沿革年表 1907〜2026年における重要度別の出来事(合計39件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
重要事項 | 北越製紙株式会社を設立 歴史的意義yutaka sugiura 北越製紙の創業は、新潟随一の紙商であった田村家が販売側から製造側に事業領域を拡張した業態転換である。流通の知見を持つ商人が原料の地理的優位性を組み合わせて製造業に参入する構造は、販路確保のリスクを低減する一方で、創業家支配の長期化という統治上の課題を内包した。1950年代まで田村家が社長を歴任した事実は、創業時の資本構成が半世紀にわたり経営構造を規定し続けたことを示唆する。 | 1907 1-12月 | ||||
長岡工場で板紙の製造を開始 創業翌年に長岡工場で板紙の製造を開始した。これが北越製紙の祖業である板紙生産の起点となった。 | 1908 1-12月 | |||||
新潟市に北越板紙を設立 新潟市に板紙生産の関連会社として北越板紙を設立した。1917年に本体に合併し、新潟工場として再編される流れにつながった。 | 1914 1-12月 | |||||
市川工場を新設(千葉県) 首都圏市場への輸送コストを削減する狙いで、千葉県に市川工場を新設した。しかし新設直後に第一次世界大戦終結による不況に直面し、採算割れの状況が続いた。 | 1920 1-12月 | |||||
ファイバーの生産開始 ゴム・皮革の代替材料として注目されつつあった「ファイバー」の製造を開始。1941年には国内初となる生産設備「ファイバー連続機」を導入し、量産体制を確立した。 | 1936 1-12月 | |||||
北越パルプを合併 1937年に北越製紙は人絹(化学繊維)向けの原料を製造するために北越パルプを設立。北越製紙の新潟工場の隣接地を新たに取得することで、人絹パルプの生産工場を新設した。1944年に北越パルプは北越製紙と合併した。 | 1944 1-12月 | |||||
北越水運を設立し運送事業に進出 北越水運(現・北越物流)を設立し運送事業を開始した。終戦直後の物資輸送需要を捉え、製紙以外の物流機能を内製化する動きであった。 | 1947 1-12月 | |||||
東京証券取引所に株式上場 | FY50 1950/3 | |||||
企業買収 | 三重県に紀州製紙パルプを設立 三重県南牟婁郡に紀州製紙パルプ(現・紀州製紙)を設立した。後に北越製紙が完全子会社化し、2011年には吸収合併する関係の起点となった。 | FY51 1951/3 | ||||
FY54 1954/3 | 売上高 53.1億円 | 当期純利益 3.9億円 | ||||
FY55 1955/3 | 売上高 52億円 | 当期純利益 -2億円 | ||||
洋紙生産高・国内シェア5位 1945年の終戦直後において、北越製紙は戦時中に空襲による被害を受けなかったことで迅速に復興。1951年には製紙業界でもトップレベルの収益を確保した。そこで、1950年以降、これらの収益を設備投資に回すことで生産設備を増強。長岡・新潟・市川の主力3拠点において、それぞれ抄紙機を新設することで増産体制を確立。1955年4月には洋紙生産高ベースで国内シェア5位を確保し、地方企業にも関わらず、大手と互角に戦う会社として注目された。 | FY56 1956/3 | 売上高 55.9億円 | 当期純利益 1.9億円 | |||
FY57 1957/3 | 売上高 63.2億円 | 当期純利益 1.5億円 | ||||
北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ 1955年から1957年にかけて、日本経済の一時的な低迷を受けて、製紙の需要が低迷。北越製紙は「設備老朽化・過剰人員・減産」の影響を受け、収益性が低下した。そこで、1957年に「北越製紙再建方策案」を取りまとめ、設備の近代化及び合理化を軸とした再建策をまとめた。1958年には希望退職者の募集を含む再建案を発表。社員447名(全社員の14%)と、臨時作業員154名(全臨時作業員の59%)について、それぞれ人員整理を実施した。 | FY58 1958/3 | 売上高 59億円 | 当期純利益 -3.3億円 | |||
本社機能を東京に移転 | FY59 1959/3 | 売上高 64億円 | 当期純利益 -4.7億円 | |||
