三井金属鉱業の沿革・歴史的証言
1874年〜2025年
三井金属鉱業の1874年〜2025年の主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に並べた沿革(社史年表)と、経営者・当事者の歴史的証言
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1874 1-12月 | 会社設立 | 三井組が神岡鉱山蛇腹平坑を取得・鉱山経営を開始 1874年9月に三井組が岐阜県の神岡鉱山蛇腹平坑を明治政府から払い下げを受け、鉱山経営に参入した。神岡鉱山は国内最大の亜鉛鉱山として、1970年代まで三井金属の経営を支える基幹資産となった。すなわち、後の三井鉱山合資・三井金属鉱業へ連なる事業の起点となった。 | ||||
1892 1-12月 | 三井鉱山合資会社を設立 1874年(明治7年)に三井組は岐阜県の神岡鉱山(蛇原平坑)を明治政府から払い下げを受けて、鉱山経営に参入した。神岡鉱山は日本国内で「亜鉛」を産出する最大の鉱山であり、1970年代までは優良鉱山として知られて三井金属の経営を支えた。三井財閥では、金属鉱山(神岡など)と炭鉱(三池など)の鉱業について同一会社で運営するために、1892年6月(明治25年)に三井鉱業合名会社を設立。三井財閥における国内の資源開発(鉱山経営)に従事した。 | |||||
1913 1-12月 | 大牟田亜鉛製錬工場を新設・製錬に参入 | |||||
1928 1-12月 | 企業買収 | 鈴木商店経営の彦島亜鉛製煉工場を買収 1928年1月に鈴木商店が経営していた彦島亜鉛製煉工場を買収した。鈴木商店の経営破綻に伴う資産売却を機に、亜鉛製錬能力を西日本へ拡張した。彦島は神岡・大牟田と並ぶ非鉄製錬拠点として位置づけられ、後の彦島製錬株式会社へ連なる流れの起点となった。 | ||||
1943 1-12月 | 企業買収 | 昭和鉱業から日比製煉工場・竹原電煉工場を買収 1943年3月に昭和鉱業株式会社から日比製煉工場および竹原電煉工場を買収し、日比製煉所を設置した。戦時下の生産体制再編の一環であり、銅製錬能力の強化を目的とした。日比は後に日比共同製錬や日比製煉株式会社の主要拠点として継承された。 | ||||
1950 1-12月 | 財閥解体により神岡鉱業(三井金属鉱業)を発足 終戦後の財閥解体を受けて、旧三井鉱業において「炭鉱部門(石炭)」と「非鉄金属」の事業分離を決定。1950年に炭鉱部門については三井鉱業(旧三井鉱業)、非鉄金属鉱山については三井金属鉱業を発足した。なお、分離直後は財閥商号の利用が許可されなかったため、1952年までの三井金属鉱業は「神岡鉱業」の商号を用いた。 | |||||
東京証券取引所に株式上場 | ||||||
FY53 1953/3 | 商号を三井金属鉱業株式会社に変更 | |||||
FY63 1963/3 | 伸銅事業部・ダイガスト事業部を新設 | |||||
FY65 1965/3 | ペルー・ワンサラ鉱山の権益取得 | |||||
FY67 1967/3 | 八戸製錬株式会社を設立 | |||||
FY69 1969/3 | 組織再編 | 日比共同製錬株式会社を設立 1968年11月に銅の受託製錬会社として日比共同製錬株式会社を設立した。八戸製錬(亜鉛・鉛)と並び、共同製錬方式によって他社からの委託原料も受け入れる体制を整えた。すなわち、自社鉱山の比重低下を見据えた製錬比重の高度化が進んだ。 | ||||
FY73 1973/3 | イタイイタイ病補償が発生・無配転落 | |||||
FY76 1976/3 | 売上高 1,664億円 | 当期純利益 26億円 | 米Oak-Mitsui, Inc.を設立・銅箔の現地生産を開始 | |||
FY77 1977/3 | 売上高 2,044億円 | 当期純利益 17億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 1,882億円 | 当期純利益 -45億円 | 神岡鉱山で段階的に規模縮小 | 130年の鉱山経営を段階的に畳んだ閉山判断の遅延構造 | ||
FY79 1979/3 | 売上高 1,782億円 | 当期純利益 -31億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 2,846億円 | 当期純利益 31億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 2,738億円 | 当期純利益 -13億円 | 三井金属箔および三金レアアースを吸収合併・上尾銅箔工場を設置 | |||
再建計画を策定・大規模な人員削減へ | ||||||
FY82 1982/3 | 売上高 2,570億円 | 当期純利益 -54億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 2,562億円 | 当期純利益 1億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 2,781億円 | 当期純利益 -19億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 2,774億円 | 当期純利益 25億円 | ||||
