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光通信の歴史

創業年
-
株式公開
-
1988年
光通信株式会社を設立
1994年
携帯電話販売1号店舗を開店
1996年
株式を店頭公開
1999年
東京証券取引所第一部に株式上場
2000年
HIT SHOP問題(20日連続ストップ安)
2000年
営業人員をOA機器部門に配置転換
2004年
最終黒字に転換
2018年
時価総額1兆円突破
重田康光(光通信・創業者)
重田康光(光通信・創業者)
illustration by @yusugiura
1988年

光通信株式会社を設立

重田康光(光通信・創業者)(当時23歳)は日本大学を中退後、4年間のアルバイト生活に終止符を打って「光通信株式会社」を設立。NTTが民営化されたことに着目し、ホームテレホンの訪問販売を開始。創業から半年後には第二電電(現KDDI)と提携し、代理店業務をスタートさせた。

重田康光(光通信・創業者)の発言
重田康光(光通信・創業者)の発言

サラリーマンになるのは考えたこともなかった。といって(筆者注:自らの父のように)弁護士でもない。自分の考えを持って道を切り開くことに興味があった。となれば、事業だった。

1997/4/28日経ビジネス「重田康光」
1994年

携帯電話販売1号店舗を開店

携帯電話の端末価格の下落を受けて、NTTやDDIが携帯電話をレンタル方式から売り切り方式に転換。そこで、光通信は携帯電話の販売店舗を開業し「HIT SHOP」の展開をスタートさせた。ビジネスの仕組みは「ストックコミッション」と呼ばれる携帯電話会社から入金される手数料(1台あたり毎月300円)であり、携帯電話の利用者が増加すればするほど、売上が向上する仕組みであった。

1996年

株式を店頭公開

携帯電話の急速な普及により、1995年8月期に光通信は売上高230億円を達成。重田康光は32歳にて株式公開を果たし、史上最年少の株式上場(公開)として注目を浴びた。

1999年

東京証券取引所第一部に株式上場

1999年に光通信は売上高2592億円を計上し、急成長企業として東京証券取引所第1部に株式上場を果たす。

2000年

HIT SHOP問題(20日連続ストップ安)

HIT SHOPには厳しいノルマが課せられたため、一部の社員が架空契約によってノルマを達成したかに見せる「寝かせ(携帯電話会社に契約違約金を払う義務がある6ヶ月間をやり過ごすために倉庫で保管する方法)」を実行していたころが露呈し、業績の下方修正を余儀なくされた。この結果、ネットバブルによって光通信の株価は3兆円を突破していたが、HIT SHOP問題により20日連続のストップ安を記録し、株価は8ヶ月間に1/100に暴落した。インターネットバブル崩壊の引き金を引く形となった。なお、光通信はHIT SHOPの1041店舗の閉鎖に伴う特別損失560億円を、有価証券売却(主にソフトバンクの株式)によって埋め合わせた結果、倒産を逃れた。

重田康光(光通信・創業者)
重田康光(光通信・創業者)

誤解していただきたくないのは、決して悪気があってネットバブルに踊ったわけではない、ということです。当時は本当に、「1000年に一度の革命に参加している」という意識が強く、世の中のビジネスの大部分がITに置き換わると信じていました。しかし結果として投資についても、本業である携帯電話販売についても、急拡大ゆえに管理が甘くなったことは否めません。その点については真摯に反省しています。

2003/9/1日経ビジネス「光通信・猛烈営業への回帰」
2000年

営業人員をOA機器部門に配置転換

光通信は経営再建のため、中小企業向けにOA機器の販売に注力する方針を決め、携帯電話販売の人員をOA機器販売に振り向けた。なお、1990年から光通信はシャープとOA機器販売で契約関係にあり、シャープのOA機器を中心に取り扱った。

日経ビジネス
日経ビジネス

「もう、携帯電話販売は終わりってことですよ」。8月21日、8月決算の業績修正の記者会見を終えた夜、光通信の重田康光社長は本誌記者にこう語った。携帯電話事業は光通信の収益の柱。それを否定するような言葉の割には、重田氏の口調は歯切れが良い。光通信の倒産説が流れるたび、時折見せた表情とは明らかに違っていた。

2000/8/28日経ビジネス「光通信、携帯電話事業縮小の「次」」
2004年

最終黒字に転換

光通信はOA機器の販売拡大によって収益のV字回復に成功。光通信は、コピー機を販売する度に販売手数料に加えて、コピー機の利用に応じた手数料が収入となることから、ストック型のビジネスであり、業績の回復に寄与した。

重田康光(光通信・創業者)
重田康光(光通信・創業者)

投資事業の縮小と、携帯電話販売、OA機器販売への経営資源の集中を進めたことで、当社の強みである営業力の強化が実現した結果と考えています。そして何よりも幸いなことに、当社に対する批判が巻き起こったのが比較的早く、経営方針を転換するきっかけになったことです。その意味では幸運だったと受け止めています。

2003/9/1日経ビジネス「光通信・猛烈営業への回帰」
2018年

時価総額1兆円突破

光通信は中小企業向けのテレアポによる営業力により、OA機器・携帯電話・ウォーターサーバーを継続販売することにより、安定したコミッションを確保するビジネスモデルを確立。この結果、各事業の収益性高まり、2018年に時価総額1兆円を突破する。