リクルートHD の歴史

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リクルートホールディングス(旧リクルート)の歴史。1960年、江副浩正氏が大学新聞広告社として創業。「企業への招待」「住宅情報」、リクルート事件、Indeed買収と東証一部上場までの沿革と経緯を執筆。

創業

1960年

創業者

江副浩正

創業地

東京都千代田区

直近売上高(2026/3)

36,974億円

長期業績と転換点(1997/3〜2026/3)
売上高(億円純利益率(%)
Q なぜ1960年代のリクルートで、営業部隊が編集材料まで集める情報循環が根づいたのか
A 広告主を開拓する営業と誌面材料を集める作業を同じ部隊が兼ねると、客先で採用戦略や社風を聞き取るほど誌面が厚くなり、その誌面が次の広告主を呼ぶため、営業を広げるほど媒体が良くなる循環が回った。1960年に東京大学を出た江副浩正氏が大学新聞広告社を個人創業し、1962年に就職情報誌「企業への招待」を創刊して、1日12社を訪問し成約率10%という訪問件数勝負の営業で広告主を開拓した。掲載企業の採用情報を営業現場が直接吸い上げ、そのまま誌面へ流し込む型は、住宅情報誌やホットペッパーへ商品を差し替えるだけで移せた
Q なぜ2012年に、赤字のIndeedへ約1,000億円を投じる決断ができたのか
A 求人情報をどこよりも安く速く集めて検索させるIndeedの仕組みは、紙の情報誌で築いたリクルートの優位を飛び越える脅威であり、Googleが旅行・宿泊の検索に続いて求人へ参入すれば自社が周回遅れになると見たため、赤字でも先に押さえる判断に傾いた。アジアの求人サイトを担当していた当時36歳の出木場久征氏がIndeedの成長力に圧倒されて買収を社内で強く推し、峰岸真澄CEOが約1,000億円規模の投資にゴーサインを出した。本業の利益だけで1.4兆円の有利子負債を12年で完済した経験が、この賭けを支える財務余力になった
Q なぜ2024年に、不動産を積み上げた会社が稼いだ額を上回る現金を株主へ戻し始めたのか
A Indeedを軸に連結利益が膨らむ一方で大型買収が現金を吸い上げず、米国の求人需要が循環的に弱含むなかでは手元に積む現金が資本効率を下げるため、出木場久征CEOは余剰現金を株主へ戻して資本効率を高める道を選んだ。2024年度は配当と自己株取得で総額8,591億円を投じ、総還元性向は210.3%に達した。2024年3月末に1兆1,354億円あったネットキャッシュを2026年3月末までに6,000億円程度へ圧縮する方針を掲げ、借入で不動産を積み上げた1980年代の蓄財とは逆向きに資本を使っている

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1960年〜 大学新聞の広告取次から、媒体を自製する会社へ

リクルートHDの業績推移:単体

売上高(億円)
  1. 1960年 リクルート創業——23歳の江副浩正氏が大学新聞の求人広告から興した「情報を商品にする」事業 教授推薦と縁故が占めた就職市場で、江副浩正氏はどのように企業と学生を仲介する紙メディアを立ち上げたか
  2. 1962年 就職情報誌「企業への招待」の創刊 大学新聞広告の取次から一冊まるごと求人情報の冊子へ——江副浩正社長はなぜ「企業と学生が出会う場」を事業化したのか
  3. 1963年 日本リクルートセンターを設立
  4. 1971年 分譲マンション販売を開始

300万円の借入で始めた広告代理業

1960年3月、江副浩正氏は東京都港区で大学新聞広告社を創業し[1]、大学新聞に各企業の求人広告を掲載する事業を始めた。創業の日は3月31日で、場所は東京の小さなビルの屋上に建てられたプレハブ[2]であった。東京大学新聞会で「広告を開拓してくれないか」と勧められ[3]、在学中から広告営業に携わったことが下地にある。創業資金は大手銀行には相手にされず、父の土地と家屋を担保に芝信用金庫田村町支店と二度交渉して300万円を借り入れて[4]まかなった。まもなく複数の大学新聞の広告を一手に取り扱う契約を結び[5]、同年10月には法人組織として株式会社大学広告を設立している[6]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1960年3月 東京都港区で大学新聞広告社を創業
    • [5]大学新聞複数紙の広告を一手に取り扱う契約
    • [6]1960年10月 法人組織として㈱大学広告を設立
  • 株式会社リクルート 沿革・歴史(公式サイト)
    • [2]1960年3月31日 東京の小さなビルの屋上プレハブで大学新聞専門の広告代理店として創業
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
    • [3]東大新聞会で広告開拓を勧められ在学中から広告営業に従事
  • 月刊カレント 1987年5月号
    • [4]父の土地・家屋を担保に芝信用金庫田村町支店から300万円を借入

1962年、大学生向けの求人情報だけを集めた「企業への招待」を創刊した[7]。創刊にあたっては大学新聞で取引のあった会社を中心に約200社を訪ね、採用担当者から誌面の構成を聞き取って[8]媒体を組み立てている。広告を取り次ぐ代理業から、誌面を自社で発行して広告主を直接開拓する側へ回った[9]転換であった。掲載企業から広告料を得て個人と企業が出会う場を設ける仕組みは、のちにリボンモデルと呼ばれ、現在のリクルートへ受け継がれている[10]。1963年4月には社名を日本リクルートメントセンターへ改め、同年8月に日本リクルートセンターを設立した[11]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [7]1962年 「企業への招待」創刊
    • [11]1963年4月 日本リクルートメントセンターへ社名変更、同年8月 日本リクルートセンター設立
  • Decide 1987年3月号 江副浩正インタビュー
    • [8]創刊前に約200社の採用担当者を訪ね誌面構成を聞き取り
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
    • [9]広告代理業から媒体自製への転換
  • リクルートホールディングス 沿革「価値創造の歴史」(公式サイト)
    • [10]個人と企業が出会う場を提供するリボンモデル
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [1]1960年3月 東京都港区で大学新聞広告社を創業
    • [5]大学新聞複数紙の広告を一手に取り扱う契約
    • [6]1960年10月 法人組織として㈱大学広告を設立
    • [7]1962年 「企業への招待」創刊
    • [11]1963年4月 日本リクルートメントセンターへ社名変更、同年8月 日本リクルートセンター設立
  • 株式会社リクルート 沿革・歴史(公式サイト)
    • [2]1960年3月31日 東京の小さなビルの屋上プレハブで大学新聞専門の広告代理店として創業
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
    • [3]東大新聞会で広告開拓を勧められ在学中から広告営業に従事
    • [9]広告代理業から媒体自製への転換
  • 月刊カレント 1987年5月号
    • [4]父の土地・家屋を担保に芝信用金庫田村町支店から300万円を借入
  • Decide 1987年3月号 江副浩正インタビュー
    • [8]創刊前に約200社の採用担当者を訪ね誌面構成を聞き取り
  • リクルートホールディングス 沿革「価値創造の歴史」(公式サイト)
    • [10]個人と企業が出会う場を提供するリボンモデル