FY87 1987/3 | 希望退職者を追加募集 | |||||
米GECOM Cori.を設立・自動車部品の海外生産を開始 | ||||||
FY90 1990/3 | 半導体向けTABテープの製造子会社を設立 | |||||
組織再編 | TKR事業部・パーライト事業部を設置 1990年1月に東京高級炉材・三井金属パーライト・ダイカライトオリエントの3社を吸収合併し、TKR事業部(現セラミックス事業部)とパーライト事業部を設置した。鉱山・製錬中心の事業構成から機能材料領域への転換を進める動きであった。 | |||||
FY92 1992/3 | 売上高 4,547億円 | 当期純利益 47億円 | ||||
FY93 1993/3 | 売上高 3,365億円 | 当期純利益 -42億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 3,171億円 | 当期純利益 -51億円 | ||||
FY95 1995/3 | 売上高 3,423億円 | 当期純利益 -91億円 | 排ガス浄化触媒の海外生産を本格化 | |||
FY96 1996/3 | 売上高 3,704億円 | 当期純利益 76億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 4,003億円 | 当期純利益 54億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 4,267億円 | 当期純利益 95億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 4,003億円 | 当期純利益 123億円 | 組織再編 | 本社を東京都品川区大崎に移転 1999年1月に本社を東京都品川区大崎に移転した。鉱業中心の旧来体制から電子材料・機能材料事業を含む多角化事業の本社機能集約を図ったものと推察される。 | ||
FY00 2000/3 | 売上高 3,947億円 | 当期純利益 141億円 | ||||
FY01 2001/3 | 売上高 4,237億円 | 当期純利益 170億円 | 業務提携 | 日鉱金属と共同でパンパシフィック・カッパーを設立 2000年10月に日鉱金属(現JX金属)との共同出資でパンパシフィック・カッパー株式会社を設立した。両社の銅製錬事業を統合する枠組みであり、業界再編期に国内銅製錬の集約化を進めた。すなわち、単独運営の限界を踏まえた競合との連携が銅事業の延命策となった。 | ||
FY02 2002/3 | 売上高 3,734億円 | 当期純利益 19億円 | 3カ年の中計「MAP500」を策定・電子材料をコア事業と定義 | |||
FY03 2003/3 | 売上高 3,786億円 | 当期純利益 30億円 | ||||
FY04 2004/3 | 売上高 3,939億円 | 当期純利益 114億円 | 大井製作所を完全子会社化 | |||
FY05 2005/3 | 売上高 4,381億円 | 当期純利益 207億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 5,033億円 | 当期純利益 233億円 | ペルー・パルカ鉱山を操業開始 | |||
FY07 2007/3 | 売上高 5,915億円 | 当期純利益 313億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 5,954億円 | 当期純利益 78億円 | ||||
FY09 2009/3 | 売上高 4,271億円 | 当期純利益 -672億円 | 最終赤字に転落 | |||
FY10 2010/3 | 売上高 3,923億円 | 当期純利益 138億円 | ペルーのカセロネス鉱山の権益を共同取得・PPCを共同設立 | |||
FY11 2011/3 | 売上高 4,464億円 | 当期純利益 211億円 | 伸銅事業を住友金属鉱山と統合 | |||
組織再編 | 三井金属アクトを設立(自動車機器事業統合) 2010年7月に自動車機器事業部と株式会社大井製作所を事業統合し、三井金属アクト株式会社を設立した。同月の住友金属鉱山との伸銅統合と並び、機能材料系事業の整理が一巡した。事業会社化により自動車部品事業の独立採算と意思決定の機動性を高めた。 | |||||
FY12 2012/3 | 売上高 4,310億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 115億円 | ||||
FY13 2013/3 | 売上高 4,172億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 99億円 | ||||
