沿革年表 1917〜2026年における重要度別の出来事(合計37件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
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飛行機研究所を創業 海軍で水上機を開発した中島知久平氏は、第一次世界大戦中に欧米で実用化が進む飛行機に着眼し、民間による国産機開発のため1917年12月に故郷群馬県太田市で「飛行機研究所」を創業した。1919年に陸軍機を初受注し民間企業として日本初の事例となった。1920年代に開発生産を拡大し1931年に中島飛行機株式会社へ組織変更。戦時中は三菱重工と並ぶ大手航空機メーカーとして軍用機を量産した。 | 1917 1-12月 | |||||
中島飛行機株式会社を設立 | 1931 1-12月 | |||||
富士産業株式会社に商号変更・軍需から民需転換 | 1945 1-12月 | |||||
企業再建整備法により富士産業を12社に解体 | 1950 1-12月 | |||||
富士重工株式会社を設立 | 1953 1-12月 | |||||
旧富士産業5社を吸収合併 | 1955 1-12月 | |||||
乗用車「スバル360」を発表 通産省が「国民車構想」を発表したのを受け、富士重工は軽自動車(360cc)参入を決定した。1000ccクラスは技術難度が高く当時の所得では購入が難しかったため、通産省は360ccで自動車普及を後押ししていた。技術者の百瀬晋六氏が中心となり開発を進め、1958年に「スバル360」を発表した。これにより富士重工は乗用車業界へ新規参入し、SUBARUブランドの利用を開始した。 | 1958 1-12月 | |||||
群馬製作所を新設 | 1960 1-12月 | |||||
FY67 1967/3 | 売上高 636億円 | 当期純利益 24億円 | ||||
FY68 1968/3 | 売上高 751億円 | 当期純利益 31億円 | ||||
日産自動車と業務提携を締結 | FY69 1969/3 | 売上高 770億円 | 当期純利益 27億円 | |||
設備投資 | 群馬製作所・矢島工場を稼働 群馬製作所・矢島工場が稼働し、スバル360後継車種の量産体制が整った。後にレオーネ・レガシィ等の主力車を生み出す基幹工場の出発点となった。 | |||||
FY70 1970/3 | 売上高 976億円 | 当期純利益 22億円 | ||||
FY71 1971/3 | 売上高 1,168億円 | 当期純利益 21億円 | ||||
FY72 1972/3 | 売上高 1,103億円 | 当期純利益 13億円 | ||||
FY73 1973/3 | 売上高 1,373億円 | 当期純利益 15億円 | ||||
FY74 1974/3 | 売上高 1,547億円 | 当期純利益 14億円 | ||||
FY75 1975/3 | 売上高 1,700億円 | 当期純利益 11億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 2,004億円 | 当期純利益 13億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 2,540億円 | 当期純利益 28億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 3,079億円 | 当期純利益 47億円 | ||||
4WD「レオーネ」を発売 歴史的意義yutaka sugiura 国内乗用車市場でトヨタや日産と正面から競合できない中堅メーカーが選んだのは、市場規模がわずか数%の4WD領域への集中であった。大手にとって投資対効果が見合わない小さな市場こそ、富士重工にとっては競争が緩やかで先行者利益を取れる領域であった。水平対向エンジンという独自技術を4WDに組み合わせたことで技術的な差別化が成立し、1980年度にシェア首位を確保した。このニッチ戦略の成否が、後の北米SUV市場への展開を規定する分岐点となっている。 | FY79 1979/3 | 売上高 3,274億円 | 当期純利益 47億円 | |||
FY80 1980/3 | 売上高 4,089億円 | 当期純利益 54億円 | ||||
FY81 1981/3 | 売上高 4,648億円 | 当期純利益 113億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 5,338億円 | 当期純利益 122億円 | ||||
FY83 1983/3 | 売上高 5,801億円 | 当期純利益 143億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 6,027億円 | 当期純利益 152億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 6,721億円 | 当期純利益 149億円 | ||||
