北越コーポレーション の歴史

創業

1907年

創業者

田村文四郎・覚張治平

創業地

新潟県長岡市

直近売上高(2026/3)

2,877億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1907年に紙商が川上の板紙製造へ進んだのか
A 1907年、紙の流通を握っていた紙商が製造で利を厚くできると見たためである。長岡随一の紙商・田村文四郎氏と書籍商・覚張治平氏ら143名が出資し、北越製紙を興した。田村家が長年かけて築いた販路に、信濃川の水力と新潟特産の稲藁という安価な原料を結びつけ、紙を売る側だった商人が川上の板紙製造へと進んだ。原料・販路・水力という製紙の3条件を地元で完結させ、利幅の薄い卸売から固定費の重い製造へ移った
Q なぜ2006年に三菱商事への増資で王子製紙のTOBを退けたのか
A 2006年、王子製紙の敵対的買収を退けても独立した経営を保つには、対抗できる安定株主を自前で抱える必要があったためである。北越は三菱商事への303億円の第三者割当増資で2007年3月期に24.09%の筆頭株主をつくり、王子のTOBを不成立に追い込んだ。新鋭設備を持つ中堅が業界首位に呑まれる事態は避けられたが、その代償として商社出身者を長くトップに迎え、以後の資本構造そのものをこの増資が決めた
Q なぜ2024年に大王製紙との業務提携へ動いたのか
A 2024年、買収防衛の足場として握ったまま生かせずにいた大王製紙株22.3%を、初めて事業の利益へつなぐ必要があったためである。両社は生産技術・原材料購買・製品物流の3テーマで戦略的業務提携を結び、2026年度に北越30億円・大王20億円の営業利益上積みを掲げた。自社単独の設備更新で競争力を保ってきた紙メーカーが、中期経営計画2026のもとで紙の作り方を他社と共有する方法へ切り替えている。

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1907年〜 創業と製紙基盤の確立と事業ポートフォリオ再編

北越コーポレーションの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1907年 北越製紙を設立
  2. 1908年 長岡工場で板紙の製造を開始
  3. 1914年 北越板紙を設立
  4. 1920年 市川工場を新設(千葉県)
  5. 1944年 北越パルプを合併
  6. 1957年 北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ
  7. 1959年 鈴木一弘氏による株式買い占め事件

稲藁を活かした紙卸商の製造業転身

1907年4月、長岡の紙卸商・田村文四郎と書籍商・覚張治平を中心とする143名の出資者が北越製紙株式会社を設立した。稲作の盛んな新潟は原料となる稲藁の調達が容易な土地柄であり、新潟随一の紙商であった田村家が築き上げてきた広範な販路がそのまま創業時の販売基盤となった。翌年10月にはドイツ製の抄紙機を据え付けて長岡工場での板紙製造を開始し、1914年に設立した北越板紙を1917年に合併して新潟工場とし、長岡と新潟の2拠点体制を築いた。原料・販路・水力という製紙業の3条件を地元の信濃川流域で完結させたところに、創業期の北越製紙の独自性と強さがあった。 [1][2][3]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1907年4月 長岡市にて設立総会を開催し北越製紙㈱を創業(同年5月9日設立登記)
    • [2]1908年10月 長岡工場で板紙の製造を開始(祖業である板紙生産の起点)
    • [3]北越板紙は1914年7月に新潟市に設立した板紙生産の関連会社で、1917年2月に合併して新潟工場と称した。1920年12月の新設は市川工場(千葉県)である

第1次世界大戦の好景気を受けて北越製紙は業容を急拡大したが、大戦後の反動不況により1920年に新設した市川工場は採算割れが続いた。好況期の拡張投資が不況期に採算上の負担となる構図は、設備投資の規模が直接固定費を押し上げる装置産業の宿命でもあり、北越製紙が直面した最初の本格的な経営試練となった。経営の中核には引き続き田村家の出身者が据えられ、田村家から出た社長が1950年代まで歴任する創業家支配の統治体制がはっきりとした形をとって定着した。創業時の人脈と販路に支えられた経営構造は、戦後の業界再編期に至るまで色濃く残り続けた。 [4]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [4]1920年12月 市川工場を新設(千葉県)。新設直後に第一次世界大戦終結による不況に直面し採算割れが続いた
  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [1]1907年4月 長岡市にて設立総会を開催し北越製紙㈱を創業(同年5月9日設立登記)
    • [2]1908年10月 長岡工場で板紙の製造を開始(祖業である板紙生産の起点)
    • [3]北越板紙は1914年7月に新潟市に設立した板紙生産の関連会社で、1917年2月に合併して新潟工場と称した。1920年12月の新設は市川工場(千葉県)である
    • [4]1920年12月 市川工場を新設(千葉県)。新設直後に第一次世界大戦終結による不況に直面し採算割れが続いた