鈴木一弘氏による株式買い占め事件 1959年11月ごろから鈴木一弘氏(買い占め屋)が北越製紙の株式を取得。合計36%の株式を保有した上で、北越製紙関係者に(高値での)買取を要求した。これに対して、北越製紙は不当な買い占めと主張し反発した。その後、鈴木一弘は、他の企業の買い占めの事案で「脅迫罪」の疑いで逮捕され、北越製紙の買い占めも立ち消えとなった。 | FY60 1960/3 | 売上高 75.1億円 | 当期純利益 1億円 | |||
FY61 1961/3 | 売上高 80.1億円 | 当期純利益 1.5億円 | ||||
FY62 1962/3 | 売上高 81.9億円 | 当期純利益 1.6億円 | ||||
FY63 1963/3 | 売上高 86.9億円 | 当期純利益 0.8億円 | ||||
田村文吉会長が逝去 1963年6月28日に、北越製紙の会長・田村文吉氏が逝去。北越製紙の創業家出身であり、社長および会長を歴任した人物であった。田村文吉氏の逝去後、北越製紙は田村家の経営から脱却する。 | FY64 1964/3 | 売上高 106.9億円 | 当期純利益 2.2億円 | |||
新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ - | FY65 1965/3 | 売上高 99.2億円 | 当期純利益 -9.4億円 | |||
FY66 1966/3 | 売上高 105.1億円 | 当期純利益 -1億円 | ||||
FY67 1967/3 | 売上高 142.8億円 | 当期純利益 5.1億円 | ||||
FY68 1968/3 | 売上高 164.8億円 | 当期純利益 4.9億円 | ||||
研究開発 | 国内初の表裏のない板紙生産を開始 新潟工場に長網三層高級白板紙抄紙機(4号機)を新設し、わが国初となる表裏のない板紙の生産を開始した。すなわち高級板紙分野での技術的優位を確立する転機となった。 | FY69 1969/3 | 売上高 179.1億円 | 当期純利益 3.6億円 | ||
FY70 1970/3 | 売上高 215億円 | 当期純利益 3.4億円 | ||||
FY71 1971/3 | 売上高 256億円 | 当期純利益 7.8億円 | ||||
勝田工場を新設・紙器の生産開始 首都圏向けの製造拠点として、従来の市川工場(千葉県)の拡張が難しくなったことを受けて、1971年に勝田工場(茨城県)を新設。米国の製紙業界では「板紙・洋紙の需要増大」がトレンドとなっており、北越製紙の経営陣は日本国内でも同様の市場が形成されると判断。勝田工場では「特殊白板」の生産を軸に据えた。 | FY72 1972/3 | 売上高 276億円 | 当期純利益 2.6億円 | |||
FY73 1973/3 | 売上高 324億円 | 当期純利益 4.7億円 | ||||
FY74 1974/3 | 売上高 467億円 | 当期純利益 13.4億円 | ||||
FY75 1975/3 | 売上高 483億円 | 当期純利益 8.9億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 529億円 | 当期純利益 2.4億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 606億円 | 当期純利益 4億円 | ||||
子会社北越パッケージ株式会社を設立 | FY78 1978/3 | 売上高 610億円 | 当期純利益 4.1億円 | |||
FY79 1979/3 | 売上高 587億円 | 当期純利益 3.9億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 731億円 | 当期純利益 3.8億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 739億円 | 当期純利益 1.5億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 776億円 | 当期純利益 -0.7億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 815億円 | 当期純利益 6.4億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 850億円 | 当期純利益 15.3億円 | ||||
新潟工場への設備投資を再開 | FY87 1987/3 | |||||
設備投資 | 新潟工場に7号機(上・中質塗工紙抄紙機)を新設 新潟工場に上・中質塗工紙抄紙機(7号機)を新設した。設備投資再開の流れの中で、塗工紙分野の生産能力を拡張した。 | FY91 1991/3 | ||||
