沿革年表 1949〜2026年における重要度別の出来事(合計60件)
| 年月 | 区分 | 社長/CEO | 出来事 | 年度 | 売上高 | 純利益 |
|---|---|---|---|---|---|---|
日立製作所が「ショベルU05」を建設省に納品 歴史的意義yutaka sugiura 日立建機の原点は1948年に建設省から受注したパワーショベルわずか2台に遡る。日立製作所が建機に参入できた背景には、戦時中に車両・起重機・戦車の設計製造で蓄積した重機械技術の存在がある。軍需技術の民需転換という戦後の日本企業に共通する構造の中で、政府による土木工事の機械化推進という需要側の条件と、重機械メーカーの技術転用可能性という供給側の条件が合致した。建設省の発注が事業化の契機を与え、入札条件としての機械化推進が需要拡大を保証した構造である。 | 1949 1-12月 | |||||
日立建設機械サービス株式会社を設立 全国各地の土木現場で、過酷な状況で使用される建機事業について、アフターサービスの拡充が必要と判断。修理・部品販売を行うために1955年12月に「日立建設機械サービス株式会社」を設立した。1963年までに「名古屋・大阪・東京・福岡・仙台・四国・旭川・富山・広島」の各地域にサービスセンターを開設し、直営のサービス網を確保した。 | 1955 1-12月 | |||||
油圧ショベル「UH03」を発売 国内初の油圧ショベルを国産技術によって開発。故障が少ないショベルとして、国内で支持を獲得 | 1965 1-12月 | |||||
重要事項 | (旧)日立建機株式会社を設立 歴史的意義yutaka sugiura 建機の主要顧客である中小建設業者は一括購入の資金力に乏しく、割賦販売は販売拡大に不可欠な手段であった。しかし販売の80%が割賦取引であったため、売掛債権の保持期間は約2年に及び、借入金は累計134億円に膨張した。販売を伸ばすほど債権が積み上がり財務が悪化する構造は、製造業が実質的に金融機能を内包した際に生じる典型的な矛盾であり、日立建機は発足当初からこの二重構造を抱えて経営を余儀なくされた。 | |||||
土浦工場で建機生産を開始 トラクターへの参入のため1961年に土浦に工場用地を取得。しかし、直後の経済不況により新設を延期し、1965年から稼働した。当初はトラクターの生産に従事したが、先発メーカー(クボタ・ヤンマー・井関・佐藤造機など)が存在しており販売拡大に苦戦した。そこで、日立製作所はトラクターの生産を諦め、1966年に土浦工場で「UH06」の生産を開始。当初計画の農機ではなく、需要が増大していた建機の工場として活用した。 | 1966 1-12月 | |||||
米ジョン・ディア社向けに建機をOEM輸出 トラクターで技術提携の関係にあった米ジョンディアに対して、建機に関してはOEMによる日立からの輸出を開始。UH06の輸出を本格化。以後、建機の米国展開はジョン・ディア向けのOEMが主流となった。 | 1968 1-12月 | |||||
重要事項会社設立 | 株式会社日立製作所の建設機械製造部門が分離独立。足立工場・土浦工場をもって日立建設機械製造株式会社設立。 | 1969 1-12月 | ||||
重要事項会社設立 | 日立建機株式会社を設立・製販統合へ 歴史的意義yutaka sugiura 日立建機の製販統合は組織の合理化を目的としたものだが、発足時点での自己資本比率6.4%、総資産の47%を占める売掛債権という財務実態は、統合が経営課題の解決ではなく出発点にすぎなかったことを示す。工場用地の簿価問題を税法特例と金融機関からの64億円借入で処理した合併スキームは、法的・会計的な制約の中で統合を実現するための技術的対処であり、構造的な財務問題は発足後に持ち越された。 | FY71 1971/3 | 売上高 184億円 | 当期純利益 -8億円 | ||
トラクターの生産中止 日立建機は発足直後から経営状況が悪化。そこで、販売拡大に苦戦したトラクターについて生産中止を決定。1973年にはエンジンの製造も中止し、建機に事業を絞り込んだ | FY72 1972/3 | 売上高 354億円 | 当期純利益 -18億円 | |||
海外進出 | オランダに日立建機(ヨーロッパ)N.V.設立。(現・連結子会社) | FY73 1973/3 | 売上高 420億円 | 当期純利益 19億円 | ||