FY14 2014/3 | 売上高 4,410億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 36億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上高 4,732億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 172億円 | 組織再編 | ダイカスト事業を分離・三井金属ダイカストを設立 2014年7月にダイカスト事業を分離し、三井金属ダイカスト株式会社を設立した。1962年に設置したダイカスト事業部から半世紀を経ての分社であった。事業会社化により、自動車向けダイカスト部品事業の収益責任を明確化し、競争環境の変化に対応した。 | ||
海外進出 | チリ・カセロネス銅鉱山が本格操業開始 2014年7月にチリのカセロネス銅鉱山が本格操業を開始した。2010年にJX金属と共同で権益取得した同鉱山は、ペルー・ワンサラ/パルカに続く南米資源の柱と位置づけられた。しかし、2021年2月には権益を譲渡しており、収益化の難航を背景に短期間での撤退となった。 | |||||
FY16 2016/3 | 売上高 4,505億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -209億円 | ||||
FY17 2017/3 | 売上高 4,363億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 186億円 | ||||
FY18 2018/3 | 売上高 5,192億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 -7億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上高 4,977億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 46億円 | ||||
FY20 2020/3 | 売上高 4,731億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 15億円 | ||||
FY21 2021/3 | 売上高 5,229億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 447億円 | 事業撤退 | チリ・カセロネス銅鉱山の権益を譲渡 2021年2月にチリ・カセロネス銅鉱山の権益を譲渡した。2014年の本格操業開始から7年で撤退を決断した形となった。すなわち、海外資源開発の難しさが露呈した事例となり、以後は機能材料事業への重心シフトが一段と進んだ。 | ||
FY22 2022/3 | 売上高 6,333億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 520億円 | 三井金属エンジニアリングをTOBにより完全子会社化 | |||
過去最高益を達成 | ||||||
FY23 2023/3 | 売上高 6,519億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 85億円 | 株式上場 | 東京証券取引所プライム市場へ移行 2022年4月の市場区分見直しに伴い、東京証券取引所市場第一部からプライム市場へ移行した。 | ||
FY24 2024/3 | 売上高 6,466億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 259億円 | 企業買収 | 日本イットリウム株式会社を完全子会社化 2024年3月に日本イットリウム株式会社を完全子会社化した。希土類関連の機能材料領域を強化する動きであり、半導体・電子材料事業との連動が見込まれた。 | ||
FY25 2025/3 | 売上高 7,123億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 646億円 |
- 三井組が神岡鉱山蛇腹平坑を取得・鉱山経営を開始
1874年9月に三井組が岐阜県の神岡鉱山蛇腹平坑を明治政府から払い下げを受け、鉱山経営に参入した。神岡鉱山は国内最大の亜鉛鉱山として、1970年代まで三井金属の経営を支える基幹資産となった。すなわち、後の三井鉱山合資・三井金属鉱業へ連なる事業の起点となった。
- 三井鉱山合資会社を設立
1874年(明治7年)に三井組は岐阜県の神岡鉱山(蛇原平坑)を明治政府から払い下げを受けて、鉱山経営に参入した。神岡鉱山は日本国内で「亜鉛」を産出する最大の鉱山であり、1970年代までは優良鉱山として知られて三井金属の経営を支えた。三井財閥では、金属鉱山(神岡など)と炭鉱(三池など)の鉱業について同一会社で運営するために、1892年6月(明治25年)に三井鉱業合名会社を設立。三井財閥における国内の資源開発(鉱山経営)に従事した。
- 大牟田亜鉛製錬工場を新設・製錬に参入
