創業から119年。4回の決断

概要- Historical Summary -
1907年設立。新潟県の製紙会社として創業し、幾多の経営危機や新潟地震・中越地震の被災を乗り越えて成長した。田村文吉ら経営者のもと品質向上と設備投資を推進し、洋紙で国内5位の地位を確保。2006年には王子製紙からの敵対的買収提案を日本製紙・三菱商事との連携で退け、独立を維持した。紀州製紙との経営統合で事業基盤を拡大し、段ボール原紙への製品転換と海外買収で総合製紙メーカーとしての地位を確立している。
洞察- Author's Insights -
概要- Historical Summary -
1907年設立。新潟県の製紙会社として創業し、幾多の経営危機や新潟地震・中越地震の被災を乗り越えて成長した。田村文吉ら経営者のもと品質向上と設備投資を推進し、洋紙で国内5位の地位を確保。2006年には王子製紙からの敵対的買収提案を日本製紙・三菱商事との連携で退け、独立を維持した。紀州製紙との経営統合で事業基盤を拡大し、段ボール原紙への製品転換と海外買収で総合製紙メーカーとしての地位を確立している。
洞察- Author's Insights -
1907
決断
北越製紙株式会社を設立
紙の流通を握る商人が製造に進出した川上統合の創業構造
1920
市川工場を新設(千葉県)
1920市川工場を新設(千葉県)
1936
ファイバーの生産開始
1936ファイバーの生産開始
1944
北越パルプを合併
1944北越パルプを合併
1949
東京証券取引所に株式上場
1949東京証券取引所に株式上場
1955
洋紙生産高・国内シェア5位
1955洋紙生産高・国内シェア5位
1957
北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ
1957北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ
1958
本社機能を東京に移転
1958本社機能を東京に移転
1959
鈴木一弘氏による株式買い占め事件
1959鈴木一弘氏による株式買い占め事件
1963
田村文吉会長が逝去
1963田村文吉会長が逝去
1964
新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ
1964新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ
1971
勝田工場を新設・紙器の生産開始
1971勝田工場を新設・紙器の生産開始
1977
子会社北越パッケージ株式会社を設立
1977子会社北越パッケージ株式会社を設立
1986
新潟工場への設備投資を再開
1986新潟工場への設備投資を再開
2000
工場組織再編を実施
2000工場組織再編を実施
2000
三菱製紙との包括提携を発表
2000三菱製紙との包括提携を発表
2002
長岡工場に特殊抄紙機6号機を設置
2002長岡工場に特殊抄紙機6号機を設置
2004
新潟県中越地震で長岡工場が被災
2004新潟県中越地震で長岡工場が被災
2006
決断
王子製紙からの買収提案を拒絶
敵対的買収の防衛策が招いた系列化と長期経営体制の固定化
2009
株式交換により紀州製紙を完全子会社化
2009株式交換により紀州製紙を完全子会社化
2012
決断
大王製紙の株式取得
再編を仕掛けた側が被買収先の株主から経営刷新を迫られる逆転構造
2015
Aplac Forest Productsを買収
2015Aplac Forest Productsを買収
2018
商号を北越コーポレーション株式会社に変更
2018商号を北越コーポレーション株式会社に変更
2019
三菱商事との業務提携を解消
2019三菱商事との業務提携を解消
2020
新潟工場の抄紙機6号機を「段ボール原紙抄紙機」に改造
2020新潟工場の抄紙機6号機を「段ボール原紙抄紙機」に改造
2021
決断
大株主オアシスが「A Better Hokuetsu」のキャンペーンを開始
買収防衛・業界再編・株主対立という3つの資本関係が交差した株主総会
業績を見る
売上北越コーポレーション:売上高
単体 | 連結(単位:億円)
2,970億円
売上高:2024/3
利益北越コーポレーション:売上高_当期純利益率
単体 | 連結(単位:%)
2.7%
利益率:2024/3
業績を見る
区分売上高利益利益率
1950/4単体 売上高 / 当期純利益---
1951/4単体 売上高 / 当期純利益---
1952/4単体 売上高 / 当期純利益---
1953/4単体 売上高 / 当期純利益---
1954/4単体 売上高 / 当期純利益53億円3億円7.3%
1955/4単体 売上高 / 当期純利益52億円-2億円-3.9%
1956/4単体 売上高 / 当期純利益55億円1億円3.3%
1957/4単体 売上高 / 当期純利益63億円1億円2.3%
1958/4単体 売上高 / 当期純利益59億円-3億円-5.6%
1959/4単体 売上高 / 当期純利益64億円-4億円-7.4%
