター) | |||
FY02 2002/3 | 売上高 2,986億円 | 当期純利益 64億円 | ||||
FY03 2003/3 | 売上高 3,290億円 | 当期純利益 114億円 | 中国での現地生産を強化 | |||
FY04 2004/3 | 売上高 3,290億円 | 当期純利益 114億円 | 三協精機製作所に資本参加。流体動圧軸受に対応 流体動圧軸受けモーターの競合であった三協精機を買収し、海外生産拠点と国内の開発拠点を強化 | |||
FY05 2005/3 | 売上高 4,858億円 | 当期純利益 334億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 5,368億円 | 当期純利益 409億円 | ||||
FY07 2007/3 | 売上高 6,296億円 | 当期純利益 399億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 7,421億円 | 当期純利益 411億円 | ||||
FY09 2009/3 | 売上高 6,135億円 | 当期純利益 283億円 | 流体動圧軸受で世界シェア70%確保 2002年ごろから流体動圧軸受によるHDDが普及し始め、すでに加工技術を習得していた日本電産は増産で対応。この結果、ベアリングから流体動圧という技術変化にも対応することに成功し、引き続きHDD向けの小型精密モーターで世界シェア70%(2009年時点)を確保し続けた。 | |||
FY10 2010/3 | 売上高 5,875億円 | 当期純利益 519億円 | ||||
FY11 2011/3 | 売上高 6,759億円 | 当期純利益 523億円 | ||||
FY12 2012/3 | 売上高 6,823億円 | 当期純利益 407億円 | ||||
FY13 2013/3 | 売上高 7,092億円 | 当期純利益 79.9億円 | デジタル家電需要の一巡で大幅減益 2009年から2013年にかけて、日本政府によるエコポイント(デジタル家電の購買促進)の補助制度によって、液晶テレビを中心に家電需要が旺盛だったが、2013年までに需要が一巡。加えて2011年のタイ洪水によって、取引先のHDDメーカーの供給が滞ったため、日本電産も影響を被った、2013年3月期の日本電産は大幅減益となった。 | |||
FY14 2014/3 | 売上高 8,751億円 | 当期純利益 562億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上高 10,283億円 | 当期純利益 760億円 | 欧州で部品メーカーの買収を積極化 | |||
FY16 2016/3 | 売上高 11,782億円 | 当期純利益 899億円 | ||||
FY17 2017/3 | 売上高 11,993億円 | 当期純利益 1,110億円 | 米州で部品メーカーの買収を積極化 | |||
FY18 2018/3 | 売上高 14,881億円 | 当期純利益 1,314億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 14,754億円 | 当期純利益 1,099億円 | 永守重信氏が代表取締役会長に就任 | |||
FY20 2020/3 | 売上高 15,348億円 | (親)当期利益 584億円 | エンブラコ社を買収 米国の家電メーカーであるワールプール社から、コンプレッサ事業(エンブラコ社)を1224億円で買収を決定。家電向けのモーター事業を強化するために、買収を決定 | |||
オムロンからオートモーティブ事業を買収 | ||||||
FY21 2021/3 | 売上高 16,180億円 | (親)当期利益 1,219億円 | ||||
FY22 2022/3 | 売上高 19,182億円 | (親)当期利益 1,357億円 | ||||
FY23 2023/3 | 売上高 22,428億円 | (親)当期利益 369億円 | ||||
FY24 2024/3 | 売上高 23,471億円 | (親)当期利益 1,251億円 | leadership | 岸田光哉氏が社長就任 | 代表権併存という事業承継の過渡的枠組みと創業者支配の行方 | |
商号をニデック株式会社に変更 創立50周年を機に商号を日本電産からニデックに変更 |
- 日本電産株式会社を設立「信用がない」を米国経由で突破した創業期の逆輸入モデル
- 直流ブラシレスモータの生産開始
- 米国日本電産を設立
- HDD向けスピンドルモータの製造開始
コンピューターの記憶装置であるハードディスク向けのモーター(8インチ型HDD向けスピンドルモータ)の開発を開始した。だが、極めて高い精度が要求されたため、数年間の開発期間を経て、小型精密モーターの開発に成功する。以後、ハードディスク向けの小型モーターは、日本電産の主力製品の一つに育った。
- 米トリン社の軸流ファン部門を買収
- 滋賀県に第3工場を新設
1985年に経済不況に陥り「日本電産は危ない」という噂が流れた。だが、永守重信は顧客である大企業からのモーターの引き合いが強いことを根拠として増産を決定。日本電産はハードディスク向けモーターを大量生産するために、45億円を投資して滋賀県に第3工場を新設した。
- 大阪証券取引所に株式上場
1988年3月期に日本電産は売上高258億円、経常利益26億円の高業績を達成し、大阪証券取引所に株式を上場を果たす。創業者の永守重信は日本電産の株式上場によって、時価250億円の資産家になるとともに株式売却益40億円を確保。
- 信濃特機を買収(HDD向けモータ)シェア72%の企業が2位を買収し90%独占を実現した寡占完成の構造
- 東南アジアで現地生産を本格化
- 中国での現地生産を本格化
- 買収積極化を表明。HDD依存から脱却「無駄が多い黒字企業」を狙い撃ちにした逆張りの買収選定基準
- 最終赤字に転落。HDD向け需要が一時的に減少
1995年3月期に日本電産は25億円の最終赤字に転落。主力だったHDD向けモータについて、パソコンの需要の急成長が一時的にストップしたことで日本電産も影響を被った。ただし、1995年にマイクロソフトがWindows95を発売すると、再びパソコン向けの需要が盛り返し、HDD向けモータ需要も回復したため、日本電産は翌1996年3月期に黒字転換した。
- 米シーゲートよりタイ工場を取得(HDD向け小型モーター)
- 中国での現地生産を強化
- 三協精機製作所に資本参加。流体動圧軸受に対応
流体動圧軸受けモーターの競合であった三協精機を買収し、海外生産拠点と国内の開発拠点を強化
- 流体動圧軸受で世界シェア70%確保
2002年ごろから流体動圧軸受によるHDDが普及し始め、すでに加工技術を習得していた日本電産は増産で対応。この結果、ベアリングから流体動圧という技術変化にも対応することに成功し、引き続きHDD向けの小型精密モーターで世界シェア70%(2009年時点)を確保し続けた。
- デジタル家電需要の一巡で大幅減益
2009年から2013年にかけて、日本政府によるエコポイント(デジタル家電の購買促進)の補助制度によって、液晶テレビを中心に家電需要が旺盛だったが、2013年までに需要が一巡。加えて2011年のタイ洪水によって、取引先のHDDメーカーの供給が滞ったため、日本電産も影響を被った、2013年3月期の日本電産は大幅減益となった。
- 欧州で部品メーカーの買収を積極化
- 米州で部品メーカーの買収を積極化
- 永守重信氏が代表取締役会長に就任
- エンブラコ社を買収
米国の家電メーカーであるワールプール社から、コンプレッサ事業(エンブラコ社)を1224億円で買収を決定。家電向けのモーター事業を強化するために、買収を決定
- オムロンからオートモーティブ事業を買収
- 岸田光哉氏が社長就任代表権併存という事業承継の過渡的枠組みと創業者支配の行方
- 商号をニデック株式会社に変更
創立50周年を機に商号を日本電産からニデックに変更