計算機の早期導入と、不動産事業の始まり

1968年、日本企業として初めてIBM 1130を導入し[12]、適性検査などの処理に使い始めた。導入がまだ珍しかった時期に計算機を入れたのは、情報を扱う会社として業務の迅速化と効率化を図るため[13]である。1971年には情報誌の印刷前工程をデジタル化する目的でリクルートコンピュータプリントを設立し[14]、媒体の制作工程も自社に取り込んだ。同じ年、西新橋に自社ビルを竣工している[15]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1968年 IBM 1130を日本企業として初めて導入
    • [13]導入が珍しい時期からの計算機活用による業務の迅速化・効率化
    • [14]1971年 ㈱リクルートコンピュータプリント設立(印刷前工程のデジタル化)
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [15]1971年 西新橋本社ビルを竣工

1970年に住宅金融公庫の融資制度が始まり、1973年には全国の分譲戸数が15万戸を超えて[16]第三次のマンションブームが起きた。もっとも新築物件は価格が決まるまで広告を出せず[17]、購入を検討する側が十分な情報を得られないまま申し込みを決める状態が残っていた。1974年、江副氏は長谷川工務店が建てたネオコーポ行徳の販売を引き受け[18]、これがのちのリクルートコスモスの分譲マンション事業のこう矢となった。

  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [16]1970年 住宅金融公庫の融資制度開始、1973年 全国分譲戸数15万戸超で第3次マンションブーム
    • [17]新築物件は価格決定まで広告を出せず購入検討者の情報が不足
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [18]1974年 長谷川工務店のネオコーポ行徳の販売引受がリクルートコスモス事業のこう矢
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [12]1968年 IBM 1130を日本企業として初めて導入
    • [13]導入が珍しい時期からの計算機活用による業務の迅速化・効率化
    • [14]1971年 ㈱リクルートコンピュータプリント設立(印刷前工程のデジタル化)
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [15]1971年 西新橋本社ビルを竣工
    • [18]1974年 長谷川工務店のネオコーポ行徳の販売引受がリクルートコスモス事業のこう矢
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [16]1970年 住宅金融公庫の融資制度開始、1973年 全国分譲戸数15万戸超で第3次マンションブーム
    • [17]新築物件は価格決定まで広告を出せず購入検討者の情報が不足

1976年〜 生活領域への進出と、不動産に傾いた収益

リクルートHDの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1976年 「住宅情報」の創刊による住宅・不動産分野への多角化 求人情報で確立した「情報誌」の型を住まい探しへ——のちのSUUMOに連なる最初の一歩
  2. 1980年 「とらばーゆ」を創刊
  3. 1984年 銀座本社ビルを取得
  4. 1984年 中古車情報誌「カーセンサー」を創刊
  5. 1984年 社名をリクルートに変更
  6. 1988年 リクルート事件が発覚

住宅情報が示した型の汎用性

1976年、日本リクルートセンターは月刊の「住宅情報」を創刊し[19]、住宅・不動産の分野へ進んだ。「正しい情報を伝えることで不動産広告を変えたい」という考えを掲げ、社内の反対意見を押して事業化している[20]。掲載料を広告主から得て読者には情報を届ける[21]という就職情報誌の型を、そのまま別の分野へ移した多角化であった。1978年には首都圏の住宅購入者のおよそ半数が購読する誌面へ育ち[22]、黒字に転じた。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1976年 住宅情報事業を開始(月刊「住宅情報」を創刊)
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [20]「正しい情報を伝えることで不動産広告を変えたい」を掲げ社内の反対を押して事業化
    • [21]掲載料を広告主から得る情報誌として創刊
    • [22]1978年 首都圏の住宅購入者の約半数が購読する誌面へ成長し黒字化

江副氏は住宅情報を、供給者と需要者を結ぶ「ツーウェイ・コミュニケーション」の理想的な形と述べている[23]。1979年には企業や物件の悪質な情報を排除する審査機能を設け[24]、媒体の信頼そのものを収益の土台に据えた。1996年には業界に先駆けてインターネットサービス「住宅情報 On The Net」を始め[25]、紙からネットへの移行も先行させている。「住宅情報」の名は33年間使われたのち、2009年に住宅総合ブランドのSUUMOへ統一された[26]

  • 『リクルートの驚異:情報をカネに替える1400人の魔術師達』(1982年)
    • [23]江副氏が住宅情報を供給者と需要者を結ぶツーウェイ・コミュニケーションと説明
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [24]1979年 企業・物件の悪質情報を排除する審査機能を開始
    • [25]1996年 業界に先駆け「住宅情報 On The Net」を開始
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2009年7月29日「新・住宅総合ブランド『SUUMO(スーモ)』本格スタート!」
    • [26]2009年 「住宅情報」ブランド(33年間使用)をSUUMOへ統一
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [19]1976年 住宅情報事業を開始(月刊「住宅情報」を創刊)
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
    • [20]「正しい情報を伝えることで不動産広告を変えたい」を掲げ社内の反対を押して事業化
    • [21]掲載料を広告主から得る情報誌として創刊
    • [22]1978年 首都圏の住宅購入者の約半数が購読する誌面へ成長し黒字化
    • [24]1979年 企業・物件の悪質情報を排除する審査機能を開始
    • [25]1996年 業界に先駆け「住宅情報 On The Net」を開始
  • 『リクルートの驚異:情報をカネに替える1400人の魔術師達』(1982年)
    • [23]江副氏が住宅情報を供給者と需要者を結ぶツーウェイ・コミュニケーションと説明
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2009年7月29日「新・住宅総合ブランド『SUUMO(スーモ)』本格スタート!」
    • [26]2009年 「住宅情報」ブランド(33年間使用)をSUUMOへ統一

とらばーゆ・カーセンサーと創業型の多角化

1980年、日本で初めての女性向け転職情報誌として「とらばーゆ」を創刊した[27]。男女雇用機会均等法の施行はその5年後で、誌名は「とらばーゆする」という言い回しとして広まっている[28]。1984年には中古車売買の専門誌「カーセンサー」を創刊した[29]。こちらは当時の新入社員研修で提案されたアイデアから生まれた事業で、同年4月には社名を株式会社リクルートへ改めている[30]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1980年 「とらばーゆ」創刊(日本初の女性向け転職情報誌)
    • [28]男女雇用機会均等法の施行は5年後の1985年、「とらばーゆする」が流行語に
    • [29]1984年 「カーセンサー」創刊(新入社員研修の提案から生まれた事業)
    • [30]1984年4月 社名を㈱リクルートへ変更

