決断
祖業が細るたび、他社向けの生産で工場を埋め直してきた。1937年に自動車部をトヨタ自動車工業として分離独立させたのに続き、朝鮮特需が終わって繊維機械が長期の不況に沈むと、紡機・織機に従事する約1,600名が余剰になった。両社社長を兼ねた石田退三氏は人員削減を選ばず、1952年12月にトヨタ向けS型エンジンの製造へ着手している。1954年に参入した農業機械は需要の頭打ちで行き詰まったが、1956年3月に始めたフォークリフトは残り、2000年6月にはスウェーデンのBTインダストリーズを買収して産業用運搬機器の世界首位に立った。祖業の縮小を他社向けの受注で吸収し続けたことが、受託生産と産業車両という二つの収益源を並べた。
2025年6月 トヨタ主導で非公開化
1株当たり親会社所有者帰属持分と配当2025 2026 1株当たり親会社所有者帰属持分(円) 16,273 22,537 1株当たり年間配当金(円) 280 0 2024年1月 エンジン国内認証問題で出荷停止
認証関連損失と引当金残高2023 2024 2026 認証関連損失(百万円) 20,751 49,387 64,331 引当金残高(百万円) 11,079 49,984 11,944 2000年4月 スウェーデンBT買収
業績の推移1999 2000 2005 売上高(兆円) 0.6 0.6 1.2 純利益率(%) 1.8 2.2 3.3 1954年12月 S型エンジンで農機参入
S型エンジンで農機参入祖業の紡織機に不安を抱えるなか、S型エンジンの転用先として農用トラクターと耕うん機へ参入し、販売会社8社を自前で設けて全国網を築いたが、需要の頭打ちと専門工場計画の中止による価格競争力の欠如で事業部が苦境に陥った判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1953 1954 1959 売上高(億円) 50 44 72 1954年 メキシコ豊田を設立
業績の推移1953 1954 1959 売上高(億円) 50 44 72 1953年 トヨタ向けOEM生産参入
業績の推移1952 1953 1958 売上高(億円) 86 50 90 1937年8月 トヨタ自動車工業を分離
トヨタ自動車工業を分離祖業の織機で得た特許収入を元手に自動車事業を興し、量産に必要な巨額の設備投資を織機本体から切り離すため、自動車部門を資本金1,200万円の新会社トヨタ自動車工業として分離独立させた判断同じ経営論点に直面した企業 | 新規事業・多角化業績の推移1936 1937 1942 売上高(億円) 1 1 1 1926年11月 G型自動織機を量産化