1960/4単体 売上高 / 当期純利益75億円1億円1.3%
1961/4単体 売上高 / 当期純利益80億円1億円1.8%
1962/4単体 売上高 / 当期純利益81億円1億円1.9%
1963/4単体 売上高 / 当期純利益86億円0億円0.9%
1964/4単体 売上高 / 当期純利益106億円2億円2.0%
1965/4単体 売上高 / 当期純利益99億円-9億円-9.5%
1966/4単体 売上高 / 当期純利益105億円-1億円-1.0%
1967/4単体 売上高 / 当期純利益142億円5億円3.5%
1968/4単体 売上高 / 当期純利益164億円4億円2.9%
1969/4単体 売上高 / 当期純利益179億円3億円2.0%
1970/4単体 売上高 / 当期純利益215億円3億円1.5%
1971/4単体 売上高 / 当期純利益256億円7億円3.0%
1972/4単体 売上高 / 当期純利益276億円2億円0.9%
1973/4単体 売上高 / 当期純利益324億円4億円1.4%
1974/4単体 売上高 / 当期純利益467億円13億円2.8%
1975/4単体 売上高 / 当期純利益483億円8億円1.8%
1976/4単体 売上高 / 当期純利益529億円2億円0.4%
1977/4単体 売上高 / 当期純利益606億円4億円0.6%
1978/4単体 売上高 / 当期純利益610億円4億円0.6%
1979/4単体 売上高 / 当期純利益587億円3億円0.6%
1980/4単体 売上高 / 当期純利益731億円3億円0.5%
1981/4単体 売上高 / 当期純利益739億円1億円0.2%
1982/4単体 売上高 / 当期純利益776億円-0億円-0.1%
1983/4単体 売上高 / 当期純利益815億円6億円0.7%
1984/4単体 売上高 / 当期純利益850億円15億円1.8%
1985/3単体 売上高 / 当期純利益---
1986/3単体 売上高 / 当期純利益---
1987/3単体 売上高 / 当期純利益---
1988/3単体 売上高 / 当期純利益---
1989/3単体 売上高 / 当期純利益---
1990/3単体 売上高 / 当期純利益---
1991/3単体 売上高 / 当期純利益---
1992/3単体 売上高 / 当期純利益1,197億円15億円1.2%
1993/3単体 売上高 / 当期純利益1,145億円16億円1.3%
1994/3単体 売上高 / 当期純利益1,071億円18億円1.6%
1995/3単体 売上高 / 当期純利益1,108億円19億円1.7%
1996/3単体 売上高 / 当期純利益1,242億円47億円3.7%
1997/3単体 売上高 / 当期純利益1,277億円46億円3.6%
1998/3単体 売上高 / 当期純利益1,293億円34億円2.6%
1999/3単体 売上高 / 当期純利益1,229億円11億円0.8%
2000/3連結 売上高 / 当期純利益1,327億円21億円1.5%
2001/3連結 売上高 / 当期純利益1,454億円68億円4.6%
2002/3連結 売上高 / 当期純利益1,361億円27億円1.9%
2003/3連結 売上高 / 当期純利益1,421億円29億円2.0%
2004/3連結 売上高 / 当期純利益1,475億円64億円4.3%
2005/3連結 売上高 / 当期純利益1,512億円69億円4.5%
2006/3連結 売上高 / 当期純利益1,536億円32億円2.0%
2007/3連結 売上高 / 当期純利益1,589億円43億円2.7%
2008/3連結 売上高 / 当期純利益1,727億円40億円2.3%
2009/3連結 売上高 / 当期純利益1,828億円19億円1.0%
2010/3連結 売上高 / 当期純利益1,939億円72億円3.7%
2011/3連結 売上高 / 当期純利益2,170億円54億円2.4%
2012/3連結 売上高 / 当期純利益2,305億円127億円5.5%
2013/3連結 売上高 / 当期純利益2,082億円83億円3.9%
2014/3連結 売上高 / 当期純利益2,238億円62億円2.7%
2015/3連結 売上高 / 当期純利益2,284億円83億円3.6%
2016/3連結 売上高 / 当期純利益2,468億円74億円2.9%
2017/3連結 売上高 / 当期純利益2,623億円103億円3.9%
2018/3連結 売上高 / 当期純利益2,690億円103億円3.8%
2019/3連結 売上高 / 当期純利益2,758億円91億円3.2%
2020/3連結 売上高 / 当期純利益2,646億円80億円3.0%
2021/3連結 売上高 / 当期純利益2,224億円141億円6.3%
2022/3連結 売上高 / 当期純利益2,616億円212億円8.1%
2023/3連結 売上高 / 当期純利益3,012億円83億円2.7%
2024/3連結 売上高 / 当期純利益2,970億円83億円2.7%