1985年には米国に事業展開する日本企業の採用を支援するRecruit U.S.A. Inc.を設立し[31]、同じ年にリモートコンピューティングによる情報サービスも始めた。1987年にはスーパーコンピュータ研究所を設け[32]、計算機の研究と利用促進に人と資金を割いている。1986年時点でリクルート・グループは28社を数えた[33]。証券アナリストジャーナルの講演で、リクルートコスモスの池田友之社長は「その仕事はほとんどが創業型である」と述べ[34]、他社が手掛けていない領域か、手掛けていても異なる方法で創業者利潤を得る仕事が多いと説明した。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [31]1985年 Recruit U.S.A. Inc.設立、インフォメーションネットワークサービス開始
    • [32]1987年 スーパーコンピュータ研究所を設立
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [33]1986年時点のリクルート・グループ 28社
    • [34]池田友之リクルートコスモス社長「その仕事はほとんどが創業型である」
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [27]1980年 「とらばーゆ」創刊(日本初の女性向け転職情報誌)
    • [28]男女雇用機会均等法の施行は5年後の1985年、「とらばーゆする」が流行語に
    • [29]1984年 「カーセンサー」創刊(新入社員研修の提案から生まれた事業)
    • [30]1984年4月 社名を㈱リクルートへ変更
    • [31]1985年 Recruit U.S.A. Inc.設立、インフォメーションネットワークサービス開始
    • [32]1987年 スーパーコンピュータ研究所を設立
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [33]1986年時点のリクルート・グループ 28社
    • [34]池田友之リクルートコスモス社長「その仕事はほとんどが創業型である」

コスモスの膨張とリクルート事件

情報誌事業が生む現金は不動産の取得にも向かい、1984年には日本軽金属の銀座本社ビルを取得している[35]。子会社リクルートコスモスの分譲マンション事業も伸び、1987年には売上高1757億円を記録して、規模で親会社のリクルート本体を上回った[36]。1988年、そのリクルートコスモスの未公開株が政財官の関係者へ譲渡されていた問題が明るみに出て、江副氏は社長を辞任している[37]。1989年には江副氏本人が逮捕され[38]、創業者の個人事業から出発した会社は創業以来最大の危機に立った。

  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [35]1984年 日本軽金属の銀座本社ビルを取得
    • [36]1987年 リクルートコスモスの売上高1757億円で親会社を規模で上回る
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
    • [37]1988年 リクルートコスモス未公開株の譲渡問題が発覚しリクルート事件へ、江副氏が社長辞任
    • [38]1989年 江副浩正氏が逮捕

事件で傷んだのは本業の収益力ではなく、情報誌事業はその後も高い利益率を保ち、1998年3月期には経常利益743億円、経常利益率21.4%を計上している[39]。一方でバブルの崩壊によりリクルートコスモスの保有不動産の含み益は消え、ノンバンクのファーストファイナンスは不良債権を抱え込んだ[40]。江副氏が会長を退いたのは1988年で、1960年の創業から数えて約30年[41]を同社で過ごした。

  • 週刊東洋経済 1998年8月29日号
    • [39]1998年3月期 経常利益743億円・経常利益率21.4%
    • [40]バブル崩壊でリクルートコスモスの含み益が消滅、ファーストファイナンスが不良債権を抱える
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [41]江副氏の会長退任は1988年、1960年の創業から約30年
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
    • [35]1984年 日本軽金属の銀座本社ビルを取得
    • [36]1987年 リクルートコスモスの売上高1757億円で親会社を規模で上回る
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
    • [37]1988年 リクルートコスモス未公開株の譲渡問題が発覚しリクルート事件へ、江副氏が社長辞任
    • [38]1989年 江副浩正氏が逮捕
  • 週刊東洋経済 1998年8月29日号
    • [39]1998年3月期 経常利益743億円・経常利益率21.4%
    • [40]バブル崩壊でリクルートコスモスの含み益が消滅、ファーストファイナンスが不良債権を抱える
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [41]江副氏の会長退任は1988年、1960年の創業から約30年

1989年〜 1兆4,000億円の債務を、本業の利益だけで返す

リクルートHDの業績推移:単体

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 1992年 ダイエーによるリクルート株式の取得と筆頭株主の交代 リクルート事件とバブル崩壊のはざまで、創業者・江副浩正氏はなぜ株式の33.9%を中内社長に託したのか
  2. 1995年 有利子負債1.4兆円
  3. 1996年 就職サイト「リクナビ」を提供開始
  4. 1997年 リクルート3代目社長・河野栄子氏の就任と世代交代 リクルート事件とダイエー傘下をくぐり抜けた再建局面で、生え抜きの営業ウーマンはなぜ総帥に選ばれたのか
  5. 1997年 リクルート3代目社長・河野栄子氏の就任と世代交代 リクルート事件とダイエー傘下をくぐり抜けた再建局面で、生え抜きの営業ウーマンはなぜ総帥に選ばれたのか
  6. 2000年 じゃらんnetをオンライン化
  7. 2001年 「ホットペッパー」を創刊。狭域ビジネスに本格参入

救済としてのダイエー入り

1992年、グループの負債は1兆8000億円に達していた[42]。本体の出版・情報事業は好調だったものの、リクルート事件で江副氏が被告人となり、バブルの崩壊で系列のリクルートコスモスとファーストファイナンスの業績は悪化している[43]。江副氏は「このままでは銀行の管理下に置かれてしまう」との危機感を抱き[44]、被告人の身では「グループ内の支援体制をまとめられない」として、ダイエーの中内功社長に自分に代わる統括役を委ねた[45]

  • 日経ビジネス 1992年7月27日号(日経BP社)
    • [42]1992年時点のリクルートグループ負債 1兆8000億円
    • [43]リクルート事件で江副氏が被告人となり、バブル崩壊で系列2社の業績が悪化
    • [44]江副氏「このままでは銀行の管理下に置かれてしまう」との危機感
    • [45]被告人の身では支援体制をまとめられないとして中内功社長に統括役を委ねる

江副氏が中内社長へ株式売却を申し入れたのは、5月22日の記者発表のおよそ10日前であった[46]。合意額は約455億円で、対象は約1000万株、発行済株式の33.9%[47]にあたる。三和銀行の幹部によれば、この額は資産査定ではなく純資産を発行済株式数で割った数字から出した大ざっぱな判断[48]であった。江副氏は売却の理由を「リクルートが銀行管理下に置かれるより、ダイエー入りした方が従業員にとって幸せと考えた」[49]と語っている。

  • 日経ビジネス 1992年7月27日号(日経BP社)
    • [46]1992年5月22日の記者発表の約10日前に江副氏が中内社長へ株式売却を申し入れ
    • [47]合意額 約455億円・約1000万株・発行済株式の33.9%
    • [48]三和銀行幹部の説明 純資産を発行済株式数で割った大ざっぱな算定
    • [49]江副氏の売却理由の説明

ダイエーは高木邦夫元常務ら総勢6人の役員をリクルートグループへ送り込んだ[50]。もっとも受け入れる側の位田尚隆社長は「グループの運営や人事の責任は僕が持つ。中内さんには調整役として」と述べ、ダイエー入りしなくとも再建できると公言している。株式を手放した江副氏と自主再建を掲げる位田尚隆氏の思惑は食い違い、中内社長は両者の板ばさみに置かれた[52]。当時のダイエー単体の有利子負債は5000億円を超え、2600億円を要する福岡ツインドームも抱えており[53]、買収は財務的に危険な賭けと評された。 [51]