組織再編 | 相模工業株式会社(資本金5千万円)と合併し、株式の額面を500円から50円に変更。資本金38億5千万円。 | FY74 1974/3 | 売上高 486億円 | 当期純利益 14億円 | ||
事業売却 | 足立工場を閉鎖・土浦工場に集約 歴史的意義yutaka sugiura 足立工場の閉鎖は単なる拠点統合ではなく、宅地化が進む東京都内の工場用地12万平方メートルを売却し、その売却益で茨城県土浦の量産工場に135億円を投資するという資産の入れ替えによる投資スキームであった。都心部の地価上昇を活用して郊外の生産効率化に再投資する手法は、1970年代の日本の製造業に共通する立地戦略であり、日立建機においては発足直後の財務制約の中で投資原資を確保する合理的な選択であった。 | |||||
FY75 1975/3 | 売上高 444億円 | 当期純利益 8億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 487億円 | 当期純利益 -1億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 565億円 | 当期純利益 4億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 724億円 | 当期純利益 7億円 | ||||
FY79 1979/3 | 売上高 962億円 | 当期純利益 40億円 | ||||
株式会社日立建機カミーノ設立。(現・連結子会社) | FY80 1980/3 | 売上高 1,146億円 | 当期純利益 52億円 | |||
油圧ショベルの競争激化 油圧ショベルで小松製作所のシェアが拡大。日立建機は2位へ | ||||||
FY81 1981/3 | 売上高 1,219億円 | 当期純利益 41億円 | ||||
東京証券取引所第2部に株式上場 1981年に日立建機は株式を上場。上場後も日立製作所は日立建機の株式69.7%(1982年3月期)を保有し、子会社として運営した。 | FY82 1982/3 | 売上高 1,228億円 | 当期純利益 34億円 | |||
FY83 1983/3 | 売上高 1,091億円 | 当期純利益 19億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 1,139億円 | 当期純利益 11億円 | ||||
アジア展開を本格化 | FY85 1985/3 | 売上高 1,331億円 | 当期純利益 20億円 | |||
重要事項業務提携 | アライアンスにより日・米・欧の3極体制へ 歴史的意義yutaka sugiura 日立建機の海外戦略はOEMで量を確保し、経営体力が整った段階で自社販売に切り替える二段階のアプローチであった。ディアとフィアットの販路を借りることで海外売上を20億円から1300億円に拡大したが、ブランド不浸透と川下事業への展開制限というOEM固有の制約が長期的な収益性の上限を規定した。自社販売への切り替えは量の一時減少を伴うため、提携解消のタイミングと移行速度が戦略の成否を分ける構造にある。 | FY88 1988/3 | ||||
株式上場 | 東京証券取引所市場第一部指定。 | FY90 1990/3 | ||||
企業買収 | 株式会社日立建機ティエラの経営権を取得。(現・連結子会社) | |||||
株式上場 | 大阪証券取引所市場第一部に上場。 | |||||
海外進出 | インドネシアにP.T.日立建機インドネシア設立。(現・連結子会社) | FY92 1992/3 | 売上高 2,555億円 | 当期純利益 0億円 | ||
FY93 1993/3 | 売上高 2,377億円 | 当期純利益 -9億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 2,385億円 | 当期純利益 -21億円 | ||||
FY95 1995/3 | 売上高 2,710億円 | 当期純利益 39億円 | ||||
海外進出 | 中国に日立建機(中国)有限公司設立。(現・連結子会社) | FY96 1996/3 | 売上高 2,819億円 | 当期純利益 22億円 | ||
FY97 1997/3 | 売上高 3,078億円 | 当期純利益 33億円 | ||||
海外進出 | インドネシアにP.T.ヘキシンドアディプルカサTbk出資。(現・連結子会社) | FY98 1998/3 | 売上高 3,014億円 | 当期純利益 15億円 | ||