戦後復興期に獲得した洋紙生産国内5位

戦時中に空襲を免れた北越製紙は早期に生産体制を立て直し、1951年には製紙業界のなかでもトップレベルの収益を計上した。同社はこの収益を設備投資の原資として振り向け、長岡・新潟・市川の3拠点で抄紙機を相次いで新設して増産体制を整えた。その結果、1955年には洋紙生産高で国内シェア5位を確保し、新潟を本拠とする地方企業でありながら王子・本州・十條といった東京資本の大手と互角に競う存在として業界内外の注目を集めた。地方発の中堅メーカーが大手の一角に並ぶという、戦後の製紙業界では異例の位置取りをした時期である。

しかし1957年からの景気低迷で収益性が低下し、北越製紙は再建方策案を策定して希望退職を含む人員整理に踏み切らざるを得なくなった。1959年には鈴木一弘による株式買い占め事件が起き、外部からの経営介入のリスクが現実のものとして同社の前に立ち現れた。株式の買い占めは当時の上場企業に共通する脅威だったが、創業家支配が残る地方中堅メーカーにとっては組織防衛の足場そのものが論点となる事件でもあった。さらに1963年には田村文吉会長の逝去によって創業家による経営に区切りがつき、半世紀以上にわたって続いた田村家中心の統治構造は終わりを迎えた。地方の中堅紙メーカーから業界中位の企業へと立場が変わるなか、北越製紙は新たな統治構造への転換を迫られた。

1964年〜 設備更新と震災復興と事業ポートフォリオ再編

北越コーポレーションの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1964年 新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ
  2. 1968年 国内初の表裏のない板紙生産を開始
  3. 2000年 三菱製紙との業務提携を発表
  4. 2006年 王子製紙の敵対的TOBに対する自主独立の防衛 日本初の本格的な敵対的買収を前に、業界6位はなぜ王子の傘下に入らない道を選んだか
  5. 2009年 株式交換により紀州製紙を完全子会社化
  6. 2012年 大王製紙の株式取得
  7. 2019年 三菱商事との業務提携を解消

2度の地震被災を乗り越えた設備投資継続

1964年の新潟地震で新潟工場が被害を受けたが、北越製紙は復旧と同時に抄紙機の新設に踏み切り、被災を生産能力増強の機会へと転換した。装置産業の紙メーカーにとって被災は操業停止と競合へのシェア流出を同時に招く危機だが、同社は復旧投資を増設投資に重ねることで被災後のシェア低下を食い止めた。1971年には首都圏市場を視野に入れた新たな拠点として茨城県に勝田工場を新設し、米国市場における紙の動向を踏まえて特殊白板の生産に注力した。さらに1977年には子会社の北越パッケージを設立し、抄紙だけでなく紙器加工分野への展開も始めた。本社所在地の新潟と首都圏の勝田、紙器加工の北越パッケージという3層の事業基盤が形づくられた。 [5][6][7]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [5]1964年6月 新潟地震により新潟工場が被災、ただちに新鋭抄紙設備を含む再建工事に着手(1966年3月完成)
    • [6]1971年10月 勝田工場(茨城県)を新設。米国製紙業界の動向を踏まえ特殊白板の生産を軸に据えた
    • [7]1977年11月 北越パッケージ㈱を設立し、勝田工場の液体紙容器・紙加工品の製造販売業務を移管

1986年には新潟工場への設備投資を再開し、2000年には市川工場と勝田工場を統合して関東工場と改称するなど、グループ全体の生産体制の合理化を行った。2004年の新潟県中越地震では長岡工場が再び被害を受けたが、ここでも復旧と操業再開にこぎつけた。新潟地震と新潟県中越地震という2度の大震災を経験しながら設備投資の手を緩めなかった点は、同じ装置産業でも被災のたびに減産や撤退をした他の地方紙メーカーと比べたときの北越製紙の特徴である。震災と再投資の繰り返しが、同社の事業基盤の骨格そのものを形づくった。 [8][9][10]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [8]1986年7月 新潟工場への設備投資を再開(上・中質微塗工紙抄紙機6号機を新設)
    • [9]2000年に市川工場と勝田工場を組織統合し関東工場と改称
    • [10]2004年10月 新潟県中越地震で長岡工場が被災、早期復旧を果たす
  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [5]1964年6月 新潟地震により新潟工場が被災、ただちに新鋭抄紙設備を含む再建工事に着手(1966年3月完成)
    • [6]1971年10月 勝田工場(茨城県)を新設。米国製紙業界の動向を踏まえ特殊白板の生産を軸に据えた
    • [7]1977年11月 北越パッケージ㈱を設立し、勝田工場の液体紙容器・紙加工品の製造販売業務を移管
    • [8]1986年7月 新潟工場への設備投資を再開(上・中質微塗工紙抄紙機6号機を新設)
    • [9]2000年に市川工場と勝田工場を組織統合し関東工場と改称
    • [10]2004年10月 新潟県中越地震で長岡工場が被災、早期復旧を果たす