Author's Insights

「独立を守る」ための増資が、13年間の系列化を招いた逆説
2006年の王子製紙による敵対的TOBとその代償

2006年8月、業界首位の王子製紙は北越製紙に対して敵対的TOBを宣言した。狙いは上質紙で新鋭設備を持つ北越製紙を傘下に収め、自社の老朽化した抄紙機を代替することにあった。北越製紙にとって独立維持は最優先課題であったが、自力でTOBを阻止する手段は限られていた。市場での株式買い集めに対抗するには、外部の援軍を招く以外に選択肢がなかった。

2006年9月、北越製紙が選択したのは三菱商事に対する第三者割当増資であった。303億円を調達し、三菱商事が24.1%の筆頭株主となることで、王子製紙がTOBで過半数を取得する道は事実上封じられた。この判断は買収防衛としては合理的であったが、代償として北越製紙は三菱商事の系列企業としての立場を受け入れることとなった。2008年には三菱商事出身の岸本晢夫氏がCEOに就任し、三菱商事との連携を象徴する経営体制が確立された。

三菱商事との提携関係は2019年まで13年間続いた。北越製紙は独立を維持したものの、筆頭株主である三菱商事の影響下に置かれる構造が固定化され、岸本社長の長期在任もこの資本関係を背景としていた。2019年に提携を解消した後も岸本体制は継続し、後ろ盾を失った長期政権に対する外部株主の不満が蓄積されていった。2021年にはオアシスが「A Better Hokuetsu」キャンペーンを開始し、岸本社長の解任を求めるに至った。

買収防衛は敵対者を退ける短期の判断であるが、防衛のために招き入れた資本が長期の経営構造を規定するという構造がここにある。三菱商事という「援軍」は統治の安定をもたらした一方で、岸本体制の長期化と収益性低迷の一因となった可能性がある。「独立を守る」名目で行われた増資が結果として自律的な経営判断を13年間制約し、さらにその後ろ盾を失った瞬間にファンドの標的となったことは、買収防衛策の設計において「防衛後の統治構造」をどう構想するかという問いを突きつける。

2026-02-21 | by author
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1907
4月

北越製紙株式会社を設立

紙の流通を握る商人が製造に進出した川上統合の創業構造

北越製紙の創業は、新潟随一の紙商であった田村家が販売側から製造側に事業領域を拡張した業態転換である。流通の知見を持つ商人が原料の地理的優位性を組み合わせて製造業に参入する構造は、販路確保のリスクを低減する一方で、創業家支配の長期化という統治上の課題を内包した。1950年代まで田村家が社長を歴任した事実は、創業時の資本構成が半世紀にわたり経営構造を規定し続けたことを示唆する。

背景

新潟の紙商が稲藁原料の板紙製造に着目し製紙業への転身を企図

1907年に長岡の紙卸商・田村文四郎氏と書籍商・覚張治平氏を中心とする143名の出資者が、北越製紙株式会社を新潟県長岡市に設立した。稲作が盛んな新潟では原料となる稲藁の調達が容易であり、紙商として流通に精通していた田村氏は、紙の仕入先から製造元へと事業領域を拡張する構想を抱いた。新潟随一の紙商と称された田村家の参画により、北越製紙は創業当初から販路の基盤を有していた。

田村家は北越製紙の経営に深く関与し、1950年代まで田村家出身者が社長を歴任する伝統が形成された。設立時から創業家による経営が色濃い体制であったが、この構造が後に外部資本による買い占め事件や、創業家からの脱却という経営課題を生むことになる。北越製紙の創業は、紙問屋が川上の製造業に進出するという業態転換の試みであった。

決断

信濃川流域の長岡に工場を新設しドイツ製抄紙機で板紙製造を開始

工場用地の選定では、原料調達・工業用水・電力コストの3条件を基準に長岡市北端の蔵王町(信濃川流域)を選定した。製紙の中核設備である抄紙機はドイツから輸入し、会社設立から約1年をかけて製造体制を整備した。1908年10月の開所式には元長岡藩主や新潟県知事が出席し、地域の期待を背負う形で操業を開始した。