海外進出 | カナダの日立建機トラックLtd.の経営権を取得。(現・連結子会社) | FY99 1999/3 | 売上高 2,918億円 | 当期純利益 18億円 | ||
FY00 2000/3 | 売上高 3,201億円 | 当期純利益 15億円 | ||||
重要事項海外進出 | 欧州推進事業本部を新設・フィアットと提携解消 歴史的意義yutaka sugiura フィアットとの提携解消は売上減少のリスクを伴う判断であったが、日立建機は現地生産・販売網・製品拡充の三方面に同時投資することで移行期の空白を最小化した。約60億円のディーラー網投資と古河機械との提携による製品補完は、OEMから自社ブランドへの切り替えにおける実務的な移行設計であった。2007年度に欧州売上1672億円を計上した実績は、OEM離脱後の自力展開が量的にも提携時代を上回りうることを示した事例である。 | FY01 2001/3 | 売上高 3,288億円 | 当期純利益 -31億円 | ||
| 木川理二郎 | FY02 2002/3 | 売上高 2,987億円 | 当期純利益 -176億円 | |||
| 木川理二郎 | 日立住友重機械クレーンを設立 | FY03 2003/3 | 売上高 3,284億円 | 当期純利益 38億円 | ||
| 木川理二郎 | FY04 2004/3 | 売上高 4,021億円 | 当期純利益 124億円 | |||
| 木川理二郎 | FY05 2005/3 | 売上高 4,480億円 | 当期純利益 173億円 | |||
| 木川理二郎 | FY06 2006/3 | 売上高 6,264億円 | 当期純利益 242億円 | |||
| 木川理二郎 | FY07 2007/3 | 売上高 7,564億円 | 当期純利益 365億円 | |||
| 木川理二郎 | 中国における製造販売に投資 | FY08 2008/3 | 売上高 9,405億円 | 当期純利益 559億円 | ||
| 木川理二郎 | 日立建機日本株式会社発足。(現・連結子会社) | FY09 2009/3 | 売上高 7,441億円 | 当期純利益 182億円 | ||
海外進出 | インドネシアにP.T.HEXA FINANCE INDONESIA設立。 | |||||
組織再編 | 日立建機ファインテック株式会社を提出会社が吸収合併。 | |||||
| 木川理二郎 | カナダ・ウェンコ社を買収 | FY10 2010/3 | 売上高 6,057億円 | 当期純利益 40億円 | ||
企業買収 | インドのタタ日立コンストラクションマシナリーCo.,Pvt.,Ltd.の経営権を取得。 (現・連結子会社) | |||||
海外進出 | 辻本雄一 | 南アフリカに日立建機アフリカPty.Ltd.設立。(現・連結子会社) | FY11 2011/3 | 売上高 7,737億円 | 当期純利益 110億円 | |
海外販売拠点を拡充 | ||||||
海外進出 | 辻本雄一 | ロシアに日立建機ユーラシアLLC設立。(現・連結子会社) | FY12 2012/3 | 売上高 8,171億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 230億円 | |
企業買収 | 株式会社日立建機ティエラを株式交換により完全子会社化。(現・連結子会社) | |||||
組織再編 | 辻本雄一 | 日立建機ビジネスフロンティア株式会社を提出会社が吸収合併。 | FY13 2013/3 | 売上高 7,723億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 234億円 | |
組織再編 | 提出会社の日本国内における建設機械の販売・サービス事業を会社分割により日立建機日本株式会社へ譲渡。 | |||||
組織再編 | つくばテック株式会社を提出会社が吸収合併。 | |||||
企業買収 | 辻本雄一 | 日立建機ロジテック株式会社を株式交換により完全子会社化。(現・連結子会社) | FY14 2014/3 | 売上高 8,029億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 289億円 | |
企業買収 | 新東北メタル株式会社を完全子会社化。(現・連結子会社) | |||||