- 鈴木商店経営の彦島亜鉛製煉工場を買収
1928年1月に鈴木商店が経営していた彦島亜鉛製煉工場を買収した。鈴木商店の経営破綻に伴う資産売却を機に、亜鉛製錬能力を西日本へ拡張した。彦島は神岡・大牟田と並ぶ非鉄製錬拠点として位置づけられ、後の彦島製錬株式会社へ連なる流れの起点となった。
- 昭和鉱業から日比製煉工場・竹原電煉工場を買収
1943年3月に昭和鉱業株式会社から日比製煉工場および竹原電煉工場を買収し、日比製煉所を設置した。戦時下の生産体制再編の一環であり、銅製錬能力の強化を目的とした。日比は後に日比共同製錬や日比製煉株式会社の主要拠点として継承された。
- 財閥解体により神岡鉱業(三井金属鉱業)を発足
終戦後の財閥解体を受けて、旧三井鉱業において「炭鉱部門(石炭)」と「非鉄金属」の事業分離を決定。1950年に炭鉱部門については三井鉱業(旧三井鉱業)、非鉄金属鉱山については三井金属鉱業を発足した。なお、分離直後は財閥商号の利用が許可されなかったため、1952年までの三井金属鉱業は「神岡鉱業」の商号を用いた。
- 東京証券取引所に株式上場
- 商号を三井金属鉱業株式会社に変更
- 伸銅事業部・ダイガスト事業部を新設
- ペルー・ワンサラ鉱山の権益取得
- 八戸製錬株式会社を設立
- 日比共同製錬株式会社を設立
1968年11月に銅の受託製錬会社として日比共同製錬株式会社を設立した。八戸製錬(亜鉛・鉛)と並び、共同製錬方式によって他社からの委託原料も受け入れる体制を整えた。すなわち、自社鉱山の比重低下を見据えた製錬比重の高度化が進んだ。
- イタイイタイ病補償が発生・無配転落
- 米Oak-Mitsui, Inc.を設立・銅箔の現地生産を開始
- 神岡鉱山で段階的に規模縮小130年の鉱山経営を段階的に畳んだ閉山判断の遅延構造
- 三井金属箔および三金レアアースを吸収合併・上尾銅箔工場を設置
- 再建計画を策定・大規模な人員削減へ
- 希望退職者を追加募集
- 米GECOM Cori.を設立・自動車部品の海外生産を開始
- 半導体向けTABテープの製造子会社を設立
- TKR事業部・パーライト事業部を設置
1990年1月に東京高級炉材・三井金属パーライト・ダイカライトオリエントの3社を吸収合併し、TKR事業部(現セラミックス事業部)とパーライト事業部を設置した。鉱山・製錬中心の事業構成から機能材料領域への転換を進める動きであった。
- 排ガス浄化触媒の海外生産を本格化
- 本社を東京都品川区大崎に移転
1999年1月に本社を東京都品川区大崎に移転した。鉱業中心の旧来体制から電子材料・機能材料事業を含む多角化事業の本社機能集約を図ったものと推察される。
- 日鉱金属と共同でパンパシフィック・カッパーを設立
2000年10月に日鉱金属(現JX金属)との共同出資でパンパシフィック・カッパー株式会社を設立した。両社の銅製錬事業を統合する枠組みであり、業界再編期に国内銅製錬の集約化を進めた。すなわち、単独運営の限界を踏まえた競合との連携が銅事業の延命策となった。
- 3カ年の中計「MAP500」を策定・電子材料をコア事業と定義
- 大井製作所を完全子会社化
- ペルー・パルカ鉱山を操業開始
- 最終赤字に転落
- ペルーのカセロネス鉱山の権益を共同取得・PPCを共同設立
- 伸銅事業を住友金属鉱山と統合
- 三井金属アクトを設立(自動車機器事業統合)
2010年7月に自動車機器事業部と株式会社大井製作所を事業統合し、三井金属アクト株式会社を設立した。同月の住友金属鉱山との伸銅統合と並び、機能材料系事業の整理が一巡した。事業会社化により自動車部品事業の独立採算と意思決定の機動性を高めた。
- ダイカスト事業を分離・三井金属ダイカストを設立
2014年7月にダイカスト事業を分離し、三井金属ダイカスト株式会社を設立した。1962年に設置したダイカスト事業部から半世紀を経ての分社であった。事業会社化により、自動車向けダイカスト部品事業の収益責任を明確化し、競争環境の変化に対応した。
- チリ・カセロネス銅鉱山が本格操業開始
2014年7月にチリのカセロネス銅鉱山が本格操業を開始した。2010年にJX金属と共同で権益取得した同鉱山は、ペルー・ワンサラ/パルカに続く南米資源の柱と位置づけられた。しかし、2021年2月には権益を譲渡しており、収益化の難航を背景に短期間での撤退となった。
- チリ・カセロネス銅鉱山の権益を譲渡
2021年2月にチリ・カセロネス銅鉱山の権益を譲渡した。2014年の本格操業開始から7年で撤退を決断した形となった。すなわち、海外資源開発の難しさが露呈した事例となり、以後は機能材料事業への重心シフトが一段と進んだ。
- 三井金属エンジニアリングをTOBにより完全子会社化
- 過去最高益を達成
- 東京証券取引所プライム市場へ移行
2022年4月の市場区分見直しに伴い、東京証券取引所市場第一部からプライム市場へ移行した。
- 日本イットリウム株式会社を完全子会社化
2024年3月に日本イットリウム株式会社を完全子会社化した。希土類関連の機能材料領域を強化する動きであり、半導体・電子材料事業との連動が見込まれた。