海外進出 | 台湾ベスパ社と合弁の大慶汽車工業を設立 台湾ベスパ社との合弁で大慶汽車工業股份有限公司を設立した。アジア地域における現地生産の足掛かりとして位置付けられたが、2002年4月に台湾ベスパ社との現地生産協定は解消された。 | FY87 1987/3 | ||||
重要事項業務提携 | いすゞと北米現地生産の合弁会社を設立(IF提携) 歴史的意義yutaka sugiura 北米現地生産の採算ラインが年産20万台とされる中、単独では到達できない富士重工といすゞが選んだのは系列を超えた合弁生産であった。大株主である日産・GMからの支援を得られないという制約が、異なるグループの中堅メーカー同士を結びつけた。短期的にはSIAの赤字が経営を圧迫し2002年に協業は解消されたが、この提携で確保したインディアナ州の工場が後のSUBARU北米販売拡大の生産基盤となった点に、IF提携の長期的な意義がある。 | |||||
乗用車「レガシィ」を発売 | FY89 1989/3 | |||||
重要事項 | 営業赤字に転落・経営再建に着手 歴史的意義yutaka sugiura SIAの赤字が示したのは、現地生産における固定費の重さと販売力の欠如が同時に存在する場合の危険性である。工場は稼働率を一定以上に保たなければ単位コストが跳ね上がるが、販売が追いつかなければ在庫が膨らむ。この構造的な問題に対して川合社長が着手したのは、販売会社SOAの完全子会社化による販売体制の内製化であった。生産拠点の確保だけでなく販売機能の掌握まで踏み込んだ点に、後の北米事業立て直しの起点がある。 | FY90 1990/3 | ||||
米国販売会社SUBARU Of America Inc.を買収 | FY91 1991/3 | |||||
FY92 1992/3 | 売上高 10,404億円 | 当期純利益 -216億円 | ||||
FY93 1993/3 | 売上高 10,478億円 | 当期純利益 -273億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 10,158億円 | 当期純利益 -255億円 | ||||
FY95 1995/3 | 売上高 11,033億円 | 当期純利益 12億円 | ||||
設備投資 | 埼玉製作所を新設 埼玉県北本市に埼玉製作所を新設した。レガシィ・インプレッサのヒットを背景にした生産能力増強の一環であり、群馬の主力工場と並ぶ国内拠点となった。 | FY96 1996/3 | 売上高 10,773億円 | 当期純利益 194億円 | ||
FY97 1997/3 | 売上高 12,230億円 | 当期純利益 396億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 13,040億円 | 当期純利益 307億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 13,525億円 | 当期純利益 337億円 | ||||
重要事項 | GMと資本提携を締結 経営判断をよむ → | FY00 2000/3 | 売上高 13,301億円 | 当期純利益 313億円 | ||
日産自動車との業務提携を解消 | FY01 2001/3 | 売上高 13,119億円 | 当期純利益 226億円 | |||
スズキと業務提携を締結 | ||||||
FY02 2002/3 | 売上高 13,625億円 | 当期純利益 303億円 | ||||
いすゞとの北米現地生産の協業を解消 | FY03 2003/3 | 売上高 13,723億円 | 当期純利益 335億円 | |||
重要事項組織再編 | SIAを完全子会社化・北米生産を単独運営 いすゞとの合弁解消に伴い、スバル・いすゞオートモーティブインクを完全子会社化し、スバルオブインディアナオートモーティブインク(SIA)へ社名変更した。北米現地生産を単独運営する体制へ転換し、その後の北米事業急拡大の土台となった。 | |||||
鉄道車両およびバス車体製造から撤退 | ||||||
FY04 2004/3 | 売上高 14,395億円 | 当期純利益 386億円 | ||||
重要事項 | 森郁夫 | SUV「B9トライベッカ」を発表し北米SUV事業を本格化 竹中恭二社長のもと、米デトロイトの北米国際自動車ショーで7人乗りクロスオーバーSUV「B9トライベッカ」を発表した。2003年に単独化した米インディアナ工場SIAを生産基盤に、レガシィ・アウトバックに続くSUVで北米市場への集中を進めた。 経営判断をよむ → | FY05 2005/3 | 売上高 14,464億円 | 当期純利益 182億円 | |
| 森郁夫 | GMと提携解消 | FY06 2006/3 | 売上高 14,763億円 | 当期純利益 156億円 | ||