| 辻本雄一 | インドネシア現地法人を一部売却 | FY15 2015/3 | 売上高 8,157億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 229億円 | ||
| 平野耕太郎 | KCMを完全子会社化 | FY16 2016/3 | 売上高 7,583億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 88億円 | ||
事業売却 | 平野耕太郎 | 提出会社のホイールローダの開発・製造事業を会社分割により株式会社KCMへ譲渡。 | FY17 2017/3 | 売上高 7,539億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 80億円 | |
企業買収 | H-E Parts International LLCを完全子会社化。(現・連結子会社) | |||||
企業買収 | Bradken Pty Limited(旧・Bradken Limited)を公開買付けにより連結子会社化。(現・連結子会社) | |||||
企業買収 | 平野耕太郎 | 日立建機アメリカInc.(旧・日立建機ローダーズアメリカInc.)を完全子会社化。(現・連結子会社) | FY18 2018/3 | 売上高 9,591億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 600億円 | |
海外進出 | 平野耕太郎 | イギリスにSynergy Hire Limited設立。(現・連結子会社) | FY19 2019/3 | 売上高 10,337億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 685億円 | |
海外進出 | 平野耕太郎 | オーストラリアに日立建機オセアニアホールディングスPty.,Ltd.設立。(現・連結子会社) | FY20 2020/3 | 売上高 9,313億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 411億円 | |
組織再編 | 株式会社KCMを提出会社が吸収合併。 | |||||
海外進出 | 中国に日立建機(上海)機械部品製造有限公司設立。(現・連結子会社) | |||||
事業売却 | 株式会社PEO建機教習センタ(旧・株式会社日立建機教習センタ)の提出会社が保有する株式の一部を売却。(現・持分法適用関連会社) | |||||
| 平野耕太郎 | FY21 2021/3 | 売上高 8,133億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 103億円 | |||
| 先崎正文 | ディア社との合弁提携を解消 | FY22 2022/3 | 売上高 10,249億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 758億円 | ||
業務提携 | HCJIホールディングス株式会社と資本提携契約を締結。 | |||||
株式上場 | 先崎正文 | 東京証券取引所の市場区分の見直しにより、東京証券取引所の市場第一部からプライム市場に移行。 | FY23 2023/3 | 売上高 12,649億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 701億円 | |
重要事項ガバナンス改革 | 筆頭株主が日立からHCJIに異動 歴史的意義yutaka sugiura 日立製作所は日立建機の株式26%のみを売却し、自らも25.42%を保持する中間的な選択をとった。完全売却では収益源を失い、完全子会社化では親子上場の批判が続くという二律背反の中で、伊藤忠を筆頭株主に据えつつ自社も大株主にとどまるスキームを採用した。この結果、3者が影響力を持つ資本構成が形成され、利害調整の複雑さと商社ネットワークの活用という二面性を持つ経営体制が生まれた構造である。 | |||||
海外進出 | 日立建機販売(中国)有限公司事業開始。(現・連結子会社) | |||||
| 先崎正文 | 米州を中心に海外比率が上昇 | FY24 2024/3 | 売上高 14,059億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 932億円 | ||