紀州製紙統合と段ボール原紙への製品転換

2000年に三菱製紙との包括提携を発表して業界内での連携強化に動いたが、北越製紙が業界再編の主体として動いた最初の動きは2009年の紀州製紙完全子会社化であった。これにより同社の事業基盤は拡大し、洋紙偏重だった製品ポートフォリオに特殊紙分野の品揃えが加わって厚みを増した。さらに2020年には主力の新潟工場の抄紙機6号機を段ボール原紙用の抄紙機に改造する工事に踏み切り、紙離れによる印刷用紙需要の長期的な縮小と、通販市場の拡大による段ボール需要の継続的な増加という国内紙市場の構造変化に対応する製品転換に真っ向から着手した。 [11][12]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]2009年10月 株式交換により紀州製紙を完全子会社化(同社は上場廃止、当社商号を北越紀州製紙㈱に変更)
    • [12]2020年4月 新潟工場の上・中質微塗工抄紙機(6号機)を段ボール原紙抄紙機に改造

2018年には商号をそれまでのものから自社株式会社へと変更し、紙単業からの脱却と総合紙業会社への移行を志向する経営方針を社外に対しても示した。海外展開の面では、2015年にカナダのアルパック・フォレスト・プロダクツを買収し、北米における原料パルプ生産の北越コーポレーション拠点を獲得した。創業以来の主力商品であった印刷用洋紙の国内需要が長期的に縮小するなか、紀州製紙の取り込み・段ボール原紙への生産シフト・海外原料拠点の獲得という3つの手を打ち、製品構成と事業領域の幅を広げた時期に当たる。震災対応の延長にあった設備投資を、市場構造の変化に合わせて組み替え直す作業でもあった。 [13][14]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [13]2018年に商号を「北越コーポレーション㈱」に変更
    • [14]2015年10月 Alpac Forest Products Inc.及びAlpac Pulp Sales Inc.の株式取得により両社を完全子会社化(カナダ・アルバータ州のパルプ事業。2016年7月にAlberta-Pacific Forest Industries Inc.へ統合)
  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [11]2009年10月 株式交換により紀州製紙を完全子会社化(同社は上場廃止、当社商号を北越紀州製紙㈱に変更)
    • [12]2020年4月 新潟工場の上・中質微塗工抄紙機(6号機)を段ボール原紙抄紙機に改造
    • [13]2018年に商号を「北越コーポレーション㈱」に変更
    • [14]2015年10月 Alpac Forest Products Inc.及びAlpac Pulp Sales Inc.の株式取得により両社を完全子会社化(カナダ・アルバータ州のパルプ事業。2016年7月にAlberta-Pacific Forest Industries Inc.へ統合)

2021年〜 買収防衛と株主対立と事業ポートフォリオ再編

北越コーポレーションの業績推移:連結

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2021年 オアシスによるキャンペーン「より「強い」北越」の開始 時価総額の約75%を占める政策保有株式に、物言う株主は北越の何を問うたか

王子製紙のTOBが招いた三菱商事への系列化

2006年7月、業界首位の王子製紙が北越製紙に対して敵対的買収を宣言した。国内製紙業界は紙離れで需要縮小が見込まれ、王子の側には業界再編の主導権を握る狙いがあった。北越製紙は三菱商事に対する第三者割当増資で303億円を調達し、三菱商事が24.09%の筆頭株主となる資本構図を作ってTOBを阻止した。三輪正明社長は記者会見で「自主独立」の重みを訴え、王子への徹底抗戦の構えを示した。独立は維持されたが、その代償として北越製紙は三菱商事の系列企業としての立場を受け入れた。2008年には三菱商事出身の岸本晢夫氏がCEOに就任し、両社の提携関係は2019年まで13年間続いた。買収防衛の成功と引き換えに、北越製紙の経営の自律性は制約された。 [15][16][17][18][19]