1914年からの第一次世界大戦による好景気を受けて北越製紙は業容を拡大し、1920年には北越板紙を買収して同社の工場を新潟工場とすることで長岡・新潟の2拠点体制を確立した。しかし大戦終結後の不況により、同年に新設した市川工場(千葉県)は採算割れの状況が続いた。好況期の拡張投資が不況期に重荷となる構図は、北越製紙の経営における最初の試練となった。

紙の流通を握る商人が製造に進出した川上統合の創業構造

北越製紙の創業は、新潟随一の紙商であった田村家が販売側から製造側に事業領域を拡張した業態転換である。流通の知見を持つ商人が原料の地理的優位性を組み合わせて製造業に参入する構造は、販路確保のリスクを低減する一方で、創業家支配の長期化という統治上の課題を内包した。1950年代まで田村家が社長を歴任した事実は、創業時の資本構成が半世紀にわたり経営構造を規定し続けたことを示唆する。

年表北越製紙株式会社を設立に関する出来事
19074月北越製紙株式会社を設立
設立時点の株主数143
190810月長岡工場で板紙製造を開始
19172月北越板紙株式会社を合併・新潟工場を発足
1920
市川工場を新設(千葉県)
1936
ファイバーの生産開始
1944
北越パルプを合併
1949
東京証券取引所に株式上場
1955
洋紙生産高・国内シェア5位
1957
北越製紙再建方策案を策定・人員削減へ
1958
本社機能を東京に移転
1959
鈴木一弘氏による株式買い占め事件
1963
田村文吉会長が逝去
1964
新潟地震で新潟工場が被災・抄紙機新設で復興へ
1971
勝田工場を新設・紙器の生産開始
1977
子会社北越パッケージ株式会社を設立
1986
新潟工場への設備投資を再開
2000
工場組織再編を実施
2000
三菱製紙との包括提携を発表
2002
長岡工場に特殊抄紙機6号機を設置
2004
新潟県中越地震で長岡工場が被災
2006
8月

王子製紙からの買収提案を拒絶

2006/3期(連結)売上高 1,536億円当期純利益 32億円
敵対的買収の防衛策が招いた系列化と長期経営体制の固定化

北越製紙は王子製紙のTOBを三菱商事への第三者割当増資で阻止したが、その代償として三菱商事の系列企業となり、同社出身の岸本氏が長期にわたり経営トップを務める構造が固定化された。買収防衛という短期の意思決定が、13年間の資本関係と経営体制を規定し、2019年の提携解消後もなお岸本体制が継続したことで、オアシスによる経営刷新キャンペーンの標的となった因果の連鎖がある。

背景

業界首位の王子製紙が北越製紙の新鋭設備を狙い敵対的買収を宣言

2006年8月に製紙業界首位の王子製紙は、北越製紙に対する敵対的買収を宣言した。株式の過半数を取得することで経営統合を実現する計画を公表し、王子製紙の狙いは上質紙の抄紙機で新鋭設備が充実した北越製紙を傘下に収めることにあった。王子製紙は自社の老朽化した抄紙機を廃棄し、北越製紙の設備に生産を集約することで工場稼働率を改善する構想を描いていた。

これに対して王子製紙の競合である日本製紙が反発し、王子製紙によるTOBが業界秩序を乱すと主張した。日本製紙は北越製紙の株式を取得してTOBの阻止を図り、買収の成否は北越製紙と取引関係にある三菱商事がTOBに応じるかどうかに焦点が絞られた。製紙業界の上位2社が北越製紙をめぐって対立する構図となり、地方の中堅製紙会社が業界再編の焦点に浮上した。

決断

三菱商事への第三者割当増資でTOBを阻止し独立を維持

北越製紙は王子製紙によるTOBを阻止するために、株式の希薄化を伴う第三者割当増資を決定した。三菱商事に対して増資を実施し、同社が北越製紙の株式24.1%を保有する筆頭株主となることで、王子製紙が過半数を取得する道を事実上封じた。北越製紙はこの増資により303億円を資本調達し、表向きの名目は抄紙機への設備投資資金とした。

三菱商事への第三者割当増資により王子製紙のTOBは不成立に終わり、北越製紙は独立を維持した。しかしこの防衛策の代償として、北越製紙は三菱商事の系列企業としての立場を受け入れることとなった。2008年には岸本晢夫氏(三菱商事出身・1999年に北越製紙入社)が代表取締役CEOに就任し、三菱商事との連携を象徴する人事となった。