海外進出 | 先崎正文 | インドに日立建機開発センターインドPRIVATE LIMITED設立。(現・連結子会社) | FY25 2025/3 | 売上高 13,712億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 814億円 | |
海外進出 | チリに日立建機ラテン・アメリカSpA設立。(現・連結子会社) | |||||
FY26 2026/3 | 売上高 14,055億円 | 親会社株主に帰属する当期純利益 732億円 |
- 日立製作所が「ショベルU05」を建設省に納品日立建機の原点は1948年に建設省から受注したパワーショベルわずか2台に遡る。日立製作所が建機に参入できた背景には、戦時中に車両・起重機・戦車の設計製造で蓄積した重機械技術の存在がある。軍需技術の民需転換という戦後の日本企業に共通する構造の中で、政府による土木工事の機械化推進という需要側の条件と、重機械メーカーの技術転用可能性という供給側の条件が合致した。建設省の発注が事業化の契機を与え、入札条件としての機械化推進が需要拡大を保証した構造である。
- 日立建設機械サービス株式会社を設立
全国各地の土木現場で、過酷な状況で使用される建機事業について、アフターサービスの拡充が必要と判断。修理・部品販売を行うために1955年12月に「日立建設機械サービス株式会社」を設立した。1963年までに「名古屋・大阪・東京・福岡・仙台・四国・旭川・富山・広島」の各地域にサービスセンターを開設し、直営のサービス網を確保した。
- 油圧ショベル「UH03」を発売
国内初の油圧ショベルを国産技術によって開発。故障が少ないショベルとして、国内で支持を獲得
- (旧)日立建機株式会社を設立建機の主要顧客である中小建設業者は一括購入の資金力に乏しく、割賦販売は販売拡大に不可欠な手段であった。しかし販売の80%が割賦取引であったため、売掛債権の保持期間は約2年に及び、借入金は累計134億円に膨張した。販売を伸ばすほど債権が積み上がり財務が悪化する構造は、製造業が実質的に金融機能を内包した際に生じる典型的な矛盾であり、日立建機は発足当初からこの二重構造を抱えて経営を余儀なくされた。
- 土浦工場で建機生産を開始
トラクターへの参入のため1961年に土浦に工場用地を取得。しかし、直後の経済不況により新設を延期し、1965年から稼働した。当初はトラクターの生産に従事したが、先発メーカー(クボタ・ヤンマー・井関・佐藤造機など)が存在しており販売拡大に苦戦した。そこで、日立製作所はトラクターの生産を諦め、1966年に土浦工場で「UH06」の生産を開始。当初計画の農機ではなく、需要が増大していた建機の工場として活用した。
- 米ジョン・ディア社向けに建機をOEM輸出
トラクターで技術提携の関係にあった米ジョンディアに対して、建機に関してはOEMによる日立からの輸出を開始。UH06の輸出を本格化。以後、建機の米国展開はジョン・ディア向けのOEMが主流となった。
- 株式会社日立製作所の建設機械製造部門が分離独立。足立工場・土浦工場をもって日立建設機械製造株式会社設立。
- 日立建機株式会社を設立・製販統合へ日立建機の製販統合は組織の合理化を目的としたものだが、発足時点での自己資本比率6.4%、総資産の47%を占める売掛債権という財務実態は、統合が経営課題の解決ではなく出発点にすぎなかったことを示す。工場用地の簿価問題を税法特例と金融機関からの64億円借入で処理した合併スキームは、法的・会計的な制約の中で統合を実現するための技術的対処であり、構造的な財務問題は発足後に持ち越された。
- トラクターの生産中止
日立建機は発足直後から経営状況が悪化。そこで、販売拡大に苦戦したトラクターについて生産中止を決定。1973年にはエンジンの製造も中止し、建機に事業を絞り込んだ
- オランダに日立建機(ヨーロッパ)N.V.設立。(現・連結子会社)
- 相模工業株式会社(資本金5千万円)と合併し、株式の額面を500円から50円に変更。資本金38億5千万円。
- 足立工場を閉鎖・土浦工場に集約足立工場の閉鎖は単なる拠点統合ではなく、宅地化が進む東京都内の工場用地12万平方メートルを売却し、その売却益で茨城県土浦の量産工場に135億円を投資するという資産の入れ替えによる投資スキームであった。都心部の地価上昇を活用して郊外の生産効率化に再投資する手法は、1970年代の日本の製造業に共通する立地戦略であり、日立建機においては発足直後の財務制約の中で投資原資を確保する合理的な選択であった。
- 株式会社日立建機カミーノ設立。(現・連結子会社)
- 油圧ショベルの競争激化