FY92 1992/3 | 売上高 1,197億円 | 当期純利益 15億円 | ||||
FY93 1993/3 | 売上高 1,145億円 | 当期純利益 16億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 1,071億円 | 当期純利益 18億円 | ||||
FY95 1995/3 | 売上高 1,108億円 | 当期純利益 19億円 | ||||
FY96 1996/3 | 売上高 1,242億円 | 当期純利益 47億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 1,277億円 | 当期純利益 46億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 1,293億円 | 当期純利益 34億円 | ||||
設備投資 | 新潟工場に8号機を新設・ECFパルプ生産開始 新潟工場に上質塗工紙抄紙機(8号機)を新設し、塩素を使わないECFパルプの生産を開始した。これにより環境負荷の低い漂白工程への転換が進み、2000年4月に全社のパルプをECF法に転換する流れにつながった。 | FY99 1999/3 | 売上高 1,229億円 | 当期純利益 11億円 | ||
工場組織再編を実施 市川工場と勝田工場を統合し「関東工場」に改称 | FY00 2000/3 | 売上高 1,327億円 | 当期純利益 21億円 | |||
三菱製紙との包括提携を発表 - | FY01 2001/3 | 売上高 1,454億円 | 当期純利益 68億円 | |||
| 三輪正明 | 長岡工場に特殊抄紙機6号機を設置 | FY02 2002/3 | 売上高 1,361億円 | 当期純利益 27億円 | ||
| 三輪正明 | FY03 2003/3 | 売上高 1,421億円 | 当期純利益 29億円 | |||
| 三輪正明 | FY04 2004/3 | 売上高 1,475億円 | 当期純利益 64億円 | |||
| 三輪正明 | 新潟県中越地震で長岡工場が被災 | FY05 2005/3 | 売上高 1,512億円 | 当期純利益 69億円 | ||
| 三輪正明 | FY06 2006/3 | 売上高 1,536億円 | 当期純利益 32億円 | |||
重要事項株主対応 | 岸本晢夫 | 王子製紙からの買収提案を拒絶 歴史的意義yutaka sugiura 北越製紙は王子製紙のTOBを三菱商事への第三者割当増資で阻止したが、その代償として三菱商事の系列企業となり、同社出身の岸本氏が長期にわたり経営トップを務める構造が固定化された。買収防衛という短期の意思決定が、13年間の資本関係と経営体制を規定し、2019年の提携解消後もなお岸本体制が継続したことで、オアシスによる経営刷新キャンペーンの標的となった因果の連鎖がある。 | FY07 2007/3 | 売上高 1,589億円 | 当期純利益 43億円 | |
| 岸本晢夫 | FY08 2008/3 | 売上高 1,727億円 | 当期純利益 40億円 | |||
設備投資 | 岸本晢夫 | 新潟工場に9号機(上質塗工紙抄紙機)を新設 新潟工場に上質塗工紙抄紙機(9号機)を新設した。リーマンショック直前の大型設備投資となり、塗工紙分野での生産能力をさらに引き上げた。 | FY09 2009/3 | 売上高 1,828億円 | 当期純利益 19億円 | |
| 岸本晢夫 | 株式交換により紀州製紙を完全子会社化 北越製紙は業界再編の主導権を握るべく、2009年10月に紀州製紙を完全子会社化した。これにより紀州製紙は上場廃止となった。 | FY10 2010/3 | 売上高 1,939億円 | 当期純利益 72億円 | ||
経営危機 | 岸本晢夫 | 東日本大震災で関東工場が被災 東日本大震災で関東工場(勝田)等が被災した。早期復旧を果たし、生産再開を急いだが、サプライチェーンには一定の影響が及んだ。 | FY11 2011/3 | 売上高 2,170億円 | 当期純利益 54億円 | |
組織再編 | 岸本晢夫 | 紀州製紙を吸収合併し事業統合 紀州製紙を吸収合併し事業統合を実施した。同時に北越紀州販売(現・北越紙販売)を設立した。2009年の完全子会社化に続く再編の最終局面となった。 | FY12 2012/3 | 売上高 2,305億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 126億円 | |