  • 日経ビジネス 1992年7月27日号(日経BP社)
    • [50]ダイエーが高木邦夫元常務ら6人の役員をリクルートグループへ派遣
    • [51]位田尚隆社長の発言 グループの運営・人事の責任は自分が持つ
    • [52]江副氏と位田社長の思惑が食い違い中内社長が板ばさみに
  • 日経ビジネス 1992年6月1日号(日経BP社)
    • [53]ダイエー単体の有利子負債5000億円超・福岡ツインドーム2600億円
  • 日経ビジネス 1992年7月27日号(日経BP社)
    • [42]1992年時点のリクルートグループ負債 1兆8000億円
    • [43]リクルート事件で江副氏が被告人となり、バブル崩壊で系列2社の業績が悪化
    • [44]江副氏「このままでは銀行の管理下に置かれてしまう」との危機感
    • [45]被告人の身では支援体制をまとめられないとして中内功社長に統括役を委ねる
    • [46]1992年5月22日の記者発表の約10日前に江副氏が中内社長へ株式売却を申し入れ
    • [47]合意額 約455億円・約1000万株・発行済株式の33.9%
    • [48]三和銀行幹部の説明 純資産を発行済株式数で割った大ざっぱな算定
    • [49]江副氏の売却理由の説明
    • [50]ダイエーが高木邦夫元常務ら6人の役員をリクルートグループへ派遣
    • [51]位田尚隆社長の発言 グループの運営・人事の責任は自分が持つ
    • [52]江副氏と位田社長の思惑が食い違い中内社長が板ばさみに
  • 日経ビジネス 1992年6月1日号(日経BP社)
    • [53]ダイエー単体の有利子負債5000億円超・福岡ツインドーム2600億円

肩代わりで膨らんだ債務と、非上場という制約

1993年に始動した再建計画[54]は、系列2社の不良資産をリクルート本体へ移す設計であった。まずリクルートがコスモスから3600億円分のマンションと土地を引き取り[55]、含み損を抱えた物件は損失処理のために設立した子会社とともに保有して損切りを進めている。ファーストファイナンスからは6000億円分の負債を肩代わりし[56]、同社を不良債権の償却に専念させた。合わせて1兆円近い借入を新たに背負った結果、リクルートの負債は1兆4002億円まで膨らんだ[57]

  • 週刊東洋経済 1998年8月29日号
    • [54]1993年に始動した再建計画
    • [55]コスモスから3600億円分のマンション・土地を引き取り
    • [56]ファーストファイナンスから6000億円分の負債を肩代わり
  • 週刊東洋経済 2000年6月17日号
    • [57]有利子負債のピーク 1兆4002億円(1994年3月末)

非上場であるため株式市場から資本を調達する手段はなく[58]、返済の原資は本業の営業利益と借換えに限られた。1998年3月期の経常利益は743億円に達したが、コスモスとファーストファイナンスの支援で814億円の特別損失を計上したため、最終利益は20億円にとどまっている[59]。それでも1998年3月までの4年間で負債は9221億円まで減った[60]。高木邦夫専務は「今後三年で二五〇〇億円ほどの負債を圧縮する見込み」[61]と語り、ファーストファイナンスは同年3月末で1081億円の累損を抱えていた[62]

  • 週刊東洋経済 1998年8月29日号
    • [58]非上場のため資本市場からの調達手段がなく返済原資は営業利益と借換えに限定
    • [59]1998年3月期 経常利益743億円・特別損失814億円・最終利益20億円
    • [60]1998年3月までの4年間で負債9221億円まで減少
    • [61]高木邦夫専務の見通し 今後三年で2500億円の負債圧縮
    • [62]ファーストファイナンスの累損 1998年3月末で1081億円

1997年6月、位田尚隆氏の後任として河野栄子氏が3代目の社長に就いた[63]。1969年12月に初の女性営業職として中途入社し、電話でのアポイントの非効率を嫌って飛び込み営業を考案した[64]人物で、1994年に位田尚隆氏が副社長へ据えた時点で後継は既定路線となっていた[65]。就任にあたり河野社長は、既存事業を1割2割ではなく5割削るような見直しを掲げている[66]。グループは約1兆円の借入金を抱えており、値下がりしても売れる不動産に頼らず営業利益で借金を返す構造への転換が課題[67]となっていた。この間も媒体の新設は続き、1990年に旅行情報誌のじゃらん、1993年に結婚情報誌のゼクシィを創刊している[68]。1996年にはRB on the NET(現リクナビ)などのオンライン就職情報サイトを始め、2000年にはグルメなど日常生活に密着した情報を扱うホットペッパーを創刊した[69]

  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
    • [63]1997年6月 河野栄子氏が3代目社長に就任
    • [64]1969年12月 初の女性営業職として中途入社、飛び込み営業を考案
    • [65]1994年に位田社長が河野氏を副社長へ据えた時点で後継が既定路線に
    • [66]河野社長が既存事業を5割削る見直しを掲げる
    • [67]グループの借入金 約1兆円、営業利益で返す構造への転換が課題
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [68]1990年 じゃらん創刊、1993年 ゼクシィ創刊
    • [69]1996年 オンライン就職情報サイト(RB on the NET=現リクナビ)開始、2000年 ホットペッパー創刊
  • 週刊東洋経済 1998年8月29日号
    • [54]1993年に始動した再建計画
    • [55]コスモスから3600億円分のマンション・土地を引き取り
    • [56]ファーストファイナンスから6000億円分の負債を肩代わり
    • [58]非上場のため資本市場からの調達手段がなく返済原資は営業利益と借換えに限定
    • [59]1998年3月期 経常利益743億円・特別損失814億円・最終利益20億円
    • [60]1998年3月までの4年間で負債9221億円まで減少
    • [61]高木邦夫専務の見通し 今後三年で2500億円の負債圧縮
    • [62]ファーストファイナンスの累損 1998年3月末で1081億円
  • 週刊東洋経済 2000年6月17日号
    • [57]有利子負債のピーク 1兆4002億円(1994年3月末)
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
    • [63]1997年6月 河野栄子氏が3代目社長に就任
    • [64]1969年12月 初の女性営業職として中途入社、飛び込み営業を考案
    • [65]1994年に位田社長が河野氏を副社長へ据えた時点で後継が既定路線に
    • [66]河野社長が既存事業を5割削る見直しを掲げる
    • [67]グループの借入金 約1兆円、営業利益で返す構造への転換が課題
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [68]1990年 じゃらん創刊、1993年 ゼクシィ創刊
    • [69]1996年 オンライン就職情報サイト(RB on the NET=現リクナビ)開始、2000年 ホットペッパー創刊