結果

買収防衛の代償として三菱商事の系列に組み込まれた13年間

三菱商事との提携関係は2019年まで13年間にわたって継続した。北越製紙は独立を守ったものの、筆頭株主である三菱商事の影響下に置かれる構造が固定化された。岸本社長の長期在任もこの資本関係を背景としており、買収防衛のために招き入れた外部資本が経営体制を規定するという構図が生まれた。

2019年に三菱商事との提携を解消した後も、岸本社長の経営体制は継続した。しかし2021年からは投資ファンドのオアシスが岸本社長の長期在任と収益性低迷を問題視するキャンペーンを展開することになり、買収防衛の局面で形成された経営構造が新たな株主との対立を招く遠因となった。

2006/3期(連結)売上高 1,536億円当期純利益 32億円
敵対的買収の防衛策が招いた系列化と長期経営体制の固定化

北越製紙は王子製紙のTOBを三菱商事への第三者割当増資で阻止したが、その代償として三菱商事の系列企業となり、同社出身の岸本氏が長期にわたり経営トップを務める構造が固定化された。買収防衛という短期の意思決定が、13年間の資本関係と経営体制を規定し、2019年の提携解消後もなお岸本体制が継続したことで、オアシスによる経営刷新キャンペーンの標的となった因果の連鎖がある。

年表王子製紙からの買収提案を拒絶に関する出来事
20068月王子製紙が北越製紙に対してTOBを宣言
20068月日本製紙が北越製紙の株式を取得
日本製紙による保有比率8.8%
20069月三菱商事が北越製紙の第三者割当増資を引き受け
増資後の三菱商事による保有比率24%
20069月北越製紙の増資によりTOBは不成立
2009
株式交換により紀州製紙を完全子会社化
2012
8月

大王製紙の株式取得

2012/3期(連結)売上高 2,305億円当期純利益 127億円
再編を仕掛けた側が被買収先の株主から経営刷新を迫られる逆転構造

北越製紙は大王製紙の株式22.3%を取得して業界再編を主導しようとしたが、大王製紙の経営陣は転換社債の発行で対抗し、訴訟でも北越製紙が敗訴した。資本関係を持ちながら経営統合が実現しない膠着状態は、2021年以降に大王製紙系の株主がオアシスに同調するという形で北越製紙に跳ね返った。再編の主導権を握るために取得した株式関係が、逆に自社の経営体制を揺さぶる構造的反転を生んだ。

背景

業界再編の主導権を狙い大王製紙の創業家から株式を取得

2012年に北越製紙は、業界再編を主導する意図のもとで大王製紙の株式22.3%を創業家から取得した。大王製紙では2011年に創業家出身の前会長による巨額借入事件が発覚し、創業家の影響力が低下していた時期にあたる。北越製紙の岸本社長は、大王製紙を関係会社として取り込むことで製紙業界における発言力を強化し、王子製紙や日本製紙に対抗する第三極の形成を構想した。

しかし大王製紙の経営陣は、北越製紙による実質的な支配を警戒して強く反発した。創業家の持株を外部企業が取得したことに対する危機感が大王製紙の内部で共有され、北越製紙との統合に向けた協議には応じない姿勢を鮮明にした。株式を取得しただけでは経営統合には至らず、資本関係と経営関係の乖離が両社の間に生じた。

決断

大王製紙が転換社債発行で対抗し北越製紙は提訴で応酬

2015年に大王製紙は300億円の転換社債の発行を決定した。転換社債が株式に転換されれば北越製紙の持分比率が希薄化するため、北越製紙は大王製紙の経営陣を相手取り提訴に踏み切った。しかし2020年の訴訟で北越製紙は敗訴し、法的手段による再編推進は頓挫した。北越製紙は大王製紙を関係会社として保有し続けるものの、経営に関与できない膠着状態が長期化した。

この資本関係の歪みは、2021年以降のオアシスによるキャンペーンにおいて顕在化した。オアシスが岸本社長の解任を株主提案した際、大王製紙の関連会社である大王海運(北越コーポレーション株式9.97%保有)はオアシスに同調する姿勢を見せた。再編を仕掛けた側の北越製紙が、被買収対象であった大王製紙系の株主から経営刷新を迫られるという立場の逆転が生じた。

