日立建機の沿革(1949〜2024年)
日立建機の創業から現在までの主要な出来事・経営判断・組織変化を年月順に一覧できる沿革(社史年表)ページです。 各年の売上高・純利益などの業績推移と、歴史的意義の解説をあわせて掲載しています。 社史・報道資料などの公開情報をもとに重要事項を判断の上、作成しています。
| 年度 | 売上高 | 純利益 | 年月 | 区分 | 出来事 | 歴史的意義 |
|---|---|---|---|---|---|---|
1949 1-12月 | 日立製作所が「ショベルU05」を建設省に納品 | 建設省のショベル2台の受注が生んだ建機事業の起点 | ||||
1955 1-12月 | 日立建設機械サービス株式会社を設立 全国各地の土木現場で、過酷な状況で使用される建機事業について、アフターサービスの拡充が必要と判断。修理・部品販売を行うために1955年12月に「日立建設機械サービス株式会社」を設立した。
1963年までに「名古屋・大阪・東京・福岡・仙台・四国・旭川・富山・広島」の各地域にサービスセンターを開設し、直営のサービス網を確保した。 | |||||
1965 1-12月 | 油圧ショベル「UH03」を発売 国内初の油圧ショベルを国産技術によって開発。故障が少ないショベルとして、国内で支持を獲得 | |||||
(旧)日立建機株式会社を設立 | 割賦販売という武器が財務体質を蝕んだ製造業と金融業の二重構造 | |||||
1966 1-12月 | 土浦工場で建機生産を開始 トラクターへの参入のため1961年に土浦に工場用地を取得。しかし、直後の経済不況により新設を延期し、1965年から稼働した。当初はトラクターの生産に従事したが、先発メーカー(クボタ・ヤンマー・井関・佐藤造機など)が存在しており販売拡大に苦戦した。
そこで、日立製作所はトラクターの生産を諦め、1966年に土浦工場で「UH06」の生産を開始。当初計画の農機ではなく、需要が増大していた建機の工場として活用した。 | |||||
1968 1-12月 | 米ジョン・ディア社向けに建機をOEM輸出 トラクターで技術提携の関係にあった米ジョンディアに対して、建機に関してはOEMによる日立からの輸出を開始。UH06の輸出を本格化。以後、建機の米国展開はジョン・ディア向けのOEMが主流となった。 | |||||
FY71 1971/3 | 売上高 184億円 | 当期純利益 -8億円 | founding | 日立建機株式会社を設立・製販統合へ | 自己資本比率1.8%から始まった製販統合という経営再編の出発点 | |
FY72 1972/3 | 売上高 354億円 | 当期純利益 -18億円 | トラクターの生産中止 日立建機は発足直後から経営状況が悪化。そこで、販売拡大に苦戦したトラクターについて生産中止を決定。1973年にはエンジンの製造も中止し、建機に事業を絞り込んだ | |||
FY73 1973/3 | 売上高 420億円 | 当期純利益 19億円 | ||||
FY74 1974/3 | 売上高 486億円 | 当期純利益 14億円 | divestiture | 足立工場を閉鎖・土浦工場に集約 | 都心の工場用地売却益で郊外量産拠点に投資した立地再編 | |
FY75 1975/3 | 売上高 444億円 | 当期純利益 8億円 | ||||
FY76 1976/3 | 売上高 487億円 | 当期純利益 -1億円 | ||||
FY77 1977/3 | 売上高 565億円 | 当期純利益 4億円 | ||||
FY78 1978/3 | 売上高 724億円 | 当期純利益 7億円 | ||||
FY79 1979/3 | 売上高 962億円 | 当期純利益 40億円 | ||||
FY80 1980/3 | 売上高 1,146億円 | 当期純利益 52億円 | 油圧ショベルの競争激化 油圧ショベルで小松製作所のシェアが拡大。日立建機は2位へ | |||
FY81 1981/3 | 売上高 1,219億円 | 当期純利益 41億円 | ||||
FY82 1982/3 | 売上高 1,228億円 | 当期純利益 34億円 | 東京証券取引所第2部に株式上場 1981年に日立建機は株式を上場。上場後も日立製作所は日立建機の株式69.7%(1982年3月期)を保有し、子会社として運営した。 | |||
FY83 1983/3 | 売上高 1,091億円 | 当期純利益 19億円 | ||||
FY84 1984/3 | 売上高 1,139億円 | 当期純利益 11億円 | ||||
FY85 1985/3 | 売上高 1,331億円 | 当期純利益 20億円 | アジア展開を本格化 | |||
FY88 1988/3 | alliance | アライアンスにより日・米・欧の3極体制へ | OEMで量を確保し自社ブランドに切り替える段階的海外戦略 | |||
FY92 1992/3 | 売上高 2,555億円 | 当期純利益 0億円 | ||||
FY93 1993/3 | 売上高 2,377億円 | 当期純利益 -9億円 | ||||
FY94 1994/3 | 売上高 2,385億円 | 当期純利益 -21億円 | ||||
FY95 1995/3 | 売上高 2,710億円 | 当期純利益 39億円 | ||||
FY96 1996/3 | 売上高 2,819億円 | 当期純利益 22億円 | ||||
FY97 1997/3 | 売上高 3,078億円 | 当期純利益 33億円 | ||||
FY98 1998/3 | 売上高 3,014億円 | 当期純利益 15億円 | ||||
FY99 1999/3 | 売上高 2,918億円 | 当期純利益 18億円 | ||||
FY00 2000/3 | 売上高 3,201億円 | 当期純利益 15億円 | ||||
FY01 2001/3 | 売上高 3,288億円 | 当期純利益 -31億円 | overseas | 欧州推進事業本部を新設・フィアットと提携解消 | フィアット離脱後に欧州売上を最高値に引き上げた自力進出 | |