  • 週刊東洋経済 2006年8月5日号「製紙再編 敵対的買収を選んだ王子製紙の“焦燥”」
    • [15]2006年7月23日 王子製紙が北越製紙へ敵対的TOB案を公表(北越は7月19日に買収防衛策を導入して拒絶の構えを固めていた)
    • [17]2006年8月時点で王子製紙は国内首位・北越製紙は業界6位。北越は新潟工場の新設備(総額約550億円)の資金調達として三菱商事へ1株607円で5000万株を割り当て(総額約303億円)、三菱商事が持株比率約24%の筆頭株主・北越が持分法適用会社となる資本構図を作った
    • [18]三輪正明社長は2006年7月24日の記者会見で「自主独立」の重みを訴え、王子のTOBに徹底抗戦する構えを示した
  • 北越製紙 有価証券報告書 第170期(2008年3月期)【表紙】
    • [16]第169期有報(2007年6月提出)の代表者は三輪正明氏、第170期有報(2008年6月26日提出)の代表者は岸本晢夫氏(代表取締役社長CEO)=2008年のCEO就任と整合
  • 週刊東洋経済 2015年9月18日号「この人に聞く 北越製紙 社長 岸本晢夫『第三極』は補完シナリオ 大王製紙の株は手放さない」
    • [19]岸本晢夫氏は三菱商事の製紙原料部長などを経て1999年に北越製紙取締役、2008年に社長に就任しており「三菱商事出身」と整合する

買収防衛のために招き入れた資本が、その後10年以上にわたって北越製紙の経営構造を規定した。独立を守る名目で実施した第三者割当増資は、経営判断の自由度を狭め、王子製紙の脅威が遠のいた後も意思決定の枠組みを縛り続けた。2019年7月に北越コーポレーションは三菱商事との業務提携を解消し、13年間続いた後ろ盾を手放した。提携解消は同社の独立性を回復させた一方で、筆頭株主が抜けた資本構成の空白が、その後の株主との対立を招く前提となった。買収防衛という短期の勝利と、長期の経営の硬直化が、同じ一手から並行して生じた。 [20]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [20]2019年7月時点の商号は「北越コーポレーション」(2009年10月に北越紀州製紙、2018年に北越コーポレーションへ商号変更済み)
  • 週刊東洋経済 2006年8月5日号「製紙再編 敵対的買収を選んだ王子製紙の“焦燥”」
    • [15]2006年7月23日 王子製紙が北越製紙へ敵対的TOB案を公表(北越は7月19日に買収防衛策を導入して拒絶の構えを固めていた)
    • [17]2006年8月時点で王子製紙は国内首位・北越製紙は業界6位。北越は新潟工場の新設備(総額約550億円)の資金調達として三菱商事へ1株607円で5000万株を割り当て(総額約303億円)、三菱商事が持株比率約24%の筆頭株主・北越が持分法適用会社となる資本構図を作った
    • [18]三輪正明社長は2006年7月24日の記者会見で「自主独立」の重みを訴え、王子のTOBに徹底抗戦する構えを示した
  • 北越製紙 有価証券報告書 第170期(2008年3月期)【表紙】
    • [16]第169期有報(2007年6月提出)の代表者は三輪正明氏、第170期有報(2008年6月26日提出)の代表者は岸本晢夫氏(代表取締役社長CEO)=2008年のCEO就任と整合
  • 週刊東洋経済 2015年9月18日号「この人に聞く 北越製紙 社長 岸本晢夫『第三極』は補完シナリオ 大王製紙の株は手放さない」
    • [19]岸本晢夫氏は三菱商事の製紙原料部長などを経て1999年に北越製紙取締役、2008年に社長に就任しており「三菱商事出身」と整合する
  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [20]2019年7月時点の商号は「北越コーポレーション」(2009年10月に北越紀州製紙、2018年に北越コーポレーションへ商号変更済み)

系列化後に再燃した株主からの経営介入

業界再編を仕掛けた北越製紙自身が、株主から経営刷新を迫られる側に回った。2012年8月、北越紀州製紙は大王製紙の株式を取得した。大王製紙やかつての紀州製紙を取り込む再編の主体だった北越製紙は、三菱商事との系列が続いた2010年代前半に、自らの株主構成をめぐって外部からの要求にさらされる側へ転じた。2009年の紀州製紙完全子会社化、2011年の吸収合併と再編を主導してきた同社が、わずか数年で守勢に回った点に、製紙業界の再編が一巡したあとの力関係の変化が表れている。買収防衛で固めたはずの資本構成は、提携解消の前後を通じて再び論点となった。 [21][22][23][24]