固定費の圧縮と、売り先の定まらないリクルート株

リクルートは家族手当・住宅手当・新幹線通勤手当を含む福利厚生制度の大半を、1999年12月末までに廃止すると決めた[70]。廃止分は一人あたり年間およそ20万円、社員約3500人で年間総額約7億円[71]にのぼり、これらをすべて賞与と給与へ振り替えている。賞与の原資は営業利益の11%程度から11.5%程度へ引き上げ、成果貢献給は標準的な考課で月1万2000円から1万8000円上積みした[72]。同社に労働組合がないことも、こうした変更を可能にした[73]条件であった。

  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号
    • [70]1999年12月末までに家族手当・住宅手当・新幹線通勤手当など福利厚生の大半を廃止
    • [71]廃止分は一人あたり年約20万円・社員約3500人・年間総額約7億円
    • [72]賞与原資を営業利益の11%程度から11.5%程度へ、成果貢献給を月1万2000〜1万8000円引き上げ
    • [73]労働組合がないことが制度変更を可能にした条件

ダイエーは1999年度に2050億円の有利子負債削減を計画し[74]、リクルート株の売却をその中核に据えた。ソフトバンクは1997年と1998年の二度にわたり買収交渉に臨んでいる[75]。1999年に入ると角川書店・東芝・住友商事の連合が名乗りを上げたものの10月15日に断念し[76]、CSK・ベルシステム24・東京電力の三社連合が1500億円、リクルート自身が1000億円を提示する構図[77]となった。ただし定款の譲渡制限があってダイエーの意向だけでは売れず[78]、リクルート側はCSK連合による買収に難色を示した。

  • 週刊東洋経済 1999年11月27日号
    • [74]ダイエーの1999年度有利子負債削減計画 2050億円
  • 週刊東洋経済 1999年5月15日号
    • [75]ソフトバンクが1997年・1998年の二度にわたり買収交渉
  • 週刊東洋経済 1999年11月13日号
    • [76]角川書店・東芝・住友商事連合が1999年10月15日に断念
    • [77]CSK・ベルシステム24・東京電力の三社連合が1500億円、リクルートが1000億円を提示
    • [78]定款の譲渡制限でダイエーの意向のみでは売却できず、リクルートはCSK連合に難色

1999年3月末のリクルートの有利子負債は8389億円で、銀行団に残高の維持を頼んでいる状態[79]にあった。買い戻しには新規の借入が要り、銀行団から見れば借金の付け替えにしか映らないという懸念[80]も残った。それでも2000年2月に株式の譲渡問題は決着し[81]、同年3月期の決算は営業利益・経常利益とも過去最高を記録している。売上高は前期比2.8%減の2805億円だったが営業費用が8%減り、経常利益は17.7%増の845億円となった[82]。買い戻し資金約1000億円のうち800億円を銀行借入でまかなったため、借入金の減少は100億円にとどまっている[83]

  • 週刊東洋経済 1999年11月27日号
    • [79]1999年3月末の有利子負債 8389億円、銀行団に残高維持を依頼
    • [80]買い戻しには新規借入が必要で銀行団には借金の付け替えに映るとの懸念
  • 週刊東洋経済 2000年6月17日号
    • [81]2000年2月に株式譲渡問題が決着
    • [82]2000年3月期 売上高2805億円(前期比2.8%減)・経常利益845億円(17.7%増)で過去最高
    • [83]買い戻し資金約1000億円のうち800億円を銀行借入、借入金の減少は100億円
  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号
    • [70]1999年12月末までに家族手当・住宅手当・新幹線通勤手当など福利厚生の大半を廃止
    • [71]廃止分は一人あたり年約20万円・社員約3500人・年間総額約7億円
    • [72]賞与原資を営業利益の11%程度から11.5%程度へ、成果貢献給を月1万2000〜1万8000円引き上げ
    • [73]労働組合がないことが制度変更を可能にした条件
  • 週刊東洋経済 1999年11月27日号
    • [74]ダイエーの1999年度有利子負債削減計画 2050億円
    • [79]1999年3月末の有利子負債 8389億円、銀行団に残高維持を依頼
    • [80]買い戻しには新規借入が必要で銀行団には借金の付け替えに映るとの懸念
  • 週刊東洋経済 1999年5月15日号
    • [75]ソフトバンクが1997年・1998年の二度にわたり買収交渉
  • 週刊東洋経済 1999年11月13日号
    • [76]角川書店・東芝・住友商事連合が1999年10月15日に断念
    • [77]CSK・ベルシステム24・東京電力の三社連合が1500億円、リクルートが1000億円を提示
    • [78]定款の譲渡制限でダイエーの意向のみでは売却できず、リクルートはCSK連合に難色
  • 週刊東洋経済 2000年6月17日号
    • [81]2000年2月に株式譲渡問題が決着
    • [82]2000年3月期 売上高2805億円(前期比2.8%減)・経常利益845億円(17.7%増)で過去最高
    • [83]買い戻し資金約1000億円のうち800億円を銀行借入、借入金の減少は100億円

2004年〜 資本の独立を取り戻し、検索の会社を買う

リクルートHDの業績推移

売上高(億円)純利益率(%)
  1. 2005年 リクルートコスモスを売却
  2. 2007年 予約サイト「Hot Pepper Beauty」を提供開始
  3. 2007年 リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収 派遣業界で5位にとどまっていたリクルートは、なぜ首位の非上場大手を丸ごと取り込む道を選んだのか
  4. 2012年 リクルートによる米Indeedの買収 国内で首位を占めた情報企業は、無名で赤字の米求人検索エンジンになぜ1,000億円超を投じたのか
  5. 2012年 持株会社体制へ移行しリクルートHDへ
  6. 2013年 スマホアプリ「Airレジ」を提供開始
  7. 2014年 創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開 リクルート事件とダイエー傘下時代を経た会社は、なぜこの時期に市場の資金と目を受け入れたか

海外での失敗と、派遣事業の取り込み

2004年、結婚情報誌のゼクシィなどを中国へ持ち込んだが、数年で撤退した[84]。中国展開を起案して責任者を務めた柏村美生氏は、進出を決めた理由を「経済成長をしている中国は婚姻組数が多く、情報に対する飢餓感もあった」[85]と振り返る一方、「雑誌でやってきた成功モデルにとらわれていた」ために軌道に乗らなかった[86]と述べている。自社単独での事業展開は2011年に終え、この経験がのちのM&Aによる海外事業戦略の前提[87]となった。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [84]2004年 ゼクシィ等を中国で展開し数年で撤退
    • [87]2011年に中国での自社単独事業を終了、以降のM&Aによる海外事業戦略の前提に
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [85]柏村美生氏の進出理由の説明
    • [86]柏村美生氏 雑誌の成功モデルにとらわれ軌道に乗らず

2007年12月、柏木斉社長兼CEOのもとリクルートは人材派遣最大手のスタッフサービス・ホールディングスの発行済株式80.14%を[88]、岡野保次郎会長から取得して子会社とした。同社は非上場ながら業界首位で、2007年3月期の売上高は約3234億円、登録スタッフは約157万人、従業員は5847名にのぼる[90]。当時のリクルートの派遣事業は合計売上高約1908億円で業界5位にとどまっており[91]、統合により売上5000億円規模の派遣グループが生まれ、2位のパソナの2倍を超える規模[92]となった。もっともスタッフサービスのグループ会社テクノサービス九州では派遣期間の偽装契約が発覚しており[93]、統合には法令順守の課題も伴った。買収の翌年にはリーマン・ショックが直撃し、輸出減の影響を受けた製造業を中心に派遣需要は急減している[94][89]