2012/3期(連結)売上高 2,305億円当期純利益 127億円
再編を仕掛けた側が被買収先の株主から経営刷新を迫られる逆転構造

北越製紙は大王製紙の株式22.3%を取得して業界再編を主導しようとしたが、大王製紙の経営陣は転換社債の発行で対抗し、訴訟でも北越製紙が敗訴した。資本関係を持ちながら経営統合が実現しない膠着状態は、2021年以降に大王製紙系の株主がオアシスに同調するという形で北越製紙に跳ね返った。再編の主導権を握るために取得した株式関係が、逆に自社の経営体制を揺さぶる構造的反転を生んだ。

年表大王製紙の株式取得に関する出来事
20128月大王製紙の株式取得
22.3%
20159月大王製紙が転換社債を発行
300億円
20159月北越製紙が大王製紙に対して提訴
202012月北越製紙・大王製紙の訴訟で敗訴
2015
Aplac Forest Productsを買収
2018
商号を北越コーポレーション株式会社に変更
2019
三菱商事との業務提携を解消
2020
新潟工場の抄紙機6号機を「段ボール原紙抄紙機」に改造
2021
10月

大株主オアシスが「A Better Hokuetsu」のキャンペーンを開始

2021/3期(連結)売上高 2,224億円当期純利益 141億円
買収防衛・業界再編・株主対立という3つの資本関係が交差した株主総会

2024年の株主総会における岸本社長解任議案は、2006年のTOB防衛で形成された経営体制、2012年の大王製紙株取得による資本関係の歪み、そして2021年からのオアシスのキャンペーンという3つの時間軸が交差した局面であった。大王製紙系株主がオアシスに同調した事実は、過去に仕掛けた再編の摩擦が自社への圧力に転化する構造を示しており、企業間の資本関係が長期にわたり統治構造を規定し続ける力学を浮き彫りにする。

背景

投資ファンドが岸本社長の長期在任と収益性低迷を問題視

投資ファンドのオアシスは北越コーポレーションの株式を取得した上で、2021年10月から企業価値向上を目的とするキャンペーン「A Better Hokuetsu」を開始した。2008年から代表取締役を務める岸本社長の体制において株価および収益性が低迷していることを指摘し、岸本氏が代表に適任ではないと主張した。岸本氏は2006年の王子製紙によるTOB阻止の際に三菱商事との連携で経営基盤を固めた人物であり、その後16年以上にわたり経営トップの座にあった。

オアシスの主張は、長期在任の経営者が企業統治を形骸化させているという論点に集約された。2019年に三菱商事との提携を解消した後も岸本体制が継続したことで、筆頭株主の後ろ盾を失った状態での長期政権に対する外部株主の不満が蓄積されていた。オアシスはこうした統治上の空白を突く形でキャンペーンを展開した。

決断

株主総会で岸本社長の解任を提案するも賛成38%で否決

2024年6月の株主総会において、オアシスは社外取締役の新任および岸本社長の解任を株主提案した。岸本社長の解任に関する議案(第5号議案)では賛成割合が38.17%となったが、過半数に達せず否決された。賛成票の内訳は、オアシスが保有する約18%に加え、大王製紙系の大王海運(北越コーポレーション株式9.97%保有)が同調して約28%を確保したものの、残りの賛成票は10%程度にとどまった。

大王海運がオアシスに同調した背景には、2012年以降の北越製紙と大王製紙の対立関係がある。再編を仕掛けられた大王製紙側が、北越コーポレーションの経営刷新を求めるオアシスの提案に賛成するという構図は、過去の資本関係の摩擦が株主総会の議決に反映されたことを意味する。否決されたとはいえ38%の賛成は経営陣に対する不信任の程度を示しており、統治上の課題は未解決のまま残された。

2021/3期(連結)売上高 2,224億円当期純利益 141億円
買収防衛・業界再編・株主対立という3つの資本関係が交差した株主総会

2024年の株主総会における岸本社長解任議案は、2006年のTOB防衛で形成された経営体制、2012年の大王製紙株取得による資本関係の歪み、そして2021年からのオアシスのキャンペーンという3つの時間軸が交差した局面であった。大王製紙系株主がオアシスに同調した事実は、過去に仕掛けた再編の摩擦が自社への圧力に転化する構造を示しており、企業間の資本関係が長期にわたり統治構造を規定し続ける力学を浮き彫りにする。

年表大株主オアシスが「A Better Hokuetsu」のキャンペーンを開始に関する出来事
202110月大株主オアシスが「A Better Hokuetsu」のキャンペーンを開始
20246月大株主オアシスが岸本社長の解任を株主提案(否決)
第5号議案の賛成比率38.17%