油圧ショベルで小松製作所のシェアが拡大。日立建機は2位へ
- 東京証券取引所第2部に株式上場
1981年に日立建機は株式を上場。上場後も日立製作所は日立建機の株式69.7%(1982年3月期)を保有し、子会社として運営した。
- アジア展開を本格化
- 東京証券取引所市場第一部指定。
- 株式会社日立建機ティエラの経営権を取得。(現・連結子会社)
- 大阪証券取引所市場第一部に上場。
- インドネシアにP.T.日立建機インドネシア設立。(現・連結子会社)
- 中国に日立建機(中国)有限公司設立。(現・連結子会社)
- インドネシアにP.T.ヘキシンドアディプルカサTbk出資。(現・連結子会社)
- カナダの日立建機トラックLtd.の経営権を取得。(現・連結子会社)
- 欧州推進事業本部を新設・フィアットと提携解消フィアットとの提携解消は売上減少のリスクを伴う判断であったが、日立建機は現地生産・販売網・製品拡充の三方面に同時投資することで移行期の空白を最小化した。約60億円のディーラー網投資と古河機械との提携による製品補完は、OEMから自社ブランドへの切り替えにおける実務的な移行設計であった。2007年度に欧州売上1672億円を計上した実績は、OEM離脱後の自力展開が量的にも提携時代を上回りうることを示した事例である。
- 日立住友重機械クレーンを設立
- 中国における製造販売に投資
- 日立建機日本株式会社発足。(現・連結子会社)
- インドネシアにP.T.HEXA FINANCE INDONESIA設立。
- 日立建機ファインテック株式会社を提出会社が吸収合併。
- カナダ・ウェンコ社を買収
- インドのタタ日立コンストラクションマシナリーCo.,Pvt.,Ltd.の経営権を取得。 (現・連結子会社)
- 南アフリカに日立建機アフリカPty.Ltd.設立。(現・連結子会社)
- 海外販売拠点を拡充
- ロシアに日立建機ユーラシアLLC設立。(現・連結子会社)
- 株式会社日立建機ティエラを株式交換により完全子会社化。(現・連結子会社)
- 日立建機ビジネスフロンティア株式会社を提出会社が吸収合併。
- 提出会社の日本国内における建設機械の販売・サービス事業を会社分割により日立建機日本株式会社へ譲渡。
- つくばテック株式会社を提出会社が吸収合併。
- 日立建機ロジテック株式会社を株式交換により完全子会社化。(現・連結子会社)
- 新東北メタル株式会社を完全子会社化。(現・連結子会社)
- インドネシア現地法人を一部売却
- KCMを完全子会社化
- 提出会社のホイールローダの開発・製造事業を会社分割により株式会社KCMへ譲渡。
- H-E Parts International LLCを完全子会社化。(現・連結子会社)
- Bradken Pty Limited(旧・Bradken Limited)を公開買付けにより連結子会社化。(現・連結子会社)
- 日立建機アメリカInc.(旧・日立建機ローダーズアメリカInc.)を完全子会社化。(現・連結子会社)
- イギリスにSynergy Hire Limited設立。(現・連結子会社)
- オーストラリアに日立建機オセアニアホールディングスPty.,Ltd.設立。(現・連結子会社)
- 株式会社KCMを提出会社が吸収合併。
- 中国に日立建機(上海)機械部品製造有限公司設立。(現・連結子会社)
- 株式会社PEO建機教習センタ(旧・株式会社日立建機教習センタ)の提出会社が保有する株式の一部を売却。(現・持分法適用関連会社)
- ディア社との合弁提携を解消
- HCJIホールディングス株式会社と資本提携契約を締結。
- 東京証券取引所の市場区分の見直しにより、東京証券取引所の市場第一部からプライム市場に移行。
- 筆頭株主が日立からHCJIに異動日立製作所は日立建機の株式26%のみを売却し、自らも25.42%を保持する中間的な選択をとった。完全売却では収益源を失い、完全子会社化では親子上場の批判が続くという二律背反の中で、伊藤忠を筆頭株主に据えつつ自社も大株主にとどまるスキームを採用した。この結果、3者が影響力を持つ資本構成が形成され、利害調整の複雑さと商社ネットワークの活用という二面性を持つ経営体制が生まれた構造である。
- 日立建機販売(中国)有限公司事業開始。(現・連結子会社)
- 米州を中心に海外比率が上昇
- インドに日立建機開発センターインドPRIVATE LIMITED設立。(現・連結子会社)
- チリに日立建機ラテン・アメリカSpA設立。(現・連結子会社)