重要事項 | 岸本晢夫 | 大王製紙の株式取得 歴史的意義yutaka sugiura 北越製紙は大王製紙の株式22.3%を取得して業界再編を主導しようとしたが、大王製紙の経営陣は転換社債の発行で対抗し、訴訟でも北越製紙が敗訴した。資本関係を持ちながら経営統合が実現しない膠着状態は、2021年以降に大王製紙系の株主がオアシスに同調するという形で北越製紙に跳ね返った。再編の主導権を握るために取得した株式関係が、逆に自社の経営体制を揺さぶる構造的反転を生んだ。 | FY13 2013/3 | 売上高 2,082億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 81億円 | |
企業買収 | 仏Bernard Dumasを完全子会社化 Financiere Bernard Dumas S.A.S.(現Bernard Dumas S.A.S.)の株式取得により同社を完全子会社化した。すなわち特殊紙分野の欧州拠点を取り込み、海外展開を一歩進める動きであった。 | |||||
業務提携 | 岸本晢夫 | 三菱商事と天然ガス発電事業を開始 三菱商事との合弁会社であるMC北越エネルギーサービスによる天然ガス発電事業を開始した。製紙工場の電力需要を賄うとともに、エネルギー事業への参入の一歩となった。 | FY14 2014/3 | 売上高 2,238億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 61億円 | |
| 岸本晢夫 | FY15 2015/3 | 売上高 2,284億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 83億円 | |||
| 岸本晢夫 | Aplac Forest Productsを買収 | FY16 2016/3 | 売上高 2,468億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 74億円 | ||
組織再編 | 岸本晢夫 | AlpacをAlberta-Pacific Forest Industriesに統合 Alpac Forest Products Inc.及びAlpac Pulp Sales Inc.が合併し、Alberta-Pacific Forest Industries Inc.を統合後の新設会社とした。すなわちカナダ・アルバータ州のパルプ事業を一本化し、海外パルプ供給拠点としての位置づけを明確化した。 | FY17 2017/3 | 売上高 2,623億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 103億円 | |
| 岸本晢夫 | FY18 2018/3 | 売上高 2,690億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 103億円 | |||
| 岸本晢夫 | 商号を北越コーポレーション株式会社に変更 | FY19 2019/3 | 売上高 2,758億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 91億円 | ||
| 岸本晢夫 | 三菱商事との業務提携を解消 2006年の王子製紙からのTOBに対する対抗策として、三菱商事に対して第三者割当増資を行ったことを契機に、北越製紙は三菱商事との提携関係を開始。 | FY20 2020/3 | 売上高 2,646億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 80億円 | ||
| 岸本晢夫 | 新潟工場の抄紙機6号機を「段ボール原紙抄紙機」に改造 | FY21 2021/3 | 売上高 2,224億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 141億円 | ||
重要事項株主対応 | 岸本晢夫 | 大株主オアシスが「A Better Hokuetsu」のキャンペーンを開始 歴史的意義yutaka sugiura 2024年の株主総会における岸本社長解任議案は、2006年のTOB防衛で形成された経営体制、2012年の大王製紙株取得による資本関係の歪み、そして2021年からのオアシスのキャンペーンという3つの時間軸が交差した局面であった。大王製紙系株主がオアシスに同調した事実は、過去に仕掛けた再編の摩擦が自社への圧力に転化する構造を示しており、企業間の資本関係が長期にわたり統治構造を規定し続ける力学を浮き彫りにする。 | FY22 2022/3 | 売上高 2,616億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 212億円 | |