  • リクルートホールディングス decisions「リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収」(decider=柏木斉 リクルート社長兼CEO)
    • [88]2007年12月のスタッフサービス買収は柏木斉社長兼CEOの下で決議された(4代目社長、2003年就任〜2012年4月退任)
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2007年12月21日「株式会社スタッフサービス・ホールディングスの株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
    • [89]2007年12月 スタッフサービスHDの発行済株式80.14%を岡野保次郎会長から取得し子会社化
    • [90]スタッフサービスHD 2007年3月期売上高 約3234億円・登録スタッフ約157万人・従業員5847名
  • ASCII.jp 2008年2月22日
    • [91]当時のリクルート派遣事業は売上約1908億円で業界5位
    • [92]統合で売上5000億円規模・2位パソナの2倍超の派遣グループ
    • [93]テクノサービス九州で派遣期間の偽装契約が発覚し法令順守の課題
  • リクルートスタッフィング「労働者派遣法の歴史(後編2008〜2020)」(公式コラム)
    • [94]リーマン・ショックで製造業中心に派遣需要が急減

2010年7月には米国の人材派遣会社The CSI Companiesを買収し[95]、M&Aによる派遣事業の海外展開を始めた。2011年にはStaffmark GroupとAdvantage Resourcing Europeを傘下に収め[96]、米国と欧州に事業拠点を得ている。国内では2007年にHot Pepper Beautyの予約サービスを始め、2011年には受験サプリを投入した[97]。2008年にはグラントウキョウサウスタワーへ本社機能を移している[98]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [95]2010年7月 The CSI Companies買収でM&Aによる派遣事業のグローバル展開を開始
    • [96]2011年 Staffmark Group・Advantage Resourcing Europe を買収(米国・欧州に事業拠点)
    • [97]2007年 HotPepper Beautyのオンライン予約サービス開始、2011年 受験サプリを投入
    • [98]2008年 グラントウキョウサウスタワーへ本社機能を移転
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [84]2004年 ゼクシィ等を中国で展開し数年で撤退
    • [87]2011年に中国での自社単独事業を終了、以降のM&Aによる海外事業戦略の前提に
    • [95]2010年7月 The CSI Companies買収でM&Aによる派遣事業のグローバル展開を開始
    • [96]2011年 Staffmark Group・Advantage Resourcing Europe を買収(米国・欧州に事業拠点)
    • [97]2007年 HotPepper Beautyのオンライン予約サービス開始、2011年 受験サプリを投入
    • [98]2008年 グラントウキョウサウスタワーへ本社機能を移転
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [85]柏村美生氏の進出理由の説明
    • [86]柏村美生氏 雑誌の成功モデルにとらわれ軌道に乗らず
  • リクルートホールディングス decisions「リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収」(decider=柏木斉 リクルート社長兼CEO)
    • [88]2007年12月のスタッフサービス買収は柏木斉社長兼CEOの下で決議された(4代目社長、2003年就任〜2012年4月退任)
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2007年12月21日「株式会社スタッフサービス・ホールディングスの株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
    • [89]2007年12月 スタッフサービスHDの発行済株式80.14%を岡野保次郎会長から取得し子会社化
    • [90]スタッフサービスHD 2007年3月期売上高 約3234億円・登録スタッフ約157万人・従業員5847名
  • ASCII.jp 2008年2月22日
    • [91]当時のリクルート派遣事業は売上約1908億円で業界5位
    • [92]統合で売上5000億円規模・2位パソナの2倍超の派遣グループ
    • [93]テクノサービス九州で派遣期間の偽装契約が発覚し法令順守の課題
  • リクルートスタッフィング「労働者派遣法の歴史(後編2008〜2020)」(公式コラム)
    • [94]リーマン・ショックで製造業中心に派遣需要が急減

上場の宣言と、検索エンジンへの1,000億円

2012年4月、4代目社長の柏木斉氏から峰岸真澄氏へ9年ぶりに社長が交代し[99]、峰岸氏が5代目の社長に就いた。就任直後の5月の決算発表で「人材ビジネスでナンバーワン」「20年前後に海外売上高比率5割」を掲げ、6月の株主総会では上場の意向を表明している[101]。峰岸氏は海外のベンチャー経営者に百数十人会ったうえで、事業パートナーとして認められるには会社の信頼が要ると痛感したと述べ、「海外ですべてを自前で展開した場合、50年かけても日本で築き上げたもの以上は得られないでしょう」[102]と語った。M&Aを含む投資枠として4000億円から5000億円を設定している[103][100]

  • リクルートホールディングス decisions「米国Indeed Inc.の株式取得」("峰岸真澄氏がリクルート社長に就任(9年ぶりの社長交代)")
    • [99]2012年4月、9年ぶりの社長交代で柏木斉氏(4代目、2003年就任)から峰岸真澄氏(5代目)へ交代
  • 週刊東洋経済 2012年8月25日号
    • [100]2012年4月 峰岸真澄氏が5代目社長に就任
    • [102]峰岸氏の発言 自前展開では50年かけても日本以上は得られない
    • [103]M&Aを含む投資枠 4000億〜5000億円
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [101]2012年5月の決算発表で「人材ビジネスでナンバーワン」「20年前後に海外売上高比率5割」を宣言、6月株主総会で上場を表明

2012年10月、会社分割によって持株会社体制へ移行し、社名を株式会社リクルートホールディングスへ変更した[104]。同じ月、米国の求人検索サイトIndeedの株式100%を取得している[105]。買収を主導したのは当時36歳で執行役員となった出木場久征氏で、営業員が求人を集める有料掲載モデルの限界を感じていた[106]。当時のIndeedは世界50カ国以上・26言語に対応し、月間およそ8000万人が利用していた[107]。取得価額は非公表だが、報道では約10億ドルとされる[108]

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [104]2012年10月 会社分割により持株会社体制へ移行し㈱リクルートホールディングスへ商号変更
    • [105]2012年10月 Indeed, Inc.の株式100%を取得
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [106]出木場久征氏が当時最年少36歳で執行役員となり買収を主導、有料掲載モデルの限界を認識
  • リクルート ニュースリリース 2012年9月25日「米国Indeed Inc.の株式取得(完全子会社化)に関するお知らせ」
    • [107]買収時のIndeed 世界50カ国以上・26言語・月間約8000万人が利用
  • 日経ビジネス電子版 2017年3月14日
    • [108]Indeed取得価額は非公表、報道では約10億ドル