FY02 2002/3 | 売上高 2,987億円 | 当期純利益 -176億円 | ||||
FY03 2003/3 | 売上高 3,284億円 | 当期純利益 38億円 | 日立住友重機械クレーンを設立 | |||
FY04 2004/3 | 売上高 4,021億円 | 当期純利益 124億円 | ||||
FY05 2005/3 | 売上高 4,480億円 | 当期純利益 173億円 | ||||
FY06 2006/3 | 売上高 6,264億円 | 当期純利益 242億円 | ||||
FY07 2007/3 | 売上高 7,564億円 | 当期純利益 365億円 | ||||
FY08 2008/3 | 売上高 9,405億円 | 当期純利益 559億円 | 中国における製造販売に投資 | |||
FY09 2009/3 | 売上高 7,441億円 | 当期純利益 182億円 | ||||
FY10 2010/3 | 売上高 6,057億円 | 当期純利益 40億円 | カナダ・ウェンコ社を買収 | |||
FY11 2011/3 | 売上高 7,737億円 | 当期純利益 110億円 | 海外販売拠点を拡充 | |||
FY12 2012/3 | 売上高 8,171億円 | 当期純利益 230億円 | ||||
FY13 2013/3 | 売上高 7,723億円 | 当期純利益 234億円 | ||||
FY14 2014/3 | 売上高 8,029億円 | 当期純利益 289億円 | ||||
FY15 2015/3 | 売上収益 8,157億円 | 当期利益 260億円 | インドネシア現地法人を一部売却 | |||
FY16 2016/3 | 売上収益 7,583億円 | 当期利益 88億円 | KCMを完全子会社化 | |||
FY17 2017/3 | 売上収益 7,539億円 | 当期利益 80億円 | ||||
FY18 2018/3 | 売上収益 9,591億円 | 当期利益 600億円 | ||||
FY19 2019/3 | 売上収益 10,337億円 | 当期利益 685億円 | ||||
FY20 2020/3 | 売上収益 9,313億円 | 当期利益 411億円 | ||||
FY21 2021/3 | 売上収益 8,133億円 | 当期利益 103億円 | ||||
FY22 2022/3 | 売上収益 10,249億円 | 当期利益 758億円 | ディア社との合弁提携を解消 | |||
FY23 2023/3 | 売上収益 12,649億円 | 当期利益 701億円 | governance | 筆頭株主が日立からHCJIに異動 | 完全売却でも完全子会社化でもない第三の選択としての資本再編 | |
FY24 2024/3 | 売上収益 14,059億円 | 当期利益 932億円 | 米州を中心に海外比率が上昇 |
- 日立製作所が「ショベルU05」を建設省に納品建設省のショベル2台の受注が生んだ建機事業の起点
- 日立建設機械サービス株式会社を設立
全国各地の土木現場で、過酷な状況で使用される建機事業について、アフターサービスの拡充が必要と判断。修理・部品販売を行うために1955年12月に「日立建設機械サービス株式会社」を設立した。 1963年までに「名古屋・大阪・東京・福岡・仙台・四国・旭川・富山・広島」の各地域にサービスセンターを開設し、直営のサービス網を確保した。
- 油圧ショベル「UH03」を発売
国内初の油圧ショベルを国産技術によって開発。故障が少ないショベルとして、国内で支持を獲得
- (旧)日立建機株式会社を設立割賦販売という武器が財務体質を蝕んだ製造業と金融業の二重構造
- 土浦工場で建機生産を開始
トラクターへの参入のため1961年に土浦に工場用地を取得。しかし、直後の経済不況により新設を延期し、1965年から稼働した。当初はトラクターの生産に従事したが、先発メーカー(クボタ・ヤンマー・井関・佐藤造機など)が存在しており販売拡大に苦戦した。 そこで、日立製作所はトラクターの生産を諦め、1966年に土浦工場で「UH06」の生産を開始。当初計画の農機ではなく、需要が増大していた建機の工場として活用した。
- 米ジョン・ディア社向けに建機をOEM輸出
トラクターで技術提携の関係にあった米ジョンディアに対して、建機に関してはOEMによる日立からの輸出を開始。UH06の輸出を本格化。以後、建機の米国展開はジョン・ディア向けのOEMが主流となった。
- 日立建機株式会社を設立・製販統合へ自己資本比率1.8%から始まった製販統合という経営再編の出発点
- トラクターの生産中止
日立建機は発足直後から経営状況が悪化。そこで、販売拡大に苦戦したトラクターについて生産中止を決定。1973年にはエンジンの製造も中止し、建機に事業を絞り込んだ
- 足立工場を閉鎖・土浦工場に集約都心の工場用地売却益で郊外量産拠点に投資した立地再編
- 油圧ショベルの競争激化
油圧ショベルで小松製作所のシェアが拡大。日立建機は2位へ
- 東京証券取引所第2部に株式上場
1981年に日立建機は株式を上場。上場後も日立製作所は日立建機の株式69.7%(1982年3月期)を保有し、子会社として運営した。
- アジア展開を本格化
- アライアンスにより日・米・欧の3極体制へOEMで量を確保し自社ブランドに切り替える段階的海外戦略
- 欧州推進事業本部を新設・フィアットと提携解消フィアット離脱後に欧州売上を最高値に引き上げた自力進出
- 日立住友重機械クレーンを設立
- 中国における製造販売に投資
- カナダ・ウェンコ社を買収
- 海外販売拠点を拡充
- インドネシア現地法人を一部売却
- KCMを完全子会社化
- ディア社との合弁提携を解消
- 筆頭株主が日立からHCJIに異動完全売却でも完全子会社化でもない第三の選択としての資本再編
- 米州を中心に海外比率が上昇