| 岸本晢夫 | FY23 2023/3 | 売上高 3,012億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 83億円 | |||
| 岸本晢夫 | FY24 2024/3 | 売上高 2,970億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 83億円 | |||
| 若本茂 | FY25 2025/3 | 売上高 3,057億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 155億円 | |||
FY26 2026/3 | 売上高 2,877億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 73億円 |
- 北越製紙株式会社を設立北越製紙の創業は、新潟随一の紙商であった田村家が販売側から製造側に事業領域を拡張した業態転換である。流通の知見を持つ商人が原料の地理的優位性を組み合わせて製造業に参入する構造は、販路確保のリスクを低減する一方で、創業家支配の長期化という統治上の課題を内包した。1950年代まで田村家が社長を歴任した事実は、創業時の資本構成が半世紀にわたり経営構造を規定し続けたことを示唆する。
- 長岡工場で板紙の製造を開始
創業翌年に長岡工場で板紙の製造を開始した。これが北越製紙の祖業である板紙生産の起点となった。
- 新潟市に北越板紙を設立
新潟市に板紙生産の関連会社として北越板紙を設立した。1917年に本体に合併し、新潟工場として再編される流れにつながった。
- 市川工場を新設(千葉県)
首都圏市場への輸送コストを削減する狙いで、千葉県に市川工場を新設した。しかし新設直後に第一次世界大戦終結による不況に直面し、採算割れの状況が続いた。
- ファイバーの生産開始
ゴム・皮革の代替材料として注目されつつあった「ファイバー」の製造を開始。1941年には国内初となる生産設備「ファイバー連続機」を導入し、量産体制を確立した。
- 北越パルプを合併
1937年に北越製紙は人絹(化学繊維)向けの原料を製造するために北越パルプを設立。北越製紙の新潟工場の隣接地を新たに取得することで、人絹パルプの生産工場を新設した。1944年に北越パルプは北越製紙と合併した。
- 北越水運を設立し運送事業に進出
北越水運(現・北越物流)を設立し運送事業を開始した。終戦直後の物資輸送需要を捉え、製紙以外の物流機能を内製化する動きであった。
- 東京証券取引所に株式上場
- 三重県に紀州製紙パルプを設立
三重県南牟婁郡に紀州製紙パルプ(現・紀州製紙)を設立した。後に北越製紙が完全子会社化し、2011年には吸収合併する関係の起点となった。
- 洋紙生産高・国内シェア5位
1945年の終戦直後において、北越製紙は戦時中に空襲による被害を受けなかったことで迅速に復興。1951年には製紙業界でもトップレベルの収益を確保した。そこで、1950年以降、これらの収益を設備投資に回すことで生産設備を増強。長岡・新潟・市川の主力3拠点において、それぞれ抄紙機を新設することで増産体制を確立。1955年4月には洋紙生産高ベースで国内シェア5位を確保し、地方企業にも関わらず、大手と互角に戦う会社として注目された。
- 北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ
1955年から1957年にかけて、日本経済の一時的な低迷を受けて、製紙の需要が低迷。北越製紙は「設備老朽化・過剰人員・減産」の影響を受け、収益性が低下した。そこで、1957年に「北越製紙再建方策案」を取りまとめ、設備の近代化及び合理化を軸とした再建策をまとめた。1958年には希望退職者の募集を含む再建案を発表。社員447名(全社員の14%)と、臨時作業員154名(全臨時作業員の59%)について、それぞれ人員整理を実施した。
- 本社機能を東京に移転
- 鈴木一弘氏による株式買い占め事件
1959年11月ごろから鈴木一弘氏(買い占め屋)が北越製紙の株式を取得。合計36%の株式を保有した上で、北越製紙関係者に(高値での)買取を要求した。これに対して、北越製紙は不当な買い占めと主張し反発した。その後、鈴木一弘は、他の企業の買い占めの事案で「脅迫罪」の疑いで逮捕され、北越製紙の買い占めも立ち消えとなった。
- 田村文吉会長が逝去