トヨタ自動車と業務提携 | ||||||
| 森郁夫 | 北米で大規模な販売促進を実施 | FY07 2007/3 | 売上高 14,948億円 | 当期純利益 318億円 | ||
| 森郁夫 | FY08 2008/3 | 売上高 15,723億円 | 当期純利益 184億円 | |||
業務提携 | 森郁夫 | トヨタ・ダイハツと業務提携を拡大 トヨタ自動車およびダイハツ工業との間で開発・生産における新たな業務提携を結んだ。2006年のトヨタ資本提携に続く協業深化であり、後の86/BRZ共同開発などにつながる。 | FY09 2009/3 | 売上高 14,457億円 | 当期純利益 -699億円 | |
運転支援システム「アイサイト」を開発 | ||||||
| 吉永泰之 | FY10 2010/3 | 売上高 14,286億円 | 当期純利益 -164億円 | |||
| 吉永泰之 | FY11 2011/3 | 売上高 15,805億円 | 当期純利益 503億円 | |||
| 吉永泰之 | SUV「SUBARU XV」を発売 | FY12 2012/3 | 売上高 15,171億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 384億円 | ||
| 吉永泰之 | 風力発電システム事業を日立に売却 | FY13 2013/3 | 売上高 19,129億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,195億円 | ||
汎用エンジン・発電機から撤退 | ||||||
| 吉永泰之 | FY14 2014/3 | 売上高 24,081億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,066億円 | |||
| 吉永泰之 | 本社を新宿から恵比寿に移転 | FY15 2015/3 | 売上高 28,779億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,618億円 | ||
| 吉永泰之 | FY16 2016/3 | 売上高 32,322億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 4,366億円 | |||
海外進出 | 中村知美 | タイで合弁会社を設立 タンチョン・グループ傘下のTC Manufacturing and Assembly (Thailand)と合弁会社を設立した。東南アジアの組立拠点を整備する動きとして位置付けられる。 | FY17 2017/3 | 売上高 33,259億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,823億円 | |
| 中村知美 | 株式会社SUBARUに商号変更 創業100周年を迎えた2017年に富士重工業株式会社から株式会社SUBARUに商号を変更。北米におけるSUBARUブランドの浸透や、グローバル展開の強化を見据えてブランドと社名を一致させるために商号変更を実施。 | FY18 2018/3 | 売上高 32,326億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,203億円 | ||
事業撤退 | 汎用エンジン・発電機事業から撤退 汎用エンジン・発電機等の生産・販売を終了した。自動車事業に経営資源を集中する選択と集中の一環であり、2019年4月にはアフターサービス業務も桐生工業へ移管された。 | |||||
| 中村知美 | FY19 2019/3 | 売上高 31,605億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,478億円 | |||
| 中村知美 | トヨタ自動車と業務資本提携で合意 | FY20 2020/3 | 売上高 33,408億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 1,362億円 | ||
| 中村知美 | FY21 2021/3 | 売上高 28,302億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 765億円 | |||
| 大崎篤 | FY22 2022/3 | 売上高 27,445億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 700億円 | |||
| 大崎篤 | FY23 2023/3 | 売上高 37,744億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 2,004億円 | |||