買収後、出木場氏は米テキサス州オースティンへ移った[109]。当時のTOEICのスコアは400点で英会話もままならなかったが、1年後にはIndeedの最高経営責任者に就いている[110]。Indeedに創業期から在籍するクリス・ハイムス氏は、買収の当時を「私は『これで楽しい時代は終わりかな』と言った一人だった」[111]と振り返る。両社の経営陣が最初に交わしたのは20年後、30年後の展望についての議論で、クリス氏は「リクルート傘下になったことで、長期的な視点で考え大胆な挑戦に投資できるようになった」[112]と述べた。2014年10月16日、リクルートホールディングスは東証一部へ上場し、公開価格3100円に対し初値3170円、終値3330円をつけている[113]

  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [109]出木場氏が買収後に米テキサス州オースティンへ移住
    • [110]出木場氏 TOEIC400点から1年後にIndeed CEO就任
    • [111]クリス・ハイムス氏の買収当時の受け止め
    • [112]クリス氏 リクルート傘下で長期的視点の投資が可能になったと説明
  • 日本経済新聞 2014年10月16日
    • [113]2014年10月16日 東証一部へ上場、公開価格3100円・初値3170円・終値3330円
  • リクルートホールディングス decisions「米国Indeed Inc.の株式取得」("峰岸真澄氏がリクルート社長に就任(9年ぶりの社長交代)")
    • [99]2012年4月、9年ぶりの社長交代で柏木斉氏(4代目、2003年就任)から峰岸真澄氏(5代目)へ交代
  • 週刊東洋経済 2012年8月25日号
    • [100]2012年4月 峰岸真澄氏が5代目社長に就任
    • [102]峰岸氏の発言 自前展開では50年かけても日本以上は得られない
    • [103]M&Aを含む投資枠 4000億〜5000億円
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [101]2012年5月の決算発表で「人材ビジネスでナンバーワン」「20年前後に海外売上高比率5割」を宣言、6月株主総会で上場を表明
    • [106]出木場久征氏が当時最年少36歳で執行役員となり買収を主導、有料掲載モデルの限界を認識
    • [109]出木場氏が買収後に米テキサス州オースティンへ移住
    • [110]出木場氏 TOEIC400点から1年後にIndeed CEO就任
    • [111]クリス・ハイムス氏の買収当時の受け止め
    • [112]クリス氏 リクルート傘下で長期的視点の投資が可能になったと説明
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [104]2012年10月 会社分割により持株会社体制へ移行し㈱リクルートホールディングスへ商号変更
    • [105]2012年10月 Indeed, Inc.の株式100%を取得
  • リクルート ニュースリリース 2012年9月25日「米国Indeed Inc.の株式取得(完全子会社化)に関するお知らせ」
    • [107]買収時のIndeed 世界50カ国以上・26言語・月間約8000万人が利用
  • 日経ビジネス電子版 2017年3月14日
    • [108]Indeed取得価額は非公表、報道では約10億ドル
  • 日本経済新聞 2014年10月16日
    • [113]2014年10月16日 東証一部へ上場、公開価格3100円・初値3170円・終値3330円

出木場体制と、AIによる親子の融合

峰岸社長は上場の目的を財務戦略の多様性・経営の透明性・グローバルでの信頼性の向上と説明し、今後3年から5年で7000億円規模の投資余力を見込む[114]と述べている。上場後も買収は続き、2015年に豪州のPeoplebank AustraliaとChandler Macleod Group、2016年6月に欧州のUSG Peopleを傘下に収めた[115]。2018年6月には米国の企業情報サイトGlassdoorを買収している[116]。国内ではAirレジ、Airペイ、Airシフトといった中小の店舗向けの業務支援サービスを順に投入した[117]。2018年4月には事業を三つの統括単位へ再編し[118]、HRテクノロジー、マッチング&ソリューション、人材派遣の区分を設けている。

  • 週刊東洋経済 2014年11月1日号
    • [114]峰岸社長が上場目的を財務戦略の多様性・経営の透明性・グローバルでの信頼性向上と説明、3〜5年で7000億円規模の投資余力
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [115]2015年 Peoplebank Australia・Chandler Macleod Group、2016年6月 USG Peopleを買収
    • [116]2018年6月 Glassdoorを買収
    • [117]Airレジ・Airペイ・Airシフトの投入
    • [118]2018年4月 SBU統括会社を設置し3事業区分へ再編

2021年4月、出木場久征氏が社長兼CEOに就いた[119]。出木場氏は米国を拠点に経営にあたり、「そもそもコロナ前から会議はほぼすべてオンライン」であるとして不便はない[120]と述べている。コロナ下の採用市場では求人投稿数が欧米を中心に感染拡大前より2割ほど増え、多くの企業で必要な人材を採用できない状態[121]が続いた。出木場氏は課題として、毎年何十億という人が求人に応募しながら、その約9割に企業側から連絡が届いていない実態を挙げている[122]。テストの種類はすでに1000以上を用意しており[123]、結果や面接での受け答えとともに採用後の活躍度合いを機械学習させることで、採用活動を科学し効率化できるとした。

  • 週刊東洋経済 2021年7月24日号
    • [119]2021年4月 出木場久征氏が社長兼CEOに就任
    • [120]出木場氏 米国拠点でもコロナ前から会議はほぼすべてオンラインで不便はない
    • [121]コロナ下で求人投稿数が欧米中心に感染拡大前より約2割増、企業は必要な人材を採用できず
    • [122]求人応募者の約9割に企業側から連絡が届いていない
    • [123]テストのライブラリーは1000種類以上、採用後の活躍度合いを機械学習

2024年3月期の連結売上高は3兆4165億円、営業利益は4025億円、当期純利益は3537億円となった[124]。上場時に1.2兆円だった売上高は3.4兆円へ、1.8兆円だった時価総額は2025年1月時点で約18兆円へ増えている[125]。2024年1月にはIndeed PLUSの全国展開を始めた[126]。企業が求人情報を出すと募集要件に応じて最適な求人サイトへ自動で配信される仕組みで、国内の主要な求人情報サイト利用者の最大7割へ届く[127]。2025年度からは国内の人材領域をIndeedと同じ事業区分へ合流させる方針を決めている[128]。2026年3月期のHRテクノロジー事業は売上高1兆4544億円で、人材派遣事業の1兆6793億円に迫る規模[129]となった。