1963年6月28日に、北越製紙の会長・田村文吉氏が逝去。北越製紙の創業家出身であり、社長および会長を歴任した人物であった。田村文吉氏の逝去後、北越製紙は田村家の経営から脱却する。
- 新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ
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- 国内初の表裏のない板紙生産を開始
新潟工場に長網三層高級白板紙抄紙機(4号機)を新設し、わが国初となる表裏のない板紙の生産を開始した。すなわち高級板紙分野での技術的優位を確立する転機となった。
- 勝田工場を新設・紙器の生産開始
首都圏向けの製造拠点として、従来の市川工場(千葉県)の拡張が難しくなったことを受けて、1971年に勝田工場(茨城県)を新設。米国の製紙業界では「板紙・洋紙の需要増大」がトレンドとなっており、北越製紙の経営陣は日本国内でも同様の市場が形成されると判断。勝田工場では「特殊白板」の生産を軸に据えた。
- 子会社北越パッケージ株式会社を設立
- 新潟工場への設備投資を再開
- 新潟工場に7号機(上・中質塗工紙抄紙機)を新設
新潟工場に上・中質塗工紙抄紙機(7号機)を新設した。設備投資再開の流れの中で、塗工紙分野の生産能力を拡張した。
- 新潟工場に8号機を新設・ECFパルプ生産開始
新潟工場に上質塗工紙抄紙機(8号機)を新設し、塩素を使わないECFパルプの生産を開始した。これにより環境負荷の低い漂白工程への転換が進み、2000年4月に全社のパルプをECF法に転換する流れにつながった。
- 工場組織再編を実施
市川工場と勝田工場を統合し「関東工場」に改称
- 三菱製紙との包括提携を発表
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- 長岡工場に特殊抄紙機6号機を設置
- 新潟県中越地震で長岡工場が被災
- 新潟工場に9号機(上質塗工紙抄紙機)を新設
新潟工場に上質塗工紙抄紙機(9号機)を新設した。リーマンショック直前の大型設備投資となり、塗工紙分野での生産能力をさらに引き上げた。
- 株式交換により紀州製紙を完全子会社化
北越製紙は業界再編の主導権を握るべく、2009年10月に紀州製紙を完全子会社化した。これにより紀州製紙は上場廃止となった。
- 東日本大震災で関東工場が被災
東日本大震災で関東工場(勝田)等が被災した。早期復旧を果たし、生産再開を急いだが、サプライチェーンには一定の影響が及んだ。
- 紀州製紙を吸収合併し事業統合
紀州製紙を吸収合併し事業統合を実施した。同時に北越紀州販売(現・北越紙販売)を設立した。2009年の完全子会社化に続く再編の最終局面となった。
- 大王製紙の株式取得北越製紙は大王製紙の株式22.3%を取得して業界再編を主導しようとしたが、大王製紙の経営陣は転換社債の発行で対抗し、訴訟でも北越製紙が敗訴した。資本関係を持ちながら経営統合が実現しない膠着状態は、2021年以降に大王製紙系の株主がオアシスに同調するという形で北越製紙に跳ね返った。再編の主導権を握るために取得した株式関係が、逆に自社の経営体制を揺さぶる構造的反転を生んだ。
- 仏Bernard Dumasを完全子会社化
Financiere Bernard Dumas S.A.S.(現Bernard Dumas S.A.S.)の株式取得により同社を完全子会社化した。すなわち特殊紙分野の欧州拠点を取り込み、海外展開を一歩進める動きであった。
- 三菱商事と天然ガス発電事業を開始
三菱商事との合弁会社であるMC北越エネルギーサービスによる天然ガス発電事業を開始した。製紙工場の電力需要を賄うとともに、エネルギー事業への参入の一歩となった。
- Aplac Forest Productsを買収
- AlpacをAlberta-Pacific Forest Industriesに統合
Alpac Forest Products Inc.及びAlpac Pulp Sales Inc.が合併し、Alberta-Pacific Forest Industries Inc.を統合後の新設会社とした。すなわちカナダ・アルバータ州のパルプ事業を一本化し、海外パルプ供給拠点としての位置づけを明確化した。
- 商号を北越コーポレーション株式会社に変更
- 三菱商事との業務提携を解消
2006年の王子製紙からのTOBに対する対抗策として、三菱商事に対して第三者割当増資を行ったことを契機に、北越製紙は三菱商事との提携関係を開始。
- 新潟工場の抄紙機6号機を「段ボール原紙抄紙機」に改造