| 大崎篤 | FY24 2024/3 | 売上高 47,029億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,850億円 | |||
| 大崎篤 | FY25 2025/3 | 売上高 46,857億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 3,380億円 | |||
FY26 2026/3 | 売上高 47,850億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 908億円 |
- 飛行機研究所を創業
海軍で水上機を開発した中島知久平氏は、第一次世界大戦中に欧米で実用化が進む飛行機に着眼し、民間による国産機開発のため1917年12月に故郷群馬県太田市で「飛行機研究所」を創業した。1919年に陸軍機を初受注し民間企業として日本初の事例となった。1920年代に開発生産を拡大し1931年に中島飛行機株式会社へ組織変更。戦時中は三菱重工と並ぶ大手航空機メーカーとして軍用機を量産した。
- 中島飛行機株式会社を設立
- 富士産業株式会社に商号変更・軍需から民需転換
- 企業再建整備法により富士産業を12社に解体
- 富士重工株式会社を設立
- 旧富士産業5社を吸収合併
- 乗用車「スバル360」を発表
通産省が「国民車構想」を発表したのを受け、富士重工は軽自動車(360cc)参入を決定した。1000ccクラスは技術難度が高く当時の所得では購入が難しかったため、通産省は360ccで自動車普及を後押ししていた。技術者の百瀬晋六氏が中心となり開発を進め、1958年に「スバル360」を発表した。これにより富士重工は乗用車業界へ新規参入し、SUBARUブランドの利用を開始した。
- 群馬製作所を新設
- 日産自動車と業務提携を締結
- 群馬製作所・矢島工場を稼働
群馬製作所・矢島工場が稼働し、スバル360後継車種の量産体制が整った。後にレオーネ・レガシィ等の主力車を生み出す基幹工場の出発点となった。
- 4WD「レオーネ」を発売国内乗用車市場でトヨタや日産と正面から競合できない中堅メーカーが選んだのは、市場規模がわずか数%の4WD領域への集中であった。大手にとって投資対効果が見合わない小さな市場こそ、富士重工にとっては競争が緩やかで先行者利益を取れる領域であった。水平対向エンジンという独自技術を4WDに組み合わせたことで技術的な差別化が成立し、1980年度にシェア首位を確保した。このニッチ戦略の成否が、後の北米SUV市場への展開を規定する分岐点となっている。
- 台湾ベスパ社と合弁の大慶汽車工業を設立
台湾ベスパ社との合弁で大慶汽車工業股份有限公司を設立した。アジア地域における現地生産の足掛かりとして位置付けられたが、2002年4月に台湾ベスパ社との現地生産協定は解消された。
- 乗用車「レガシィ」を発売
- 米国販売会社SUBARU Of America Inc.を買収
- 埼玉製作所を新設
埼玉県北本市に埼玉製作所を新設した。レガシィ・インプレッサのヒットを背景にした生産能力増強の一環であり、群馬の主力工場と並ぶ国内拠点となった。
- 日産自動車との業務提携を解消
- スズキと業務提携を締結
- いすゞとの北米現地生産の協業を解消
- SIAを完全子会社化・北米生産を単独運営
いすゞとの合弁解消に伴い、スバル・いすゞオートモーティブインクを完全子会社化し、スバルオブインディアナオートモーティブインク(SIA)へ社名変更した。北米現地生産を単独運営する体制へ転換し、その後の北米事業急拡大の土台となった。
- 鉄道車両およびバス車体製造から撤退
- GMと提携解消
- トヨタ自動車と業務提携
- 北米で大規模な販売促進を実施
- トヨタ・ダイハツと業務提携を拡大
トヨタ自動車およびダイハツ工業との間で開発・生産における新たな業務提携を結んだ。2006年のトヨタ資本提携に続く協業深化であり、後の86/BRZ共同開発などにつながる。
- 運転支援システム「アイサイト」を開発
- SUV「SUBARU XV」を発売
- 風力発電システム事業を日立に売却
- 汎用エンジン・発電機から撤退
- 本社を新宿から恵比寿に移転
- タイで合弁会社を設立
タンチョン・グループ傘下のTC Manufacturing and Assembly (Thailand)と合弁会社を設立した。東南アジアの組立拠点を整備する動きとして位置付けられる。
- 株式会社SUBARUに商号変更
創業100周年を迎えた2017年に富士重工業株式会社から株式会社SUBARUに商号を変更。北米におけるSUBARUブランドの浸透や、グローバル展開の強化を見据えてブランドと社名を一致させるために商号変更を実施。
- 汎用エンジン・発電機事業から撤退
汎用エンジン・発電機等の生産・販売を終了した。自動車事業に経営資源を集中する選択と集中の一環であり、2019年4月にはアフターサービス業務も桐生工業へ移管された。
- トヨタ自動車と業務資本提携で合意