  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(連結・IFRS)
    • [124]2024年3月期 連結売上高3兆4165億円・営業利益4025億円・当期純利益3,537億円
    • [129]2026年3月期 HRテクノロジー事業 売上高1兆4544億円・人材派遣事業1兆6793億円
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [125]上場時売上高1.2兆円→3.4兆円、時価総額1.8兆円→2025年1月時点で約18兆円
    • [126]2024年1月 Indeed PLUSの全国展開を開始
    • [127]募集要件に応じ最適な求人サイトへ自動配信、国内主要求人サイト利用者の最大7割にリーチ
    • [128]2025年度から国内人材領域をHRテクノロジー事業へ合流
  • 週刊東洋経済 2014年11月1日号
    • [114]峰岸社長が上場目的を財務戦略の多様性・経営の透明性・グローバルでの信頼性向上と説明、3〜5年で7000億円規模の投資余力
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
    • [115]2015年 Peoplebank Australia・Chandler Macleod Group、2016年6月 USG Peopleを買収
    • [116]2018年6月 Glassdoorを買収
    • [117]Airレジ・Airペイ・Airシフトの投入
    • [118]2018年4月 SBU統括会社を設置し3事業区分へ再編
  • 週刊東洋経済 2021年7月24日号
    • [119]2021年4月 出木場久征氏が社長兼CEOに就任
    • [120]出木場氏 米国拠点でもコロナ前から会議はほぼすべてオンラインで不便はない
    • [121]コロナ下で求人投稿数が欧米中心に感染拡大前より約2割増、企業は必要な人材を採用できず
    • [122]求人応募者の約9割に企業側から連絡が届いていない
    • [123]テストのライブラリーは1000種類以上、採用後の活躍度合いを機械学習
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(連結・IFRS)
    • [124]2024年3月期 連結売上高3兆4165億円・営業利益4025億円・当期純利益3,537億円
    • [129]2026年3月期 HRテクノロジー事業 売上高1兆4544億円・人材派遣事業1兆6793億円
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
    • [125]上場時売上高1.2兆円→3.4兆円、時価総額1.8兆円→2025年1月時点で約18兆円
    • [126]2024年1月 Indeed PLUSの全国展開を開始
    • [127]募集要件に応じ最適な求人サイトへ自動配信、国内主要求人サイト利用者の最大7割にリーチ
    • [128]2025年度から国内人材領域をHRテクノロジー事業へ合流

リクルートHDの沿革1960〜2022年における主な出来事を抜粋

年月社長・CEO出来事重要度
江副浩正リクルート創業——23歳の江副浩正氏が大学新聞の求人広告から興した「情報を商品にする」事業教授推薦と縁故が占めた就職市場で、江副浩正氏はどのように企業と学生を仲介する紙メディアを立ち上げたか 詳細を読む★★★
江副浩正就職情報誌「企業への招待」の創刊大学新聞広告の取次から一冊まるごと求人情報の冊子へ——江副浩正社長はなぜ「企業と学生が出会う場」を事業化したのか 詳細を読む★★★
江副浩正日本リクルートセンターを設立
江副浩正分譲マンション販売を開始
江副浩正「住宅情報」の創刊による住宅・不動産分野への多角化求人情報で確立した「情報誌」の型を住まい探しへ——のちのSUUMOに連なる最初の一歩 詳細を読む★★★
江副浩正「とらばーゆ」を創刊
江副浩正銀座本社ビルを取得
江副浩正中古車情報誌「カーセンサー」を創刊
江副浩正社名をリクルートに変更
位田尚隆リクルート事件が発覚★★
位田尚隆ダイエーによるリクルート株式の取得と筆頭株主の交代リクルート事件とバブル崩壊のはざまで、創業者・江副浩正氏はなぜ株式の33.9%を中内社長に託したのか 詳細を読む★★★
位田尚隆有利子負債1.4兆円
位田尚隆就職サイト「リクナビ」を提供開始
河野栄子リクルート3代目社長・河野栄子氏の就任と世代交代リクルート事件とダイエー傘下をくぐり抜けた再建局面で、生え抜きの営業ウーマンはなぜ総帥に選ばれたのか 詳細を読む★★★
河野栄子リクルート3代目社長・河野栄子氏の就任と世代交代リクルート事件とダイエー傘下をくぐり抜けた再建局面で、生え抜きの営業ウーマンはなぜ総帥に選ばれたのか 詳細を読む★★★
河野栄子じゃらんnetをオンライン化
河野栄子「ホットペッパー」を創刊。狭域ビジネスに本格参入★★
柏木斉リクルートコスモスを売却
柏木斉予約サイト「Hot Pepper Beauty」を提供開始
柏木斉リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収派遣業界で5位にとどまっていたリクルートは、なぜ首位の非上場大手を丸ごと取り込む道を選んだのか 詳細を読む★★★
峰岸真澄リクルートによる米Indeedの買収国内で首位を占めた情報企業は、無名で赤字の米求人検索エンジンになぜ1,000億円超を投じたのか 詳細を読む★★★
峰岸真澄持株会社体制へ移行しリクルートHDへ
峰岸真澄スマホアプリ「Airレジ」を提供開始
峰岸真澄創業54年での東証一部上場——非上場のまま再建した元祖ベンチャーの株式公開リクルート事件とダイエー傘下時代を経た会社は、なぜこの時期に市場の資金と目を受け入れたか 詳細を読む★★★
峰岸真澄USG Peopleを買収
出木場久征過去最高益を達成
出典・参考
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書【沿革】
  • 株式会社リクルート 沿革・歴史(公式サイト)
  • 東京大学新聞オンライン 2014年11月6日
  • 月刊カレント 1987年5月号
  • Decide 1987年3月号 江副浩正インタビュー
  • リクルートホールディングス 沿革「価値創造の歴史」(公式サイト)
  • 証券アナリストジャーナル 1986年12月号(池田友之)
  • リクルート「スーモの歴史」(株式会社リクルート 採用サイト プロジェクトストーリー)
  • 『リクルートの驚異:情報をカネに替える1400人の魔術師達』(1982年)
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2009年7月29日「新・住宅総合ブランド『SUUMO(スーモ)』本格スタート!」
  • 日経ビジネス 1997年7月14日号(日経BP社)
  • 週刊東洋経済 1998年8月29日号
  • 週刊東洋経済 2025年2月8日号
  • 日経ビジネス 1992年7月27日号(日経BP社)
  • 日経ビジネス 1992年6月1日号(日経BP社)
  • 週刊東洋経済 2000年6月17日号
  • 週刊東洋経済 1998年5月2日号
  • 週刊東洋経済 1999年11月27日号
  • 週刊東洋経済 1999年5月15日号
  • 週刊東洋経済 1999年11月13日号
  • リクルートホールディングス decisions「リクルートによるスタッフサービス・ホールディングスの買収」(decider=柏木斉 リクルート社長兼CEO)
  • リクルートホールディングス ニュースリリース 2007年12月21日「株式会社スタッフサービス・ホールディングスの株式取得(子会社化)に関するお知らせ」
  • ASCII.jp 2008年2月22日
  • リクルートスタッフィング「労働者派遣法の歴史(後編2008〜2020)」(公式コラム)
  • リクルートホールディングス decisions「米国Indeed Inc.の株式取得」("峰岸真澄氏がリクルート社長に就任(9年ぶりの社長交代)")
  • 週刊東洋経済 2012年8月25日号
  • リクルート ニュースリリース 2012年9月25日「米国Indeed Inc.の株式取得(完全子会社化)に関するお知らせ」
  • 日経ビジネス電子版 2017年3月14日
  • 日本経済新聞 2014年10月16日
  • 週刊東洋経済 2014年11月1日号
  • 週刊東洋経済 2021年7月24日号
  • リクルートホールディングス 有価証券報告書(連結・IFRS)

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