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [21]2012年8月 大王製紙㈱の株式取得により同社を持分法適用関連会社とする(当時の商号は北越紀州製紙)
    • [22]2009年10月 株式交換により紀州製紙を完全子会社化
    • [23]2011年4月 紀州製紙を吸収合併し事業統合(同時に北越紀州販売㈱を設立)
  • 週刊東洋経済 2012年6月22日号「大王内紛に終止符 北越が仲介する理由」
    • [24]2012年6月時点で、大王製紙の創業家(井川家)から大王株約2割を約100億円で取得し筆頭株主に浮上する方向で最終調整に入ったと報じられた。同誌は、2006年の王子TOB時に大王がホワイトナイトとして北越を支援した経緯を挙げ、この取得を北越側の"恩返し"と位置づけた

2019年7月の三菱商事との業務提携解消で筆頭株主が抜けた後、株主からの経営介入が表面化した。2021年10月、大株主のオアシス・マネジメントが「A Better Hokuetsu」と題したキャンペーンを開始し、北越コーポレーションの取締役会構成や資本効率の改善を株主提案として突きつけた。2006年の買収防衛、2009年以降の業界再編、そして2021年の株主提案という3つの資本関係が、株主総会の場で交差した。創業以来の主力である印刷用洋紙の需要縮小が続くなか、同社は段ボール原紙への生産転換と並行して、株主との対話を経営課題として抱えた。

  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
    • [21]2012年8月 大王製紙㈱の株式取得により同社を持分法適用関連会社とする(当時の商号は北越紀州製紙)
    • [22]2009年10月 株式交換により紀州製紙を完全子会社化
    • [23]2011年4月 紀州製紙を吸収合併し事業統合(同時に北越紀州販売㈱を設立)
  • 週刊東洋経済 2012年6月22日号「大王内紛に終止符 北越が仲介する理由」
    • [24]2012年6月時点で、大王製紙の創業家(井川家)から大王株約2割を約100億円で取得し筆頭株主に浮上する方向で最終調整に入ったと報じられた。同誌は、2006年の王子TOB時に大王がホワイトナイトとして北越を支援した経緯を挙げ、この取得を北越側の"恩返し"と位置づけた

北越コーポレーションの沿革1907〜2021年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
北越製紙を設立
長岡工場で板紙の製造を開始
北越板紙を設立
市川工場を新設(千葉県)
ファイバーの生産開始
北越パルプを合併★★
北越水運を設立
運送事業に参入
東京証券取引所に株式上場
紀州製紙パルプを設立
洋紙生産高・国内シェア5位
北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ★★
本社機能を移転
鈴木一弘氏による株式買い占め事件★★
田村文吉会長が逝去
新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ★★
国内初の表裏のない板紙生産を開始
勝田工場を新設・紙器の生産開始
子会社北越パッケージを設立
新潟工場への設備投資を再開
新潟工場に7号機(上・中質塗工紙抄紙機)を新設
新潟工場に8号機を新設・ECFパルプ生産開始
三菱製紙との業務提携を発表★★
三輪正明新潟県中越地震で長岡工場が被災
三輪正明王子製紙の敵対的TOBに対する自主独立の防衛日本初の本格的な敵対的買収を前に、業界6位はなぜ王子の傘下に入らない道を選んだか 詳細を読む★★★
岸本晢夫新潟工場に9号機(上質塗工紙抄紙機)を新設
岸本晢夫株式交換により紀州製紙を完全子会社化★★
岸本晢夫東日本大震災で関東工場が被災
岸本晢夫大王製紙の株式取得★★
岸本晢夫三菱商事と天然ガス発電事業に参入
岸本晢夫商号を北越コーポレーションに変更
岸本晢夫三菱商事との業務提携を解消★★
岸本晢夫新潟工場の抄紙機6号機を「段ボール原紙抄紙機」に改造
岸本晢夫オアシスによるキャンペーン「より「強い」北越」の開始時価総額の約75%を占める政策保有株式に、物言う株主は北越の何を問うたか 詳細を読む★★★
出典・参考
  • 北越コーポレーション 有価証券報告書 第187期(2025年3月期)【沿革】
  • 週刊東洋経済 2006年8月5日号「製紙再編 敵対的買収を選んだ王子製紙の“焦燥”」
  • 北越製紙 有価証券報告書 第170期(2008年3月期)【表紙】
  • 週刊東洋経済 2015年9月18日号「この人に聞く 北越製紙 社長 岸本晢夫『第三極』は補完シナリオ 大王製紙の株は手放さない」
  • 週刊東洋経済 2012年6月22日号「大王内紛に終止符 北越が仲介する理由」

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